蒼天
私には幼馴染みがいる。名前は高村光紀。野球部に所属しており、ポジションはピッチャーだ。端正な顔立ちに加え、身長が180センチもあり、人当りも良く、いつもクラスの中心にいるような人物だ。男女問わず人気者だった。
私とは正反対と言ってもいいかもしれない。
更に言ってしまえば、私には友人が光紀くらいしかおらず、いつも教室で一人本を読んでいる。光紀とは学校で会話をすることはほとんどないが、放課後、時間があれば互いの家に行って、一緒にご飯を食べたりしている。
この日もいつものように私の部屋に光紀が来ていた。
「なぁ、明日暇?」
「なに?突然」
私は本を読みながら質問した。
「練習試合あってさ、暇ならたまには応援とか来てくんないかなーって思って」
「暇と言えば暇だけど、私行かなくても女子が応援に行くでしょ?練習試合の後とかいつも女子たちが話してたよ。かっこよかった―とか。」
意地悪な言い方したかもしれないと少しだけ思った。
私は本を閉じ、テーブルの上に置いた。
「たまにはいいだろ、来てくれたって」
光紀がふてくされる。
「しかたないなぁ…」
そういう言われ方をすると無理とは言えない。
「何時から始まるの?」
「9時開始。必ず来いよ。俺、明日は先発だから始まる前にちゃんと来いよ。陽菜乃」
「はいはい」
私がそう言うと、光紀が私の頬を軽く触り、「”はい”は一回だろ」と悪戯っぽく笑った。
「あのさ、陽菜乃、俺…」
光紀が何か言いかけた時、下のリビングから
『二人ともご飯できたよー!早く降りてきてー!』
「今行くー!……で、何か言いかけたよね?何?」
「いや、何でもない」
光紀は立ち上がった。
俯いている光紀の顔が赤くなっている気がした。
次の日、私は約束通り、光紀の応援に来た。
やはり、多くの女子が見に来ていた。
女子たちの視線の先には光紀がいる。
光紀は試合開始前のキャッチボールをしていた。
光紀が投げても歓声が上がり、捕球しても歓声が上がる。まぁ、私の印象としては、歓声というよりは、最早悲鳴に近いが。
「ね、やっぱ光紀君投げるんだね」
「写真撮ってもいいかな」
「私、光紀君に差し入れ持ってきたんだけど、受け取ってもらえるかな」
私は女子たちのパワーに圧倒される。
彼女たちには光紀しか見えていないらしく、この場に似つかわしくない私がいることにすら気づいていないようだった。
ふぅっと安堵の息を漏らした。
私の存在に気づいて、尚且つ、私が光紀の幼馴染みであることを知られてしまったら、どうなるのか分かったものではない。
私は彼女らに気づかれまいと、ギャラリーから少し離れた後ろから応援することにした。
試合終了後、女子たちが光紀のもとに駆け寄っていた。
私はそれを尻目に帰ろうとしていたら、
「陽菜乃!」
と光紀が呼ぶ。
女子たちの視線が痛い。
「来てくれてありがとな。…えぇと…どうだった?」
「相変わらず人気だなー…って?」
私の言葉を聞いてため息をつく。
「なんかもっとあるだろ?それこそ、かっこよかったとか」
「あーうん、そうだね」
「思ってる?」
「うん?」
おそらく光紀が期待していた答えではなかったんだな、ということは分かった。
光紀がかなり強めに私のほっぺたをつねる。
「いたいっ、いたいってば」
「俺、好きなんだよ」
私は頬の痛みを忘れて思わず、きょとんとする。
周りからは絶叫のようなものと共に「なんでこんな子が」と聞こえてきた。
「昔から好きだったんだよ、陽菜乃が。だけどさ、今日でわかったよ。陽菜乃は俺のこと、そういう風に見てなかったんだな」
言葉が出ず、固まってしまった。
「陽菜乃?」
「え…っと、光紀は幼馴染みとしか……」
私の言葉に苦笑いを浮かべる。
「今はいいよ、それで」
そして、私の頭に手をやる。
この日から私の静かだった日常が変わる予感がした。