第138話 陵侮
クロがアヴェンドロトに詰め寄っている。
目覚めるや否やこの調子だ。
「どうして俺だけを助けた!?」
「クロ、やめて。その態度は間違ってるわ」
「いいや、あんたならもっと上手くやれただろ!」
「いい加減にして。あなたができなかったことをアヴェンドロトに期待するのはお門違いよ」
「でも、見捨てることはなかっただろ!?」
「最善の結果はここに。貴様はそれ以上何を望む?」
「だってそうだろ!?見た感じ、あんたは頭も回るし力もある。少しくらいジュリエットを助けようと動いてくれてもよかっただろ!」
「所詮は役目を与えられたに過ぎぬか」
態度には現れないが、アヴェンドロトの言葉からは落胆が見て取れる。
それによって困るのはソフィアラだ。
クロが無価値だと判断されれば、ここで二人は容赦なく殺されてしまう。
ここまでアヴェンドロトが協力的だったのは、二人が彼を滅する可能性を持っていたからだ。しかしその可能性薄しという判断をされたのなら、ソフィアラがここまでやってきた努力が全て水泡に帰してしまう。だからと言ってソフィアラがクロにそれを伝えてしまうと、クロの価値を下げることにも繋がる。
「クロ、まずは冷静になって。アヴェンドロトにクロを助けてくれるようにお願いしたのは私よ。その上で考え得る限りの最高のパフォーマンスをしてくれたわ。それもこれも、クロの発言を基盤に行われた結果よね。あそこでクロがジュリエットを優先していれば、違う結果が得られたかもしれない。でも、クロはそれを選ばなかった。だからクロがアヴェンドロトに憤るのは絶対的に間違っているわ」
「確かに俺はあの時、そう言──」
「それより先に言うべきことがあると思うのだけれど」
「──っ……!そうですね、すいません。まずは助けてもらってありがとうございます。あのままだったら俺は確実に死んでました……」
クロはそう発したことでようやく理性を取り戻してきた。
自分の命は助かったのだ。
これは紛れもない事実。
クロはアヴェンドロトとソフィアラに感謝こそすれ、憤るのは甚だ間違いだ。
「落ち着いてくれて助かるわ。ひとまずクロ、あなたが無事で良かった」
「いえ、全部二人のおかげです……」
「私たちも間に合ったようで何よりよ。色々話したいことはあるけれど、久しぶりの再会を喜んでいる時間はないわ」
「そうですね。これから動くためにも、まずは俺も持ち得る情報を提供します」
「ええ、聞かせて」
「その後はジュリエットの救出を手伝ってもらえると助かります。トナライがジュリエットを欲していたことからも、殺されている可能性は低そうですし」
「アヴェンドロトはどう思うのかしら?」
彼の心中や如何に。
クロの価値が急落していないこと祈るばかりだが。
「帰還手段を得るための情報は必須。話すが良い」
どうやら最悪の事態は免れたようだ。
ソフィアラは内心でホッと胸を撫で下ろす。
「では何から話しますかね──」
クロは二人に対して情報を共有した。それは結界内の地形から勢力図、そして法則に至るまで。事細かに説明することでソフィアラとアヴェンドロトから何かしらの意見を求めようとした。
アヴェンドロトから得られた情報も加味して考えるとやはり、結界は個人の力量で作り上げられるようなシロモノではなかった。
多くの人間がかなりの時間を費やし、綿密な計画のもとに行われた大規模術式によるもの。それが結界というものだった。
アヴェンドロトの知識からも、その全貌が見え始めた。
「結界にはいずれ終わりが来ると?」
「結界への脱出条件は必置。脱出困難とは即ち、低劣あるいは時限式の意。今回は紛う事なき後者である」
「じゃ、じゃあ、殺し合いをさせる意味って何なんですか!?」
「結界は生命を潤滑油に稼働する。効果の程は不明」
争いとはエネルギーの放出であり、また消費行為でもある。その中で散らされる生命はエネルギーとなり、循環する。
世界の縮図が、この結界だ。
アヴェンドロトはそう締めくくった。
「いずれ出ることができて、脱出方法も存在する。それが分かっただけでも大きな発見ね。ということは、最も重要なのは死なないこと。結界飲まれ人たちが徒党を組むという考えは的を射ているってことね」
「でもあまり時間がありません。急いでジュリエットを探さないと……!」
「ジュリエットが殺されていないというのなら、探す必要もないと思うのだけれど。彼女を保護してる彼らが強者だし、どこかで生きてるのは確定しているわけだから」
「いえ、お嬢様たちに現実の時間経過を聞いて思い至りました。あと数日で恐らく、学園襲撃が行われます。それには絶対に間に合わさないといけません」
「襲撃、ね。リバーの言うことだからある程度信憑性はあると思うのだけれど、クロがセアド先生経由でそのことを学園に伝えているはずでしょ?」
「俺たちはリバーをある程度信頼しています。でも学園側がその情報を信じているという話にはならないですよ」
「それはそうね」
リバーはクロに対して、学園襲撃にソフィアラを巻き込むなと言っていた。ロドリゲスとの契約もあるのだろうが、リバーがソフィアラの身を案じているのは事実。だとすれば、クロとソフィアラをここに留まらせることがリバーの狙いか?
