第156話 帰還
上層区の一室が“プラシド”のホーム。
デイビスによって指針が提示される。
「プラシドとしての指令を出す。お前らにはここから、次の催しに向けてブラックプレートを目標に動いてもらう」
「ディジットを稼いでいけばいいんですね?」
「ああ。だが、今までの生活では絶対に行き着けない。ブラックプレートは貧民街における絶対的な壁であり、そこを超えられる人間は一握りってことだ」
「絶対……ですか」
「絶対、だ。何故だか分かるか?」
「えっと、十万って基準がそもそも遠すぎます」
「だな。今のお前らの頑張りで全体の一割程度だから遠いって感じるのも当然だな。あとは?」
「えー……それ以上は分かんないですね」
「はいはーい!あち知ってる!知ってるよー」
ネフィリが我慢できたのは三十秒程度。
黙ってデイビスの話を聞いているかと思えば、それが彼女の限界だったらしい。
「……はぁ、教えてやれ」
「えとね、えとね。クロ君の言った通り、十万ってのが遠すぎるんだよ。あと、十万まで上限を上げるためのアビリティが流通してないってのもあるねー」
「そういうこった。住民全員が基本アビリティ十万に到達することができるほどのスキルやアビリティが貧民街にはない」
「ん……?でもたとえば生活スキルを一万個保有できれば到達はできますよね?」
「理論上はな。だが、プレートに保有できる数ってのには限界がある。一部の人間はそうなって初めて限界を知るわけだが、これは貧民街でのトップシークレット。俺っちじゃなきゃ、俺っちが信用したお前らじゃなきゃ明かさない情報だ。お前ら、絶対に漏らすんじゃねぇぞ」
「う、うっす」
「お前らは今までスキルやアビリティの購入でのみディジットを上げてきたわけだ。ゴールドへ至るルートとしては王道で、全員が通る道だな。だが、流通するモノ──プレートに記載できるうちで最も高いのは『Conquest』。それ以上の価値があるモノは基本的に出回らないし、出回ったとしても手に入る確率は低い。ちなみに、クロカワと嬢ちゃんが得た『Conquest』は俺っちが知り合いに頼んで流してもらったもんだ。感謝しとけ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
なんと二人のスキルはデイビスの伝手で得たものだということがわかった。
どこまで至れり尽くせりなんだろう、と二人は感謝の念に絶えない。
というか、どのような伝手で得られたのだろうか。
デイビスの謎は深まるばかり。
「えー、ずるい!あちの時はそんなのなかったじゃん!贔屓だ贔屓だー」
「お前の時は……まぁ、忘れてた。すまねぇな」
「なんでよ!?ひっどー!」
「お前は会った当初からうるせぇんだよ。なるべく接触しないように心がけてたから渡しそびれた。まぁ、自分の行動を恥じろ阿呆」
「謝ってると思いきや罵倒してんじゃん!」
これまた喧しいこと、喧しいこと。
しかしデイビスやパッセは慣れた様子で、彼女の叫びも意に介していない。
「話を戻すか。なんだっけ……ああ、何故ブラックに至れないか、だったな。高額なスキルなりアビリティは一足飛びに基本ディジットを上げるために住民全員が欲するもんだし、また生存競争が当たり前の貧民街で誰かのために使ってやろうなんて連中は居ない。だからこそモノは遍く供給されないし、独占ってことが起こりうる。そうやって他者を蹴落として悦に入るってのは分からんでもないがな。ここまで俺っちの話は理解できたか?」
「はい。ブラックまでの道のりは、単純に考えれば時間さえ掛ければ到達できそうなようですけど、実はそうできないようになってることですかね」
「そうだ。それぞれのモノはプレート内に保有できる上限値が設定されていて、それは公開情報じゃあない。巧妙なルールによって簡単には到達できない仕組みだ。あとゴールドプレート以下は個人間でのやり取りができないこともブラックに至れない原因だな」
「個人間?」
「ああ、ブラック同士だと端末を介さずに取引が可能だ。それを利用して組織力を上げようって連中も少なくないな。一応、ブラックの中でも最もディジットを保有している人間だけはゴールド以下に対して取引が可能だな。これは俺っちらにはほとんど関係ねぇから頭の片隅にでも置いておけ」
「了解です。ひとまず、組織ぐるみで競争が行われてるって認識でいいですか?」
「そうだ。そういった情勢が背景に存在していることが原因で、個人ではあらゆることが成し遂げられないようになってるな」
「じゃあ組織に属すことが生存競争に勝つ必須条件じゃないですか。勧誘活動を見てると組織への加入がリスクになることが多そうなのに、すごく相反した状況ですね」
「上手く立ち回るのは困難を極める。それには相当な運と度胸、そして知恵が必要ってこった。ここにいる四人はそれらを兼ね備えた選りすぐりだな」
