二日目・3 俺達の敵と認定する
そのまま戸田さんは、ミーティングがあるからとか言って、木野さんと大江さんを引っ張って隣の教室へ行ってしまった。他の人は締め出されてしまったが、僕と柴田さんは見張り役としてドアの外で待っていなければならなかった。
戸を閉めるなり、中から大江さんの声が聞こえた。
「いつまでこんなことしてるつもりなんです?」
口調からすると、怒っているらしい。僕らは思わずドアに耳を当てた。
「俺、もう嫌ですからね! こんな芝居続けるの! 木野さんも戸田さんも、平気なんですか? 菅原さんがあんな風に殺されちゃっても、こんなバカ続ける気ですか?」
「賢。声が高いよ。ムラサキ田君達に聞こえるだろ」
戸田さんが落ち着いた声を出した。
「かまやしませんよ、誰に聞かれたって! 今更こんない……」
「──賢治!」
大江さんの言葉を遮るように、戸田さんが彼の名を口にした。強い調子ではない。でも、その声には有無を言わせぬ迫力があって、興奮気味だった大江さんも気圧されてしまったようだ。
「気持ちは判るけどなー、賢。ちょいと落ち着けや」
次の瞬間にはまるっきりいつもの口調に戻っている。続いて木野さんが、
「今はまだダメなんだ。だよな?」
「ああ、そゆこと」
その言葉を最後に、中からの声は途絶えた。後はボソボソとした小さい声ばかりで、はっきりとは聞こえない。
僕らはそれ以上聞くのをあきらめた。
「──あいつらはあいつらで、ゴタゴタしてるようだな」
柴田さんが言った。
「本当に俺達の知らない動機っつーの……あるのかも知れないな」
★
「で、どうする気だ、木野」
戸田基樹が言った。木野友則は答えず、窓を開いて外を見た。
「おまえが何と言おうと、いずれ警察が来たら──バレるぜ、こんなのは」
「そしたら俺達、下手したら一蓮托生ですよ。……嫌ですからね、俺。こんなことで俺達の夢がつぶれるのって」
友則は外を見ている。賢治はその背中に言葉を投げつけた。
「それに……こんなんじゃ、菅原さんだって浮かばれませんよ」
「かすかに重機の音が聞こえる」
友則は独り言のようにぽつり、とつぶやいた。
「ここからじゃ見えにくいが……多分下から地道に復旧作業やってんだろう。まあ、トンネル事故とかで人手をかなり割かれてるだろうから──救助は少なくとも明日以降、ってとこか。……そーいやヘリの音は聞こえないな。なるほど」
そして友則はくるり、と向き直った。
「警察が来れば話がややこしくなるんなら、来る前になんとかすりゃいい。簡単なことだ」
「なんとか──出来るのか?」
「俺は出来ないことは口にしない。根が臆病だからな」
それにしては、彼の口調は自信に満ちている。友則は他の二人を見まわした。
「俺は、俺自身も含めて、ここにいる中の誰もが菅原拓巳を殺していないのが判っている。殺ったのは別の奴だ。……俺はそいつを、俺達の敵と認定する」
いつしか、木野友則の顔には独特の表情が浮かんでいた。どこか冷ややかな空気を漂わせた、実に魅力的で危うげな──笑顔。基樹と賢治の顔に、さっと緊張の色が走った。
「だから戸田、賢、もう少しだけ俺に協力してくれないか。頼む」
基樹と賢治は同時にうなずいた。友則の表情がふっと和らいだ。
「さんきゅ。……ところで戸田よ、確認したいことがあるんだが、拓が最初に俺達のクラスに転校して来たの、あれいつだった?」
基樹と友則は幼稚園の頃から、何故かずっと同じクラスである。ゆえに二人は、かなりの割合で同じ記憶を共有しているのである。
「ありゃ確か小学校の六年くらいだったよな……そう、ちょうど今ごろ──十月の半ばじゃなかったか?」
「そうだ。確か、近くの学校で県総祭の準備してたからな」
友則の答えに、基樹は少しだけずっこけた。
「覚えてんじゃねえか、てめえ!」
「当たり前だ、俺が忘れるか。“確認したい”って言っただろ、ちゃんと」
「おまえはそーゆー奴だよ。おい、賢、何笑ってんだ」
「いーえっ、別に」
「……あの時、拓はすでにあの歩き方をしていた。高所恐怖症も、かなりひどかったよな」
頭の中の記憶を手探りで探すように、友則はしゃべった。
「そう――一人でないと階段を降りれなかった。誰かがそばにいるのを過剰なほど嫌がった。後ろから近づかれると、あからさまに逃げようとした。……でも、俺が何より忘れられないのは、あいつの眼、だ」
「眼?」
「ああ。転校して来たばかりのころのあいつの眼。何の感情も宿してない、本当にうつろな眼でさ、――昔の俺にそっくりだったよ」
はっ……と、二人は息を呑んだ。友則は憂いを含んだ瞳のまま、しばらく口を開かなかった。
★
いきなりドアが開いて戸田さんが顔を見せた。部屋の中をうかがっていた僕と柴田さんは、驚いて飛びのいた。
「わ!」
「何やってんの、君達ゃ。あー、ムラサキ田君、今から俺達舞台稽古入るから、体育館使わせてくれよな」
「舞台稽古だぁ?」
「そ。もともと俺達芝居の下準備のために来たんだぜ? それに、急遽追悼公演になっちまったからな、稽古を欠かすわけにゃいかねえよ」
言いながら、戸田さんは木野さんを引き連れてさっさと歩き出した。大江さんがその後に続く。
「幸いなことに、今回の演目は俺と賢がいれば、ほとんど主要な場面は事足りる。……おーい、とっととついて来ねーと千円徴収するぞー?」
僕と柴田さんは仕方なく戸田さん達について行った。
「ね、木野さん、戸田さん、──ホントーにあれをやるつもりですか?」
大江さんが、妙にイヤそうな表情で訊いた。木野さんと戸田さんは、同時にこちらを振り向いた。
「当たり前だろ?」
「脚本書いたのおまえじゃん」
「……そうですけどね……俺、あんな風になるとは聞いてなかったんですよ……」
「それはおまえが甘かっただけだ」
大江さんの抗議の言葉は、木野さんの台詞のもとに一刀両断された。大江さんはあきらめのため息をついた。僕は大江さんに近寄り、話しかけた。
「大江さん……一体、何するんです?」
大江さんは整った顔立ちに疲労と苦悩の色をにじませて、言った。
「何ていうか……倒錯芝居?」




