第3話 前夜
「クロ、急に動いて大丈夫なの?
なんならゲロも吐いてたし」
アオが心配そうに聞いてくる。
「気分は良くないが、異世界って聞いたらちょっと元気になってきた。
でもこんな気持ち悪いのが体に流れ込んできたら吐くだろ、普通」
「こんな気持ち悪いって何のことだ?」
俺が言うと、アカが疑問を投げかけてくる。
「いや、なんか空気とは別の、なんていうかゼリーに全身突っ込んだような変な感覚?
お前ら平気なの?俺はめっちゃ気持ち悪いんだけど」
伝わりにくいと分かりつつも、俺は両手を使ってイメージを伝えてみる。
「あぁ、こっちに来てから全身に感じる違和感はボクもあるよ。
ただ、気持ち悪いってほどでもないかな」
「俺は平気だぜ」
「私もそうね」
あれ、俺がこの感覚に敏感なだけかね?
「気持ち悪いでいったら、部室で変な手みたいなのに頭の中を掻き回されたような感覚の方がよっぽどだよ。あんなのボクは二度と体験したくないよ。ねぇ?」
頷くアカとシロ。
「俺はソレ無かったんだよな」
「あら、そうなの?みんな体験してると思っていたわ」
コンコンコン。
誰かが扉をノックしてるみたいだ。
今ノックしたやつはちゃんと教育を受けているな。
テレビとかでノック2回で部屋に入るシーンを見ることあるけど、ノック2回はトイレだからな。あと社長室とかお偉いさんの部屋は4回ノックだな。
まぁこんなことどうでもいいが。
「────」
なんだ?
侍女らしき女の子がカートに食事を乗せて入ってきて何か言ったのだが、俺には彼女の言葉が理解できなかった。
「お、やっと飯だぜ」
「ボクもお腹減ってたんだよね」
「そういえば私もそうね。
アナタ、さっきお願いしてたものも持ってきてもらえてるかしら」
「──、────」
「そう、助かるわ」
「────」
食事を置くと、そう何かを言って彼女は部屋を去っていった。
「クロはご飯食べられるかわからなかったから、消化に良いものって言って持ってきてもらったわ。食べられそうなら私たちと一緒のを食べましょ」
3人は普通に聞こえてたっぽいな。
「……」
うーん、どういうことだ?
「クロ、やっぱり気分悪い?」
黙ってたらシロを心配させたみたいだな。
「あ、いや、大丈夫だ。
それより、お前らはさっきの女の人が言ってた言葉分かったのか?」
「何言ってんだ、普通に聞こえただろ」
「クロ、どういうこと?」
やっぱり俺だけか。
「俺には全く彼女の言葉が理解できなかったんだけど……」
「本当?
ボクら3人はちゃんと聞こえてたけど、なんでクロだけ?」
「俺こっちに来る時に変な手に纏わり付かれてないから、あれが関係あるのかもな」
「そーいや、さっきそんなこと言ってたな」
「それも含めて明日キチンと話を聞かないとダメね」
「明日誰の話を聞くんだ?」
「そっか、クロは意識失ってて王女様の話を聞いてないんだったね」
「王女?」
「そう、こっちに来てすぐエリザっていうこの国の王女様に色々言われたのよ。
でもあの時は私も冷静じゃ無かったし、クロも倒れてたから、明日改めて話を聞くってことになったのよ」
「どういう話だったんだ?」
「それはな!」
アカが吼えている。
またこのパターンか。
まぁ言いたくて仕方ないんだろう。
黙って聞いてやろう。
「俺たちは勇者で、魔王を倒して世界を救う旅に出るって話だ!」
言い切ったアカは目を閉じてエクスタシィを感じている。
な、なんだって!
オ、オラわくわくしてきたぞ!
「何言ってるのよ。
あ、魔王がいるってとこまでは聞いた話ね。
旅に出るっていうのはアカが勝手に言ってるだけだから。
私は危ないことなんてしたくないから帰るわよ」
「え、帰っちゃうの?異世界を堪能せずに?
勿体無くない?」
「クロ、アンタもそうなのね……」
「ボクもちょっとくらいは楽しんでから帰りたいかな」
「アナタたち……。
勘違いしてるようだけど、ここはテーマパークじゃないのよ。
安全な日本と一緒なんて考えてたら痛い目に合うわ。
向こうには家族だっているし、アオは彼女も置いてきたままじゃない。
浮かれてないでちゃんと考えてよね」
確かに浮かれてるな。
今の俺はハーレム築いてキャッキャウフフなことをする妄想しかできてないもんな。
「ゴメン……」
アオがしょんぼりしている。
かわいい。
「クロも含めて話し合おうと思ってたけど、情報がないから話し合いも何もないわね。
明日話を聞いてから、またしっかり話し合いましょ。いいわね?」
「了解」
「おっけーだぜ」
「わかったよ」
「じゃあご飯が冷える前に食べましょ」
ご飯は普通に美味かった。
満腹になった3人は、食事を終えるとそれぞれの部屋に戻っていった。
女の子が食器を片付けに来たがやっぱり何を言っているかわからなかったので、俺は言葉を発さずにジェスチャーで返しておいた。
そのあとは明日からの勇者生活に興奮して全然寝付けなかった。
なので部屋を抜け出して色々見て回ろうかとも思ったが、やめた。
言葉もわからないのに異世界迷子とか笑えないからな。
冒険心をぐっと我慢して、俺は眠りについた。




