2,自信が必要です
前にイリス様に送ってもらった薄ピンク色のワンピースを着て、いつも乗り合いバスに乗り、待ち合わせ場所である樫木の広場へと向かう。
今日は、なんと殿方と二人きりで遊ぶ……いわゆるデートというものをすることになっている。
そして、お相手は……
「……こ、こんにちは、ソフィア嬢」
黒いフードを被り、うつむきがちにぼそぼそと話す、この国の第二王子である。
なぜ、貧乏子爵令嬢が王子とデートなんてすることになってしまったのか。
その理由は、この前の社交界シーズン最終日の舞踏会までさかのぼる。
◇◇◇
「好きです!!」
私は叫んだあと、急に正気に戻る。
これじゃあ不審者でしかない。
「……」
完全に黙ってしまった彼をみて、私は焦って自己紹介をする。
「いきなりごめんなさい、私はソフィア・ルイスと申します。あなたがあまりにも私の好みの見た目過ぎて気が付いたら口に出ていました、本当にすみません!」
「……僕は、ノエル・シェードです。その、お気遣いありがとうございます。自分の顔はあまり褒められたものではないことについては、もうわかっているので……無理に、えっと……好きだとか……言わなくて大丈夫です」
「そんな、気遣いをしているわけではないです、本心です!」
「はは、ありがとうございます、ソフィア嬢」
なぜ、ノエル様はこんなにも整った顔と、きれいな長い髪を持っているのにこんなにも自信がないのだろうか。
ん……? ノエル様……ノエル・シェードって、まさか。
「あの……一応伺っておきたいのですが、第二王子のノエル・シェード様ですかね?」
「はい、そうです。第二王子という身分を持っているのにこんな感じではダメですよね。わかってはいるんですけれど……どうしても自信が持てなくて」
「だ、第二王子……!!」
これはかなりまずいことをしてしまったのでは?
ただでさえ、第一王子とその婚約者に喧嘩を売っちゃったのに、第二王子にまでやばい奴だと思われてしまったら……本当に貴族人生終了だ。
「すみません、私子爵家生まれなもので高貴な方々のお顔を知らず、無礼な発言をしてしまいました」
「いや、謝らないでください。むしろ僕のことを助けていただきありがとうございます。……その、好きって言ってくれたのも、うれしかったです。あなたはなんだか本当にそう思ってくれているようなので……」
恥ずかしそうに微笑むノエル様の顔に私はもうメロメロだ。
「紅茶、入れてくれたんですよね。せっかくだからいただいてもよいですか?」
「……はい、私もご一緒しても?」
「も、勿論です」
私たちは紅茶を飲みながら少し話をした。
僕が義兄様とその婚約者からあのような反応をされるのはしょうがないんです、と半ばあきらめた顔で話すノエル様。
それを見た私は、何とかしてこの王子に自信を取り戻させたいと思って、二人で遊ばないかと誘った。
まぁ、自信を取り戻させたいというよりは、自分好みのイケメンを拝みたいという気持ちもあったのは否めないけれど……
その誘いに二つ返事で頷いてくれたノエル様はとてもかっこよかった。
◇◇◇
「どうかしましたか? やはり、僕なんかと遊びには行きたくなくなりましたか? それなら今すぐ帰るので言っ
「待って待って! どうしてそんな話になるんですか? 第二王子と遊びに行くなんて恐れ多いとは思っていたけれど、ノエル様と遊びたくないなんて思っていないですよ」
多分舞踏会の時のことを思い出してぼうっとしているところを勘違いしたのだろう。
「……よかったです。こんな僕と話したいと言ってくれる人なんてあなたくらいですから」
「そんなことはないと思いますよ。さぁ、今日行きたい場所はもうまとめてあるんです。行きましょう! と言いたいところなのですが……」
「……何か不都合なことがありましたか?」
不安そうに私の顔を見るノエル様はやっぱり美しい。しかし、黒フードを被っているのはいただけない。
「その黒フードを脱いでくださるかしら?」
「これですか? でも、これを取ったら……あなたは良いと言ってくれる顔ですが、みんなを不快にさせてしまうので……あまりよくないかと」
「そんなことないですから! どうか私のためにもそれを取ってください」
おねがいします!と普通顔の私の効くかどうかわからない上目遣いをしてみると、ノエル様は言葉を詰まらせた。
「うっ……わかりました。あなたがそこまで言うなら」
彼はフードを外し、その白く長い髪があらわになる。
この国ではまだ浸透していない男性の長髪だけれど、やっぱりとっても素敵だ。
「ありがとうございます! やっぱりとってもかっこいいです!」
「そんなことを言うのはあなたくらいですよ……」
