4,外見だけではないから
「よく来たわねソフィア。あなた最近引きこもりすぎだから、特別に私の付き添い役としてこの場に呼んだのよ。全くしょうがない子ね」
「お気遣いありがとうございますイリス様」
社交界に出なくなってから一か月、それを見かねたイリス様が、普段私が出席することができないようなパーティーに招いてくれたのだ。
「別に感謝されることではないわ」
明らかに私を心配しているイリス様は、今も他の客から私に向けられる視線から遮るように立っていてくれるのがわかる。
私なんかと仲良くしない方がよいだろうに……本当に優しいお方だ。
「じゃあ私は挨拶回りをするから、横についていて頂戴」
「了解いたしました」
イリス様が他の方とお話しているのを横で聞きながら、そして私の話題になるとフォローを入れてくれていることに感謝しながら、会場内をぐるりと見渡す。
今回のパーティーは、身分の高い方々が集まる場だ。
私は自然とノエル様を探していた。
イリス様が五人目の方と挨拶を終えたとき、私はやっと会場の奥の方にいるノエル様を見つけることができた。
しかし、その隣には……
「エリザ様……」
私のとても小さなつぶやきは、イリス様にだけ届いていたようだった。
彼女は私のことをちらりと見た後に、私の視線の先にも目を向ける。
きっと、ノエル様とエリザ様が仲睦まじく話している姿を見たに違いない。
「……ソフィア」
イリス様には私がノエル様に対して、友達以上の感情を持っていることはばれてしまっているのだろう。
彼女の声はどこか気遣わしげだった。
しかし、その後に続く一言に私は驚く。
「私のそばになんていなくていいから、速くいってきなさいよ! 取られたくないんでしょう?」
どうやらすべてお見通しのようだ。
文字通り背中を押された私は、ノエル様のもとへ向かおうと歩き出す。
後ろではイリス様がまた違う方と話し始めるのが聞こえてきた。
あと少し、もう少し近づけば、久しぶりにノエル様と話すことができる。
ところが、あと十歩といったところで邪魔が入った。
「よう、ソフィア嬢。ご機嫌はいかがかな?」
「ユ、ユージン様。はい、元気にしています」
「そうかそうか、久しぶりに社交界で君の姿を見たと思ってね。まぁ、俺らは文通仲間だからいつでもつながっているけどな!」
文通仲間……というよりは一方的に送られてくる手紙に、私が困っているという方が正しいだろうか。
「ノエルはエリザとの話に夢中みたいだし? 俺と一緒に踊ろうよ」
その言葉に私は少し顔がこわばる。
正直ユージン様とはあまり関わりたくないのだが……
「何? 断るつもり? ソフィア嬢、今社交界でかなり評判悪いよね? ここで俺からの誘いを断ったら……もっと悪くなっちゃうかもね、子爵家全体に影響があったりして」
この人……
正直私の評判がどうであろうと困らないが、両親にこれ以上迷惑はかけたくない。
ただでさえ引きこもっている私を心配しているのだ。
子爵家の評判をこれ以上下げられない。
「お受けいたします」
「いい返事だね、じゃあおいで」
そのままダンススペースにエスコートされ、瞬く間にステップを踏み始める。
ユージン様は嬉しそうにこちらを見て、その後会場のある一点を見て自慢げに鼻を鳴らした。
「ねぇ、ソフィア嬢?」
「なんでしょうか」
「相変わらず俺に冷たいなぁ」
「そうですか」
警戒するに越したことはない。
必要最低限の会話を交わしていると、急にユージン様が耳元まで近づいてきた。
「なあ、あいつより俺にしとけって何回言わせるんだよ」
そう言って私との距離を詰めてきた。
こんな恋人のような距離は、なんだかゾワッとする。
ノエル様だったらそんなことは思わないのに……
「離れてください」
「えー、どうして?」
ふとノエル様の方を見ると、エリザ様と話しながらもこちらを見ていたような気がした。
ノエル様のことをいじめていた人と仲良くしているところなんて見せたくない!