手取り足取り教えてもらって、クロとソフィアラはゴールドまで一年もの歳月を費やしている。
デイビスのアドバイスがなければ──彼に出会う運がなければ、恐らく二人は一生貧民街の最底辺で蠢くしかなかったはずだ。
また地上で厳しい経験を経ていなければ──苦行に立ち向かう度胸がなければ、下層区での厳しい生活に耐えられなかったはず。
そして状況を理解して上へ進むための思考──応用できるだけの知恵がなければ、二人は上層区にはいられなかったはず。
二人がここに至るにあたり、偶然必要なものが揃っていた。
だからこそ、ここまでは“一年もの”期間ではなく、“たったの一年”と表現すべきだろう。
「また話を戻すけどよ、ブラック同士で取引可能だからといってそれが直接組織力向上に繋がるわけでもないんだな、これが」
「どういう意味です?」
「お前らは『Conquest』を端末上の取引で購入できたわけだが、単純な売り買いで得られるスキルなんてそれが上限なんだよ。それ以上の価値のモノとなると競売品という括りに入れられるために、更に手に入りにくくなる」
「競売……?」
「知らねぇのか?ゴールドになった時点で端末上に表記され始めただろ」
「いや、知らないっす」
「まぁ教えられなきゃ気づかねぇか。表記も小さく下の方にちょろっと出現してる程度だしな。追い追い確認すると良い」
「あとで見ておきます」
「で、その競売だが……よくある値を釣り上げるスタイルじゃない。そして出品者も法外なディジットを得られるシロモノでもない」
ここで言う競売というのは、出品物の値段が固定のタイプ。
出品物に対して本来の価値の数倍以上のディジット値が強制的に設定されて競売がスタートする。
そして設定時間内の入札者全てに等しく入手確率があり、最終的には誰かの元へ届くようになっている。
だからこそ多くディジットを保有している人間が有利ということにはならない。
基本的に出品者は出品物の本来の価値の倍のディジットまでしか得られず、その差額は協会に回収される。
そうやって過剰なディジットが貧民街で動かない仕組みが導入されている。
「それだと特定の組織に偏るってことは無さそうですね」
「まぁな。だがブラックプレートのトップがいる組織は違う。あいつは意図的にゴールド以下へスキルの贈与などが可能だから、地味に組織力に偏りを生み始めている」
「あいつって、知り合いですか?」
「知り合いってほどでもねぇけどな。噂程度に知ってるだけだ」
「誰なんです?」
「サヴェジュのトップ、“ディー”だ」
最上層区、北部──。
「それでみすみす取り逃した、だァ!?寝言は寝て言えよ低脳ォ……ッ!」
「ひィっ……!す、すす、すいません……!」
現在の貧民街はリベラを経て様変わりしている。
リベラ以前は存在していなかった最上層区が出現し、そこを黒プレートの支配圏域とした。
またそれぞれの層区ごとに侵入制限を課し、リベラ以前よりも貧富の差を明らかとした。
歓楽街と呼ばれる地域も上層区以上でないとほとんど存在せず、逆にそれを目標に頑張れる人間も多いわけだが、生存競争が激化したのは言うまでもない。
それぞれの層は保守的で、自分達の地位を守るために新参を嫌う。
新たな顔ぶれが増えれば環境が変化し、地位を危ぶまれる事態に陥る可能性もある。
黒プレートは現実的ではない目標であることから、貧民街では上層区が実質の最終目標地であり、だからこそ上層区は最も侵入の困難な要塞と化している。
「俺様ァ言ったよなァ!?誰も通すな、通すなら組織に加入させて搾り取れってよォ!!!」
灼熱のような赤い髪を逆立てたディーが憤りをぶち撒ける。
ウェーブ掛かった髪が揺らめき、怒りによって肌は紅潮し、異常に整った顔面が崩れて紅潮してしまっている。
両手で髪を掻き乱し、暴れるように地団駄を踏みながら彼は叫ぶ。
こうなるともはや手に追えない。
物に当たり、周囲の人間に当たり散らかす。
これは彼が貧民街に来る以前からの性質であり、これによって堕とされたと言ってもよいほどの粗暴さだ。
サヴェジュはある種のエリート集団。
失敗をしない人間をディーは宝物を扱うかのごとく丁寧に育て、そうではない人間は容赦なく廃棄する。
「……貴様は不要だァ」
「ま、待ってくださいッ!せめて俺の話を──」
絶望に喚き始めたディーの部下は、周囲の連中から袋叩きに遭って押し黙る──黙らせられる。
ディーは彼に近づき、怒りを超えて脳面のような真顔で話しかけた。
何を言われたかは彼しか聞こえなかったが、静かにプレートを差し出している。
ディーは徐に自身のプレートを彼のものに触れさせた。
金色から銅色へ変化する部下のプレート。
こうなってしまっては部下の男も上層区に立ち止まることはできない。
端末などで取引を行う関係上、滞在層区には相応しくないプレートになってしまうことは日常的に起こりうる。
