第11話 遭遇
クロが金銭を得てホクホクしている頃──
「はあっ!!」
横一文字に振るわれる大剣。
数秒のズレをもって、頭部がずるりと胴体からこぼれ落ちる。
ズシンという大きな音を立てて魔獣は倒れ、その生命活動を停止させた。
「はぁっ……はぁっ……これで全部か……?」
周りには魔獣の死骸が無数に転がっている。
「回復をかけるわ、じっとしてて。
ロード、ミドルヒール」
ゆっくりとだが確実に傷が癒えていく。
今シロ達3人がいるのは、ダンジョンの中層といったところ。
最近になって人間界の各地でダンジョンが立て続けに出現し、彼らがいるのもそのひとつだ。
3人でチームを組み、訓練としてダンジョンに潜って鍛えさせられている最中だ。
朝は戦闘の基礎訓練から始まり、ヘトヘトになるまで訓練した後は魔法を使った教育を受ける。
魔法を絡めた戦闘訓練が一通り完了した時点で、3人はダンジョン攻略を開始した。
とはいえ、3人だけというわけではない。
ハンターの面々も仕事の一環で参加し、3人の戦闘を見守っていた。
「さすが勇者様ってとこだな。
やや危なっかしい所もあったが、ついこの間まで素人だったってんだから信じらんねえな」
「ああ、最初は子供のお守りくらいの気持ちだったが、俺らも気合入れねーとな」
屈強なハンター達が付いているとはいえおんぶに抱っこではいけないため、シロ達はがむしゃらに力を振るった。
陣形はアカが前衛、アオが後衛で魔法攻撃、シロが回復や支援全般のサポートのオーソドックスな形である。
アカは大剣を振り回し、前衛ながら火魔法を得意としており、火を纏わせた攻撃などを繰り出す魔法剣士といったところか。
アオは防御面がやや弱いが水属性に特に適性が強く、大魔法だけでなく水圧を用いた切断攻撃などで近距離でも戦うことが可能になっていた。
シロは光魔法を得意とし、光魔法に属する回復や身体強化の支援魔法でパーティをサポートしながら、状況に合わせて光攻撃魔法を用いて戦闘に参加していた。
やや攻撃寄りのパーティだが、防御に徹するよりも攻撃を押し通す形を採用した結果だ。
今回のダンジョン攻略はメインの戦闘を勇者が行い、勇者の戦闘をスムーズかつ邪魔が入らないようにするためにハンター達が雑魚を蹴散らしている形だったが、半日も戦闘を繰り返していたせいか勇者3人も疲れを隠せない。
また中層に差し掛かってからは、現れる個体も雑魚ばかりではなくなってきている。
「嬢ちゃん達、今日はここまでだ。
だいぶ暴れまわったから当分は魔物が溢れてくる可能性も低いだろう」
言葉を発したのはハンターの中でも抜きん出た実力の持ち主であり、今回の攻略の指揮を任されているザグドル。
彼は2メートル近い身長とはち切れんばかりの筋肉を持ち合わせ、重さ100キロはくだらないようなウォーハンマーを片手で軽々と振り回すいわゆる化け物だ。
鍛治職人でもあるザグドルは、勇者の疲労と彼らの武器の状態を鑑みて今回の攻略の終了を切り出した。
ハンター達が彼の発言に同意し、シロ達もようやく終わりかとホッと安堵した時──
「モウ帰ルノカ?」
地の底から響くような低い声に、シロ達はゾクリとする。
先ほどまで何もなかった地面に黒い渦が現れ、周囲の魔獣の死体が全て吸い込まれると何者かがズグリと這い出す。
明らかな異形。
ゴツゴツとした丸い胴体から地面に届くほどの歪な巨腕が左右のバランス悪く生えており、その胴体を支える脚は短い。
胴体には多数の怨嗟を含んだ人間の顔が浮かんでおり、その体は全てが黒に染まっている。
「くそったれ、なんでこんなところに魔人が出やがる!」
ザグドルが叫ぶ。
彼の表情に余裕がないのを見て、シロ達もこれがあまりに危険なものだということを理解する。
「勇者ハ早々ニ消スヨウ言ワレテイル。ジャア──」
──死ネ。
言うや否や、巨腕の力で助走もなくその巨体が砲弾のようにシロ達3人に向けて発射された。
「くっ‼︎」
いち早く反応したザグドルが射線上にウォーハンマーを繰り出す。
ギィィィン。
ザグドルによって逸らされた魔人の巨体がシロ達の頭上スレスレを異常なスピードで通り抜ける。
ゴバァァァンという破壊音とともに魔人が激突した石壁が爆ぜた。
この間ザグドル以外の誰も反応すらできなかった。
「お前らァ、勇者様を連れて撤退しろ!
