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Re:connect  作者: ひとやま あてる
第7章 帝国編Ⅲ
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第128話 結界

「結論から先に言えば、お前に武器は必要ない」


「……まじ?」


俺は全身に回復魔法を掛けて生傷を癒しながらスペデイレの話に耳を傾ける。


「強化魔法の重ね掛けは脅威だ。

その身体で武器を振るうのも悪くはないが、お前には魔法がある。

身体機能を活かして魔法を振り回すのが良いと見える。

魔法は動作に付随して行使すれば操作性は増すだろう?」


「そりゃあな。

突っ立ったままで攻撃魔法を撃つより、腕や脚を振って撃った方が威力は高いしな」


「魔法を行使するという点において、武器は謂わば枷だ。

お前が武器に重きを置いて攻撃をするならその方向で僕も考えてやるが、武器の扱いにそもそもの下地がないのなら使わないほうがマシだな」


「武器なんか持たずに、両手を魔法のために空けていた方がいいってことか?」


「有体に言えばな」


「じゃあスペデイレはなんで武器を握ってるんだ?」


「剣とは貴族の嗜みだ。

そして戦地に於いて剣で武功を立てることこそ貴族の誉れ。

これは貴族として生まれた時から染みついたものだし、たとえ僕が魔法に高く精通していたとしても手放すことはないものだ。

お前に剣術の才能が現時点で無いとも断言はしないが、開花するまでの時間を考えると現実的ではないな」


「なるほど現実的ではない、か。

じゃあ杖を握る魔導士についてどう思う?」


「あれは僕たちの考える剣士とは真逆の戦いをする者という認識だ。

お前は前衛で戦うことを主体とした魔導士だが、杖を持つ者は片腕もしくは両腕を戦闘で使えないということで基本的に前衛には回らない。

それを補って余りある効果を触媒たる杖から得られる一方で、純粋な武器として使えない杖を持つことで動きが制限されるという欠点もあるからな。

そういう意味でもお前には杖は似合わないし、ましてや武器を握っている姿も想像がつかない」


「じゃあこのまま魔法を鍛えるか」


「これは僕の一個人の意見だから、参考程度にしてくれ。

このせいでお前の考え方が固定されることになっても困る」


「いや、いいさ。

スペデイレの話を聞いて、改めて俺には武器が必要ないと思い至ったよ」


「それなら良いが……」


今更だけど、やっぱこいつは嫌なやつじゃないな。


初めの印象が悪すぎただけで。


「ここまでで俺に武器は必要ないという話は分かったけど、武器以外の触媒はどうだ?

たとえば祭事に使う短剣とか」


「所持しているのか?」


「いや、持ってないけど」


「はぁ……?」


こんな呆れた顔のスペデイレは初めて見たな。


案外人間味に溢れたやつだったか。


「いや、邪魔にならない程度の祭具なら使えるんじゃないかと思ってな」


「お前の知識がどうなっているか不明だが、魔法効果を高める意味で祭具は確かに使えないこともない。

しかし基本的に武器としての強度は備えていないから、これ見よがしに相手に見せては破壊されるのがオチだ。

それに祭具は特定条件下での使用に限定しているものが多く、近接戦闘を意図したものなどは聞いたことがない」


「まぁそこまで都合の良いものは無い、か。

スペデイレの武器には特殊な効果があったりするのか?

系統魔法を付与していたようだけど」


「特別な効果はないが、意味がないわけでもない。

クロカワはファルシオンという武器の意味を知っているか?」


「いや、知らないな」


「ファルシオンは、鎌を意味するファルクスが語源だと言われている。

僕の使う系統魔法ワールウィンドは鎌鼬を発生させる。

鎌と鎌鼬──親和性の強い組み合わせは魔法の可能性を大幅に引き上げる。

使える魔法が少ないことは必ずしも欠点とはなりえないということだろう」


「なるほど親和性か。

俺は特定の魔法に偏りがないから、そこは考えものだな。

今思ったんだけど、語源的に近しいファランクスよりサイズ──直接的な鎌を使ったほうが良いんじゃないか?」


「僕を死神か何かと勘違いしてないか?