その場合は一時間の制限時間が設定され、その時間内に該当層区から出なければならない。
そうしなければプレート内の全てが教会によって即座に抹消され、その上で下層区へ強制テレポートさせられる決まりだ。
だが、サヴェジュにおいてはそうはならない。
サヴェジュにおいて失敗の烙印を押された人間の末路は決まっている。
「連れて行けェ」
「はっ!」
なおも喚く失敗した男は、自由を奪われて下層区へ。
それも最も環境の悪い場所へ運ばれていった。
そこは所謂ゴミ捨て場と呼ばれる場所であり、主にサヴェジュによって利用されている場所でもある。
「やめッ──嫌だ、やめてくれえぇええええええ!!!」
失敗した男は両手足を異常に太い釘などで地面に縫い付けられた。
続いて開口機が口腔に装着され、そのまま劣悪な環境に放置。
これがサヴェジュ流の落とし前の付け方。
死の訪れない貧民街では、死に至るような損傷やダメージであっても、最も苦痛の強い状態が固定されてそれ以上症状が進まないようになっている。
彼は呼吸をすれば肺が侵され、唾液と塵埃で固形化した物質で気道がほとんど閉塞し、釘の打たれた箇所の出血が続いている
咳嗽と窒息、貧血など様々な身体異常が彼を苛み続けるのだ。
死なないからこその、死よりも辛い制裁。
こういったサヴェジュでの規律はパワーエリートを量産することに繋がり、組織が急速に成長する足がかりにもなる。
「新参……どこのどいつだァ?」
「所属不明かつ初回侵入の男女二人組であります」
ハキハキとした声でディーの質問に答えるのは、彼と同じく黒プレート持ちの男。
見た目は中庸な雰囲気であり、ベリーショートで髪を撫で上げた彼からは規律を叩き込まれた動きが見受けられる。
名をボズという。
「さっきのゴミ……あいつは何故しくじったァ?」
「男女はある程度の修羅場は潜ってきているものだと推察いたします。おかしな部分で言えば、貧民街には似つかわしくない若者ではありました」
「それだけじゃねぇだろうがよォ。どこかに手引きされてる可能性もあるよなァ?」
「確かにその可能性は否定できません」
「異物が紛れ込みやがったかァ。グレースかそれともメティクラか、どちらにせよ取られてたら面倒な人材だよなァ!?」
「完全に同意であります」
「まったく、協調性を乱すんじゃねぇよ雑魚集団どもがァ。サヴェジュがこの世界のトップ、それだけは何があっても崩しちゃあならねんだからよォ」
「完全に同意であります」
「ボズ、お前はもう一度他組織の動きを洗えェ。もしかしたらデイビスも一枚噛んでるかもしれねぇからよォ」
「承知したであります」
最上層区。
ごく少数の人間しか利用できない区域でありながら、何故半径1kmほどの広さを誇っているのか。
それは、黒プレートに限りその範囲内で開発事業を行うことが許されているからである。
現在──というより最初からそこは東西南北の四つに区域されていて、リベラ以降最初に黒プレートに至った者四人に自治権が解放された。
最初の到達者はデイビス=ボンド。
彼はリベラ勝者でありながら脱出を望まなかったために、自動的に最初の最上層区統治者となった。
そこへ“サヴェジュ”のディー、“グレース”のデルテ、“メティクラ”のシュニッツェルと続く。
サヴェジュが取り掛かった事業は強化素材の開発。
彼の願いによってサヴェジュ管轄北部地域へ協会から専用施設が贈与され、炭坑で得た素材などを用いての強化スーツ開発が着々と進行している。
しかし与えられる開発項目は一つに限られるため、リベラ以降貧民街に増える要素は四種類を超えない。
また支配地域があるといえど、施設数は多くない。
そもそも素材の持ち運びを最上層区で行えるのは黒プレート所持者だけであり、開発事業にもディジットを必要とするためにそれは遅々として進まないのだ。
リベラ終結後三年、それは開発を推し進めるには不十分な時間経過である。
だからこそ各組織は人員を多くし、如何に早く覇権を取れるかという部分に注力している。
ディーが協調性と言ったのは、パワーバランスを崩すような者の存在を得て他組織が事業進行を加速させることを嫌ったためだ。
他組織に先んじて事業の完成に至り、そして圧倒する。
それが出来てこそ、次なる祭典の勝利に繋がる。
「デイビス管轄南部地域を任された野郎、あいつだけは不気味だなァ」
とても嫌そうな表情を浮かべながら、ディーはその者の居る方角を睨む。
▽
「クロくーん、早く上がってきなー」
「クロ、もう少しじゃない。頑張って」
「ハァ、ハァ……まじで、まじで無理……」
クロは両手を膝に付きながら、ダラダラと流れる汗で地面を汚す。
見上げると、建物の上でネフィリとパッセ、そしてソフィアラがクロを待っている。
現在クロたちは特訓の真っ最中。
特殊な環境に身を置くことで身体強化を行い、あわよくばスキルの発現などを狙っている。
