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Re:connect  作者: ひとやま あてる
第7章 帝国編Ⅲ
138/170

第130話 三文

休み明けのAクラス内は大きな騒ぎになっていた。


騒ぎの内容は、クロとジュリエットが二人して授業に姿を現さないことに関するものだ。


そこに単なる病欠を疑う学生は少なく、多くは不純な可能性を想像──いや、期待している。


「ソフィ、なんか知らないのか?」


例に漏れず、アルもこの話が気になって仕方ないようだ。


「昨日の朝にジュリエットと出かける姿を見たのが最後ね。

昨夜の特訓にも来てなかったから不思議に思っていたのだけれど」


「やっぱそうかぁ。

今頃ジュリエットとイチャイチャいてるんだろうなー」


「そんなこと──」


無いとも言えないか、と考え直してソフィアラ発言を控えた。


そしてその後語られたアルの妄想も酷いものだった。


クロとの関係をジュリエットの家が許してくれなかったので駆け落ちしたとか。


ジュリエットがクロに攻められすぎて足腰が立たないから欠席してるとか。


果てには、一発で子供を当ててしまったから焦って今日は出てこれないだとか。


こんな話を大声で話されようものならクロの評判が地に落ちることは間違いない。


なので、ソフィアラはアルに対してキツめに灸を据えた。


滔々と正論をぶつけるソフィアラと、それに怯えて狼狽えるアル。


これもまた一波乱ありそうな噂としてクラスの喧騒に彩りを添えていく。


「クロ、大丈夫かしら……」


クラス内が和気藹々と噂で賑わう中、ソフィアラだけは妙な胸騒ぎを禁じ得なかった。


クロはソフィアラの護衛という立場を最重視して生活している。


ソフィアラ自身そこまでしてもらう必要性は感じていないのだが、別に悪い気はしない。


そんな彼がソフィアラを放置して恋愛にかまけているとも思えない。


多少は遊ぶ時間を取るくらいなら心配にもならないが、帰寮していないというのはあまりにも不可解だ。


何か危機に陥ったというのなら、六人で揃えているブレスレットから何かしらの反応があるはずだ。


考えられる可能性はいくつかあるが、最も安心できるのはクロが遊んでいるだけというケース。


最悪なのは、拉致や殺害をされているケース。


クロが無防備な状態でやられるとも考えにくいため、後者だと暗殺などが候補として挙がる。


しかし暗殺されるほどヘイトを集めているはずもなさそうだ。


「ソフィアラさん、ちょっといいかな?」


「ん、どうしたの」


ラウラの声でソフィアラはハッとした。


気がつけば放課後だ。


今日のソフィアラは考え事ばかりで授業が身に入らず、終始ボーッと過ごしていた。


周りを見渡せば、クラスメイトたちは次々と教室を後にし始めている。


「クロカワくんとジュリエットのことなんだけど……」


「何か知っているの?」


半ば食い気味でラウラに質問を投げるソフィアラ。


そう言った瞬間に、ソフィアラは自身がいかに彼らのことを気にかけているのかを認識した。


「あ、ううん。

むしろこっちが知りたいくらいで。

クロカワくんから何か聞いてないかと思ってさ。

最近ジュリエットとの仲がどうなってるのか、とか」


「特に聞いていないわ。

傍目には仲良さそうにしか見えなかったし、居なくなるような理由も見当たらないわね」


ジュリエットのことはクロの口から聞くことはなかったし、ソフィアラから聞くこともなかった。


何か聞いていれば、今頃彼らの消息に見当がついていたのだろうか。


「そっか。

ありがとね、ソフィアラさん。

また何かあったら教えて欲しいな」


「ええ」


ラウラが完全に教室から去るのを見届けてから、ソフィアラは勢いよく席を立った。


まず向かったのは学園の各通用門。


そこにいる警備の人間にクロたちの行方を聞くためだ。


「ああ黒髪の子ね、覚えていますよ。

昨日は学園も休みだったもんで、解放されてる通用門はここだけ。

なんだか気合いの入った格好の女の子と黒髪の男の子がやけに仲良く出ていったんで、特に印象的でしたなぁ。

最近じゃあカップルが増えてんですかね?

