1,出会ったのは……
ゆっくり更新していこうと思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします!
「あー忙しい! 早く準備しなくちゃいけないのに……」
私はしがない子爵令嬢。ソフィア・ルイスである。
ルイス子爵家は家の格も貴族の中で言えば下の方、貿易などでお金持ちなわけでもない、典型的な下位貴族だ。
そのため、今年で17歳になる私は両親の仕事を手伝う忙しい毎日を送っている。
17歳ならそろそろ婚約をしてもいいころだけれど……それもない。
こんな特に婚姻関係を結んでも利のない子爵家に、婿に来てくれる貴族などいないのだ。
お父様とお母様は、大事な一人娘である私のために貴族との縁談を持ってこようとしてくれているものの、今のところ収穫なし。
私には貴族のイケメンなんてもったいないから、どこかお金持ちの商家と結婚でよい気もしているけれど……
やっとのことで家の仕事を終わらせて自室に戻り、今日の舞踏会に向けて準備を始める。
一応これでも貴族の娘なので、社交界シーズン最終日の舞踏会に招かれているのだ。
特に魅力的でもない茶色の髪の毛を梳かし、榛色の瞳を見つめながら最低限のメイクをしていく。
こんな何の変哲もない私だけれど、一応転生者というやつではある。
前世の記憶はなんとなく覚えていて……異世界転生ものを読むのは好きだった。
でも、
「ヒロインとまではいかないから、ヒロインの友達とか、悪役令嬢とかに生まれ変わりたかったなぁ」
こんなモブ令嬢に転生してしまうなんて、世の中無常である。
さっさと身支度をすませ、いつも着ている薄緑のドレスのしわを整えた。
「まぁ、これが私の精一杯よね」
運よくお婿さんが見つかったりしないかなと淡い期待を持ちつつ、私は乗合馬車の乗り場まで歩いて行ったのだった。
◇◇◇
「ソフィア、少し遅いんじゃなくて?」
「すみませんイリス様」
今晩は社交界シーズン最後の、王族主催の舞踏会。
私がやってきたのを見て、イリス様は少しムッとした顔をする。
この方は侯爵家の令嬢で、私が初めて舞踏会に参加した日から目をつけられている。
彼女はほかにも何人かの取り巻きの令嬢をそばに侍らせていて、いかにも「悪役令嬢」といった感じだ。
「それに、あなたまだ私のおさがりを着ているの? 来シーズンには違うおさがりあげるからそれを着てきなさい」
「……ありがとうございますイリス様!」
「お礼を言うことじゃないわ。さぁ早く、私の好きそうなお茶菓子でも見繕ってきて頂戴!」
私がお礼を言うと顔を真っ赤にしてしまうイリス様。
はたから見れば悪役令嬢とその取り巻きに見えるかもしれないけれど、イリス様はただのツンデレなのだ。
なにかと私をこき使うけれど、ちゃんとお礼を言ってくれるし、それ以上に高価なものをたくさんいただいてしまっている。
おさがりだとか言っているけれど、実は新品のものを送ってくれていること、わかっていますよ。
相変わらずイリス様は可愛らしいな、と思っていると、会場の隅で困ったような顔をしている令嬢がいることに気が付いた。
イリス様ならお茶菓子をすぐに持っていかなくても気にしないだろう。
そう思ってすぐさまその令嬢に近づく。
「どうされましたか? 何か困っているように見えたので声をかけてしまいました」
「あ、えっと、ドレスが少し破けてしまって……これから婚約者も来るのに……これじゃあダンスを一緒に踊れないわ」
私が来たことで緊張の糸がほぐれたのか涙ぐんでいる令嬢を、とりあえず休憩室まで連れていく。
「ここを、こうして……どうですか? 応急処置なので見た目しかとりつくろえていないのですが……」
「貴方すごいのね! これなら会場に戻っても恥ずかしくないわ!! 本当にありがとう!」
「いえいえ、会場へ戻りましょうか」
令嬢を会場まで送っていくと、今度は何やら言い合いをしているマダムたちに絡まれる。
そこもなんとか収めて、お茶菓子を取りに歩いていると、今度は五歳くらいの泣いている男の子がドレスの袖をつかんでくる。
その迷子の男の子を親元まで送り届けて、イリス様にお茶菓子を渡しに行く頃には一時間もたってしまっていた。
「……ソフィア、遅いわよ」
「すみません」
「どうせあなたのことだから、途中でいろいろ人助けをしていたのね……このお人好し。いいわ、今回は許してあげる」
お茶菓子を受け取ったイリス様は、やれやれといったように首を振った。
こんな反応をしているけれど、なんだかんだいつも許してくれるのだから優しい。
「じゃあ私は誘われている殿方とダンスを踊ってくるわ」
「私も今日は声をかけられているんです!」
「私も!」
「私は婚約者様と踊ってくるわ」
今日は取り巻きの子達もみんな誘われているようだ。
さすがに悲しくなってきた……
「ソフィア……ソフィアと踊りたい人もいるだろうから、探してきましょうか?」
「い、いえ大丈夫です。私はみなさんを見守っています!」
「そう……つまらなくなったら言ってちょうだいね」
心配してくれているだろうみんなを置いて、私はさっさと会場の隅を陣取った。
いわゆる壁の花というやつだ。
相手がいないのは悲しいけれど、ここで人間観察をするのは嫌いじゃない。
あの人はイケメンだとか、スタイルがいいだとか、ダンスが上手だとか、前世で二次元にキャーキャーしていたころを思い出せるしね。
ただ一つ残念なことは、
「やっぱり白髪で長髪なイケメンがいない……!」
私の前世の好みのイケメンのタイプは、しっかりと今世でも受け継がれていた。
しかし悲しいことに、この世界では男性が髪を伸ばすという文化がないらしい。
「誰と結婚してもいいから、イケメンを拝める人生が欲しいわ」
結婚してもアイドルを追いかけている人がいるのと同じように、結婚してもイケメンを推すのはありだよね?
