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Re:connect  作者: ひとやま あてる
第8章 魔王復活編
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第162話 合流

 それは、帝国に住む者にとって約五年ぶりの異常事態だった。


「な……っ!?」


 静波ムラサキはとてつもないマナの波動を見た。それは彼女が今まで見てきたどんな魔法よりも強大で、複数のマナが混じった魔法の拡散は恐ろしさと同時に美しさすら感じるものだった。そんな魔法が学園結界を砕き、それでもなお上昇して帝国結界を激しく揺るがした。


 今は昼の時間。しかしそれは、眠っている魔人たちを覚醒させるには十分すぎる衝撃を伴って事態の重大さを明示した。


 予想外の事態に慌てふためく学園内及び学園関係者。それとは対照的にこの機会を待ち望んでいた者も当然存在する。


 学園は今や帝国だけではなく世界的な癌。それを取り除きたいという陣営は数多あれど、襲撃以降ここ五年で学園がその地位を危ぶまれた機会は今のところ存在しない。なぜなら学園の結界は正式な手続きを踏まない者や教団の証を持たない者を即座に敵性勢力として判断し、その処分に全力を尽くすからだ。


 五年前とは違って、現在の学園は生徒を含め全ての人員が外部の敵に対して好戦的だ。なおかつ力を手にした人間や人外を飼っている学園はいつ爆発するとも知らない爆弾であり、下手に手を出せば手痛いしっぺ返しが待っている。そういう理由もあって、学園はこうして学園として存続し続けているのだ。


「ケメスの言ってた話って、これのことじゃないよな……?折角今から羽を伸ばそうとしてたのに、面倒事ばっかり……。ギンの野郎、許さねぇ!」


 ギンはムラサキに依頼を伝えただけなので、彼にしてみればただの言いがかりだ。しかしギンを介することで彼女は依頼を断れないため、あながち間違った怒りの矛先でもない。


 ムラサキはしばらく思惑。


「……ああ、もう!この流れに乗ることが最適って結論が出てしまった……」


 ため息混じりにそう言うと、ムラサキは諦め気味な歩調を徐々に早まらせる。


「私だけじゃないのか。そりゃそうか」


 ここは学園の西にあたる外壁沿い。


 ムラサキ以外にも、次々に学園に殺到していく集団がある。それは帝国の警察組織だったり、数名からなるチームだったり。少なくともそれらは彼女と同様に学園をどうにか潰したい陣営だろうし、大枠の目的は一致していることから協調は必須だ。


「珍しい人物がいますね」

「ん……?なるほど、実に好都合だ」


 声が聞こえた側方を見ると、男女の二人組がムラサキと同じ場所を目指していた。


 ムラサキを見据えつつ、彼女にギリギリ聞こえる程度の声で行われたやりとり。それに対して彼女が反応する前に、二人組は彼女より先に学園内部へ消えていった。


「……私のこと知ってるのか、面倒だな。とはいえ──」


 彼らはそこらによく居る有象無象では無さそうだ。強者の振る舞いを見せつけていたために、ムラサキは彼らのことを念頭に置きつつ自身の目的遂行を目指す。


「これはやりやすそうだけど、早いうちに決めないとな」


 壁を超えて学園内部に広がっていたのは派手に破壊された景観、そして戦闘風景。


 学園側としては突発的な結界破壊に伴う敵勢力の流入という状況だ。


 現時点では外部勢力が押し気味のように見える。それらと戦っているのは学園生と思しき者たちであり、状況に対応しきれていないようにも見える。しかしこれからの時間経過に従って学園の主力が出現し、最終的には学園の勝利で終わるだろう。それまでにムラサキは目的を完遂、ないしは次に繋がる何かを残さなければならない。


 学園側は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う者もいれば、応戦している者もいる。その一方で学園に侵入した連中は組織立って行動しているものの、こちらも突発的に行動しているので、状況的にはお互いあまり変わらない。このやや拮抗した状態も、せいぜい数時間のものだろう。


「ケメスが言うには東の研究区画が唯一、学生では利用できないってことらしいけど……考える時間はないな。こんなことならギンも無理やり誘うんだった。……まぁそれは無理か」


 ギンであれば一人で学園の大半を破壊し尽くすだろう。しかし彼が中央戦域に存在しているということ自体が魔人の侵攻を留めているということもあり、彼はおいそれと持ち場を離れることができない。


