第158話 編入
クロとソフィアラはクラベナと別れた後、墓参りに向かっていた。
コルネオの墓は教会から少し離れた、一般的な墓所の中にあった。
本堂が崩壊して人員も行き場を失くした教会となれば、それが教皇と言えど葬儀に掛ける力は無かった。
また教団が幅を利かせ始めたということもあって、コルネオの葬儀はしめやかに行われる運びとなったわけだ。
「お嬢、前から思ってたんですけど、この世界の死者へのイメージってどんなですか?」
ジュリの元へ向かいながら、クロはふとそんなことを聞いた。
以前ジュリアーナ邸の使用人ウェルコフが亡くなった時も、ソフィアラは天に向けて祈りを捧げていた。
クロが日本で培った死者への祈りの方法は、両手を合わせて頭を下げて願うイメージ。
祈りの向かう先が違うような印象を受ける。
「あちらの世では是非羽ばたいて欲しいって感じかしら。この世界でその人が善人であれ悪人であれ、次の世界では等しく良いスタートを切って欲しいじゃない?」
「死ねば仏ってのは同じ、ですか。俺は向こうの世界が終わりって思ってたんで、その考えは素敵ですね」
「次があるかどうかは死ななきゃ分からないけれどね」
歩き慣れたはずの帝都だったはずだが、街の様相は大きく違っている。
綺麗な街並みを維持する気がないように家屋が乱雑に立ち並んでしまっている。
肩や人間の生活が見える家屋は綺麗で、生活感の見えない建物は外観を気にしているようには見えない。
「あれが人外の住処ってことですかね」
「魔人の特性は知らないけれど、日差しに弱かったりするのかしら」
「朝と夜で分ける意味が分かりませんけどね。人間を支配したいなら同じ時間に生きる気がするし、クラベナさんの話じゃ人間を食べ物にする魔人もいるみたいですし……」
「もしかしたら夜の間に何か特別なことをやっている、とか?」
「それが人間に対して害のあることだったとしても、人間と魔人が不干渉のままこの状況が続いたら……うーん」
「夜にでも活動してみる?」
「あいにく魔人には変装できそうにないですから難しそうですね。見つかったら殺されそうですし」
まず魔人が食事を必要とするのかどうか。
そういったことすらクロは知らないのだ。
知らないことが多すぎて、次の行動に移れないことがもどかしい。
「それにしても、ジュリの家に行くのは緊張するな……」
「クロは気づいてないと思うけど、まずアポを取ってないからね」
「あ……。じゃあ今日はジュリが居たとしても会えないか。他の奴らも無事だといいけど」
クロとソフィアラが腕輪にマナを通しても、誰からの反応もなかった。
二人は腕輪を貧民街でディジットに変換することもできたが、仲間の繋がりが切れることにも繋がるためそれだけは行わなかった。
たとえ飢えに苦しんでいる期間であっても、それを手放すことはなかった。
「五年というのは、変化を嫌う人間からすれば絶望的な時間経過よね。何も変わっていないと思う方がおかしいのはわかっているのだけれど」
ソフィアラも自身の腕輪を眺めながらそう溢した。
少なくともオリビアは居ないだろうし、帝都に残っている可能性が一番高いジュリでさえいるとは限らない。
したがって今回はジュリの存在を確認する程度の行動で収まるだろう。
「あのー、すいません。ジュリアーナ様にお取り次ぎを……」
「まずは氏名を述べてください」
「俺はパッセ=ミュライル、後ろはネフィリ=バルマ=ガーメントって言います」
「……ふむ、本日あなた方が本家に立ち入る予定はございません。お日にちをお間違えではないですか?」
守衛の女性はいくつか資料を確認し、そこにクロとソフィアラの偽名が無いことを告げてきた。
二人がフレアマイナ家を訪れると、それは以前と同じようにそこに存在していた。
大きな門は固く閉ざされており、また守衛以外にも邸宅の周囲を警備する人間がちらほら。
魔法的にも物理的にも侵入困難な要塞だろう。
「えっと、実はアポは取っていなくて、これからそのお願いをしようかと……」
「どのような御関係でしょうか?」
「五年ほど前まで学園でよくしてもらっていまして、この腕輪もジュリアーナ様に頂いたものになります」
クロが腕輪を見せるが、守衛の表情は訝しげだ。
それもそうだろう。
