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Re:connect  作者: ひとやま あてる
第7章 帝国編Ⅲ
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第147話 仇敵

「私の無属性魔法は、私の状態を相手に押し付けるって効果。アマラ先輩に言わせれば、防御無視の必中攻撃らしいんだよね」


 軽やかに逃げ回るマーリャがグレゴリオと一定の距離を保ちつつ言葉を並べる。

 マーリャを追うグレゴリオと、その彼を追うクロ。

 奇妙な形で進行する状況を変えるのは、そんなマーリャの自己紹介にも等しい能力説明。


「さて問題です。私を殺したら、果たしてグレゴリオさんはどうなってしまうでしょーかっ?」

「……」


 マーリャが身を反転させつつ足を止め、グレゴリオもそれに倣った。

 クロも下手な行動でグレゴリオを刺激せぬように一旦その場から迂回し、マーリャの側へ駆け寄る。


「先輩、大丈夫ですか?」

「ん、私なら大丈夫!なんかめっちゃ頭が冴えてるから今は話しかけないで」

「あっはい」

「それでなんだけど、私の魔法がまだ継続的に機能してるのは分かる?分かるよね?私が敢えて止血もせずに血液を垂れ流しているから、グレゴリオさんも同じように失血のリスクが伴ってるのよ。血液量は概ね体重に比例するんだけど、失血に対して女の子って強いじゃない?女子って普段から月経とかもあるし、出産なんかしたら弛緩出血とか頸管裂傷とかで大変なわけだし。だからさ、このままだとグレゴリオさんは出血だけで死んじゃうってことなのよ。良くて共倒れかな」


 クロはマーリャが急に饒舌になったことに対する疑問はあるが、言われた通り無言を貫く。

 それにしてもどうしてしまったのだろうか。

 なんというか、こう、言葉を並べ立てて相手を攻める手法は……。

 クロはマーリャに当てはまる人間像を思い浮かべる。

 その間にもマーリャは言葉の応酬を続けていく。


「あとさ、無属性って結構曖昧なところがあるから確証はないんだけど、私が死んだらグレゴリオさんも死ぬんだよね。もし私を気絶させて魔法を解除しようとか考えてるならお疲れ様。魔法には意志があるって話があるじゃない?私は今、自分の魔法に対して色々意志を詰め込んでるわけ。その結果、私に降りかかった全ての事象はそのまんまグレゴリオさんに振りかかると思うのよね。だからさ、私が死んだら魔法が解除されるとか期待しないほうがいいってわけなのよ。あとこれ、見える?」


 マーリャは左手でナイフを胸元に持ってくると、器用にそれを回転させて心臓の近くに固定させた。


「別に死ぬつもりなんてあまりないんだけど、グレゴリオさんがそこから一歩でも動いたら迷わず刺すね?見て分かると思うけど、ナイフをまっすぐ進めたら肋骨を抜けて心臓にぶち当たると思うんだ。そしたらグレゴリオさん、どうなっちゃうんだろうね?」

「心臓に刃が刺さったところで、即座に死ぬことはないのである」

「即死はしないと思う。だけど、そうなったら別の方法を考えるの。……ねぇ、君。確か治癒魔法が使えるよね」


 マーリャは今度、クロに質問を投げかけた。

 黙っているように言われたが、聞かれた限りは応えて良いだろう。


「ええ、軽いものならまぁ……」

「もしグレゴリオさんが動いて私が心臓を刺して、それでもあの人が止まらなかったら、私は全身の大血管を切り裂くわね。そうしたら一旦魔法を解除するから、その時は私に治癒魔法を掛けてね。私の魔法は傷ついたって結果だけを押し付けられるから、傷つけて治してっていうのを繰り返したらいずれはグレゴリオさんも死ぬんだよね。なんだったら眼球潰してもいいし」

