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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

明日の佳き日に

作者: 花田藍色


 名前とタイトルを見て、ふと手を止めた。

「シロツ=モバクさん。昨日もこの本、借りていかれませんでしたか?」

 キヲが顔を上げると、ふわふわとした茶髪にくりくりとした茶色の瞳の青年が、びっくりしたように口をぽっかりと開けている。

「昨日ですか?」

 頷きながら、キヲは貸し出し履歴を見た。キヲの記憶では、確かにこの青年が『ギフト大全』を借りていった。

 だが、履歴にはそんな記録は残っていない。


「あれ?」

 キヲは自分の記憶力には自信がある。それなのに、記憶と実際のデータが違っている。

「キヲさん、覚えてるんですか!?」

 見間違いのはずはない。そう確認していると、青年が急に叫んでキヲの両手を握りしめた。

「借りました! でも昨日じゃないんです。『今日』なんです。前回の今日なんです!」

 青年は、興奮のままキヲの手をとってしまったことに気づいて、「ご、ごめんなさい」と顔を真っ赤にしながら手を離した。


 ◇


「これも何かの縁ですので、僕のことはその、気軽にシィロって呼んでください」

「シィロさん?」

「よ、呼び捨てで」

「シィロ」

 自分から言い出したことだろうに、キヲに愛称で呼ばれたシィロは頬を染めてはにかんだ。


 あれから、キヲは上司に許可をとって図書館の仕事を早引けした。

 キヲとシィロは今、図書館横の小さな公園にあるベンチに座っている。

「つまり、シィロは『今日』という時間に囚われ何度も繰り返していて、前回の今日も同じ本を借りた。それを私が何故か思い出して現在に至ると」

「そうです」

 シィロは恐る恐るキヲの顔をうかがう。

「面白い。実に面白いですね。まさか物語みたいなことを、経験できるなんて!」

「信じてくれるんですか!?」

 驚くシィロに、キヲはにっこりと笑ってみせる。

「信じますとも。だってこんなに面白いこと、現実であったほうがいいじゃないですか」

 そんな理由で? シィロは口をつぐんだけれど、表情にはばっちりと疑問が浮かび上がっていた。


 フフフとキヲは笑って「嘘だっていいんです」と言い募る。

「たとえ嘘でも、今夜寝るまで私は『明日、今日に戻っているかもしれない』ってワクワクしていられる。明日を待ち遠しく思える。それって素敵じゃないですか」

「はあ……」

 シィロはなんだか空気の抜けた風船のように、張り詰めていた心がゆるんでいくのを感じた。

「それに、シィロのことは何度か見かけました。図書館によく来ていたでしょ? 平気で嘘つくような人には見えませんでした。私、悪人を見破る目は確かなんですよ?」


 ◇


 差し出された本のタイトルを見て、キヲはハッと顔を上げた。

「三回目ですね」

 そう言うと、ホッとしたようシィロがはにかんだ。


 前回の今日と同じように、二人は図書館横のベンチに隣り合う。

「ループって言っても、なんだか夢の中のようですね」

 キヲは言う。

「今回もシィロが本を借りに来てくれて、それで前回のことを思い出しました。デジャヴって言うのかな」

 いつものキヲなら経験したことを忘れはしない。

 だが、ループしている間のことは、何かをきっかけにして「そういえば前にもこんなことが」と思い出した。その儚さは、どこか夢に似ている。


「実は僕もそうなんです。普通、一人だけ今日を繰り返してたら発狂しちゃいそうじゃないですか」

 少なくとも、シィロが今まで読んだ小説の当事者は、そうなることが多かった。

「何かをした時に『そういえば』と思い出して、記憶があっても次の瞬間には内容を忘れてしまいそうになるくらい、前回、前々回が脆くなっていく気がするんです。だからこそ、僕はいつも通りでいられる」

