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Re:connect  作者: ひとやま あてる
第7章 帝国編Ⅲ
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第135話 無情

ダラダラ描いて気づけば100万文字。

 ソフィアラは昨日アヴェンドロトと争った場所へやってきていた。そこは集合住宅に挟まれた広めの路地だったが、今はバリケードで通行を規制されている。昨日の騒ぎが事件として扱われてしまっているらしい。


「緑髪の男が犯人、か。案外当たってるわね」


 周囲には警察官が多数巡回している。彼らの話を盗み聞くに、フランシスを容疑者として捜査をしているようだ。

 迂闊に近づけばソフィアラも職務質問を受ける運びになるだろう。警察には非合法ながら記憶捜査を担当する部門があると聞くし、迂闊な真似をして記憶を覗かれるのも厄介だ。

 ソフィアラは警官たちを避けて迂回しながら目的の建物を探す。

 昨日この辺りへ訪れたとはいえ、見知った場所ではないので地理が頭に入るには少し時間が掛かってしまう。

 程なくしてそれは見つかった。寂れ果てているが、ここらの区画では最も背の高い建物だ。広範囲に焦げついた壁面からは火災の跡が見受けられる。あちらこちらがボロボロと崩れ落ちた様子からは相当な期間放置されていることが窺える。


「ここね。あの人ったら多分考えなしに場所を指定しているわね、全く……。まだ陽は落ち切っていないから良いけど、夜だったら絶対に近づきたくないわ」


 不満を吐きつつ塵埃やゴミで溢れた階段を登っていく。不安定な足場は氷で補強するなどしても思っている以上に時間が掛かる。幸いにも人の姿は見られなかったが、散乱した吸い殻などから察するに、ここはゴロツキの溜まり場にでもなっているのだろう。

 付近の公園には子供の姿もなく、公共施設もここからは遠い場所に設置されている。この建物が残されているのには何か理由があるはずだ。ソフィアラはそんなことを考えながら屋上への登頂を果たした。屋上は景色も良く、馬鹿な学生が利用するには格好のデートスポットだ。実際ここは不純行為の温床になっている。

 束の間の景色を堪能しながら、ソフィアラはアヴェンドロトの最後の言葉を思い出していた。


「明日、薄暮の刻。奇なる女よ、貴様を待つ」


 アヴェンドロトに指定されたのがこの場所のはずだ。もっと分かりやすい場所はなかったのだろうか。

 待つと言っていた割には彼の姿もないし、そもそも薄暮の刻というのが曖昧だ。

 時間も場所も違っているのではないかという不安がソフィアラの胸中に湧き上がる。

 そういえば、ソフィアラの呼び名はいつの間にやら“子なる女”から“奇なる女”にアップデートされていた。呼び方を変えるくらいなら本名を覚えれば良いのに、というのがソフィアラの感想だ。


「定刻だ」

「わ、びっくりした……!きゅ、急に現れないでもらえるかしら」


 気づけば真隣にアヴェンドロトが立っていた。彼の表情は相変わらず慈悲を感じさせず、不気味な雰囲気も昨日のままだ。彼が存在しているだけで周囲の気温が数度下がるような感覚をソフィアラに抱かせる。

 未だに心臓が口から出るのではないかというほどに鼓動は速く、ソフィアラの胸を軽く締め付けている。

 ソフィアラが何も言わないでいるとアヴェンドロトはアクションを起こしてくれないので、空白を埋めるためにソフィアラは続けた。


「……っ……いつからそこにいたの?」


 ソフィアラは唾を飲み、鼓動を落ち着かせる。

 アヴェンドロトがここに来たということで、ひとまず場所と時間を間違っていなかったと一安心だ。


「今しがた。程なく行動を開始する」


 相変わらず話が噛み合っているのかさえ分からない返答だ。


「分かったわ。でもその前に、現在帝国内で起こっている失踪事件についてあなたが知っていることを教えてくれないかしら?」

「我の知ることなど……否、見せてやろう。これより貴様を我が領域へ聘する。手を」

「……?分かったわ」


 領域云々を理解できないが、それも追々説明してくれると判断して今は流した。

 ソフィアラは言われるがままに右手を差し出した。そこへ、触れない程度にアヴェンドロトの右手が重なる。

 ほんの一瞬。アヴェンドロトからマナの波動が感じられた。それによる違和感はすぐにソフィアラの身体に現れ始めた。


「こ……これ、は……?」


 ソフィアラの視界が見たことのない色に歪んでいる。酩酊を覚えそうな異常感覚に、ソフィアラの身体がぐらりと揺らいだ。それでもなんとか持ち直し、手で顔を覆いながら薄く目を開けてその現象を確認する。