「それは……」

「なんかね、今の私なら何でもできちゃう感じなのよ。君、今の私ってどう思う?」

「急に饒舌になって気持ち悪いというか……。変な人っていうより嫌な人、みたいな?」

「正直でいいね。そう、私って嫌な女なのよ。相手の嫌がることとか考えるとすごい気持ちよくなっちゃう感じ。あーあ、これもアマラ先輩のせいなのかなぁって」

「良くわかりませんけど、先輩が楽しいなら俺は良いです」

「ま、私ってこんな感じなのよグレゴリオさん。あなたが続けたいなら続けてもなんら問題はないよ。でもそれが無理ってんなら、今すぐ結界を解除して負けを認めて」


 現在マーリャは興奮状態にある。それによって普段使用していない脳領域に血流が巡り、思考が限界まで回転している。逆を返せば興奮状態でないのならまともな思考ができないということだ。

 マーリャの出血は未だに続いている。このまま膠着状態が続けば失血によって彼女の脳機能は低下する。したがって今この瞬間が、彼女のスペックが最大に発揮できる瞬間だ。


「お前の発言が全て真実とは限らない、が……」


 グレゴリオは胸ポケットに左手を差し込みながら悩む。

 指先には教団の証が触れている。


「そう。じゃ、やってみれば?」


 マーリャは迷わずナイフを進ませ、刃の先5mmほどが胸に突き刺さった。


「待て。結果を急ぐのではない」


 こいつは本気だ。グレゴリオにそう思わせるほどにマーリャの行動は自然なものだった。

 ここでグレゴリオは考える。

 教団の証──これを使用すれば何かしらのリスクと引き換えに超常的な力を得られる。その使用方法は様々だが、いずれにしても証と肉体が融合することとなる。

 証を取り込んだことによる結末をグレゴリオは以前見たことがある。まず一般人であれば証に宿った強大なマナによって精神を破壊されて意思なき魔人と化す。ある程度肉体的・精神的強度を持った人間が証を取り込めば、証は本人に力を貸してくれる。その反面で人間としての外観を大きく損なうということで、好んで取り込みたいと思う者は少ない。あのチャルックでさえ使用を尻込みするほどだ。

 ここで証を使えばマーリャの思惑から外れられるのは確かだ。証というものはそもそも魔核であり、それを取り込んだ人間は生物構造が大きく改変される。心臓や主要臓器の機能は全て魔核によって代替され、人間としての煩わしい生活からはオサラバできるだろう。しかしそれは文字通り人間をやめるということに他ならない。グレゴリオにしても、安全性の不確かな証に頼るという事態は避けたい。下手すればその身は悍ましい人外に成り果てるわけだし、証を取り込んで永遠に正気でいられる自信はない。

 ここでマーリャとクロを滅するメリットと長期的な予後を比較すれば、答えは自ずと出てくる。


「どうしたの、答えてくれないとこっちからやっちゃうよ?」


 グレゴリオはここにきてまさかマーリャが障害になるとも思っていなかったが、こうなってしまったものは仕方がない。相手を侮ったグレゴリオに非がある。

 それに、ここでクロとマーリャを見逃した程度で作戦に大きな支障はない。すでに学園は機能不全に至っており、主要施設も掌握済みだ。作戦のメインストリームは順調に進行中だし、あとは学園側の降伏を待つくらいのフェーズには到達しているだろう。


