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Re:connect  作者: ひとやま あてる
第7章 帝国編Ⅲ
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第125話 密会

私はジュリエット=セルロ=ジャクソン。


学園に通う十六歳。


私には今、好きな人がいる。


一目見たときから、彼には何かがあるという確信があった。


入試実技ではフランシスを倒してしまったり、アルベルタの窮地に動き出したり、彼の行動は何かと注目を集める。


腕試しにおいてもセアドとやり合えていたのだから驚きだ。


何でもやり遂げるからと言って彼が高慢ちきな性格かといえばそういうわけでもなく、むしろ逆だ。


ところで学園では階級制度を基本的には考えずに生活するのが規則である。


それでも一定の線引きは常にどこかで成されている。


しかし彼にはそんなことはお構い無しなようで、あらゆる障壁は意味を成さない。


彼は破天荒という印象が強いが、実際はただ必死で向こう見ずなだけだということをジュリエットは知っている。


でもこれは自分だけが知り得ている情報ではない。


彼を取り巻く者たちは、恐らく自分の知らないことを多く抱えているだろう。


それが口惜しい。


自分は彼らのようにはなれない。


今回の腕試しでは、その感情が余計に浮き彫りになった。


失敗しただけならまだ良かった。


問題なのは、醜く喚き散らして成長の機会を逸したことだろう。


あの場で堪えて奮起していれば、また違った未来に向かうことができたかもしれない。


しかしそうはならなかった……いや、なれなかった。


常に成長することが強いられている学園において、一つの躓きは致命的だ。


ジュリエットは腕試しを終えてすぐだが、腕試しに挑む過程で既に未来に悲観して学園を辞めた学生もちらほら存在しているという噂だ。


ジュリエットがそうならないのは、単に辞める勇気がないだけだ。


そんな彼女と比べれば、失敗から自身の未来を予測して学園を去った連中の方が何倍も賢いというもの。


前に進まず腐っている彼女と、トップをひた走る連中との溝は大きい。


それを埋めるのは至難の業だろう。


本来ならこの瞬間ですら鍛錬に励まなければならないはずだ。


しかしそれができないからこそ、こうなっているわけで。


だからジュリエットが何かに縋ることは必然の流れだったのかもしれない。


「コレがあれば、いつかは報われるのかな……」


ジュリエットは実家の自室でベッドに横たわりながら、与えられた宝石を手に取って眺める。


怪しく光る宝石からは特別神聖な何かを感じることはないが、そこには妙な魔力や魅力が詰まっているように思える、


宝石はマナを込めると、それに呼応するように奥底で何かが蠢くのだ。


初めこそ気持ち悪さを感じるシロモノだったが、何度か繰り返してみれば不思議と愛着が湧いてくる。


「魔王崇拝教って、名称はどうにかならないのかなぁ……。

全然かわいくないんだけど」


不満があるとすればその名称と、教団員が身を隠す外套を着用していたことだろう。


それ以外は、特段不満はない。


ジュリエットは魔王崇拝教と聞いてマイナスイメージを先に得ていたために、彼らの教義はとても口当たりの良いものに感じたのだ。


そういう経緯もあって軽い気持ちで所属してしまった教団だが、それが案外心地良い。


教団からは何かを強制されることもなければ、会費と称した金銭の巻き上げもない。


それに知り合いが多く所属しているということもあって、ジュリエットに孤独を感じさせないのだ。


ジュリエットはただそこに存在するだけで良く、気が向いたら活動をすれば良い程度の自主性しか必要としない。


だから受動的でいられるこの瞬間は、尚更気分が良いのだ。


ジュリエットが教団から求められる活動内容だが、言ってしまえば勧誘だ。


知り合いを呼び込んで教団を大きくする、その一点に尽きるそうだ。


教団でもトップに近づけば活動内容も増えるのだが、一介の教団員であるジュリエットに与えられる仕事とはこの程度のもの。


あとはジュリエットを取り巻く現状がどうにかなれば良いのだが……。


「なんであんなことしちゃったんだろう……」


ジュリエットの心の問題は、拠り所を得たことである程度解決できた。