おじさんも若い頃を思い出しちゃいましたよ、ほんと」


温和そうな警備員はそう語る。


「その二人の姿が今日見えなかったのだけれど、昨日彼らは学園に帰ってきているかしら?」


「んー、おじさんは夜勤の者と途中で変わっちゃったので把握しきれてないですねぇ」


「その方は今居るかしら?」


「夜勤組は昼以降まで残っちゃいけない規則なんで、彼はもう非番でして。

そういうことなんで、その彼が顔を出すのは明日ってことになりますねぇ。

おじさんの方から伝言しておきましょうか?」


「ええ、助かるわ。

また明日聞きにくるわね」


「畏まりました……って、お嬢さん、今から街に出るんで?」


そのまま学園外に向かおうとするソフィアラに警備員から声がかかる。


「ええ、そのつもりだけれど」


「お一人で行かれるなら、暗くなる前には戻ったほうが良いですよ。

なんせ最近、殺しとか行方不明の事件が多いもんで。

その二人がそんな事件に巻き込まれてないとも限りませんがね、用心するに越したことはありませんので」


「……ありがとう、気をつけるわ」


それからソフィアラは真っ直ぐに喫茶店へ向かった。


寂れた店舗だが、良質な豆を挽いているということでソフィアラのお気に入りの場所である。


ソフィアラ自身元々考え無しの外出予定だったが、警備員の言葉であることに思い至ったことによる来店である。


「情報誌も頂けるかしら?

できればここ一ヶ月ほどのものがあれば嬉しいのだけれど」


ドリンクを注文して店内に居座る権利を得たソフィアラは店主に無理を言って、あるだけの情報誌を持ってこさせた。


そしてカウンターに紙面を広げ、事件に関連する記事を読み漁る。


「お客さんは最近の事件に興味がおありなので?」


「ええ。

友人が帰ってこないから、何か手がかりがないか調べているの」


あまりにも熱心に記事を読み解くソフィアラに、男店主も興味を示して話しかけた。


こうもカウンターを占拠されては商売にも影響が出そうなものだが、元々閑散とした店内ではあまり関係がないだろう。


「それは……何もないことを祈るばかりですね」


「そうね。

聞きたいのだけど、殺人事件と行方不明事件は別の犯人によるものなのかしら?」


「情報誌各紙で書かれていることがマチマチなので何とも言えませんね。

白い悪魔も相変わらず姿を見せているようですから、同時期に発生している行方不明事件との関連はありそうですね」


「でも白い悪魔って強者との戦いを望んでいるんじゃなかったかしら?」


「そういう噂ですね。

今では白い悪魔への正しい対応もある程度判明してきていますし、脅威度は減ってきているかと思われます。

彼に殺された者が行方不明ということであれば、それはもう分かりませんね」


「そうね」


白い悪魔による殺人は、その場に彼が確実に存在している。


一方、行方不明事件ではどうだろう。


後者では目撃者が居ない以上、白い悪魔とは別の事件ではないだろうか。


そもそも、行方不明者がどこで行方をくらましたかが不明だ。


どうにも複数の事件が絡み合っている。


ソフィアラの持ちうる情報だけで事件の全容を暴くのは難解だ。


であれば。


「街の地図とペンをいただけるかしら?」


「何をするおつもりで?」


「不思議よね、普段はそんなこと思わないのに」


クロと常に一緒にいたために意識することのなかった感情がソフィアラに生じている。


「……?」


「ううん、なんでもないわ。

ちょっと私も友達のために動こうかなって」


不思議そうに眺める男店主の視線の先で、地図に複数のマーキングを行なっていくソフィアラ。


「もうよいのですか?」


「ええ、ありがとう」


満足したものが出来上がると、ソフィアラはそれを手に店を出た。


結局この日もクロたちは帰ってこなかった。


そしてその次の日も、帰ってこなかった。



            ▽



チャルックが建物の上から索敵を行なっている最中。


ぽつり。


水滴がチャルックの頬を叩く。


「……雨?