「じゃあ、さっそくまずは美容院へ行きますよ! 私がいつも行っているところなのでノエル様が普段行くようなお高いところではないのですが……美容師さんの腕は確かなので、大船に乗った気持ちで任せてください」
「美容院……?」
「髪を切るところです。行ったことはありませんか?」
「恥ずかしながら、髪は伸びてきたら自分で切っていたのであまりそういうことに詳しくなくて……」
髪の手入れは特にしていなくてその美しさなら、美容院に行ったら輝きすぎて直視できなくなるのではないかと少し不安になりつつも、美容院へ向かう。
「いらっしゃいませ! あら、ソフィア様、この間来たばかりでは? あ、今日はお連れ様と一緒でしたか」
笑顔で迎えてくれるのはいつも私の担当としてくれている美容師さんだ。
私は緊張からか私の後ろに隠れているノエル様を前へ押し出す。
「実は今日、私のお友達の髪を切ってほしいの」
いきなり王子の髪を切ってほしいと言ったら美容師さんの方も緊張すると思ったので、友達と濁しておくことにした。
「そうなんですね、何かご希望の髪型はありますか?」
「髪型……」
明らかに困っているノエル様を見て、私がここぞとばかりに横から口を出す。
「実は、こんな感じの髪型にしてほしいの。あまり男性の髪型としてはなじみがないかもしれないけれど、彼には絶対に似合うと思うのよ!」
「これですか……?」
私がロングヘアを描いた紙をみせると、美容師さんは明らかに困惑した顔をした。
「これでいいの! お金は私がちゃんと払うからお願い!」
「わかりました」
ノエル様と美容師が奥に進んでいくのを見送ってから、私は二人を待つためにソファーに座る。
ヘアセットまで頼んだので、かなり見違えるはず。
やっと今世で白髪の長髪イケメンを拝むことができる!
そんなわくわくした気持ちを胸に待っていると、別の美容師さんがそっと私に話しかける。
「ソフィア様が男性と二人で来るなんて珍しいですね。……もしかして彼氏様ですか?」
「い、いや、私にはもったいない方なので、そんなことないです」
「そうなんですか」
ニコニコ笑いながら私を見る美容師さんは、完全に勘違いをしているようだ。
「今日は特別サービスで、ソフィア様のヘアセットも致します! こちらへ来てください」
なんやかんやで私も髪をセットされて、終わるころにはノエル様も奥から姿を現した。
「ノエル様……!!」
「なんだか落ち着かないです。見苦しくはないですかね?」
そこには透き通るようなさらさらとした白い髪をした、美少年が立っていた。
「……想像以上に似合っています。こんなにかっこいい人がいるのかと驚いていました」
「ソフィア嬢こそ、雰囲気が変わっていつにもましてきれいですね」
その顔でそういうことを言わないでほしいともだえる私に、ノエル様を担当した美容師さんが近づいてきた。
「……ソフィア様、今まで私は男性の長髪に親しみがなかったのですが、これは……とても良いですね。新しいアイデアをありがとうございます」
「そうでしょう、男性の長髪も素敵なのよ」
ひとしきり小声で盛り上がったあと、ノエル様の方へ向き直る。
「さぁ、まだまだ行きますよ! 次は服を買いに行きます!」
服を買いに行き、アクセサリーも似合うものを見繕い、少し化粧をしてもらった後には、とんでもない美男子が誕生していた。
「本当にかっこよすぎますね……どうですか? 少し自分に自信がつきましたか?」
カフェに入るために並んでいるときに、ガラスに映るノエル様を指さして言う。
「……はい、いろいろなところに連れて行ってくださりありがとうございます。今までは自分の外見は最悪だと思っていたけれど……少しはいいなって思えるようになりました。それに、ソフィア嬢がかっこよいと何回も言ってくれるので」
心なしかどもらなくなり、うつむかなくなったノエル様をみて私もうれしくなる。
「二名様、席が空きましたのでご案内いたします…… っ!」
呼びに来た店員さんがノエルの方をみて、言葉を詰まらせる。
きっと見惚れているんだろうな……
私たちが店内に入ると、たくさんの人の視線がノエル様へと突き刺さる。
特に私と同じ年代の女性は食い入るように見つめているものだから、ノエル様が私の方を向いて眉を下げる。
「なんだかたくさんの方が僕を見ているような感じがして落ち着きません……やはり、僕が変だから
「違います! みなさんノエル様がかっこよすぎてみているんですよ。よく耳を澄ませてみてください」
ところどころからかっこいいだとか、話しかけてみたいだとか聞こえてくる。なんなら隣の普通顔は彼女なのかといった声まで聞こえてくる。本当に失礼しちゃうわ。
「確かに、そうかもしれません。良かった、ソフィア嬢が今日一日僕のために使ってくれたおかげです」
席に座り、メニューからおすすめのパンケーキを注文すると、さっそく近くの席にいた女の人がノエル様に話しかけてきた。
