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Re:connect  作者: ひとやま あてる
第7章 帝国編Ⅲ
135/170

第127話 充実

「ええええええ!?」


「ちょ、どうやったの……?」


「抜け駆け……」


朝一番の教室で女子たちの喧騒が響く。


その渦中に居るジュリエットは、椅子に座って恥ずかしそうな笑顔を浮かべている。


「いやー……あはは……」


各所から質問攻めに合うも、ジュリエットはまんざらでもない様子だ。


しかしなにもその状況なのは彼女だけではない。


俺の周りにだって興味津々な輩が数名。


付き合ったのだってつい昨日だし、そう質問を浴びせられても困る。


そんな中、人集りができてほとんど姿が見えなくなっているジュリエットと一瞬目があった。


気づいて顔を赤らめた彼女は少しだけ顔を綻ばせると、こちらに小さく手を振る。


これには俺もニヤけざるを得ない。


俺も軽く手を振り返した。


「「「キャアアアアアア!」」」


それを見た女性陣の悲鳴にも似た叫び声が教室中にこだまする。


「嘘だと言ってくだされぇええ!」


「おいクロカワふざけんなよ!」


俺の側で騒いでいるのは、トーマスとバート。


二人ともクラス内では典型的な陰キャだが、俺は案外こいつらとの方が話があったりする。


トーマスは180cmほどの身長、マッシュルームカット、鰓の張った骨格に丸眼鏡が特徴的な男子生徒。


バートは身長160cmほどで短髪の癖っ毛、顔はふっくらと丸く人懐っこい顔つきをしている。


彼らはいつも二人セットで行動しており、女子と関わっている場面なんて見たことがない。


二人で普段なにをしているかと言えば、この魔法陣がどうとか新作の魔法書籍がどうとか、そんな感じだ。


真面目系というかオタク的な思考は間違いないのだが、彼らは魔法を遊び道具にしているだけあって能力は高く成績も良い。


「クロカワ殿、一体いつの間にジュリエット殿との仲を進展させていたのだ!

オリビア殿などクラスのマスコットだけに飽き足らず、アイドルにまで手を出すとはどういう了見か!?」


それを言うなら、いつの間にジュリエットがアイドルになってたんだって話だ。


「トーマス、お前はキレすぎだ。

良いだろ別に、俺が誰と付き合おうがよ」


オリビア云々は説明がダルいのでスルーした。


「いやいや、ジュリエット殿には誰も手を出さないという約束だった筈!」


「んなこと知るかよ。

っつか、そんなこと初めて聞いたわ!」


敢えてここでは言わないが、俺は告白されてそれにオッケーしただけだ。


手を出されたという事実があるのみで、手を出した覚えはない。


「クロカワ、お前の罪は重い。

なにせクラス内に不純の香りを持ち込んだのだからな。

恋愛とは本来、人間の不可侵領域。

そこに踏み込んだ者は、クラス内裁判によって極刑の裁定を下されるのみぞ……!」


右手で顔を覆いながらそう宣うのはバート。


動きが実に厨二臭い。


俺が席についてるからって見下しやがって。


立ち上がったらお前なんていくらでも見下せるんだからな。


「ぞ、とか言ってんじゃねー。

そんなに羨ましいなら、お前らも彼女作ればいいだろ」


「クロカワ殿、見損ないましたぞ!

我々の顔面では女子は寄ってこないのです!

分かっていてその発言とは、万死に値しますぞ!」


「なんで彼女ができたくらいで死ななきゃなんねぇんだよ!

それならアレクサンドロとかヤコブも死ぬことになるんだが?」


「顔面レベルの高い連中なぞハナから相手にしておりませんぞ!

しかしクロカワ殿はそれほど顔面が整っていないにも関わらず彼女ができたという状況が解せんのです!

何故そのような……って、ヤコブ殿?」


「あ」


まずい。


流れで言っちゃったけど、ヤコブがルシアと付き合ってるのを隠してたとしたら……。


これはやっちゃいけないことをやってしまったかな?


