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Re:connect  作者: ひとやま あてる
第7章 帝国編Ⅲ
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第129話 熱線

これはクロたちが結界に入り込む少し前。


「あいつ、ちょっと殺し過ぎなのね」


とある数字を見て呆れたように言うのは、ペリと呼ばれる少女。


少女は140cmほどの身長で、真っ白な長い髪が地面ギリギリまで伸ばされている。


ペリの視線の先では、人型の黒い異形がのそりのそりと歩みを進めている。


「あいつにばかり狩らせていては、いずれおいたちを脅かしかねんのぅ。

それに、放っておけば勝手に出て行ってしまわないかの?」


「ま、大丈夫っしょ。

今のところ動きは遅っせぇし、使える脳も無さそうじゃんよ。

邪魔になったら殺せばいいだけじゃんね」


「しかし、本当に殺してしまって良いのか?

おいたちは、あいつを決行日まで管理しておけと命じられているはずだが」


「不慮の事故って言っておけばいいじゃんよ」


「もう飽きたの」


「うむぅ……」


渋い顔でネガティブな発言をするのは、よれたスーツ姿の中年男性トナライ。


一方、ライダースジャケットにタイトジーンズのアフロ青年チャルックは軽口を叩いている。


「しかしのぅ。

殺したとて均等に分配できんから、取り決めをしておかねば争いになるぞ?」


「それなら三人ここで殺し合うのよ?」


「待て待て、そんな勿体ないことはせん。

せっかく手に入れた力をこんなところで失いたくないからのぅ」


「じゃあルールを決めれば良いっしょ!」


「どんなの?」


「例えば、今から最終日までに一番多く殺せたやつが勝ちとか。

それなら誰が優れてるかが一発でわかるじゃんよ?」


「ペリは賛成なのね」


「強い者が報酬を得られるということか。

チャルックにしては知恵が回っておるのぅ」


「俺ってば必要な時に頭が回るやつじゃん?

それにさあ、そろそろ俺たちも暴れたいところじゃんね。

結界の外じゃ力を使いにくいし、ちまちま稼ぐのは面白くないっしょ?」


「うむうむ。

ではチャルックの案で行こうかのぅ。

これより最も成果を上げられた者があいつを殺す権利を得る、ということで。

殺せないなら殺せないで、管理をしていたということになるわけだしのぅ」


「それで問題ないじゃんね」


「それにしても、ここにやってくる人間は本当においたちの敵なんかのぅ?