そんなのを抱えて戦場に出るやつがいてたまるものか」


「それもそうか」


それにしても、親和性か。


確かにスペデイレのワールウィンドは脅威だった。


初見で見たアレだけでも凄まじい威力だったが、強化魔法として使えるということは付与されている限り連続使用が可能ということ。


付与魔法、これも挑戦してみよう。


「ところでクロカワ、お前は闇魔法を使っていたな?」


「俺は初めから全部の属性が使える」


「なるほどそういう理由か」


スペデイレは何か得心した様子だ。


だからと言って俺が人を殺したことがないわけではないがな。


まぁこれは他人に話すような内容でもないので今回は控えた。


まだそこまでの仲ではないしな。


とは言え、だ。


「俺がジュリエットと付き合っているのは知っているか?」


「……ああ。

しかし急にどうしたんだ?」


「いや、この間はスペデイレの仲介もあってジュリエットとの仲を深められたからな。

彼女の背中を押してくれたことに感謝してるってことを言いたかっただけだ」


「彼女と僕はかなり昔に少し縁故があった。

それにあの時は僕の要件を優先しただけだ。

だから変に感謝することもない」


「そうか、了解だ。

じゃあ話は変わるけど、俺はジュリアーナから結婚を申し込まれている」


誠実に話すべき内容だと思って、俺は切り出した。


「いきなり何だと言うんだ……?」


「お前には感謝している。

だから先日言えなかった内容も含めて伝えようと思う」


「………そういうことなら、頼む」


「俺とジュリアーナがそうなったのは、様々な要因が重なったからだ。

もちろんスペデイレが彼女と婚姻関係なのは知っている。

その状況で俺にそういう話を持ちかける彼女も悪いとは思う。

しかし入学からの俺の活躍は彼女にとっては鮮烈で、彼女の意識がこちらに向いたのも頷ける」


「それは……そうだろうな」


「俺は入学以前の二人の関係を知らないんだが、それについて教えてもらえるか?」


「良いだろう。

まず僕とジュリアーナは互いに嫡子ではない。

加えて、僕たち公爵家はあまり爵位の違う人間を血縁に入れたがらないという風潮がある。

そういうこともあって、僕とジュリアーナは半ば強引に婚約関係にされたんだ。

僕はまんざらでもなかったがな。

この時点ですでに、ジュリアーナは自分の女だという意識があった。

ここまでが前提だが、理解したか?」


「続けてくれ」


「入学するまでの僕は、お前が入試で見た通りだ。

今思うと恥ずかしい限りだが、あの頃の僕はどうかしていた。

学園に入って色々な人間と触れ合うことで、ようやく僕はまともになれたと思う。

そう考えると、いや考えるまでもなくジュリアーナが僕を好いていない事など明らかなのに、僕は相思相愛だと思い込んでいたんだ。

だから先ほどのお前の発言を聞いても、それに対して憤ることは間違いだし、当然の結果だと理解できている」


なんというか、こいつも大人になったんだな。


スペデイレは続ける。


「しかし、だ。

学園に入ってからのジュリアーナは魅力が大きく増してきたと思う。

それを引き出したのがお前だと思うと悔しい気持ちはあるが、それでもその一面を見れたことは感謝している。

ようやくまともな人間になれた僕を見てほしいと思った矢先に、ジュリアーナは居なくなった。

それが知りたくてフレアマイナ家を訪れたが、門前払いだった。

その詳しい理由を教えてくれるということで良いのだな?」


ジュリが実家に幽閉されるような予兆はなかったこと、クレイアーナに無理やり仲を引き裂かれたことまでは先日スペデイレに話をした。


あとは俺たちが仲良くなったあらましなどだな。


「そうだ。

その前に聞きたいことがある。

俺もジュリアーナの家を訪れたんだけど、クレイアーナ……やっぱりあの人は少々異常じゃないか?」


「あまりそういう発言はよして欲しいところだが、実はそうだ。

フレアマイナ家の実権はあの人がほとんど握っていると言っても良いかもしれんな」


「俺の認識は間違いなかったか。

軽くは知っているつもりだけど、それはどういう理由だ?」


「お前の理解以上のことを話せはしないが……」


「じゃあ俺の理解を先に言うか」


フレアマイナ家に初めて産み落とされた子供ウェアハウズは、先天的に視力と言語に障害を抱えていた。


