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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人形屋

「ここ、か? なんとも入り難い見た目だが……いや、そんなことも言ってられん」

 人の気配が一切ない廃墟の前で男は独り言を吐き出した。

 彼は今、大きな問題を抱えている。それを解決したいがために、一つの噂話を頼りにこの地へ訪れたのだ。

『オフィス街のテナントが入っていないまま放置されてるビル。あそこには勝手に人形屋を営業している男がいるらしい。そこは”本当にその人形屋を必要としている客”が来たときにしか店主はいないらしくてな。それだけでも変な話だがさらに商品ががまともじゃない。そいつが売るのはなんと、死んだ人間の姿形そっくりの人形なんだと』

 職場の休憩時間。社内食堂で近くにいた痩せぎすの男と、体も髭も豊かな大男が話していたのを聞いていた。あまりに荒唐無稽でばかばかしい話だったし、話している男たちの顔にも見覚えがなく信憑性を感じられなかった。しかし男はその話を真に受けることにした。それほど、焦燥に駆られていた。

 四階建てビルの三階、階段すぐの扉。男は聞いた話を口の中で反芻しながら、足場を一つ一つ確認するように階段を上がった。

 そして、目的の扉を前にしてから息を飲み込む。

 何の変哲もないただのアルミ製の扉。中に人がいるのかもわからない。それでも、いやだからこそ緊張をするのだろう。温度が失われたドアノブを握るときも、それを捻る間も、不安な気持ちは拭えなかった。

 ラッチボルトが擦れる音がして、滑らかにノブは捻られてくれた。

 扉を押し開いて行く間に室内を眺める。コンクリートが打ちっぱなしになっていて、敷物も壁紙も無い。男はあらかじめそこが人形屋だと聞いていて『如何にも店らしき内装』を想像していた分、余計に寒々しく感じた。

「お客さん、ですかぁ。こんな夜分に」

 彼が扉を開き切るか否かというタイミングで、男の声が聞こえてきた。ハリがなく少し枯れかかったその声は、人形屋を求めて来た男の緊張感をより一層強めた。

 声の方を見ると皮張りの一人用ソファに腰掛けた男がいる。薄暗いが、声よりは若そうな相貌をしていること、スーツ風の小綺麗な格好をしていることはわかった。彼がこの部屋の主であり、店主なのだろう。――とは言えこの建物はテナントの入っていない空きビル。そこで勝手に店を営業しているというので、こう評するのもおかしな話だが。

 本当に必要としている人間が来たときにだけ営業している。そう聞いていただけに客の訪問を訝しがる店主に疑問を抱きながら彼は訪ねる。

「ここで、人形を売っていると聞いてきたのだが、合っているか」

「如何にも。ここが人形屋以外の何に見えましょうか……いや、見えませんよねぇ。なんたってそれっぽいものが何もない。……ま、それでも売っていますよ。お客さんが望むものをお作りして」

 人を揶揄うような口調、言葉を放っては喉を鳴らして笑う店主に客人は憤りを覚える。しかし、今はそれよりも問題の解決を、と気持ちを切り替えることにする。

「1体、ご用意願いたい。外見はこの写真のように」

 歩を進めて客人が差し出す写真を見て、店主は尋ねる。

「なるほどなるほど? 娘さんですかぁ。こんなにお若く可愛らしいのに、可哀想に……」

 店主が使う言葉の1つ1つが自身を突き刺してくるように客人は感じた。

「どうしてわかるんだって顔をしていますねぇ。や、ただの勘ですよ? あなたのようなお客さんは何人もいらっしゃいますので、あなたもそうなのかなと。違ったらごめんなさい」

