第8話 初日
エーデルグライト初等学校。
現在クロがいるのがここだ。
王国において教育機関は、初等学校、高等学園、大学院の3つがある。
初等学校は文字の読み書きを教えたり、計算などの学問、また初歩的な魔法を学習する機関である。
ここに通うのは、商人の子供であったり、農家の子供で農作物の売り買いに関わって計算などを必要とする者、また少し裕福な一般家庭の子供などだ。
入学は6歳から可能であり、学費は一般家庭では少しキツいくらいだ。
卒業までの年数も決まっておらず、必要なことを学び終えたら卒業試験を受けて卒業することが可能となっている。
子供であっても仕事に携わらないといけないような家庭にはありがたいシステムだろう。
一方、貴族の子供はというと大抵の場合は家庭教師をつけているために、初等学校に通う必要はなく、高等学園からの入学となる。
高等学園は主に魔法を学ぶための機関であり、高い学費と学力が必要なため、貴族などの裕福な階級の者の入学が多い。
貴族の場合、この年齢までに様々な社交の場があるため交友関係に問題はないが、そうでない場合は交友を広げるには苦労する。
こういうこともあって高等学園には貴族が多くなっている。
正式名称を高等魔導学園。
入学の年齢は15歳からとなっており、高度な戦闘技術も学ぶことができる。
卒業後は大学院で魔法の研究をする者、ハンターとして働く者、軍に所属する者など様々だ。
これらは全て魔族と戦うためだ。
今日も多くの学生が自己研鑽に励む。
「はーい、みんなよく聞いてー」
大きな声を上げているのは、初等学校教師アレニア=バートン。
彼女は今年入学した学生のうち10名を受け持っている。
アレニアが今日も授業をしようと教室に向かっていると、唐突に管理人の男性から声をかけられた。
「アレニア先生、少しお話が」
「はい、一体何でしょうか」
「実は…」
話を聞くと、どうやら入学希望の学生が来たようだ。
入学の時期は過ぎているのに、どういうことだろうか。
入学希望者は王宮からの手紙を携えており、手紙に内容が奇妙なものだと言う。
──言葉を話せない人間がいるから言葉を教えてやってほしい。
確かに妙な話だ。
生まれたての子供でもないのに言葉を話せないなんてことがあるのか?
それに成人しているようだ。
その年齢まで人と関わらずに生きてきたとでもいうのだろうか。
どんな田舎だ。
「ひとまずお話は分かりました。
私はどうすればいいでしょうか」
「寮の1階の端に部屋を使ってもらっていますので、お迎えに上がっていただいていいですか?」
「分かりました。
子供達に説明してから向かいますね」
「よろしくお願いします」
彼女は教室へ向かう。
「みんな、おはよう。
今日は新しいお友達が入学してくるみたいなので、仲良くしてあげてね」
そう言うと、子供達は騒ぎ始めた。
「えー、誰ー?」
「こんな時期に変だねー」
「先生、女子がいいでーす」
「すぐそんなこと言って。男子はエッチなんだから」
「女子もカッコいい男子がいいとか思ってるだろ。
一緒だよ」
「そんなことより授業をしてください」
「先生、俺昨日めっちゃすごいことあったんだぜ。
聞いてよ」
はあ、この子達は…。
「ひとまず!
先生はその子を呼びにいくので静かに待っているように!」
アレニアは入学生の元へ急いだ。
なぜそこそこの大人が初等学校なんかに?
王宮からやって来たってことは、それなりの血筋なのかもしれない。
まさか、命を狙われていて匿うためにこの学校に送り込んだとか?