こんなところで雨なんて降らない──」


意識を空に向けた瞬間、微かに聞こえた風を切る音。


気づいたチャルックが大きく身体を逸らした。


すると、そこを岩弾が通過していく。


「──っしょ!?」


しかし通過しきるかどうかのタイミングで岩弾が炸裂。


細かい礫がチャルックを傷つける。


しかしチャルックは致命傷だけを避けるように身体の側面をカバーし、視線をすぐに攻撃の飛んできた方向へ。


すると一瞬だけ黒い髪が建物の縁にチラついた。


「見つけたじゃんよ!」


チャルックは足の裏に熱球を出現させて即座に爆発させると、その勢いでクロの見えた場所まで躍り出た。


眼下には勢いよく路地を走り去るクロの姿が見える。


しかしクロはすぐに角を曲がることでチャルックの攻撃から射線を切っている。


チャルックは指先に出現させた熱球を一旦解除すると路地へ降り立った。


こうやってクロから奇襲攻撃を受けるのは今回でニ度目。


一度目は攻撃のカウンターでジュリエットの脚を一部焼くことに成功したが、それに対する返答がこれだ。


「殺る気があるようで何よりじゃんね。

だけど俺ってばそんなに馬鹿じゃないじゃんよ」


チャルックは一旦クロを無視して逆方向へ。


クロが囮を買って出ているということは、負傷したジュリエットから引き離したいということだろう。


チャルックはそう考えて右手の上に熱球を出現させた。


それを握り込み、勢いよく手掌を広げた。


すると熱波が拡散して、周囲を探ることを可能にする。


これがチャルックの索敵方法──火属性のヒートウェーブ。


クロのウルトラサウンドと似たような効果を発揮するが、これは周囲の環境までは探れない。


ヒートウェーブが引っ掛けるのは熱源だ。


人間であればその体温を。


また流れ落ちた血液からも相手の位置を補足できる。


その血液は大気で冷やされるため、温度差で時間経過すら予想可能な技である。


しかし、拡散による熱源探知に反応はない。


黙ったまま思考を巡らせていたチャルックだが、ようやく気がついて大声を張り上げた。


「これってば、そういうことじゃんね!?」


ジュリエットはそこそこ深く傷ついたこともあり、姿までは補足できずとも体液くらいは拾えるとチャルックは思っていた。


そんな期待は、雨によって容易に洗い流された。


雨は体温を下げることが可能であり、たとえ血液が落ちていても、それもすぐに冷やされる。


また、苦手環境の中だけあってヒートウェーブの索敵精度も落ちている。


「やっぱあいつら学園の生徒だけあって、頭いいじゃんね」


これに関してチャルックは残念だが、悔しくはない。


ただ敵を処理するよりも、ああやって抵抗されたほうが楽しみも増すというものだ。


「さて、どこに隠れたっしょ?」


チャルックは未だ降り頻る雨の中を走り続ける。


敵を追い詰める高揚感と、何処かから襲われるかもしれないという恐怖。


相反する感情はチャルックを怯えさせることなく、むしろ彼の原動力となる。


そんなチャルックの思惑を読んでか、クロとジュリエットは遠く走り去っていた。


「もう少し持ち堪えてくれ」


「ゔ……ゔん……」


ジュリエットは腕を噛んで痛みに耐えている。


またその表情は苦悶に歪み、双眸には大粒の涙を湛えている。


それでも声だけは出すまい、と。


クロはしきりに背後を気にしながら、チャルックに見つからないように路地を走る。


それほど距離を取れてはいないので安心はできない。


「あいつの拡散波動も飛んでこないから、大丈夫なはずだ」


確証の無い言葉であっても、今のジュリエットには必要だ。


コクリと頷いたジュリエットを見て、クロは悲痛な表情を隠しつつ今は逃げることだけを考える。


ジュリエットが傷ついたのはクロにとっても誤算だった。


初めこそ逃走を第一に考えていたクロだったが、チャルックの索敵能力が明らかになった段階で交戦は必至になった。


そして奇襲を掛けたつもりが、手痛いカウンターを浴びたのだ。


チャルックはハナからクロを相手取ることを考えておらず、それがクロの想定を上回った形だ。


