第132話 錯綜
ソフィアラはアルと別れ、その足でフランシスを訪ねた。
夜にも関わらず、面識のほとんどないソフィアラを彼は快く受け入れた。
「確かに、僕の父は警察組織に属している」
「そう聞いているから最近の事件のことを知らないか聞きに来たの」
「僕が何かを知っていると?」
「白い悪魔のことでも、失踪事件のことでも。
なんでもいいわ。
私一人でここ数日間動いてみたけど、有益な情報は得られなかったからね」
ソフィアラはそう言って鞄から大量の資料を取り出した。
その中で一際デカデカと広げられた地図には、様々な色のマーカーで書き込みが為されている。
フランシスはそれらを受け取り、しばらく黙って目を通した後に口を開いた。
「僕の知り得ることなど少ないがな。
……ところで、これを一人でやったのか?」
「全部が全部ではないけれどね。
自分の足じゃその程度が限界だわ」
「その程度などと謙遜するな。
これを雑誌社に売るだけで一財産だぞ?」
「売る気はないわ。
それがみんなのためになるなら喜んで売るんだけどね。
白い悪魔についてはすでに対策法が分かってるし、失踪事件についても個人的推論に基づいた調査だからアテにはならないわ」
「そういうものか。
ただの興味本位の願いなら突っぱねたところだが、ここまで熱心にやっているのなら本気なのだろう。
僕の方からも父に進言……いや、今から行くとするか」
「え?」
「ソフィアラの成果を手土産に持っていけば話も聞いてくれるだろう。
それに、クロカワのことは僕も心配だ。
明日以降まで待っていては手遅れになることも考えられるからな」
「こんな夜じゃ迷惑じゃないかしら?」
「今は夜間こそ警察組織の活動時間だ。
急な対応が入らなければ時間もあるはずだ。
ソフィアラ、僕について来るといい」
「ええ、お世話になるわ」
ソフィアラはフランシスの準備を待ちつつ、
守衛もソフィアラの行動には慣れたもので、気さくに話す仲となっていた。
「ソフィアラお嬢さん、今からですかい?
夜は危険だと思いますけどねぇ?」
「ええ、でも心配しないで。
今日は一人じゃないから?」
「と、言いますと?」
「ほら、来たわ」
ソフィアラが視線を向けた先に守衛も目を向け、納得したように頷いた。
通用門に向かって歩み寄るのは荷物を纏めたフランシス。
「ああ、なるほど。
とはいえ、夜は危険ですからね。
お友達のことも大事かもしれませんが、まずはご自身を大切に」
「ありがとう、気をつけるわ。
クロとジュリエットが戻ったら、真っ先に伝えてちょうだい」
「それは勿論。
では行ってらっしゃい」
ソフィアラはフランシスに連れ立って学園を出た。
案内を彼に任せ、ソフィアラは話をしつつ無言の時間を消す。
「守衛と仲が良いのだな」
「最近じゃ一番出入りが多いのは私なんじゃないかしらね。
その影響もあってだと思うわ」
「なるほどな。
そう言えば、授業には出てないという話だったな?」
「そうね、好きにやらせてもらってるわ。
その点ではクロに似てきたのかも」
「なるほど、羨ましい」
「羨ましい?」
「そうだ。
クロカワとそれに類する者は、みな余裕と自由を得ているからな」
「私は義務を放棄しているだけよ。
規範から外れた行為を自由とは言わないわ」
「それでも、だ。
僕とは違ってしがらみがない分、思考の幅も広いのだろう」
「しがらみがないわけではないわ。
ただ、遥か先のことを無理に今考えるのは辛くなるだけ」
「大人だな」
「子供でいたくないと思っているだけかもね」
「……さて、着いたぞ」
夜中でも煌々と明かりを絶やさない建物は、所轄の警察署。
二人は入口の警備の目を受けながらエントランスを抜ける。
そのまま受付に話を通すと、しばらく待機せよとのことらしい。
どうやらフランシスが警察関係者といえど、顔パスではないようだ。
「早く案内してくれるらしいから、少し待っていてくれ。
僕は飲み物でも取ってくる」
