第124話 誤認
「クロカワ君、早くしないとジュリエットを他の男に取られちゃうよ?」
「ぐへぇッ!
ちょ、関係ない話すんな!
集中してるから今は黙っててくれ!
さっきからそのせいで落下してばっかりなんだよ!」
アルメイダルの授業以降、皆が皆それぞれ鍛錬に励み始めている。
しかし特に課題が与えられたわけではないので、それを見つけ出すことも鍛錬の一環なのだろう。
そういうわけで、俺たちの遊びに割く余暇時間はグッと減ってしまった。
まぁ俺にとっては丁度良い機会だし、一つずつ出来ることを増やすことを念頭に鍛錬を始めている。
その足掛かりとして抜擢したのが、スポーツ万能女子ことラウラ=バルマ=ユピテル。
「えぇー、それはクロカワ君の練度の問題でしょうよ。
別にエアリアルステップで空中の水平移動をしろって言ってるわけじゃないじゃん。
今は最低でも二回は宙を蹴って上に飛ぶだけなんだから」
「初心者相手に飛ぶだけとか言うな。
感性じゃなく、もっと理論的に教えてくれ!」
「だからー、足の裏全体で空中を握るイメージだって。
そんなの、あたしのの小さい弟だってできるよ?」
「ええい、うるさい!
馬鹿にしやがって、許さぬぞ許さぬぞぉ……」
俺が沸々と怒りを漏らしながら飛び上がる様を、ラウラは滑稽なものを見る目で観察している。
あまつさえ笑ってやがる次第だ。
「いいねいいね、それくらい元気を以って挑んだ方が上達も早いはずだよ」
「くっそおおおおお……ぐへぇッ!」
もう数えるのにも飽きてしまったほどに繰り返した落下で、俺は汚い声を漏らした。
それから数時間。
「もう今日は厳しいんじゃない?」
あたりはもう暗く、先ほどまでチラホラ見かけていた連中もすでに引き上げてしまっている。
「いいやまだまだ!
マナは大量に余ってるから、あと半日は続けられるね!」
「もう帰してよぉ。
お腹減ったから夕飯にしたいし」
「手伝うって言い出したのはラウラだろ?」
「夕飯を抜きにしてまで手伝うとは言ってません!」
焦りを覚えたクラスメイト一同、俺と同じく校庭や校舎裏でシコシコと個人練を行なっているのを見かけた。
流石に夜まで続けてるのは俺らくらいのものだろう。
終わりたいのもやまやまだけど、なんというかキリのいいところまで行かないんだよな。
「分かった分かった!
今日はもう終わるけど、明日以降も頼むぞ」
「あたしそんなに暇じゃないから!」
ひとまずここで区切りつけた。
俺もこのまま帰っても良かったのだが、俺のせいでラウラが友人と夕食を摂る機会を奪ってしまったので、二人してその足で食堂へ向かう。
俺たちが食堂に到着した時にはすでにゴールデンタイムは過ぎていたため学生は少なく、それでもそれなりの人数がいる中で席の一つを確保した。
「やっぱり基礎的な部分は外せないよね」
サラダを頬張りながらラウラが話す。
「みんな応用的なことにばかり目が行きがちだもんな。
かく言う俺もその一人」
俺はオーソドックスなメニュー並べている。
ああ、米と味噌汁が欲しい。
「アルメイダル先生も言ってたけど、応用なんてことはある程度パフォーマンスが維持された状態でしか機能しないからねぇ。
それが分かってるから、私は基礎の積み重ねをやってるわけよ。
ランニング程度で根を上げてちゃ先が思いやられるよね」
「耳の痛い話だ。
でも普段から鍛錬を欠かしてないやつなんて少数だろ?」
「そうだねー。
ガルド君とかダンテ君は時々見るかも。
あ、あとエクス君も色々やってるみたいだね」
「最初の二人は真面目系だし、しっかりやってそうなのは分かるよな。
しっかし、エクスは意外だったなぁ」
「エクス君の身体とかよく見てごらんよ。
めちゃくちゃ鍛えられてるからね。
あ、別に変な意味はないよ?」
「そこに深い意味を見出したりしねーよ」
「それは良かった。
みんな最近何でもかんでも恋愛に繋げてくるから困るんだよね。
今日もクロカワ君と色々やるって言っただけでキャーキャー騒がれたし困ったもんだよ」
そういう所はみんな年相応だよな。
「俺はラウラにその気は無いから安心してくれ」
ラウラは可愛い。
男子人気があるのも頷ける。
人気の理由は動き回って色々と無防備なことが一番の理由だ。
胸が跳ねたりヘソが見えたり、ね。
「それは分かるんだけど、そこまでハッキリ言われるのも傷つくなぁ。
私だってクロカワ君のことは完全にゼロってわけじゃないんだからね?」
「……え?」
一瞬ドキリとした。
「うそうそ、冗談。
そんなに驚かれるとこっちも焦っちゃうよ」
っていうか……。
「お前、アレクサンドロと付き合ってるだろうが!」
「ありゃ、バレちゃってたか!