 

「いえ、分かるわ。私の目に見えているこれら全てがマナなのね……?」

「然り」


 多種多様な色彩が入り混じる中、それらの広がりや濃度からソフィアラは正体を看破した。

 マナには流れがあり、空気中を漂うものもあれば大地へ循環していくものもある。そこにはアヴェンドロトやソフィアラ自身のマナも含まれている。

 元来ソフィアラはマナの流れを視覚で捉えることができる。そのイメージは水に砂糖を溶かした時のようなもので、マナの動きが周りとは少し濃度の違うものとして認識できる。所謂シュリーレン現象にも酷似したそれによって、ソフィアラは相対的にマナを知覚するわけだ。

 ここでソフィアラは気付くものがあった。未だ視界は歪んだままだが、ドーム状の濃いマナの塊が帝国内各所に存在している。ドーム状の他に、強大に立ち昇るものもあれば根付くように広がっているものもある。それらがどのような方向性を持ったものかまでは分からないが。


「ドーム状のものが……結界、かしら……?いろんな種類があるのね」

「出力は調整可能。まずは視界を慣らせ」


 ソフィアラは一旦目を閉じた。見たいものと見たくないもののイメージを確立するためだ。

 緊密で精緻なマナの動きは人工的なものと判断できる。その一方で荒削りの動きを見せるものもあり、それを為す魔法陣または魔導具の精度も知れるということだ。

 何度か目の開閉を繰り返した。しばらくするとソフィアラの目も馴染み始めていく。

 最初こそ全てのマナが見えているような状態だったが、認識できる範囲を絞ることで脳に与える影響も少なくなる。これが出力の調整なのだろう。この力があれば、敵の魔法の放たれる方向から強度まで様々な情報を瞬時に掴むことができる。アヴェンドロトが帝国内で逃げ果せているのも、この力を影響が大きそうだ。


「世界って、こんなにも情報で溢れていたのね」


 現在ソフィアラの目にはいくつかの結界だけが映し出されている。空を見上げた時にまず映るのは、帝国を覆う大結界。その他の結界は皇居や教会、主要機関、そして学園などを覆っている。


「自分のマナは感覚的に捉えられていたのだけれど、こうも見えるようになると思わなかったわ。これってどういった魔法なのかしら?先ほどあなたが言っていた領域ってものと関係があるの?」

「領域とは自然漏出したマナが狭間の性質を獲得したもの。人魔の淵に立った人間を人間たらしめる救済だ」

「狭間?」

「現代では結界と言うらしいな」

「あと人魔ってどういう……?」

「陽は没した。その眼で以って左顧右眄せよ」


 時間のようだ。

 突き放すような物言いだが、これがアヴェンドロトの素だと理解できる。

 ソフィアラは周囲を見渡す。大きなマナの流れが出現すれば何かを見出せるはずだ。

 

「あなたは私に何も聞かないのね?」

「不要。言葉では本質を測れず、行動にこそ顔を出す」


 すぐに発見があるとは思っていなかった。軽い話で空白の時間を埋めようと画策したソフィアラだったが、どうやらアヴェンドロトは会話を好まないらしい。それでも問いを投げられれば答えてくれるし、最低限の人間的機能は備えているようだ。


「私をここに呼んだのは、この辺りで次の事件が起こるということ?」

「然り」

「何故そんなことが分かるの?」

「貴様らの言う失踪事件は狭間──結界魔法の過程。門の術式を読み取れば造作も無い」

「結界魔法の解析・解体は光属性の十八番だったわね。でも正確な位置までは分からないのね?」

「門の出現位置は流動的だ」

「結界魔法がどういった目的で発動されているのかは分かるのかしら?」

「門に詳細な記載は無い。疑問は術者に尋ねるがよい」


 誰が結界を作ったのか。それを聞いても答えは得られないだろう。それにソフィアラは、アヴェンドロトに対して質問を浴びせすぎているという自覚もある。

 一時的な協約とはいえ、お互いを知ることは大切だ。そう思っていたのはソフィアラだけで、あくまでアヴェンドロトは協約という立場を崩さない。彼自身あまりソフィアラという個人への興味は大きくなく、ここにいるのは単なる流れの内ということだろう。