「……お前たちの勝ちである。どこへなりとも向かうがいい」


 グレゴリオの言葉に合わせて結界が解かれた。

 雨は止み、相変わらず暗い夜闇が辺りを覆い尽くしている。

 しかしクロは動かない。

 マーリャは一度後ろを向いた姿勢を直し、クロに尋ねる。


「どうしたの?」

「まだここに来た目的が達せられていないんスよ」

「あ!攫われた友達のこと?」

「そうです。ということでグレゴリオ、勝者の権利として聞く。あんたらが連れ去ったソフィアラという女の子の行方と上司の存在、あとはマリア先生との関係を話してくれ」

「質問が多い。それに、小官を追い詰めたのはそこのマーリャであるが」

「関係ないな。あんたが敗者で俺たちが勝者だ」

「ふむ……いいだろう。だが、小官に掛かった魔法を解くことが先である」

「ああ言ってますけど、先輩どうします?」

「いいと思うよ。私たちを害そうとするならもう一回掛けちゃえばいいだけだし」

「助かります」

「ほいっと。グレゴリオさん、解除したよ」


 マーリャはそう軽く言ってのけた。

 無属性はつくづくチートだな、とクロは内心愚痴をこぼす。


「掛けられた感覚も解除された感覚も無いとは、非常に驚かされるばかり。マーリャ、教団に属する気は無いか?」

「あー、無い無い。興味なし」

「おい、無駄話はやめろ。さっさとあんたの知ってることを話せ」

「性急さは命を縮めるのである」

「だまれだまれ。しょーもない講釈垂れんな」


 グレゴリオの口から上司とやらの名前までは聞き出せなかった。しかし目的地だけは知ることができた。

 その上司はソフィアラと共に学園の東側へ向かったらしく、そこに教団の求める何かがあるという話だった。

 東側と言えば学生と職員が使っていた宿舎がある。

 殺人事件以降、学生の宿舎は生活圏として一箇所に纏められている。そのため、現在宿舎として利用されているのは職員用のみだ。

 ひと昔学園の元を辿れば、発祥は研究施設としてだったらしい。その時代の学園では各所に研究区画が乱立しており、その中でも主立った研究は東側の区画で行われていたそうだ。

 学園が育成機関としての立ち位置を確保して以降、研究区画は学園の南側から西側に渡って纏められている。

 学校職員が深夜さえも集っている東の職員用宿舎。言うなればそこが最も戦力が集中している場所ということ。

 学生の安全のために生活圏を確保してもなお、各クラスの担任以外は職員用宿舎を動かない。それは、そこに隠しておきたい何かがあるからだとグレゴリオは言う。


「先輩のおかげで情報が得られました。感謝してます。でも、ここまでです」

「な、なんでよっ!?ここまで来たからには一蓮托生でしょ!」

「その傷、まともじゃないですよ。それにさっきから動きが変です。いつ限界が来てもおかしくないっスよ」

「うっ……!でも──」


 クロとマーリャは元来た道を引き返し、校舎棟近くまで戻ってきていた。

 ちなみに、マリアのことは追わなかった。マリアはマリアで目的があって教団に近づいているのだろうし、クロが行っても邪魔にしかならないだろう。会話の後はグレゴリオにも研究区画深部への進行は妨げられたし、そこにはニコラスが居るという話だった。

 クロとしても下手に動き回って十本指の目に止まることは避けたかったので、ソフィアラを最優先して戻ることを選択した。


「あなたたち……。良かった、無事なのね」


 ランゼはクロの姿を見るなりホッとした表情を漏らした。

 クロが期待していた通り、ランゼはまだ校舎棟に居た。

 ランゼは校舎棟の中庭で救護所を拵え、多数の学生の治療にあたっていた。


「先生、マーリャ先輩の傷を見てやってください。右腕は完全に動かないそうなんで」

「分かったわ。ところで、あなたが相手してくれた彼はどうなったの?」

「適当な理由をつけてどっかに行ってもらいました。なので心配ないです」

「そう、ありがとう。とにかく無事で良かったわ」

「今はどんな状況です?」

「相変わらずね。外部から応援が来ていてもおかしくないのに、一向に状況が良くなっているとは思えないわ。怪我人もまだまだ居るしね。今はガルド君に走ってもらって、動ける人は自分でここまで来てもらうようにしてるわ。私以外の職員もきてくれているし、守りはそこそこ強固になったとは思うわ」