そもそもなぜ俺がその事実を知っているかというと、殺人鬼騒動の時に二人で出ていくのを見かけたのがまず一つ。


これはジュリエットと話した時にも出した話題だな。


あとは、彼らの逢瀬はその後も続いていたのも彼らの仲を疑う要因になってたな。


最後に決定的なのは、その過程で二人がキスする場面を目撃してしまったことだ。


普通ならあんな暗がりでキスされてちゃ見えないもんなんだけど、あいにく俺にはナイトアイの魔法がある。


大人しい二人の情熱的行動から、二人の顔と顔の間にアーチを作った唾液の線までクッキリ見えてしまったもんな。


それ以上の行為には流石に至らなかったものの、むしろそういう方が興奮するというかなんというか。


最近思うけど、俺って結構な具合で変態だよな。


そんなことを考えていたところ、ゆっくりとこちらに顔を向けたヤコブと目が合った。


ヤコブはとても悲しそうな表情をしている。


俺たちも結構な大声で話していたためか、こちらの声はヤコブまで届いていたようだ。


「……すまん」


俺は表情と口の動きでヤコブに謝罪を伝えておいた。


「ヤ、ヤコブ殿おおおお!?」


「まじかヤコブ、まじか!」


トーマスとバートは新しい餌を見つけたことで、俺の元から走り去っていく。


いやまじでヤコブすまん。


そんなつもりはなかったんだ。


結果的に友達を売って助かった形だが、これで一旦は助かった。


「ふぅ……」


一息つくと、隣の席がギシリと軋む音がした。


「大変ね。

クラスの活気が増していいことだとは思うけれど」


邪魔者がいなくなって、ようやくソフィアラも自分の席に腰を下ろせたみたいだ。


ソフィアラは相変わらず俺と行動を共にしてくれている。


朝食も一緒に摂ったし、何かと連絡は絶やしていないな。


夜寝る前もしっかり二人でマナ共有を続けているけど、ジュリエットがこれを何て思うかだな。


「ええ、まぁ……。

お嬢様は俺とジュリエットが付き合ったことをどう思います?」


「ジュリエットはクロのことを好いていたわけだしね。

いつ付き合ってもおかしくなかったわ。

クロもジュリエットのことが好きなんだし、お似合いだと思うわ」


そうなのか。


俺はちょっとだけソフィアラに嫉妬してもらえるのを楽しみにしてたんだけど、それはそうだよな。


ソフィアラが俺を異性として好くってのは考えにくいか。


王国では一緒に暮らしてたわけだし、なんというか兄妹みたいな関係だしな。


「あれ?

ジュリエットのそれって女子の間じゃ有名だったんです?」


「見れば誰でも分かるわよ」


「そんなもんですか……」


女子ってみんなそうなの?


ジュリエットのことは別にしても、大概のことは俺が見ても全く分からんのだが。


「泣かせるようなことはしないであげてね」


「……?