おいにはどうにも腑に落ちん」


「敵を倒すだけなの」


「トナライはいつも考えすぎじゃんね。

やりたいことやって、ダメだったら謝ればいいじゃんよ」


「ごめんなさいって言うの」


「それならいいんだがのぅ……」


「ズルは無しで頼むじゃんよ」


「当然なの」


三人はそれぞれ自分の狩場を求めて別々の方角へ。


彼らの頭上には、大きく数字が浮いている。


ペリは3、トナライは2、チャルックは4だ。



            ▽



ダグムの元を去ってから数時間が経過したと思う。


この世界では昼夜が確認できないため、時間感覚が曖昧だ。


まだ結界の外は深夜にはなっていないだろう。


「さっきのやつ、見たか?」


「なんか頭の上に1って数字が出てたね」


ジュリエットは現在落ち着きを取り戻している。


“アレ“と呼ばれた何かから逃げてからはひどく狼狽していて、元に戻るまでに結構な時間を要した。


アレに接触したであろうダグムがどうなったかは不明だが、恐らくは今頃……。


いやいや、あまり暗い思考はやめよう。


考えすぎるとジュリエットに察知されてしまう。


なんというか、女性ってのは何かと気がつく生き物なのだ。


俺の表情から不安を読み取り、俺以上に恐怖する姿は見ていて気持ちの良いものではない。


俺がジュリエットを対面する形でぎゅっと抱きしめていれば顔も見られないで済むし、彼女を安心させることさえできる。


ジュリエットの身体の凹凸が俺の本能を刺激するが、今は使命感を全面に出してその感情を排斥している。


できればもっとムードのある場面でこうしたかったんだが、敵地なので仕方がない。


現在もジュリエットは俺に抱きついて周囲を窺っている。


ひょこっと影から頭だけを出す形で。


「恐らくだけど、この結界内で何かしらを意味する数字だと思う。

ダグムさんたちの頭上には数はなかったけど、数字を先に見てたら何か聞けたかもな」


「ダグムさん、無事だといいね……」


「そうだな……」


この状況になってしまった以上、どうせ闇属性魔法を使わなければいけなくなるはずだ。


なので、俺が闇属性を使えることは伝えておいた。


あまり驚いていなかったので拍子抜けしたが。


「さっきの人がいきなり近づいてきたからびっくりしちゃったけどさ、その後どう?」


俺がウルトラサウンドで周囲を索敵している時に走りくる人間がいたために、俺たちは影の中に身を潜めた。


「いや、何も引っかからないな。

ずっと影に潜っててもマナを持続的に消費するから、そろそろ外に出るぞ?」


「そ、そんなぁ……。

こんなに居心地がいいのにー」


「ダメだ。

無駄遣いしてたら、いざという時に困るだろ」


「それはそうなんだけど……」


俺は強制的に魔法を解除し、二人で飛び出すように表へ。


「こうやって手を繋いでたら大丈夫だろ?」


「うん、これなら安心です」


「あと、わかってるな?

例えば誰かに襲われたら……」


「クロ君の背後にいるかどこかに隠れる、でしょ?」


「覚えてるならいいんだ。

こうやって話しているけど、ここは決して安穏な場所じゃないからな?」


「わ、わかってるよぉ……」


「それに、この場所は食事ができるのかも分からない。

チンタラやってると飢餓で死ぬ」


「それ、って……」


「ダグムさんたちは結構な時間をここで過ごしている風なことを言っていた。

それでも脱出方法が見つからなかったってことは、俺たちも同じ末路を辿る可能性だってないわけじゃない。

加えて、殺人野郎も歩き回ってる。

俺が守ってやれるのも限界があるし、ジュリエットも何か自衛の手段を考えておいてくれ」


「わ、わかりました」


ジュリエットの顔が途端に強張った。


ピリついた空気にしてしまったのは申し訳ない。


しかし、遠足気分じゃいけないんだ。


「まぁ、水属性が使える間は脱水で死ぬことはないけどな。

とりあえず、さっき逃げてった男を追うか。

中央はアレが居るかもしれないし、男は南から逃げてきたから南も危険だ。

迂回して北へ向かうぞ」


「は、はい」


程なくして件の男は見つかった。


身を隠しているようだったが、俺からしたら丸見えも同然だ。


どうやらナイトアイはここでも効果的なようで、ジュリエットよりも俺の視界は広い。


「おい、そこのあんた」


「ひぅえ!?

だ、誰だ!?」


衣服が乱れて草臥れた男だ。


顎髭からもみあげまで伸び切っていて、とても健康な日常生活を送ってはいなさそうだ。


俺の声は聞こえるが姿は見えないようで、大ぶりな挙動で他人を寄せ付けないように手足を振り回している。


ひどく滑稽な姿だが、笑っても居られない。


こいつには聞くことがある。


「落ち着け、俺たちは敵じゃない。

あんたさっき南の方から走ってきただろ?

何があった?

後、その頭の上の数字はなんだ?」


「うるせぇ、急に色々聞きやがって!

お前もオレを殺すつもりなんだろうが、そうはいかねぇぞ……!

やられるくらいなら……やってやる!」


「ジュリエット、下がってろ!」


魔法を発動されたら面倒なことになる。


俺は防陣を展開させながら駆け出し、男へ詰めた。


男は飛びかかる俺に対して気が付いたが、その時には俺に手で顔面を押さえられ、勢いのまま地面に押し倒された。


両腕は俺が下腿で押さえて馬乗りになっているので、暴れたところで易々とこの拘束は解けない。


それにしてもやけにゲロ臭い。


酔っ払いか?


ひとまず俺の手の下でモゴモゴ何か言ってる男を無視して、俺は声を張り上げる。


「もう一度言うぞ?