それを見た他の女性客もわらわらと集まってきて、みんなノエル様に話しかけている。
私の存在などなかったかのように、ノエル様に群がっている女性客たちを見て、そしてそれに丁寧に受け答えをしているノエル様を見て、なんだか少しもやもやとした気持ちになった。
私たちの席へパンケーキが運ばれてくると、集まってきていた女性客たちもさすがに自分の席へと戻り、やっとノエル様と話せるようになる。
「どうですか、たくさんほめられたでしょう? やっぱり私以外の方もみんなノエル様のことをかっこいいって思っているんです」
「はい、なんとなくフードをとっても大丈夫なのだろうという感じは伝わってきました」
「……でも、最初にノエル様を見つけたのは私なのに、焼けちゃうな……」
彼に自信をつけさせるために話していたはずが、いつの間にか自分の本音を小声で言ってしまった。
しまったと思い、訂正しようとまた口を開いたとき、ノエル様が先に話し出した。
「僕はソフィア嬢にかっこいいと言ってもらえるだけで十分ですよ」
その言葉はあまりにも深く私の心へと突き刺さる。
思わず赤くなってしまった顔をごまかすように笑っていると、ノエル様は何かごそごそとバックの中から取り出した。
「これ、僕からのプレゼントです。今日はたくさん付き合ってもらったので、どうか受け取ってください」
差し出された包みを開けると、そこには先ほど寄ったアクセサリーショップのブレスレットが入っていた。
「これ……かなりお高いブレスレットですよね? あの、店頭にペアで置いてあった……」
「それですね、ペアだったので僕の分も買っておきました」
そう言いながらもう一つの包みを開け、私に差し出しているものと色違いでお揃いのデザインのものを取り出した。
「僕の気持ちなので、どうか受け取っていただけますか?」
真剣な目で見てくるノエル様からのプレゼントを断ることなんてできない。
だって、かっこいいんだもん!
「ありがたく受け取らせていただきます。大事にしますね」
「僕もこのブレスレットを今日の思い出として大事にします」
お揃いのものを持つなんて彼氏彼女みたいとは思ったけれど、ノエル様は全然そんなことは考えていなさそうだ。
「これ、おいしそうですね。いただきます」
パンケーキを食べる私好みのイケメンを見つめるこの時間が、とても幸せだった。
◇◇◇
初めて遊んだ時から、私はノエル様と何度か遊ぶようになっていった。
カフェ巡り、演劇鑑賞、散歩、ショッピングなど、様々な場所を回っているうちに、私達はかなり仲良くなったように思う。
ノエル様も人と話すことにだんだんと慣れてきているし、私となら目を見て会話ができるようになった。
自分に自信がついてきていて、おどおどとした態度もかなり改善された。
そんなある日、ノエル様はなぜ自分がこんなにも自信を無くしてしまったのかについて話してくれた。
もともと、今の第一王子、王太子であるユージン様の婚約者である公爵令嬢のエリザ様は、ノエル様の婚約者だったらしい。
ノエル様は自分についてきてくれるエリザ様のことを可愛がっていて、毎日楽しく過ごしていた。
ところがノエル様のお母様が亡くなったことがきっかけで、王宮でのノエル様の立場が悪くなり、何かとユージン様にののしられる日々となってしまう。
そのために自信をなくし、心を閉ざしたノエル様を見たエリザ様はさっさとユージン様に乗り換えてしまったというわけだ。
ユージン様は何でもできるノエル様に嫉妬していて、ノエル様の風当たりが悪くなったのを好機ととらえ、落ちぶれるように仕組んだに違いない。
ノエル様は努力ができる人だったようで、外見の磨き方を知ってからはますますかっこよくなっていっている。
もともと勉強全般や礼儀作法、剣術などはその努力のおかげで難なくこなせていて、第二王子であるとはいえなぜ彼が王太子に指名されていないのかが不思議なくらいだった。
今の彼なら、現王太子の能力をゆうに超えてしまうはず。
「こんなに努力して頑張ってきたのに誰もノエル様のことを見ていないなんて……!あなたは自分が思っているより、ずっとずっと素敵な方ですよ。私が保証します。ユージン様もエリザ様も見る目がなかっただけです!」
私は立ち上がって力強く言い放った。
それを聞いた後ノエル様はぼそっと
「僕はやっぱりソフィアのことが好きだなぁ」
なんて小声で言ったのが聞こえてしまう。
ノエル様はとんだ人たらしだ。
そういった発言を勘違いしないように努める日々を送る私であった。
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あと一話か二話ほど続きますので、よろしくお願いします。