 倒れ伏している学生も多いが、座り込んで傷の浅そうな者もいる。

 ランゼの他にも数名の職員がおり、周囲を巡回している。

 広範囲攻撃で標的にされたらひとたまりもないが、そんなことを心配していてはどこも安全な場所などなくなる。苦肉の策だが仕方のないことだろう。


「じゃあ先輩、ここなら安全なんで。しっかり治療を受けててください。俺はもう行きます」

「君一人でどうするっていうのよ!」

「大丈夫ですよ。今までもこんな感じで何とかなってきたんで」

「ちょっとあなた、まだ動くの?」

「お嬢様が拐われてるんだよ。敵の話だと職員寮の方へ向かったらしいから、俺はそっちに向かう」

「……本気で言ってるの?」

「ここにいても状況は好転しないしな。かといって俺がこの状況のためにできることなんてない。それなら、俺はやるべきことをやるだけだ」

「どこもかしこも敵だらけよ!他の誰よりもあなたの命の方が重要なんだから大事にしなさいよ!」


 ランゼが声を荒げたことに周囲が驚いた。


「ごめんなさい、何でもないのよ」


 注目を買ってしまったことに対してランゼが謝罪を述べると、空気は再び暗いものに戻っていく。


「まぁ確かに、俺一人で行くのは心配を掛けるよな。誰かついてこれる人……って、そんなのいるわけないか」

「そこは私がいるじゃない!」

「その怪我の先輩は正直邪魔です。恩を仇で返すようで悪いんですけど、ここから先は身内しか巻き込めません」

「身内って何よ。私は部外者ってこと!?」

「先生、マーリャ先輩の傷ってすぐに治ります?」

「ねぇ、無視しないでよ!」

「ちょっと見せて……」

「痛っ!」


 ランゼがマーリャの方に触れ、あれやこれや魔法を掛けて観察した。

 一通り診察を終えてランゼが言う。


「駄目ね。何をしたらこんなピンポイントに腱がぶったぎれるのよ」

「あー、それ先輩が自分でやってたよ。その人頭狂ってるから……」

「変なこと言わないでよ!全部君のためにやったことでしょ!」

「そうなの?それじゃあもう身内じゃない。連れてってあげなさいよ」

「え、でも先輩の傷ってまずいんじゃ?」

「そうね。でも緊急事態だから私のとっておきを出すわ。それを使いなさい」

「とっておき?」

「私が精製したソーマが2雫あるわ。それを──」


 ふと騒ぎが聞こえた。

 三人がそちらに目をやると、職員と数名の学生が倒れ伏そうとしている時だった。

 邪魔になりそうな人間を殴りつけ、素早い動きで迫る何者か。

 クロは敵襲を予想して『防陣』を身に纏わせながらマーリャを庇うように前に出た。


「え、ちょ!?」


 風が通り過ぎたかと思うと、クロの背後からマーリャの姿が消えていた。

 気づけばマーリャは壁際で首元にナイフを押し当てられて人質になってしまっている。

 何者かはクロの予想を外れて攻撃など仕掛けず、マーリャだけを連れて駆け抜けたらしい。


「全員動くな」

「あいつ……!」


 クロはその何者かに見覚えがある。

 やはり顔は前髪に隠れて見えないが、それはクロが二度巡り会った因縁の相手で間違いない。声も一致する。

 服装はこの学園の女子用制服で、腕章は第一学年のもの。

 クロはナイトアイで夜目がきく分、具に何者かの観察をすることができる。


「ランゼ=ハオマ、この女を殺されたくなければあなたの持つソーマの雫をこちらに寄越しなさい」

「そんなに乱暴にしなくても欲しいならあげるわよ。だからその子を離しなさいな」


 ランゼはいたって冷静に襲撃者に声をかける。相手を逆上させないように取り計らうネゴシエーターのように。

 流れを邪魔するのはクロ。


「先輩、大丈夫ですか!?」

「え、私、今人質になっちゃってるの!?そ、そんな価値ないよ?」

「女、無事でいたければ黙りなさい。ランゼ=ハオマ、まずはブツを見せて。これを返すのはそれが先」

「分かったからその武器を仕舞って」

「おい殺人鬼、先輩から手を離せ!」