 どうりで今日という時間に囚われている割には、シィロに悲壮さが見受けられないはずだと、キヲは一人納得した。


「でも少し不安そうですね」

「うん……、まあ、どうしたって繰り返していますからね。だけど今はキヲさんも一緒だから」

 フフフとキヲは微笑む。

「私はラッキーだなって思います」

「え?」

「私のギフト、完全記憶力なんです」


 ギフト。それは天から与えられた特別な能力だ。

 人はそれぞれ、何かしら他者とは違う恵まれた物を持って生まれる。それが発覚・発動するのは生まれてすぐかもしれないし、数十年経ってからかもしれない。

 だが、人は生まれた時、天から特別な能力を与えられる。それだけは決まっている。


 キヲのギフトは、一度見聞きした物事を取りこぼしなく記憶すること。

 普通なら、全てを記憶していたらあっという間に人間の脳は耐えられず、パンクしてしまうことだろう。忘れるということは、人間が正常に生きるための機能でもあるのだから。

 しかしギフトは自然を超越するものだ。

 キヲは、生まれた瞬間から今まで、意識がある時間の全てを記憶していた。

「例外が夢とこのループなんです。夢の中では私のギフトは不完全で、起きた時に夢の内容を忘れていることもあります。ループも。だからかな、とってもワクワクするんです」


 シィロにとっては羨ましいかぎりのギフトだが、使い勝手の良いギフトはギフトなりに悩みも抱えてしまうものらしい。

 キヲはシィロのギフトを聞こうとはしなかった。人のギフトを探るのはマナー違反だからだ。

 それでも表情に好奇心を隠しきれなかったのか、シィロは苦笑して少しだけ教えてくれた。

「僕のギフトは、一生に一度しか使えないものなんです。使いどころが難しくって」


 ◇


 四回目は、図書館に入ってきたシィロを見かけた瞬間に気づくことができた。

 二人は目で示し合わせ、シィロの貸し出し手続きを終えた後に、またベンチに集合した。

 キヲはシィロの手元にある本を見下ろす。

 『ギフト大全』――シィロは、キヲにとっての一回目からずっと、この本を借りている。


「ギフトに興味があるんですか?」

 キヲの視線から、シィロは本のことを言っているのだと気づいた。

「このループが、誰かのギフトなんじゃないかと思って。そういうギフトがないか探してたんです」

 今日を繰り返している原因を、シィロが探っていたことに、キヲは思わずがっかりしてしまった。

 はたから見てシィロはループを苦に思ってはいないようだが、楽しんでいたのはキヲだけだったらしい。


「収穫はありました?」

 心中を隠しながらキヲは尋ねる。

「うーん。あるにはありました。時間を止めるとか、自分だけ別の時間軸に移動するとか」

 シィロは肩をすくめる。

「でもダメですね。結局、それらしいギフトがあったところで、誰がそれを使ったのかが分からなきゃ」

 それもそうだとキヲは思った。

 ギフトの存在が分かっても、誰が使ったのかを調べる術を見つけるのは困難だ。たとえ分かっても、ギフトを止めてくれと交渉できるとも限らない。そして本人に止められるかどうかさえも。