「結局、私一人か。この状況じゃケメスもどこにいるか分からないし、誰か使える人間はいないものか」


 ムラサキの言う現時点での使える人間というのは、生きている人間のことだ。もちろん、そこらに転がっている死体は余すことなく彼女の手駒にできるが、ここではいかんせん魔法発動のための時間とマナが足りない。せめて今できることは、プリザベーションで魂を現世に固定しておく程度だろう。そうすれば使える手駒は増えるし、今回でなくても次回以降の任務遂行材料として活用することができる。


「それにしても考えることが多いな。頭脳労働は私の得意分野ではないんだが……」


 ムラサキはブツブツと呟きつつ、見かけた死体にはとりあえずプリザベーションの魔法を掛け、なるべく直接戦闘は回避しながら一直線に目的地を目指していた。


 そんな折、ムラサキの目の前に突然何者かが現れた。


「ッ……!」

「あなた、ムラサキ=シズナミね?」


 第一声は、予想もしない個人認証。


 この状況下において敵であればそんな愚策を犯さないことから、彼女は一旦目の前の女性を敵ではない何かだと認識して足を止め、そして応答を返す。しかし敵であることを完全否定できる材料は今のところ存在しないため、彼女は相手に警戒を与えさせない《ギフト》での対応を準備する。


「……あんた誰だ?」

「私はソフィアラ。あなたに魔人化術式入手の協力をお願いするわ」

「はぁ……!?」


 思わずムラサキから素っ頓狂な声が漏れた。


 まるで思考を読んだように現れたソフィアラは彼女にとって不可解の塊でしかなく、それは彼女に疑念を抱かせる材料としかならなかった。


 この少し前、学園地下にて──。


「吾が貴様らに伝えられることは概ね伝えたつもりダ。あとは貴様らの記憶力と応用力次第だナ」


 ダヴスの精神世界で、クロとソフィアラはどれだけの時間を過ごしたのかは分からない。


 クロとしてはヴィクターの時よりも長い期間過ごした気がする。それはダヴスが現実世界を模して精神世界を改変していたからである。昼夜の存在はクロたちに睡眠の時間さえ与え、そこが精神世界だと言うことを忘れさせてしまうほどだった。


 精神世界で行われたのは、ダヴスの内部に秘された様々な情報──書物の形で保存された魔法を読み解くこと。そしてそれらを実践使用可能なレベルまで使い続けることだ。


 ダヴスはあくまで知識を補完する移動式端末であり、彼の適性は闇属性だけだ。彼自身で使えない魔法を実際に見せてクロたちに教えることは難しく、助言くらいはできても最終的な魔法の完成は本人たちへ委ねられることになった。とりわけクロが学ぶべき魔法の属性が多いため、それだけ精神世界での滞在が長引いた。


「あんたには感謝してる。五年のブランクを埋めるには……いや、それ以上のものを貰ってしまったな。ここからの働きに対する駄賃の前払いとしては当然のものとして受け取るけどな」

「それで構わン。だが与えた以上、駄賃以上の働きを期待すル」

「任せとけ、って言い切れないところも悲しいところだけどな。まぁ、せいぜい働くさ」

「ありがとう、私からも感謝を。あなたがいなかったら、私たちは五年前のままで新しい時代を生きていくところだったわ」

「吾は知識を供したまデ。最終的に魔法をモノにしたのは貴様らだ、感謝には及ばン」

「それでも、この場所がなければ成せなかったことよ。けれど、どうしてそこまで私たちに肩入れするの……?」


 クロが内内で抱えていた疑問をソフィアラが代わりにぶち撒けた。


「吾は消滅することを避け──」

「それは建前でしょ?」

「──ム?」

「私はダヴスさん、あなたに人間性を感じているわ。それならあなた個人の願いも当然あるはず。……違う?」

「違わなイ。貴様は本当に目が良く、洞察力に富んでいるようダ。そうだナ……」


 ダヴスは人間っぽく一呼吸挟んで話し出す。


「本来吾は機械的に雑務を熟す存在だっタ。しかし学園襲撃という事態に際して久方ぶりにカイザー以外の人間と接して刺激を得、その上で吾を縛る鎖が解け始めタ。そこで吾の情報を集めるという業務が知識欲のようなものとして昇華されたというわけダ。貴様が吾に感じている人間性とやらが、その正体だと思うがナ」