しかしクラスメイトに無様を見せつけたという問題は未解決のままだ。


「でもあれはソフィアラちゃんの言い方も悪いと思う。

クロ君の寵愛を受けてるからって、ちょっといい気になりすぎなんだよね。

オリビアちゃんはクロ君に興味ないっぽいけど、他の女はみんな邪魔だよホント。

あー……みんな消えちゃわないかなぁ……」


ジュリエットとクロを取り巻く者の違いは何か。


部屋に引きこもっている間に、ジュリエットはひたすらそれについて考えた。


そしてその度に同じ結論に至る。


「……邪魔なら居なくなってもらうしかないよねぇ。

そしたらクロ君のそばに居るのは必然的に私になる訳だし、やっぱりこの方法しかないかなぁ」


そういう考えでジュリエットは再び教団の支部へ足を運んだ。


人間は自らを高めることには消極的なのに、他人を蹴落とす意欲は貪欲だ。


ジュリエットもその例に漏れず、同じ道を辿っている。


「あの……悔しさをバネに頑張る方法というか、日々を生きる活力を得る方法というか、なんというか、そういった手段ってあったりしません……?」


色々言っちゃいるが、要は手っ取り早く強くなれないかということだ。


「つまるところ……ジュリエットさんは何にお悩みなのですか?」


肘を付きつつ呆れた様子でジュリエットの話を聞くのは、相談役という立場にいるレスナコ。


教団が拠り所を求めた人間の集まりである関係上、こういった類の来談者は多い。


そんな連中を適当にあしらって捌くのも彼女の役目なのだが、いかんせん数が数だ。


レスナコはこっそりと嘆息しつつ、目の前の純粋な少女の核心を探る。


来談者の話を聞くのも大事なのだが、漫然とそれを続けていても仕方がない。


その行為だけで安心してくれる者もいないわけではなく、それが重要なのもレスナコは承知している。


しかしこのような年齢の悩みなど、恋愛と勉学、そして家庭環境のいずれかだ。


ジジババの話のように長ったらしいストーリーの中からゴールを見つけ出す必要はなく、ゴールから逆算して助言を与えれば良い。


「あの、実は……」


恥ずかしがって話そうとしないのは、大概が恋愛だ。


あとは時々女性としての肉体の成長についての場合もある。


自ら話そうとしてくれたのなら、あとはテンプレで返せば終わりだ。


「いいのですよ、自分のペースで話してください」


今回は楽な仕事だったなと安心し始めたその時、


「邪魔な女の子たちを消し去りたくて……」


耳慣れぬ物騒な単語が聞こえてレスナコはジュリエットを二度見する。


「え、えっと、消すとは……?」


レスナコはなんとか動揺を隠しつつ、聞き間違いであることを祈りながら続きを促す。


「私、好きな人がいるんです。

その人の周りには可愛い子がいっぱいいて私を邪魔してくるので、いっそのこと自分の手でやっちゃえないかなって思ったんです」


「へ、へぇ……それはなんと言いますか、積極的ですね……」


初めての症例に、レスナコは当惑して見当違いな返答をしてしまう。


「そうなんです。

ここに入って、少しだけ自信がついた気がするんですよね。

だからこれからは積極的に生きていこうかなって。

そうしたら、今までの失敗も帳消しにできるんじゃないかって」


「も、もう少し穏便な方法は思いつかなかったのですか?」


ようやく落ち着きを取り戻したレスナコは何とかジュリエットの真意を探るべく会話を続ける。


「彼は放っておいたら誰かに取られちゃうし、そうなる前に動かないといけないんですよね」


「あなた自身に振り向いてもらえるようにすればいいのでは……?」


間違った方向へ進もうとする少女を見て、レスナコは軌道修正を急ぐ。


本来なら放置しても良いが、不安の種はあまり残すべきではない。


集団というのは、ふとしたところから崩壊するものだ。


「それじゃダメなんです。

彼をこちらだけに向けるには、目移りしないようにしないといけないんです」


ジュリエットの目を見て、レスナコは確信した。


この少女はダメだ、と。


面倒事を引き起こしかねない、と。


秘密裏に活動していくのが教団のモットーだ。


本格的に動くのはもう少し先。


「そうですか、でしたら──」


レスナコが処理できない問題は上に投げれば良い。


例えば教祖の口述によって思想誘導を図る、だとか。


しかしそこからがレスナコの予想外。


