第134話 一命
今回はちゃんと書いてみました。今までのと、どっちが読みやすいのだろうか。
「フランシス君、大丈夫?」
「ああ……何とか、な……。助かった、と言えばいいのか……?」
アヴェンドロトは去り、目先の脅威は居なくなった。
だからと言ってフランシスの怪我が治るわけではない。出血こそ止まり始めているものの、流石に痛みまでは隠せていないのが現状だ。
ぶっかけられたポーションもそれほど高級なものでもないので、傷の治りは遅い。
「無茶しすぎなのよ。私たちが居なかったらどうするつもりだったのかしら?」
私たちという言葉に含まれるのは、勿論リバーのこと。
リバーは周囲に散らばった血液を回収し、衣服の下に格納することでふっくらとした肉体を取り戻した。現在の彼はソフィアラの見慣れた姿だ。
「あまり……考えて、いなかった」
「そう、まぁいいわ。とりあえず無事ということで私も一安心よ」
ソフィアラは嘆息しながらもフランシスの無事を喜ぶ。
「無事、とは言い切れないがな……。ときにソフィアラ、僕は色々と聞きたいことがある」
「そうでしょうね。でもまずはその傷をどうにかした方がいいわ。ただ、その姿で人の往来を歩くのもどうかと思うから……」
「そういうことなら、私が何とか致しましょう」
リバーがフランシスの対応を買って出た。
ソフィアラに対してこうも従順に動こうとするリバーに、フランシスは違和感しかない。
二人がどのような関係性なのか。それも含めてフランシスの疑問は尽きない。
「助かるわ。フランシス君もそれでいい?」
「この男の世話になるのは不本意だがな」
「今はあなたの傷を癒すことが先よ。話は後でいくらでもしてあげるから」
ソフィアラは今日はこれ以上行動をすべきでないと判断した。
自分の行動に巻き込んだ挙句フランシスの怪我を放置して目的を果たそうとはソフィアラも思わない。
「衣類はこちらで用意します。しかし生憎とこちらには光属性を使える者がおりませんので、治療自体はそちらにお任せしますよ」
「ええ、ありがとう。治癒魔法の方は学園に戻ってから先生にお願いするわ」
「畏まりました。ではこのあたりで私は消えるとしますかね。お嬢様、お怪我にはくれぐれもお気をつけください。当主も心配されますから」
「努力はするわ」
「お嬢様も変わられましたね。クロさんに似てきたのでしょうか。私としては良い変化だとは思いますがね。……あぁそうでした、魔導書は肌身離さず持ち歩くように」
「どういうこと?」
「大切なものは手放すべきではない、ということです。それではお嬢様、またの機会に……」
ソフィアラはフランシスの衣類を受け取り、リバーが夜の街に消えていくのを見送った。
リバーの発言は気になるが、いちいち気にしていてはキリがない。気にするのであれば、ソフィアラは自分の父の仕事から何から気にしなければならなくなる。
今はとにかく、フランシスを何とかするのが先決だ。
このままここでくたばられても困る。
フランシスの怪我については、事情を話さずともランゼがどうとでもしてくれるだろう。
ソフィアラはそのような感じで指針を定めた。
「今から学園まで戻るけれど、歩けるかしら?」
フランシスの着替えが完了すると、ソフィアラがそう聞いてきた。着替えの間、ソフィアラは彼の傷を見て痛々しげな視線を向けていた。今でこそ傷からの激しい出血は見られず、傍目にはとても緊急性が高いものには見えない。
しかし実際に受けた傷は相当なもので、見た目と重症度には乖離がある。
ここでフランシスはソフィアラに過度な心労を与えるべきではないと考えた。現状歩けないわけでもないが、横になって休むことは流石に気が引ける。また、この傷を処置できるなら、外部機関より学園内で処理したほうが余計な心配は無くなるだろう、と。