腕輪を見せられたところで、それが友好の証だとはとてもじゃないが言えない。
また、学園でジュリがこのようなおじさんを世話していたとも考えづらいし、ネフィリの外見もジュリと同年代には見えない。
つまるところ、二人がジュリの知り合いだという証拠は全くもって存在しない。
「あなた方の言葉に信憑性が皆無です。今の発言からジュリアーナ様との関係性を推察すら困難です。まずは身なりを整え、もう少し分かりやすい関係性を提示していただければ助かります」
「それは、そうですね。すいません、急に訪ねてしまいまして……。ところでジュリアーナ様は現在もこちらにご在宅でしょうか?」
「関係性の不明な方にお教えすることはございません。本日のところはお引き取りを」
「あ、はい……」
追い出されてしまった。
しかしここで食い下がっても相手の警備が駆け寄ってくるだけで良い結果にはつながらないだろう。
「まぁ無理っすね」
「そりゃそうよ。変装してあの家に向かっても、入れてくれるわけないじゃない」
「じゃあ次は変装なしで行きますか?」
「それはどうなのでしょうね。私たちが姿を晒さないメリットはあっても、晒すメリットは今のところ薄そうよね。ジュリに会えるかどうかは重要だけれど、学園襲撃事件より前に関係性が絶たれてしまっているから、彼女に何かの動きを期待するのは難しいかもしれないわ。オリビアのように動いてくれていたらいいのだけれど、あの姉の存在がある限りは難しそうよ」
「クレイアーナか……。今もジュリはあの家に幽閉されてるんですかね?」
「それすら分からないわね。実家が無理なら他から情報を集めましょう」
「そうしますか。夜まであまり時間がないので急いで……って、陽が落ちるまでしか時間がないから、みんな急いでたのか」
「確かに、半日しか動けないならテキパキ動くしかないものね」
二人は街の変化を確認するために帝都の中央、そして学園へ。
「変わったのは街並みと、人の忙しなさと、空気の重さ、って感じですかね」
「あとは喫茶店みたいなのもあまり見ないわ。そもそもゆっくりお茶でもできる人がいない以上、そういった店は寂れて店を閉めるしかないのかも」
「じゃあ何で生計立ててるんでしょう?」
「クラベナさんのところみたいに自給自足じゃないかしら。魔法で環境さえ整えれば屋内でも栽培できるはずよ」
「そんな生活になると人との関わり合いが減りますね。うーん、どうしましょう。昼から開けてる酒屋も無さそうですし、忙しい人に色々聞くのも忍びないし……」
「誰かに聞こうにも、その誰かが捕まらないのね」
ふぅ、と息をついてクロは言う。
「もういっそ学園に忍び込んで情報を集めます?学園って括りなら、昼も夜も無さそうですけど」
学園は情報の宝庫だ。
攻めない手はないが、いきなり出向くとなれば準備も必要だろう。
「ランゼ先生がいるし、ダヴス……だっけ、その人もいるのよね」
「でも忍び込むって言ってもなぁ……。世界に喧嘩売りながら存続できてる時点で、教団っつか魔王学園ってロクでも無さそうなんですよね」
「それなら正攻法で入るしかないじゃない」
「正攻法……って、入学する気ですか?」
「それしか無さそうだけれど。魔法の特訓もできるし学園の内情も知れるかなって。あと、人間を魔人にする方法があるならその逆もあるかもしれないじゃない?」
「確かに。正常な魔人を生み出したいのなら、人間を安定化させる方法があるかもしれないですね」
「そういった魔法だとセアド先生あたりが詳しそうだけど、まだ学園にいるのかしら?」
「さぁ……?とにかくここ五年の間のブランクを回収するのは骨が折れますね……」
クロとソフィアラは多少貧民街で鍛えられただろうが、それは基礎的な能力の話。
魔法に関しては五年前に成長が止まってると言って良い。
一応貧民街でもマナは存在していたため、マナ共有によるマナ回路拡張は続けてきた。
数値にしても、それぞれ貧民街を介する前後で倍ほどは増えている。
成長が停止しているのは、主に使用できる魔法の総数に関してだ。
「今の私たちには何においてもまずは速度が必要なはずよ。迷う時間があるなら行動したほうがいいわ」
「そのための準備が……って堂々巡りにしかならないですね。ではそうですね、学園には潜入します。でも最低限の準備は行わせてください」
