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Re:connect  作者: ひとやま あてる
第7章 帝国編Ⅲ
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第131話 酒場

響き渡る破砕音。


撒き散らされるのはクロの脳漿ではなく、


「ハ……ッ」


浅い息と岩の破片のみ。


勝ち誇ったレザーの表情が途端に驚きへと変化する。


「一応コンプレックスの裏に防陣を張ってたけど、大したことなかったな」


確かにレザーの攻撃はクロの顔面を捕らえていた。


しかし岩礫はクロが出現させた岩体を削ったのみで、衝撃こそ与えど肉体を傷つけるには至らない。


クロは顔面を覆う岩体の口元だけ解除し、終わりの言葉を告げる。


「あーあ、折角忠告したのに。

残念だよ……ロード、ロックスフィア」


現れたのは、四つの岩球。


「き、貴様……!」


無表情で無機質に発された言葉に、レザーは心から戦慄した。


自分が狩られる側の立場だということを認識したためだ。


驚きから覚めたレザーは慌てて防御に移る。


「ロード、ロックウォール!」


すると二枚の石壁がレザーの左右から斜めに突き出し、彼の前方をクロスするように覆っていく。


「ロード、ロックニードル!」


続けてレザーが発動した魔法により、岩壁の表面から無数の棘が出現した。


立て続けに行われる魔法は見事と言う他ない。


が、クロは刺し殺さんと迫る壁にも動じない。


「ロード、エア……」


こんなやつに寿命を割いてまで防陣を使う必要もないか、とクロは次の魔法を準備しつつ地面を蹴った。


後方へ飛び上がることで壁の脅威は遠のいたが、同時にレザーを縛る拘束も解除されてしまう。


「貴様は許さん!

ここで女共々メチャクチャに!」


レザーから高らかに獰猛な叫びが上がる。


「……バースト」


クロの言葉とともに、空気の爆発が周囲に浮かんでいた岩球を激しく叩いた。


続く破壊音により、レザーの叫びは一瞬で掻き消された。


クロが軽やかに着地すると、岩壁には四つの綺麗な穴が確認できる。


破壊音は岩壁から生じたものではなく、その先の地面が激しく抉られた瞬間に発生したものだ。


ビキビキ──


穿たれた穴から亀裂が走り、岩壁が崩れゆく。


「あ……が……ッ」


呻きの主は言うまでもない。


壁の向こうには、血溜まりに沈むレザーの姿があった。


見事に両肘両膝を撃ち抜かれて為す術もなく横たわるレザーの姿に、ソルディッドも絶句した。


ジュリエットも息を呑んで見守る中、クロはレザーに近づき魔法を唱える。


「ロード、マイナーヒール」


傷つけて、治す。


その行為にソルディッドは恐怖した。


「何……をッ……!」


「死にたいか?」


「が……何を言うか、とッ、思えば……」


「後でしっかり殺してやる。

殺しのデメリットさえ判明したらな」


完全とはいかないまでも、レザーの手先足先の傷が徐々に塞がりつつある。


そこから噴き出す出血も頻度を減じ、出血多量によるショックは避けらそうだ。


「質問を続けるぞ?」


それがレザーにとっての幸福なわけはないのだが。


無慈悲に頭上から告げられるそれは、これまでの行為の繰り返すと言っているようなものだ。


抵抗すれば、次も容赦なくレザーを傷つけ癒すだろう。


「ジュリエット、そいつから目を離すなよ」


そいつとは、ソルディッドのこと。


クロが真っ黒な瞳でソルディッドを見ると、小動物のように震え始めた。


「ひ、ぃいいい!」


クロはこれ以上ソルディッドを痛めつける予定はない。


しかし、「次はお前だ」と言わんばかりの指示はソルディッドの身を固くさせる。


クロは話を進める。


「この結界内で、人を殺すことにどんな意味がある?」


「意味など……」


「殺すことでカウントが増える。

意味がないわけないだろ?

それともなにか、あんたらは殺したくて殺したっていうのか?」


「お前、も……、ヒュー……殺せば、分かる……」


「ちょっと派手にやり過ぎたか。

こいつじゃ話にならないな……おい」


虚な目で浅い息を繰り返すようになったレザーとは、これ以上まともな会話は難しいだろう。


クロはそう考えて標的を変えた。


声をかけられたソルディッドはゾッとする。


「今度はお前が答えろ。

殺すことの意味と、メリット・デメリットについて」


「は、話せることはねぇでやんす!