「色々お世話になっているのに無粋な態度だったわ、ごめんなさい。そして内面を語ってくれてありがとう。そんなあなたのためなら、私たちは身を粉にして働くわ」

「貴様は純粋に他人を信用しすぎダ。いずれ足元を掬われるゾ」

「ご忠告ありがとう。でも、そういうのは貧民街で経験済みよ」


 ここの生活で、ソフィアラは随分ダヴスと打ち解けたようだ。


 クロとしてはダヴスのどこにも人間性など感じられないが、ソフィアラが言うのであればそうなのだろう。感情の機微など、いくら年齢を重ねても男である限りクロには理解し難いものだ。


「そうカ。では重ねて忠告だが、貴様らがここで可能だったあらゆることが地上でも可能だとは考えるナ。マナには限りがあるし、いざ戦闘に陥った時、ここと同じパフォーマンスを発揮できることはまず有り得なイ。知識と運用方法を得ただけで貴様らの肉体に何ら変化はなく、ましてや超人になったわけでもないのダ。心して活動せヨ」

「ああ、分かった。魔法については以上か?」

「そうダ」

「じゃあ、ここでようやくセアド先生とムラサキとかいう勇者のことを聞かせてくれるわけだな。どうしてその人選なんだ?」


 ダヴスはクロとソフィアラに知識と特訓の場を与えて以降、地上の情報を齎さなかった。それは二人の思考を地上に持っていかれないようにするためであり、余計な思考で特訓を台無しにしたくなかったからだ。


「まず貴様らの功によって現在、学園には多数の外部要員が入り込んでいル」

「功?」

「結界の破壊ダ」

「ああ、なるほど」

「突発的な事象により生じた事態だが、学園に対する悪感情は常に渦巻いているようで、この機会を逃すまいと攻撃を仕掛ける連中が現状後を絶たなイ」

「随分と迷惑なことをしてしまったわね」

「今回に関しては却って好都合だがナ。とにかく、学園に入り込んだ連中には貴様らと関わりのある人物がいル。それがセアド=クラフトマンとマリア=イングリスだ」


 ダヴスが学園システムから切り離され始めているとはいえ、まだまだ彼の能力は生きている。それによって彼は未だに地上のことを把握し続けられているというわけだ。


「え!?さっき失踪したって言ってなかったっけ?」

「学園から忽然と失踪したのは事実ダ。しかし現にこうして再び学園にやってきたことから、十分に共闘可能な状態と判断して彼を利用すル。貴様の言なら耳を貸すだろうということで、協力者として挙げたまデ」

「あんたは随分と一方的に決めるが……目的は恐らく一致しているし、共闘は十分に可能だと思う」

「それは僥倖。次いでムラサキ=シズナミだが、彼女の能力について伝え聞いているものがあっタ。そして丁度学園に入り込んだことを確認したため、急遽協力者として挙げタ。交渉は貴様らに任せるが、ソフィアラに任せるのが賢明であろうナ」

「まぁ……俺は口下手だからな。的確な説明はできないってことで、理に適った判断だと思う。とりあえず俺たちが単独で動かなくていい状況ってのはありがたい。俺はセアド先生のところへ、お嬢が静波ムラサキのところで良いんだな?」

「いかにモ。これから貴様らを地上に排出するにあたり、精神世界離脱後に吾と交信可能な魔導具を渡ス。ついでに協力者の分も渡しておク」

「それを使ってあんたが指示するのか?」

「吾の干渉不能区域での交信は困難なため、判断は任せル。吾に判断を仰ぎたければ、そうすれば良いという程度ダ。それを渡す主な目的は、協力者に吾の意思を伝えることにあるからナ」

「分かった。他には何かあるか?」


 そうだナ、と挟んでダヴスが言う。


「要注意人物を予め伝えておク。そこには貴様らも良く知る人物が含まれているガ──」


 最後にダヴスの情報を仰ぎ、クロとソフィアラは準備万端として現実世界に舞い戻った。そして二人は指輪型の魔導具を受け取ると、異なる目標を掲げてそれぞれ別の箇所に転移していった。


