三日目・5 ようやく迎えがやって来る
やっと道が通じ、菅原さんの遺体が運ばれて行くのを、木野さんは黙って見つめていた。誰が通報したのか、警察の人達ももう来ていて、現場検証も始まっている。
「泣けない奴は辛いなぁ?」
横にいた戸田さんが、そう声をかけた。
「るせ。くっさい台詞言ってんじゃねえよ」
木野さんはぶっきらぼうに答えた。
「あの、木野さん」
僕はおずおずと、気になっていたことを切り出した。
「柴田さんが戸田さんの髪を抜いた時に犯人だと判ったって──本当ですか?」
「言ったろ。俺は嘘はつかない」
木野さんは振り向きもせずに答えた。
「ま、どーせ行き当たりばったりのインスタントな計画だと思ってたから、いずれボロは出ると踏んでたんだ。そしたら案の定状況証拠が出て来たんで、こいつぁ間違いねーな、と」
「状況証拠……?」
「ああ。俺はくたびれたから、賢、おまえ説明してやんな」
手をひらひら振りながら、木野さんは言った。表情は見せようとしない。
「はい」
大江さんは微笑んで答えた。
「まず、寺内君の証言だ。彼は、犯人が『寝てるみんなの間を縫って』菅原さんを起こしに行ったって言ってたろ? だけどあの時、俺達は自然と同じ学校同士で固まって寝てた。ということは、犯人は菅原さんの近くにいた俺達じゃなく、遠くにいた他校の人間──ってことになる」
「ついでに言えば、俺達星風組は一番窓側にいた。そこから一番遠い通路側にいたのは……誰だった?」
木野さんの補足に、僕はこの日何度目かの驚きの表情を作らされた。
「僕と……柴田さん!」
「そう。もう一つ、犯人がこの加西高の人間だってことを証明するのが、シャワー室だよ」
「シャワー室?」
「最初の日、柴田さんはシャワー室が体育館のところにあるって言ってたけど、具体的な場所は言わなかった。俺達も、君が教えてくれるまで、あんな外れたところにシャワー室があるなんて知らなかった。それなのにシャワー室を使ったあとがあった。ということは……」
「加西高の内部の人間、ってことですか……」
「まあ、俺も木野さんに『犯人は柴田さんだ』って聞かされてたから判ったんだけどね」
ついでに言うと、みんなの携帯を水没させたのももちろん柴田さんだ。柴田さんは、事件を起こす時間を稼ぐために救助要請をしていなかったらしい。外と連絡を取れなくすることで、救助要請をしてないことをごまかし、さらに時間稼ぎをしようとしていたようだ。
「──俺は」
不意に、木野さんがつぶやくように言った。
「小学校の時、拓と約束したんだ。俺は決しておまえを傷つけない、もしおまえをいじめる奴がいたら命張っても守るって。……でも結局俺が出来たのは、こんな単なる意趣返しみたいなマネだけだった。……」
つぶやきの最後の一言は風にかき消されて聞こえなかったが、何を言ったのか、僕には何となく判る気がした。
その時、戸田さんが木野さんの頭を思い切り引っぱたいた。
「いってーな! 何すんだ、戸田!」
「なーにガラにもなく後ろ向いてんだよ?」
戸田さんは相変わらずの仏頂面で言った。
「おまえがそうやって沈んでちゃ、菅原もおちおち死んでらんねえぜ。おまえあいつをゾンビにでもする気か? あいつはおまえの前向きなところに引かれてあそこまで回復出来たんだ、ちゃんと前向いてろ」
「あ、ああ……」
「意趣返しだろうが八つ当たりだろうが──してやれただけマシだ!」
「……そうだな」
木野さんの顔に、あのいたずらっ子みたいに無邪気で不敵な笑みが、やっと戻った。
と、戸田さんはくるりと僕らの方を向いた。
「な、俺の言ったこた本当だったろ?」
「は?」
「こいつは一昔前のテレビみたいに、俺が引っぱたかなきゃ元に戻らない、って」
……かくして、腐れ縁のケンカ友達である二人は、またしてもぎゃあぎゃあと言い合いを始めたのだった。
僕は大江さんに訊いてみた。
「ねえ大江さん──木野さんって、どの顔が本当なんです?」
さっきまでの冷徹に人を追い詰めて行く木野さんと、今子供みたいに戸田さんとケンカしてる木野さんとでは、あまりに落差がありすぎる。
「実は、俺にも判らないんだ、それだけは」
それが大江さんの答えだった。
「だけど多分、どれも全部本当の木野さんなんだと思うよ」
「木野君、戸田君、大江君! 生きてますかぁ?」
その時、下から誰かが木野さん達の名前を呼びながら上がって来た。見ると、黒縁メガネをかけたやたら背の高い男の人が坂を登って来る。
「あれ、芦田先生!?」
「誰ですか?」
「うちの顧問の先生。まさか来てるとは思わなかった」
「おー、来たなあっしー」
木野さんは戸田さんとのケンカを中止して、やって来た先生に向かって手を振った。先生は多少ヘロヘロになりながらも、にこにこしながらこちらに近づいて来た。その後ろから先生と同じくらいの年齢の、これまた長身の背広姿の男の人が歩いて来る。
「いやあ、噂には聞いてましたが、ここの坂は本当にキツいですねえ。運動不足の身にはこたえます」
先生はあはは、と笑い、穏やかな表情で木野さんを見た。
「……お疲れ様でした、木野君」
「どういたしまして」
「菅原君も、浮かばれますよ」
「……だったらいいんだけどな」
「後は彼に任せましょう」
と、先生は後から来た背広姿の男性を指した。結構イケメンな人だけど、何だか不機嫌そうだ。
「こちら、僕の知り合いの武田さん。県警の刑事さんです」
「あれ、県警のホープ自ら出張って来ちまったの? 県警ひょっとしてヒマなの?」
木野さんだけは刑事さんのことを知っていたらしい。刑事さんは不機嫌な表情のまま答えた。
「暇なわけあるか。この実に生徒思いのセンセイはな、おまえらが心配なあまり、警察車両をタクシー代わりにしてくださったんだよ。感謝しとけ」
「あいにく僕は車を持っていないもので。持つべきは、無理を聞いてくれる知り合いです」
「俺は好きで聞いてるわけじゃないぞ?」
……流石にこの人達の顧問というか、生徒が生徒なら先生も先生だ。
「それは……うちの先生がご迷惑をおかけしました」
おずおずと、大江さんが頭を下げる。横では戸田さんが頭を抱えている。
「あっしーは木野とどっこいどっこいの常識なしだからな……」
「そんなにほめるな、戸田」
「ほめてねえよ!」
「まあ、このセンセイに迷惑かけられるのは今に始まったことじゃないが」
刑事さんは大江さんの顔を見て少し不審そうに目を細め、それから現場になった教室の方をじっと見つめた。なるほどな、と小さい声でつぶやいてから、木野さんの方に向き直る。
「後でじっくり事情を聞かせてもらうぜ、──名探偵」
「もちろん」
木野さんは応えた。
僕らは街の病院で健康面に問題がないか一応診察をしてから、警察署で事件の事情聴取を受けることになった。