「じゃあどうして、今回もその本を?」

 そんなことは、キヲよりはるかに今日を経験しているシィロも分かっていたことだろう。だというのに、また同じ本を借りたのは何故なのか、気になった。

 シィロは一度逡巡するように目をさまよわせ、そうして俯いた。


「まだ読み切れていないからっていうのもあります。キヲさんにとっての三回目では、二回目に気づいてくれた奇跡をもう一度起こしたかったからで」

 いつにもまして歯切れの悪い言い回しで、シィロは言う。

「今回もそうです。だけどきっと、二回目にキヲさんがループに気づかなかったとしても、僕はこれを借りていた」

「……それはどうして?」

 ようやくシィロはゆっくりと顔を上げ、キヲと久しぶりに目が合う。

「キヲさんにとっての一回目。これを借りた時、あなたはフッと微笑んだ。僕は初めてあなたに声をかけた。『どうかしましたか』と」


 きっとキヲには想像もつかないだろうが、それはシィロにとって途方もなく勇気のいることだった。

 その後の返答によっては、二回目三回目に、シィロは本を借りに来はしなかっただろう。

「あなたはこう答えた。『ごめんなさい。私もこれを読んだことがあったもので』」

「私がそんなことを?」

 シィロは頷く。

「それだけです。その時は、それだけだった。だけど二回目、もしかしたらもう一度、あなたが笑ってくれるかもしれないと思って」

 その言葉の意味するところを、キヲは気づいた。胸の奥の柔らかい部分に、あたたかく気恥ずかしい何かが芽生えていくような気がした。


 ◇


 何度も何度も、二人は今日を繰り返した。

 図書館の敷地を抜け出し、いろんなところへ出かけた。ショッピングもしたし、映画も観た。植物公園にも行き、スケッチ大会に飛び入り参加もしてみた。

 言葉を重ね、しだいに口調も気安く変わった。数年来の親しい友人のように。

 していることは物語の中にあるような、初々しいデートのようでもある。そう思うと、少しむず痒くなるけれど決して深いではなかった。

 だがどれだけ親しくなっても、キヲは夕方には遊びを切り上げなければならない。

 別れ際、残念な気持ちを隠さないシィロに心をくすぐられつつ、キヲはいつも別れを切り出した。それだけはどうしても、決められていることだから。


 シィロといると、時間が過ぎるのがあっという間だった。

 日が沈みきる前に別れ、そうしていつもの『クソみたいな最悪の夜』を迎える。

 だけど夜を乗り越え、寝て起きてしまえば、また今日になる。

 またシィロに会える次の今日が待っている。

 それだけで、キヲは良かった。


 ◇


 十数度目の今日を迎えた昼下がり。キヲは「このまま明日どころか、夜さえ来なくていいのに」と呟いた。

 繰り返しの今日の中で、二人は近場で遊べるところはほとんど行きつくした。

 正しくはまだまだ遊べる場所はあったけれど、二人にとっては連日出掛け続きで、少し落ち着きたい気持ちがあったのだ。

 そうして十数度目の今日、久しぶりに図書館横のベンチに隣り合って座った。

 今は、二人きりで話がしたかった。


「夜も?」

「夜はね、いつもクソみたいに最悪なの」

 『クソ』なんて、普段のキヲらしくない装飾にシィロは驚いた。キヲにはまだ、シィロの知らない顔がある。

 そんなシィロに苦笑しながら、キヲは「両親も、周りのクズみたいな大人たちも、みんな毎日『クソクソ』って言ってるの。感染しちゃった」と、悪戯っ子のように舌を出した。


 こんな身内の恥など、キヲは今まで誰にも話したことはない。勝手に噂にはなっているけれど。そしてその噂のほとんどが真実だ。

 だからこそ、誰にも言えなかったし、言う気もなかった。

 もちろん今日が繰り返されていることを知った当初も、シィロに話すつもりはなかった。

 だけど何度も何度も幸せな朝昼を確約された今日を過ごし、キヲは夢を見てしまった。覚めない夢を。


「私の両親は、考えナシ同士の浅はかな夫婦なの」

 キヲは望まれて生まれてきたはずだった。両親は確かに恋をして、愛し合って結婚したはずだった。

 だがどうしてだろう。恋人と、夫婦と、家族というものは、決定的に違うものがある。心構えとして必要なものが、キヲの両親には足りなかった。


 子どもを育てるというのは、とても難しいことだ。

 キヲの両親は、キヲがお腹の中にいる頃から少しずつ互いに八つ当たりするようになった。

 恋人だった時は周りも羨むほどの熱愛ぶりだったのに、それが夫婦という家族になった途端、子どもという責任を負った途端、互いへの恋よりも恨み憎しみ悲しみが強くなった。


 第三者から見れば、コミュニケーション不足による相互不理解だと、すぐに分かっただろう。

 だが、キヲの両親は恋するだけは一人前の、家族という社会を構成するにはひどく幼い人間だった。立ちはだかる困難を、二人で相談し、二人で手を取り合って解決するということができない人間だった。