「さて、吾は可能な限り地上の動向を把握するカ」


 未知の現象に挑むというのはダヴスにとってあまり経験のないものだ。だからだろうか、彼の言葉尻はやや楽しげなものだった。



            ▽



「先生方、お久しぶりです!」


 ソフィアラがムラサキに接触したのと時を同じくして、クロもセアドとマリアの前に出現していた。


「……五年の月日は君をあまり変えなかったようだな」

「おや、これはこれは。てっきり死んだとばかり」

「ひどくね?」


 セアドは開口一番、クロに対して皮肉を吐いた。マリアも随分と軽くそう宣う。


 驚かれると思っていたクロはその反応に落胆したが、それでも任務を思い出して言葉を綴る。


「……え、えっと、色々説明が難しいんですけど、少しだけ話をさせてください!」

「クロカワ、君はこの状況が分かっているのか?」

「重々承知してます。手短に話すんで、少しだけお願いします。あと、セアド先生にはこれを」


 クロは魔導具をセアドに投げ、すぐに事態の説明に入った。それと同時に、ダヴスはセアドと交信を始める。


「なるほど、ダヴスとやらの情報と併せて概ね理解した」

「私たちの役割は主要戦力の排除、ということですね」

「理解が早くて助かります。なので主要施設への強襲はソフィアラとムラサキ=シズナミに任せて、俺たちは現学園長のレオパルド及び学園の主力を潰して回ります」

「それらの居場所は?」

「現状で確定してるのは少ないですが、居場所が判明しているやつの元へはダヴスが案内してくれます」

「それなら別行動が効率的ですね。その指輪を持つクロさんとセアド先生は別行動が良いでしょう」

「えっと、大丈夫なんです?」

「我々を甘く見るな。君は危なっかしいところがあるから、マリアが面倒を見てやれ」

「了解しました。ではクロさん、行きましょうか」

「あれ、もうどこに行くか決まったんですか?」

「それぞれ因縁の相手の元へ向かう。私はロドヴィゴ、そして君たちはニコラスだ。道中でレオパルドを処理できるのなら処理しておこう」

「簡単に言うなぁ」

「難しそうならダヴスを介して連絡すればよい」


 教団の主力メンバーのうちダヴスが学園内で存在を把握しているのは、ロドヴィゴ、ニコラス、テイラー、そしてロウリエッタの四名。なおかつ現状では南部にロドヴィゴが居て、北部にニコラスがいるらしい。したがってクロとマリアが北部へ、セアドは南部へ向かうこととなった。そうやって彼らが動いている間にも敵や味方が入り乱れ、無秩序な殺戮シーンが繰り広げられている。


「ニコラスは私が殺します。クロさんは遠隔攻撃が可能ですか?」

「ええ、まぁ。仕上がってるとは言いづらいですが、五年前と同じではないですね」

「了解しました。それでは後衛を任せます。デュアルマジック、ロード──」


 マリアのそれぞれの手に、光の球体と闇の球体が出現している。そして徐にそれを膂力で混ぜ合わせた。


「──ディスパース アンチマター」


 マリアの両手で包まれた空間には、本来混ぜ合わさることのない光と闇が複雑に絡み合った反物質が形成され始めている。そして魔法完成直前、マリアから続けて更なる指向性が付与された。これにより、完成されたそれは小型で凝縮された無数の小反物質として形を変えた。


「外敵排除が成績にも影響するみたいでな、お前らここで──」


 クロやマリアを部外者であると判断して襲い掛かってくる学園生や職員。マリアはいちいちそんな有象有象へ視線を向けることすらなく、彼女の魔法は近づく敵へ自動かつ高速で射出される。


 ズ──ビシャ……。


 叫びを上げて攻撃に移行しようとした学生の頭部が、顎から下を残して消し飛んだ。頭蓋を正確に打ち抜いたマリアの魔法が内部でその圧縮を解除したのだ。


 派手な音も生じさせない小さな魔法による絶死の結末。それはマリアの凶暴性を知らしめるには十分な効果を発揮し、敵勢力の動きを瞬時に鈍らせる。


 敵も馬鹿ではない。学生とはいえ、いや学園生だからこそ状況把握が可能なのだ。


 アンチマターは全てを消し去る性質を持つと同時に、互いに離れようとする光と闇の斥力を封じ込めた爆弾でもある。小さく形を変えたアンチマターは点の性質から貫通性能を増し、封じられた斥力の解除はそれだけで小範囲を蹂躙する悪魔と化す。