レザーの旦那が知らないことを、知ってるとでも思ってるでやんすか!?」


「なんでこうも……まぁいいか。

それじゃあソルディッド、レザーを殺せ。

できないなら、あんたを惨たらしく殺す」


「ヒッ……!」


「クロ君、ちょっとやりすぎじゃ……?」


「こいつらは俺たちを殺そうとしてたんだぞ?

やらなきゃ、やられる。

この空間のことを早いうちに把握しておかないと、厳しいのは目に見えてる」


「厳しい?」


「ここから先、疲労と空腹でマトモな思考ができなくなるはずだ。

可能なら脱出を目指すが……。

ソルディッド、あんたは脱出方法を知っているか?」


「知ってたらもう出てるでやんす!」


「だよな」


「そうなんだね……」


「そういうことで、生き残るには情報が必須なんだ。

今の俺は生きるためならなんだってやるし、必要ならソルディッドを拷問するのも仕方ない。

じゃあこれで最後だ、ソルディッド。

あんたがここにやってきて知り得た情報を話せ」


ギリギリまで渋っていたソルディッドも、レザーの状態を見て自身を優先したようだ。


そうしてようやく口にした内容は二つ。


人を殺し続けて数字が一定以上になれば結界から出られるということ。


人を殺せば自身が健全な状態に戻れること。


どちらも謎の男性に教えられたことらしく、その男は名前も名乗らずすぐに消えたらしい。


男の数字は2だったそうだ。


「健全な状態ってなんだ?」


「何も不自由無い状態のことでやんす!

病気になって初めて意識する、健康のことでやんすよ」


「つまり、あれか?

レザーが今誰かを殺せば、五体満足な状態に戻れるってことか?」


「詳しくは自分で確かめればいいでやんす!

話すことも話したから、さっさと治してどっかいくでやんす!」


「俺があんたを治したら、あんたはまた誰かを殺すのか?」


「それの何がいけないでやんすか?」


「何が、って……!」


「気に入らないならここでレザーの旦那共々殺せばいいでやんす。

その場合、あんたもこっち側と同じ人間ということになるでやんすな。

そもそも、あそこまで人間を傷だらけにしておいて平気でいられる方が気が知れないって話な訳で」


「てめぇ!」


「クロ君、やめなよ!

挑発に乗ったらあっちの思う壺だよ?」


「くそッ……」


もっと痛めつけてやろうかと動き出したところ、クロはジュリエットに止められてしまう。


「さっさとこの脚を治すでやんす」


その様子を見てヘラヘラと嗤うソルディッドに、クロの殺意が募る。


「……いや、気が変わった。

あんたらはこのままにする」


「は!?

何を餓鬼みたいなことをッ!」


「俺は餓鬼だよ、殺しを躊躇できる程度にはな。

だから俺はあんたらを殺さない。

生きたきゃ頑張って生きろ。

必要なら、あんたがレザーを殺して健康になればいい。

生きるために身内を切るって考えも分からなくはないけど、次に会った時にあんたが一人だった場合は容赦なく殺してやるよ。

じゃあな、なるべく会わないことを祈ってるよ」


「な……!?

それじゃあ約束が違うでやんす!