何故そうしているかというと、
「モノ取引で上げられる基本ディジットに限界がある以上、あとは自分でアビリティなりスキルを生やすしかねぇよ」
そういうわけである。
「ちょ、ちょい……休憩を……ッ」
勤務時間として消費可能な八時間以外、クロたちはこういった訓練を日夜続けている。
現在クロが居るのは、下層区にある二つの建物で挟まれた路地。
壁を蹴って脚力を鍛えることで、次なる強化へと繋げていく。
ちなみに既にソフィアラは壁上りをほぼマスターしつつある。
あとは関連スキルが生えることを待つばかりである。
「絶対に存在を知られちゃならねぇ。どこの組織もホームは上層区だから動きには細心の注意を払え。環境影響を無視できても、顔はなるべく見られるなよ」
とはいえ、上層区へ出入りする以上はある程度姿を分かるようにしていないと層間境界を抜けるのは難しい。
毎回勧誘されていては時間も体力も無駄だ。
境界域は組織ぐるみの監視が為されているし、どうしても回避できない揉め事は存在する。
それに対処するためには、誰にも感知されずに存在すら知られずに居ることが重要。
数ヶ月後──。
「ソフィアラちゃん、すっごー!おめおめ!」
「姉さんありがとう」
「え、どうしたんです?」
「落札できたんだってさー」
「え、まじですか……?」
「まじよ」
「あー……。あーあーあー」
「またクロ君壊れちゃったー」
「こ、ここ、こうなったら暫くだ、駄目だね」
これはソフィアラに一歩先へ進まれるたびにクロが陥る現象。
放っておけば治る。
今回はソフィアラが競売でスキルを落札し、『Disguise』を得た。
ソフィアラはこんなスキルがどのようにして生まれるのかは寡聞にして知らないが、これにより基本ディジットが大きく上昇して目標値にグッと近づく。
こういったスキルが出回る時というのは、大抵はそのスキル持ちの人間が金策──ディジット策に苦慮してる時である。
あとは、意図せずスキルを得る状況になった者が後先考えずに出品するパターンもあるし、上位互換のスキルを得た場合に手放すパターンもある。
「最近多くないー?」
「そうね。でも、そうでもないと落札できないからよかったわ」
「ソフィアラちゃんもこれで基本ディジットが三万の大台だね!やるやるぅー」
「姉さんは?」
「あちは七万から伸びぬー」
「あとはどこを伸ばせばって感じよね」
「ぬぅ。足も早くなったし、平衡感覚も良くなったし、壁も登れるし、ぴょんぴょん飛び回れるし、変装もできるし、姿も消せるしー。もうできることなくねー?」
過酷な環境に身を置くとは言え、できることは限られている。
貧民街で出回るスキルは自然発生的に出現するものがほとんどであるし、そのスキル発現方法の流布がまず起こらないことも大きな理由だ。
プラシドにおいては、ごく少人数であることとデイビスからの開示があるため、集団としての成長速度は貧民街にて群を抜いているだろう。
しかし人員面で他の組織に大きく劣ることから、最終的な個人目標はもう少し上げなければならない。
「全員いるか?」
デイビスの帰還だ。
クロとネフィリは気怠げに、ソフィアラとパッセは身を起こして反応する。
「ねぇデイビス兄、黒プレートが無理ゲーなんだけどー」
「お前とパッセに関しては俺っち同様元々持ってる訳だし、スタートラインが違げぇんだから到達は可能だろ」
「でもでもー」
「ここからもっとキツくなるが?」
「それもやだー」
「でもまぁ確かに、フィジカル強化なんて所詮限界があるしな。これに関しては貧民街じゃ黒プレートの基本だし、個人差を生む要素は別にある。ここからはその点を追求していくか」
ここまでクロたちはフィジカル面をこそ追求してきたわけだ。
クロとソフィアラはネフィリやパッセには及ばぬものの、すでにいくつかのスキルやアビリティを発現している。
アビリティは常時発動しているものや身体機能に関わるもので、スキルは条件付きで使用できるものというのが相場である。
またそのどちらも使用の継続で強化されるシロモノである。
「デイビス兄のアビかスキルちょうだいよー」
「もう俺っちは黒プレートのトップランカーじゃねぇから無理だな。ディーにでも頼めよ」
「あんなやつ無理無理ー。彫像みたいな見た目で中身終わってるからチグハグすぎてキモいー」
「まだ勧誘受けてんのか?」
「この姿で外歩かないからもうないかなー。でも会ったら絶対口説いてくるーキモキモ。無理なら自分で上げるから何か教えてー」
「そんなら耐性系か強化系で上げるか?今のお前の手持ちって何だっけか」
「んーと……」
《Ability》『Climber』『Kicker』『Runner』『Balancer』『Hopper』『Slinger』
《Skill》『Conquest』『Decorator』
「モノの購入で上げた基本ディジットが上限の三万くらいでー、アビで二万五千、スキルで一万五千。これでざっと七万だねー」