まぁそれはいいじゃないの。
今はジュリエットに幸せになって欲しいわけ。
だからさ……たとえあたしがフリーだとしても、友達が狙ってる人に手出しはしません」
冗談から打って変わって、真面目な表情でラウラが言う。
「……」
これには何と応えるのが正解なんだろうか。
「ごめんごめん、困らせるつもりはなかったんだ。
でもクロカワ君、ジュリエットの気持ちに気付いてるでしょ?」
「それはまぁ……」
こういう恋愛の話題は苦手だ。
それは俺が恋愛経験がほぼ皆無ということが一つ。
俺に課せられた使命のために巻き込むべき人間も選ばなきゃならないってのも理由に上がるな。
「別に早急に答えを出せって言うわけじゃないんだけどさ、それでも分かってて長引かせるのはクロカワ君もちょっと悪いと思うんだよね。
引っ込み思案なところがあるし、感情の浮き沈みも激しいから難しいところもある子なんだけど、悪い子じゃないんだよ。
腕試しも上手くいかなかったって落ち込んでたけど、クロカワ君が手解きしてくれたおかげで視界が広くなったって感謝してた。
今もまだ沈んでるから、先にそれだけでも伝えてくれって言ってたのは伝えておくね、
またあの子が元気になったら直接お礼は言ってくると思うけど」
確かに、ジュリエットは授業が再開してから明るい顔を見せていない。
まだ腕試しを引きずってるとは思いもよらなかったな。
先日はそんな彼女に対してキツい態度を取ってしまった。
本当俺って嫌なやつ。
「そうか、じゃあジュリエットには感謝は受け取ったって言っておいてくれ。
あと、元気になったら差し入れでも持ってありがとうって言いに来いってのも添えてな」
「うん、そのまま伝えとく!」
「俺はさ、ジュリエットに気を持たせてるわけじゃないんだよ。
単に困ってたら助けてあげたいというか、何かを求められたら拒絶できないってだけで、俺はそこまで優しい人間でもないからな。
だからジュリエットには特別な好意があるわけでもないし、逆に好意が全くないわけでもない」
「でもさ、あんな可愛い子に言い寄られたら嬉しいでしょ?」
「それはまぁ、俺も一般的な男子だからな。
嬉しくないわけはない」
ジュリエットはとても良い子だ。
だからこそ、こちら側に巻き込むわけにはいかないんだ。
「じゃあ付き合ったらいいじゃない」
「なんでそうなるんだよ!
それに、ジュリエットだって本気で好いてくれるやつと付き合った方がいいに決まってる。
言い方は悪いけど、俺はそこまでジュリエットを好きじゃない」
いざ言葉にしてみると、俺の予想を外れた言葉として吐き出されてしまった。
嫌いという意味ではないんだが、表現の方法に困るな。
好きゲージがそこまで溜まってないって意味なんだけども。
「それはだいぶ悪い言い方だねぇ。
言いたいことは分かるけどさ。
じゃあ逆に聞くけど、好きな子って誰なの?」
ざっくり攻めてくるなぁ。
結局ラウラも恋愛脳じゃないか。
なんて言うと怒られそうだ。
「すまん、正直分からん」
「え、うっそだぁ!
絶対いるでしょ!