「ちょっと、あなたは黙ってて!あの子の相手は私がするから」

「あいつは学園で生徒を殺し回っていたやつだって!そんなやつにソーマなんてやったらダメだろ!それに先輩は多分大丈夫。ですよね、先輩?」

「びっくりしたけど、この声は女の子だよね。ランゼ先生、私なら大丈夫だよー。殺人鬼さん、でいいのかな?人質に取るなら私意外にした方が良かったと思うよね、ロード」

「女、そんなに死にたいの?」


 襲撃者の右手がゆらりと動いた。

 ナイフは吸い込まれるようにマーリャの首元へ。

 襲撃者にしてみれば、この場に人質などごまんと転がっている。

 人質としてマーリャが役に立たないなら代わりを用意すれば良いだけの話。その考えのもとの行動だった。


「インポジション」


 刃がマーリャの首に届くより早く、彼女の魔法が襲撃者に降りかかった。

 ここまでグダグダと治療に移らなかったため、マーリャは未だ治療を施されてはおらず、右肩は傷もそのままに機能不全が続いている。それはつまり、“インポジション”としては万全の発動機会なわけで。


「あがッ……う、ぐぅう!?」


 唐突に訪れる、気でも触れそうになるほどの痛み。

 襲撃者は右手でナイフを扱っていたことから当然それを取りこぼし、痛みに悶えて地面に転がった。

 マーリャが魔法を発動させたことがわかり、それを見たクロが飛び出した。そしてそのまま襲撃者の腹部へ馬乗りになった。

 クロは膝で襲撃者の腕を押さえつけ、残った手で首を締め付ける。


「ぅ……ぎ……」


 襲撃者は呼吸を奪われて魔法の発動機会も失った。

 こうでもしなければ、この襲撃者は何を仕出かすかわからない。

 それでも暴れて逃げ出そうとする襲撃者──女の顔を見て、クロはようやく自らの中で燻っていた疑問に答えを得た。


「お前、ネイル=リヒトか……!どうりでどこか見覚えが」

「そろそろ離してあげなさい。まずはその子から話を聞くから」

「いいんですか?絶対暴れて逃げ出しますよ」

「大丈夫よ。私を信じなさい」

「じゃあ……」


 ネイルは肩の傷もあるし、そもそもランゼが言うなら大丈夫か。クロがそう考えてネイルの上から離れた瞬間、彼女は脱兎の如く逃げ出そうとした。しかしすぐ足元が覚束無くなり、顔面から地面にスライディングしていった。


「え、何を?」


 驚くクロがランゼに視線を遣ると、彼女の指の間には白い針のようなものが握られていた。

 よく見ればネイルの両下腿にも同様の針が突き刺さっている。


「あの傷で動けるとは思っていなかったけど、警戒していて正解ね」

「何したんですか?」

「麻酔針よ。あれでしばらくはまともに歩けないわ。さ、話を聞いてあげましょ」


 ランゼはそのままネイルの側に腰を下ろすと、細い傷から治癒魔法を掛けていく。

 ネイルはひどく動揺しながらも、最終的にはその行為を受け入れるに至った。


「それにしてもひどいことするわね」

「まったくだっての。先輩を人質に取るとか。先輩じゃなかったらタダじゃ済まなかっただろうに」

「違うわ、あなたたちのことよ!なんで怪我人を増やしちゃうのよ!あのまま私がソーマの雫を渡していれば何事もなく解決していたでしょ!」


 ランゼが不快感を露わにしながらネイルの肩口を指差して言う。

 ネイルの制服の肩の部分は赤黒く汚れており、その下では傷口がパックリと口を開けていることだろう。

 これは自業自得なのだからクロは可哀想だとは思わない。


「何で俺たちが悪者なんだよ!殺人鬼を捕らえたんだから、ここは誉められる場面だろ」

「そうだよ。それにしても馬鹿だねぇ、ネイルちゃんも。せっかく私が忠告してあげたのに」


 クロとマーリャは膨れっ面でぶーぶー言っている。


「怪我人が増えると長期的に見てデメリットが大きいのよ、まったく!はぁ……。そう言えばあなた、卑怯者のマーリャね。今思い出したわ。私の患者にあまりひどいことをしないでちょうだい」