現在クロとソフィアラも『Climber』と『Runnner』を発現している。
とはいえ、いくら適した行動をしていたとしても望んだ通りのアビリティやスキルが得られるわけではない。
今回のソフィアラのように運でスキルを得る方が早い場合もある。
こればかりは努力でどうにかなる問題ではない。
「じゃあ次の段階で黒に至れるかもな。あと二年くらいあればネフィリでも行けるだろ」
「何するのー?」
「能動的なスキル・アビリティ発現が限界だってんなら、受動的なものを狙う」
「それってー?」
そこは下層区でも最も一般的で、最も劣悪な環境の仕事現場──炭鉱。
支給される作業具で岩肌を削り、必要一定数の鉱物などを納品することで報酬が得られる。
時には毒ガスが噴出したり、落盤も起こりうる。
だからこそ下層住民はそこで働きたがらないし、できれば早くそこを出たいと考えて努力をする。
そこは下層住民をやる気に奮い立たせる場所でもあり、恐怖に震い立たせる場所でもあるのだ。
「ごほッ……クソ、クソ、クソ……」
外套で全身を覆い、咳嗽を続けながら怨嗟を漏らす男性がいる。
彼はデイビスたちの側をそそくさと歩き抜け、どこへともなく消えていく。
環境影響を克服できていないし、ここでの生活を強いられている者だろう。
あれは炭鉱から逃れられないのだ。
そして満足のいく成果を得られず、次なるステップへ進めないのだ。
「久々っすね」
「クロカワはここに来ていたか」
「俺だけですけどね。お嬢はあまり外殻へは向かわせられなかったので」
「だろうな。ここで働く女はまず居ない」
と言ったところに、やけに細いシルエットの人物が炭鉱から出ていくのが見えた。
その者は炭鉱入り口で端末の操作を行うと、ゴツゴツと形を変えた大きな皮袋を肩に抱えてどこかへ向かっていった。
「言ったそばから女じゃんー」
「あれがまともに見えるのか?」
「そうは見えないっすね」
「あれは鉱物狙いの連中だ。業務時間外でも、成果物に関してはディジットを払うことで買い取ることができる。リベラ以前では端末に成果物を提示してディジットと引き換えるという、単なる労働内容証明として鉱物が存在していた。だがリベラ以降、鉱物に──それ以外の素材に関しても用途が生まれてきた。それが、開発事業」
「最上層区で行われてるあれだよねー」
「三大組織がそれぞれ何かしらの事業に取り組んでる。やつらは下っ端にディジットを支払わせて資源を得て、何かを作ってやがる。それが何かは、次の催しまでは分からないだろうな」
「どうしてですか?開発事業っていうのも、それこそ貧民街を裕福にするための政策じゃ?」
「んなわけあるかよ。リベラ以前でも、それぞれの催し後に新たな要素が追加されている。今回は開発事業ってだけで、今までのを含めても、それらは全て争いの火種にしかなっていない。例えばリベラの一つ前──“オーダー”って催しの後は、ざっくりと階層構造による生活区域区分が設定されてるな。今回は明らかに四つの組織に争わせて抗争を生むのが狙いだろう。アルメニア協会の目的は不明だが、貧民街が蠱毒だって結論づけてる奴もいたっけな」
開発事業による恩恵を受けられるのは、その組織に属する人間だけだ。
そして次なる催しで四つの組織がそれぞれの特色を活かした戦いを行い、覇者を決める。
その覇者が今後の貧民街を支配し続けられるという確証はなく、盛衰を繰り返してきたという歴史がある。
今回もそれに漏れず、激しい戦いによって生と死が乱れるのだろう。
「とにかく、あれはどこかの組織が着々と準備してるって証拠だ」
「俺たちもそれに噛むってことですか?」
「プラシドの事業ってのは、正直俺っちも知らない。ボスが勝手にやってるだけで事業に関する指示は飛んで来ないしな。唯一の指示は、信頼のできる人間を集めて組織を強化しろってことくらいなもんだ」
「俺たちはそのボスってのに会ってないんですけど、いいんですか?」
「ネフィリとパッセには以前言ったが、ボスが会うのは黒プレートのの人間だけだ。それで言えば、まだお前らは信用すら勝ち取ってないってことになるのかね」
これは、何だろう。
クロは自身の属する組織が謎に包まれすぎて困惑している。
他組織は何がしかの事業を拡大させて強化を図っているが、プラシドに関しては組織の二番手であるデイビスですら実態を掴んでいないという。
これではプラシドが本当に組織の体を成しているかも不安になってしまうほどだ。
「プラシドって本当に先行き大丈夫なんですか?」
「それは誰でも同じだ。プラシドに限った話じゃねぇよ」
「そうですか……。それで、ここで俺たちが狙うものって何ですか?素材関連じゃないんですよね?」
「そりゃあ、な。プラシドはお前らにディジットの上納なんてさせねぇよ。お前らにここでやってもらうのは──」