クロカワ君の周りなんてよりどりみどりじゃない。
みんな可愛いし、みんな彼氏のいないフリーときてる。
食べ放題かよッ!」
かよッッッ……かよッッ……。
最後の一文だけはやけに気合が入っており、食堂にその言葉がこだました。
なんだなんだと視線が飛んでくる。
注目を引くのは勘弁して欲しい。
「表現が最低すぎる!」
「言っておくけどね、クロカワ君が停滞してるせいで他の男子が動くに動けないんだよ。
クラスの可愛いどころを囲いつつ、ジュリエットもキープしてるって最悪だよ?」
「キープとか言うな。
俺のイメージがダウンするだろうが」
「じゃあ色々決着をつけた方がいいと思いまーす。
みんな彼氏彼女を作ろうと躍起になってるんだから、クロカワ君も流れに乗ろうよ。
今日だって、あたしたちみたいに男女で鍛錬してるところを色々見たでしょ?」
「え、でも、あれはお互いの足りないところを指摘しあって……」
「お黙りなさい、この真面目君め!
たとえそうだとしても、それは口実に過ぎないの!
結局は何か適当な理由をつけて、あわよくばゴールインしたいって気持ちなんだから。
クロカワ君はこのビッグウェーブの邪魔をしているってことを自覚しなさい!」
「えぇ〜……。
別に俺はそこに混じりたくないんだけど」
「何言ってるの!
今ならあんなに可愛いジュリエットがタダで手に入るんだよ!?」
「おい、そろそろいい加減にしてくれよ。
ジュリエットは物じゃないぞ」
「そんなの分かってますわい!
ああもう、もどかしいなぁ!」
ラウラの情緒がそろそろ限界に近づいてきているらしい。
俺とジュリエットがお互い好きあって、それでも付き合うことに躊躇してたらその気持ちも分かるんだけどな。
あいにく、ジュリエットに対してそんな気はない。
そろそろ話題を変えなきゃダメかもな。
女子の恋愛談義は終わりがなさそうだ。
「それもこれも、ジュリエットが元気になってからだ。
本人がいないところで外部が口出ししても仕方ないしな。
これは俺と彼女の問題であって、何をどうするのも俺たち次第だ」
「それはまぁ……そうなんだけどさぁ。
とりあえずクロカワ君は今誰とも付き合ってないし、好きな女の子もいないってことでいいんだよね?」
「ああ」
ここを嘘ついても話がややこしくなるだけだし、素直に伝えるか。
「一応聞くけど、男の子が好きとかじゃないよね……?」
「ふざけんな!」
「うそうそ、分かってるって。
ひとまずそれを聞けただけでも一安心。
一時期はアルちゃんと付き合ってるって話も出てたし、噂が錯綜し過ぎてこっちも大変なんだよ」
「大変の意味が分からん」
「まぁ色々と、ね。
主にはジュリエットを宥めたり励ましたり、あの子は噂に踊らされちゃうからさ」
「それは分からんでもないが……」
「じゃあさ、ソフィアラちゃんと婚約してるって話は?」
「なんだよその噂!
誰が流してやがるんだ!?
俺はお嬢様の護衛として帝国に来てるんだから、そんなことはあり得ないからな。
お嬢様の父親にも手を出すなって強く言われてるしな」
「強く言われてる……けど?」
「けど、じゃないんだが?」
「全部噂だよ。
それでもね、クロカワ君がはっきりした行動を取ってたら出てくるはずのない噂だったってことは理解しておいた方がいいよ」
「はいはい、今後気をつけますぅー」
「なんか返事が気に食わないけど、ジュリエットのことはもう口出ししません。
あとはお二人さんでお好きにやっちゃってくだい。
できればジュリエットをお好きにやっちゃってください」
「おい、ふざけんじゃねぇ!
変なこと言うな!」
ここまで大声で騒ぎ過ぎて、話の内容は周りに筒抜けかもな。
急に周りが静かになったりしてたから、聞き耳をたてているやつがいてもおかしくはない。
そろそろ流石に話を変えよう。
話題は、俺がラウラに鍛錬の声をかける前から決まっていた。
と言うより、むしろこれがメインで彼女に声をかけたと言っても良い。
「ところで、ラウラのアクセサリーのことなんだけど……」
「え!?