傷を治すってことだから話したって言うのにあんまりでやんす!」


クロは叫ぶソルディッドを無視して、ジュリエットを連れて歩き出した。


いつまでも背後にソルディッドの怨嗟の声が聞こえるが、犯罪者の声などそれほど心には響かない。


「ジュリエット、ごめんな」


「な、何が?」


「中途半端で悪いな、って。

あそこであいつらを殺していれば、俺もジュリエットも健康な状態になれたはずなんだ。

恐らく空腹なんかも問題なくなるはずだと信じてる」


「それはむしろ良かったって思うよ。

なんというか、さっきのクロ君怖かったし」


「それはすまん。

命の危機になると、たまにああやってスイッチが入っちゃう時があるんだよ。

怖かったら離れててくれていいからな?」


そう言語化してみたクロだったが、その異常性に内心落胆する。


「そんなに頻繁に死にかけてるの?」


「まぁ、それなりには……?」


「こわ……」


「まぁ、あいつらの場合はチャルックみたいに明確な殺意で接してこなかったってのも躊躇した要因ではあるな。

未然に相手の害意を防げたからこんな気分でいられるけど、次も誰かに襲われるようなことがあったら分からない」


「でも、生きるためなら仕方のないことかもって私は思えてきたよ。

そうなってるのも多分、肉体的にも精神的にも疲弊してるからだと思うんだけどさ……」


「空腹も結構限界に来てるし、どうにも水を飲んでるだけじゃ無理があるよな。

思考も煩雑になりがちだし、脱出方法の達成も現実的じゃない」


「一定数殺せば出られる、ってやつだよね?」


「そうだ。

レザーとソルディッドに情報を与えた男は恐らく結界を作った側の人間だろうな。

わざと曖昧な情報を与えることで俺たちは混乱させられてるわけだし、そういう意図があると考えるのが自然だ。

ただ、本当に数字を稼いでいけば出られるかは疑問だけどな」


「え、なんで?

数字が一定になれば出られるんでしょ?」


「その男が真実を言っているという証拠がない」


「それは……そうだね、確かに」


「この数字だって、全く意味のない殺害数カウンターって線もある。

人を殺すことで本当に健康になれたり脱出できるのなら試すって可能性もあるけど、その確証が得られない以上難しいよな」


「じゃあ、手詰まりってこと?」


「いや、そうでもないな。

ここからは積極的に動き回って人と接触する。

これが一番危険で現実的な方法だけど、結界を作った側の人間に会えれば情報を得られるかも知れない。

その場合、戦闘は必至だけどな」


「やっぱり避けられないよね。

そういえば、チャルックさんって巻き込まれた側の人なのかな?」


「うーん、どうだろうな。

今となってはどっちか分からん。

チャルックは殺しを楽しんでそうだったから結界側の人間にも思えるけど、この環境になったからこそ活性化しただけの一般人って可能性もないわけじゃないしな」


「そっかぁ……」


「あと行動するにあたって危惧すべきは、他の巻き込まれた人が同じように誤った情報を与えられているかも知れないってことだ。

殺すことでここから出られるなら、死に物狂いでそれを達成しようとするのも理解はできる。

俺たちも時間的制約があるわけだから、少なくとも行動しないってわけにはいかないな」


「そうだよね。

いずれにしても私はクロ君の決定に従うから、なんでも言ってね」


「いいのか?

危険だぞ?」


「だってクロ君、私のこと守ってくれるんでしょ?」


「そりゃあ……そうは言ったが」


「ならいいじゃない。

学園に通う以上、将来的には魔族と戦うことを視野に入れて生活してるわけだし、それが早まったと思えばなんとかなりそうな気がするよ」


「相手は人間だけどな」


「危険な相手なら、魔族でも人間でも一緒だよ」


「そう、か……そうだな。

そう考えないとやっていけないか」


どうにもジュリエットの変化が気になるクロ。


しかしそれを口に出して指摘はしない。


結界内で生き残るにあたって彼女の考えはひどく環境にマッチしたもので、クロとしては今後の行動に良い影響しかないからだ。


下手に泣いたりぐずられたら動きが制限されるものも、ジュリエットが積極性を見せるのなら話は別だ。


相手を殺すことを視野に入れて行動ができる。


「うんうん。

あとさ、今気になったことがあるんだけど」


「なんだ?」


「ラドングさんって、ここに来るまでベロベロに酔ってたんだよね?」


「そんなこと言ってたな。

フラフラになるまで呑んで歩いてたら気づけば結界内、って感じだったっけ」


「そんな人がさ、急にシラフに戻ると思う?」


「俺たちと会った時ってことか?