結果としてジュリエットが傷つけられ、クロは一気に後手に回ることになる。


しかしクロが一方的な不利を取っただけではなく、チャルックの性格を把握することまではできた。


そこからはチャルックの苦手な水属性の環境を作り上げて、現在に至る。


「ジュリエット、よく我慢してくれた。

ロード、マイナーヒール」


「いッ……!?」


クロは疲労の限界まで走り続けて、即座にジュリエットの治療に移った。


二人の現在位置は帝国の南西端。


チャルック以外の襲撃者を想定しての行動だったが、少なくとも次なる遭遇戦という最悪の事態は回避できたようだ。


「うっ……うぅ……」


シクシクと泣き続けるジュリエットをひたすらにクロが慰め続ける時間が続く。


その間もクロによる治療は続けられ、ジュリエットの傷の外観も概ね問題ないレベルにまで回復してきた。


もう何時間治療に掛けているかは不明だが、今回の傷に対してはクロの対応が功を奏していた。


本来治癒魔法は、傷の深度によって効果のほどを変える必要がある。


小さい傷であれば下級の魔法で、大きい傷であれば上級の魔法で、という具合に。


上級の治癒魔法が用意できないのなら下級の魔法を何十倍の時間を掛けて行う、というのが緊急時の対応だ。


それに加えてクロは地球での微かな知識があったため、創部の湿潤維持と脱水予防の飲水を心掛けた。


創部自体はクリアの魔法で清潔に保つことができることから、重ねがけを行うことで感染の危険を排除した。


そこからまた数時間──


「クロ君、起きて」


「……ん?」


クロが目を覚ますと、そこには明るい顔のジュリエットの姿があった。


一瞬これまでのことが夢だったのではないかと寝ぼけていたが、そこはやはり仄暗い色の世界だった。


クロはそれを認識して、一瞬だけ絶望感に打ちひしがれる。


「あ、ああ、すまん!

傷の治療の最中だったのに寝ちまってた!

ジュリエット、まだ傷は痛むか!?」


「クロ君、そんなに焦らなくても大丈夫。

私の傷はよくなったから安心して?」


慌てるクロを落ち着かせるジュリエット。


そういう意味でも、治った部分を自慢するように見せつけている。


ジュリエットはスカートの一部をひょいと上げてクロに示しており、そこに見える大腿は傷も残さず綺麗なものだ。


焦げたスカートのせいでかなり際どい部分まで太腿を露出させているが、ジュリエットは気がつかない。


「はぁ〜、良かった……。

一瞬まじで失敗したかと思った。

あ、ジュリエット、水色のパンツ見えてんぞ」


「も、もう!!!

せっかくクロ君に感謝してたのに台無しだよ!」


「すまんすまん。

とにかく傷が癒えて良かったよ。

ただ治ったとはいえ、ジュリエットには無理させたからな。

それは本当に申し訳ないと思ってる」


「ううん、私の方こそ足手纏いだったと思う。

ダグムさんの言ってたこと間違いなかったよ。

クロ君に荷物を抱えさせてって言ってたの、その通りだった」


「いやいや、ジュリエットの魔法がなかったら今こうやって生きてないって。

今日のMVPは間違いなく君だ」


「そ、そうなの?」


「おう、そうだぞ。

しっかり天候魔法を完成させたし、それが痛みに耐えながらってのは大したもんだ。

魔法は練習してたのか?」


「練習はしてたけど、成功したのは初めてだね。

やってる時はなんか必死で、あんまり覚えていないけどね」


「なんにせよ、お互い無事でよかった」


「そうだよね。

でもこんな恐ろしい所とは、思わなかったよ……。

ラドングさんも死んじゃったし……。

あんな場面を見るんだったら、これ以上私は戦う意志なんて湧いてこないよ……」


クロが襲撃を仕掛けた時点で、チャルックの頭上のカウントは5まで進んでいた。


「戦わないでいいならそれが一番なんだけどな。

こうなっちゃそれも難しそうだが……」


「私たち、どうなるの……?」


再びジュリエットの精神が不安定になり始めているようだ。


クロはそれを危惧し、脳内で言葉を選ぶ。


「クロ君はさ、なんでそんなに強いの……?」


「強いか?