だからフランシスはソフィアラに心配を掛けないように、引き攣った笑顔で「ああ……」と吐いたのだった。
約一時間後──。
二人は学園の医務室前までやってきていた。
医務室の中にはランゼの書斎室が併設されており、基本的にここに来れば彼女に会うことができる。
しかし頻繁に医務室に通い詰めるのはクロたちくらいなものだ。
「こんな夜に何よもう……!」
「ランゼ先生、夜分失礼するわ。要件はまぁ、いつもと同じよ」
「またあなたたちは……あ!あら新しいお友達ですね、こ、こんばんは」
「世話になる……」
夜中に呼び出されて不機嫌な顔でソフィアラたちを出迎えてくれたのはランゼ。髪はボサボサで、普段見慣れないメガネ姿をしている。彼女が現在労働時間ではないことは明白だ。
ランゼはフランシスを見るや否や、表情を余所行きのものに変化させた。また必死で両手を櫛に髪を直している。
そんな事をしても今更だし、まだ一般生徒に対して猫を被り続けるつもりなのだろうかと、ソフィアラは冷ややかな視線を向けている。
廊下が暗いことに加えて普段からソフィアラは表情豊かではないので、ランゼもそこには気が付くことはできないが。
「事情は後で話すのだけれど、フランシス君が怪我をしてしまったから治してもらえないかしら?」
「治して、って……結構な出血ね……」
夜間でフランシスの出血の具合は不明確だったが、魔光灯の明かりを受けてみるとそれがはっきりと分かった。
フランシスの腹部から下──下半身に至るまで、赤くべっとりと汚れている。ここまで出血していたとなると、地面に相当な血跡を残していそうではある。
「周りには誰もいなさそうね。フランシス君、見せてあげて」
「ああ……女性の手前気が進まないが、肌を晒させてもらうぞ?」
「え、ええ……って、ええ!?何したらそうなるのよっ!?」
「そういうことだから、お願いするわ」
「早く部屋に入りなさい!」
緊急性を示すには、視覚的なインパクトが必要だ。
ここで問答を繰り返していても仕方がないため、ソフィアラは事を急ぐためにフランシスの傷を見せつけた。
案の定、ランゼは驚きに目の色を変えている。
そのままソフィアラたち二人はランゼの案内で急ぎ医務室の中へ。
ちなみにどうでもいいが、フランシスは上裸のまま室内に連れ込まれた。
「ランゼ先生、執務の最中に邪魔をして申し訳……な、い」
「ちょ、ちょっと!?」
フランシスがふらりと倒れそうになり、壁に手をついて何とか立ち直った。
ここに着くまでソフィアラにも見せていなかった姿だが、心配させないように我慢していたのだろう。
すでに貧血症状もピークのようで、傷口が塞がる前も含めて出血量が多かったようだ。
虚な目で左右に揺れる頭部がフランシスの重篤さを物語っている。
「いいからあなたはじっとしていなさい!普通に生活してて何でそうなるのよ……。不思議でならないわ!」
「まったくよね。私もそう思うわ」
「本当にあなたたちは……!まぁいいわ、言い訳は後で聞きます。フランシス君、ちょっとだけ、いえちょっとどころじゃなく痛むけど、我慢してちょうだいね。傷があまり良い状態じゃないですからね?まずは前処置をするから、あまりに痛むようなら言ってちょうだいね」
「りょ、了解した……」
治す前から怖がらせるのはいかがなものだろうか。ソフィアラは冷静さを失っているランゼを見ながらそんなことを考えていた。
フランシスも若干怯えた様子だ。
ただでさえ痛むというのに、それでは傷を負った時よりもひどい痛みをフランシスに与えてしまいそうだ。
もはや普段通りの喋りが戻ってしまっているランゼ。そんなことを気にするフランシスでもないし、彼的にはそうやって素の姿を見せてもらえる方が好印象なくらいだ。
「痛み止めは無いのかしら?」