またクロカワ君、あたしの胸元覗いてるんですか!」
大仰に両腕で胸元を覆い隠すラウラ。
「またってなんだ!
ちょっと目につくから聞きたいことがあったんだよ!」
「えっ……そんなにあたしの胸って、目につく……?」
「胸じゃねぇ!
アクセサリーっつってんだろ!」
仲が良いんだか悪いんだか。
側から見たらどう映るんだろうな。
しっかし、ようやくこいつの性格もだんだん掴めてきたぞ。
とはいえ、こんなコントみたいなことを延々と続けるのは疲れる……。
「とまぁ、ここまでは冗談として。
前にも言ったけど、これはあたしの親が──」
ラウラの言葉の途中で、俺は徐に自身の紅い宝石をポケットから取り出す。
「──って、なんだクロカワ君もそうだったんだね」
それを見て、ラウラの口調が神妙なものに変わった。
これはうまく釣り上げられそうか?
「あんまりおいそれと出せる話題でもないしな」
それっぽいことを言って話の流れを作る。
さて、どう出る?
「確かにそうだね。
じゃあちょっと場所を変えて話そうよ」
よし掛かった。
友達を利用するようで気が引けるが……。
しかしそれ以上に、知らないってことの方が問題だからな。
俺は食器の載ったトレーを持って動き出すラウラの姿を追う。
ラウラの反応を見るに、魔王崇拝教に所属していることは隠しておくべきものなのだろう。
それが親に指示されたものなのか自らの意思で行なっているものなのかは知らないが、そこにはバレたくない何かがあるはずなんだ。
マリアの危険視する教団。
リバーが所属するのも恐らくここだ。
あくまで推論だがな。
ここまで起こってきた事実を総動員させながら、話の流れを組み立てていく。
これは危険な綱渡りだ。
今までと変わらない向こうみずな行動に、みんなは不満を溢すだろう。
自分の身体を大切にしろとか、そんな感じの小言を言われるかもしれない。
しかし、魔王崇拝教について調査を行えるのは俺だけだ。
別にこれはマリアのためってわけじゃない。
俺がやるべきと考えたからやるだけだ。
「もう一回クロカワ君の証を見せてもらっていい?」
校舎裏に着くや否や、ラウラが俺に宝石の提示を求めてきた。
なぜこんな人目のつかないところに?
「お、おう……」
証と言われて戸惑ったが、「もう一回」という言葉でギリギリそれに気がつくことができた。
危ねぇ危ねぇ。
この宝石は教団の中では何かしらのシンボルとして機能しているということが理解できる。
早速収穫だな。
「うんうん、かなり熱心に使ってるみたいだね。
ごめんね、あたしちょっとクロカワ君のことを疑っちゃってたよ。
たまに後ろ暗い目的であたしたちに近づく人がいるって聞いてたからさ。
でもこれで納得!
はい、これは返しておくね」
ラウラから固い雰囲気が消えた。
これまた危なかったな。
俺は話題を出したあたりから疑われてたってことだ。
俺がもし教団に敵対する勢力だと認識された場合、何かしらの不利益がもたらされていたはずだ。
こんな所に連れてきたのもそういうことだろう。
つまりこいつらは……。
ここまで考えて、急に寒気がしてきた。
ラウラの裏表が垣間見えて恐怖すら感じる。
早まる鼓動と身体の震えをなんとか誤魔化しながら、何をすべきかを考える。
俺がまだ無事でいられるのは、選択を誤っていないからだ。
さて、どう攻める?
熱心に使ってるってどういうことだ?
この宝石を……使う?
用途と言えばマナを溜め込むことだろう。
それ以外の用途はそこからマナを取り出すことだが、それ以外は思いつかない。
これに対して俺が頻繁に行ってきたことと言えば、単純にマナを注ぎ込むことだ。
その行為を客観的にどう判断した?
手に持ったところで、重さが変わったわけでもなければ使用回数が表示されるわけでもない。
客観的な指標……見て、触って、音を聞いて、叩いて、味わって……。
その中で最も可能性が高そうなのは……色調か?