これは濃い血縁を維持する上級貴族にまま見られるもので、強力な魔法力を得る代償の戒めとしても知られている。


フレアマイナ家はウェアハウズにありったけの医療や教育を注いだが、結果は芳しくなかった。


そんな折に生まれたのがクレイアーナ。


ウェアハウズで失敗を悟った当主バラガは、彼以上の質をクレイアーナに求めた。


教育と呼ぶにはあまりにも過酷な指導と訓練のもと、彼女はフレアマイナ家最高の魔導師として仕上がった。


しかし彼女の内面的成長は良好な仕上がりとは言えなかった。


彼女は日々の中で如何に当主を蹴落とすかということだけを目的に活動を続けており、最終的にあらゆる権利を当主から剥奪した。


そこからのクレイアーナは気に入らないジュリアーナに対しての風当たりが厳しくなった。


ジュリアーナは半ば隔離されるように生活を始めた。


それは情操教育にはマイナスに働き、友人関係すら形成させてもらえないことによりジュリアーナを暗い性格へと変化させていった。


「──とまぁ、こんなところだ」


「僕の知らない情報が散りばめられているな……」


当然、ジュリが愛人の子というところは省いた。


フレアマイナ家の内情はウェルコフから聞いていたことだし、それをスペデイレが知らないのも無理はない。


「先日俺たちはフレアマイナ家を訪れたんだけど、ジュリアーナが楽しく生活できているのがクレイアーナには気に入らなかったみたいだな。

それに対する俺の行動も悪かったようだ。

食ってかかりすぎたせいでクレイアーナの気分をすこぶる害してしまい、ジュリアーナの幽閉を確定的なものにしてしまったというのが真実だ。

これに関しては俺も反省している、すまない」


「……そういう事情か、把握した。

すでに終わってしまった事象を悔いても仕方のないことだ。

話してくれたことに関しては大変感謝している。

だがここからは僕もジュリアーナにアタックを仕掛けることにするから、敵同士だということを宣言しておこう」


急にどうしたんだこいつは。


「行っても会えないぞ」


「そんなことは分かっている。

しかしそれは現状の話であって、僕がジュリアーナを振り向かせられる男になれば事は上手くいくはずだ。

すでにクロカワが交際する女性を得ているのは癪だが、お前がモテるのは理解できる。

僕なんかよりも遥かにデキる男だということは間違いないからな」


「急に持ち上げてくるなよ、気持ち悪い」


「ああ、その反応だ。

僕の方こそ、今日のお前に少し気持ち悪さを感じていたところだ。

お前はそれでいい。

爵位も何も関係なく対等に僕を見てくれるお前は、正直眩しい。

僕も貴族でなければもっとお前と仲良くなれたのかもしれぬな」


「さて、どうだか」


「そうだな、仮定の話をしていても意味はない。

では最後に一つ質問がある。

お前の実力がSクラスではなくAクラスというのは事実か?」


「何が言いたい?」


「先日の腕試しを見ても、お前はどうやったってAクラスの人間ではない。

それで言えばオリビアもそうだろう」


「やけに俺を気にするやつだな……。

実際のところは、お嬢様──ソフィアラ=デラ=ヒースコートがAクラスだという理由からそこに入った。

周りの人間がどうだとかは関係ない。

俺は俺が強くなるということ以上に、お嬢様のそばにいるという目的でここにいる」


「やはりな、そんなことだろうと思ったよ。

お前は気づいていないだろうが、勝負事に無頓着な性格をしていながら実際は結果を求める野心家だ。

もっと物事に執着した方が、お前らしさがあるぞ」


「どんだけ見てるんだよ、気持ち悪い!」


「そう荒ぶるな。

……さて、僕はこの辺りでお暇しよう。

今日は楽しかった。

友人というのは……実に良いものだな」


スペデイレはそれだけ残すと、自室に戻っていった。


「あいつ変わりすぎだろ。

何があったのやら。

ロード……ウルトラ サウンド」


二人でいる間、何やら視線を感じていた。


だからスペデイレと話す間も周囲に気を配っていた。


これまでウルトラサウンドを頻回に使用していただけあって、最近では自分の声の反響でも周囲を多少理解できるようになってきた。


夜間のように人間が少なく騒音もない空間でしか機能しないが、それでも効果のほどは劇的だ。


俺を監視するということは教団関連か?