 二人はだんだんと、自分の方がつらい、自分の方が頑張っている、そう思うようになった。

 こんなに自分は尽くしているのに、どうして相手はやってくれないのか。どうして自分ばかり大変な思いをしなければいけないのか。

 夫婦の仲は険悪になり、それが仕事にも表れたのだろう。二人そろって仕事もうまくいかず、キヲの父は仕事をサボり続けててクビになり、キヲの母は職場から嫌われ厄介払いされた。


 転落はあっという間だった。

 両親は酒と賭博に逃げ、多額の借金を抱えた。

 全ての財産を手放し、国からの援助を受けながらの生活に変わった。

 まだ幼かったキヲの養育費・医療費・学費も、国や地方の支援を受ける制度内でどうにかなった。

 それだけでもキヲにとっては恥ずかしく、みっともない状態だったというのに、両親は懲りなかった。

 ダメになっても国がどうにかしてくれる。そこまで堕ちていた。

 酒も賭博もやめられず、たびたびの勧告にも応じず、働きもしない。出る金ばかりが増えていく。

 両親は遊ぶ金欲しさに、ついに、超えてはならない一線を超えてしまった。


「『地底の牙』って知ってる?」

「時々ニュースで見る……貧しくて教育も受けていない人たち?」

 一般的に『地底の牙』と言うと、違法薬物・違法賭博・強盗・強姦などをする貧困層の集まりをイメージする。

 だがその組織の根は深い。貧困層の犯罪集団は末端の若者が多く、上層部は密輸・密造・高利貸しなどに手を染めた厄介な組織だ。

 警察は何十年もかけながらも、地底の牙を根絶やしにすることができていない。


「うちの両親はね、よりによってそいつらに近づいたの。まあ、きっと両親に金を貸してくれるところが、そこしか無いほど底辺だったんだろうけど。だけど、そのおかげで私は毎日クソみたいな夜で一日が終わる」

 気がつけば、キヲの周りにはクソみたいなクズばかりだった。

 貧困と無教養は犯罪を生むとはこういうことかと、キヲはつくづく思う。

 国にはちゃんと、知識も知恵もつけるための制度がある。子どもを守る制度がある。貧困から脱する術がある。

 だが両親と同じく、無教養で、浅はかで、真面目と堅実を嫌い、他人から何かを奪うでしか貧困を脱する術を知らない人間がいる。


 そんな人間に、キヲは目をつけられた。

 きっとキヲが何もできないただの子どもだったなら、今頃もっと悪かった。両親に身体を売らされて、両親の小遣いになっていたかもしれない。

 クズの目には、女と子どもは性玩具で、男は臓器のパーツに見えるらしいから。


 だがキヲにはギフトがあった。完全記憶のギフトを、両親が喋ってしまった。

 両親にはキヲのギフトの有効的な使い道を考える力が無かったが、地底の連中は違った。それも悪い方に。

 キヲは大きな大人の男たちに毎夜連れられ、そのギフトを使って金稼ぎに従事させられる。

 キヲのギフトで大儲けする悪党を見ながら、悪いことを考える人間はどこまでも悪いことを考えつくものだと感心し、失望した。

 ギフトはその人の精神に由来すると言われている。だから、キヲの精神を保つために、『まだ』最悪の事態には陥っていない。だがそれもいつまで持つか。


「真っ当に生きたかった。奨学金で教養を得ても、就職しても、何も変わらない。準成人だから、親とも縁が切れない。成人したってもうダメよ。私、組織に入りすぎたもの、顔も名前も今までの悪事、全部覚えてるの」