まぁ今まで何回も死にかけてきてるから、それでちょっと頭がおかしくなってるだけだと思う。

だから俺が特別ってわけでもないし、俺みたいになる必要もないぞ?

ジュリエットはちゃんと起こった現状を認識して、受け入れて、悲しめてる。

それが一番まともで正しい反応だよ。

俺はなんつーか、人の死を見てもそこまで驚けなくなってるんだよな」


「私、変じゃないんだ?」


「変じゃないって。

本来、こんな異常事態に巻き込まれること自体あり得ないんだよ。

そこで冷静にいられる方がどうかしてるっての。

その上で人を殺しをしまくってる連中は、完全にイカれてる。

俺はイカれた連中相手なら正当防衛で撃退するくらいの心持ちを作れるだけって話だ」


「でもさ、私もこのままじゃいけないと思うの。

私が足手纏いのままだったら、この先クロ君の邪魔になると思うし。

クロ君が私のことを邪魔だと考えるなら、今のうちに切ってください。

その方が、クロ君だけの方が無事に進めると思う」


これはジュリエットがずっと思ってきたことだ。


今後クロがジュリエットのせいで傷つかないとも言えない。


そうなったらジュリエットは再び動けなくなるだろうし、それがクロの致命的な場面にならないとも限らないのだ。


だからその前に関係を切る。


そうすることがクロの一番の幸せなのではないだろうか、というのが現在のジュリエットの考えだ。


「……何言ってんだよ。

ジュリエットは俺の彼女なんだから俺が守るし、ずっと一緒だ。

君が死ぬとしたら、俺が死んでからだっての。

何度も言わせるなよ」


その言葉で、ジュリエットの顔は沸騰した。


クロも恥ずかしさからプイと関係のない方向を向いてしまっていることが唯一の救いか。


その姿がなんだか嬉しくて愛おしくて、ジュリエットは尋ね直す。


「本当に?」


「本当だ」


ジュリエットは茹で上がりそうなほど真っ赤な顔でクロの背中を見つめる。


相変わらずクロは彼女の方を向かないが、頬が赤いのだけは彼女にも見てとれた。


これでジュリエットの心は決まった。


「じゃあ……頑張ります」


この人のためになら死んでもいい。


クロの言葉によって、ジュリエットの考えはそこまで変化した。


非日常的な状況は、少女の考えを歪ませるには十分すぎた。



            ▽



「ジュリエット、あの二人組……。

二人とも数字が1だ。

何か知ってそうだが、どうする?」


例によって影の中からの観察を続けているクロとジュリエット。


密着度は当初より増している。


今なら触らせてもらえるんじゃないかという悪魔の囁きがクロを惑わすが、なんとかかぶりを振ってその考えを吹き飛ばす。


結界内に入ってから、すでに丸一日が経過している。


ラドング以来何人かの人間に会ったが、その誰もが何も知らない迷い人だった。


数字のことも、あまつさえ黒い殺人鬼さえ知らない者もいた。


そんな彼らに対してクロは持っている限りの情報を与え、しかし行動は共にはしなかった。


ラドングのこともあり、これ以上ジュリエットの心を傷つけたくなかったからだ。


また会ったら情報を共有しようということで彼らとは別れたが、今のところ再会の目処は立っていない。


「あの人たち、殺せば数字が増えるってこと知ってると思うんだよね」


悠長に歩く男二人の姿からは危機感を覚えない。


「そう見えるよな。

今まであった人たちみたいに怯えてる様子もないし。

ジュリエットが危険だと思うならやめておくけど?」


「うーん。

でも数字が1なら、そんなに危険はないと思うよ」


「数字が小さいってことはつまり、効率的に殺しをしてる人間じゃないかもしれないってことか」


「そうだと思う」


「それなら警戒をしつつ話しかけよう。

情報を得られるならよし。

相手が最初から俺たちを殺しに掛かってくる人間なら、その時は……」


「うん、仕方ないと思うよ。

私はクロ君の後ろにいるから、危なそうなら私を抱えて逃げてね?」


「お、おう……」