「クロカワ君、どうしたの?」
「いや、何でもない。
最近証を持ってる人間をよく見るから気になってな。
俺は王国の辺境出身だし、これをずっと持つように言ってくれた両親はこの世界にはいない。
俺自身、この証に関しては何も知らない状態なんだよ。
だから色々教えて欲しいんだ。
これを持つことの意味と、俺がどうすべきなのかを」
情報弱者を装って、ここから教団内部に入り込む。
俺から無理に聞き出すことなどしない。
そんなことをすれば怪しまれ、最悪の場合教団の標的になってしまう。
俺は相手が溢す情報だけを掬い上げて推論すれば良い。
無知な教徒を演じるのだ。
そのためには事実に嘘を織り交ぜて。
俺の両親は実際に、この世界には居ない。
「えっと、そうだったんだね……。
これは話しづらいことを言わせてしまったかな」
「いや、いいんだ。
俺はなぜ両親がこれを託したのか、なぜここに所属することになったのかを知りたい」
よくもまぁこんなにペラペラと話せるものだと自分でも感心する。
果たしてラウラを騙せているだろうか。
「そっか。
じゃあ、まずは教団の名前を教えて貰おうかな。
流石にそこは知ってるよね?」
……これはちょっとキナ臭くなってきたか?
すでに会話の主導権を握られている気がする。
下手に出てるから仕方のないことか。
単に俺がどの程度知ってるか気になる程度かもしれんが。
あまり情報を落としすぎるのも良くないな。
「魔王崇拝教……で合ってるよな?」
「うんうん。
それってクロカワ君が王国にいるときから分かってたんだよね?」
「それは、まぁそうだな」
「じゃあ聞くけど、それが分かった上での入学って理解で大丈夫だよね?」
「あ、あぁ……」
尋問にも似た問いに、頬を冷えた汗が伝う。
ラウラが言いたいのはつまり、「お前は魔王に与する陣営だと理解しながら学園に入り込んだんだろ?」ってことだろうな。
俺の今の発言で、魔王寄りだと認識されてしまった。
これはそっち寄りの思考を心掛けなければ。
「そういうことなら、まぁいいかな」
何がいいと言うんだ?
「ただ、このことは他の連中には伝えていない。
もちろんお嬢様にもな」
後で口裏を合わせることなんて、どこかで綻びが生じる。
だからここは、俺個人の問題として提起する。
「そこは流石に、ね。
まだまだ世間の理解が浅いってのもあるし、賢明な判断かな」
「やっぱりそうなのか」
「やっぱりって?」
「いや、証を持つ人間の数的にもそうなのかなって意味だ」
「そんなことないよ?
クロカワ君が知らないだけで、潜在的にはかなりの人員が揃ってるんだよね」
「そうなのか」
かなりの人員だと?
「だからそのまま所属していれば、最終的にはいい感じになると思うよ」
「いい感じって?」
「そのままの意味だよ?
だって人間はすでに魔人に対して劣勢なわけだし、結果なんて見えてるよね」
「そりゃあなぁ……」
時折、情報誌で知らされる中央大陸での戦況は芳しくない。
なんとか魔王軍の侵攻を止められているようだが、一転攻勢に打って出るほどの戦力は無いようだ。
一足先に出兵している勇者の力も大きいみたいだな。
その勇者が誰かは不明だが。
俺と関わりがあるってのは言っちゃ不味そうだな。
「だから安心して生きていくためには、あたしたちの行動は間違いじゃないんだよね」
教団は魔王側に付くことが決まった上で行動しているんだろう。
つまり魔王の台頭によって人間が害される場合に、身の安全を確保するのが教団の狙いか?