「あるにはあるけど、鎮痛薬を併用するとなぜか治癒魔法の効果が落ちるのよ。魔法で治癒させず外科的手術を行う場合は麻酔も鎮痛薬も使うんだけどね」
「そうなのね、初めて知ったわ」
治癒魔法において、鎮痛薬の働きが自己治癒力を阻害してしまうということが知られている。その機序は局所の血管収縮によって損傷部位への血流が滞り、傷を治そうとうする自己成分を十分に維持できなくなることによる。それを詳しく知る者は少数だ。
治癒魔法というものは奇跡でも何でもなく、単純に自己治癒力を強制的に活性化させる魔法だ。
繰り返し同じ部位に治癒魔法を使い続ければその周囲組織がヘタって効果が落ちるし、漫然とした使用は結果的に組織をダメにしたりもする。だから外傷に対しては基本的に外科治療が推奨される。
しかし治癒魔法はその簡便さや迅速さから安易に使用されるし、治癒魔法を使える者は好き好んで外科処置を行ったりはしない。
この世界においても医者という職業は存在し、外科治療は彼らの専門領域だ。
最終的に傷を残さない治療を望むなら、治癒魔法と外科治療の併用が必須となる。美容面での解決までを望むなら、時間をかけてでもそれらを行うべきだ。しかし──。
「今回みたいに緊急性が高い場合は傷跡が残ることは二の次ね。まずは傷の治りを優先して魔法をかけるわ。治癒力を妨げないためにも、初めは投薬なしで行くわね。傷が安定化したら傷が残らないような処置をします」
ランゼは前処置としてフランシスの傷口に幾つかの薬液を塗り込み始めた。それらは治癒力の活性化につながるものだ。
フランシスは苦悶の表情を浮かべているが、ランゼはお構い無しに処置を執り行う。
「この傷の状態だと、応急処置的にポーションを使ったのよね?」
「そう聞いてるわ」
「そう、だ」
「なら良かったわ。変に治癒魔法なんて先んじて使われてたら面倒になるならね」
「どうしてかしら?」
「現場仕上げの治癒魔法って、どうしても止血優先って感じで傷の処置が雑なのよ。そんなことをされると、一回傷を開いてから処置する羽目になるから患者さんも大変大変」
ソフィアラは回復魔法師の苦労話を聞きながら、処置を見届ける。
ランゼが魔法を使用し始めると、彼女の言っていた通り苦痛は相当なものだということが分かった。女性の手前カッコ悪いところは見せられないのか、フランシスは唇を噛んで必死に耐えてはいる。それでも呻きはもれ続けている。
ランゼは段階に応じて治癒魔法を使い分けていた。臓器や組織によって魔法の効きはそれぞれ異なるらしく、そのあたりの理解のないままに治癒魔法が使われることによって兵士に消えない傷が残り続けるという話だ。
その後小一時間の処置によって、傷跡こそ残れどフランシスは危機を脱することができた。処置が終わると、緊張の糸が切れたのかフランシスはぱったりと眠りに落ちた。
あとは失われた血液を増やしたり、安静にして体力回復に努めていけば良いとのことらしい。
ランゼはフランシスをベッドに横たえ、ソフィアラと椅子で向き合った。
「あなたたちはいつも通り無茶したと思うんだけど、彼も新しいお仲間?」
呆れたようなランゼの声は、大きな疲れを孕んでいる。
ソフィアラはランゼに感謝と申し訳さがあり、クロのように彼女を雑に扱うことはできない。
「まずはフランシス君の治療をしてくれて感謝するわ」
「良いのよ、私もあなたたちの一派に含まれているようなものだしね。だから隠し事は無しよ?」
「ええ、そのつもり。まずは彼が傷を負った経緯から話そうかしら」
ソフィアラはクロの行方不明から今日この時に至るまでのあらましを話した。
ランゼはクロに彼女が出来てリア充を満喫していたことに怨嗟を唱えたり、喚いたり、叫び声を上げていたり。流石にここまで気が触れた状態の彼女をフランシスに見せるわけにはいかない。