「何をするつもり?」
「俺もそろそろ魔導書を開けるのでは、と」
「ああ、それもそうね」
クロは鞄に手を入れ、その存在を確認する。
「お嬢の魔導書は襲撃騒動で回収できなかったのが残念ですね」
「仕方ないわ。お父様に頂いたものだから、回収できれば回収したいところだけれどね」
「裏競売みないなところの接触は……リバーが居ないからなぁ……」
ソフィアラは彼が殺害される最後の場面を見ていたらしい。
だが、クロは彼の死を信じていない。
彼が簡単に死ぬとは思えない。
だからこそ彼との接触を持つことができれば、ブランクを埋める大きなきっかけになるはず。
「じゃあ最低限学園の情報を集めて、そこから行動開始ね」
指針が固まった。
二人の次なる目的地は、魔王学園。
▽
魔王学園内でとある噂が駆け巡っていた。
「ねぇ聞いた?また編入志望の馬鹿が来るって話」
「ああ、聞いたぜ。入学試験を通れなかったからもう一回挑戦、みたいな感じかねぇ?」
「最近増えたよね」
「そうそう。俺たちみたいに選ばれた人間じゃなけりゃ、進化には耐えられないってのになー」
学園が教団の手に落ちた当初こそ、学園の存在は疑問視された。
生き残った学園の人間は魔法的に縛りを受け、なおかつ様々な非人道的実験を行なっていたのだから。
そのため、学園の文化財を守ることよりも学園を破壊するべきだという意見が多くを占めた。
あまりにも危険な思想を持って台頭し始めた学園は、帝国だけでなく人間世界の癌だったのだ。
しかし帝国の軍事力でもってしても学園を攻め落とす事はできなかった。
というより、学園を上回る戦力を用意できなかったという表現が妥当だろう。
そこには多くの理由があるが、まず魔王学園が独自に結界を仕上げたということが一つ。
次に彼らが多くの魔人を有していたこと。
そして最後に学園の抱える人間の中には上位魔人にも匹敵する者が多数いたこと。
これらの複合的な要素が帝国の軍勢を跳ね除けた。
「今更私たちに囲ってもらおうなんて、虫のいい話だよねぇ」
学園は武力集団の頂点に君臨しているからこそ、入学を許された生徒の安心感は計り知れない。
強い力で守られ、そして次の時代に耐えうる肉体さえも手に入れられるというのだから。
また学園生からすれば人間という身分に拘っているのは最早時代遅れであり、最近のトレンドは魔人となって次の時代を生きることだという。
そのような思想まで生まれ始めているのだ。
人間は魔人には勝てない。
それならば魔人に与するか魔人になれば良い、というのが今の流れだ。
「今回の編入希望者もどうせ大したやつじゃないさ。そいつが出来ることと言えば、せいぜい無様な姿を見せて僕らを笑わせてくれるくらいなものだね」
編入試験は実力制。
そこで実力を認められて、初めて入学が許される。
試験内容は言ってしまえば戦闘試験一回だけの単純なものなのだが、編入希望者を相手にするのは学園指折りの成績上位者だ。
生半可な実力では軽くあしらわれて終わってしまう。
編入試験は、ここ五年の間でクリアできた者が数人しかいないほどの狭き門だ。
普通に考えれば来年の入学試験を待って受験した方が明らかに合格率は高い。
しかしそれを押してまで入学したいとなると、よほどの事情が伺える。
だから学園生は挙ってその様子を見に行きたがる。
「でも合格されたら俺らの順位変動しない?」
「それに怯えてるのは、あなたみたいな各クラスの下位者だけよ。上位を取ってれば気にしないで済む話よ」
「クソウゼェー。あんなランダムマッチで常勝なんて無理なのに、そうやって余裕ぶっこいてる方が意味不だっての」
「なんなら次のマッチは私たちで組めるように直談判してみる?あなたの順位が下がるだけだと思うけど?」
「言ったな!じゃあボコボコにしてやんよ!」
「はいはい、せいぜい粋がってなさーい」
魔王学園は成績の付け方が前身の学園とは大きく異なっている。
ここでの裁定は、腕っぷし一本。
それは、実力が高ければ魔人に変化しうる可能性が高くなるという事実に基づいて決定されている。
そのため学園では日夜戦闘行為が繰り広げられ、相互に高め合うという構図が完成。