そのためには魔王及び魔人に敵対する者を排除するって考えもありそうだ。
「……概ね俺の理解で間違いなかったみたいだ。
それで、俺はこれからどうしたらいいんだ?」
「そんなの決まってるよ。
みんなを説得してこちら側に招待するの」
「……え?」
間抜けな声が漏れた。
何故かって、俺は凄惨なものを想像していたからだ。
邪魔するものは殺す、教義を理解できないものは殺す、みたいな感じだな。
「みんなが幸せになるには、この方法しかないんだよね。
もっと物騒な感じなのを期待してた?」
「いや、それはその……」
期待はしてないが、想像はしていた。
「そう考えちゃうのも分かるよ。
言っちゃアレだけど、教団の名称ってどうにかならないのかなってつくづく思うよね。
そういう悪いイメージを払拭するためにも、あたしたちは地道に活動しなきゃいけないんだよ」
なんだか俺の思ってるイメージと違うな。
マリアの話ではロクな集団ではなさそうなんだが。
一応、ラウラは末端だから知らされてないって可能性もあるか。
「活動って?」
ようやく本題に触れられそうだな。
それにしても、相手の会話を誘導するのっては骨が折れる。
「普通に勧誘するだけだよ。
でもいきなりそうするんじゃなくて、相手があたしたちに対してどんなイメージを持ってるかを予め知っておく必要はあるけどね。
そうじゃなきゃ、いきなり攻撃を受けることもあるって聞くしね」
名称を聞いて攻撃を仕掛けるなんて、別に相手が教団じゃなくてもヤベー奴だろ。
「それにさ、この間Eクラスのゲイル君が襲われたのだってそうなんだから」
この間ってのは、腕試し最終日のアレのことか?
ゲイルって言ってるんだからそうだよな。
というか、襲われたのはゲイルで確定なのか。
そこまでの情報は得ていなかったが……。
「……ん?
いや、少なくともあいつが教団側ってことは無くないか?」
「そうだよね。
ゲイル君が教団員ってことは有り得ないよね」
「は?
さっきラウラが言ったことって、ゲイルが教団員だから襲われたって意味だよな?」
「うん、そう言ったね」
「じゃあなんで、即座にゲイルがそうじゃないと撤回したんだ?」
ラウラは何を言っている?
だめだ、頭がこんがらがってきた。
「だって、彼は実際に教団員じゃないから。
今それはどうでもよくて、問題なのはゲイル君がこちら側じゃないってことをなんでクロカワ君が知ってるかってこと。
どうしてそう言い切れるのかな?」
「だってそれは──」
言いかけて、ハッと気が付いた。
そしてラウラの表情が消えていることに。
こいつ、俺にかまかけやがったのか。
「それは、何?」
その目は、明らかに俺を疑っている。
俺の発言如何では攻撃してきそうな様子さえ、ラウラの雰囲気の中に垣間見える。
流れのままに話した結果、失言をかました。
何を間違えた?
確かに、ゲイルが教団員じゃないって確定できる情報を俺は持ち合わせていない。
俺がああ言ったのは、状況証拠から組み立てた推論を予め持ち合わせていたからだ。
そこにゲイルが襲われた対象だという情報が加味されて、推論が事実だと勝手に解釈してしまったのだ。
あくまで確定した事実は、誰かが襲われたということと、リバーらしきピエロが目撃されたこと。
くそ、まずったな……。
このまま黙し続けることは無理だ。
そんなことで回避できる状況じゃあない。
では、ゲイルが襲われた現場をこの目で見たと証言するか?
その場合、さらに俺の知らない事実を問われたときに返答に困ることになる。
「ねぇ、あたしはどうして知ってるかって聞いてるだけだよ?」
ラウラから放たれるマナが徐々に濃いものとなる。
これ以上は彼女も待てない。
焦りが思考を阻害する。
どう応えるのが正解だ?
俺がリバーと繋がっていることを話すか?
もしラウラが奴のことを知らなかったらどうする?
奴が必ずしも同組織内で同じ目標に向かって進んでいるとは限らない。
彼の話では、彼が少々面倒な立ち位置にいることが明白だ。
だが、俺が確定情報として使えるのはコレだけだ。
もしコレが通用しなかった場合、戦闘になることは避けられないだろう。
そうでなくても、俺が教団に仇なす存在として認知されれば面倒なことになる。
なんたって教団は構成員が多いって話だから。
それだけじゃない。
俺以外にも悪影響が出ることも容易に想像できる。
また俺は失敗したのか?