クロとソフィアラの貧民街生活は二年目を終えようとしていた。
▽
「お嬢、ようやく見えて来ましたね」
クロとソフィアラは帝都の姿をその目に収めた。
見た目に大きく変わった様子は無いが、帝都を含めた全景を見れば黒樹の存在が違和感でしかない。
が、一部切り倒されている黒樹も見受けられるため、何かしらの対応は為されているようだ。
「今回は誰の姿で行こうかしら」
「セアド先生とマリア先生は流石にマズそうですからね。プラシドのメンバーの姿を借りますか。俺はパッセさんで」
「じゃあ私はネフィリ姉さんね」
クロとソフィアラは『Disguise』を用いて姿を変える。
このスキルは変装だけでなく偽装も兼ねているため、ステータスを偽ることさえ可能だ。
看破系統のスキルを間近で受けるでもなければ、大概の者の目は欺ける。
現在彼らが居るのは領域にも帝都にも含まれない非結界区域のため、夕方とはいえ人通りはない。
やはり他の領域で聞いた通り、領域ごとの自給自足が進められているらしい。
どうにも現状では領域同士の連絡は難しく、それぞれの領土を守るだけで精一杯だということだ。
「所属と目的を述べよ」
どこでも聞かれる質問だ。
所属とは、どこの領域や町村から来たかということ。
目的は、まぁ……言葉の通りだ。
「南東の水の領域から。目的は結界強化のための魔導具を探しに」
クロとソフィアラの現在の見た目は、ちょっと怪しい親子連れ。
見た目は片や禿げた中年で、片や未成年の子供。
それが五年以上前ならいざ知らず、今や外を歩くのすら難しい世界だ。
「み、身元を改めさせてもらうぞ。ロード、ディテクトステータス!」
どうぞ、とクロとソフィアラ──改めパッセとネフィリは両手を広げる。
さぁとくと確認するがいい、ただのおじさんと子供にしか見えない者のステータスを。
スキルなどは全て隠されている。
ただ、水の領域から来たことを証明するために、そしてある程度の実力を証明する意味でも上級魔法を使えることは見せている。
ディテクトステータスは相手の能力を見抜くものではなく、実のところ単にステータスを参照するだけの魔法である。
言うなれば表記されているものを読み取るだけのバーコードリーダーであり、そのようなもので看破されるほどスキルというものは柔じゃない。
「良いだろう、通れ」
「どうも」
貧民街で購入しただけの上級魔法と実際の世界での乖離がどうなのかといえば、まだ確認ができていない。
というのも、上級魔法を使用するための魔法陣などを所持していないことが原因だ。
そういう意味でも、帝国や学園の図書館を利用することは二人の目的の一つとなっている。
「なんか陰気臭いっすね」
「あまり人通りも少ないわね」
夕方とはいえ、それにしては人が居ない。
民家などには生活の色が灯っているのだが、表に出る人間は皆無。
「さて問題。情報が集まる場所と言えばどこでしょう?」
「えっと、酒場じゃない?」
「その通り。では向かいましょう」
「酒場の場所なんて知らないのだけれど。さっきの衛兵に聞けばよかったわね」
「あー確かに……。ていうかお嬢、その見た目で行けます?」
「姉さんって本当に若いままなのよね。今の年齢は29だし、そのあたりも忠実に偽装してあるから大丈夫よ」
「ステータス上問題ないなら、まぁ大丈夫ですかね」
街が大きく変化しているようには見受けられない。
が、雰囲気は様変わりしている。
「なんでこうも──わっ!?」
「ク……パッセ?」
ドンッ──。
突如建物の角から現れた人物によってクロが突き飛ばされた。
「ナンデ生ノ人間ガ出歩イテル?」
そのシルエットはひょろっとした長身。
頸部が細く、頭部は丸い。
首から上は風船のような形状で、首から下は関節各所が歪に膨らんだ異形。
全身は黒く、のっぺりと濁っている。
そんなまさしく魔人と呼ぶべき存在が隣の魔人に疑問を投げている。
「サァ?規律違反者カ?」
そう応えるのは、全身が刺々しく異形化された──筋骨隆々を真っ黒に染めたような魔人。
「え……えっと……」
クロが何も言えずに座り込んでいると、後者の魔人がクロとソフィアラを交互に見て何かの結論に至った。
「旅行者カ?」
「りょ、旅行者……?」
「アー、コノ反応ハ何モ知ラン外部ノ人間ダナ」
「チッ、衛兵ハ説明モシテイナイノカ」
彼らは忌々しげな雰囲気をどこかに向けて肩を竦めると、殺意を霧散させて言葉を投げてきた。
「朝ハ人間ノ、夜ハ我々ノ時間ダ。サッサト宿屋ニデモ行ッテ姿ヲ見セルナ」
「あ、はい……すいません知らなくて。ちなみに宿屋って……?」
「ハァ……。ソコヲ真ッ直グ進ンデ左ダ。分カッタラ行ケ」
「すいませんでしたー!」
クロはソフィアラの手を掴み、逃げるようにして指示された場所へ。
薄暗い路地を抜けると、分かりやすく宿屋の屋舎が光を灯していた。
そのまま扉を開けて転がり込むように中へ。
バン──!