そんなつもりはありませんが、気をつけておきます」


俺が守るんで、とか言えばよかったのかね。


それはそれで恥ずかしいな。


その後、授業が始まると一旦は喧騒が収まった。


俺は人生初の彼女ができて浮かれていたんだろうな。


授業中は何度もジュリエットと目が合ったし、お互い意識し合っているのは間違いない。


その度に微笑み合って交際しているという事実を確かめ合う。


これがリア充ってやつか。



            ▽



選択授業を終えると、俺はその足で学園の外へ。


「クロ君、こっちこっち!」


人混みの中、ジュリエットが手を振り存在を伝えてくる。


これこれ、これだよな。


これがデートの醍醐味ってもんだ。


俺は人を避けて小走りでジュリエットへ駆け寄り、ごく近い位置で停止した。


昨日までは俺たちの間には人間一人分ほどの距離があったんだが、付き合った途端にこの距離がほぼゼロになるのはすごいな。


「待ったか?」


「うん、待ったよ」


ジュリエットが俺を見上げる形で、俺はそれを見下ろす形で。


待ったと言いながらも、ジュリエットの顔は笑っている。


ドンッ。


「それはすま──おわッ!?」


近くを通った人がぶつかったせいで、俺は身体がグラついた。


それでもなんとか倒れないようにしつつ、なおかつジュリエットを保護しつつ、建物の壁面に手をついて体制を立て直した。


「気をつけろよな……」


ぶつかってきた男を横目に睨みつけながらそう言いかけたところで、目の前にはジュリエットの顔が。


互いの息がぶつかりキスでもできそうな距離になっていたことに気が付き、俺たちは赤面する。


「重ねてすまん!」


「わ、びっくり……!」


鼓動が激しい。


それはジュリエットもそうだろう。


俺たちは誰かに怪しい現場を見られたわけでもないのに、なぜか衣服の崩れを直しながら壁面に背をついた。


目の前にはやはり人の往来が激しい。


そりゃこんなところで立ち止まってたらぶつかられるのも仕方ないか。


「待ち合わせって、なんか新鮮だな」


俺は何気なしにそう呟いた。


実のところ、脈打つ心臓に気が散って急に話す内容が頭の中から抜けてしまっているだけなのだが。


「うん。

でもどうしてかな、待ってる間も楽しかったよ。

クロ君はどんな顔しながら来るかなって想像して待ってたからかな、えへへ」


ドキリとした。


やや紅潮したままジュリエットがはにかみ、それを見た俺の心臓が再びエンジンを噴かし始めている。


この子が俺の彼女って事実だけで、なんと可愛く思えてしまうのか。


元が可愛いだけあって、その威力は絶大だ。


「そ、それならよかったよ。

一応これが付き合って初めてのデートだからな。

待たせてる間、不快にさせてなくて安心したよ」


「クロ君と居てそんなこと思うわけないよ?

それにさ、好きな人とデートするのって憧れだったんだよね。

今日はそれが実現できただけでも幸せだよ」


「そ、それならいいんだ」


「それでいいのです、いひひ」


今日のジュリエットは特に表情に富んでいる。


それになにやら話し方もいつもと違う。


「ジュリエットってそんな話し方だっけ?」


「へ、変かな?

私はもともとこんな感じだけどね」


「そっちの方が楽しくていいけどな」


「じゃ、じゃあもっと私のこと知ってもらうね!」


「おう、どんと来い!

んじゃ早速行くか……ほら、手出して」


俺はジュリエットを見ずに、背後に手だけを差し出す。


恥ずかしくてそっちを見れたもんじゃない。


顔も熱いし、赤くなっているのだろうな。


「こ、これは、予想外のイベント……わっ!」


そこから数秒あって、ジュリエットの指が俺の指と絡み合った。


俺はそのまま彼女の手をギュッと握り、半ば強引に腕を引いて身体をこちらに寄せてみた。


何もかもが未経験なために、あらゆる行動に勇気が必要で困る。


「……嫌か?」


「嬉しいです」


ジュリエットは俯きつつも身体を俺に寄せてきた。


俺も恥ずかしさから無意味に斜め上方を見上げながら歩を進める。


どの部分とは言わないが、常に身体の一部分が熱を持ちっぱなしだ。


こんな状態で、俺はまともにデートを完遂できるのかね?