いや、それはあまりにも考えすぎだ。
クロが結界に囚われたのは偶然の出来事だし、ソフィアラがここにやってこれたのもアヴェンドロトという協力者を得られたからだ。
そもそも、クロは結界内で何度も生死の境をくぐり抜けてきている。ソフィアラを危険から遠ざけることが目的なら、彼女に子んな危ない橋を渡らせるとは到底考えられない。
学園襲撃がどのようなものかは想像するしかないが、少なくともここでの殺し合いに匹敵するような危険性だとは思えない。
「それに……」
クロは様々な情報を持ち得ているが、それらがうまく組み合わせられない。
パズルがうまく嵌らない時のようなもどかしさが、クロの思考をかき乱す。
「クロも色々考えているようだけど、まずはここを生き残りましょう。学園襲撃もジュリエット救出も、こちらの命よりは優先されないわ」
「でも──」
「いいえ、駄目よ。あなたは自分の命の価値を履き違えている。それはすでに容易に捨てられるようなものではなくなっているの。だからそろそろ大人になって。消費するというのなら、あなたではなくまず他人の──そう、例えば私の命から。この場合アヴェンドロトは当てはまらないのだけれど、友人も家族も、そして他人であってもあなたの命よりは軽いわ」
「急にそんなこと言われてもッ!俺のせいでジュリエットは巻き込まれたわけだし、お嬢様もここに来てしまっている。俺のせいでそうなったんだから、俺はその責任を取らなければならないんですよ!」
「あなたのせいでこういった状況が生まれた。重要なのはこの部分だけよ」
「だから俺はその責任を!」
「責任?随分と偉くなったのね。あなたはこれまでの全ての行為に責任を取り続けてきたというの?」
「目の前に救える命があるなら救うのは当然だろ!?」
「自分の手の届く範囲なら、そうしたいのは分かるわ。でもね、それってもうあなたの手が届く範囲かしら?」
「ジュリエットはもう救えないって言うんですか?」
「だってそうじゃない?こんな危険な場所でどこにいるとも分からない人間一人を探し出すなんて至難の業だわ」
「じゃあ──」
「じゃあ俺一人で探し出すとか言わないで」
「ぐっ……!でもお嬢様もジュリエットを助け出すって……」
「言ってないわ。現実的じゃないもの」
「じゃあもう見捨てるってことですか!?」
「もう私たちの目的は達せられたの。アヴェンドロトも、あなたの救出を目的に着いてきてもらったわ。何度も言うけれど、あなたがジュリエットを優先しなかった時点で彼女を助け出す選択肢は消えたの。今更ジュリエットを助けるとか言わないで」
「そんなこと……!」
「今この状況は私たちの手を借りて得られたわけでしょ?それならあなたに主導権はないわ。あなたが万全な状態で、なおかつここにきたのが私だけなら手伝うこともできたのだけれどね」
「……お嬢様にはジュリエットを助ける気は無いということですか?」
「彼女を助けられる可能性を捨てたのはあなたよ。それを私たちのせいにするのは違うんじゃない?」
「そう、ですね……」
「アヴェンドロトの意向もあるしね」
「それってどういう……?」
「私はアヴェンドロトにクロの救出を依頼した。でもそれはタダってわけではないのよ」
「莫大な金が掛かっていると言うことですか?」
「私はあなたを助けるために、アヴェンドロトに命を差し出したの。その上でこの命を奪わないでねってお願いしている立場なのよ」
「……え?え、えっと……言っている意味が……」
「アヴェンドロトは自身を殺しうる存在を探しているそうなの。だからクロにその可能性があると言って協力を仰いだわ。だけどそのためには、私の命を使って交渉の場まで引き摺り出す必要があったの。分かりにくいだろうけれど、そんなところよ」
「俺のために命を……?というか、なんでお嬢様が命を交渉材料にしないといけないんですか!?協力を仰ぐなら他に誰だって……!」
