最後の勇者 番外編「バレットとカラミティ」
本編にもちらっと出てきている、カラミティとその従者のお話。
別名、ヴァイスが大勝利なハッピーエンディング。
最初から最後までバレット(カラミティの従者)視点です。苦労人で常識人、そしてカラミティに長年仕える根気と理由がある人。
時系列は本編後、というか最低でも数年が経った頃を想定しています。
私のいちばん古い記憶は、痛くて苦しいものです。
どうしてこうなったのかも分からないまま、ただ痛みに耐えていた。
……そんな私を助けてくれたのが、カラミティ様だったのです。
「まあ。あなた、人間だったのね」
滲んだ視界の中、赤い何かがそう話しかけてきた、高慢な声は今でもよく覚えています。
彼女が私を助けたのは単なる気まぐれでしたし、彼女は一般的に悪人と呼ばれるべき人物なのでしょう。
――でも。
ただの気まぐれであろうとも、私はカラミティ様に救われました。彼女が私を救ってくれたのは、事実ですから。
だから、私はカラミティ様にお仕えするのです。
彼女の従者として、彼女の生活をサポートするのが私の仕事です。
……出来ることなら、ああいった悪戯(というのは規模が大きいですし性質が悪いですが)を、私だけで止めることが出来る日が来るといいのですが。今はまだ、ヴァイスハイト様に知らせることしか出来ないのが悔しいところです。
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「またカラミティ様が……!」
そうやってヴァイスハイト様の部屋に飛び込むのも、もう何十回目になるでしょうか。
ただ、今日は少しだけ状況が違っていました。
「「「…………」」」
ソファーに押し倒されているシュウ様(と思われる人影)と、彼に覆いかぶさって水音を立てていたヴァイスハイト様。
……どこからどうみても、恋人の逢瀬の真っ最中でした。言い方をぼかさないとやってられないぐらい真っ最中でした。
「お、お取込み中のところ申し訳ありませんが、カラミティ様が国王に毒を盛ろうとしているようでして……」
おそるおそるそう申し出ると、ヴァイスハイト様は無言で体を起こしました。
その、やけにゆっくりした動作は、嵐の前の静けさのようで。……正直、恐ろしいのですが。
「……解った。シュウ、少し待っててくれるか」
「う、うん……。ヴィス、ころさないでね……?」
Σ殺されたら本気で困りますよ!?
「殺さないさ。……ただ、ちょっと根本的に解決するだけだ」
……何故でしょう。
命は保証されたはずなのに、ヴァイスハイト様の静かな声に、嫌な予感がひしひしとするのですが。
とにかくカラミティ様の所へ、とヴァイスハイト様と走っている途中、不意にヴァイスハイト様が空間に裂け目を入れました。
「探しものですか?」
「ああ。だいぶ前に封印してそれっきりだったんだが……どこに置いたんだっけか」
と、不穏なことを言いながら、ヴァイスハイト様はごそごそと裂け目に手を突っ込んで何かを探す素振りを見せます。
普段は勇者、もしくは魔術師を名乗られることが多いヴァイスハイト様ですが、研究者でもあります。
彼の旺盛な好奇心に振り回されるのは、大体は兄君である現エレティック家当主の方だとか。
あの裂け目は、そうして集めた、もしくは創り出した「ヤバいもの」を封印しておく倉庫のような場所だ、と以前教えられたことがあります。
非人道的な効果、もしくは材料を用いて作るものや、単純に効果が大きすぎて実験など出来ないものが仕舞われている場所だ、と。
「……よし、あった」
そうしてヴァイスハイト様が取り出したのは、シンプルな瓶に入れられた、どろりと濃いピンク色をした液体で。
あからさまに毒々しい液体ですが、それを何に使うのでしょう……。いえ、察するものはあるのですが。
「バレット」
「はっはい!?」
「お前がこれをカラミティに掛けろ。飲ませてもいいが、とにかくあいつにこれを摂取させろ」
渡されたのは、当然というべきか先程彼が取り出した瓶で。
「カラミティ様は惚れ薬ごときでどうにかなる人ではないと思うのですが!」
こんな色合いならそういう薬だろう、と当たりを付けてそう言うと、ヴァイスハイト様はにやり、と笑われました。
「俺が厳重に封印してた薬の効果を舐めるな」
「Σなんですかその返答!?」
失礼な発言ではありましたが、それは私の本音でした。
……というか、ヴァイスハイト様に恋をして、構って欲しいという理由でこういった騒ぎを繰り返し起こしているのだから、こういった薬を使っても何も変わらないと思うのです。
恋情を錯覚させる程度では、あの人は何も変わらない。
そう思って言った言葉の返答が「舐めるな」なんていうものだったので、私はますます困惑するのですが。
常識はきっちりとあって、だからこそ異空間に封印、なんて処置をしていたヴァイスハイト様が、厳重に、保管していた薬、なのだから。