「どうしてあのような娘に魔導書をお与えになったのです?」


少女の退室を見届け、教祖に問う。


「変な気を起こされても困りますからね。

与えてしまえば、それだけで安心して動きを封じることができるものです。

それに……あの娘に与えた証は少々特殊なものですから、精神の変調は予め想定の内です。

使い潰すには丁度いい駒ですよ。

すぐに動くとも思えませんが、何か一つキッカケを与えれば良きタイミングで使ってくれることでしょう。

それに対する仕込みも考えてあります」


「それならば、良いのですが……」


「イレギュラーを許容してこそ、組織は盤石な形で存在できるというものです。

しかし瓦解を恐れて鈍い動きを続けるのもこれで最後です。

学園を落としさえすれば、我々への認識が、世界が変わりますよ」


教祖は満足げに話を終えると、姿を消した。


すでに崩壊へのカウントは残り少ないものになっている。



            ▽



「や、やった……!」


ジュリエットは周りに聞こえるか聞こえないかのギリギリの声を漏らし、机の下でガッツポーズをした。


学園に戻って授業が再開してみると、ジュリアーナが姿を消していたのだ。


早速願いが叶い始めているのだと、ジュリエットは内心小躍りした。


それに加え、常に団結を見せていたクロのグループがぎこちない様子だ。


これはチャンスだとばかりに、ジュリエットはクロに接近する。


「クロくん、ちょっといい……かな?」


これに対してクロは生返事だ。


何か傷つくようなことがあったのかもしれない。


周囲は喧嘩だの何だの言っているが、そんなことで崩れるような集団でないことをジュリエットは知っている。


これはそう、何か致命的な決裂が起こったに違いない。


「ごめんね、クロくんが疲れてる時に声かけちゃって。

また元気そうな時にお願いするね!」


だからジュリエットは、ここでの攻めを一旦抑える。


無理に踏み込んでも良い結果は訪れない筈だ。


ここはじっくり時間をかけて。


そうだ、ラウラあたりに外堀を埋めてもらうことにしよう。


ジュリエットはそう考えて、クロにラウラをけしかけた。


ラウラという少女は大変友達想いな性格をしている。


ジュリエットが涙を流しながらクロについての相談をすれば、その正義感から勝手に事を起こしてくれるに違いない。


その考えのもと、早速成果が出た。


授業中も、そしてそれが終わってもベッタリしていることに少々嫉妬したが、結果的にラウラはシロだった。


どうやらラウラがアレクサンドロとデキてることをクロに知られていたようで、それをもってクラスメイト全員に知られていると勘違いしたらしい。


そのことを勝手に自爆してジュリエットに話して聞かせた。


「う、うん、知ってたよ」


「そうだよねぇ。

やっぱり隠し通せるものでもないかー」


もちろんジュリエットにとっては疑惑程度の理解だったのだが、ラウラが彼氏持ちなら排斥には値しない。


友達を手に掛けないで済むと、ジュリエットは安心した。


「それでさ、クロ君は彼女はいないってことで間違いないんだよね……?」


「うん、特定の誰かと付き合ってはいないみたい。

でも狙ってる子はそこそこいるね」


「え、誰!?」


「そう慌てなさんな。

クロカワ君の近くにいる子じゃないから、ジュリエットの方が勝ってるって」


「そ、それなら安心……かな」


「だから、あとはジュリエットがもっと積極的にクロカワ君に接触していけば大丈夫だと思う!」


「……ホント?」


「なんだぁ、あたしを疑うってのかー?」


「ちょっとやめてよぉ」


ジュリエットを羽交い締めにしながら戯れ合うラウラ。


傍目には仲の良い二人だろう。


「クロカワ君もジュリエットの好意には気がついてるから、徐々に距離を詰めていけばいずれゴールはできるはずだよ。

あれは多分時間がかかるタイプと見た」


「うん、それはそう思う」


「その辺の男子ならすぐ鼻の下伸ばして終わるなんだろうけど、やっぱり年上って難しいと思う。

人生経験豊富そうだし、女遊びは散々楽しんだって顔してるし」


「クロ君はそんな顔してないよ!」


「あはは、うそうそ!

まぁ頑張りなよ。

あたしはずっと応援してるからさ」


「うん、ありがとうラウラちゃん。

私もっと頑張ってみるね」


「その意気だ!