 何か物を言うたびに笑う店主を不快に思うのだが、客人はその一切を飲み込むことにした。

「いや、違いない。この子はつい先日事故で――」

「あ、そういうのはいいです。お客さんのプライバシーに触れるつもりはありません」

 店主は客人に表情を見せないようにしてから眉をひそめて、そして「それに何より、意味が無い」と吐き捨てた。


     〇     〇     〇


 人形屋という職業が出てきたのは2040年を過ぎた頃。

 科学の進歩により、完全に人と見間違う程のロボットを製造することが可能となった。それを単純な労働力”人型”として販売した大手企業に倣って、他の企業も続いて行った。

 その際に”人型”という名前は商標登録の関係上一般名詞として扱われなかった。そこで代わりに定着したのが”人形”だった。

 機能上、創作などでも使われる”アンドロイド”といった名前でも差し支えはなかったのだが、あまりにも人間に近すぎたため、敢えて”人形”と称することで人間との区別を図ろうとしたらしい。

 そこには、所謂「家族愛」であったり「攻撃対象」としての購入を考える人間への反抗もあったらしいのだが、企業側が提示した「特定のモデルを参考にした外見、用途に適したAIによる性格でのみ販売をする」というルールから、そういった例は極めて少なくはなっている。

 そんな中でこの人形屋が行っているのはやはりルール違反の行為だ。言ってしまえば、本日の客人が「自ら殺してしまった娘を生きているように偽装したい」というインモラルな望みを持っている場合に、それを叶えることができてしまう。


     〇     〇     〇


「さて、人形の用意ができるまでお客さんにはお待ちいただかなくてはいけない。――と、普通の人形屋ならこう言うのですが、もう用意できているんです」

 一人芝居のようにコロコロと話す店主の口調に慣れてきた客人だったが、この言葉には驚きの表情を隠せなかった。

「皆さん、うちには普通の人形屋とは違うことをお望みで来られますので。こちらも普通ではないことをしてお待ちしているんです」

 一人で話を続けながら、店主は奥の別室へと繋がる扉を開く。

「さあ、おいで」

 ガラス窓がなく、全て鉄で出来ているらしい扉の奥から店主に手を引かれる形で連れてこられる少女の人形を見て、客人はもう一度驚かされる。

「ほんとうに……そっくりだ」

 さきほど客人が店主に見せた娘の写真に酷似した少女がその場に存在する。似ている度合いが大凡というレベルであっても驚くべきなのだが、違いを見出せないほどに似ている人形をこの短時間で用意できた店主に対して客人は恐怖を覚えた。

 娘の死因について、その行く末について、店主はすべてを知っているのでは無いかという虞さえ感じた。

 そう考えると客人は少しでも早くこの場所を離れたいという気持ちを抱き始めた。

「お客さん、人形についての知識はお持ちですか」

「へ……?」

 もしくは今、手で触れて傷の有無を確認したい。そう考えていた時に声をかけられて、客人は妙な声を出してしまった。

「もし以前に人形を買った経験があるのなら、扱いについての説明は特にいらないかと思いまして」

 例えば人形の清掃なんかのお話ですね。と続ける店主に「あ、ああ。大丈夫だ」と返す。

 その言葉を聞いて満足そうに「そうですか」と頷く店主だが、一つ付け加えた。

「そういえば一般の人形を買う時には暴力的に扱わないように、なんて説明をされますよね。まあ、娘さんの姿相手にはしないと思いますが」

 これは念押しである。そのように客人は感じた。

「娘さんの人形は、おそらく娘さんの生に関係した性格になっていると思っていただいて結構です。例えば娘さんが生前「お父さんに甘えたいのに上手くできなかった」と感じていたならば『べ、別にパパのためにお料理したわけじゃないんだからね!』という言葉が見受けられるかもしれませんね」

 かと思えば、またもや冗談を繰り出してくる。もういい。感情を揺さぶられることに疲れてしまった。

「あ、料金は要りません。まあ、金持ちの道楽とでも思っておいてください」

 料金を支払って帰ろう。そう考えた矢先のことでたじろぐ。客人は、この男は正気なのかと感想を抱くが、それも今更かと諦め始める。

「タダより高いものは無いって言葉もあるが……あんたくらいの変人、そう居はしないだろうな。恩に着る」

「そういうことです。それでは、お気をつけて」

 これが最後と思ったのか胸にあるままの言葉を吐く客人。そのまま、娘の人形の手を引いて人形屋から離れていく姿を店主は苦笑いを演じて見送る。

 形骸的に頭を下げた店主の、足元に落ちた視線に一匹の黒猫がついと擦り寄った。

 心配そうに店主を見上げるような仕草を見て、店主は相好を崩して言う。

「大丈夫ですよ。あの子が上手くやってくれます」

 その言葉に応えるように、黒猫は短く鳴いた。


     〇     〇     〇


 男は娘に似た人形の手を引いて、灯り一つ点いていないビル街を歩いた。

 その姿はさながら本物の親子のようであったが、一言も声を交わさない所を見れば違和感が生じる。「口喧嘩をした状態である」と言えばわからなくもない。ただ、良好な関係では無いということはわかる。

