二日目・1 嵐は去り、何かが起こる
幸いにも、裏山が崩れて一同そろって生き埋めになることもなく、朝が来た。
台風の本体は過ぎ去ったらしく、多少まだ雲は残っていたが、雨はもう止んでいた。床の固い感触が、僕に今の状況を思い出させた。──そうだ、ここは学校なんだ。
見まわすと、他の人達もめいめい起き出して来ているようだ。……あれ?
ほんのちょっとした、違和感。何か変だ、何か……足りない? 僕は半分寝ぼけた頭で考えた。何だろう?
「おい、拓の奴ぁどこ行った?」
戸田さんの声でやっと僕は何が足りないのか思い当たった。そうか、頭数が足りなかったんだ。見ると、菅原さんの寝ていたところには、シーツ代わりの布とかけていた毛布だけが残っている。
「えー? トイレじゃないんですかぁ?」
大江さんが寝ぼけまなこで答えた。しかし、いつまでたっても菅原さんが戻って来る気配はなかった。念のため大江さんがこの階にあるトイレを見に行ったが、すぐに戻って来て首を振った。
「いませんでした。……代わりにと言っちゃ何ですが、とんでもないもん見つけましたよ」
大江さんが抱えて来たのは、僕ら全員の携帯電話で──全部、びっしょり濡れていた。
「手洗い場で水没してました」
「何だよ……誰がこんなことを」
「寝てる間に荷物探って、持って行ったってことか」
全員、自分の荷物を確認する。
「──携帯以外にはなくなってる物はなさそうです。財布も手付かずだし」
「菅原がいないんだな? それじゃ、菅原じゃないのか?」
柴田さんが話に割り込んで来た。戸田さんが答える。
「とにかく菅原はいなくなっちまったんだ。今から探しに行こうと思う」
「校内か? 高所恐怖症の癖に」
「多分。外に出てもしょーがねェし」
「判った。ここにいる九人で手分けして探そう。……そうだな、三人ずつ組になって行くか」
柴田さんの提案により、星風組、名美組、笹良組に分かれることになった。星風組は星風の三人、名美組は名美の二人と僕、笹良組は笹良の二人と柴田さん。そして、星風組は体育館周辺、笹良組は僕らのいる第一棟校舎、名美組は第二棟校舎を、それぞれ探すことになった。
第二棟は多少山側に建っている関係で、渡り廊下も緩やかなスロープ状になっている。僕らは一組に一個割り当てられた懐中電灯を手に、菅原さんを探しに出かけた。まあ、雨が止んで空も明るくなっているので、ライトの必要性はあまりなかったのだけれど。
「まったく、人騒がせな奴だぜ。携帯ダメにした上に、いきなりいなくなるなんてよ」
上月さんがぶつぶつ言っている。
「──陽介。これから、もっと不愉快なことが起きるかも知れないから、覚悟しといた方がいいよ」
え? 僕と上月さんは、同時に声の主──明智さんを振り返った。明智さんは眼鏡の奥の瞳に物憂げな表情を浮かべ、何事か考えていた。
「もっと不愉快? なんすかそれ?」
上月さんは、明智さんにだけは比較的丁寧な言葉遣いをする。
「小泉君、さっき誰か、菅原君は高所恐怖症だって言ってたよね?」
「はい。特に階段がダメで、手すりにつかまってないと降りれないほどで」
「そんな人が、果たして自分から下に降りようとするかな?」
僕らは思わず立ち止まった。
「『階段を降りるのが怖い』って人が、初めて来た建物の最上階にいる。トイレなんかは一応使える。知り合いは三人しかいない上、他のところに人はいない。こんな状況下にあって、彼がわざわざ苦手な階段を降りてまで下に行く理由って、少なくとも僕は考えられない。菅原君がやったのかどうかはわからないが、誰かが携帯を水没させた理由もね」
今更のように、戸田さんがやけに心配そうな表情で僕らと別れたのを思い出した。明智さんは今、それとそっくりな表情をしている。
「いなくなったこと、それ自体が不可解なことなんだ。その先にある理由を考えると……悪い予感がするんだよ」
明智さんの言葉が終わるか終わらないうちに、廊下中に響く大声が僕らを振り向かせた。
「明智さ──ん!! 上月さ──ん!!」
真っ青な顔をして駆け寄って来たのは、寺内君だった。寺内君はぜいぜいと荒い息をついた。
「どうした!?」
「す、菅原さんが……」
なかなか言葉にならない。が、何か尋常じゃないことがあったのは、聞かなくても判った。明智さんが鋭く言った。
「木野君達には知らせたのか?」
「は、はい、三沢さんが……」
「判った。寺内君、案内してくれ」