でも肝心の好みのイケメンがいない。
「どこかに素質のあるひといたりしないかな……ん?」
私が見つけたのは白髪で長髪なイケメン……ではなく、会場の隅でワインをかけられている黒いフードの怪しい人物だった。
「なんだあれ」
私は何にでも首を突っ込んでしまうタイプだ。
そうでなければ、イリス様からお人好しなんて言われない。
そっと様子をうかがいに壁沿いに移動した。
「お前みたいなやつがここに来るなんていい度胸しているな。そのみっともない面をさらして恥ずかしくないのか?」
「そうですわ。私、あなたを見ていると嫌な気分になっちゃう。早く帰っていただける?」
貴族だと思われる男女と、黒フードを被っている怪しい人物。
最初は黒フードが不審人物だからワインをかけられたのだと思っていたが、どうやらそうでもないように見える。
一方的にののしられていた黒フードが、小声で言い返そうとした。
「きょ、今日は、僕が表彰を受けると聞いて……」
「お前が? デマじゃないか?……あぁ、きっとだまされてんだよ。間違いないね」
「はは! あなたが表彰なんてされるわけないじゃない! だまされちゃってバカみたい」
いくら舞踏会に似つかわしくない不審人物とは言え、ここまでいう必要はないのでは……?
そう思ってしまったが最後、私は思わず黒フードの前へ飛び出していた。
「いくら何でも言い過ぎではありませんか? 差し出がましいことかもしれませんが、そういった言動は控えた方がよいと思いますよ」
「なんだお前は。こんなやつをかばうなんてどうかしているぞ」
「というか、この国の王太子とその婚約者で公爵令嬢である私にたてつくなんて、あなたこそ言動を見つめなおしてみたらどうなの?」
王太子と公爵令嬢!?
一体なんて相手に喧嘩を吹っ掛けられているのよ黒フードさん!
驚いて後ろを見ると、黒フードから除く青い目が不安そうに揺れていた。
「すみません、失礼します」
これはもう逃げるが勝ち!
そのまま一礼すると、黒フードの袖をつかみながら休憩室までダッシュする。
「はぁ、はぁ……」
「ふぅ」
二人して息を切らせて休憩室のドアを開きバタンと閉めた。
多分あの二人が追いかけてくることはないだろう。
私はしがない子爵令嬢だから、この国の王太子カップルの顔すら知らない。
私の貴族人生もついに終わっちゃったなぁとか考えていると、横で申し訳なさそうに黒フードが声をかけてきた。
「あの、すみません。あなたまで巻き込んでしまって」
「どういう事情があるかは知らないけれど、あまりお偉いさんに目を付けられない方がいいんじゃない?……まぁ私も言えたことじゃないけど!」
どうせもとから希望のない貴族としての人生だ。
王太子に嫌われようがどうだっていいやと言うのが私の本音だった。
「さぁさぁ、まずはシャワーでも浴びてきた方がいいんじゃないの?」
「……あ、はい。行ってきます」
彼はスクッと立ち上がると、そのまま急ぎ足でシャワーを浴びに行った。
私はすることもないけれど、彼をここに置いていくのは憚られたので紅茶を入れて待っていることにする。
紅茶を入れてしばらくすると、黒フードがシャワーからあがってこちらへやってくる音がした。
「お帰りなさい……って」
私は目を見張った。
なぜならそこには……
白髪の長髪イケメンがいたから!!
「あ、……う、えっと」
見た目に手をかけていないからか、やぼったいし、髪はボサボサだし、肌も磨けばもっと光る感じだけど……これは間違いなくイケメンだ!
黒フードを脱いで、用意されている簡素な感じの服を着ている。なのに、なんだか妖艶な感じを醸し出している。
あの黒フードの中からこんなキラキラの顔が出てくるなんて……
彼の顔を見つめたまま、思わず言葉を失う私をみて、彼ははっとした顔をした。
「す、すみません! まだいらっしゃるとは思わなくて、その、僕の顔なんか見て不快な気分にさせてしまいすみません」
謝罪の言葉を連発する彼はおどおどしていて、せっかくのイケメンなのにもったいない。
「で、では僕はもう戻りますね」
私が予想外のイケメンの登場に驚いているうちに、彼はそそくさと休憩室を出ていこうとしている。
これを逃したら、次にこんな私の好みにドストライクなイケメンに会える機会なんてない!
「待って!」
出ていこうとする彼の腕をつかみ、私は叫んだ。
「好きです!!」
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また『破滅エンド確定の悪役令嬢に転生してしまったけれど、姉とも推しとも仲良くしています』(https://ncode.syosetu.com/n3058ib/)という完結作品もありますので、興味がありましたら是非読んでみてください。