「適切な判断だったと思うけどねぇ」

「先輩ってそんな可哀想な呼ばれ方してたの?やっぱ先輩友達いないんスね……」

「私の才能を羨む連中がそう言ってるだけ。そんなの無視しておけばいいって」

「なんでそんな通り名なんですか?」

「小狡い方法で試験相手をボコしたりしてたら言われ始めたの」

「例えば?」

「えっとねー……相手を怒らせて暴れまわらせた挙句に無呼吸状態を押し付けて、私より先に窒息するように仕向けたりとか。あとは魔法を発動しようとするたびに息を止めて、魔法を発動させないようにして煽り続けたりとか。ま、色々だよ」

「性格わっる」

「今じゃそれは褒め言葉だよー」

「ねぇ、いい加減にして欲しいんだけど」


 不意に冷たい言葉が飛んできた。

 それはコント紛いのやり取りを続けるクロとマーリャに対するもので、突っ伏したままのネイルからだ。


「なんだよ殺人鬼。テメェはこの騒動が終わったら警察に突き出されるんだ。黙ってそこで治療を受けてろよ」

「私にはやるべきことがある。今後あなたたちの命を狙うことはやめてあげる。だから拘束を解きなさい」

「そんなこと言ったって先生がお前を逃すわけないだろ」

「やるべきことって何かしら?」

「先生、いちいちコイツの相手しなくていいって」

「あなたはしばらく黙ってて。あなたを挟むと碌でもない方向に話が流れるんだから。いい?」

「へいへい……」

「ネイルさん、この状況下であなたのやるべきことって?そのためにソーマの雫が必要だというの?」

「……」

「話さないと分からないわよ」

「……」

「先生、俺もう行くわ。ここにいても埒が明かん。今も教団の連中が何かを探ってるって思うと、ここで無駄に時間を過ごすことにデメリットしか感じないしな。マーリャ先輩とか怪我してる人のこととか諸々頼んだ」

「そうね。さっきからあなたの問題は何一つ進展していないし、仕方無いかもしれないわね。こちらのことは任せておきなさい。でも、ちゃんとソフィアラさんを連れて帰ってくるのよ」

「わかってる」


 ランゼも状況改善が見られないことに対してクロの意見を飲んだ。

 クロがソフィアラのところへ馳せ参じようとしても、そこに追随できる人間がいない。

 ランゼ自身がついていくことも一案ではあるが、彼女がここを離れれば怪我人はどうなるのか。

 ランゼは自分一人でこの場をなんとかしているという驕りこそないものの、彼女がいなくなればここは容易に陥落してしまうことも分かっている。

 ランゼの戦闘能力は低いが、治癒魔法を用いての継戦能力は高い。長期戦に特化している治癒魔導士がこの場を離れるわけにはいかない。


「ハジメ=クロカワ、今の話を詳しく説明して」

「おいおいなんだよ、お前には関係ないだろ。そこで逮捕を待って震えてろよ」

「あなたはさっき教団の動きを語った。場合によっては共闘できる可能性がある」

「はぁ……?」

「私たちの目的は教団の破壊。学園内での殺人行為は全て教団員を狙ったもの。教団の証を持つ人間が私たちの殺害対象」

「おい、何を言って……」


 クロの理解できる速度を超えてネイルは言葉を紡ぐ。


「あなたを信用させるために全てを話す。私たちはベリア公国のタブロ村出身。そこから教団が興り、全てが始まった。当時の教団のトップであるラウール=ラミナを私たちは殺害したけど、それでも教団は引き継がれ、そして広がりを見せた。今回の敵は全て教団だということが判明している。だから教団打倒の為に私を解放して」