しかし返ってくる魔法に反応はない。


俺の魔法をスルーできる人間か、はたまた範囲外か。


どちらにせよ、ろくな事ではない。


「随分きな臭くなってきたな……」



            ▽



「ここから先は侵入禁止だ」


俺たちの視線の先では商店街が閉鎖され、何人もの屈強な男たちが慌ただしく動き回っている。


その全員が見たことのある制服を着用していた。


アルメイダルと同系統の服装のため、軍の人間だろう。


「まだこのあたりに殺人犯が潜伏中だ。

現在我々が事件現場の保全及び調査を行なっている。

無関係な一般市民にはお引き取り願おう」


バリケードが設置されて人々の往来は止められているが、それでも一部の野次馬はその場を動かない。


夜なのにこの場所が交通の要所にもなっているだけあって、不満を垂れる人間は多い。


人が殺されたっていうのに、呑気なもんだ。


ブツクサ言ったってそこが通れるようにはなりゃしねぇよ。


こんなところはさっさと離れるに限る。


「クロ君、怖いよ……。

早く帰ろう?」


腕に絡みつき不安そうな目で俺を見上げるジュリエット。


彼女の身体が震えているし、流石にここに留まるのはまずそうだ。


なんでまたこんな時に……。


今日は休日で張り切ってデートしただけあって、学園から中心街を挟んで反対側までやってきていた。


「そうだな。

今日の夕飯は学園で済まそう」


俺はそっとジュリエットの肩を抱いて急いでその場を後にした。


去り際、軍人の顔にも疲れと苛立ちが浮かんでいるのが見えた。


ご苦労様です。


それにしても俺はジュリエットとは対照的に、それほど心拍を乱されてはいない。


こういった状況に慣れてしまったのだろうか?