それからの俺の日々は、有り体に言って充実していた。


暇など無く過ごす中で、時間は目まぐるしい速度で経過していった。


講義及び実技の授業を受け、それらの内容の反復・復習を行い、実践への繋げ方を模索する。


ハッキリ言って、どれだけ時間があっても足りるわけがない。


このような激務を一人でこなし続けていれば、いずれ肉体や精神に不調を来してしまうだろう。


日に日にやつれていくクラスメイトが居たりだとかしてこれぞ学園という感じだが、これではブラック学園といっても差し支えないな。


これを潜り抜けた先輩方の努力が伺えて尊敬する。


それでも俺はなんとか時間を作ってジュリエットと過ごすようにして、心の清涼感を充足させている。


二人の時間を使えるのは、昼食だったり深夜が主だ。


だからといって堕落してしまったわけでもなく、必要な時間を確保するためにあらゆる行動が最適化されている。


無駄のない時間管理が可能になり、むしろ生活習慣は改善したといって良い。


「クロ、今日はこれくらいでいいわ。

もう遅いし、私は先に上がるわね」


「了解です。

俺はこれからまだ少し特訓するので、気を付けて戻ってください」


「ええ、じゃあまた明日ね。

おやすみなさい」


「はい、おやすみなさい」


今日のマナ共有を終え、一息つく。


ここからがようやく俺の時間だ。


ソフィアラだったり他のメンツとの時間も大事だが、それだと俺自身を鍛えるには不十分なんだよな。


別に学びがないというわけではないが、俺が教える場合が多くてしっかりとした時間を取れないのが実情だ。


だから深夜に短時間ではあるが、自分の時間を作っている。


「ロード、ウルトラサウンド」


俺を中心に音波の波動が拡散する。


現在の拡散範囲は半径五十メートルほど。


使用感としては空間魔法のようなものだが、音波を撒き散らすだけなのでそれほど難易度は高くない。


これは以前アルメイダルが使っていたのを見て、後に教えてもらったものだ。


これにより拡散範囲内の構造物や生物の探知が可能になった。


音の反射で索敵するのが一般的な使われ方だな。


「よし、お嬢様は真っ直ぐ寮に向かってるし、他には誰もいないな……」


この魔法の利点は、直接目で見なくても周囲の構造を把握できるということ。


戦闘など常に変化する環境では使いづらいが、止まって使用するには良い魔法だ。


「小動物が数匹いるし、今日も使わせてもらうか。

ロード、シャドウ スワンプ」


最近の特訓は、もっぱらウルトラサウンドの範囲拡大と闇属性魔法の開発だ。


まずは俺の足元に、水が溢れるかの如く黒い影が広がっていく。


この時の感覚は少し妙で、影の広がりとともに俺の身体も大きくなったような印象を受ける。


元々の俺の影が完全に飲まれるまでに広がった影。


そのまま現時点で可能なところまで範囲を拡大させると、それを俺の影の中に収納した。


すると俺の足元には、魔法を使う前と同じ形の影が残っている。


魔光灯の光を受けて斜めに伸びる影がそのままだ。


一体何をしているんだって話だが、これをすることで俺の影の容量が増す。


これはZ軸方向に影を伸ばしたという理解で良い。


平面の影が地中に向けてさえも伸びているイメージだ。


すなわち、延伸可能な影の量が増すということ。


「まだまだ時間がかかるが……」


成長は実感できている。


短距離走でコンマ一秒の短縮を知覚できないのとは異なり、魔法は目に見えて変化を実感することが可能だ。


準備を終えたので、今日もいつもの工程を踏んでいく。


まずは索敵に引っかかった方向へ影を引き伸ばす。


「まぁ逃げるよな」


俺の影がイタチと思しき動物に接近した時、超反応で回避された。


やはり動物は魔法に対する知覚性もしっかり備えている。


いつもならここで逃げられて終わりだろう。


しかし今回違うのは、回り込むようにして影を投射していること。


俺の誘導に引っかかって、木々の間からイタチが飛び出してきた。


その際イタチはすぐに俺の存在に気が付き地面を蹴ろうとしたが、


「お一人様ご案内、ってか?」


着地した瞬間、震えるようにして動きを止めた。


イタチの足元には影が広く展開されている。


それはイタチを追ったものとは別に俺が予め設置していたもの。


「やはり、だ。

シャドウバインドを詠唱していないのに捕獲が成功したな。

俺は影を広げただけ……それなのになぜ?」


今日まで数回繰り返してわかったことは、影にはバインド効果が付与できるということ。


それは俺がそう意識して魔法を発動させたからなのだが、相手よりも多い質量で相手の影に触れさえすれば一時的にでも動きを止めることができる。


影が俺の身体の延長ということが影響しているのだろうか。


しかし万能というわけではない。


魔法で物理的に壊されるという弱点があるからな。