学園を出れば爵位がついて回るものだが、フランシスは気にもしていないようにソフィアラに気を遣ってくれている。
ソフィアラは入学試験で見た彼と現在とを比較して違和感を覚える。
あまり他者と交流もなく貴族ばかりの環境にいては、凝り固まった貴族意識が芽生えてしまう。
それを解きほぐすのが学園という環境。
フランシスに対しては良い影響を与えているということだろう。
「すまない、コーヒーしか無かった。
飲めるか?」
「ありがとう、いただくわ」
紙コップに注がれたコーヒーの香りは、あまり良くない。
警察のコーヒーはどこも評判が悪いと聞く。
味も。
「飲めたものではないわね」
「だが安心するといい。
ちょうど迎えが来た」
「そうね、いいタイミング」
ソフィアラはカウンターにコーヒーを置いて、フランシスは一気に飲み干してから席を立った。
「フランシス、お前が儂を尋ねるとは珍しいことこもあったものだ。
話があると聞いたが、そちらのお嬢さんに関わることか?」
儂と言うだけあって、フランシスの父──スペデイレ家当主シルヴァーノは緑の髪や髭に白色が多めに混じっている。
しかし警察かつその警視総監とあっては、それに相応しい肉体を誇っている。
制服から筋肉が隆起するほどには。
「はい、父上。
彼女は──」
フランシスの言葉に被せるように、ソフィアラはまず辞儀から。
「私はソフィアラ=デラ=ヒースコートと申します。
本日はお忙しいところお時間をお取りいただき、ありがとうございます」
「良い。
では、ソフィアラ嬢。
儂を訪ねた理由を単刀直入に述べるといい」
「では……友人が失踪しており、その行方を探っております。
その関わりで個人的な調査を行っておりましたが、一向に成果が出ないということでお力添えを願えないかと参った次第です。
こちらをご覧ください」
シルヴァーノはソフィアラの資料に目を通し、すぐに彼女へ視線を戻した。
「調査を終えた君の私見は?」
「白い悪魔に関しては、力を誇示したい素人という線は薄いですね。
むしろその逆の傑物という印象です。
力を持った彼が探し求める強者とは何かまでは分かりませんが。
出現時間も夕刻に限られていて、そこに何かしらのこだわりがあるのかもしれません。
現在の被害者も賞金目当ての人間が多いようですし、今後被害が増加していくことはあまり考えられませんね」
「続けたまえ」
「失踪事件は発生時刻が夜から深夜にかけて起こっていて、場所も人数も毎回まちまちですね。
複数犯による犯行も考えられますが、それにしては目撃者がいないことからこの線は薄いかと。
逆に個人の犯行も、事件が大規模なことから考えられません。
同じく、白い悪魔との関連もなさそうです」
「それは何故かな?」
「失踪事件はやり口が巧妙で、杜撰な犯行の白い悪魔とは大きく異なっています。
不特定多数を狙う点からも同様に」
「なるほど。
では帝国各所で遺棄されている死体の数々と白い悪魔、及び失踪事件との関連は?」
「綺麗な死体から無残な死体まで様々ですし、使われた魔法も多系統ですから。
関連があるとすれば、失踪事件との方かと。
失踪事件でいなくなった人間が、後日死体として現れているという線が濃そうですね」
「ここまで聞いたが、どこかで聞いたような話だな。
どれも類推・憶測の域を出ない。
君の足で得た情報はそれだけかね?」
ソフィアラはシルヴァーノからは落胆したような印象を受ける。
これでは協力を得ることは難しいだろう。
もっと考えろ、とソフィアラは自身に命じる。
クロが失踪事件に巻き込まれているという前提で考えを組み立てれば。
「不特定多数を人間の手を煩わせずに巻き込むなら、魔法の存在は不可欠かと」
「それで?」
「人間の手による失踪であれば連絡の取れない遠隔地に運び出すことも可能でしょう。
魔法を行使した場合はそうではないかと」
「闇属性魔法では遠隔移動が可能と聞くな?」
「闇属性魔法では大人数を移動させられないはずです。
それが全て死体ならいざ知らず、死体を取りこぼすことがあるでしょうか?