「私がここに来たのだって、クロが結界に囚われているって憶測からだしね。確証の薄い作戦に協力してくれる人なんて居ないわけだし、結界なんていう未知の現象に関わりたい人がそもそも居ないわ。それにたとえ協力してくれると言ってくれた人がいても、その多くは力不足。適役はアヴェンドロトしか居なかったの」
「この人は一体何者なんですか……?」
ここまで黙して話に耳を傾けてきたアヴェンドロトにクロの視線が移る。
彼の纏う雰囲気から、到底まともでないことは誰の目にも明白だが。
「彼は巷で白い悪魔と呼ばれているわね」
「……んなッ!?」
クロは慌ててソフィアラの前に躍り出た。
しかし慌てているのはクロだけで、ソフィアラとアヴェンドロトの様子に変わりはない。
「え、えっと……なんでそんな危険な人間なんかを?」
クロは早とちりしたことを恥じつつ、それを誤魔化すように質問を投げた。
「時短のためには仕方なかったの。それに、クロが居なくなった段階でアヴェンドロトには目星をつけていたしね。あとは協力を得るまでに私が死なないかどうかの賭けね。結果的にうまくいったと思っているわ。私ってギャンブルの才能があるのかしらね?」
「そんな巫山戯たこと言ってる場合じゃ……。なんでお嬢様が命なんて!」
「クロの命が大事だからよ。それ以外の理由があるかしら?」
「……ッ!」
当然のようにそう言い放つソフィアラに、クロは何も言えなくなってしまった。
来てくれた有り難さもあるが、これまでの自分の態度に申し訳が立たなくなったからだ。
「私はこれ以上あなたに危険を犯してほしくないの。申し訳ないけどそれはジュリエットを助けることよりも重要なことよ」
「そう言われてしまうと、俺は……」
「貴様ら準備せよ。デュアルマジック、ロード」
アヴェンドロトは焦る様子もなく魔法を発動し始めた。
そこに急かすような意味はなかったが、クロとソフィアラは即座に危険性を察知した。
「分かったわ」
「……どうして分かるんだ?」
「何故分からない?貴様を狙って何者かが急速に接近中だ」
「俺?」
「ここまで私たちが接触したのはトナライとペリだけだからね。一直線にこっちに来てるんだから、クロを狙ってるのは間違いないわ」
「えっと……」
「早く準備して。相手によっては戦うことよりも逃げることを優先で。ロード……」
アヴェンドロトとソフィアラは同じ場所に視線を向けている。
クロには見えない何かが見えているのだろう。
「お嬢さまは変わりましたね」
ソフィアラは暫く見ないうちに大きく変わってしまった。
見た目には分からない。
しかし、内面では見違えるようだ。
「環境が私を同じままで居させてくれないだけよ」
「そんなもんですかね」
「とにかく、敵のマナは尋常じゃないわ。殺意しか感じないわね。クロ、何かした?」
「いえ、俺には何も分からないので」
「ああ、そうだったわ。今の私の視覚は借り物だから」
「……?」
準備時間は三十秒も与えられなかった。
建物を大きく飛び越えて地面に降り立ったのは、黒い靄を纏った何者か。
「来たわよ。あれってクロの知り合い?」
「黒い悪魔……!」
「クロは後衛よ。メインはアヴェンドロト、私はサポートで」
「心得た」
アヴェンドロトは完成した魔法を手に走り出す。
「俺も戦えますよ!」
「重心が傾いてる。マナもあまり無いじゃない。空気読んでね?」
「……ああ、もう!わかりましたよ、まったく!」
動き出したソフィアラを目で追いながら、クロは不満混じりの雄叫びをあげた。
▽
「え……えっ、え……?い、いや、何……!?」
目が覚めるなりジュリエットを怖気が襲った。
動悸とともに肌が粟立つ。
両手両足を拘束されて地面に縫い付けられていれば、それもやむなしだろう。そんな状態にあっては誰であっても恐怖するし、状況をゆっくりと理解できるような思考は生まれない。
「トナライ、起きたの。口も塞ぐの?」
「や、やめて……むッぐ……!」
ペリがジュリエットの下顔面を押さつけたために、後頭部が不意の圧迫に痛む。万力にでも締め付けられたかのように、ジュリエットの頭部が固定されて動かなくなってしまった。