 いつまでこの生活が続くのか分からない。だが、きっと解放されることはないだろう。あるとしたら死ぬ時だけだ。


 キヲは長く息を吐いた。関係のない真っ当な道を生きるシィロに、ここまで話すつもりは無かった。

 だけど話してしまった。きっと、ずっとずっと、誰かに聞いてほしかった。

 それでも、話したことを少し後悔し始めてもいた。

 無関係のシィロを巻き込んでしまったことが半分、シィロに軽蔑されてしまったかもしれないことが半分。

 おそるおそる顔を上げると、シィロは驚愕の表情を隠さないまま、キヲを見つめていた。これはどっちだろう。


「……違った」

「違う? 思ってたような人間と違った?」

「そうじゃない、違う。思い出したんだ。今の君の話で」

 シィロの声はいつになく震えている。

「僕たちが、囚われていたのは時間じゃない。君だ。囚われていたのは、僕じゃなく、君だったんだ!」

 突然シィロは立ち上がり、叫んだ。

「キヲを助けたくて、僕は『今日』に時間を戻したんだ!」


 ◇


 その人は、高嶺の花だった。

 濃紺の髪はいつもサラサラとしていて、ただ後ろで括っているだけなのに華があった。

 一目見た時から、綺麗な人だと思っていた。

 貸し出しの時、自動処理機では扱えない特殊書籍を借りることが増えた。貸し出しカウンターの彼女の声が聞きたくて。

 名前はキヲというらしい。直接尋ねたわけではない、呼ばれているのを聞いただけだ。シィロにそんな度胸は無い。

 キヲは静かで、姿勢が良く、仕草が洗練されていた。ミステリアスな高嶺の花だった。

 勇気ある若者が口説いても、さっと流してしまう。シィロはその一人にもなれない。ただ見ているだけの臆病者だった。


 ある朝、シィロが図書館へ行くと、いつもと空気が違った。

 キヲがいない。

 ざわついた空気に耳をすませると、司書も他の職員も、いやらしい声で噂をしていた。

「あの子、買われたんだって」

「あの親なら」

「昔から付き合いがあったらしい」

「悪人」


 キヲは昨夜、この街から消えた。地底の牙という犯罪組織のやつらとつるんでいた。いいや買われていった。親に売られた。行きつく先は――。

 噂はシィロの耳から心臓へ脳へ、そうして胃を焼けつかせた。

 あの穢れなき清廉の白百合が、地の底の怪物に踏みにじられた。

 とある勇敢な若者は嘆いた。「言ってくれたら、俺が攫ってやったのに」と。何もしなかったくせに。今でも、追いかけないくせに。


 ふと、シィロは考えついた。

 昨日なら間に合うのではないだろうか。昨日に時間が戻ったなら。


「僕のギフトは一生に一度だけ、『誰かのために願い事を叶える』だ」

 シィロは告白した。

「自分のためじゃギフトは発動しない。たぶん、僕が誰かのために強く願ったことを叶えてくれるんだと思う。そして僕は時間を巻き戻した」

 だがギフトはシィロの思うほど万能じゃなかった。

 時間を戻した先の今日、シィロの記憶はおぼろげで、キヲに降りかかった不幸を覚えていなかった。自分でギフトを発動したことさえも。


 そうして次の日を迎え、キヲの悲運を知り、時間を巻き戻した。

 何度目かで図書館へ行き、次の日にキヲの悲運を知り、時間を巻き戻した。

 そうしてキヲにとっての二回目も、三回目も、次の日にキヲの悲運を知り、シィロはやっと全てを思い出し、時間を巻き戻した。

 繰り返す今日の続きの明日は、いつも後悔の中でギフトを使った。次こそは、と。


「僕は馬鹿だ。キヲを助けたくて今日を繰り返して、それなのにキヲと話せることに舞い上がって、君を、何度も地獄につきおとした」

 いつの間にか二人の瞳には涙がにじんでいた。

「シィロは本当に、私を助けてくれようとしたのね」