例えばモモコが炎で影を焼き切っていたみたいに。


とはいえ、これは大きな発見だ。


よし、続けよう。


「ここからは新たな実験だ」


俺は帝国に入る前のリバーの言葉を思い出している。


『我々からすれば影は自在に操ることが可能ですが、我々以外のものはそうではありません』


それはつまり、影と肉体が連動しているということ。


よく見てみると、イタチは目が赤く牙も鋭く発達している。


「魔獣化していたか。

それなら都合がいい、まずは……」


最近動物の魔獣化がそこかしらで報告されている。


ここにも例に漏れずそれがいた。


魔獣化しても人間に害を及ぼすまでの成長には時間が掛かるため、発見され次第処理されることが多いようだが。


俺は影を魔獣の体表面へと引き伸ばした。


そのまま締め付けるように影をギュッと圧縮させてみた。


「キュゥ……」


魔獣は苦しみから軽い悲鳴をあげている。


すまんな、これも俺の成長のためなんだ。


「そして次は……」


一旦魔獣の肉体を覆う影を解放させると、俺の影で魔獣の影を覆った。


今度は物理的に触れるのではなく、影同士を触れさせる形だ。


俺の影は身体の延長という意識があるため、外見的には黒い塊の中にも俺と魔獣の影は別のものとして認識できる。


今や魔獣は全身を雁字搦めにされているも同じ。


俺は痛む心を抑えながら、魔獣の後脚にあたる影を掴み──


「きっついな……」


──勢いよくへし折った。


影魔法を使えない生物は影と肉体がリンクしている。


それすなわち、影の変化が肉体に直接影響を与えるわけで。


魔獣は荒い呼吸で絶えず悲鳴をあげている。


俺は再び影で直接魔獣の口を覆い、黙らせる。


今更ながら、動物でやるのではなくペンなどの小道具を使ってやればよかったことに思い至った。


魔獣も脚が折れてしまっては、長生きもできないだろう。


……魔獣とはいえ動物で実験するのはこれで最後にしよう。


俺は魔獣の首に当たる部分の影を圧し折った。


動かなくなった魔獣は、魔石を抜き出してから火葬して埋めてやった。


小ぶりとはいえ、心臓に当たる部分に魔石が形成されていたのだ。


「放っておいたら人間に被害が出ていたかもしれないからな」


俺はそう言って自身の行為を正当化させる。


今日は発見が多かったこともあって特訓は長引いた。


影を用いた物質の出し入れも可能だったが、それ以上に驚いたのが魔法攻撃さえも影を経由して飛ばせるということ。


魔法をそのまま影に打ち込むのではまるで意味をなさないのに、シャドウダイブを付与すれば俺の身体や物質と同様に魔法も影を通過できた。


このことから理解できるのは、俺のマナを介した魔法は俺の身体の延長上にあるのかもしれないということ。


それを確かめるために俺の影にも防陣を付与してみた。


すると、予想通り防陣は影の上にも伝播した。


基本の四属性に加えて闇属性を使うだけで、可能性は大幅に増す。


闇属性を使える状況ってのが現状それほどないが、これを使いこなせさえすれば戦闘は良い方へ劇的に変化するはずだ。



            ▽



次の日の夜、俺はスペデイレと共に居た。


「クロカワ、まずお前に剣技が必要なのかどうかが僕には分からない。

それゆえに、これからどうすべきかは現状不明だ」


「それもそうか。

俺は近接戦闘において何か武器があった方がいいと踏んでいるんだが、必ずしも必要かと問われると分からないな」


事の始まりは先日ジュリエットに誘われてスペデイレに引き合わされたことがキッカケだ。


スペデイレは何がどうなってジュリが学園に来なくなったのかが気になっていたので、話せる範囲でジュリの状況を伝えた。


流石にスペデイレ自身がクレイアーナにどう思われているのかなどは話せなかったがな。


「そうだな……ではまず、近接でどこまでできるか僕が見てやる。

その上でアドバイスをさせてもらおう」


「いいのか、下手したら怪我するぞ?」


「馬鹿を言うな。

僕だって成長著しい若人だ。

腕試しの成績を僕の実力だと見誤ってもらっては困るな」


「んじゃ遠慮なく」


スペデイレがファルシオンを鞘から取り出し、魔法を唱えながら俺の準備を待つ。


俺は彼の戦闘スタイルを腕試しで見たつもりだったが、まさか剣を使ってくるとは思わなかった。


しかしまぁ、剣を使わない条件でやってたのかもしれないし、あれが彼本来の戦い方なのかもな。


俺は例によって強化魔法をこれでもかという具合に掛けまくる。


「それだけでも十分脅威だな……」


スペデイレ半ば呆れたように呟いている。


俺もそう思うよ。


スピードアップ、ブレッシング、ストーンスキン、ウェイトコントロール、ヒートボディ、スウィフト、テイルウィンド、エアリアルステップ、コンプレックスを予め仕込んでおく。


