文字量の稼ぎ方
今までの事を大まかに纏めると、わたしが伝えたことは「テーマ」「文体」の2つであろうと思われる。
物好きで変わり者の読者の方々は3つめを垂涎の的にしていると信じよう。
前置きはいいから早く教えろと言う我慢ができない少数の為に早速本題に入ろう。
しかし、今から話すことは「物語」を書く人に限定されてしまうかもしれない。
なので「物語」を書かないお方は中休みと思ってくれたまえ。
以下、本題に入ろう。
例として、一人称で書いた1シーンを見てもらいたい。
僕は彼女に呼び出され、指定されたカフェに行ったが、店内を見渡す限りまだ来ていないようだ。
ウェイトレスに案内された席に座り、彼女が現れるのを待った。
変哲もない待ち合わせのシーンを書いてみたが、長い物語の一部分だと考えれば特に疑問はないと思われる。
では、同じシーンを書いてみよう。
僕は彼女に呼び出され、指定されたカフェに行った。後ろ手に締めた扉のベルに反応した客の視線と交錯するも皆すぐ様視線を戻す。どうやら、彼女は来ていないようだ。
片手にメニューを持ったウェイトレスに案内された席に座り、受け取ったメニューを眺めながら彼女を待った。
同じシーンでも違うのが分かると思う。
必要ない説明を一応しておこう。
主人公の能動的なものばかりで物語が進んでしまうと、他の描写が疎かになってしまうのだ。
その上、区切り区切りになってしまい、ロボットダンスのような文章になってしまう。
しかし、後者は違う。
他者の存在が主人公を動かすのだ。動きも心情も。
そして何より文字量を稼ぐことができるのだ。
我々、文字を書くことが苦手な種族は指定された原稿用紙の規定枚数に届かないことがある。
だからこそ、合間に主人公が目にしている物体や事象を書くのだ。
直截的な心情を書くのは文字量も少なくなる上、味気ないものになってしまう。そんな時こそ、天気を操るのだ。
心晴れやかになれば、雲間から太陽を現しても良し、悲しければしとどに雨を降らせれば良し。
このように小手先を極め、それっぽく書いてしまうことに重きを置くのだ。