「今回の騒動は教団によるものだ。だけど、それがお前を解放する条件にはならないだろ。お前一人でできることなんて限られてるし、そもそも出身が教団発祥の地だってんならお前が教団側って可能性もゼロじゃない」

「確かにあなたの言うことには一理ある。私が教団に与していないという証拠はない。だから言う。これは私怨。私は教団に深く関わっているとされる魔人の姿を確認している。私はなんとしてもあれを滅ぼさなければならない。そのためにはソーマの雫が必要。だから私はそれを欲した」

「その魔人とソーマにどう関係があるというの?」

「ソーマの雫……別名を神の涙。魔人の核に特効」

「あなた、その名前をどこで……?それに、そんな作用は聞いたことがないわ」

「だけど事実。ランゼ=ハオマ、ソーマの製法を教えなさい」

「雫だけじゃなくて製法まで欲しがるなんて普通じゃないわね。でも無理よ。ソーマの製法は教会の秘術だから教えてあげられないわ」

「ソーマの製法が光属性の犠牲魔法というところまでは判明している。あとは術式だけ。私は光属性に適性がある」

「適性だけでどうにかなるって話じゃないの。こればっかりは無理だから諦めてちょうだい」

「先生、こいつまともじゃないって」

「あなたは黙ってて。ネイルさん、どうしてそこまで魔人に拘るの?それってその額の目と関係のある話?」


 ランゼの問いに、ネイルは一瞬押し黙った。

 クロも頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。

 マーリャに関してはここまで何一つ理解できることはない。


「……ランゼ=ハオマ、これが何か理解できるとでも?」

「あなたが倒れている間に確認したんだけど、それって先天的なものではないわよね。人間の構造的にだいぶ無理があるし、私は少なくともあなたと同じような人間は見たことがないわ。かといってあなたは魔人というわけでもないじゃない?あなたの過去に何かあるとは思ったから、わざわざ根掘り葉掘り聞くことでもないとスルーしたんだけど……。そういうことなの?」


 ネイルは戦闘の余波を受けて外で倒れているところを発見されて救護所に運び込まれていた。

 怪我人である以上ランゼは全身を精査するわけで、その過程でネイルの額の違和感には気が付いていた。

 ある時点からネイルは目を覚ましており、その中でランゼやクロの会話を耳にした。そこでソーマという単語を拾い、ソーマを奪取する方法を考えたわけだ。

 ランゼは学園の教員。下手すれば返り討ちに会うことも考えてネイルはマーリャを人質に取ったのだが、それが拙かった。

 結果としてネイルは深手を負い、無様にも地面に這いつくばって今に至る。


「あなたは勘違いをしている。これは奴らとは直接的には関係が無い」

「奴らって何?複数いるわけ?」

「魔人“ディスクリート“と魔人“ドクター“が私の標的。現在学園の中にディスクリートがいる。そいつだけはなんとしても滅ぼさなければならない。それが教団の破壊につながる」