 その証拠に、娘が抗議をする。

「お父さん、痛いの……」

 表情を歪める人形を見て、父親は顔をしかめた。人形の分際で感情表現をするのか、と考えた。

「あの男、人形は生前の性格が反映されると言っていたな。本物のあいつは口答えしなかったはずだ」

「そうじゃなくて、お父さん、痛いのって」

「会話にならない。人形のAIってのも碌なもんじゃない」

 互いに噛み合わない言葉をやり取りしてすれ違う。どちらかと言えば父親の方が先に娘の言葉を反故にしたのだが、随分と自分勝手である。

「首絞め、煙草の押し付け、酒瓶殴り、最後はベランダからの落下。まあ言っても何のことだかわからんだろうが。ただ、人形なら無事なんだろうな」

 店主が説明した”AIの性格”を誤解した父親が、口角を上げて笑いながら知る限りの暴力をぶつけてゆく。

「何をされていたかは知ってるよ。教えてもらった。そして、その痕も創造主は再現してる」

 人形屋に用意されていた衣装を伸ばしながら、一つ一つ確認をするように痕跡を見せ続ける人形に父親は眉をひそめた。

「創造主も言ってたけど、暴力はだめだよ。今でも、見るだけで痛いから」

「何を、言っているんだ……?」

 目の前で起きている現象が掴めない父親は、ついに人形との会話を試みる。

「もしかして、痛いってこと知らないかな。じゃあ痛いの、覚えてもらわないと」

 しかし、娘は父親の言葉に反応せず。人体構造としてはありえない動きで手足を伸ばした後、父親の首元に右手を添えた。

「おい、おまえ……なんなんだ」

「私は、まうの友達。名前を聞かれると、まだ無いから困るけど」

 父親は今にも裏返りそうな声で抗議をするが、娘の姿をした何かはそのまま直進して建物の壁に父親を押し込む。

「まうは、これがしたかったんだよ。いつも、言ってた」

 娘に似た何かが話す言葉から、娘の一人称を思い出す。真由美という名前を言えない、舌足らずな一人称を男は嫌っていた。いつまで経っても、知性が育たないことに苛立ちを覚えた。だから、攻撃した。

「まうはいつも私に餌をくれながら、お父さんがやったことを話してくれた。創造主も言ってたよね。覚えられないお父さんは、だめだなぁ」

 同じ理屈で同じ行動を返された時に学ぶことがある。この父親も、多分に漏れず。

「わ、悪い。これから覚えよう」

 何度も何度も、謝罪と改善案を繰り返した娘の姿を思い出す。そうして、自分の失敗に気付く。

「これからじゃ、だめなんだよね。今回がだめだったから、罰がいるんだよね」

 そのまま、喉元に突きつけた指の輪を押し込む。人形は力の加減が付けられず、嫌な音を立てて父親を壊してしまった。

「あーあ、もう終わっちゃった。まうのやりたいこと、たくさんあったのに」

 人形は光の無い瞳でそれを見つめながら、言葉を吐き捨てた。


     〇     〇     〇


 ある公園の一角に、猫の集会ができている。やせ細ったもの、毛むくじゃらで身体の膨れ上がったものなど、様々な猫がいる。

 黒猫が一つ、長い声を上げると周りの猫はまたたびに中てられたように気分が良さそうな表情を見せる。

 その傍らには慎ましやかな木の棒が一本立てられている。その木の棒が元来何だったのか、どういう由来でここに来たものなのか、猫にしか、わからないことなのかも知れない。


     了


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