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第一章 マスター(2)

 数キロにも及ぶ荒野を自らの足のみで走りぬけること小一時間。彼女は、とある巨大な施設にたどり着いた。

白いその建物は、吹雪の中に溶け込むように聳え立っている。直線のみで構成された、無機的とも言えるその建造物に、 彼女は吸い込まれるように消えていった。

 建物の中へ入ると、彼女はオーバーコートに付いた粉雪を払い、頭に被っていた軍帽を外す。長い黒髪がふわりと流れる。乱れた髪を整えると、再び軍帽を被りなおし、その場に直立した。 

 ほどなくして、すっと目の前に男が現れた。既に年を重ね、顔には相応の皺が刻み込まれていたが、リーダー格たる威厳を漂わせている。

彼女はその男に敬礼すると、凛とした声で報告する。

「ラスタス、ただいま戻りました」

 彼女の名は、ラスタス。並外れた能力を持つ者・“マスター”のひとりである。

 報告を済ませたラスタスは、施設内の宿舎に戻った。


 真っ暗で誰もいない、静かでもの寂しい部屋。照明を点けると、部屋の奥からその静けさを打ち払うかのように甲高い鳴き声が聞こえてきた。動物のようだ。

 小さなそれはてくてくと、しかし嬉々としてラスタスに近づいてきた。 

「ピ!」

「ただいま、ぽんちゃん」

それはおにぎりのような、おまんじゅうのような、丸にも三角にも似たような形をしていた。全身は、限りなく肌色に近く淡い黄色の、ふわふわとした羽毛で覆われている。目の表情はにっこりと無垢で、その下に小さな(くちばし)がついている。大きさはちょうど手のひらに載るくらいだろうか。

ピ、ともミーともつかぬ声で鳴きながらラスタスの肩に乗ると、頬をすり寄せた。ラスタスの緊張が解きほぐされる瞬間である。

「遅くなってごめんね。ごはんにしようか」

 夕食を摂るラスタスのテーブルの上で、共にパンをついばむぽんちゃん。

「おいしい?」

 ラスタスは尋ねるが、ぽんちゃんは食べることに夢中だ。 

 次はテレパシーで呼びかけてみる。

-ぽんちゃん?-

 やはり応えはない。ラスタスは溜息をつく。

「ねえ、ぽんちゃんとお話できたらいいのにね…」

 さすがのマスターも、動物と言葉を交わす能力までは備わっていないようだ。

ラスタスの他にもう一人、この国の防衛には欠かせない優秀なマスターがいた。

 ゼアである。

 ゼアもまたラスタス同様、優秀なマスターのひとりだった。 

 ラスタスとは士官学校時代からの同期である。共に学んできた二人は、互いの力を認め合い、切磋琢磨する戦友である。

 前線に立つようになり、以前より顔を合わせることはなくなっても、たまに会ったときは励ましあい、忌憚なく意見を交わし合う仲でもあった。


 ある日、施設内の食堂で、ゼアはラスタスと久しぶりに顔を合わせた。

 今日のラスタスは、いつになく弱気に見えた。伏し目がちにコーヒーを飲み込み、押し黙っている。前髪の間から僅かにのぞく瞳は、寂しさを帯びていたようにも見えた。

「ラスタス、よく頑張ったじゃないか。今回の任務も」

 ゼアは、すらりと高い背をにもてあますかのように身体を折り曲げ、ラスタスの隣に座った。

「でもあれは、フォーマルハウトのマスターたちの力を一時的に無力化しただけだし」

 ゼアは目を丸くした。

「すごいな、そんなことをやっていたのか…!」

「だって私たち、武器は使えないでしょ? だからマスターたちが発揮できる力を封じ込めたの」

「つまりは、ただの人間に戻るってわけか」

 ラスタスが頷くまで、暫しの間があった。

「どのくらいの期間なんだ、その無力化って」

「人によってだいぶ違うと思うけど、数ヶ月とか半年とか…」 

幼い頃から強い能力を有していたラスタスは、軍に見込まれ、子どもの頃よりその能力を鍛えられ、気がつくと国でもトップレベルの力を持つマスターになっていた。

 アルタイル国はもっぱら自衛のためにのみマスターを使い、侵略行為は一切行わないことになっている。しかしラスタスにとって、今回の任務は少々荷が重すぎた。肉体や技量的な面ではなく、精神的な面で。

「私がやったのは…ある意味侵略行為よ」

 沈み込むラスタスを励ますように、努めてゼアは明るく答える。

「でも、上からの命令だろ?」

「ん…」

「軍人として当たり前のことをしたわけだし、いやそれ以上の殊勲だ。もうちょっと誇ってもいいと思うよ」

「ありがと」

 ラスタスはようやく顔を上げ、視線を向けた。

「ゼアは…、どうなの」

「ん?」

「あの…、今の、生活」

「まあ…メシは一日三度、食えるしな」

「なにそれ」

 ラスタスはくすりと笑った。

 少しだけ、瞳の表情が明るくなった。


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