俺より怖がっているジュリエットがいるから多少は恐怖がマシになっているのかもしれない。


あとはジュリエットが何者かに監視されているからというのもあるだろう。


誰かが俺たちを見ている限りは恐らく安全なのだ。


大通りを閉鎖されているとなると、帰り道は大きく迂回して学園を目指すか路地を通るかだ。


すでに陽は落ちているし、あまり路地を歩きたくはないな。


大通りに面した商店街を抜けて真っ直ぐ中心街へ行けば活気のある空間なのだが、そこを使えないというだけでこうも不便だとは思わなかった。


殺人事件があったからか、俺たちのいる方向へ歩いてくる人間はほとんどいない。


事件を知る直前までは閑散とした西地区のアンティークショップにやってきていた。


現場の状況をみるに事件発生からそこそこ時間は経っていそうだったので、周囲に人が少ないのも当然だろう。


「ロード、ウルトラ サウンド」


これでしばらくは音波を飛ばせる状態になった。


「クロ君、どうしたの……?」


俺が唐突に魔法を発動させたことにジュリエットは動揺している。


「一応、な?」


俺は右腕でジュリエットの肩を抱き、左手で定期的に指を鳴らしながら歩道を進む。


音の反響から後方や路地に人は居らず、前方も遥か先に数人が歩いている程度だ。


周囲のアパート内部も確認できれば良いが、建物の壁に阻まれて内部までは調査が及ばない。


それでも光が灯っている建物には誰かは居るだろうし、何かあれば逃げ込めば良いだろう。


それにしても、監視を行なっているという人間も魔法に引っかからない。


やはりあれはマリアの思い過ごしなのではないだろうか。


「どういう魔法?」


「音の反射で周囲を探ってるんだ。

変な奴がいたらすぐに逃げられるようにな」


「そ、そうなんだ……。

とっても便利な魔法を知ってるね」


ジュリエットは殺人などに縁がない生活を送ってきたんだろう。


努めて笑顔を貼り付けようとしているが、引き攣っていて無理しているのが一眼でわかる。


彼氏彼女の関係に浮かれていて、こういう情勢なのを忘れてたよ。


少し前には学園内でも殺人事件はあったし、最近では帝国内の至る所で似たような事件が頻発している。


情報紙で殺人の話題に触れてない日はないほどだ。


ジュリエットが不安になるのも頷けるな。


俺は何だか感覚が麻痺してしまっているのだろう。


それが功を奏しているのかはわからないが。


以前気になって学園の図書館で過去の紙面を追ってみれば、殺人事件が報じられる件数はここ一ヶ月ほどで途端に増えているとのことだった。


過去にもこんなに多くの殺人事件が報じられていることはなかったし、それらのほぼ全てで犯人は逮捕されている。


今回のように犯人不明のまま推移しているのは奇妙なのだそうだ。


「クロ君、変な人いない?」


俺が魔法を使い始めてから、ジュリエットはしきりにそう聞いてくる。


その度に効果範囲内に誰かが居ることを伝えて安心させる。


彼女と付き合って一週間が経過して気づいたことは、彼女は驚くほどに臆病な性格だということだ。


夜にトイレに行くのにも、いつもラウラを連れて行ってたとか。


しかし俺と付き合ってからは、俺がラウラの代わりになった。


今俺たちが寝起きしている生活圏は、突貫工事で仕上げただけあって壁は無機質な白一色だ。


昼間はそう感じないのだが、確かに夜は魔光灯の明かりも少なく不気味さがある。


俺も正直ビビリだけど光属性魔法を使えば広い範囲を照らせるし、ナイトアイの魔法を得てからは夜が怖くなくなった。


それよりもむしろ、ほぼ毎晩俺の部屋をノックされる方が恐怖だ。


そして俺は眠い目を擦りながらジュリエットをトイレ前まで運び、ことが終われば彼女を部屋の前まで案内する。


これが苦痛というわけではないのは、ジュリエットが俺の彼女だからだろう。


友達だったら、いい加減にしろとか言ってそうではある。


「クロ君、大丈夫?」


俺がしばらく考え事で黙っていたので、心配そうにジュリエットが覗き込んでいた。


「ん、ああ……。

別に変な人は──」


俺は足を止めた。


「クロ君……?」


「──居ない」


「そ、そうなんだ……よかった」


「いや、さっきまで前を歩いていた三人が居ない」


「……え?」


「その先をしばらく歩いた交差点、そのあたりで急に消えたな」


「本当に……?

それになんで冷静なの?」


「建物の入っただけかもしれないし、俺のよく知る場所じゃないから見落としただけかもしれない。

すまんジュリエット、少しだけ目を閉じてくれるか?」


「え、う、うん……」


ジュリエットがぎゅっと目を閉じたのを確認して、俺はそれを発動した。


「ロード、ナイトアイ。

もういいぞ」


途端に視界がくっきりと晴れる。


これでしばらくは安心だろう。


「今度はどんな魔法?」


「視界をはっきりとさせる魔法だ。

これは誰にも教えてない魔法だけど、今度またジュリエットに見せてやるよ」


「うん、ありがとう」


今いる場所は弧を描いた歩道になっているので、三人が消えた場所は斜線上にあってまだ見えていない。


本当に消えたというのなら、この先で何かがあるだろう。


「……よし、いざという時に備えておこう。

ロード──」


「え、え……。

何してるの?」


まさか戦うつもり?


ジュリエットがそんな感じの表情をしているのが分かる。


安心しろ、戦うつもりはない。


いざという時の保険だ。


「最近習得した《爆身》って必殺技があってな。

しこたま強化魔法を仕込んでるから、やばくなったらこれで逃げるし安心しろ」


「そ、そうなんだね……」


「え……俺、そんな信用ない?」


「ううん、そなことない!

そんなことないよ!?

必殺技なんて、とってもかっこいいと思う!」


「お、おう……」


無理させてすまんな。


そうやって巫山戯ていると、件の交差点が見えてきた。


驚くほどにそこは静かで、人っ子一人いない。


俺は指先にマナを込め、一際大きくパチンと鳴らした。


やはりというか、周囲五十メートルほどの路上に人間の反応はない。


夜の街ってのはこういうもんなのか?