俺はあんたの敵じゃない。

殺すつもりならこんな方法を取らずに闇討ちしてる。

わざわざ姿を見せてやったんだから、少しは信用してくれないか?」


「……!」


「手荒になって済まない。

俺たちも急にこんなところに連れてこられて戸惑ってるんだ。

だからなるべく情報が欲しい。

対話できると言うのなら、俺はすぐに拘束を解く。

だがそれでもあんたが攻撃を仕掛けてくるなら、俺はあんたを敵として処理する。

言っておくが俺は学園の生徒だ。

そこらの人間ほど甘くはないぞ?」


しばらく黙ったままの男。


程なくしてコクコクと頷く男を見て、俺はその場から飛び去り、数メートルの距離を置いて着地した。


男を見据えたまま背後に手招きしてジュリエットも呼び寄せておく。


「クロ君、大丈夫……?」


「多分な」


ジュリエットと手を繋いで、状況の確保は完了だ。


それにしても、一般人程度だと簡単に組み伏せられるな。


身体強化魔法を掛けまくってるのも、その要因だろうがな。


「敵、じゃないんだな……?」


「そうじゃないと言ってる。

そもそも敵とは誰のことなんだ?」


「そう、か。

オレも気が動転していたようだ、すまねぇ。

オレはラドング。

お前らは……って、お前らみたいな可愛らしい殺人鬼がいるわけねぇか」


ラドングは俺とジュリエットの手の繋ぎ目に視線を移して顔を綻ばせた。


ジュリエットは恥ずかしそうに俺の背後に身を隠す。


「俺はクロで、彼女はジュリエット。

数時間前にここに来てから、まともな人間に会うのは二回目だ。

もう一度言うけどラドングさん、さっきは乱暴して済まなかった」


「いや、気にするな。

それで……ああ、オレの話だったか。

オレに何があったか、だが……」


ここにくる直前までラドングは酒場で呑んでおり、泥酔した足で店を出た。


酔いも強かったためかフラフラと普段では歩かない道を歩き、気がつけば視界が激変していたらしい。


それでも酔った影響かと思って過ごし、路地で嘔吐していたら急に知らない男に襲い掛かられたという。


男は気をやったような狼狽ぶりだったそうだ。


「そいつは『殺さなきゃ、殺さなきゃ』って呟いて、問答無用で攻撃してきてよ。

何度か切り付けられて、オレもやられまいと暴れたら急に動かなくなったもんで、急いでその場を離れようとしたんだが、今度は女の悲鳴が聞こえてきたんだ。

路地から覗くと、黒くてヤバそうなやつが派手に女を殺してる場面に遭遇しちまって……」


「それで逃げてたってわけか」


「ああ……」


「クロ君、黒いのって」


「多分アレだろうな。

……そういやラドングさん、あんたの衣服は血だらけだけど、切り付けられた傷は治したのか?

俺は治癒魔法が多少使えるから掛けてやるぞ?」


「ん、そういやそのま、ま……?」


「どうしたんだ?」


「傷が、ない」


ラドングはペタペタと自分の身体を触って確かめているが、その度に小首を傾げている。


「今も酔ってる?」


「今はシラフなんだけどな……。

切り付けられた痛みもあったはずだが、オレはどうなっちまったんだ?」


「服だけ切り付けられたとか?」


「いやいや、そんなはずはねぇと思うが……」


「まぁ、傷がないなら大丈夫かな。

あとは頭の上の数字なんだけど、その様子じゃ分からないよな?」


「数字?」


「そうか、見えないか。

ロード、クリエイト ミラー。

これでどうだ?」


俺は鏡を作ってラドングの頭上が映るように傾ける。


「なんだこいつぁ……?」


そこには1という数字が。


「身に覚えはなさそうだな」


「全く、これっぽっちもねぇな。

そういや、黒いやつも頭上になんか数字があった気がすんなぁ。

覚えちゃいねぇけどよ。

あの黒いのはなんだってんだ?」


「俺も近くで見たことはないんだけど、聞いた話では人間を殺し回ってるヤバいやつらしい」


「そんなやつがいるのかよ……。

ところで、らしいってどういうことだ?」


「俺たちはここにきてから九人からなる集団に遭遇したんだ。

それが人間に会った一回目で、二回目はラドングさん、あんただ。

その人たちは結構な期間ここにいて脱出方法を探してたらしく、それでも見つからなかったって言ってた。

黒いやつのことも聞いてたんだけど、途中でそいつが現れてそれっきりだ。

だから俺たちは誰かこれについて知ってる人間を探してたんだよ」


「それについてはオレは役に立てねぇな。

そもそも、ここはどこなんだ?」


「誰かの作った結界内だ。

脱出条件の達成は現状不可能に近いから、術者を倒さないと脱出は厳しそうだ」


「結界って、あの結界か?