ひとまず、歴然たる事実だけを伝える。
それを信じてもらえなかった場合、俺はラウラを──
心を、深い場所へ落とし込む。
そうするだけで、俺は何でもできるような気がする。
その様子にラウラが一瞬びくりとしたが、関係なしに俺は言葉を発する。
「リバー=ファッティ」
「えっと……何?」
「そいつが学園内で戦った相手が恐らくゲイルだ。
そいつは殺人鬼を処理するために学園に潜入していて、その処理に失敗した。
それが、先日起こった事件だ。
リバーが潜入していたことは事実で、それ以外はあくまで憶測。
これは状況証拠から集めた情報を繋ぎ合わせて俺が作り上げた推論だ」
「それがどうしたっていうの?
リバー=ファッティなんていう人をあたしは知らないし、答えになってないよ?」
「リバーと俺は協力関係にあって、俺が殺人鬼処理に失敗したために奴はここにやってきた」
「殺人鬼処理?
クロカワ君は何を言ってるの?」
ラウラはどうにも理解が及んでいない様子だ。
それでも構わない。
「まぁ聞けよ。
以前の校舎が大破した事件、そして森の一部が焼失した事件。
その二つにおいて俺は殺人鬼と対峙している。
リバーがその殺人鬼を執拗に狙っていること、そして殺された学生が証を持っていたこと。
ここから俺は、殺人鬼の狙いが教団に所属する人間だというあたりをつけた。
後者はただのやけっぱちの意見だがな。
まぁこれを信じる信じないはどうでもいいが、ラウラが教団に深く所属しているなら、それが事実かどうか理解できるんじゃないか?」
「言っていることの大半が分からないし、リバーって人が誰かっていうのも知らない。
……だけど、殺されてるのは全て教団の人間ということは分かってる。
殺人鬼の狙いがあたしたちだっていうことも、教団では周知の事実。
あたしはクロカワ君が教団にいるなんて知らなかったし、誰もそれを知らなかった。
それなのにこうも事実を言い当てられるとちょっと不気味だね。
こうまで説明されるとある程度信じざるを得ないけど、リバーって人が実在するかは証明できてないね。
あと、クロカワ君が殺人鬼だっていう可能性もむしろ濃厚になってきたかな。
これはどう説明するのかな?
それっぽい情報を話して煙に撒こうとしてる線も十分に有り得るよね」
俺の推論はある程度真理をついていたようだ。
しかし問題は、俺が殺人鬼だという可能性が浮上してしまったこと。
確かに教団員じゃなければ知り得ない情報を、ほぼ外部の人間である俺が知り得ていることは奇妙だ。
だからといって俺が教団の敵じゃないとは説明できない。
俺が殺人鬼であっても、同じ情報を持ち合わせているはずだからだ。
リバーが架空の人物で、ゲイルが襲われたのも偶然。
そういう可能性だって十分あるってことだ。
襲われたのがゲイルだということ自体は知っていてもおかしくないが、ゲイルが教団員じゃないことをラウラはどうして知っていた?
まさか、全ての学生の出自だとか様々な情報を教団は握っている?
「それを証明できる術はないな」
「へぇ、そうなんだ」
またラウラが俺を疑うモードに逆戻りだ。
どうすればいい……?
俺が敵ではないと証明する方法……教団しか知り得ない情報……。
つまり、残る手段は。
「近く、学園が外部から襲撃を受ける」
「……!」
「これもリバーから齎された情報だ。
俺から出せる情報はこれ以上無いな。
それでも信じられないなら、俺は俺を守るための行動に移る……!」
俺はラウラ魔法をそれほど知らない。
こんなことなら調べておくべきだった。
敵は魔人だけじゃないって話は、案外現実を帯びてきたかもな。
「決行予定日は?」
「そこまでは知らん。
俺はその事実を知っているだけだ」
しばしの沈黙。
何を考えている?