「すみません、用事を思い出したので帰ります」
「帰っちゃうの? 残念だな、このダンスが終わったらノエルの小さいころの写真でも見せてあげようと思ったのに……」
ユージン様のあんなに自信に満ち溢れていた顔が、少し陰る。
もしかして、私を喜ばせるために用意してくれていたのだろうか。
どういう意図かわからないけれど……その写真を見たい……!!
ノエル様の小さいころの写真なんて、想像しただけで鼻血が出そうだ。
「えっと、写真……見たいです」
初めてユージン様からの誘いに乗り気になった私。
それを見てか、ユージン様は表情を明るくした。
「わかった、じゃあこっちにおいで」
今日の会場は王宮の一角で行われていたため、一歩奥へ踏み込めば王族の住む部屋にもつながっているようだ。
ユージン様の部屋は、かなり高いところに位置しているのか、かなりの段数の階段を上った。
そのまま長い廊下を歩き、とある白くて重い扉の前で立ち止まる。
「ここが俺の部屋」
そのままドアを開けると、そこは豪華な家具がたくさん置いてある広い部屋だった。
ユージン様は後ろ手で部屋のドアを閉めると、先に中に入っていた私の方へやってきた。
「それで、ノエル様の写真はどこですか?」
食い気味に聞く私を見て、彼はにっこり笑った。
「本当にソフィア嬢は……バカなんだね」
サッと背後に回ったかと思うと、私の手首をつかみ、後ろで縛る。
そのまま自室のベッドに私を押し倒すと、足首も同じように縛った。
「何をするんですか! 私のこと騙しっ
大声で叫ぶ私の口を布で覆い、私は声すら出すことができなくなってしまった。
「……っ!!」
「さて、のこのこ俺の部屋までついてきてくれてありがとう」
ユージン様の部屋のベッドの上に二人きり。
これってかなりまずい状況なのでは……?
「ん? やっと今置かれている状況に気が付いた? そうだね……これから既成事実でも作ろうか、……君が俺のものになったって知った時のノエルの顔が楽しみだなぁ」
ユージン様の目はギラギラとしていて、どうやら本気であることはわかった。
でも……誰も王子の部屋にまで助けは来ないだろう。
私がこうなったことでノエル様がショックを受けるのかはわからないけれど、私の貞操の危機であることは確かである。
「あいつ、小さいころから目障りだったんだ。俺よりあとから生まれた、後ろ盾もない第二王子のくせに、要領だけはいいやつだった。だから、あいつからエリザを奪って再起不可能にしてやったのに……」
そこで言葉を切ると、ちらりと私の方を見た。
やはり、この王子はノエル様に対して並々ならぬ敵意を抱いているようだ。
「あいつと関わらなければこんなことにはならなかっただろうな。恨むならノエルを恨め」
何という言いがかり。
私がキッと彼をにらむと、なぜか嬉しそうに笑った。
「いいね、その強気な顔。たかが子爵令嬢だから正妃にはできないけど、側室にはおいてやるよ。なんだかんだ俺も君を気に入っているんだ」
そう言って彼が私の頬に手を添えたその時、ドアの外から声が聞こえてきた。
「ユージン義兄さん、いるんでしょう? それにソフィア嬢も。一体何を企んでいるんですか?」
ノエル様だ。
彼にしてはかなり大きい声を聞いて、ユージン様は舌打ちをする。
そして私をベッドに縛り付けると部屋の入口まで歩いて行った。
「何の用だ、ノエル」
ドアを開けて、ユージン様は廊下まで出ていく。
勿論部屋のドアは閉められてしまった。
「ソフィア嬢に何をするつもりですか? 彼女を出してください」
彼らの声は部屋の中まではっきりと聞こえてくる。
ノエル様の語気はいつになく強く、私のことを心配してくれているのがわかる。
「ノエルにそんなことを言う権利は無くない? お前とソフィア嬢はただの友達だろ」
「それでも……大切な人だから、僕は……」
「僕は、ソフィア嬢のことが好きなんです。彼女は僕のことを友達としか思っていないかもしれないけれど……僕を生まれ変わらせてくれた、優しい人なんです! 義兄さんはまた、僕から大切な人を取ろうとするんでしょう? 今回はそうはさせません」
これが……ノエル様の本心?