無表情かつ無造作なその行為からは、感情を感じさせない。
「やめんかペリ、その必要はない。それよりも……ほれ、チャルック。こちらに来んか」
「……ぷはっ、はッ……!」
混乱する頭で視界に入った人間は、ペリの他に二名。トナライとチャルックだ。彼らはどちらもクロとジュリエットに襲いかかって来た人間であり、ジュリエットとしても憎い相手だ。
ジュリエットは人間の次は空間に目が行く。ここは薄暗い結界内には珍しい、真っ白で何も無い正方形の空間。その中心でジュリエットは仰向けに寝かされている。
「えー、別に謝る必要なんてないっしょ?」
「いや、だめだ。今は傷が癒えているとはいえ、お前さんは殺しちゃならん相手に攻撃したんだからのぅ」
「まぁ、やっちゃったのは事実じゃん。だからえっと……ジュリエットっつったっけか。あの時は足を焼き切ってしまって悪かったじゃんよ。これでいいっしょ?」
「良くないのぅ。この娘を殺していたら、お前さんの命は教祖様にお返ししないといけないところだったのだぞ?」
「ジッサイ死んでねーし、結果オーライじゃんね。それにこれ以降死ぬ心配もないわけだし、ジュリエットも安心して寝てたらいいじゃんよ?」
寝ていろとは、この状態のことを言っているのだろうか。ソフィアラには彼らの会話の意味がわからない。唯一わかるのは、この三人が仲間だということくらいなものだろう。
「まったく、調子がいいのぅ。……とにかく、嬢さんは時が来るまでそこで大人しくしておるがよい」
「できません……。お願いだから……は、離してください……」
「それこそ無理は話だ。嬢さんは教祖様が魔導書を授けた人間だからのぅ。こちらで丁重に扱ってやるわい」
「……えっ?」
「なんだ、気づいておらなんだのか?」
「ど、どういうこと……?」
「これは聞いていた話と違うのぅ。チャルック、何か知っておるか?」
「いんや、何も聞いてないっしょ」
「それならそれでよい。どうせ誰も嬢さんを助けには来ん。ここでゆっくり待っていれば全て解決だ」
「どうしてですか……!?クロ君は絶対に来ます……!」
「いや、来んよ。途中でやってきた二人は青年の方だけ連れて逃げ帰ったからのぅ」
「そ、そんなこと絶対にないですっ!」
「そう思い込みたいなら自由にすればよい。少なくとも、奴らに嬢さんを助けようとする素振りは無かった。助ける価値は無いと言うことだのぅ」
「何で、そんなこと言うんですか……」
「あの場では誰も嬢さんのことなど気にも欠けていなかっただろう?嬢さんがペリに捕まっていたのが良い証拠だ。現に、数時間経過した今でも誰もやって来んしな」
「そん、な……」
「あの青年は嬢さんではない女の方を心配していたし、その逆も然り。嬢さんなど眼中に無いという様子だったのぅ。だからそう、嬢さんは捨てられたのだ」
「そんなこと……ありません……。クロ君は私を守ってくれるって言ってたから、捨てられることなんて絶対にないんです……」
ジュリエットの頬を涙が伝う。
クロは彼女を守ると言葉で言ってくれていた。しかしトナライの言う通り、ソフィアラが乱入してきた時点ではクロはソフィアラのことしか見ていなかった。私もいるのに何でこっちを向いてくれないのかと悲しみを覚えたほどだ。
その後意識を失って先程目覚めるまで、クロがジュリエットの方を気にかけた様子はなかった。
「なんでそんな酷いこと言うんですか……」
「うーん。これってトナライが一番悪くね?」
「ペリもそう思うの」
「おいが悪いのか!?事実を知らせただけだろうに」
「トナライは若い女の子の気持ちを分かってないなぁ。今時おっさんたちの常識なんてこれっぽっちも通用しないじゃんね。今は若い世代に合わせて常識を変えていく風潮っしょ?」
「分からん。ついぞおいの娘も何を言っているか分からんかったしのぅ」
「だから殺したってのか?随分酷い話っしょ。トナライの常識で言ったら、若い世代全員殺さなきゃならなくなるじゃんね」