 今までキヲを憐れんでくれた人は何人かいた。みんな口先だけだった。

 キヲはフフフと笑う。シィロは頑張った。でもいいのだ。

「でも私を攫ったって、ヤツらから逃げられないよ。悪知恵だけはすごいんだもの」

 キヲはもう諦めていた。いい夢を見させてもらった。そう思えるだけ、幸せだ。


 ただ一人、シィロだけは諦めていなかった。

「キヲ。忘れたの? 僕のギフトは、時間を戻すことじゃない。誰かのために願い事を叶えることだ。僕はキヲのためにしか使う気はないんだよ」

 シィロはキヲの頬を、掌ですくい上げる。

「『今』の僕は、まだギフトを使っていない」

 キヲは目を見開いた。

「教えてほしい。君の願いが何なのか。――そうしたら僕が、絶対に叶えてみせるから」

 シィロの柔らかな指が、キヲの涙をぬぐう。キヲは声を震わせて呟いた。

「……自由になりたい。真っ当な道を歩きたい。明日に絶望しながら眠りたくなんてない」


 ◇


 今日の話題は、とあるビッグニュースで持ちきりだった。

 噂を運ぶ風を受けながら、シィロはベンチに座る。

 ほどなくして、仕事を終えたキヲがシィロの隣に座った。ここ数週間、二人はいつもこうしていた。

「ちょっとやりすぎじゃないかな」

 眉を下げて問いかけるシィロに、毅然とキヲは「大丈夫よ」と言い放つ。相変わらず、シィロは慎重で過保護だ。彼はそれを臆病者だと言うが。


 シィロはギフトに、キヲが両親や地底の牙と完全に縁が切れることを願った。

 もう彼らは誰一人として、キヲに関わることができない。近寄ることも、キヲがキヲであると知覚することも、思い出すことさえ。

 準成人であったのだから、家族として行政上はどうなっているのだろうと心配になったのだが、やはりそこはギフト様様、どういうわけか赤の他人になっていた。まるで最初からそうであったかのように。


 それをキヲは逆手にとって、地底の牙の情報を警察に密告した。もちろん匿名で。

 ギフトの欠陥に苦しめられたシィロは、万が一を恐れてキヲを止めたが、キヲは構わずやり遂げた。

 そして今日のニュース。地底の牙の幹部が数人捕まり、組織は半壊とのこと。根絶やしにはならないが、メスは入れられた。後は警察の仕事だ。


「私、毎日ワクワクしてるの。シィロのおかげよ?」

 ニッとキヲが笑うと、シィロは頬を真っ赤に染めて俯く。

「でも無茶はダメだよ。もうギフトは使えないんだから」

 大丈夫だと思う。ギフトが無くても、シィロはキヲにとって勇敢で、はにかみ屋の臆病なヒーローだ。

 シィロほどキヲを心配し、追いかけ、そばにいてくれる人をキヲは知らない。


 数日ぶりに晴れた空を見上げて、シィロは言う。

「きっと明日も良い日になるよ」

 ループが解けてからもほとんど毎日会っているというのに、キヲは未だ、シィロから大事な言葉を聞いていない。

 だから、シィロと居ればどんな明日が来ても良い日になるのだということを、キヲはまだ秘密にしている。



 秋月忍様主催『アンドロメダ型企画』に参加させていただきました。

 お題に添えているかハラハラですが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
[一言]  アンドロメダ型企画の方から来ました。  閉ざされた時間からどうやって逃げ出すか――、好きな設定ですが、なかなか上手くいかなかったり、さらに良くない状況に陥ったりすると、だんだん辛くなって…
[良い点]  この度は企画へのご参加ありがとうございました。  時間に囚われたのは『何故か』という謎解きからの展開がとても面白かったです。  そして、ハッピーエンド、とても素敵でした♪  ステキな…
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