「……見つけたわ。あれで間違い無いのね?」

「然り」


 ソフィアラは突如出現したマナの反応を見逃さなかった。とは言え、アヴェンドロトの領域なる力がなければできない芸当だったが。

 それにしても街中で発動される結界とは誰のものか、どの組織のものか。いずれにしてもまともな思考で発動される魔法ではない。


「先に聞いておきたいのだけれど、あの結界って後で出られるのよね?」

「あれは結界の域を出ず、封印とは趣を異にする」


 相手を永久・半永久的に閉じ込める封印術式は、少なくとも一人の術者で成し得るものでは無い。

 結界は常に脱出方法が存在しており、脱出不可能ということはあり得ない。


「では何故結界から外に出たって人がいないのかしら?」

「大方は条件達成者の不在。畢竟、脱出不可能の結界は存在しない」

「それなら安心ね。ここで一つ、あなたにお願いがあるのだけれど」

「協約は成立済。聞くだけだ」


 アヴェンドロトは冷たく返した。すでに協約は成立している。そこに新たな条件を付加するということは、協約を破棄される懸念さえ生まれてくる。それでもソフィアラは臆することなく発言する。


「私は死ねないわ。だから私を守ってくれないかしら」

「承服できぬ。既に件の男の救出で合意は取れている」

「いずれ私も力を付けてあなたを倒すと誓うわ。こちらの要件を終えてからになるのだけれど、この条件ならどうかしら?」

「……貴様も我を滅すると?」

「ご不満?」

「只人の発言なら黙殺したところ。だが──」


 アヴェンドロトは初めてソフィアラの双眸を見た。そこにあったのは、真っ直ぐで嘘偽りのない純粋な意志。

 将来殺し合うという相手に、何をそれほど期待するのか。

 敵意を持たない殺意を向けられていることに、アヴェンドロトの中で理解できない感情が湧き上がる。アヴェンドロトはこの感情を肯定的なものだと理解した。


「──悪くない」


 だから、アヴェンドロトはそう返した。


「ありがとう。あなたの期待に応えるように努力するわ」

「期待など……」


 他人に期待することほど愚かなことはない。それはアヴェンドロトにしても、ソフィアラにしても。


「じゃあ、行きましょうか。そんなに長く開いてるわけでも無いのでしょう?」

「然り。肩へ乗れ」


 ソフィアラはアヴェンドロトに連れ立って空へ飛び出した。迷いなく失踪事件の結界へ飛び込んだ人間は今のところ彼らだけだろう。

 多くの人間を飲み込んだ結界は、程なくして口を閉じる。それによってまたしても、帝国の情報誌に行方不明者が名を連ねるのだ。


 翌朝の学園では、クロとジュリエットに続いてソフィアラが行方不明者リストに挙げられていた。



            ▽



「……ハッ……!おい、今はあ゛ぁッ……!な……何時だ!?」


 フランシスは勢いよく起き上がるや否や叫び声を上げた。それによって、治癒しきっていない傷が彼に痛みを思い出させる。

 苦痛に呻いていると、シャッとカーテンが開かれた。姿を見せたのはランゼ。フランシスの記憶では、彼女の髪や服装はもっとぞんざいだったはずだ。しかし現在の彼女は真逆。化粧もしているし、服装も乱れちゃいない。