これによって学園は持てる軍事力をメキメキと上昇させ、今では一国のように振る舞っているのだ。
「お前はどっちに賭ける?」
「そりゃあ、当然学園側だろ」
「お前は大穴狙わねぇなー」
「それで破産したら目も当てられないっての」
賭博に熱中できるほど、学園生は娯楽に飢えていた。
編入試験を見にやってくるのもその一環だ。
魔王学園が台頭してからというもの、各国の娯楽事業は軒並み撤退してしまっている。
人々は生きるために必死であり、娯楽に興じている時間が無いことが原因だ。
特に帝都においては昼と夜で生活が分断されているということも大きい。
人間が夜に外出できない以上、夜の店などは最早存在しない。
昼の店として形態を変えている場所もあるようだが、風俗に興じることができるほど余裕のある者はごく一部だ。
みながみな、生きるためだけに物流を回す。
そんな生活に楽しいことなどあるはずもなく、人々は笑顔を失い、他人に興味すら持てなくなっているというのが現状だ。
一方帝都における学園はといえば、基本的には外界と不干渉を規定しているので魔人の侵入はない。
そのため朝夕を有効に使えるわけだが、ここでも行われるのは将来を生きるための戦闘ばかり。
やはりどこへ行っても娯楽は少ないのだ。
そこで賭博がある。
これはどこに行ったって生じさせることのできる魔法の遊びだ。
「誰でもいいからよぅ、賭けマッチやろうぜぇ」
他害は許されても他殺は御法度な魔王学園では、殺しを娯楽とすることはできない。
しかし、実力を上げるための訓練と称して戦うことは可能だ。
「やってあげてもいいけど、いくら出せる?」
「いくらでもいいぜぇ」
「じゃあ金硬貨十枚で」
金銭は学園での主な賭け対象になっている。
というのも、ここでは金銭さえ実力を上げることに使用できるからだ。
「あいつ、今日も手当たり次第に声かけてるなー」
「そんなに強くもないのによくやるよ」
「でもあいつ大魔法ブッパマンだから当たれば勝ちみたいなとこあるし、悪い賭けじゃないんじゃね?」
「そうだけど、賭けマッチのやりすぎで飯食えずに死んだ奴が前にいたって話じゃなかったっけ?」
「それは盛りすぎ。せいぜい数日飢える程度だっての」
「俺も下のクラス相手に賭けマッチやって稼ぐかね」
「そんな都合のいいやついねーっての!」
ギャハハと二人の男子生徒が笑いながら校内を歩いて行った。
現在の学園は外部からの印象とは異なり、割と和気藹々としている。
それは彼らが将来に悲観していないからだろう。
また、よほどのことがない限り退学なんてことにはならないし、卒業までの時間的な制限すらない。
のんびり生活できるということは、それだけ彼らに余裕を生ませることにつながっている。
「来週のいつだっけ、編入試験」
次なる娯楽──学園中はその話で持ちきりだ。
編入試験などという非日常があり、日々の生活に変化が生じているからこそ学園生は人生を楽しく過ごせている。
それに比べて魔人の恐怖に怯える民衆はといえば、ただただ変化のない毎日を過ごすだけ。
変化を失った人間は退化し、緩やかに死んでいく。
今や学園生は勝ち組と言えるまでの立ち位置を確保していた。
そこから数日が経過し、学園生が待ちに待った編入試験の日が訪れた。
▽
「うわぁ、めっちゃ居る……」
予想を超える数の見物客とあまりにも大きな熱気にクロは当てられていた。
「思ってた様子と違うわね」
「そうですね、もっと鬱屈としたものかと」
クロとソフィアラは巨大な戦闘エリアに通され、そこで周囲から夥しい数の視線を受けていた。
まるでトップスターのライブのような見物客の入りに、二人は流石に緊張してしまっている。
『皆様お待たせしましたァ!それではまず今回の命知らずから紹介するぜェーーー!』
やけに元気な進行役の声に、二人は辟易としてしまう。
もっと静かにやってくれたら良いのに、と思っているのはこの空間で彼ら二人だけだろう。
『白い髪の男はァーーー、デイビス=ボンッッッドぅ!』
「そんなにいっぱい『ッ』を入れんな。あと最後うざ」
クロのツッコミは歓声にかき消されて届くことはない。
『そしてもう一人ィ!この娘は来る場所を間違えたんじゃないかァーーーッ、ネフィリ=バルマ=ガーメントぅ!』
げしっ!