「そこらの若者にまで干渉はせん。おいの血を分けた娘だからこそ、殺さなければならなかったのだ」
「だってよ?ペリ、どう思う?」
「理解の低い人間が早いうちに死ぬべきなのは同意なの」
「……だとよ?よかったな、トナライ」
「ペリも両親を殺しておるしのぅ。おいと状況は変わらんか」
「ひっでぇ家族があったもんだぜ。なぁ、ジュリエット?」
何気無いようで、それでいて内容が狂っている。
「何を言っているか分かりません……」
「家族であれ誰であれ、殺したいやつくらいいるだろって話」
「そんな人いません……!」
「そうか?例えばお前の男を攫っていった女とかも、お前のことを馬鹿にしてるじゃんよ?お前が一人残されたのがそれを証明してるっしょ」
あたかもジュリエットのことを知っているかのようにチャルックは語る。
彼らの話を俄にはに信じることはできない。
しかし、ソフィアラがクロの救出だけを意図してここにやってきたのなら。クロが本当はジュリエットではなくソフィアラを愛しているとしたら。それは到底許されないことだ。
クロはジュリエットのことを自分のものだと言ってくれたのだ。あれは嘘だったのか?都合のいい女として弄ばれているのか?
「そんなことは──」
無いとも言い難い。
信じたくなくても、そういった可能性が僅かにでも存在している。そのことにジュリエットは動揺し、憤りさえ覚える。
「嬢さんは捨てられたに違いないのぅ」
「捨てられてません!」
「じゃあなんで助けが来ないっしょ?」
「今は私を探してるだけです!」
「待ってたら来るのか?来るわけなかろう」
「どうしてそう言い切れるんですか!?」
「そりゃお前が必要ないからっしょ。お前何もできないじゃんね」
「私だって……!」
「じゃあ何ができる?」
「何が、って……」
「泣き喚いてあいつの邪魔しかしてなかったっしょ?それにお前一人じゃ何もできないんだから、助けるメリットなんて無いじゃんね」
「でも、私はクロ君の彼女だし……」
「自分の命と、所詮他人であるところの嬢さんの命。どちらの価値が高いかなど比べるまでもなかろう」
「……」
「必要ないの」
「必要、ないのかな……」
「じゃあ嬢さんが必要とされる要素でも挙げてみればどうだ?」
「私には……」
「お前の使い道なんて所詮、肉の盾にするくらいなもんっしょ。あとはそうだなぁ……性欲の捌け口くらいにしかならないじゃんね」
「クロ君はそんなこと……!」
チャルックが無防備に開かれたジュリエットの下半身を見遣った。
「なぁトナライ。ジュリエットを殺さなかったら何してもいいじゃんね?」
「……ぇ……?」
ジュリエットは先程のチャルックの視線には気付いていなかったが、彼の言わんとしていることは理解できた。
話の流れ的に、そう判断せざるを得ない。
「チャルックのやりたいことは分かるがのぅ。そんなに我慢ならんのか?」
「や……やだ……っ」
ジュリエットの身体が震え始める。
しかしいくら身悶えしても手足の拘束が緩むことはない。むしろ固定が強くなっている気さえする。
一縷の希望を込めてペリに視線を送るも、何が期待できるわけもない。
そもそもペリが、これから行われようとしている悪行を理解できているとは思えない。
「今日まであんまり考えずに殺してたし、不細工な女ばっかでそんな気にもならなかったじゃんよ。でもこうやってこれ見よがしに置かれてたら、ヤリたくもなるっしょ?」
「若いのぅ。こんな小娘に対して、おいはそんな気にはならん」
「確かに肉付きは良く無さそうだけどよ、燃えるシチュじゃんね」
「燃える、とは?」
「これからジュリエットは、彼氏の知らないところで知らない男に好きなように遊ばれるじゃんね。ジュリエットは必死に助けを求めるけど、その時彼氏は本命の女と愛を確かめてるんだよ。それでも何とか彼氏のことを想って耐えるジュリエットだけど、ようやく気づくんだ。あ、これは私捨てられた、ってな。男なんて結局ツラの良い女に靡くだけで、自分は遊びだったんだってなあ。そこでようやく俺を受け入れ始めるって流れじゃんね。世間では寝取られとか言うんだっけか。なかなかに燃えるっしょ?」