相当時間経ってたんじゃないか?」


「切り付けられた傷があるのに、身体には一切傷がなかったよね?」


「そうだな」


「ラドングさんはその時、多分相手を誤って殺しちゃってたと思うんだよね。

そのせいで頭上には1が点灯して、なおかつ酔いとか傷が消えて健康になったんじゃない?」


「うーん……。

ソルディッドの情報が事実なら、その可能性はありそうだが……」


「情報を裏付けるには不十分かも知れないけどね」


「まぁ、そう信じないとやってけなさそうな気もするな。

生きるためには他人を害することも考えないといけない。

それがここのルールなら、従わざるを得ないか……」


殺すことで回復でき、殺すことで脱出できる。


いずれにしても殺すことが前提の結界内。


これが間違った情報だと信じたいクロたち。


しかし内心は、その情報は正しいのだろうと半ば確信している。


「でもできることなら」


「?」


「健康になるために誰かを傷つけるんじゃなくて、襲われて生き残るために仕方なくって方がいいよね。

そっちの方がまだ自分を騙していられるよ」


「心まで健康にしてくれたらいいのにな」


「相手を傷つけてそれは難しいよね」


「全くだ」



            ▽



ソフィアラは周囲を観察し、マナの残滓を追っている。


「ここもハズレね」


しかしここにも目的のものは無かったようだ。


「ソフィ、いつまでやるんだよお?」


「問題が解決するまでよ。

アルも最後までやるって言ったじゃない。

付き合いなさい」


「そうは言ったけど、ここ三日間ほぼ帝都中を歩きっぱなしじゃないかー。

ヘトヘトだし、お腹も空いてきたぞ!

今日はもう無理だ、無理無理!」


アルはそう言って座り込んでしまった。


やれやれと言った様子でソフィアラが視線を外部に向けると、幾分か行き交う年齢層も変っている。


すでに子供の出歩く時間ではなくなっているということだ。


「……それもそうね。

疲労のことは頭から抜けていたわ。

この辺りのお店で夕食にしましょうか」


「やったぜ!

今日は肉がいいな!」


「あまりそういうお店は知らないのだけれど」


「じゃあ、あそこだ!」


「えっ……?」


アルが指差した先は──


「兄ちゃん、ビアを四人分!」


「へいまいど!」


わいわいと騒がしい店内。


昼間は主に定食屋として、夜間は酒場として賑わっている有名店だ。


なおかつ夜間も食事を楽しむ場として十分なメニューを取り揃えている。


「アル、私たちここにいて大丈夫なのかしら……?」


学生服を纏った人間は彼女らだけなので、ソフィアラも肩身が狭い様子だ。


「定食屋がついでに酒を提供してるって感じだから大丈夫だぞ!

そのくせ酒の評判がいいみたいで、休みの日とかは昼からも飲んだくれで賑わってるな。

こういうところの方が情報も集まるし、お腹も満たされる。

良い事づくしじゃないか!」


「そう、なのかしら?」


「そうだぞ!

おばちゃん、注文お願いしまーす!」


こういう大人ばかりの環境にも平気で入っていけるアルにソフィアラは感心しつつ、店員の到着を待つ。


「お待たせ……って、あら学生さんかい。

いいのかい、こんな時間に出歩いて?」


「大丈夫大丈夫。

うちは肉系のおかませ、ガッツリ大盛りで!」


「私は海鮮のビリヤニを」


「あいよ。

まぁ元気があっていいことさね。

なるべく早く帰んなよ」


「はーい!