じゃあ、あたしはアー君と……」


「あ、ずるいよ!」


「じゃっあね〜」


こうして二人の密談は終了した。


二人の仲が特に進展したのは、ここ最近。


それは、ラウラがジュリエットに教団のことを持ちかけたことから。


教団という環境はジュリエットにうまくマッチし、それだけで彼女の精神状態は安定した。


ラウラは彼女を招きはしたが、面倒なイザコザに巻き込む気はない。


だからこそ教団としての会話は最小限に、恋愛にかまけているように見せかけて話題をそちらによらないようにしている。


そんなラウラはジュリエットがすでに魔導書を手にしている事実を知らない。


すでにジュリエットが教団の中枢へ引き込まれていることを。


翌日──


「クロ君、今日の放課後ちょっと時間取れない?」


早速ジュリエットはクロに誘いを掛けた。


「おう、構わないぞ。

ちょうど今日はラウラとの特訓もないって言われたしな」


ラウラちゃん!


ジュリエットが感動してラウラを見ると、彼女は軽くウィンクして見せた。


心の中で感謝を述べつつ、ジュリエットは漏れる喜びを殺しながら話を続ける。


「そ、そうなんだ、よかった。

じゃあさ、腕試しの時にお世話になったお礼もしたいから、外に出ない?」


「別にそんなこと気にしなくてもいいんだぞ?

だって友達だろ」


「ぐっ……ううん、私がそうしたいって思ってるから無理にでも付き合ってもらうんだから」


友達という言葉にジュリエットは怯んだが、今日の彼女は違う。


「そ、そうか……。

まぁ最近はきつい授業ばっかで息も詰まってたところだ。

ちょうどいい息抜きとしてついて行くよ」


いつもとは違うジュリエットの様子にクロは違和感を覚えたが、ラウラの言葉を思い出してそういうことかと理解した。


「じゃあ、また放課後にね」


「おう」


その日の授業内容はジュリエットの頭に全く入ってこなかった。


相変わらずクロたちのグループは余所余所しい状態だ。


昼食もクロはソフィアラと二人で摂っているようで、その状況を不審がるクラスメイトは未だに多い。


クロに悩み事があるのなら聞いてみたいな、などと考えながら時間は過ぎ──


「クロ君、行くよ!」


ジュリエットが待ちに待った放課後だ。


「お、おう……」


聴き迫る勢いに怯えるクロ。


「ほら早く」


そう言ってクロの手を取って教室を出て行くジュリエット。


その様子にはクラスメイトも唖然としている。


しかしそれも束の間、キャーキャーとクラス内が色めき立った。


休暇の間に多少仲が進んだ男女もいるが、付き合うまで至れている者は少数だ。


そんな中でのジュリエットの突貫。


騒ぎにならないはずもない。


「エクス、のんびりしてたらジュリエットを取られちゃうぞ?」


「そ、そんなこと言われても……」


アルは別に揶揄っているわけではないのだが、傍目にはそう見える。


「でもエクスはジュリエットのこと好きなんだろ?

じゃあぶつからないとダメだろー」


「おいらは別にいいんだ……。

最近じゃ身内に犯罪者がいるからって避けられてるみたいだし、おいらみたいなのと関わってもジュリエットさんは迷惑するだけだよ……」


「ウジウジしてるなぁ。

やる前から諦めるのって、やめたほうがいいぞ?」


「そんなこと分かってるさ……。

それができないから、おいらはずっとこのままなんだ。

でもアルベルタさんはどうして強くいられるの?」


当然のようにそう言えるアルに、エクスは憧憬を抱き始めた。


エクスがそう感じるのは、アルに実績があるからだ。


発言を通すだけの成果を得ているからこそ、アルの言葉には重みが増す。


「別に強くないぞ?

ここ最近だって、急な事件のせいでクロたちとも変な感じだしなぁ。

うちにも解決できない問題は山のようにあるから偉そうには言えないけど、エクスの場合って時間が解決してくれる問題でもないだろ?