「痛っ!なんすか!?」
ソフィアラがクロの足を蹴っていた。
「ごめんなさい。ちょっとイラッとしたから」
「えっと、なにゆえ?司会のやつに子供って言われたからですか?」
「違うわ。姉さんの姿を侮られたからよ」
「誰がどう見ても十代半ばなんですけど……?」
「この姿の私は二九歳よ」
「拘りますね」
現在のクロの姿はデイビス=ボンド。
そしてソフィアラの姿は例によってネフィリ=バルマ=ガーメントである。
二人は『Disguise』のスキルを多用しているが、万能というわけでもない。
一応このスキルにも制限がある。
姿を変えられるのは実際に存在している人間だけで、なおかつ一日に姿を変えられる対象は一人のみである。
だから一日の間に複数人の姿を取れる事はない。
『では挑戦者を見定める二人に来てもらうぜェ!マルグリット=カラーとロワイエ=セイファートの入場だーーーーッ!』
紹介を受けて現れたのは、女と男の二人組。
マルグリットはセンターで分けた真っ直ぐな黒髪を胸の辺りまで伸ばした美人。
身長は170cmほどあるだろうか。
もう一人であるロワイエは身長190cmはあろう細く長い男。
彼はボサボサの灰色の髪を肩ほどまで伸ばし、その目は黒く澱んでいて目の周囲の隈がひどい。
立ち姿は猫背で両手を前に垂れており、あまり生気を感じられないというのがクロたちの正直な感想だ。
「私が男の方を相手すっから、ロワイエは女の方をやっちゃって」
「任された」
『おおっとォ!?すでに相手が決まったようだァーーー!』
マルグリットとロワイエが左右に離れ始めた。
クロは挑発したような視線を向けながら姿勢良く歩いて行くマルグリット側へ、ソフィアラはのそのそと歩くロワイエ側へそれぞれ分かれた。
どうやら二人同時に試験が開始されるようだ。
これでは個人戦か団体戦か分からないが、おそらくそのどちらもなのだろう。
つまり臨機応変に動かねばならないということだ。
「あんたデイビスだっけ。どこから来てもいいけど、がっかりさせないでよ?」
足を止めるなり、マルグリットは見た目のキツさ通りの発言を投げてきた。
「そっちこそ。学園が低レベルだって思わせないでくれよな」
「はぁ?何言ってんの?私があんた如きに負けると思ってんの?勘違い野郎も程々にして欲しいんだけど。わざわざ相手してやるんだから、あんま私をイラつかせんなよ。しまいにゃ殺すよ?」
「ああ、そのつもりで来てくれ。俺も弱いものいじめは好きじゃないからな」
「はっ、生意気」
マルグリットが青筋を立てたあたりで、クロは身構える。
それと同時にソフィアラの方も準備ができたようだ。
「よろしくお願いするわ」
「好きに願えば良い」
あっちはあっちであまり建設的な会話が成立していない。
しかし会話など然程重要ではない。
重要なのは、この試験を介して学園のレベルを知ること。
編入試験に出てきているのが学園の生徒である以上、マルグリットとロワイエはそこらの雑魚ではないのは確かだ。
恐らく彼ら二人は学園上位の学生。
そんな彼らを相手取れないのなら、クロとソフィアラは力不足だったということになる。
これは謂わば二人が自らの実力を測る戦い。
帝都に至るまでそこそこの魔物を退治してきたが、あれらは大した存在ではなく、実力を発揮するまでもなく退治できた。
だがこれからのターゲットは魔人などがメイン。
ここで魔人予備軍の人間たちを相手にできなければ、学園はクロたちの手に負えるシロモノではない。
「じゃあよろしく頼むぜマルグリット。ロード!」
「ではロワイエさん、好きにさせてもらうわ。ロード……」
クロとソフィアラが詠唱を開始。
それに対する返答は──。
「「アドバンスドマジック、ロード」」
マルグリットとロワイエは二人して上級魔法を準備し始めた。
クロたちは驚いたが、それは予想の範疇を超えない。
貧民街での生活を続けてきたクロたちからすれば、上級魔法など想定する最悪を上回ってはいないのだ。
ここにきて自分達が貧民街で多少なり鍛えられたことを実感できた。
あとは身につけた技術をどれだけ運用できるか。
クロたちの挑戦が始まった。