俺はいつでも動けるよう両脚の緊張は維持したまま、ラウラの動きを観察し続ける。
「……うん、そこまで知ってるとなると流石に信じざるを得ないか。
ごめんね、ずっとクロカワ君を疑ってたよ」
ラウラから重い空気が消え、弛緩した空間が戻ってきた。
これを見て、俺もようやく一息つくことができる。
緊張が解け、ストレスから一気に解放されたのだ。
「勝手なあたしの一存だけど、クロカワ君をこちら側の人間だと判断するね」
「一存?」
「うん。
こう見えて、あたしって結構発言権がある方なんだよ。
あたしというかお父さんが、ってことなんだけど」
いきなり当たりを引いたな。
これはどうやら、やり遂げたようだぞ。
「ラウラの父はそこそこの地位にいるってことか」
「まぁそんなとこ。
とりあえず良かったよ。
クロカワ君が仲間だと分かったから、ようやくちゃんと話せるね。
証の純度から判断してもそれなりに頑張ってるようだし、あたしの眼み間違いはないかな。
でも少し危なかったのは、襲撃の話だね。
それは教団でも一部の人間しか知らないことだし、クロカワ君がもっと末端の人間だったり無関係な人間に話してたら危なかったね。
これからは身内だと思っても不用意に話したりしないでよね、分かったかな?」
「ああ、気をつけるよ……」
危ないとは恐らく俺の命が、ということなのだろう。
やはり物騒だな。
しかし、証の純度というものが分からない。
込めたマナの量で変化があるということだろうか。
もしそうなら、何も考えずに調査を行おうとすれば即座にバレてしまっていたということだ。
王国で購入していて良かったな。
俺は幸運というか、紙一重で生きすぎだ。
「ところで襲撃の話なんだけどさ、いざ当日を迎えるまでは分からないから、あたしたちは何もせずに過ごしてたらいいよ」
「そんなことで俺たちは大丈夫なのか?」
「身の危険がないかってこと?
証を持ってさえいれば大丈夫って聞いてるよ。
それ以上はあたしですら知らされてないから、あれこれ考えても意味ないよ」
「そうか」
流石に求める全てを得られたわけではないが、成果としては上々だろう。
思わぬ収穫も多い。
「時間が経つにつれてみんなも分かってくれるはずだけど、今はまだ教団も下火。
それでも着実に勢力は強くなってるんだよね。
だからクロカワ君も、こちらに興味がある人を見つけたら呼んであげてよ。
とりあえず今日話せることは以上かな」
じゃあ今日はこの辺りで。
ラウラはそう言い残してこの場を去っていった。
「ふぅー……」
それを見届けて、俺は安堵から深く息を吐いた。
「ひとまずこれで、俺があちら側だと認識されたな。
まだ気になることは多いけどな……」
俺は思考を巡らせつつ、帰路に着く。
全ての事態がうまく運んでいると確信しながら。
▽
「うん……うん……そう、情報を流している人間がいるの……うん……」
ラウラはクロと分かれてすぐ、魔導具を通して外部と連絡を取っていた。
「……確か、リバーとか何とか言ってた……じゃあお願いするね……」
ラウラはクロが殺人鬼という線で思考を進めている。
彼が情報を得ているのは、すでに何らかの手段で教団に入り込んだ後だという可能性があるからだ。
たった今まで会話していた彼女の父も、リバーという名前に聞き覚えはないそうだ。
この事実も含めて、ラウラは父にクロとその周辺の調査を依頼した。
「よくもまぁ、あそこまで平然と嘘をつけるよね……」
ラウラの表情には、明らかなマイナス感情が浮かんでいる。
彼女の中では、クロはほぼ確実に敵だという認識が生まれていた。
あとはどのように追い詰めて情報を吐き出させるかだが、彼の言動には不可解な点が多い。
まず彼が提示してきた証は間違いなく彼のものであり、その純度もそれなりのものだった。
それはつまり、随分以前から教団に入り込んでいることを意味している。
クロは王国出身だという話だったが、彼の言うニホンもトウキョウも王国には存在しない地名だった。
教団はベリア発祥で、帝国を経てトラキアに至り、そして現在王国にもようやく根ざしているという話だ。
王国出身であれば、証の純度と時間経過が合致しない。
証の純度は、マナの質に依存していると言われている。
マナの質は信仰の深さに比例するものらしく、クロが教団について無知だということには矛盾が生じているのだ。
しかし彼の述べた殺人鬼に纏わる話は真に迫っていた。
そもそも殺人鬼とやり合うとはどういったことだろう。
ラウラの頭ではその意味を理解できない。
彼の話全てが事実だという可能性もないわけではない。
それでも出自の偽装だったり教団についての無知さなど、事実とは異なることが多すぎる。
「彼は、何者なの……?」
クロに対する疑念は晴れない。