「起きたのね。まだ痛むようだし、鎮痛薬を処方しておく?」

「ああ、助かる……。あ、いや、そうではない!」

「落ち着きなさいな。今は朝よ」

「そう、か……ここで夜を明かしてしまったか」


 フランシスが思い出したかのように窓の外へ目をやった。ランゼの言う通り、朝日が差し込んでいる。

 今日が土曜日の休日で良かったとフランシスは思う。下手に授業を休んでしまっては学びに支障が出てしまう。


「ほらあなた、これでも飲んで休んでいなさいな」

「感謝する」


 フランシスはランゼから鎮痛薬と水を受け取ると迷わず服用した。何でもない外の景色を眺めながら、薬の効果が出るのを待つ。

 それにしても、気怠い寝起きだ。


「ときにランゼ先生、ソフィアラは今どうしている?」

「あ、ああ、ソフィアラさん?えっと……彼女ならもう出てるんじゃないかしら」

「こんな朝早くに出る予定でもあったか……?」

「早いって言っても、昼前よ?」

「もうそんな時間か。僕は結構眠っていたのだな」


 それだけ眠っていれば倦怠感が蓄積するのも頷ける。

 フランシスは凝り固まった関節をほぐしながら傷口を軽く撫でる。


「だってあんなに大きな怪我だったのよ?下手したら命を落としていたほどの傷なんだから、一日二日寝るくらいするわよ普通」

「そういうものか。自分ではそこまで重いものとは思っていなかったが、治癒術師の先生が言うのならそうなのだろうな」

「そうよ!暇だと思うけど、あなたは今日一日ゆっくりしておきなさい。何か必要なものがあったら私が伝えて持ってきてもらうから」


 お前は勝手に動くな。フランシスは暗にそう言われてしまった。

 傷のこともあるし、ランゼとしても患者には安静にしておいて欲しいのだろう。フランシスはそう勝手に理解して納得した。


「傷を癒すことが先決か。下手に動いてはソフィアラに怒られてしまうからな」

「その前に私が怒るわよ?」


 ランゼはフランシスに近づき、見下ろしてプレッシャーを放つ。

 安静にすべき患者に圧をかけてストレスを与えるとは、言っていることとやっていることが矛盾している。


「怖そうだからあまり怒らせたくはないな。ところで先生、……ソフィアラはどこへ向かうなどは言っていただろうか?」

「あなたが眠ったときに別れたっきりだから何も聞いていないわね。ここ最近だと彼女はいつも外に出てるって言ってたじゃない?その関係じゃないかしら」

「……ん?おかしいな」

「何かおかしいところがあったかしら?」

「いや、クロカワの居場所は暫定的に結界内と定められているはずだ。今更追加で調査を行うようなことがあったのかと気になっていたんだ」

「そんなことは知らないわよ。もしかしたらアヴェンドロトって殺人鬼と会っているんじゃないの?」

「それだとかなり危険だな……。手伝う旨を伝えているから、ソフィアラが僕を置いて勝手に動かないとは思うが……。先生は心配ではないのか?」

「心配じゃないってことはないけど、あの子たちの無茶は今に始まった事ではないのよ。だから無事に帰ってくるはずよ」


 フランシスは自分の知らないソフィアラたちの活動を聞いて嫉妬心が芽生えた。

 しかしそれと同時に、彼らと同じ土俵に立てるほど特筆した能力を持っていないことも理解できる。

 だから現時点でフランシスのすべきことは傷を癒して力を蓄えることなのだ。決して蛮勇で身を削ることではない。


「……そう期待して今は待つとしよう」

「素直でよろしい。何か必要なものはある?」

「いや、大丈夫だ。ところで、この部屋は魔法を使用しても構わないだろうか?」

「物を壊さないなら好きにするといいわ。私はちょっと会議があるから一旦部屋を空けるわね」


 そう言えばランゼもここの教員だった。流石にそんな失礼なことは言えないので、フランシスは黙って彼女の支度を眺める。

 ランゼは念入りに化粧を重ねると、荷物を抱えて慌ただしく部屋を出ていった。

 途端に室内が静かになり、フランシスは寂しさを覚える。しばらくぼーっとしたり周囲を眺めたりしていたが、怪我人であっても暇なものは暇だ。


「とりあえず新しい魔法の運用法でも考えるか……」


 これまでの彼は教えられるがまま学ぶだけだった。これからは状況を想定して魔法を考えなければならない。

 フランシスの系統魔法は強力だ。しかしそれが有効なのは、試験など予め設定された状況に於いてだけだ。少なくとも、先日のアヴェンドロト戦では状況に即した魔法運用はできなかった。魔法そのものが悪いわけではない。それを扱う人間が駄目なのだ。

 中間考査を経験して、試行錯誤から系統魔法を武装強化に落とし込む考えは良かった。手数を増やした分だけ威力は落ちたが、使い勝手は特段に増している。それでも強者には通用しなかった。恐らくあの道化師リバーに対してさえも有用ではなかっただろう。では次は別の運用方法を試そう。そう、例えば防御方面で系統魔法を使用する、だとか。