お腹減ってるから爆速で頼みます!」


「はいはい、少しお待ちな」


店員の背中を見送って、ソフィアラは周囲へ耳を向ける。


聞こえてくるのは仕事の話、世界情勢の話、その他様々だ。


その中でも特に多いのは下衆な話。


どこの女とヤッただの、あの店の質は良くないだの、果ては浮気相手の男を刺しただの。


よくもまぁそんなに大声で話せるものだとソフィアラは不快感を滲ませる。


そんな中、やはり最近の事件についての話もチラホラ。


「あいつも馬鹿だよなぁ。

わざわざ白い悪魔探し出して返り討ちにされるなんてよ」


「全くだぜ。

そのせいで俺たちの仕事配分が増えてんだから勘弁してくれって話だ」


「危険を背負ってまで懸賞金が欲しかったのか?」


「家庭があるのにギャンブル狂いだったからな。

奥さんには隠してたみたいだけど、後めたいならやめりゃよかったのにな」


「これで金の無心にこられなくて済むって考えると、むしろプラスなのかね」


「でもあいつのおかげで、こうやって飲める時間も減るんだよなぁ。

明日のこと考えると憂鬱だぜ……」


指名手配されている白い悪魔には懸賞金が掛けられている。


今では力自慢だけではなく、賞金目当ての連中も探し回っているという噂だった。


男たちの話を聞くに、それはどうやら事実だったらしい。


「食べ終わった後も続けるのか?」


「どうしようかしらね……」


「今日も一日中動いてたんだろ?」


「そうね。

疲れもあるから明日に備えて今日は帰ろうかしらね」


「そうした方がいいと思うぞ。

ガルドも心配してたしな」


「ガルドも白い悪魔に会ったわけだし、心配してくれるのも分かるわ。

でも、危険を承知でやらないといけないのよ」


「そんなに心配か?」


「アルは心配じゃないの?」


「心配ではないと言えば嘘になるけど、クロが死ぬとも思えないんだよなー。

ジュリエット共々見つかってないわけだし、知らせがないのは良い知らせって言うしな。

クロが戻ってきた時にクロを心配して何もしてませんでした、じゃ話にならないしな」


「それもそうね」


「ソフィは明日も授業には出ないのか?」


「先生にも伝えてあるし、しばらくはお休みね。

アル、あなたはその間にしっかり学んでおきなさい」


「なんだソフィ、うちじゃ学力が足りないって言うのか?」


「そうね……不十分とは言わないけれど」


「おおおい、はっきり言われない分なおさら傷つくぞ!」


騒いでいるところに、店員が到着した。


「ほれ、お待たせ。

この店の中じゃ嬢ちゃんが一番元気だわね」


「おおー、待ちくたびれたぜ」


ようやく二人の料理がキッチンカートに載せられてお出ましだ。


アルの方は、分厚いステーキ肉が熱々の鉄板上でソースを焦がしながら湯気を上げている。


ソフィアラの料理はというと、スパイスの効いた米とサイズの大きいシーフードが食欲をそそらせる。


「では、いただきましょうか」


「いただきます!」


獣のように肉に食らいつくアルとは対照的に、ソフィアラは背筋をしっかり維持したままゆっくりと食事を口へ運んでいる。


「アル、その食べ方は少しはしたないわ」


「周りに貴族なんて居ないし、そんなに気にすることないぞ?」


「そもそも女の子として、ね」


「そう言うなら、明日から気をつけるぜ」


他愛のない話をしながら食事は進む。


その間もソフィアラは周りの会話を拾う。


「オヤジ、ビア追加!」「それ、労働局に相談した方がいいよ……?」「最近魔法のスクロール転売がアツい。お前もやった方がいいよ」「いや、ポーションの方が手っ取り早いぜ」「やっぱ女ってクソだわ」「それマジで言ってんの?」「中央大陸に派兵されてた友達が言ってたんだけど、今代の勇者はやばい奴しかいないらしいぜ」「国定魔導具技師の試験難しすぎるんだがッ」「最近やっと彼女できた彼女だったのにヨォ」「会計お願いしまーす」「図書館の司書の子、可愛くね?」「私、この間外郭の上で白い悪魔見たよ!」「あの眼鏡の子?」「彼、顔は良かったんだけど性格がねぇ……」「貴族街に行く途中に紹介のみでしか入れない店があるらしい」「ラドングのやつ、ここ数日来ないよな」「あのグループってみんなそんな感じだからやめた方がいいよ」「教会がキナ臭いって話、知ってる?」「手が触れたから、思わず抱きしめて告っちまった……」「西側からの物資の搬入が多いんだって」「赤い宝石の出元は魔王崇拝教って名前らしい」「ねぇーえ、今日はお邪魔してもいいんでしょお?」「ガハハ、もっと飲んで構わんぞ!」「こないだの夜中にピエロの格好した人が彷徨いてた」「ワシはのう、若い頃は俊足の魔術師として恐れられておったのじゃぞいぞい」「爺さん、飲み過ぎだって!」「起きたら知らないおじさんと寝ててさ、めっちゃウケたわ」「あーあ、また先輩寝ちゃったよ。誰が連れて帰んの?」「おい馬鹿、ここでは絶対に吐くなよ」「オークションの品目に魔導書が並んでたんだが、みんなで金を出し合わんか?」「お前はこの荷物を運ぶだけでいい」「給料全部酒に変えちまうアホングなら北の貴族街で死んでたらしいぜ」「旅に出るなら王国方面だよなぁ……」「その後おじさんが起きてきてさ、テクが凄くてイカされまくっちゃったよね」「吟遊詩人も危ないからって街を出たって」「キモすぎ、そらフラれるわ」「また爵位を剥奪された貴族が出たって話」「そろそろ店を畳む頃かねぇ」「白い悪魔フィギュアって売れると思う?」「あの新入り、おっぱいデカすぎるせいで遠心力でよく転ぶのよ」「腰の痛みには薬湯が効くから試してみろって」「学園が中途採用探してるってさ」「先輩、ごちになります!」「皇帝の手腕が評価されてるのって、だいぶ昔の話だよな。今は見る影もねぇっての」「ごめん、カミさんに怒られるから帰るわ!」「悪魔の活動時間は夕方だけだから、そこ避ければ案外平気よ」「ライカンの息子も退学したって言ってたな」「今中央大陸行くのは自殺行為以外のなにものでもねーべ」「お前ら、もう一軒行くぞ」「明日も頑張りましょう」「おうおう、どっちが強いか確かめてみるか?」「お前の舌はどうなって──」