……人格を変えるぐらいは、あるかもしれませんね……。正直複雑ですが。
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バシャ!と、豪快にドギツイピンクを被ったカラミティ様の変化は、劇的だった。
私の直ぐ横に、ヴァイスハイト様が居るのに。
想い人だったはずの人が居るのに、一瞥もせずにこちらに真っすぐ駆けてきたのです。
「バレット、どうしたの? なんでここに?」
「っ名前、覚えてたんですか」
拾われた時、適当にと言わんばかりにつけられたその一回以降は、名前なんて呼ばれたことなかったのに。
「当然よ? 大好きなひとの名前だもの」
「だいすきな、ひと」
片言になっている自覚はあります。彼女の言葉はそれだけ破壊力がありました。
「ええ。……もしかして、迷惑だった?」
「いえ!そんなはずありません!!」
悲し気に見られてしまうと、力強く否定するという選択肢しか私にはなく。
……もとより、それが本心なだけに、余計に。
「……ありがとう、バレット」
ふわり、と笑顔を向けられ、長く仕えてきて一回も見たことがない柔らかな笑顔にいっそ倒れそうになりつつ、なんとか私も笑顔を返しました。
「……ヴァイスハイト様すごい」
これは惚れ薬ではなく人格矯正薬とかそういう類の薬では……。
カラミティ様が、厄災とか人の形をした台風とか散々に言われてた悪魔のごとき人が、天使になってるんですけど……。
「一応、注意しておくが」
ぬっと会話に入って来たヴァイスハイト様に私が肩を跳ねさせると、同時にカラミティ様は怯えるように私の後ろに隠れました。うわ、可愛い。
「カラミティに使った薬は「人格の悪性部分を抽出し」「気持ちに素直にさせる」効果がメインだ」
「なるほど、……なるほど?」
……あれ、じゃあ今のカラミティ様の好意全開状態は……。
「実は「薬を投与した人物への好意を植え付ける」という効果は、無い。従えさせやすいように、好意を増幅させる効果は入っているが、その種類を変える効果まではない」
……。……え?
「……えっ!?」
それは、まさに爆弾だった。
お、落ち着け、私。カラミティ様は「大好きな人」としか言ってない。それが恋愛的な意味だなんて、一言も、
「カラミティ。君は、バレットに恋をしているんだよな?」
私の後ろに隠れるカラミティ様と視線を合わせ、ヴァイスハイト様が問いかけました。
「ええ、ヴァイスハイト様。私はいままで貴方を追いかけていたけれど、それは尊敬でしたわ」
あっさりとした答えに、気を失うかと思った。
カラミティ様はヴァイスハイト様の質問を素直に肯定し、ヴァイスハイト様への気持ちを否定さえしました。
それは、つまりは。
「……という訳だ、腹を括って落ち着け」
……ええと。
「すみません、倒れていいですか」
腹括れとか言われてもそんなあっさり決意出来るなら従者の位置に甘んじてなんかいませんでしたよヴァイスハイト様!!
「倒れたらこいつが野放しになるが」
「そうですね。とりあえずは先程の続きでしょうか?」
「止めてください。止めてください、お二人とも」
悪戯っぽくとんでもないこと言わないくださいよ、二人とも!
おしまい!(強引に締めた)
なお、この後はなんだかんだで気絶出来なかったバレットがカラミティを連れ帰って、翌日にはばっちりくっついてますしカラミティは大人しくなってます。
補足コーナー
カラミティ:放っておくと悪戯を始める気質は全く変わりませんが、ヴァイスかバレットに止められると素直に止まりますし、悪戯の規模もだいぶ小さくなります。
バレットがカラミティとずっと一緒に居て彼女を構っていればそもそも悪戯もしないという……ヴァイスが大勝利なバレカラエンドになります。だってバレットは元々カラミティの従者(=一緒に居て彼女の世話をするのが仕事)。
バレットの経歴:そんなに詳しく考えている訳じゃないんですが、バレットは腐った貴族の庶子辺りで想定しています。物心つくかつかないか、という幼い頃から酷い虐待をされていた子供。
それを偶然見つけたカラミティが気まぐれで助けた、というか誘拐同然に攫って引き取って従者教育を施した、という感じです。
一度助けられたからってあのカラミティ相手に健気に仕え続けるとか、真面目だなあ……(byシュウ&ヴァイス、作者)
惚れ薬について:ヴァイスがシュウが来るよりも前に研究の末に作れちゃったヤバめの薬。効果としては大体本文で言った通り。
もともとは好意で人を従えるのは可能なのか、というヴァイスのお兄ちゃんの好奇心にヴァイスが乗って出来た産物です。もっと改良しようと思えば出来たりするのですが、今の状態でもヤバいのでこれ以上の改良はせず封印されたもの。
……なお、バレットの「これ惚れ薬じゃなくて人格矯正薬では(意訳)」という言葉についてですが。
ヴァイス曰く「人格改変薬ならもっとヤバいのがあるぞ?」とのことです。