こんな大規模なものは聞いたことがねぇぞ」


「まぁ、存在してしまってるものは仕方がない。

とりあえずアレが南にいる間は北側に人が集まりそうだし、しばらくこの辺を探索するのが良さそうだな」


「オレも一緒に着いて行っていいか?」


「そりゃあもちろん」「えっ……」


俺とジュリエットの声が重なった。


「「え?」」


今度は俺とラドングの声が重なった。


「あ、ううん、何でもないよ!?」


「なるほど、相当クロのことが好きなんだな。

それでオレに二人の時間を邪魔されるのが嫌ってことだよなぁ?」


「ち、違います、違わないけど!」


「何言ってるか分っかんねぇよ」


慌てて誤魔化すジュリエットと、それを揶揄うラドング。


この一場面だけ切り取ってみると、どうにも平和な瞬間だと感じてしまう。


が、目に映る景色がすぐに俺を現実に引き戻す。



            ▽



「お、おい、何だその男はあ!?」


「おいおい、待ってくれよ。

ラドングさんがどうしたってんだ?」


「そ、その数字は、お前もあいつらの仲間か!

ち、近寄るんじゃないぞ……近寄るんじゃない……」


「オレが一体なんだって──」


「うわぁああああああ!」


「……なんだってんだよ、意味分っかんねぇ」


北側の広場で待機していて初めにやってきた男は、すぐに走り去ってしまった。


「どうしたんだろうね」


「ひどく怯えてたな。

ラドングさん、なんかした?」


「いや、身に覚えはねぇっての」


「じゃあ……?」


「あいつが見てたのは、この数字だ。

どうする、追うか?」


ラドングが頭上を指差して見せた。


「やめておこう。

まだ他の人が来るかもしれないし、東西と南に逃げられるこの場所の方が都合が良さそうだ」


「動き回ってるのはオレらみたいな新参だろうよ。

すでに長い連中は隠れ潜んでる気がすんなぁ」


「じゃ、じゃあ、あの人は?」


ジュリエットの指差す先には、ぎりぎり視界に映る程度の人間のシルエットが見える。


「まだ俺の索敵には掛かってないけど、こっちに向かって来てるな。

そろそろ有用な情報を持ってる人に会いたいな」


「オレもさっさとここから逃げたいもんだ。

それにしてもクロ、随分器用に魔法を使うよな。

さっきから何種類の魔法を掛けてるんだよ?」


「いちいち数えてないなぁ。

たまたま全属性使えるから、いつ何があってもいいように身体強化魔法は定期的に掛け直してる。

先に言っておくけど、やばくなったら俺はジュリエットを守るから、ラドングさんは頑張って自衛してくれよ?」


「そりゃそうだ、自分の女を優先してくれ。

そもそもオレはクロにおんぶにだっこで生きてくつもりはねぇっての」


その後ようやく俺の索敵範囲に男を捕捉した時、相手も俺のマナの波動に気が付いたようだ。


男はそれまではキョロキョロとあたりを見渡しながら歩いていたようだったが、こちらに気がつくと真っ直ぐに俺たちを目指してくる。


なんか服装的にチャラそうだし、両手をポケットに突っ込んで股を広げながら歩く様は典型的なヤンキーのように見える。


「あいつ、なんか違和感があるな」


「たしかに」


こんな環境なのに平然と動けるのは妙だ。


それ以上に気になるのは、頭上の4という数字。


「クロ君……」


「後ろに隠れてろ」


「うん……」


男の姿がハッキリして声が届く距離になると、向こうから軽快な声が飛んできた。


「よう、こんなところで何してるじゃんよ?」


やっぱり軽い男だった。


アフロヘアーがそれを更に助長する。


男は俺たちの前で立ち止まってざっと俺たちを一瞥したが、特におかしな視線を飛ばしてくることはない。


「この空間に詳しい人間を探してるんだ。

あんた、何か知らないか?」


とりあえず俺から話しかけてみる。


「俺がこれを作ったわけじゃないから詳しくはないじゃんよ。

その様子じゃ、そっちは何も知らなそうじゃんね?」


「そうなんだよな。

巻き込まれたのは数時間前だし、きちんと話せた人間もほとんどいないんだ。

あんたなら何か知ってるんじゃないかと思ったんだけどな……」


「この空間のことは知らねぇけど、この数字のことなら知ってるじゃんよ」


男は頭上を指差して言う。


「本当か!?」


「というか、そっちの兄ちゃんに1って数字が出てるのに知らなかったとは驚きじゃんよ」


「オレか?