 ちなみに、アンチスフィアはアンチマターの性質から着想を得た魔導具である。


 マリアはその経験から、こういった混沌とした状況には慣れている。そしてクロも貧民街での経験から、今更この程度の殺し合いでビビるような精神弱者ではない。とはいえ、マリアのように何の感情もなく殺人ができるほど成熟していない。それはクロの甘さでもあるが、大義名分もなく殺人を犯せる精神性は貧民街を経験しても獲得することはできなかった。


 マリアを手に負えないと判断した敵勢は追うのを諦めているようだ。しかしこれからやってくる敵はその限りではないのが残念だ。


 クロとマリアはダヴスの案内に従ってターゲット居場所を目指す。


「マリア先生、無駄な殺しは……」

「これの自動性は敵意を持って私の領域に踏み込んだ者にのみ発揮されるのでご心配なく」

「領域?」

「人間を人間たらしめる救済。あなたには無関係な事象なのでお気になさらず」

「……?まぁ、無闇矢鱈に殺さないなら何も言いません」

「その甘さは変わりませんね。むしろ安心しますが」

「そうですか……。ところで久しぶりだというのに話もなかったですね。マリア先生はこれまで何を?」

「帝国でセアド先生と共に魔人に関する調査・研究を続けていました。そしてちょうど魔人化術式を欲していたところにあなたたちが騒動を起こしてくれましたので、こうやって協力しているわけですよ」

「俺らもそれを考えてたんですけど、成果はあったんですか?」

「魔人から人間への逆行は確認されていませんが、可逆性があることは私の存在を以て証明されています」

「……?」

「じきに分かります」


 またもマリアはクロが理解できない発言をする。それは五年間も地上を離れていたことによる常識の欠如なのか、それとも単純にマリアの発言が難解なだけなのか。


 まだまだクロたちが知らない事実や情報が世界には溢れているはずだ。しかし今ここで議論することは難しく、自分達が起こしてしまった事態の収拾をつけることが先決である。


「敵に関してダヴスからあまり情報がないんですが、どうしてお二人は迷わずにロドヴィゴとニコラスを選択したんですか?」


 ダヴスは教団の主要メンバーとして四名の人物を挙げたが、それ以上の情報は齎さなかった。ただ学園に存在している──それだけの情報で、どうやって処分すれば良いのだろうか。そんな疑問がクロの中に湧く。狙うのなら真っ直ぐにレオパルドを目指せば良いはずなのに、この遠回りの意味が分からないでいる。


「ああ、それはですね、それぞれ対象の人物と因縁があるからですよ。私もセアド先生も、一度敗北を喫していますから」

「それって、前回の学園襲撃の時ですか……?」

「ええ。無様にも敵を滅しきれず、本来の目的を放棄して学園から逃げ出したのですよ」

「本来の目的?」

「私は五年前の学園襲撃時に全ての教団幹部を殺害するつもりでした。しかしその目論見は外れ、大きく計画が狂ったのです。だからこうして、魔人化術式よりも優先して彼らを狙っているのですよ」

「それは……私怨ですか?」

「まさか。これは単に、掃除しきれなかったゴミを消し去るというだけの行為です。それに、行き先の確定していない作戦よりは、明確に目標が定められている方が効率的ですので」

「なるほど……」


 どうやらマリアとセアドは咄嗟の状況判断でクロの話に乗ったらしい。そこには多少の因縁があれど、最終目的地は変わらないわけで、これは必要な工程ということだ。


「現場までの間に、私たちの持つ情報も開示しておきます。人間が魔人化に至る経路として教団の証というのはやはり重要な要素として作用しているようで、そこに特殊な術式を挟むことで理性を維持した魔人が出来上がるというところまで明らかとなっています。ですが、証だけを用いた魔人化経路も一応は存在するそうなので、敵を見かけたら先程の私のように頭部を破壊するか証を破壊してください」

「いざとなったら正式な手順を無視して証を使用してくるってことですか」

「はい。証は心臓程度であれば代用してしまいます。しかし脳は証が代用できない器官なので、真っ先に狙うべきは頭部ということになりますね」


 マリアは随分と簡単に言ってのけるが、先程の魔法だって誰でも真似できるようなものではない。あのような殺人にのみ特化した魔法など、クロは持ち合わせていない。ダヴスの精神世界においてクロは敵の制圧を意図して魔法を研鑽したが、確実に敵を死に至らしめる魔法など考えすらしなかったのだ。恐らくそこが新時代を生きるマリアとそうではないクロとの差であり、殺人行為への躊躇いは飛び抜けた性能を持つ魔法の完成を遅らせる。しかしクロはそれでいいと思う。殺すだけが新時代の生き方ではないし、まだまだこれだけが正しい生き方とは言い切れない。他の仲間だって、色々な考えで今の時代を生きているはずだ。クロはそう信じて、自分の思考を間違ったものではないと判断する。


