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イーサンの報告

 なぜおばちゃんの名前が出てくるの?


「その施設とおばあちゃんに何の関係があるんですか?」


「今はまだわからない。先生の足跡を調べていて研究施設にぶつかったんだ」


 クラウスさんに促されイーサンが調査報告をはじめた。


「地下施設と隠し部屋には入り口を隠すための陣が施されてたっす。魔力消費と複雑さから今ではあまり使われない術式でした。そして地下施設の隠し部屋に置かれていたのがその精霊っす」


「閉鎖当時に掛けられた可能性が高いですね。術式は覚えてますね? 魔術研究室にその術式を使える人物を故人を含め調査依頼を出します」


「はい」


 クレルはそっと試験管から手のひらに乗せた精霊を見つめたまま静かに話を聞いている。


「怪我の理由を知りたい、何があった?」


試験管(精霊)に触れた瞬間に魔法が発動して爆発に巻き込まれました。クラウス様……」


 イーサンの報告を聞いたフェンちゃんが感情が消え去った声で呟いた。


「哀れだな。体の半身を無くしこのような姿にされてなお利用されるとはな」


「利用?」


「そうじゃ、攻撃魔法が組まれていたのも調べに来た者を消すためじゃろ。精霊の研究施設、そこに調べにくる者じゃ目の前に精霊がいるならば間違いなく触れるであろう。勘違いせんどくれ、お主を責めておるわけではない」


 フェンちゃんの冷え切った目に動く事のない精霊の姿からイーサンの姿が映った。イーサンはグッと息を飲み込んだ。


「理由はどうあれ彼のおかげでこの子の魂を精霊の郷へ送ってあげられるわ。イーサンが連れてきてくれなければ、この子は一人で消えていっていたはずだもの。あなたが身体中傷だらけだったのに両手にだけケガがないのが不思議だったの。自分の防御(シールド)を解いてこの子に防御魔法をかけたんでしょ?」


 魔力が体から抜けて灰化が体の半分まで進んでいた精霊の命はあと僅かだったとクレルがいった。


 俯いたままイーサンは拳を握りしめている。


「……生きてたんです」


「えっ?」


「なんだと!」


「どういう事ですか?」



「僕とイルゼが見たときは弱々しくはありましたが確かに。保護しなければと気が焦って対象者の安全確認もせずに触れてしまい精霊に組み込まれていた魔法陣が発動したんです。クレル様! すいません!!」


 俯いていた顔をあげるとイーサンはクレルに勢いよく頭を下げた。


「冷静に対処していれば今も生きていたかもしれません。僕のせいです」


 イーサンの辛そうな顔と沈黙が辺りに重くのしかかる。

 クレルの手に包まれた精霊にふと目を向けると、残された半分の体がサラサラと少しずつ崩れている。


 森で一緒に楽しく過ごした精霊達を思い出して胸が痛む。

 同じ精霊なのになぜ。この精霊も人間にさえ見つからなければきっとあの精霊達と同じように、花や木や家族に囲まれて過ごしていたはずだ。

 なぜこんなひどい事を。


「触れると発動する魔法……陣まで体に刻むなんて」


 涙で霞む目の端で何が動いた気がした。


 指が動いた……?


 よく目を凝らして見るけれども、崩れ落ちる灰が邪魔をして錯覚なのかはっきりしない。

 その時小指がピクリと動いた。やっぱり見間違いじゃない!


「クレル! 精霊の指が!!」


 急いで告げると、クレルは迷いなくすぐさま片手に魔力を練りはじめた。


『悠久の旅人である時の精霊よ しばしの間その時を止めよ』


 クレルが放った光が精霊の周りを回ると体から崩れ落ちていた灰が止まった。


「リゼ! この子に魔力を送って!!」


 クレルから妖精を受け取ると思いっきり魔力を流し込んだ。


 緑の魔力! お願い!!


 両手が緑と金色の光に包まれてクレルに魔力をあげた時以上に魔力が吸い取られていく。

 今までと違ってはっきりと精霊に魔力が満ちているのが分かる。


 手の上で微かに動いた精霊に力を振り絞ってもう一度魔力を送り込むと緑の光が溢れ出し一気に森を包みこんだ。




「君は本当に加減をしらないな」


 クラウスさんがため息混じりで肩をすくめている。

 ため息の理由は送りすぎた魔力が溢れて今、森が緑と金色の魔力に包まれているからだ。


「リゼさん、体の調子と魔力は大丈夫ですか?」


 魔力が極端に減ると体調が悪くなったり気を失ったりするとアルヴィンさんが教えてくれた。

 まして短時間に続けにこれだけの魔力を使うことはありえないらしい。


「大丈夫です」


 そう答えるとアルヴィンさんの表情が一瞬ホッとしたように見えた。

 心配してくれたんだよね……嬉しいな。

 胸のあたりがトクトクと波打った。


「リゼの魔力は有り余るくらいだったから、一気に発散してスッキリしたんじゃないかしら?」


「あれだけの魔力を使って疲れるどころか、スッキリするとはな。一度その魔力量を調べたいな」


 クレルの発言を聞いてクラウスさんがぶつぶつ言っている。


 こわっ! なんですかその獲物を狙うような目は!