意図的なものだとしても、遺棄する意味がわかりません」
「やけに詳しいな?」
「使い手を何人か知っているものですから。
ひとまず失踪事件は帝都内に限られているので、最も考えられる線は──」
「結界魔法、だろう?」
「ええ」
どうやら推測が当たっていたようだ。
ソフィアラは内心ホッと胸を撫で下ろした。
「目下儂らが問題視しているのは失踪事件の方で、結界魔法の線で調査を進めている。
とはいえ儂らの職務は人々を危険から守ることであって、調査が主ではない。
加えて軍とも折り合いが悪くて足並みも揃っていないのが現状だ」
「では、協力をお願いするのは難しそうですね……」
「そうだが、実はそうでもない」
「?」
「君の作り上げたこの地図、実に忠実に白い悪魔事件と失踪事件の場所を示している。
ここに儂らが得ている情報を書き加える」
黒いマーカーがソフィアラの地図に点を刻んでいく。
点の数は合計で九つ。
帝都は中心街を最内周として、そこから外側に内周、外周、最外周と続く。
全ての点は外周と最外周の辺りに沿って配置されている。
大通りとして機能している場所もあれば、貴族街だったり人通りの少ない区画だったり。
それでも全ての点を繋げば、円のように見えてもくる。
「これは?」
「要人が巻き込まれた事件の多くは伏せられている。
そして最後に、時間軸を加えれば……」
次は点のそばに事件が起こった順の数字が割り振られていく。
「あまり規則性はないように見えますね」
「その通り、時間的な規則性はない。
しかしそれぞれの点を繋いで円が出来上がると仮定すれば、北北東か、南東か、北西。
これらのどこかで次の失踪事件が起こる可能性が高い」
「南東だと学園に近いかしら」
「儂から個人的にしてやれるのはこれだけだ。
部下を調査に出したとしても、現時点で戻ってこれるという保証はない。
警察としても持てる力を出し渋っているわけではないが、未知を探るにも限度があるからな。
これで良いかな、ソフィアラ嬢?」
「感謝します。
この御恩はいずれ何かの形でお返しします」
「気にせずとも良い。
言った通り、これは儂の個人的な情報提供だ。
フランシスの友人に恩を着せるつもりはないのでな」
「友人か……」
「……」
ボソッと聞こえたフランシスの呟きを、ソフィアラは聞かなかったことにした。
「これからも仲良くさせていただきます。
貴方や息子さんとのご縁に感謝を」
「無茶はせぬようにな」
「ええ、ではこれで失礼します」
「父上、僕からも感謝を」
ソフィアラとフランシスはシルヴァーノの執務室を後にした。
「フランシス君、今日は助かったわ」
「友人の、危機だからな」
フランシスが恥ずかしそうに言った友人とはソフィアラのことであり、クロのことも含まれるのだろう。
「そうね、友人は大切ね」
「ソフィアラ、明日はどうするんだ?」
「例の三カ所のうち、どこかを探すわ」
警察として協力はできない。
それがシルヴァーノとしての回答だった。
現時点ではあまりにも危険というのが警察の判断だ。
ソフィアラを除いて、わざわざ首を突っ込む馬鹿はいない。
「僕も同行しようか?」
「危険だけど……いいの?」
「……拒絶されるかと思っていたから驚きだな」
「力を借りられるなら、それはとてもありがたいことなの。
皆危険だからって難しい顔をしてしまうからね」
「僕なら構わないということか」
「あまり意地悪を言わないでほしいわ」
ジト目でフランシスを睨むソフィアラ。
「す、すまない……!
そういうつもりで言ったわけではないんだ」
フランシスは慌てて取り繕う。
「嘘よ、気にしないで」
「へ?」
フランシスはそれを見て呆気の取られた表情で停止している。
「どうしたの?