私のことが好きって言っていたような……あのノエル様が?
エリザ様のことが今でも好きなんじゃなかったの?
驚きと喜びが入り混じる。
でも、次の瞬間私は顔が真っ青になる。
「ふーんそうなんだ。お気持ち表明ありがとう。でも、ソフィアはノエルより俺の方が好きだってよ。」
そんなこと一言も言っていない!
しかしそんな私の想いは扉の外には届かない。
「今日もソフィアの方から俺についてきたんだ。見ていただろう? 今からいいところなんだから邪魔すんじゃねーよ」
「そ、そうなんですか……」
明らかに声のトーンが落ちたノエル様は、酷く傷ついているようだ。
このままでは、エリザ様の時と同じことになってしまう!
何とかこのベッドから抜け出す方法はないだろうか。
脱出方法を考えようとしたとき、扉の外から女の人の声が聞こえてきた。
「ノエル様っ!」
私が知っている声よりもかなり甲高いけれど、これはおそらくエリザ様の声だ。
「こんなところまで来ていたの? もう、私のことを急に置いて行っちゃうなんて……そんなことされたら私、ノエル様のこと嫌いになっちゃうよ? なんてね!」
「……エリザ嬢」
「もしかして、あの子……ソフィアのこと追いかけてきたの? でも、ソフィアはユージン様と仲良さそうにしているんだから、もう私たちには関係ないわ」
「ですが……」
何か言おうとしたノエル様を遮るようにエリザ様は言葉をつづける。
「ノエル様、私を選んでもいいのよ。今のノエルはかっこいいし、また婚約者になってもいいわ」
「え……」
困惑の声をあげるノエル様。
私は、彼がエリザ様の誘いに乗ってしまうのではないかと焦りだした。
せっかく両想いだってわかったのに、こんな形で引き裂かれるなんて嫌!
私は今、手と足を括られたうえで、ベッドに縛り付けられている。
ここから扉の外へ行くには、まずはベッドから抜け出さなければならない。
しかし結び目は固く、どんなに身じろぎをしても緩まることはなかった。
「……どうしよう」
誰にも聞こえるはずのない脳内のつぶやき。
でも救いの手は現れた。
部屋の窓から聞こえるカチャカチャとした音。
そちらに視線を向けると、メイド服姿の女の人が、窓の外から部屋の中へ入ってきた。
この部屋はかなり高い場所にあるはずなのに……何者!?
「ご心配なさらず。私は主の命令であなたを助けに来た者です。……今解くので少し待っていてください」
彼女は手慣れた手つきで私を解放し、ものの数秒で私は自由の身となった。
そして、一番疑問だったことを小声で聞いてみる。
「あなたの主は……誰?」
「あなたには言うなって主から言われているのですが……そうですね、素直じゃない方と言っておきましょうか」
私を助けてくれそうな素直じゃない方……イリス様で間違いないだろう。
後でお礼を言いに行かなきゃ。
それよりも今は……
「ねぇ、ノエル様! 早く婚約の準備をしに行きましょう?」
そんな声が聞こえる扉の外へ走った。
私が大きな音とともにドアを開けると、全員の視線が集中する。
私が言わなくてはいけないのは……
「私はノエル様のことが好き! 外見だけじゃない、あなたの優しくて努力家なところに惚れたんです! だから……私のことを選んで!」
まっすぐノエル様だけを見つめながら、ちゃんと伝わるように大きな声で言い放った。
しばらく時間が止まったかのような静寂が訪れた後、ノエル様の目から大粒の涙がこぼれだしてきた。
「僕もソフィア嬢のことが大好きです」
そのまま私のもとへ歩いてきて抱きしめられた。
その温かい体温を感じたことで安心したのか、私は全身の力が抜けてしまった。
そんな私を抱きかかえるノエル様は、本当にかっこいい。
「……エリザ様のことはもういいのですか?」
ユージン様とエリザ様は、私たちのそばで揉めていた。
ノエル様よりも劣っているユージン様はお断りだ、とか、
もともとお前に興味なんてないからよりを戻すつもりなんてない、だとか。