ジュリエットは一体どうしてしまったのだろうか。


クロは困惑する。


ジュリエットが頑張ることを明言して以来、人が変わったように発言が積極的になった。


特段悪いことではないのだが、変化の大きさにクロは驚くばかりである。


二人は行動を開始する。


「あのー、すいません。

ちょっといいですか?」


情報を持ってそうな相手にはあくまで自然に、何も知らない純朴な一般人の体で話しかける。


「……学生か。

君たちも巻き込まれたんだな、可哀想に」


サングラスに長身の男は冷静かつ突き放すような声色で言葉を発した。


もう一人の小太りな、それでいて人を見下していそうな男はニヤリと下卑た視線をジュリエットに送っている。


それに気がついたジュリエットは「ひっ」と小さく漏らし、クロの後ろに隠れた。


その視線だけでもクロからすれば殺害対象だ。


二人の男を眺めてみてもクロたちのように憔悴した様子はなく、身なりも綺麗なものだ。


こいつらは何か知っている、とクロは確信する。


まずは自己紹介をして、それからクロは質問を投げた。


長身の男と小太りの男は名をそれぞれレザーとソルディッドという。


「ここはどこかご存知ですか?

出る方法を知っていれば教えていただけませんか?」


「君たちは何も知らないのか?」


「ええ……恐ろしい殺人鬼が歩き回っているということくらいしか現状では分からないですね。

気づいたらこんな場所でしたし、今まで会った人はほとんど何も知らない様子でした」


「こちらの理解も似たようなものだな?」


「そうでやんすな」


レザーとソルディッドが視線を交わし、同意を表現する。


「そうですか……」


「ところで君、さっきからしきりに足で地面を叩いているのは何だ?」


レザーはその動きが気に入らないのか、やや強い口調でクロへ問う。


「あ、いえ、なんだか落ち着かないというか、癖みたいなものです。

不快にさせてすいません」


やや慌てた様子でクロは謝罪を述べた。


「……不快というほどでも無い」


不快では無いが、耳につくということだろう。


そこから少し嫌な沈黙が続く。


「あのぅ、その数字ってどういう意味があるんですか?」


沈黙を破るように問いを投げたのはジュリエット。


「ん?

君たちは誰かに襲われたようだな」


レザーの視線は、ボロボロの学生服に移っている。


「いきなり襲いかかってくる人がいて、逃げてきたのは確かですね。

必死すぎて忘れていましたが、今思えばその人も頭上に数字がありました!

……えっと、もしかしてあなた方も……!?」


クロ自身、酷い演技だと思う。


しかしレザーは気が付かない。


それはもちろんソルディッドも。


外見の年齢も、ところどころが破けたり焦げたりしている学生服も、怯えるような動きも、全てがクロたちを弱者として意味づけしてくれているからだ。


「こちらに害意は無い」


「レザーの旦那、こいつらに教えてやってもいいのでは?」


「教える……?」


「学生にこの数字の意味は重すぎると思うがな。

しかしソルディッド、お前の言いたいことは分かった。

……付いて来い」


「じゃあお二人さん、付いて来るでやんす」


踵を返し、レザーはこちらへついて来いという視線をクロたちに送っている。


ソルディッドの不気味な笑みも相変わらずだ。


「どちらに……?」


「この数字の意味を教えてやる」


「ここじゃダメなんですか?」


立ち止まったクロに対して、レザーの視線が厳しくなった。


「いちいち──」


苛立ちを含んだレザーの言葉に、ソルディッドが慌てて重ねる。


「こ、ここに居れば危ない連中がやって来るかもしれないでやんす!

あんたらの言う殺人鬼だって、この付近に潜んでるかもしれない。

ひとまず安全な場所まで足を運べば、あんたらの望むものはしれるでやんすよ」


「でも、この付近には誰もいないですよ?」


ゆっくりと振り返ったレザーの目に映ったクロは、怯えたような様子は皆無だ。


むしろその逆。


「なのでここで話しても問題ないですよね?