「ほ、ほら、何もないよ」


「そうだな。

何かあったわけではなさそうだから、どこかの屋内に入ったのかもな」


誰もいないのならむしろ危険はない、と。


俺はなんとなく安心して、ジュリエットの肩を抱き直して数歩進んだ。


その感触は、ぬるりとしたものだった。


その感覚は、ジュリの邸宅を訪れた時に似ている。


油断した、失敗したと思った。


次の瞬間には、視界に映る全てが変容していた。



            ▽



視界はハッキリしている。


見える建物の構造なども全てそのままだ。


変化したのは、色。


空はのっぺりと黒く、地面や建物の色が燻んだ灰白色に統一されて不気味さを感じる。


影が差して暗くなっている路地などの空間は煤が舞ったような黒さを吐き出し、入り込むことを躊躇させる。


一瞬ナイトアイの効果が切れたとも思ったが、効果は継続しているようだ。


「ひぅ……」


ジュリエットがひどく怯えた様子で喉を鳴らした。


周囲が気になって背後も見遣ると、景色全て規格化されたものとなっている。


つまりこれは。


「入り込んでしまったな」


以前マリアから聞いたことがある。


空間魔法の極地──結界魔法。


敵を捕らえるものから自分有利に戦えるバトルフィールドまで、その種類は多種多様だ。


「ね、ねぇ……ここはどこなの……?」


「……大丈夫だ。

俺のそばに居れば、怖いことはない」


「うん……」


俺は努めて優しい笑みを顔面に貼り付ける。


いきなり知らない空間に放り込まれれば、誰だって不安だ。


俺が落ち着いて居られるのは、やはり俺以上に不安を抱えるジュリエットがそばにいるから。


俺が平静を欠いていては纏まる考えも纏まらないから。


そしてジュリエットの気が動転して手に負えなくなった場合、足手纏いになるからだ。


……俺はなんてひどい考えをしているんだ。


「ここは結界魔法の中だ。

閉じ込められた場合、出るためには脱出条件を満たすか術者を倒すしかない」


「クロ君は何か知っているの?」


「いや、ここが結界内ということ以外は何も知らないよ。

少なくとも、俺たちが冷静さを欠けば容易に潰される」


「潰される……」


「見た感じ、これだけ広い空間を形成するには相当のリソースを必要としているはずだ。

だからこの空間自体によって理不尽に害される可能性は限りなく低い」


「そうなんだ。それなら安心だね?」


「……ああ」


まずはここがどこまでの広がりを持った空間かを把握するべきだろう。


一方で何者かに捕捉される可能性もないわけではない。


しかし留まっていても相手の思う壺だ。


相手とは、この空間を作り上げた誰か。


何もしないわけにはいかないということで、俺はパチンと指を鳴らした。


ウルトラサウンドは機能しているし、魔法を制限する空間ではないな。


俺は手始めに付近の民家へ赴き、ドアノブを回した。


「どう?」


「回らないな。

微動だにしないし、これは扉じゃないな」


他の場所も同様で、ガラス窓に見えたものさえも一枚の壁だった。


それから誰かいないかを常に警戒しつつ二人で中心街を目指した。


途中知っている場所に出たが、そこはやはり俺の思った通りの景色だった。


「ここは精巧に帝国内を再現してるけど、建物は全部中身のないハリボテだな。

……っと。よし、見えてきた」


魔法の反応を頼りに来てみれば、やはり中心街には人間がいる。


それも一人ではなく、十人程度はいるだろうか。


彼らがこちらの接近に気がついたみたいだ。


「あの人たち……」


「大丈夫だ。

魔法使用の動きは見えない」


そこにいたのは、若者から高齢者まで年代も性別のバラバラの九名。


「お前らも迷い込んだかクチか……。

それにしてもお若いお二人さんじゃな……」


初めに声をかけてきたのは、ダグムという名の高齢男性。


白髪混じりでひどく草臥れた風貌なのは元からなのだろうか。


ここにいる他の面々も、何やら暗い雰囲気を放っている。


彼らの名は年の順にそれぞれ、ダグム、レジ、オーステス、ヘザー、ハーレイ、エトヴィン、オーガスタ、ヨナス、フレデリ。


「迷い込んだってことは、やっぱりここは結界の中なんですね」


「そうじゃ……。

それにしてもここが結界内だと理解しておるとは、若いのに勉強家じゃのう。

しておぬしら、いつ頃ここに来たんじゃ?」


「足を踏み入れたと自覚してから半刻ほどですかね。

皆さんはいつ頃からなんです?

それに、ここはどんな場所なんですか?」


「ふむ……」


問いに対して、この場の全員がばつの悪そうな様子に変わってしまった。


「……?」


しかし誰も言葉を発そうとしないのは妙だ。


「何かまずいことでもあるんですか?」


「……その服装は学園の生徒じゃろう?」


「あ、はい、そうですね」


「それなら悪いことは言わん。

どうにか脱出の糸口を探してこの場を去りなされ」


「何があるんですか?

ここの脱出方法を知っているんですか!?」


俺が声高に質問を浴びせても、周囲の目線は冷たい。


何だ?