「それでアヴェンドロト……と言ったかしら、その白い悪魔を最終的に従えたってわけね」
「従えたと、言っていいのかしら……。クロってニンジンを見せて誘導してるだけよ。いざそれが叶わないって分かったら私は多分殺されるわ」
「叶わないってどういう意味よ?」
「例えばクロがもう存在していない場合、私との約束そのものがなかったこととなるわ。その場合は私を生かすことにメリットを感じてくれるとは思えないわね」
「矛を納めさせただけなのね。アヴェンドロトは殺害行為をやめてくれそうなの?」
「どうかしらね。長ければ十年以上もかかりそうな約束を待っているだけなんて気が遠くなるから、活動を自粛してくれるとは思えないわ。自分を殺してくれる人間を探しているそうだし、あそこまで強いと相手を探すのも大変よね」
「大変よねって、随分他人事じゃない?」
ランゼが煽るように言うのには理由がある。
ソフィアラは大量殺人鬼を捕まえるわけでもなく、放置して飼っているのだ。
一般的な視点で言えば、ソフィアラの行動は看過できるものではない。
「クロを助けるためだから、アヴェンドロトの背景がどうだとかは考えないようにしているのよ。私は犠牲の少ない方を選んでいるだけ」
「言いたいことは分かるけど……」
「僕はその意見には、同意しかねる……な」
フランシスがベッドから身体をもたげている。
その動きは傷を庇ったようなもので、未だに痛みが大きいことを窺わせる。苦悶の表情も同様だ。
「もう、ダメじゃないの!まだ完治したわけでもないのよ?あなたはそこで休んでいなさいな」
「傷を治してくれたことには、感謝をしている……。だが、僕を置いて話を進められるのも、気分の良いものではないからな……」
「後で話すわよ?」
「後になった時には、全てが終わっていそうな気がしてならないからな。僕も話に混ぜてくれ……!」
「これは、どうしたら良いかしら?」
「はぁ……そうやって興奮されると身体に悪いからね。そこで横になりながら聞いていなさいな」
「感謝する」
ソフィアラとランゼはやれやれといった様子で目を見合わせた。
傷の処置自体は終わっているということで、フランシスは痛み止めを服用させられた。それによってフランシスは途端に静かになった。
精神安定薬でも盛られたのではなかろうかとソフィアラは予測する。
「フランシス君、さっきの発言の意図は?」
「……先ほどまでは意識が朦朧としていたこともあって言いたいことが言えなかったからな。アヴェンドロトから救ってくれたことには感謝している。だが、奴はすぐに逮捕されるべきだ。ソフィアラが奴を管理している今こそ、僕はその機会だと考えている」
「悪いけどそれはできないわ。彼が居ないとクロを探し出せないからね」
「それはクロカワが結界というものに囚われているという前提の話だろう?すでにクロカワが死んでいたら、みすみす奴を捕らえる機会を失うことになるぞ」
「私一人では困難なことをやってのけるには、どうしても力を持った人間が必要なのよ。クロが死んだと確定できない限りは、私はアヴェンドロトを使い続けるわ」
「それが殺人鬼でもか?」
「ええ。目的のために手段は選んでいられないの。可能性がゼロでない限り、私は活動を止めるつもりはないわ。現在最も可能性が高いのが失踪事件。それでハズレなら別の可能性を追うわ。それにね、フランシス君はさっき捕らえると言ったけど、誰があれを止められると言うの?」
「不意をつけば可能だと僕は考えている。奴を放置していれば、それだけたくさんの人間が殺されるのだぞ?」
「クロが居なかったら世界は崩壊してしまうわ。ものの数が違うのよ」