「チープな台本だのぅ。もうちょっとマシな想像はできんのか?」
「大方この流れ通りになるはずじゃんね。でもここから少し違うのが、俺はジュリエットを捨てたりしないってこと。普通なら俺に遊ばれたあと捨てられて、彼氏に対して復讐なり何かのアクションを起こすっしょ?」
「そう言われても、それはチャルックの想像の世界だしのぅ」
「想像じゃねーっての。とにかく見とけば分かるっしょ」
「では好きにせい。ところでチャルック、ここでやるつもりか?」
「手足も固定されてるし、ちょうど良いじゃんね」
「はぁ……物好きだのぅ。……ペリ、嬢さんを固定してる人形の支配権をチャルックに渡してやってくれ」
「遊ぶの?」
「チャルックが我慢できんらしい。ペリはおいと一緒に別のところに行くぞ」
「分かったの。傷だらけにしたら、死んじゃう前にペリを呼ぶの」
「さすがペリ、気が利くっしょ!」
「ほれ行くぞ」
「はいなの」
何一つ抵抗の許されない獲物と、それを食らう猛獣。
これから行われることは、想像に難くない。と言うより、それしかない。
ジュリエットは彼らの会話の間、何も言葉を発することができなかった。
それは全てを諦めたからと言うわけではなく、単純な恐怖によるものだ。
彼らはジュリエットの尊厳をあまりにも軽く扱っていた。
殺されることはない。だからこそ、なお恐ろしい。
ペリの発言を聞くに、彼女はおそらく治癒魔法が使えるのだろう。
それは、たとえジュリエットが自殺を図ったとしても、これから行われる苦しみから逃げ出すことさえ困難ということを意味している。
「んじゃ二人だけの楽しい時間にするじゃんね。先に言っとくけど、俺は子供でも容赦しないから。そんな感じで俺の滾りを受け止めてもらえると助かるっしょ」
「いやああああ!」
ジュリエットの上に影が覆いかぶさった。
目の前には、チャルックの獰猛な顔面。
ジュリエットが声も出せずに恐怖していると、チャルックは彼女の羞恥心を無視して乱雑に衣服を破り始めた。
「や、やだぁ!クロ君、助けてッ!!!」
「トナライの魔法で防音はバッチリだから、叫びたいだけ叫べばいいっしょ」
ジュリエットの叫びはチャルックを興奮させるばかり。
いくら泣いて叫ぼうとも、その手は緩まない。
「誰か助け──う……うそ、そんな……!や、やめて……やめてくだ……っ」
「ハァッ……俺が最後まで、ハァ、飼ってやるから、安心するじゃんね!?」
トナライは外部を監視するが、誰かがやってくることはまずあり得ない。ここは結界内でも、管理者権限を持つ者しか入ることの許されない区画だからだ。トナライたち三人がこの結界を作り上げたわけではないが、その権限は与えられている。
この区画の本来の役割は避難所だ。
期日までここで適当に過ごしていれば完了する仕事だが、彼らは安全よりも楽しみを優先した。
だから結果としてここが避難所として利用されることはなく、現在もチャルックの遊び場として利用されているという始末だ。
「そ……それだけはゆ、許しい゛ッ!?あ゛ッ……いや゛ぁッ!」
トナライは狂宴を横目に、安全地帯から高みの見物を決め込む。
しかし未だ終わりの見えない戦いに身を置く者たちにとっては、トナライのように安心してはいられない。
彼らにとってはそもそも、果たして終わりが来るのかという話だ。
「精神を壊すくらいは許容の範囲内か。後々コントロールしやすいように調教するという意味では、チャルックもあながち間違ったことをしてないということかのぅ」
「い゛ッ……あ゛ッ!や゛ッ──」
白い空間を様々な体液が彩る。
誰の侵入も許さなかったジュリエットという真っ白なキャンバスも滅茶苦茶に汚され、空間内は一変して白さを失った。
結局いつまで経ってもジュリエットに助けが来ることはなく、打ち付ける音と絶叫が延々と空間内に響き渡り続けた。