じゃあ動かなきゃ何も始まんないってことだ」


「問題ってほどのことでもないよ……。

ちょっとジュリエットさんが気になるだけで、良い人がいるならその人と付き合ったほうがいいんだ」


「エクスがそれでいいなら勝手にすればいいけどなぁ。

でも行動を起こさなかったら、残るのは何もしなかった、何もできなかったって結果だけだぜ。

行動すれば、結果は別にしても行動したって事実が残る。

その上で成果を得れば万々歳だな。

まぁこれはルー先輩の受け売りだけど、前者と後者じゃまるで気持ちに差が出るな」


「……結果は気にするなってこと?」


「数撃ちゃ当たるって考えも悪くはないけどなぁ。

でもそれだけじゃいつまで経っても成長はないな。

色々考えること自体が重要だとも先輩は言ってたな」


「……分かった、ありがとうアルベルタさん」


「うちは何もしてないぞ?」


「ううん、いいんだ。

今の話で少し考え方が変わったよ」


「そうか?

それなら良かったぜ!」


そう笑いながら言い放つアルに、エクスは心を動かされる。



            ▽



「どこ行くんだ?」


流石に行き先も告げずにジュリエットがズイズイ歩いていたところ、痺れを切らせたのかクロがこう聞いてきた。


「穴場のカフェがあるのですよ。

そこにクロ君と一緒に行ってみたかったんだよね」


ジュリエットは驚かせたくて最後まで黙っていようと思ったが、そうはいかないようだ。


「ほう、どんな店なんだ?」


「えっとね、ちょっと高いお店?」


「なんで疑問系?」


「まだ行ったことないんだよね。

なんか一見さんお断りみたいで、紹介じゃないと行けないお店なんだ」


「それは……なかなか敷居高くないか?」


「そうなんだけど、紹介のツテを手に入れたから大丈夫!なはず!」


「それならいいんだが……。

ドレスコードとか大丈夫か?」


「変に気を遣っておめかししていくと逆に失敗すると思うんだけど、私たちには学園の制服という便利アイテムがあるのです!

これさえあればどこでも顔パス!なはず!」


「そこは自信満々で言い切ってくれよ……」


「あはは、ごめんね。

私もそのお店に行くのにちょっと緊張しててさ。

でも色々ぶっ壊してるクロ君がいるから問題なく入れる!はず!」


「結局俺頼りかよ!」


やっぱりクロといるのは楽しいと、心から思うジュリエット。


こんな時間が永遠に続けばいいのにという感情と、もう一歩進みたいという感情が複雑に入り混じる。


その後もしばらく歩き、二人は比較的人通りの多い通りに足を踏み入れる。


そこは貴族街と平民街のちょうど中間あたりに位置する、多くの人間が行き交う商業の要所。


雑多に様々な系統の店舗や露店が展開されており、こういった空間が帝国内の区画の狭間に形成されている。


「夕方でも人が多いんだな」


「そう!

このまま夜に近づくと、まだまだ人も増えていくよ。

だから夜でも結構足を運びやすいんだよね」


「へぇ、ジュリエットはこの辺よく来るのか?」


「まぁたまにだけどね。

でも家から遠いからそんなには来れないよね」


「ジュリエットの家はここから遠いんだな」


「そう!