「なるほど、魔法というのは思考の産物ということか」


 現在第一学年において周囲と一線を画す学生というのは、その多くが風変わりな発想で魔法を扱っている。例えばクロの場合は身体強化魔法で《爆身》という必殺の一撃を生み出しているし、ソフィアラの場合も空間魔法を用いずに雷撃を生み出していた。その他幾人かの学生も、腕試しで好成績を収めるような魔法を使用している。

 フランシスの口角が上がる。自身の魔法の可能性にまだまだ期待が持てるからだ。

 そこからは有意義な時間だった。いくら時間があっても足りないような感覚をフランシスに覚えさせる。


「失礼しまーす。ランゼ先生いますかー?」

「アルベルタさん、ノックくらいしないと……!」


 フランシスが一人過ごしていると、何やら聞き覚えのある声が。カーテンをフルオープンにしていたため、彼らとはすぐに目が合った。


「あ」


 一人はクロと一緒に行動していたアルベルタ。フランシスの顔を見て口を開いたのも彼女だ。

 もう一人は腕試しで無属性を披露していた男で間違いない。名は確か、エクス=マイン。親族に大量殺人鬼がいるとかで有名になっていたはずだ。


「あれ?こんなところで休んでどうしたんだ?」

「ああ、少々怪我をしてしまってな。ランゼ先生にここで休みように言われているんだ」

「そうなのか!休日まで休まないといけないってことは相当無茶したんだな!?」

「アルベルタさん、大声はまずいって」


 エクスは公爵家が目の前にいるということで身体が硬くなってしまっている。そこにアルベルタの失礼が重なっているので気が気でならない。


「いや、気にするな。ちょうど一人で暇をしていたところだしな。ところで、お前たちの怪我はどうしたんだ?」

「最近アルメイダル先生の授業がきつくってなー。今日は授業対策に対人格闘の訓練をしてたんだけど、怪我しまくりだったな!」


 確かに、アルベルタとエクスは全身に生傷を多く作っている。フランシスもアルメイダルの授業を経験しているが、対人格闘は今のところ未経験だ。どうやらクラス毎に進捗は異なるらしい。


「なるほどな。だが、あいにくのところ先生は会議に出ている。治癒魔法を受けたいのなら、少し待った方がいいかもしれんな」

「そっかぁ。じゃあポーションで済ませるかー」

「勝手に物色するのはマズいって……!」


 戸棚を漁り始めたアルベルタを見て、エクスは待ったをかけた。


「別に他人ってわけでもないし、今更そんなことランゼ先生も気にしないって!」

「そんなわけなくない!?」

「あ、そうか。エクスは知らないのか。うちは案外先生と仲がいいんだぜ。最悪の場合、オリビアの名前を出せばいけるしな!」


 アルベルタもクロの仲間だ。だとすれば彼女もソフィアラと同様に神の加護を受けている可能性は高い、とフランシスは考えている。


「アルベルタさん、身勝手過ぎだよ……?」


 エクスは何が何だか分からない。アルベルタが気ままに行動することは承知のことだが、今回は話にすらついていけない。


「まぁ気にすんな!そう言えば、この間ソフィがフランシスのとこに行ってたよな?」

「ああ。少しばかり彼女とは行動を共にしたな」

「そうなんだな!じゃあ、ソフィがどこに行ったか知らないか?」

「お前たちも知ってるんじゃないのか?ソフィアラはクロカワの捜索をしているだろう?」

「それは知ってるんだけど、昨日の夜から帰ってないんだよな。今日の朝ソフィの部屋を覗いてもいなかったしな」

「昨日の夜なら僕と一緒にいたぞ?」

「一緒に学園に戻ってきたって意味か?」

「そうだ。深夜に差し掛かるくらいの時間だったから、ソフィアラが再び外に出るとも思えないんだが……。一体どういうことだ?」

「うーん……」

「あら、あんたたちまた怪我したの?」


 フランシスとアルベルタが首を傾げていると、扉が開いてランゼが姿を見せた。

 ランゼはアルベルタの傷を見て不満げな表情をしている。会議の疲れもあってか、非常に面倒くさそうだ。


「おう先生!格闘訓練で色々やったからな!早く魔法をかけてくれよー」

「まず荷物を片付けるからお待ちなさい!」

「いっつもプリプリしてんなぁ。そんなだから三十になっても彼氏が──」

「何か言った!?」

「早く治癒魔法を掛けてくれ!」

「ああもう、待ってなさい!」


 騒音を撒き散らして慌ただしく動き回るランゼは、とても貞淑な女性とは思えない。いつの間にか彼女はおばちゃんに一歩近づいているのかもしれない。彼女を見ながら、アルベルタは頭の傍にそんなことを考えていた。