面倒ごとを持ち込まれるのは勘弁だわ。
「ここね」
アレニアはクロがいる部屋の前に到着した。
「失礼します」
ノックをして部屋に入る。
………。
なにこの子。
ベッドでダラけきってるなんて。
こういう時って姿勢を正して待っているものじゃないの。
アレニアを確認するとクロはのっそりと起き上がる。
どこの田舎か知らないけど、高貴な家柄で甘やかされて育ったに違いないわ。
王宮でも扱いきれないからこんな所に送られたんだわ、きっと。
面倒ごとの予感が強くなるアレニア。
はぁ…まあいいわ。
ここに来たからにはあの子供達と一緒の生徒よ。
「はじめまして、私はアレニア=バートン。
私があなたを受け持つことになりました。
って言っても通じてないか。
とりあえず付いてきてください」
アレニアに手招きされ、クロは黙って付いていく。
言葉が分からないのはいいけど、何も言葉を発さないとちょっと不気味ね。
黒髪で黒目なんて見たことないし。
しばらく歩いてアレニアとクロは教室にたどり着いた。
「ここがあなたが使う教室よ。入るわね。」
そう言ってガラガラと扉を開けるアレニア。
「はーい、注目。
新しいお友達が来たので紹介します。どうぞ」
アレニアの声を受けて教室に入るクロ。
あら、ちょっとビックリしてる様子ね。
初等学校に入れられるとは思わないものね。
クロはテクテクと教壇の中央まで来ると教えられた通りの挨拶をした。
「はじめまして、クロって言います。
言葉はほとんどわかりませんが、よろしくお願いします」
子供達も年の離れた新しいお友達に驚いていたが、パチパチと拍手をして歓迎している様子だ。
「クロくんは言葉の通じないすっごい遠くから来たので、この学校でみんなと一緒に勉強します。
仲良くしてあげてね」
こういうことにしておこう。
あながち間違ってはいないでしょう。
「じゃあ今日クロくんもいるので、授業はおさらいも兼ねて、文字の勉強と魔法の勉強をまたやっていきます」
クロ向けのやさしめの授業が始まった。
最初は文字の読み書きからね。
周りの子達はちょっと退屈そうだけど、彼は結構熱心にノートをとって参加してくれてるわね。
案外真面目な子なのかもしれないわ。
最初の印象はあんまりだったけど。
子供達はヒソヒソと彼の事を話しているようだが、彼は全然気にしてないわね。
そして授業は終わり休み時間となった。
元気組の男子がクロに詰め寄る。
「なぁ、にーちゃん。 どっから来たんだ?
言葉が分からないなんて聞いたことないぜ」
「やめなよいきなり。 馴れ馴れしいよ」
「にーちゃん年いくつ? 彼女いるの?」
口々にクロに話しかける子供達。
クロは言葉が分からず苦笑いするしかない。
「ホントに言葉わからないみたいだね」
「そうだ、俺が文字とか全部教えてやるよ。
なんたって俺が一番優秀だからな」
「何言ってんだよ。今ならみんな書けるだろ。
それに魔法だったら俺の方が上手だもんね」
「男子うるさーい! お兄ちゃんも困ってるでしょ」
「じゃあみんなで教えようぜ。
一番うまく教えられた奴が勝ちな」
「勝ちとかないから」
ワイワイと子供達のクロへの教育が始まった。
クロは嫌な顔ひとつしないので、子供達も話しかけやすく、すぐに仲良くなったようだ。
悪い子ではないようね。
休み時間も終わり、次は魔法の基礎の授業。
まさか魔法も知らないってことはないわよね。
言葉で説明しても分からないかもしれないし、実戦で覚えてもらいましょう。
「この間は魔法で火の玉を出すところまでやったけど、前に来てやってくれる人ー?」
「はーい、僕やります!」
「私できまーす」
次々に子供達の手が挙がる。
座学もこれくらい熱心に受けてくれたらいいんだけど。
1人の男子生徒に、代表して魔法の詠唱と発動をしてもらった。
クロも熱心に見ている。
「じゃあ今日みんなは火属性以外にもやってもらうからしっかり覚えてね。
覚えた人から運動場にいる先生のところで披露してください。それで朝の授業は終わりです」
アレニアは魔法教本をクロに渡し、ページを指定してやってみるように言う。
クロが頷いたので理解したと判断する。
じゃあ運動場で待つとしましょうか。
分からなかったら子供達が助けてくれるでしょう。
運動場でアレニアが待機していると、続々と子供達がやってきて魔法を披露してくれる。
うまくいかなかった学生は部屋に戻ってやり直しだ。
彼らに行わせているのはごくごく初歩の魔法だといっても、やっぱり子供は覚えが速い。
はてさて彼は大丈夫かしら。
しばらく待っているとクロが運動場に出てきた。
一番最後じゃなかったのは驚きね。
しかしアレニアの元へやってくることはせず、少し離れたところで色々試しているようだ。
観察するアレニア。
あら、魔法陣が出たわね。
でもじっと動かないわ。
あ、消えた。
もう一回試しているけど、今度はふらついてて危ないわね。
ちょっと声をかけに行きましょう。
そう思った時──
ゴォッという音を立ててクロの手のひらに巨大な火球のが形成されて、すぐに消えた。
子供達共々アレニアが驚いていると、クロはバランスを失って地面に倒れ込んで動かなくなった。
「保健室の先生を呼んできて!」
アレニアの大声が響いた。