今度クロ君も招待してあげるね」


「それは……また時間が取れる時にな」


「うん……」


クロが少し言い淀んだのが見て取れる。


何がクロの琴線に触れたのだろうとジュリエットは思惑するが、到底分かるはずもない。


そこからは言葉少なに、ジュリエットはクロを背後に確認しながら進む。


大通りから路地に入り二度曲がると、ようやく目的地が見えてきた。


「これか?」


クロが疑問を持つのも無理はない。


何の看板も設置されず、誰も歓迎しない白い壁がそこに存在しているだけだからだ。


「うん、ここで合ってるよ。

じゃあ……開けるね?」


「開ける?」


更に疑問を深めるクロの前でジュリエットが壁に触れてマナを込めると、白壁の一部が溶けるように消えた。


そして一枚の木製の扉が顔を出す。


「おお、隠し扉か!」


「そう、これが一見さんお断りの意味。

知ってなきゃ入れないけど、知ってるってことは誰かの紹介って意味になるんだよ」


「なるほどな。

ところで、ここを教えてくれたのは誰なんだ?」


ジュリエットによりゆっくりと扉が開かれる。


「それはね──」


彼女の表情はクロを揶揄うような、それでいて申し訳なさそうな。


しかしクロはすぐにその意味を理解することになる。


開かれた内部は、カウンター席といくつかのテーブル席を配置したバーのような空間だった。


席があまり埋まっていないところを見ると、本当に一部の人間にしか知られていないのだろう。


まず店主らしき壮年男性が豆を挽いている姿が見える。


中高年の男女が落ち着いた様子で会話と食事を楽しんでいるのも確認できる。


しかし彼らの年代は別々だ。


そこにある種の怪しさを感じずにはいられないが、騒ぎ立てるような若者がいないのは店の雰囲気からも窺い知れる。


高級そうな衣服を身に纏い、洗練された動きで一つ一つの動作をこなす客たちをクロがざっと眺めると……。


その中でも、とりわけクロの視線を奪い取る男が一人。


そいつは一番奥の席でカップを片手に茶を嗜んでいる。


クロも当然見覚えがある人間だ。


「スペデイレ……」


クロの表情が曇る。


「別に嫌な思いをさせたくて連れてきたわけじゃないの。

ちょっとだけ時間を取らせて欲しいって言われて、ね?

その見返りにこの場所を教えてもらったんだ……」


ジュリエットはクロの表情を確認すると、気遣うように言葉を吐き出した。


「なるほどな。

まぁ別にジュリエットを責めちゃいないさ。

とりあえずここに立ってるのもアレだし、あいつのとこに行くか」


フランシスが視線でこちらを呼んでいるのが見えたので、渋々といった様子でクロはそちらへ。


ジュリエットもその後を追う。


「いらっしゃいませ、フランシス様の御友人ですね。

ご自由にお寛ぎください」


「ええ、お世話になります」


歓迎してくれる店主にそう軽く挨拶をして、二人はフランシスの対面、四人席の二つに腰を下ろした。


「久しぶりだな、スペデイレ。

どういう風の吹き回しだ?」


なんだかクロが喧嘩口調になりそうだったが、ここで声を荒げることもないだろうとジュリエットは内心ヒヤヒヤしながら会話の成り行きを見届ける。


「そう喧嘩腰になるな。

僕はお前と事を荒立てに来たんじゃない。

ジュリエットも無理を言ってすまなかったな」


気さくに話しかけるフランシスの姿から、二人が昨日今日知り合った関係ではないのは明らかだろう。


「ううん、私はいいの。

えっと……少し席を外した方がいいよね?」


「そうだな、恐らくすぐに終わるからその間だけ頼む」


「うん、じゃあ私は別の席で待ってるね」


ジュリエットが十分に離れたのを見届けて、フランシスが口を開く。


「では早速本題と行くか」


「待てよ。

まず今の状況が分からんから先に説明してくれ」


「それはそうだな……すまない」


フランシスの謝罪を聞いてクロは少々溜飲が下がったような気持ちが湧いたが、結局は何も解決してないので再び怒りが湧く。


「とりあえずお前がジュリエットを報酬で釣って俺を呼び出したって理解でいいんだよな?」


やはりクロは喧嘩腰だ。


今回に関してはフランシスが大人な対応をして、なんとか口論になるのを避けている様子だ。


ジュリエットもそれを視界の端の捉えて、気が気ではない。


「僕は物騒な内容の話をするつもりはない。

ただ、認識はその内容で間違いないということは言っておく。

こうでもしないとクロカワは僕の話を聞いてくれなさそうだったから、ジュリエットには無理を言ってここに来てもらった。

話さえ終えれば僕はすぐにこの場を去るから、その後は楽しんでくれるといい」


「まぁジュリエットがここに来れて喜んでるみたいだから、それの対しては礼を言っておく。

それで……こんな場所を利用したってことは、あまり他人に聞かせたくない話なんだろ?」


この店に対するジュリエットとクロの認識は異なるが、クロはフランシスの意図を的確に読み取っている。


「……相変わらず 聡いな。

会員制だったり紹介がないと入れない店などは密談に向いている。

そしてこのような場所の利用者は互いに他人の情報を漏らしたりはしない。

そういった人間同士の連携もあって僕たちは安全に話せるわけだが……」


「前置きはいい。

聞きたいのはジュリアーナのことだろ?」


先に切り出したのはクロ。


それを受けてフランシスの表情が渋くなる。


「そうだ。

頼むクロカワ、お前の知ってることを何でもいいから教えてくれ」


しかしそれはすぐに真剣なものへと変化した。

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