何を隠してる?


「散々探したがな、出口は見当たらんのじゃ。

だから、わしはもう疲れた」


「疲れた、って……。

何か糸口があるなら俺たちも手伝うんで教えてください!」


「もっと人数が居ればな……」


「……人数を集めれば良いってことですか?

それならえっと確か、俺たちが迷い込む前にも三人ほど迷い込んでると思うんですよね。

ご存じないです?」


「いいや、知らん。

時間感覚が失われて久しいが、今日になって人間を見かけたのはおぬしらが初めてじゃ。

迷い込んだ人間がおるならどこぞの場所で留まっておるかもしれんのう」


この人たちはどれだけの時間をここで過ごしているんだ?


さっきから話が一向に進まないのでイライラしてくる。


「その人たちとか、他に人がいればここに来るように声かけしてきましょうか?

多分俺たちの方が動きやすいとは思うんで」


「その必要はない、わしはじきに出られる」


「はぁ……?」


話の噛み合わなさがひどく、俺は思わずそんな言葉を漏らしてしまった。


「どういう意味です?」


「クロ君」


「ジュリエット、ちょっとだけ待ってくれ。

出られないとか出られるとか……もう少しわかりやすく説明してください!」


「クロ君!」


「何だ!?」


俺が声を荒げたために怯えたジュリエット。


「あ、いや、すまん。

怒鳴るつもりはなかったんだ……」


「ううん。

あれを見て欲しくて……」


それでも何か伝えたいことがあるようで、弱々しい手つきで東の方角を指差した。


俺は目を細めてその方角を見たが、空間の色調が燻んでいるためジュリエットが何を指しているのか判別がつかない。


「まずい、逃げよう」


「そ、そうだな……!」


何かを察したのか、ダグムを除いた大人八名は焦った様子で西へと走り出した。


「ちょ、なんなんだよ!」


俺はしばらく彼らの背中を視線で追ってからダグムに視線を戻した。


ダグムは諦観したような、はたまた待ち望んでいたような、どちらともつかない表情で東の何かを見つめている。


「とうとう脱出することは叶わなかったのう……」


「ダグムさん、教えてくれ!

一体、何が近づいてる?

あとさっきの出られるって発言の意味は何だ!?」


「クロ君、多分とっても良くないよ……!」


「ジュリエット、最後に一瞬だけ待ってくれ。

すぐ終わらせるから」


俺は当惑するジュリエットを強く抱き寄せて少しだけ黙らせる。


そして怒りと焦りを込めた視線をぶつけることで、ダグムはようやく口を開いた。


「現在わしらが知っている唯一の脱出方法は、ここで死ぬことじゃ。

死ねば、血肉も全て結界の外へ放り出されるという話じゃな」


「死ぬ、だって?」


「アレじゃよ」


そう言って指差す先は、先ほどジュリエットが指差した方角と同じ。


「アレって何なんです!?」


「知らぬよ。

ただ無差別に人間を殺す何か、じゃ。

知りたいなら対話を持ち掛ければ良いと思うが、無慈悲に殺されるのは目に見えておる」


「それが分かってるなら、一緒に逃げましょう!」


「それは難しい。

わしは随分食事も摂れておらんから、意識も朦朧としておる。

まともに会話ができてなくてすまんのう。

体力にも限界じゃからな、そろそろかと思っていたんじゃよ」


「でもすぐに出口が見つかる可能性もありますよ!

なんなら、俺がダグムさんを担いでいきます」


「ありがたい申し出じゃが、遠慮しておく。

おぬしが荷物を二つも抱えたことで潰れられては、申し訳が立たん。

ということじゃ、はよう行け。

わしがアレの標的になっている間は逃げる時間もあるじゃろうて」


「そんな、でも──」


「ねぇクロ君!」


時間切れだ。


「くっそ……!」


「ではな、若者よ。

うまくやれることを祈っておる」


「ジュリエット、俺の首に手を回して掴まっててくれ。

……ダグムさん、向こうでは達者でな」


俺は一瞬だけその場に留まると、ジュリエットを抱えて西の方角へ一直線に駆け出した。


背後に見えるダグムの姿は徐々に小さくなっていき、見えなくなる瞬間まで彼はこちらを見ていた。


「なんなんだよ、ここは!」


俺の叫びが、得体の知れぬ空間に響き渡った。

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