俺が身体をやや沈めたことで、スペデイレも身を屈めて剣を居合のように構えたのが見えた。


「んじゃいくぜ」


俺はウェイトコントロールで可能な限り体重を減らし、足の裏に設置したエアリアルステップの空気塊を爆ぜさせた。


一手目の動きで目指すのは上空。


軽い身体は容易に宙へ飛び上がり、風魔法の影響もあってか凄まじい初速を得ている。


俺が一連のエアリアルステップで蹴ることができるのは二回まで。


つまり、次のエアリアルステップを二手目の始動として攻撃を炸裂させる。


今や身体は優に十メートルを超える位置まで浮き上がり、ほぼ全ての上昇エネルギーを失いつつある。


俺は速度が失われる前に身体を屈め、そのまま反転するようにして空中に両足を着いた。


この時点で俺はスペデイレをほぼ真下に置いた状態で逆さを向いている。


多数の魔法を同時に操作するのは酷だ。


しかし、この過程はこれまで散々練習を重ねてきたものだ。


淀みなくそれぞれの魔法が効果を変化し、必殺の一撃に向けて着々と準備が進んでいく。


あとはスペデイレにぶちかますだけだが、精密な工程を要するのはここから。


まず俺は宙を蹴り出すのと同時にウェイトコントロールで体重を限界まで増加させた。


続いて身体に岩を形成させる岩体の魔法コンプレックスを全身へ。


ここまでやればスペデイレにも俺の攻撃が理解できたのか、彼の判断が早かった。


スペデイレは俺の渾身の踵落としが炸裂する直前に息を大きく吸い込むと、俺も含めたやや上空に向けて一気に息を吐いた。


風属性中級魔法のブレス。


術者の力量に大きく左右されるこの魔法は、極めればそれだけで相手を圧死させるという。


ブレスは俺の攻撃を迎撃する目的で吐かれたと思ったが、それはアタリでもありハズレでもあった。


俺の攻撃はその程度では一切の揺らぐことない。


無防備な相手に放てば死に至るような威力の踵落としは地面を激しく叩いたが、そこにスペデイレはいなかった。


彼はブレスの勢いで自身を背後へ押しやっていたのだ。


轟──


直後、隕石にも似た衝撃が地面を凄惨な姿に変化させた。


これが現時点での俺の必殺技。


肉体を使って爆弾のように衝撃を与えることから、カッコつけた結果に名付けた攻撃名が《爆身》。


俺自身にも影響が出そうな威力だが、俺は全身に纏わせた岩体でもって撒き散らされた塵埃を全ていなすことができる。


衝撃の通過を超えた瞬間にコンプレックスを剥がし、スペデイレを見る。


「凄まじい威力だ、恐れ入る。

システムマジック ロード!」


スペデイレは高速で移動しながら俺から距離をとりつつ、系統魔法の準備に入っている。


なおかつ両脚に纏った暴風で地を蹴り俺の攻撃を凌ぐ腹づもりだろう。


俺も着地と同時に《爆身》の工程に入り、高速で動き回るスペデイレを追う。


俺の一歩は即座にスペデイレの懐へ。


速度に乗せた渾身の回し蹴りは、身を屈めたスペデイレの頭上を通過する。


スペデイレはこれを読んでいたのか、屈みながらファルシオンを跳ね上げた。


岩肌が一部削られるが、剣閃は岩体を破るには至らない。


見下ろした俺の視線とスペデイレの視線が交錯する。


しかし彼の目には動揺の色は見られていない。


俺は攻撃を回避されることも反撃を受けることも予め予想していたが、それでも身体を貫かれなかったことに安心して宙で二歩目を踏む。