屋内の人間全てが二人へ驚いた視線を送っている。
それにしてもやけに緊張した面持ちだ。
二人が何かをしたとでも言うのだろうか。
「えっと、宿を探してて……」
居づらい雰囲気を跳ね除けながら、女将の立つカウンターへ。
誰もが黙ったまま二人の動向を見守っており、鬱陶しいことこの上ない。
「い、いらっしゃい。あんたら、ここの人間かい……?」
「いや、さっき来たばかりで。ちょうど魔人にここを教えてもらって……」
ここ数年で帝都が魔人に侵され始めたこと。
それは他の領域で情報を得ていて知っていたが、これほどまでに魔人が溶け込んでいるとは思わなかった。
だから彼らに出会った時に二人は声が全く出ず、何もできなかったというわけだ。
それに、言語を解する時点で彼らはまともではない。
「まったく、びっくりさせないでおくれよ。てっきりここが摘発されたとばかり」
「摘発?」
「この街じゃ魔人に反抗しちゃダメなのさ。……あんたら何も知らずにやってきたのかい?よく生きていたねぇ」
「すいません……」
「今度来るなら、もうちょっと早いうちに来なよ。それで、宿泊はあんたと嬢ちゃんの二名でいいのかい?」
「はい、一室でお願いします。できれば食事もつけてくだされば……」
「食事は付いてるよ。こんな時間に外を出歩かれちゃたまったもんじゃないからね。ほれ、これが部屋の鍵だよ。3階の一番奥の部屋さね。夕食は、摂りたい時に言ってくれたら作ってあげるからね」
「じゃあとりあえず一週間分で」
クロは署名と支払いを済ませ、鍵を受け取る。
ここまでの旅の中、魔獣退治などで金銭は得ている。
ハンターの数が激減しているだけあって、どこの領域でも戦闘能力に富んだ人間は重宝されていた。
そういうわけで引く手数多の中、日銭以上の大金を獲得するのは簡単だった。
やはり首都以外の場所では金銭の価値は低く、労働力に対して金銭を払うことに関してはむしろ感謝されたほどだ。
「ありがとうございます。ひとまず部屋に向かいますね」
「あいよ、ゆっくりしておくれ」
未だに突き刺さる視線を横目に、階段を上がる。
魔人が教えてくれただけあってか、ここはそこそこに大きい宿屋だった。
見た感じ五階まであるようだし、各フロアには向かい合わせに三部屋ずつと奥に一部屋の計七部屋あるらしい。
二階から五階に同じ構造があるとすると、二十八部屋ほどだろうか。
それだけあれば、一階の食堂にそこそこ人間がいたことも頷ける。
鍵を開け、一般的なレベルの室内へ。
ベッドが一つというところを除けば、特に生活するには支障がない広さだ。
「何も考えずに一部屋にしましたけど、大丈夫です?」
「親子に見られたのなら大丈夫じゃない?姉さんってこの通り子供っぽいし」
「聞かれたら怒られますよ」
「私たちの仲だから大丈夫よ。クロ、そんなに私と同じ部屋が嫌だった?」
「いえ、逆ですよ。一緒にいた方が安心できます。なんかあっちの癖で、すごい保守的になってるんですよね。隣の部屋の人間が入れ替わるたびにビクビクしてたのを思い出しましたよ」
「それくらいでいた方がイレギュラーには対応しやすいわ」
「まぁ確かに。夜は魔人の時間だとかなんとか言ってましたし、ここが安全とも限らないですからね」
「荷を解いたら食事にしましょう」
地上に戻ってから、ようやくまともな食事にありつけた。
帝都だけあって、ここは食材に恵まれているようだ。
領域の質素なものとは一段階レベルが違う食事に、クロとソフィアラは舌鼓を打つ。
豪華かどうかといえば、そうでもない。
とはいえ、平均を上回っているという点では贅沢と言って差支えなさそうではある。
「じゃあ今日聞いたことだけれど──」
食事と入浴を終え、二人は向き合って情報を纏める。
現在、帝都は一日の半分を魔人に明け渡しているらしい。
陽が出ている間は人間の時間、陽が落ちれば魔人の時間、という具合に。
それぞれの時間において起きた事件などは全てその時間の自治に任せられており、人間の時間で魔人が悪さをすれば人間が処理しても構わない。
そしてその逆も然り。
そのためクロたちがもう少し遅く帝都入りを果たしていれば、彼らの法で裁かれていたかもしれない。
そういうことを聞いて、クロとソフィアラが肝が冷えた。
魔人に時間の半分を奪われたという点において、これは魔人との折衝の結果だという。
聞けば、皇帝が魔人軍から恩赦を勝ち取ったということらしい。
見方を変えれば無条件降伏と取れるが、限られた時間の中では安全がある程度保障されている。
「まだ中央大陸で戦は続いているんですし、ここにいる魔人と中央大陸の魔人で考え方が違うのは不可解ですね」
どうにも魔人陣営にも派閥があるようで、帝都で人間のような生活を楽しみたい魔人もいれば、全ての人間を滅ぼそうという魔人もいる。
今のところ魔人と共存・共栄が進んでいるのは帝都と王都。