「そのディスクリートとかいう魔人が教団の親玉ってこと?」

「確証は無い。だけど深く関わっているのは事実」


 早々とこの場を後にしたかったクロだが、ネイルの話す内容には気になるところが多々あった。そのためすぐに出発するのが躊躇われていた。

 クロの知り得ない教団の情報、それを多数確保しているだけでもネイルに有用性がある。

 ネイルの話が事実であれば、彼女の言う共闘にも可能性が生まれてくる。


「先生、ネイルをすぐに使えるようにしてやってくれ」

「この子にするってこと?」

「ああ。教団を潰すって点では目的は同じだしな。あと、ネイルの戦闘能力は少し期待できる」

「いまいち分からなかったんだけど、私はここでお役御免ってことよね?」

「そうです。先輩はここで傷を癒しててください」

「えーやだ!私もついていきたーい!」

「初めに会った時はあんなに怯えてたのに、どうしたんスか?」

「一人じゃ何もできないけど、前衛がいる場合は違うじゃん?」

「いや、だめっス。先輩に無理はさせられません。最悪、ネイルは使い潰せるんで」

「それって私のことが大切ってこと?」

「あー、もうそれでいいです」

「投げやりだねぇ。でもそっかー、そんなに大事かぁ。じゃあここは我慢してあげるしか無いかぁ」

「そうしてください」

「分かった分かった。後輩のお願いだしね。でも負けちゃダメだよ」

「了解っス」


 ようやくマーリャが陥落した。

 ここで話が見えないのがネイル。


「ハジメ=クロカワ、どういうつもり?」

「お嬢様──ソフィアラ=デラ=ヒースコートが教団に攫われちまってるんだ。彼女を今から奪い返しに行く。ネイル、俺の指示に従うって条件を呑めるならお前もそこに連れて行ってやる」

「その女を救い出すメリットが私には無い。そこにディスクリートがいるとでも?」

「分からん。だが、教団幹部の上司的なポジションの奴がいるって情報を得てる。目的地は旧研究区画のあった学園の東、職員寮のあたり。教団の最終目的地がそこっぽいから、そのディスクリートとかいう魔人がいる可能性は少なく無いはずだ」

「ランゼ=ハオマ、手持ちのソーマの雫は二つで間違いない?」

「ええ、今はそれだけよ。即席で精製できる代物では無いから、それが限界よ」

「では一つを私へ使用して。もう一つはディスクリートを滅ぼすために私が保持しておく」

「おいおい、勝手なこと言うなよ。お前に持ち逃げでもされたらかなわん」

「私は最終手段として特攻する用意がある。ハジメ=クロカワ、あなたは女を連れて逃げる必要がある。合理的に考えて、私が持つのが自然」

「ぐっ、確かに……。俺とお前の最終目標は少し違うわけだしな」

「なんならあなたと契約しても構わない。血の契約なら書面は必要無い」

「……いや、そこまでしなくても良い。お前が教団打倒のために必死なのは分かったしな。ただし、最優先はお嬢様のことだ。それが済んだら魔人でもなんでも好きにやってくれ」

「承知した」

「良いかしら?なら始めるわね」


 クロとネイルの間に口約束だが契約が結ばれた。

 ランゼはそのタイミングを読んで口を開き、胸元から小箱を取り出した。

 小箱の中には小瓶が二つ収められている。小瓶の中にはキラキラと輝く青紫色の液体が封じられている。

 ランゼは迷いなく小瓶の一つを砕くと、それによって生じた粉末をネイルに振りかけた。


「これでいいわ」

「あれ、もういいのか」


 ソーマの雫によって、とりわけ激的な動きは見られなかった。しかし、両手を突いて何事もなく立ち上がったネイルの姿から効果は一目瞭然。

 ネイルは「クリア」と魔法を唱えて衣服の汚れを落とす。


「ネイルさん、これを渡しておくわ。だけど無茶はしないでね」

「約束はできない。だけどハジメ=クロカワとの契約は履行する」

「ネイル、よろしくな」

「あなた馴れ合うつもりはない。向かう先が同じなだけ」


 ネイルはヘアバンドで額を覆いつつ前髪を持ち上げた。その姿こそ以前クロが一目惚れしそうになった彼女の素顔であり、そこからは彼女が殺人鬼だという感覚を生じさせない。ただそれでもネイルの可愛らしい顔立ちから発せられるのはぶっきらぼうな発言ばかりであり、クロはどちらがネイルの本性なのか分からずにいる。

 もし教団のことがなければ、ネイルは真っ当に素敵な人生を送っていられたのかもしれない。クロはそんな余計なことを考えながらネイルを連れ立って救護所を出た。

 二人は情報共有を交えつつ、東の旧研究区画を目指す。

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