宙空に斜め下に向けてへ設置した足場を蹴り、前転を加えながら再びスペデイレへ踵落としを見舞った。


やはりというか、接触の直前でスペデイレは脚の暴風を弾かせてその場を脱している。


二回の攻防で生じた結果は同じなため、このまま続けていても埒が開かないだろう。


俺の必殺の《爆身》も当たらなければ必殺足り得ない。


その間にスペデイレは着実に系統魔法を推し進めている。


「……ぐッ!?」


次なる一歩を踏み抜こうとしている俺に向けて、二撃三撃と剣閃が降り注いだ。


ファルシオンの一撃よりも重いそれは、着地すらしていない移動中のスペデイレから放たれている。


攻撃の主たる根幹はあの武器だ。


踏み込みもなく生み出すものとしては、そして苦手な属性に対する攻撃としては威力が高すぎる。


見ればスペデイレの左手にマナが集中し、器用に手元を掻き回しているのが確認できる。


それが剣を振る直前で刀身に風を纏わせ、高威力の風の一閃を生み出す要因となっているのだ。


「掌握系、か!」


俺は絶え間なく降り注ぐ攻撃を岩体で耐えながら、着地して足場を得たスペデイレを見た。


その瞬間から攻撃は更に激しさを増し、次々と岩体を形成しなければ身を斬られてしまう状態に追い込まれている。


攻撃の圧に押されて徐々に後方へ位置を動かされることで、なかなか逃げの一歩が踏み出せない。


エアリアルステップは自身の足の裏に設置するというより、空間座標を指定して発動する魔法だ。


しっかりと踏み込んで機動力を得るには一旦動きを止める必要性があるし、こうも動かされては大きな移動を行うのも難しい。


試しに横移動を開始してみたが、追従するようにスペデイレの攻撃が叩き込まれ続けている。


その状況に苦慮する中、スペデイレの顔に余裕の色が見えたあたりで俺もちょっとキレた。


「こいつ……!」


もう許さん。


出し惜しみなどしている場合か。


「ロード、シャドウ──」


マナの向かう先はスペデイレの足元。


彼の攻撃を止めるには、こちらも遠距離攻撃を仕掛けるしかない。


スペデイレは一瞬だけ驚いた様子を見せ、その場から飛び退った。


「──スワンプ」


直後、黒い影が広がる。


飛び上がりながらも彼の攻撃は続くが、頻度は目に見えて減っている。


俺は大きな影沼ではなく、小さなものをスペデイレの着地する位置に次々に設置していく。


これで彼も動きを止めることが難しくなった。


なおかつ沼も踏みたくないだろう。


俺にも余裕が戻ってくる。


そのまま岩体で攻撃をいなしつつ、《爆身》のための踏み込みを全て移動に費やす。


この辺りでスペデイレの攻撃が俺を捉えきれなくなってきた。


「ロード……シャドウ ダイブ」


俺は即座に足元の影に身を沈め、スペデイレのそばに躍り出た。


しかしこれではまともな攻撃は難しいので、一旦宙に足場を設置し、一瞬でスペデイレの側面を叩いた。


不意をついた攻撃だけあって、ようやく一撃を叩き込むことができた。


……かと思いきや、響く金属音。


スペデイレは超反応を示し、刀身と左腕で俺の蹴りを防いでいた。


俺が蹴り抜く寸前で刀身から暴風が発生し、俺を激しく吹き飛ばす。


「まるで反射装甲……ああクソ、止められなかったか」


