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木野友則の悪意  作者: 水沢ながる
一日目 発端
6/25

一日目・5 菅原さんには事情がある

 学食は一階の東側にある。僕らはそちらに向かうことにした。

 僕と大江さんは、席順の関係で一番後に部屋を出た。と、階段のところでやけにスローな動きをしている人がいる。

 菅原さんだった。

「あ、そうか。菅原さん、階段ダメなんでしたよね?」

 大江さんが言った。菅原さんは階段をゆっくりと一段ずつ降りながら、苦笑した。

「ああ。先に行ってていいよ」

「そうはいきませんよ。大丈夫ですか?」

 僕と大江さんは菅原さんに付き合って、階段をゆっくりと降りた。菅原さんは手すりをしっかりと握り、危なっかしい足取りでやっと一つ下の階まで降りて来た。よく見ると、菅原さんは右足を少し引きずるようにして歩いている。

「足……お悪いんですか?」

「え? ああ、これ? ガキの頃に大ケガした後遺症でさ。日常生活に支障はないんだけど、ちょっとこういう歩き方になっちゃって」

 菅原さんは笑って言う。しかし、一体何がどうなって大ケガをしたのかは、菅原さんは決してしゃべろうとはしなかった。

「じゃ、階段も……?」

「それは単なる高所恐怖症。特に下り階段はダメだな。手すりを持って一段ずつじゃないと、怖くて降りれない。──さっき斜面を降りることに反対したのも、これがあったからなんだ、本当は」

 ……あ。何か、雰囲気が重くなってしまった。それを察し、大江さんが話題を変えようと口を開いた。

「そ、そう言えば、菅原さん、前この辺りに住んでたんですって?」

「──誰が言った、そんなこと?」

 大江さんの言葉に菅原さんは一瞬はっとし、妙にドギマギした様子で訊いた。

「え、あの、木野さん達が言ってたのをちらっと。小学校の時、転校して来る前はこの辺に住んでたらしい、って」

「そうか……あいつらは知ってるよな……なんだ……」

 なんだか落胆したような安堵したような表情を、菅原さんはした。そして困ったように、

「……覚えてないんだよ、小学校の頃のことなんか」

 と続けた。


 ──よく判らないけど、前にも増して空気が重くなったような気がする……。


「俺達がどうしたって?」

「わあ!!」

 いきなりぬっと後ろから戸田さんが顔を覗かせたので、僕も大江さんも驚いて飛びのいた。

「あんたどこから沸いて出たんですか!?」

「失敬な。人を自然発生したように言うな」

「まったくだ。こいつが自然発生した日にゃ、うっとうしくてたまんねえ」

 気がつくと、木野さんまでちゃんといる。どうでもいいけどこの二人、仲が悪そうな割にはいつもつるんでるなあ。

「ここで生物の自然発生説を唱えてもしょーがねえだろ。俺達はさっきからここにいたんだぜ」

 と、戸田さんは菅原さんに向かってにっと笑いかけた。

「どーせまた、拓が階段にてこずってるだろうと思ってな。ここで待ってた」

 戸田さんの笑顔は、大江さんに負けないほど魅力的な笑顔だ。ただ、大江さんの笑顔は人を安心させるものであるのに対し、戸田さんの笑顔は人を魅了するものだ。

 一見子供のように無邪気に見えるのに、人の視線を捉えて離さないような、その奥には毒の一つも隠し持ってそうな、そんな危険な雰囲気さえ漂わせてる──そう思ったのは、僕の錯覚だろうか。

「悪いな、木野、戸田」

 すまなそうに菅原さんは言った。

「いいって。こちとら、もしビル火災にでもなったら、おまえおぶって下まで非常階段一気に駆け下りるくらいの芸当なら出来るんだから」

「……それはそれで怖そうだな……」

 結局、戸田さんが菅原さんを背負って降りることはなく、菅原さんは無事一階まで降りることが出来たのだった。一番ホッとしたのは、多分菅原さん本人に違いない。



 当然のことながら、学食にはみんな集まっていた。

「遅かったな」

 柴田さんが、横目で僕らをにらんだ。

「まーな。色々事情とか三乗とかあるんだよ」

 いいかげんな答えをして、戸田さんはつかつかと調理場に入っていった。まず水道の蛇口をひねる。

「ふーん……水は出るのか」

 次に戸田さんはストック用の冷蔵庫を開いた。冷気が流れ出る。

「お、こいつは生きてるんだ。自家発電?」

「ええ。去年、市内で食中毒騒ぎがあって、その時水道ポンプと冷蔵庫だけは自家発電出来るようにしたんです。もし何かの弾みで電気が止まっても、一週間は動いてるように」

「へー……太っ腹だねえ」

「でも、こっちに予算回しすぎて、道路の方まで予算行かなかったらしいですけど」

 僕の言葉に、全員が微妙な表情になった。

「……ま、一長一短あるわなぁ」

「こ、い、ず、み」

 後ろに不穏なオーラを感じる。恐る恐る振り向くと、案の定柴田さんがいた。

「おまえ学校の恥を他校の奴にべらべらしゃべってんじゃねえよ!!」

「すっ、すみません!!」

 根が正直なもんで。

「なんにせよ、これなら色々出来そうだな」

 冷蔵庫の中を調べていた戸田さんが言った。

「勝手に使わせてもらうこちらの職員の皆様には悪いが……十人で三日分くらいは優に食える」

「いいけど……誰がメシ作るんだ?」

「もちろん、俺!」

 戸田さんが胸を張った。──空間が白くなった。

「何だ何だ何だその間は!?」

「だって……ねえ」

「作れんのかおまえ?」

「それは心配ない」

 答えたのは木野さんだった。

「こいつは性格その他はまあ最低だが、料理の腕前だけは認めざるを得ない。──俺としちゃ不本意だがな」

「俺達も保証しますよ。この前作ってくれたペペロンチーノ、めちゃくちゃ美味かったし」

「ああ。ニンニクと唐辛子とオリーブ油くらいしか使ってないのに、どうしてあんなに美味くなるのか不思議なほどでさ」

 大江さんと菅原さんも口々に言う。結局、木野さんの保証が功を奏し──確かに、普段仲悪そうな人に誉められれば信じたくなる──調理係は戸田さんの役と決まった。

 もっとも戸田さんは戸田さんで、

「フッ……今からここは俺の所有地……」

 とか何とか変なことを口走って、木野さんに引っぱたかれてたけど。

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