幕間 教師と刑事は舞台裏で語る
高校生達が事情聴取を受けている合間に、武田は加西署の喫煙スペースで煙草をふかしていた。
「ああ、やっぱりここにいましたか」
にこやかに話しかけて来たのは、自分をこの加西市に連れて来た──というより、運転手にしてくれた張本人だ。
「君はヘビースモーカーですから、きっと吸えるところにいると思ってました。ここで言うのも何ですが、煙草は身体に悪いですよ」
「余計なお世話だ」
「……今日は、僕の生徒達のためにご尽力いただいて、どうもありがとうございます」
芦田はやけにしおらしく頭を下げた。
「殺人だからな。俺の仕事だ」
武田はぶっきらぼうに答える。
「それに、今回はあんたの生徒がほとんど片付けちまってて、俺の出る幕はあまりなかったぜ」
「それでも、君の眼には面白いものが映ったんじゃないですか?」
「──ああ」
紫煙が立ち昇る。
「霊力も何も持っていないのに、演技だけで人を呪った奴は初めて見たな」
事件の解明、証拠の保管、犯人の確保。あの現場で木野友則がやったことは、それだけではない。あの犯人告発の場で、彼は確かに、犯人である柴田に呪詛をかけた。ただ彼自身の演技力のみで。
「それどころか、あいつ、殺人現場の“浄化”までやってのけてた。本人に自覚があるかどうかは知らないが」
芸能はそもそも神に捧げるためのものだ。キリスト教の賛美歌や仏教の声明など、声の響きや節回しが特別な“場”を形作る効果があることを、昔の人々は感覚的に判っていた。
殺人の現場には、被害者の無念や犯人の殺意など、人に悪影響を与える念が残りやすい。時にその念を浄化する必要がある。木野友則と明智悟のセッションは、意図せずその場の悪念を取り祓う力を生んでいたのだった。
「天賦の才です」
どこか誇らしげに、芦田は言った。
「もっとも、場の浄化に関しては、明智君の音楽の才能との相乗ですが。……特異な才を持つ者が、その才能を悪意を持って使えば、あの柴田君のようなことになります。だからこそ、僕らは彼らの才能を正しく伸ばしてやらないといけないんですよ」
「あんた、本当に教師だったんだな」
「君、僕のことを何だと思ってたんですか」
武田が友則と初めて会った時、彼は言っていた──「芦田風太郎は俺の才能に惚れ込んでいる」と。それを言ってやると芦田は、見透かされてますねえ、と笑った。
「……ところで、俺はあの大江っていう子を何処かで見た覚えがあるんだが、どうにも思い出せなくてな」
「警察官が高校生をナンパしないでくださいよ。特に大江君は、そういうのをひどく嫌がりますから」
「するかよ。……まあ、あれだけ綺麗な顔立ちをしてるんだ、何処かですれ違ったのが印象に残ってるだけなのかも知れねえな」
「──彼は、君や僕と同じくらい特異な血筋の生まれですよ」
芦田の言葉に、武田は思わずそちらを見た。
「しかし、大江君自身は何も知りませんし、何の自覚もありません。出来れば一生、そっとしておきたいですね、僕としては」
「そうだな……普通の生活が送れるのなら、それに越したことはない」
特異な出自によって他人と違った人生を歩まざるを得なかった二人の男は、自らの痛みをこらえるような気持ちと共に、しばし少年達の将来に思いを馳せた。