いや、オレも言われるまで気づかなかったからな。

この数字にどんな意味があるのかは分からねぇっての」


「あんた……えっと、名前を聞いてなかったな。

俺はクロで後ろがジュリエット、そんで彼がラドングだ」


「俺ってば名乗ってなかったか。

そりゃ失敬失敬。

俺の名前はチャルック。

ま、名前に意味なんか無いから忘れてくれていいじゃんよ」


「よろしく、チャルックさん。

それで、この数字にはどんな意味があるんだ?」


「この数字は殺した人間の数じゃんよ。

それで言うと、俺が四人でラドングが一人ってことになるっしょ!」


「……え?」


一瞬思考が止まり、理解が出来なかった。


不明瞭な頭で、ラドングとチャルックの頭上を視線だけが行き来した。


ジュッ、という音が聞こえた。


「それって──」


チャルックの発言の意味がわからなくてもう一度聞き直そうとした時、ラドングの身体がぐらりと揺らいだ。


俺もジュリエットも、ラドングだって視線は上を向いていた。


その中で倒れゆくラドングに視線が向かうのは自然な流れ。


不自然なのは、彼の腹部を貫く赤い熱線。


その発生源はチャルックの右手。


親指を除く四本の指からそれぞれ一本ずつの計四本。


熱線の先は地面をジリジリと焦がしている。


それほどの熱量。


俺がチャルックを信じられないという目線で見た時、彼の標的はすでに俺たちだった。


彼の猟奇的な目は俺の顔面を捉えている。


「てめぇは、初めからッ……!」


「一気に三匹とか、俺ってばツイてるじゃんよ!」


「ジュリエット、頭を下げろ!!!」


チャルックの右手が激しく振り抜かれた。


それに合わせて、四本の熱線が俺たちを切断すべく迫る。


俺とジュリエットはすんでのところで身を屈め、その直上を熱線が通過する。


俺たちを捕えきれなかった熱線は周辺の建物を抉り、四本の爪痕をその過程に刻む。


チャルックは俺たちを見下ろしながら、感心したような表情で次なる攻撃に移っている。


まずは射線を切らなければ……!


「掴まれ!」


「は、はい……!」


俺はジュリエットを抱えながら、エアリアルステップの一歩目でがむしゃらに地面を蹴った。


それとほぼ同時に、チャルックが右腕を振り払った。


熱線は俺たちの足元を炙ったが、今度は先ほどよりも余裕をもって躱せている。


「ひゅう、やるじゃんよ!」


何を笑ってやがる。


「クソ野郎が!」


叫ぶ俺の先で、チャルックは同様の熱線を左手にも出現させ始めている。


こいつ、魔法を準備してやがったな……。


初めから俺たちを殺すつもりで!