 クラウスさんの視線から逃げるようにアルヴィンさんの背中に隠れようとすると、クラウスさんがフンっと鼻を鳴らした。


「な、なんですか!?」


「アルヴィンに助けを求めるとはな。俺よりアルの方が君を調べたいと思っているはずだ、根っからの研究者気質だからな」


「アルヴィンさんはそんな人じゃありませんよ。クラウスさんと一緒にしないで下さい」


 アルヴィンさんを見ると眼鏡をグッとあげて一瞬遠くを見た後「もちろんです」っとにこやかな返事が返ってきた。


 ア、アルヴィンさんは大丈夫だよね……?



「あの副長、イルゼは無事ですか?」



「ええ、左半身に爆発によるやけどはありますが命に別状はありません。リハビリは必要でしょうが……イルゼから聞きましたが、自分の防御魔法(シールド)を解いた上で防御付加の付いたマントはイルゼに渡したそうですね」


「共倒れは避けたかったんです。単一(たんいつ)の防御魔法だけじゃ防げる威力じゃなかったっすから。自業自得ですけど一瞬で魔力が膨らんで死ぬかと思ったっす」


 イーサンはアルヴィンさんからイルゼさんの容体を聞くと体から力が抜けたようにヘナヘナと地面に座り込んだ。

 話の内容から一緒に調査に行った人なのだろう。

 イーサンはイルゼさんと精霊を守ってあんな酷い傷を受けたんだね。みんなが助かって本当に良かった。

 そんな事を考えていると、少しだけ拗ねたような声が聞こえた。



「ねぇ、イルゼってあなたの大切な人なの?」


 ぷーっと頬を膨らましてイーサンにくっついているのは先程の精霊だ。

 そう、精霊も無事に助かったのだ。


 目を覚ました精霊はイーサンから離れないのだ。

 それにしても精霊ってみんなきれいだな。ぱっちりした目に長いまつ毛、すっと通った鼻筋に桜桃色の唇。美人の要素しかないが、幼さゆえのほっぺがぷにぷにという最強の装備も実装済みだ。

 うむ、可愛い。


「えっ? 仲間なのでもちろん大事……です」


「私以外の女性を特別にしないでほしいですわ」


 精霊にキッと睨まれて声が小さくなるイーサンに今度は目を潤ませている。


 ……なんて女子力。

 イーサン間違いなく惚れられてるよね。

 話を聞くと自らの防御魔法を解いてまで助けてくれたイーサンの姿にときめいてしまったようだ。


「いや、さっきもお話ししたとおり元は私のせいです。それに本当に助けたのはリゼさんですから」


「そんな事ないわ! あなたは確かに私を助けてくれた、あのままでは灰化が進んで私は消えてしまってたもの。あなたもそれがわかっていたでしょ?」


「そんな事はあるじゃろ」


 フェンちゃんがボソっと呟いたが、私たちへのお礼は目覚めた時にしっかり受け取っている。

 なので、クレルも2人のやりとりを生温かく見守っている。


 どうやらイーサンが急いで精霊を救出しようとしたのは灰化を止めるのが理由だったらしい。クレルが私に託す前に精霊にかけていたのは、時間の流れを止める時魔法らしい。その時の下位魔法をイーサンが最初に精霊に触れた時にかけていたおかげで、灰化を僅かに遅らせることが精霊の命が助かる事に繋がったのだ。


「クレル様の時魔法と比べたら恥ずかしくて口に出せないです」


 時魔法は習得な難しいようで、イーサンが使ったのも時間の流れを遅くする初歩的なものらしい。


「あら、私と比べる必要なんてないわ。人間に使い手がいるなんて思ってもいなかったもの。あなたの時魔法が無ければ森に着くことも出来なかったかもしれないわ。私からもお礼を」




「あわわわわ! クレル様までやめてください!」


「むぅー、クレル姉様、イーサンは私のものですからね」


「大丈夫、私の趣味ではないわ」


 精霊の心配は姉様と呼ばれたクレルによってサクッと解決された。


「こうもイチャイチャされると、あやつに腹を立てたワシがなんともマヌケじゃな」


「イーサンくれぐれも失礼のないようにな」


 クラウスさんは2人の様子を見てニヤニヤしている。


「うふふ。私たちお似合いですって」


「えっ、誰もそんな事言ってないっすよ……。あと近いっす」


 精霊はイーサンの膝の上にちょこんと座ってスリスリと頬ずりしている。

 そう膝の上にちょこんと。5歳くらいの幼女が。

 どうやら私の流し込んだ魔力が多すぎて、体が大きくなってしまったらしい。


「精霊にそんなに好まれるなんて羨ましいぞ、将来が楽しみだな」


「ちょっとクラウス様! 人ごとだと思って!」


 クラウスさんはもう完全に楽しんでいるようだ。


「イーサンは私では嫌ですの?」


「うっ、そう言う訳ではなくで……そんな目で見られても。ふ、副長助けてくださいよー!」


「人の恋路を邪魔する趣味はありません。ところで、今回の始末書は早めに出すように。そして報告事項の優先順位は徹底する様に」


「ひっ! 申し訳ありません!!」





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