「あの場面で言っていた話か……!その世界崩壊などという荒唐無稽な事象が僕には理解できない。クロカワが居ないと現実的にどうなるんだ?クロカワが神だとか何とか言っていたことと関係があるのか?」
「ちょっと、あなたたち!ヒートアップしても問題は解決しないわよ。もう少し落ち着いて話したらどう?」
話が加熱されていく様子を見て、ランゼが仲裁に入った。
一つの事象を別々の視点から見て意見が割れたのなら、それらが相入れることは難しい。
そもそも、意見をぶつけることが目的ではない。
「特にあなた、傷に影響するからアツくなるのはやめなさい!これはあなたの傷を治した先生からの命令です」
「あ、ああ……申し訳ない」
あまりのランゼの迫力に、フランシスは気圧されてすっかり勢いを失ってしまった。傷を治癒してもらった恩義というのもあるだろう。
「ただ、世界崩壊云々は私も気になるのよね。彼のステータスを覗いた以外はあまり深い内容を知らされていないからね。これから話を円滑に進めるためには、ひとまず情報共有が大切なんじゃないかしら?」
ランゼがクロを手伝う理由はまず、クロのステータスを見たことが影響している。
二つ目の理由は、オリビアがクロに付き従っていること。そして教会もその意向だという事実があるからだ。
コルネオからランゼへの指示は、クロの手伝いをしろという以外には明確なものを与えられてはいない。今のランゼには漠然とした仕事をこなしているという感覚しかなく、どうすれば良いのか本人でも分かっていないのが実際のところだ。
「そうね……。だけど私の話を聞くなら、ある程度の覚悟をしてもらわないと困るわね。じゃないと話してあげられないわ」
「……どのような覚悟だ?」
「目的のためなら何でもやるって覚悟よ。あとは命を賭けるくらいね」
「なんで覚悟より命の方が後に来るのよ?」
「命なんてみんな賭けてるでしょ」
「そ……そうね、そんな感じね」
ランゼの顔が引き攣っている。
そんなことはお構い無しにソフィアラは続ける。
「ランゼ先生は元々こちら側だから良いとして、フランシス君はどう?」
「先程のような甘い考えは持つな、と?」
「そうは言わないわ。泣き言言ってたらすぐに死んじゃうから、予め覚悟を持っておいてってことよ。大事な局面で考えを鈍らせるようなものを持つべきじゃないというのが私の考えね」
「僕は考えを変えるつもりはない。だが、ソフィアラの考えは尊重しよう。命を賭けるということも、命の危機に晒されたことで理解できた。だから話してくれ。僕はソフィアラたちの活動を支援したい」
フランシスの表情は真剣そのもの。
と言ってもフランシスはベッドに横たわっているので、その真剣さも薄れてしまうが。
「そういうことなら話すわ。私たちがどのような存在で、何を為そうとしているかを」
ソフィアラはフランシスを味方に引き入れる意味でも全てを話した。クロが異世界人というところから、世界の危機に至るまでを。
全てが終わると、フランシスの質問ラッシュだ。
「異世界人だったのか……。どうりで──」
「変なのは元からよ」
「神を取り込んだのか?」
「食べちゃったみたい」
「世界の危機はクロカワが一端を担っているのではないか?」
「ずっと首の皮一枚で繋がってた均衡が失われたのは事実ね。でもクロの力はティール神の与えたものだし、正常な流れの中で起こった事故だと思うわ」
「僕らのすべきことは?」
「地力を上げることかしら。あとは学園に秘蔵されている資料を閲覧する権限も欲しいところね。世界崩壊に関わる文献や人物の捜索は教会勢がやってくれているから、そちらはお任せって感じね」
「クロカワが死んでいたら?その場合は世界崩壊に直結すると言っていたようだが……」
「やることは変わらないわ。その場合は、クロの友人だったり共通の友人を頼るかしらね」
「友人?」