「分かり、ました」

「あまり響いてなさそうですが、貧民街を経てもなお変わらないあなたの考えを矯正しようとは思いませんので、好きに生きると良いでしょう」

「あれ……?俺、貧民街のこと言いましたっけ?」

「リバーから聞いていましたよ。もし地上で見かけることがあるのなら、それは貧民街から這い上がった時だろう、と」

「え……!あれからリバーに会ったんですか!?」

「いえ、彼の代理人を名乗る人物を介した程度です。そんな人物からの情報だったので確証はありませんでしたが、それでもこうしてあなたが生きているということはそうなのでしょう」

「リバーは今……?」

「学園襲撃から半年ほどしたタイミングでの情報でしたが、それ以降は音信不通ですね。彼のことですから、どこかで生きているでしょう」

「そうか、良かった……」


 クロは心から安堵した。


 クロとソフィアラが生きていられるのは彼のおかげ以外の何者でもないし、彼に対する恩義は一切返せていない。こうして地上に戻れたのだから、ぜひ彼に会って恩返しをしたいと思っていたところなのだ。


「そこに付随して──と、そろそろ近そうですね。このマナはニコラスのもので間違いない。それでは、あなたは遠隔からサポートをお願いします。面倒なら私ごとやるくらいのつもりでやってください」

「だ、大丈夫なんですか!?」

「私も以前のままではありませんから。背後はお任せしました」


 何かを言いかけたマリアだったが、禍々しく発せられるマナを感知して目標へ完全に意識を向けた。


 ニコラスと思しき人物のマナはクロでさえも感じている。この状況でマナを見せつけて敵を惹きつけるような行為にどんな意味があるのだろうかとクロは考えつつ、視界を確保できる高所へ移動を開始した。


 こうして学園内を動き回ってみると、やはりというか五年前の設備の面影はほとんどない。建物の多くは解体されたか立て直されたか、背の高いものが多く立ち並んでいる。建物の上への発展は文明レベルに伴うもののはずなので、学園は以前とは別の方向性へ大きく進歩しているのだろう。


「ロード、テレオプシア」


 クロはマリアの動きを追いつつ、遠隔視の魔法を発動させた。これによって、100メートル先程度であれば落ちた硬貨さえ見つけられる。


「さて、ようやく実践か……。うまくいくと良いが……」


 程なくしてマリアはニコラスに辿り着いた。クロの見た彼は五年前からほとんど変化を見せない小柄な青年のままだが、身体の一部は魔人のように異形化している。そして彼の強さを証明するように、その周辺には多数の遺体が転がっていて、原型を留めている者はほとんどいない。


 クロは魔法を準備しつつ、彼らの動向に注意を払う。


「釣れるのは雑魚ばかりで退屈していたところでしたが、これは意外な人物が現れましたね。生きていたとは驚きです。……それで、こんなところまでどうしたんです?まさか僕に会うためにわざわざ?」


 マリアを見て、ニコラスは大袈裟に彼女を出迎えた。彼の様相はマリアの記憶のままだ──まるで時間でも止まったかのように。


「業腹ながら。ですが感動の再会を喜ぶには時間がありません。速攻で始末させてもらいますね」

「大きく出ましたね。あなたが復讐に燃えるタイプだとは思いませんでしたよ」

「好きに想像しなさい。では──」

「もう少し会話を楽しんでも……おや?おやおや?」


 マリアの肌に黒色が染み渡っていく。それは魔人に特徴的な、マナに順応性を持つ皮膚状態。黒色は顔面、腕、そして下肢も含めて彼女の全身を塗り替えていく。


「手加減などできませんので」


 スッ、と徐に伸ばされたマリアの黒い両腕。


「……?」


 そして生じる眩い閃光。


 興味深そうに眺めていたニコラスを、発動兆候を見せないマリアの魔法が貫いた。

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