他に聞かれたくない話でも、これだけ開けた場所で周りに誰もいないなら問題ないと思いますが?」


そう言ったクロの視線は一転してひどく挑戦的であり、交戦的だ。


「……何?」


「ここで話せないことって何だって聞いてんだよ」


視線がぶつかり、レザーのこめかみがピクリと揺れた。


「んな、何を言ってるでやんすか……?

安全な場所があると言ってやってるんだから、あんたらは黙って付いて来ればいいでやんす!」


「黙れよ」


クロはレザーを見据えたまま、ソルディッドにそう吐いた。


「だッ、黙れ、と言ったでやんすか!?

さっきから黙って聞いていりゃッ」


激昂したソルディッドだったが続きを述べることは無かった。


メ……キャッ──


「いぎゃああああああああああああ!!!」


ソルディッドの両脚があらぬ方向に折れ曲がり、脛骨及び腓骨は確実に圧し折られている。


「ジュリエット、そいつが魔法を使おうとしたら水で口を塞いで黙らせておいてくれ」


「は、はい……!」


醜く転げ回るソルディッドに対するレザーの視線は冷ややかなものだ。


このことから彼らの関係性は容易に想像できる。


レザーは視線をクロに移し、問う。


「何をした?」


「さぁ?」


レザーはクロの態度も意に介さず、高圧的な雰囲気はそのままにクロを見下ろしている。


「では何のつもりだ?」


「何のつもり?

俺たちを害そうとしたんだから、同じことをされたって文句はないだろ?」


「害そうなどとは、被害妄想も甚だしいな。

君たちは早まった判断でソルディッドを傷つけたのだぞ?」


「わざわざ人気のないところに誘い込んで伝える内容とは?」


「ここは危険だ。

巻き込まれた君たちを安全な場所に匿うのは、人として当然の行いと言えよう?」


「詭弁だな。

ここに限らず、結界内はどこだって危険だよ。

もう一度言うが、周囲はすでに索敵済みだ。

危険なのは、目下あんたらだけだよ」


「そう思うのなら逃げれば良いだろう。

わざわざ無害を装って近づいてきて、その上で攻撃を仕掛けるとは……危険なのはどちらという話だ」


「決定的な証拠を突きつけられなければそう言うよな。

……人を殺せば、頭上のカウントが1進む」


「……」


「こんなくだらない内容のために俺たちを人気のない場所へ誘い込むのか?

そんなわけは無いよな?

そうするってことは、それだけ価値のある情報を教えてくれるってことだ。

でも安心してくれ。

この場所は俺が索敵済みで安全な場所だ。

心ゆくまで話してくれて構わないぞ?」


「貴様……。

そもそも索敵済みとは、何を根拠に言っている」


「俺がずっと地面を叩いてただろ?

信じられないなら周囲を歩いて観察してくれば良い。

ま、それが可能ならな」


「何を……ッ!?」


がっちりと固定されて動き出せないレザー。


漸く自身の状況に気がついたようだ。


クロは初め、影をソルディッドに向けていた。


そこから然るべきタイミングで彼の両脚の影を圧し折り、交戦的な視線をレザーに向けることで影への注意を逸らした。


続いて会話の最中に影をレザーの周囲へ。


この時点でレザーの注意は転げ回るソルディッドやジュリエット、そして周辺の環境へ向いていた。


それはクロの他の仲間の存在を警戒したためだ。


もちろんそんなものは居ないのだが、クロの態度はレザーの警戒を誘うには十分だった。


「話を続けようぜ?