早速だけど、明日はどうしようかしら?」
「いや、ソフィアラがそんなに気さくな女性だとは思ってなくて面食らっただけだ。
明日の予定だが、先ほど父が示した三カ所のどこかで待機して事件が発生しないかどうか見張っておこう。
別れて待機した方が効率も良いだろうしな。
その程度であれば危険もないし、ソフィアラの懸念も少ないだろう」
ポイントは北北東と南東、北西の三カ所。
「そうね、そうしてもらえると助かるわ。
連絡はどうしましょうか」
「連絡用の魔導具を貸しておこう。
帝都全土とまではいかないが、その半分程度の距離であれば音声での連絡ができるようになっている」
「そうすると、南東と北西じゃ少々距離が遠いかしら?」
「その二点間だと、連絡が難しいな」
「じゃあそのあたりを考慮して場所を決めましょうか。
それにしても、良い魔導具をお持ちね」
「自分で言うのもなんだが、我が家は風属性の名家だ。
通信や移動に関する魔導具からインフラに至るまで、我が家の関わる部分は多い。
そういう事もあって、僕も個人で持つには高価な魔導具を持たせてもらっているんだ」
「いつでも誰かと声で連絡が取れるのね」
「相手はいない」
「いないなら作ればいいのよ。
あなた、自分が嫌われる人間だと思ってる?」
「人に好かれる人間性ではないのは確かだな」
「そんなことないわよ。
あなたは自分から他者との間に距離を作りすぎだと思うの。
それでいてその距離を詰めようと思っているんだから、わざわざ難しいことしてるのが分かってる?」
「そう見えるか?」
「そうとしか見えないのだけれど」
「そんなことをはっきりと言われたのは初めてだ。
今日は驚くことばかりだな。
周りのことが見えていないばかりでなく、自分のことすら理解できていなかったとはな」
「人間って、自分が思うほど理解できていることは少ないのよ。
そういう点では他者との関わりって大切よ」
「ソフィアラはなぜ僕にそうまでしてくれる?」
「クロの友達でしょ?
そして私たちも」
「そういうことか」
フランシスがフッと笑う。
「そういうことよ」
ソフィアラも同様に笑みを溢した。
▽
次の日の夕刻──
フランシスは北西部の尖塔上から周辺を観察していた。
今の彼は学生服を纏わずに私服のスーツを着用している。
ここは背の高い住宅が多く、上からでも全てを見渡すことは困難だ。
「ソフィアラ、こちらの人間の流れに怪しいところはなさそうだ。
何者かが暗躍して何かを画策しているような動きはないと思われるが、全ての把握は難しいな。
そちらはどうだ?」
フランシスが握るのは、拳に収まるほどの正四面体。
その白い魔導具に向けて声を投げかけている。
すぐに返答はあった。
『こちらは白い悪魔の活動時間を避けるように人の数が減っているわ。
人の多い大通りは安全だということかしら。
そちらに人の流れが移動しているわね。
怪しい人はいないみたい』
ソフィアラは現在北北東のポイントで待機中だ。
彼女のポイントはフランシスの居る住宅街とは異なり、開けた場所の多い区画だ。
ソフィアラはフランシスほど移動能力には長けていないため、地上からの調査を行なっている。
帝都で巻き起こる事件を暴いてクロの所在を突き止めるという目的があるとはいえ、二人が明確に何を目指せば良いかは実は曖昧だ。
失踪事件を引き起こしている個人又は組織を捕らえることができれば最善。
その手法を解析して、囚われたクロを助け出す方法を見出すことができれば次善。
クロのいる場所に飛び込むことができれば三善。
それもこれも結界魔法というものが本当に存在していて、そこにクロがいるという仮定に基づいたソフィアラの意見だ。
もしかしたら殺されているかもしれない。
ソフィアラはその可能性を否定したいがために行動しているだけなのでは、というのがフランシスの考えだ。
とはいえ、クロが簡単に殺される男ではないのは確かだ。
「ソフィアラは大きな流れから離れた人間を追っていてくれ。
僕の方は入り組んだ場所ゆえ、動き回らざるを得ない。
急を要する場合は例の方法で頼む」
『動くと魔導具の精度が下がるのは仕方ないわね。
まだ陽は落ちていないけど、そんなに動き回って大丈夫なのかしら?』
「すでに通報を受けて警吏の人間に追われている。
この時勢に怪しい動きをしているのは一体誰なのかという話だな。
僕の顔を見て理解を示してくれる人間もいなさそうだから、動きを封じられるまではこのまま続ける」
住宅街を飛び回る不審者には妥当な対応だろう。
『無理はしないでね』
「そのまま返す。
お前たちのグループは相変わらずだな」
『そうね、気をつけるわ』
「ではまた後ほどな」
フランシスは魔導具を鞄に詰め、地面を蹴った。
ちょうど同じタイミングで、フランシスのいた建物の屋上まで人が雪崩れ込んできた。
魔法杖を抱えた警察関係者が二名。
警察でも武力担当の部署に所属する者だろう。
いよいよ危険分子として認識されてしまっているらしい。
「君、いい加減に……!」
「すまない、あと三日ほどは我慢してくれ」
「何を言っている!?
くそッ、もっと人数を動員しろ!