帝都では完全に生活時間をズラすことで共存が推し進められている。
一方の王都は陥落し、人間は魔人に虐げられながらも生かされてはいるようだ。
「中央大陸での決着でこの世界の趨勢が決まるのって話だけど、もっと詳しく聞きたいわね」
「全勇者が揃ったおかげで今は戦力が拮抗してるそうですけど、誰に聞いたらいいのやら」
「とりあえずはどの勇者も欠けずに生存してるのは朗報よ」
「そう、ですね。王都が堕ちたって聞いた時は肝が冷えましたけど。それでも、あいつらに追いつくって目標が達せられてないのは辛いです。今だって戦ってるかもしれないし、死ぬ危険が高いのはずっと付き纏ってる。なんとかしたいんですけどね……」
「モモも無事だと良いけど……。でも逆に考えれば、中央大陸を任せている間にこっちはこっちで目的を遂行できるってことよ。趨勢が魔人に傾かない間に、私たちでできることを考えましょう」
「とはいえ、ですよ。俺たちはまだまだ成長が足りない。貧民街で鍛えられたとはいえ、それを実践応用可能かどうかは未知数ですよね」
「そうね。得た力を十全に使いこなせる環境が必要よ。いきなり魔人との実戦なんて無茶がすぎるわ」
「貧民街は魔法がなかったですからね。鍛えられたのはフィジカルとメンタルばかりです。ここに魔法を加味した戦闘技術を会得しないことには、勇者のサポートなんて到底無理ですよね。あいつらは多分実戦で鍛えられてるはずですし、そことはかなり開きがあります」
「彼らのサポートもそうなんだけど、私たちの目的はそっちじゃないわ。世界が崩れる、それを止めることよ」
「いずれにしても情報は必要ですね。仲間たちの誰がどこへ行ったのか、そして俺たちは何をすべきなのか。指針を固める意味でも、まずは抜けているピースを一つずつ埋める必要があります。その過程で魔法面を鍛えて……と、やることが目白押しだ」
「一度纏めましょうか」
未だ正確な指針が定まっていない、というのがクロとソフィアラの現状だ。
さて、どこから攻めよう?
前提として、自らを鍛えることは当たり前に必須。
仲間を捜索し、手分けして物事に取り掛かることも必要。
今の二人では何から手をつけていいか分からないし、仲間がいた方が知恵も借りられるからだ。
知り合いを探すなら、まずは信頼の置ける大人たち──コルネオ、セアド、マリア、そしてランゼなど──に接触する必要がある。
そうすると、教会か学園が最初に訪れる場所になるだろうか。
学園が現在も同じ場所に存在しているという話なので、ダヴスも接触目標に入れておこう。
他に接触可能な人物といえば、フレアマイナ家かスペデイレ家。
これらが未だに帝都内で領地を持ち続けているのであれば、ジュリアーナやフランシスに会うことも可能かもしれない。
「明日は教会に行って、その後はジュリを探すとしますか」
「私たちだけだとどうしても限界があるからね。人を頼って、手分けできるものがあれば手分けして行うのが賢明ね」
「はぁ……ここからは休み無しですね。頭が痛くなりそうです」
「貧民街に比べれば、まだ落ち着ける方よ」
「そりゃあそうですけど」
「不安なの?」
「もちろん不安ですよ。貧民街だと自分とお嬢のことしか考えなくて済んでたんですけど、ここにきて考えることが多すぎますからね。地上は繋がりのある人が多すぎて……みんな心配で困りますよ」
「クロは私たち二人だけじゃなくて、プラシドのこともしっかり考えられていたわ。あと心配するなとは言わないけれど、考えすぎても疲れちゃうだけよ。心配するよりもみんなを信頼してあげなさい。そうすれば幾分かは心労が和らぐはずよ」
「信頼、ですか。確かに、俺がみんなを信頼しきれていないからこその心配かもしれないですね」
「私も心配だけど、それ以上にみんなを信頼している。クロに対してもそう。あなたがしっかりやってくれているからこそ、私は安心して私のやるべきことを全うできるの」
「そう、なんですか?」
「そうよ。じゃなきゃ、あなたに身体を許したりはしていないわ」
「え、えっと……そうまじまじと言われると恥ずかしいんですけど」
「私の方がもっと恥ずかしいのだけれど……?」
狭いベッドの中、二人の体温が伝播する。
「お嬢、えっと……いいですか?」
「いちいち確認するのはやめなさい」
「え、じゃあ……?」
「防音魔法忘れないで」
暗闇の中でもクロは、ソフィアラの耳がほんのりと赤みを帯びているのが分かる。
しかしナイトアイまで使用するのは野暮というもの。
ゴソゴソとした動きの後、ベッド上のシーツの膨らみが二つから一つへ。
「ん、っ……ぁ」
五年という長期かつ過酷な環境は、決して吊橋効果ではない感情を二人に芽生えさせた。
愛というよりは、それを超えた信頼関係で結ばれている二人。
それぞれの信頼の重さが、木製のベッドを軋ませていた。