ああ、先に言っておくけど、攻撃の予兆が見えればあんたを殺す。

魔法の詠唱を始めたと判断しても殺す。

逃げ出そうとしても殺す。

情報源はまだ残ってるからな」


そう言い放つクロの眼球はあまりにもドス黒い。


レザーはそれだけで何かを確信した。


「貴様は、人間を……!」


「勝手に想像してろ」


レザーの視界の端では情報源が苦しみに悶えている。


レザーも逃げ果せる可能性がないわけではないが、目の前のクロの力量が不明な以上、下手な動きはできない。


「俺たちを誘い込もうとした理由は?」


「ソルディッドが勝手に言い始めたことだ」


「人気のない場所でしか話せない内容とは?」


「数字の殺害人数を意味しているなど、学生の君たちには荷が重いという配慮だろう。

事実を知って騒がれては、危険人物呼び込みかねんしな」


「すでに数字の意味は知ってるし、そんなことで騒ぐ俺たちじゃないっての。

それに、周囲には誰も居ないぞ?

今も──」


パチン、とクロは指を鳴らした。


「──周囲約50メートル四方に人は居ないが?

状況は整ったんだから、知ってることを話してくれ」


「こちらの知っていることはそれだけだ」


クロは拘束されながらも慌てる様子もないレザーに違和感を抱きつつ、質問を続ける。


「はぁ?

そんなわけないだろ?

実際にあんたらは人を殺してるんだから、何かを知っているはずだ。

じゃあ聞き方を変えよう。

誰を殺したんだ?」


「君たちと同じだ。

襲撃を受けたから、それらを返り討ちにしたまでのこと。

その結果、頭上に数字が点灯したのだ」


「ではなぜ殺しと数字がリンクしていると?」


「相手を殺した瞬間に頭上に出現もすれば、さすがに気が付く。

はぁ、もういいだろう?

ここまでの暴挙は忘れてやるから、さっさとこの拘束を解け」


「いいや、まだだな。

今のあんたの話は、言うなれば一般的なものだ。

根本的なことを話しちゃいない」


「全部話したさ。

いいからこの拘束を解け」


拘束されているにも関わらず威圧的な雰囲気を放てるのは、やはりこの男は一般人ではない。


クロはレザーの職業などを想像しながら、言葉に出し考えを纏めていく。


「ソルディッドは俺たちに誘いをかけることを急いだ」


「……?」


「その時、あんたはそれほど乗り気ではなかった。

それはつまり、急ぐことにそれほどの魅力を感じていなかったからだ。

殺すこと自体には意味がある。

しかし、急いで殺すことには意味がない」


レザーは苛立ちを表に出さないままクロの言葉に耳を傾ける。


「時間が経過すればするほど、殺すことによる恩恵が大きいということか。

あんたらは恐らく、前回の殺しから大した時間は経っていない。

それはあんたらが呑気に歩いていたことからも明白」


「ぁあああ!

このガキャぁ、許さねぇ!!!

旦那ぁ、いいからそのクソ野郎を殺しッ──」


永遠にのたうち回っているだけかと思われていたソルディットだったが、ついに呻き以外の言葉を吐き出す。


「ロード、ドラウニング」


だが、喧しいソルディッドは即座にジュリエットによって黙らされた。


ドラウニングは相手の顔面周囲に水球を作り出し、溺れさせる魔法。


座標指定なので相手に動かれでもしたらすぐに解除されるが、一瞬でも相手の詠唱を止められるというメリットもある。


感謝の意味も込めて、クロは視線をジュリエットへ。


「ロード──」


クロが一瞬ジュリエットに目配せをした瞬間。


レザーはそれを見逃さなかった。


身体が動かずとも、ソルディッドのように口を封じられていなければ魔法は使える。


一般的に拘束系の魔法は、使用者自身も動きを止めていなければならないことが多い。


逆に言えば、使用者を動かしてしまえば拘束を解けるということ。


クロの影魔法も例に漏れず、地面に足がついていなければ効果は著しく下がるシロモノ。


「──ロックバレット!」


撃ち出されたのは、速度を重視したバレット系の魔法。


特に物理面に強い地属性のバレットは、相手の身体を揺らすことに長けている。


至近距離でこれを生身で受ければ、甚大なダメージは必至。


たとえ回避されても拘束は解除される。


どちらにせよ、この状況に於いて判断に間違いはない。


馬鹿め。


レザーは内心ほくそ笑んだ。


口角が上がるレザーの目の前で岩の弾丸がクロを襲い、破砕音が響いた。

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