失踪事件関係者の可能性が高い!」
フランシスはそのまま空中を蹴り、別の建物の影に姿を消す。
「この僕が事件関係者か。
僕の想定した日常から大きくかけ離れているが……」
嫌な気分ではない。
「あそこだ、いたぞ!」
フランシスの眼下にはゾロゾロと動き回る同じ制服の人間が多数。
足を止めるとすぐに見つかってしまうようだ。
「思った以上に目立つな……。
これは一度地上に降りて姿を隠す必要があるか」
今度は壁を蹴り、建物の間を縫うようにして移動を開始した。
それと時を同じくして空中に飛び出していく警察官が数名。
彼らもフランシスを捕らえようと躍起になっている様子だ。
そのまましばらく移動を続け、人気のない場所に着地し息を落ち着ける。
「ここまで来れば安全か。
先ほどの場所は疑似的に警官を配置したような環境になっているから、何かが起こっても安心かもしれんな」
フランシスにそういう意図があったわけではないが、結果的には犯罪を防ぐことに一役買っていそうではある。
「それにしても暗い場所が多いな」
住宅街とはいえ、夕刻では陽の届かない場所も多く見受けられる。
まだ少し魔光灯が燈る時間には早く、こういった時間こそ危ないのかもしれない。
フランシスがそう思って地上を歩いていると、サッと視界の端に映るものがあった。
「……?」
路地の向こう側。
続けて大きな人影が勢いよく通り過ぎていく。
何かが起こっている。
フランシスはそう確信して地面を蹴った。
勢いよく躍り出ると、何やら小脇に荷物を抱えた巨漢が走り去る姿が見えた。
彼の向かう先が警察官たちの居る方向なら放置もできそうな案件だが、あいにくと逆方向だ。
それに、地面を汚す血の滴りが事態の異常性を激しくフランシスに訴えてきている。
「ソフィアラ、怪しい人物を見つけた!
僕は待機地点から北にそいつを追いかける!」
『え、まだ──……』
動き出したことで連絡魔導具の接続が切れる。
フランシスはソフィアラの返事も待たずに巨漢の背を追う。
一方、ソフィアラ側──
「もう……!」
通信はフランシスの身勝手で切れてしまった。
その後何度か魔導具に話しかけてみたが、一向に返答はない。
おそらく今も走って不審者を追いかけているのだろう。
「さて、どうしようかしら」
フランシス側に異常事態が起きたのなら、それは帝都で起こっている事件に関わる何かだろうか。
その場合は、このままフランシスの方へ向かうのが正解だ。
しかしこれが全く関係性のない偶発発生の事件だったとしたら?
そして今この場で待機することが正解だったとしたら?
この場合は、意味のない事件に向かってしまったせいで折角のチャンスをフイにしてしまうことになる。
一度フランシスの方に向かってからまたここに戻ってくるまで、何も起こらないことを期待する線もないわけでもないが。
果たして、そううまく事が運ぶだろうか。
「何が正解なの……?」
あとはフランシスからの連絡を待つのもアリかもしれない。
フランシスの問題が単なる些細な事件なら良い。
もし関係のない事件であっても、彼の身に危険が迫っている事態なら?
ソフィアラの心はフランシスの方へ向かえと言っている。
行方の分からないクロと、友達のフランシス。
現時点で最優すべきは。
「もちろん、後者」
クロはどこかで生きている。
ぽっくり逝ってしまうような男ではない。
であれば、ここで動かないわけにはいかない。
ソフィアラは散策にも近い見張りを切り上げ、フランシスの元へ急ぐ。
しかし水属性は移動能力に長けた適性ではないため、どうしても時間が掛かるのは仕方がない。
急に走り出したソフィアラを見て周囲の人間からどよめきが漏れた。
そんなことをいちいち気にしていても仕方がないが、ソフィアラに気を取られて動きを止める人間は正直邪魔だ。
「スムーズな移動を期待するなら……上ね。
ロード──」
「おわっ!?」
攻撃されると誤認した男が尻餅をついて怯えている。
「ごめんなさい、通るわ。アイスロック」
ソフィアラは男を飛び越え、手頃な壁に出現した氷を足場に建物の上へと登る。
ここまで来れば、多少高低差があるとはいえ移動の障害になりうる人間はいない。
「はぁ……彼もクロと変わらないわね」
騒ぎの渦中に向かえば、フランシスもそこに居るだろう。
ソフィアラは嘆息しながら目的地を目指す。