今の状態ではキツイ!」
ようやく目が覚めたようにハンター達が動き出した。
激突した石壁の土煙が晴れると、異形は壁に立ちながらこちらを見下ろしている。
「ほぼ無傷かよ、なんてタフさだ…」
「一撃トハイカナイモノダナ。
凌グダケデ精一杯ナノダ、マァ直グニ終ワルダロウ」
次の攻撃を察知してザグドルが動く。
しかし攻撃はザグドルに向けられず、ハンター集団に魔人は突っ込んだ。
ザグドル以外に5名いたハンターだったが、3名がその巨体と巨腕によって地面に叩きつけられ、グチャグチャの肉塊と成り果てた。
続いて、巨腕によって残った2名が握りつぶされた。
休むことなく異常なスピードで魔人が迫り、これをザグドルはギリギリで弾くことに成功した。
が、弾かれる直前に振り回された巨腕によりザグドルも腹を殴られ側方に吹き飛び壁に叩きつけられる。
「ぐあぁぁ!」
今度は壁が爆ぜることなく、魔人は難なく壁に着地した。
「終ワリダナ。デハ死ネ」
巨体が迫り、死を覚悟したシロは目を瞑る。
「限界突破‼︎」
アカの体が金色の光に包まれ、大剣の側面で攻撃を受け止め、数メートル押されながらも魔人の巨体を停止させた。
「ムッ」
「ロード、ファイア エンチャント!」
アカは魔人の一瞬の動揺を見逃さず、袈裟斬りにすべく火を纏わせた大剣を振るった。
「グッ…」
後方に飛び退いた魔人だったが、アカによって胴体を深く抉られていた。
「なんだ物理が効かないと思ったが、魔法なら有効みたいだな。
シロ、支援魔法を頼む!
それが終わったらおっさんを回復してくれ!
この状態も長くは保たない!」
「任せて! ロード、サンクチュアリ!」
アカを中心に退魔の聖域が形成され、光属性の加護が3人に与えられる。
「俺が食い止めるから、あそこへ走れ!」
アカが叫ぶ。
直後、アカを信頼してザグドルに向けて走るシロ。
シロが動き出したのを見て、魔人は標的をシロに変更して飛び出す。
「させねーよ!」
アカが射線上に割り込む形でやや斜め上に向けて大剣を振るう。
これにより攻撃を与えつつ魔人の突進を上空に逸らすことに成功した。
今度は着地がうまくいかず地面を数十メートル転がる魔人。
「ロード、アクア スティンガー」
魔人の停止地点を見極めて、すかさずアオが魔法を発動した。
間欠泉のごとく凄まじい水圧で打ち出された極限に細い無数の水の針が、ガトリング砲のように魔人に殺到する。
魔人は起き上がりその場から飛び出して回避するが、機動力を大きく減じている。
先程のアカの攻撃で片腕を大きく傷つけられたために、巨腕を使った巨体の打ち出しに障害が生じている。
飛び出した魔人は両腕を地面に叩きつけて土埃を上げることでその姿を隠した。
後ろのアオと離れた位置のシロを同時に守るのは厳しいとアカは判断する。
アオのMP枯渇も近い。
急いでアオを連れてシロの元へ向かおうとすると、今度は土埃の中から多数の岩石が投げつけられた。
「くそっ! 時間制限があるってのに遠距離で耐久戦はダメだろ!」
なんとか大剣で耐えながらアオを背に守り、2人は移動を開始した。
もう少し。
だがシロの元へたどり着く前に、巨大な岩石に紛れて飛ばされていた礫によって、アカは両足の太腿を撃ち抜かれた。
「ぐあぁぁ‼︎」
思わず大剣を取り落とし仰け反る。
追い討ちの礫で顎を撃ち抜かれ、アカは脳震盪を起こして後ろに倒れこむ。
「アカ!」
アオが叫ぶが、これはチャンスと言わんばかりに土煙の中から魔人巨体が猛スピードで迫り拳を振り上げている。
今度こそ終わったと思われた時──
「うおらぁああああ‼︎」
回復が間に合ったザグドルがウォーハンマーによって魔人を打ち上げた。
今度はさながらバレーボールのように緩やかに舞い上がる魔人。
「助かったぜ嬢ちゃん!
坊主、空中で機動力のない魔人なんざやりたい放題だ。蜂の巣にしてやれ!」
アオは頷き、ありったけの魔力を込める。
「ロード! アクア スティンガー!!」
苦し紛れに魔人は両腕で防御の姿勢をとるが、それも関係なしにアオの魔法が魔人を貫いた。
空中で無数の攻撃を受けてきりもみ状態にされた魔人だったが、地面に落下した後も攻撃は続いた。
攻撃が止んだ時、まさに魔人の全身は蜂の巣にされた無残な状態で、しばらくすると魔人の体はボロボロと崩壊して消えていった。
「はぁ……はぁ……。
勝ったんだね、僕たち」
そういってアオは地面に突っ伏した。
「アカ!」
シロがアカの元へ向かい、回復魔法をふんだんに使用する。
「まさか魔人に勝っちまうとはな!
よくやったぜ青い坊主!
赤い坊主もさすがじゃねぇか!」
ザグドルはガハハハと豪快に笑う。
まもなく傷の治癒したアカが目を覚まし、4人はようやく帰路に着いた。
「ダンジョンで魔人に遭遇するなんざ異常事態だ。
何か悪いことが起こる気がするぜ…」
ザグドルの呟きがダンジョンに消えていった。
初めて戦闘シーンを書きましたが、難しすぎる…。