「ほら、これで良いでしょ!」

「今日は何だか雑だなぁ。別に無茶して怪我したってわけでもないんだし、そう怒らなくてもいいだろ?」


 感覚的に──いや実際的にランゼの魔法はぞんざいだった。アルベルタもエクスも傷自体はしっかり治ったが、気持ちの部分で治癒を実感できていない。


「ほら帰った帰った。ここはあなたたちの溜まり場じゃないんだからね」

「まだいいだろー?……あ、そうだ!先生ってソフィがどこ行ったか知ってるか?フランシスも昨日会ったきり知らないって言ってるんだよ」

「彼女なら……彼を探しに出たんじゃない?」

「でも学園に戻ってるのに部屋には戻らないっておかしくないか?なぁ?」

「ああ、不可解だ」

「平日はうちと一緒に歩き回ったもんだけどなぁ。でも流石に連絡がないとうちも心配だぞ」

「そうね……」


 フランシスの頭上に疑問符が浮く。アヴェンドロトとの一件に関してアルベルタは何も聞かされていないのだろうか。

 ソフィアラが周囲を心配させたくないということは理解できる。しかし今更隠すような内容でもないはずだ。

 何か引っかかる。ランゼの表情がやや引き攣ったものに思えてならないことも、フランシスの心に何か予感めいたものを疼かせる。


「先生は何も聞いていないんだな?」

「詳しいことは何も」


 ランゼが何も知らないということは、ソフィアラは誰も巻き込まないように一人で行動しているに可能性が高い。

 ソフィアラは今晩のアヴェンドロトとの活動をフランシス抜きで行う腹積りだ。


「先生、僕は治癒魔法を可能な限り掛けてくれ!」

「急にどうしたって言うのよ……?」

「自然治癒を待っている暇はない。僕は何としてもソフィアラを追いかけなければならない!」

「駄目。無茶はさせられないわよ」

「なぜ駄目なんだ!?」

「その傷は外見的に治っているように見えているだけなの。下手に動かしたら、あなたの身体は確実に壊れるわ。みすみすそれを許可することはできません」

「そこを治癒魔法で何とかしてくれたらいいだろう!?」

「無茶はさせられません」

「ソフィアラたちの無茶は見過ごすのに僕は駄目なのか?それは僕が加護を得ていないからか?僕では力になることすら許されないのか?」

「フランシス、それって──」

「アルベルタさん、今は黙ってて」


 ランゼは口に人差し指を当てて、アルベルタを制した。

 そして続ける。


「フランシス君、あなたの行動は単なる蛮勇よ。気持ちだけでどうにかなると思ってたら大間違いなの。厳しいことを言うけど、傷付いて休んでいるような人の手助けなんて、ソフィアラさんは望んでいないはずよ」

「それは……!」

「それにね、ソフィアラさんはもう居ないわ」

「……何、だって?」

「彼女はもう、アヴェンドロトと結界の向こう側へ行ってしまったわ。戻ったらすぐ連絡するように言ってるから、連絡がないってことは戻ってないってことなのよ。嘘をついていて申し訳ないわ」


 フランシスは絶句した。そして絶望した。期待されていないことに。そして約束を破られたことに。


「先生、ソフィがどこ行ったか知ってるのか!?」

「ええ。協力者を得たから心配しないで、と言うのが彼女からの伝言よ」

「……いや待て、ソフィアラとアヴェンドロトの約束は今晩のはずだ。それでも僕は、行っちゃいけないのか?」

「はぁ……そこまで死に急ぐなら止めはしないわ。でも駄目。もうどうやったって間に合わないから」

「何故だ……?」

「今日が何曜日かご存知?」

「……?土曜日だろう?」

「違うわ。今日は日曜日よ」

「いやいや、そんなわけはない……!僕は昨晩から半日ほどしか眠っちゃいないぞ!」

「あら、そうなの。彼はそう言っているけど?」


 ランゼは視線をエクスに向けて尋ねている。

 その後彼女がフランシスに向けた視線は冷たく、まるで病人でも見るようなものだ。


「きょ、今日は……日曜日です」

「そ、そんなわけ……!」

「今日は日曜日だぜ。確かフランシスがソフィと会ったのが木曜日だよな」

「そ、そうだ……。金曜日にアヴェンドロトと遭遇して、僕は……」

「フランシスと先生が何を言い合っているのかを完全には理解できないけど、ソフィが何も言わずに出たってことはそうなんだろうな。うちらは現時点でソフィの足手纏いってことだ」