「今はもう何とも思ってないです。僕の外見だけじゃなく、能力だけじゃなく……内面まで見てくれたあなたに惚れていますから」
結局、ユージン様もエリザ様もその人の内面を見て好きになったわけではないのだろう。
あきれた顔でそちらを見ているとそれに気が付いたのか、エリザ様がこちらへやってきた。
「ねぇ、ノエル様。そのちんちくりんな女を選ぶなんて正気? だまされているんじゃない? 今からでも遅くないから……
「黙って」
今までに聞いた事のない声色に、彼の腕の中にいる私もヒュッと息をのむ。
「僕の大切な人をけなすのは誰であろうと許さない」
そのままユージン様の方にも顔を向ける。
「義兄さん、いい加減僕に執着しないで、自力で頑張ったらどうですか?」
その言葉に呆然としている二人を置いて、ノエル様は私を抱きなおすとずんずん廊下を歩いて行った。
あるドアの前で立ち止まると、私をそっと降ろす。
「ここ、僕の部屋です。とりあえず紅茶でも飲んで話しましょう、その……今後のことについて」
そのままドアを開けると、きちんと片付けられた、華美ではないけれどみずぼらしくもない、感じの良い部屋が見える。
これが……イケメンの部屋……!
部屋まで完璧なんて、さすがノエル様!
「……どうしたんですか?」
「い、いや……あの」
私が口ごもっていると、ノエル様はハッとした顔をする。
「すみません……これでは義兄さんと同じですね。……女性への配慮が足りていなかったです、別の場所へ移動しましょう」
早口でそう言ってドアを閉めようとするノエル様の手を慌てて止める。
「違います! その、部屋まできれいにしているなんてさすがだなと思っていただけで、それに……ユージン様はいやだけど、ノエル様なら何をされても平気というか……なんというか」
ちょっと恥ずかしいことを言ってしまったなと思って彼の顔を見ると、こちらを凝視していた。
「……そういうことはあまり言わない方がいいと思います。その、僕の理性の問題もあるので……」
「と、とりあえず私、ノエル様の小さいころの写真見たいですね! はい!」
「そそ、そうですね、とりあえずアルバム持ってきます」
お互い真っ赤になった顔を隠すように彼は部屋の中へと入っていった。
結局、ノエル様が王位継承権を放棄したこともあり、ユージン様とエリザ様は元さやに納まった。
しかし、現王に新しく第三王子が生まれたことで、王太子の地位は第三王子に移るのではないかというのが、社交界でのもっぱらの噂だ。
どうせあの二人のことだ。もう少ししたらまた婚約破棄だとかいう話が耳に入るだろう。
私は、前世から大好きだった白髪で長髪なイケメン、そして内面までイケメンなノエル様……いやノエルをお婿さんに迎えて、子爵領で楽しく暮らしている。
「ソフィア、なんだかいつにも増して嬉しそうだね、なにかいいことがあったの?」
「実はね、イリス様が隣国の王子に見初められたんだって! やっとあの方の可愛らしいところをわかってくれる方が……!」
「それは良かった。結婚式には行くの?」
「勿論、急遽半年後にあげるらしいわ」
「でも、あんまり無理しちゃだめだからね。ソフィア一人のからだじゃないんだから」
彼は幸せそうに私のおなかに手を当てた。
「ふふっ、わかっているって」
私たち家族に可愛い赤ちゃんがやってくるのは、そう遠くない未来の話。
これにて完結となります。ここまで読んでくださりありがとうございました。
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また、『破滅エンド確定の悪役令嬢に転生してしまったけれど、姉とも推しとも仲良くしています』という完結済みの作品や、『ライバル関係だと思っていた男子寮長が、平民姿の私に告白してきました』『悪役令嬢は暗殺者に恋をした』という短編もありますので、気が向いたら読んでみてくださるとうれしいです。