俺はダメージを恐れて体重を減らしたため大きくスペデイレから離れることになり、その間に系統魔法の発動を許してしまっていた。


「エンチャント:ワールウィンド!」


詠唱完了と共に、刀身が薄い緑色に包まれる。


前回のアレがくるかと身構えた俺だったが、今回は用途が違うようだ。


エンチャント──あれは物質や肉体に効果を付与する強化魔法。


言うなれば系統強化魔法。


スペデイレは身を深く屈め、剣を横に構えている。


俺の着地地点を狙ってそこから繰り出されるのは、


「まずッ──」


純粋な横一閃。


俺は体重増加と岩体の形成で落下速度を上げることで、攻撃が届く前に影へ滑り込む。


一部俺の髪先を裂いて通過したそれは背後の木々を一瞬で数十本切断すると、激しい風の刃でもって浮いたそれらを粉々に切り刻んだ。


こえー……。


「なんつー威力だ、よ!」


俺は影の中で足場を設置し、中から飛び上がるようにしてスペデイレ付近の影から出現。


そのままスペデイレの武器を蹴り飛ば──


「ぎ……!」


──せなかった。


俺が浮いた時には、スペデイレは剣を足元に振っていた。


地面は大きく抉れ、その余波だけで俺は錐揉みにされる。


一閃に続いて生まれる数多の風刃が岩体を容赦なく削っている。


そこからストーンスキンさえも越えて、俺の肌には夥しい数の切り傷が刻まれていく。


薄傷は徐々に深く。


岩体を形成し続けるも、それすらも容易に削ぎ落とされる。


「僕の勝ちだ」


スペデイレは勝利の確信を謳いながら次なる攻撃を構えていた。


それが振り抜かれれば俺は大ダメージを免れないだろう。


走馬灯のようにゆっくりと近づく刀身を前に、俺の着地の方が一瞬早かった。


スペデイレと俺の距離は三メートルにも満たない。


切り刻まれながら周囲から呼び寄せていた影沼が俺の影と繋がり、大質量の影でもってスペデイレの腕──その部分にあたる影を掴んだ。


「……!? ぐふぅ!」


ビクリと痙攣し、動きを止めるスペデイレ。


俺はその一瞬を逃さず、純粋な暴力で彼の腹部に拳を叩き込んだ。


「よし勝った!」


この間に、俺は彼の全身へ影を纏わせている。


俺は勝利を確信した。


崩れ落ちようにも動けず、口から汚いものを吐き散らすスペデイレを見ると、目はまだ死んでいなかった。


それどころか、俺の顔面にブレスを吐いてきたのだ。


「ベふッ!?」


顔面を激しく叩かれ、無様に転がる俺。


スペデイレは刀身の魔法を軽く拡散させ、即座に俺の拘束を物理的に破壊した。


俺が顔を押さえながら半ば開かない両目で彼をみたときには、スペデイレによる上段からの振り下ろしが完了した瞬間だった。


「ぎゃッ……!」


それは俺を直接狙ったものではなく俺の側の地面を狙ったものだったが、しっかりと余波だけで俺を切り刻んだ。


「ロード、マイナーヒーリング、マイナーヒーリング!」


痛みに転げ回りながら回復魔法を掛けていると、鼻先を突くものがある。


見上げると、勝ち誇った顔のスペデイレが俺に剣先を向けている。


「まだやるか?」


「……いや、降参だ……」


斯くして、俺たちの戦いはスペデイレの白星で幕を閉じた。

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