 フランシスは目を見開いて驚いた。自分が半日どころではなく一日半も寝ていたことに加え、理解者であると思い込んでいたアルベルタが冷たく彼を見捨てたからだ。

 フランシスが大怪我を負ったのは金曜日。彼らの言うことが確かなら、すでにソフィアラは土曜日に出立している。

 騒ぐほどに惨めさを痛感させられるが、フランシスは自分でも発言を止められない。


「アルベルタ、それでいいのか!?」

「悲しいけど、現実なら受け止めなきゃ駄目だろ?喚いたところで何かが変わるわけでもないからな。例えばうちがフランシスの立場なら、黙って引き下がるかなー」

「それは些か……いや、全く理解できない……!」

「おいらはどうすれば……」


 エクスだけは全く状況を理解できず、あわあわしている。


「他人に何かを言う前に、まずは自分の力不足を自覚しなさいな。あなたはソフィアラさんの力になれなかったのよ」

「……」

「でも逆に考えれば、残って力を蓄えておけってことかもしれないわね。今は駄目だけど、後に力を借りたいって解釈。絶望は人の足を止めさせるけど、挫折は足を鈍らせるだけらしいわ。あなたのそれが絶望じゃないことを祈るわね。じゃあここで話は終わり。二人はもう帰りなさいな」


 何か言いたげなアルベルタを無理矢理に押し出して、医務室内はランゼとフランシスの二人きりになった。

 フランシスは唇を噛んだまま下を向いて動かない。

 ランゼはそんな彼を横目に、仕事に取り掛かるため併設された自室へ向かう。


「結局これは使わなかったわね」


 ランゼは何錠かの薬を手元で遊ばせる。

 一昨日、フランシスをここに留めておくように言い出したのはソフィアラだ。それは決してフランシスを邪険にしたわけではなく、彼の傷を慮ってのことだ。実際にランゼの見立てでも彼の重症度は相当なものだったし、翌日に活動できるような状態ではないのは明らかだった。

 フランシスを安静にする方法として選ばれたのは、睡眠薬を盛ることだった。痛み止めと一緒に処方するだけで、それは容易に完遂される。しかしその必要はなかった。フランシスが丸一日以上眠り続けたからだ。大量出血に極度の疲労。それを補う自己治癒力を得るには、長期間の睡眠が必須だったと言うわけだ。


「さて、私も備えなくちゃね……。いつ襲撃が起こっても大丈夫なように」



            ▽



「あァ、クソ……意識が、トびそうだ……」


 クロの身体が傾く。立っているのがやっとということは誰の目にも明らか。


「クロ君もうやめてよ!もういいから!それ以上やったら死んじゃうよ!?」


 ジュリエットは全身を赤く染めている。しかしそれは彼女のものではない。

 継続的にボタボタと地面を汚す赤い液体。それはクロの切断された右腕から滴り落ちたものだ。傷口は応急的に縛られているが、未だ拍動に合わせて血液が噴き出す始末だ。

 クロが霞む視界で捉えるのはトナライと名乗る中年男性。しかし彼を中年だからと侮ることはできない。

 トナライの頭上には21という数字が浮かんでいる。


「おいも残酷なことはやりたくないんだがのぅ。そちらの嬢さんを差し出してくれたら、苦しまずにサクッと殺してやれるのだぞ?」

「黙れ……下衆め。お前は絶対に、殺す……!」

「威勢だけは一丁前だのぅ。やれやれ……腕一本では足りぬようだし、もう少しいたぶるとしようか」


 クロとトナライとの戦闘は必至だった。数字を重ねている人間同士が出会えば、そうなるのも当然。

 すでにクロたちが巻き込まれて一週間という時間が経過している。

 その間クロとジュリエットは、計十人の人間を手にかけていた。

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