「とっても素敵な勇者のお友達がいるの」
「何というか……表現は間違っているかも知れないが、今のソフィアラは楽しそうに見える。これは僕の気のせいだろうか」
「そう見えるかしら?私自身も曖昧なのだけれど、やるべきことがあるから生きているって感じがするわ。辛く困難なことでも、みんなとならやり遂げられるとも思うわね」
「怖くないのか?」
「アヴェンドロトを前にした時は怖かったわ」
「そうは見えなかったぞ」
「足が震えていたのが見えなかった?声も上擦っていたしね。でもあの時は必死だったから勢いで何とかいけたの。急に友達から遺言を聞かされる側にもなって欲しいところよね」
意地悪く言ってくるソフィアラに、フランシスは赤面する。
一世一代の遺言だっただけに、それを思い出させられる恥ずかしさは凄まじい。
「そ、それは……!」
「緊急連絡で一方的に聞こえてきたから焦ったわ」
「聞いて、いたんだな……」
フランシスの持つ連絡用の魔導具に備えられた特殊な機能がある。緊急時に魔導具の出力を上げることで、相手へ強制的に声を飛ばすことができるというものだ。無理な負荷をかけてしまうことで魔導具が劣化してしまうというデメリットを抱えているために、使うのは本当に緊急性がある時だけだ。
ソフィアラは緊急連絡を受けた時点で足を止めて魔導具に話しかけた。しかしフランシスからの返事はなかった。
フランシスはフランシスでソフィアラからの返事を期待していたが、魔導具はすでに壊れてしまっていて返事がくるはずもない。
そういった不運が重なり合って、フランシスの一人語りだけが宙に浮くことになったのだ。
「あまり心配させないで欲しいわ」
「もう忘れてくれ……。って、ああ、もう一つ聞きたいことを思い出した。あのリバーとかいう男とはどういった関係だ?」
フランシスは恥ずかしさを忘れるために質問を絞り出した。
「あの人は父の仕事仲間だと聞いているわ。クロと通じて学園の殺人鬼退治とかをやっていたみたいだけど、私が会うのは入国以来ね。だから帝国で何をやっているのかも知らないし、知りたいならクロに聞くしかないわね」
「殺人鬼退治だと?」
「クロが二回、リバーが一回殺人鬼と接触したはずだけれど、まだ完遂できていないようね。女生徒の方が光と闇の二属性で、男子生徒の方が闇属性を使うらしいわ」
「そこまでわかっていて、捕まっていないのか?」
「そうらしいわね。逃げ足が速いみたいよ」
そこからも会話が続いたが、時刻も深夜に差し掛かるという頃合いなので今日はここでお開きとなった。
「今日は色々知ることができて視野が広がった。明日も是非協力させてくれ。アヴェンドロトとソフィアラが二人きりなど危なっかしくて仕方がないからな」
「ええ、ありがとう。それまでフランシス君は傷を癒すことに尽力してちょうだいね」
フランシスを医務室に残し、ランゼはソフィアラを外へ案内した。
「ところで、私はどうすれば良いのかしら?」
後半はソフィアラとフランシスが中心だったために、ランゼは空気だった。
ソフィアラは明日もアヴェンドロトなる殺人鬼を連れ立って調査を行うということだが、果たして大丈夫なのだろうか。ランゼは自分だけ特に何をやるべきかが定まっていないので不安になっている。
「ランゼ先生は私たちが怪我をした時のために待機を」
「そうなるわよね……。私が一緒に出るわけにもいかないし、仕方ないか。あまり無茶はしないようにね?」
「善処するわ。あ、そうだったわ。最後に一つ頼まれごとをして欲しいのだけれど、お願いできるかしら?」
ソフィアラたちが目まぐるしく一日を終える中、今日も帝国のどこかでひっそりと行方不明者が出ていた。そして謎の変死体も複数発見されている。
事態は着実に進行している。次の事件が起こるのも、そう遠くない。