俺は背後に向かって飛びながら、二歩目のエアリアルステップで近場の路地へ転がり込んだ。


「ぐぅッ」


「きゃっ!?」


無理な体勢で動いたため、俺たちはバランスを崩しながら地面に叩きつけられた。


それでも痛みに呻いている暇はない。


俺は急いで体を起こし、狼狽えるジュリエットの腕を引いて立ち上がらせた。


追手を撒くために、細い路地を無理矢理に走り抜く。


ジュリエットの手足に擦り傷を多く作らせてしまっているが、今は仕方がない。


それからしばらく無理な逃走を続けたが、


「ク……クロ君……もう……」


ジュリエットが限界に達したあたりで倒れ込むようにして身を隠した。


「ハッ……ハッ……!」


「ゼェ……ゼェ……ッ……」


二人して荒い息を繰り返し、まともに頭が回らない。


そんな状態であってもチンタラやってる暇はないし、次の動きを考えなくてはならない。


しかし残念ながらこの辺りの地理には詳しくない。


できれば学園のあたりまで逃げておきたいところだ。


「大丈夫か……?」


「……ッ……はぁ、はぁ……」


俯いたまま大きな口で呼吸を繰り返すジュリエットの目からは、光が失われている。


まずいな。


このまま思考放棄をされては、俺も彼女を守りきれないかもしれない。


だから、彼女の肩を両手で掴んで無理矢理に顔を見合わせ叫んだ。


「俺を見ろ!」


びくりとして、ジュリエットの目に光が戻る。


そうして縋るように震える声を吐き出した。


「……クロ君、ど、どうしよう……。

ラドングさんが、ラドングさんが……」


「彼は助からない……覚悟を決めろ」


ラドングのあれは、少なめに見積もっても致命傷だ。


俺の治癒魔法程度であの傷は治せない。


また俺は自分に足りないものを見つけてしまった。


あの時ああしておけば良かったという思考に脳が埋め尽くされそうになるが、かぶりをふって頭を正常にもっていく。


「嫌だよこんなの……」


一瞬でもチャルックから離れて落ち着けたことで、巻き起こった状況がようやくジュリエットにも理解でき始めたようだ。


ガタガタと身体が震え、双眸には涙が浮かんでいる。


そうだ、ここは安穏な場所じゃない。


初めからわかっていたじゃないか。


それでも俺は自分を騙して、ジュリエットを騙して。


「もう泣き言を言ってる場合じゃないんだ!

やらなきゃ、やられるぞ!?」


「無理……わ、私には、無理だよぉ……!」


ラドングを貫いた熱線は、そのまま彼の身体の中から振り抜かれていた。


ジュリエットはその様をありありと見届けていた。


人間が無惨に焼き切られる一部始終は、衝撃的な映像としてジュリエットの精神を蝕んだ。


俺はジュリエットを引き寄せ、窒息するんじゃないかというくらいに彼女を抱きしめた。


「大丈夫だ、君は最後まで俺が守る」


今はそう囁き掛けるしかない。


「楽しくデートしてただけなのに、こんなのないよ……」


「……もうすぐあいつも来る。

色々あるだろうけど、今は俺に従ってくれ。

まずは生き残ることが先決だ……!」


「……」


「おーい、どうせこの辺りに隠れてるじゃんよー?」


「ひっ……!」


チャルックの声が響く。


奴は俺たちの居場所を捕捉していない。


だが、着実に近づいてきている。


「逃げるにしても戦うにしても、ここにいちゃマズイ。

ジュリエットに戦えとは言わないけど、動いてくれなきゃ俺も死んじまう」


「どうしてクロ君が死ぬの……?」


「さっき守るっつったろ?

ジュリエットは俺の彼女なんだからな。

俺は死にたくないし、ジュリエットを見捨てることも絶対にしない。

だからといってジュリエットが沈んだままじゃ、俺はここで戦わなければならなくなる。

そうなるとジュリエットを守る過程で俺が死んで、その後にジュリエットが死ぬ可能性が出てくる。

まぁハナから死ぬつもりもないけどな」


「私を見捨てていけば、クロ君は無事で済むよ……?」


「いいや、駄目だな。

これから俺たちには楽しいことがいくらでも待ってるんだ。

もっとデートして、色んなところに行って……やりたいことは無限にある。

だから俺は生き残って、ジュリエットとの幸せも手に入れる。

なぁジュリエット、俺は欲張りなんだよ。

俺の欲を満たすために、今は協力してくれ」


「クロ君の、ために?」


「それが二人のために繋がる」


「……分かった。

私はどうすれば良いかな?」


「すまん、助かる。

まずはあいつから距離を取るからついてきてくれ。

何故かは不明だけど、あいつはこちらの位置から大きく離れることなく動いてる。

まぁでもそこまで索敵能力が高くないようだし、可能なら完全に撒くぞ」


「りょ、了解です……!

クロ君は相手の位置を把握できてるの?」


俺がチラチラと周囲を窺っているのでジュリエットも気になるようだ。


「大まかに、って感じだな。

今は地面を突いて、その振動で位置を確認してるんだ」


ウルトラサウンドは波動を飛ばす前にマナを高密度に圧縮させる。


圧縮が強いほど広範囲にマナが音波として拡散し、高精度な反射音として俺に知覚される。


だがその場合、相手にも俺のマナはぶつかるわけで。


その欠点を補うために改良したのが、今やっている方法。


微細な振動を地面に這わせることで、相手に触れるマナはごく微量で済む。


「鉢合わせってことはないんだよね?」


「恐らくな。

それでも追ってくることはあるかもしれん」


「じゃ、じゃあ行きましょう……!」


「ジュリエットにはできれば治癒魔法をかけてあげたいんだけど、魔法に反応されたらマズいから今は我慢してくれ」


「これくらいなら大丈夫です」


俺たちはゆっくりと立ち上がり、チャルックの魔の手から逃れるべく動き出した。

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