「ソフィ、聞いてる?」


覗き込んでくるアルに気が付いて、ソフィアラは意識を外界から戻す。


すでにアルは食事を平らげてしまっているようで、満足な顔が出来上がっている。


「……ごめんなさい、聞いてなかったわ。

何かしら?」


「気になる話はあったかって聞いただけだぜ」


「まぁそれなりに」


「直接聞きに行く?」


「いえ、大丈夫よ。

お腹はいっぱいになったかしら?」


「おう、満足だぜ」


「じゃあ今日は帰りましょうか」


「おう、おばちゃん会計お願い!」


「あいよ、お待ちな!」


二人は店員と軽い会話を挟んで店を後にした。


店員の話では、常連の人間も数人が姿を消しているらしい。


そのうち遺体として発見された者もおり、物騒なことこの上ないと言う話だった。


「やはり人が増えているわね」


「……?」


人々は、白い悪魔が出没するとされる夕刻を避けて行動しているようだ。


なおかつ人通りの多い場所を選んで動けば、白い悪魔に襲われないというのが通説となっている。


「ううん、なんでもないわ。

帰りましょう」


夕刻は悪魔の時間。


そこを過ぎて夜になれば、神隠しの時間。


すでにクロが消えて四日が経過している。


行方不明になった人間が次に現れる時は、生きた人間ではなく死体としてだという話もある。


だからこそクロが死体として発見される前にソフィアラ自身が見つけ出さなければならない。


クロは十中八九事件に巻き込まれていると言うのがソフィアラの私見だが、そうでない場合は非常に厄介なことだ。


例えば拉致されて国外へ移送されていた場合やすでに殺されて死体も遺棄されている場合、現在のソフィアラの活動は意味のないものになるからだ。


だからこそソフィアラは、クロが現在進行形で事件の渦中に居ることを願う。


「ソフィ、行くぞー?」


「ええ」


アルの後を追いながらも、思考は流れたままだ。


この四日間、独自に調べていても特に際立った情報は得られなかった。


むしろ先程の酒場の方が情報に溢れている様子だった。


クロとジュリエットは学園を二人で出ていくのを目撃されて以来、誰も目にしていないそうだ。


これはクラスメイト達からも、守衛からも確かな情報だ。


しかしソフィアラ一人が外に出て調査をしたところで、いかんせん進捗のほどは芳しくない。


アルを巻き込んでも結局は同じことだった。


やはり頭数が必要だろう。


もしくは人探しや調査に長けた人間が。


ソフィアラもパッとは思いつかない。


活動するにあたりアル以外にも声をかけたものの、オリビアは危険度を加味して首を縦には振らなかった。


ガルドに至っては、白い悪魔には二度と遭遇したくないという理由で同行を拒否されている。


彼らも彼らなりに何かを調べてくれてはいるようだが、どれも良い結果を得られていない。


そもそも、未解決の事件を学生風情が解決したいというのが思い上がりなのだ。


とはいえ、事件解決を待っていても仕方がない。


「軍と警察組織が同時に事件を追っているから、そのどちらかから情報を得られたらいいのだけれど……」


軍で思い当たるのはアルメイダルだが、そう易々と情報を開示するだろうか。


難しいだろう。


とはいえ警察組織にも知り合いは居ないしなと考えたあたりで、


「そういえば……あっ」


ソフィアラはあることに思い至った。


「ソフィ、急に早足になってどうしたんだ?」


歩みを早めるソフィアラに対し、アルは疑問を投げかけるのだった。

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