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Re:connect  作者: ひとやま あてる
第7章 帝国編Ⅲ
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第121話 感情

しばらく時間がかかりそうです。

手合わせと称したガルドとカナンの戦いは、相変わらずガルドが弄ばれる形で進行している。


ガルドが魔法を発動ないしは魔法陣展開をした時点で何かしらの介入が行われ、彼の魔法は完成への至らない。


「くそ……!」


その度にガルドのマナは目減りし、苛立ちを抱えた表情は徐々に険しく深いものになっていく。


……ところでガルドによる風属性の使用方法だが、身体強化としてのものが多いようだ。


肉体能力と合わせて風属性の魔法を纏うことで、その攻撃力や移動能力は飛躍的に上昇する。


ガルドは肉体能力の下地があるので、単純に魔法を使うよりも強化魔法として風魔法を使うことの方が理に適っているということなのだろう。


しかしそれでも、カナンの壁は突破できない。


謂わば風の牢獄との呼ぶべき空間の中で、ガルドは手足をもがれたかのように何もできずにいる。


「得意分野で圧倒的上位の人間には絶対勝てないってことなのか?」


「セアド先生も上級魔法を目の前にしたら逃げ出すことを強く推していましたし、そうなのでしょうね」


「でもこれって何か意味ある?

ただただガルド無力感を得るだけの結果になってしまいそうなんだよ」


確かにオリビアの言う通り、これではまるで何を目的にしているのかが分からない。


「できないことを知るって意味では重要だろー。

うちだってルー先輩にはどうやったって勝てないしな」


「それは現状で、という話か?」


「うーん、どうなんだろーなー。

うちと先輩は戦い方がまるで違うから、条件が一緒じゃないんだよな。

それでも得意分野に引き込めれば可能性はあるかも知れないぜ」


「得意分野、か。

ことガルドにおいてはそれが被ってるようにも見えるが……」


「そうなのか?

肉体派のガルドとカナンさんじゃまるで条件が違うぞ?

そこをなんだ、ガルドは風属性魔法で対抗すること自体が間違ってるって可能性もあるよな!」


風属性以外の方法?


なんだかパッとしないな。


「今はガルドがそこをなんとかしようとしてる段階だろ?

それでも風属性は空間成分が主なんだから、ある程度指向性は一致しても仕方ないと思うんだよな。

だからこそ、そこから細い可能性を探ってるんだろうよ」


「じゃあ風属性魔法を使わなければいいだけだな!

強化魔法であの空間を抜けて、カナンさんをぶん殴ったら仕舞いだ!」


「それじゃ風属性の指南に……って、まさかそれが正解?」


「アルは考えなしに言ってそうだけど、案外それが正解なのかもね。

自分の中に可能性を見出すって意味では、違う部分に焦点を当てるって考えは分からなくもないんだよ。

ただ、窮地においてそれを実践できるかは不明なんだよ」


「考えなしってなんだ!

うちもちゃんと考える時は考えるからな!」


「はいはい、アルはすごいすごい。

たまに的を射た発言をするから、グループにはバカも必要なんだよ」


「おいバカってなんだ!

さっきからオリビアは辛辣だぞ!

オリビアは筆記試験は大したことなかったじゃないか!」


「う、うるさいんだよ!

今はそんな試験云々の頭の加減を話してないんだよ」


ギャーギャー言いながら取っ組み合いになる二人。


元気なこった。


まぁ二人の口喧嘩は置いといて、できることを模索するのは重要だよな。


俺がセアドとの戦いでうまく切り抜けられたのも、そこに何かできる可能性があったからだ。


俺の場合ヒントを与えられたということが大きいが、それでも得られるものはあった。


ガルドの現状もそうで、可能性を見出すという意味では風属性にこだわる必要性もないってことだ。


知識として知らないことを知るということも重要だけど、自分に何ができて何ができないのかを知るってことも同じくらいに大切なことなんだろう。


「じゃあアルは同じ方向性の戦いを仕掛ける相手にはどう戦うんだ?」


「知らん!

自分の得意を押し付けるだけだ!」


「まったくさっきと言ってることが違うじゃねーかよ!」


「違わないぞ!

寸分違わず同じ戦い方をする奴なんていないからな!

やってみて同じ部分があればその分野では戦わないし、違ったら違ったでそこを起点に攻めるだけのことだぞ」


うーん、なんか正論を言われてる気がして悔しい。


「でもアルの最初の模擬戦の時、ゴーレム使ったりとかはルー先輩と被ってただろ?」


「別にあれがルー先輩本来の戦い方じゃないぞ?

あれはうちに合わせてやってくれてただけで、先輩の本質は植物を使った魔法と掌握系の魔法だからな!

即席でやったって言ってたから、ゴーレム精度ならうちの方が上のはずだ。

うちが負けたのは、単に地属性の練度の差だな」


あっはっは、と笑いながらアルが宣う。


「え、そうなのか?」


それは初耳だ。


「ていうか、そんなに情報を漏らしていいのか?」


「先輩は何でもできるからな!

逆境にこそ強くなるって言ってたし大丈夫だろ!」


ここはアルの能天気なところが出ているが、先輩なら何でも跳ね除けそうなんだよな。


「ところで気になったんだけど、掌握系って何だ?」


「サンディフォースとかブレイクフォース、あとはウィザーフォースって魔法を先輩が使ってただろ?

あれが同属性に有効な掌握系統の魔法だぜ。

確か先輩の説明だと、一時的かつ部分的に魔法の指向性を強制改変する魔法って言ってたな」


アルが攻撃に使った岩を粉々にしたり、木を枯らしてたあの攻撃だろうな。


支配権を奪い取るイメージとは違うのか。


「そんなものがあれば……ガルドもカナンさんの魔法に対抗できるのか?」


「結構な高等技術って言ってたし、一朝一夕でできるものでもなさそうだったぞ?

うちも試してみたけど、発動する気配すらなかったな!」


アルは笑いながら言っているけど、それって結構貴重な知識と経験だよな。


やっばいなぁ、知らないことが増え続けて困る。


しかしその説明でいくと、広範囲を操るカナンから部分的とはいえ空間支配を強制改変できるということになる。


それを会得できれば、逆転の一手を掴むことも可能になるはず。


それを何としても学びたい。


先輩の腕試しが終わったら聞きに行こう。


ストレスフルに蹂躙され続けるガルドを見ながら、俺はそう思うのだった。



            ▽



「参り、ました……!」


結局ガルドは解答を見出せず、果南の魔法の前に屈することとなった。


涼しい顔のカナンとは対象に、ガルドは全身が紅潮して大量の汗が吹き出している。


そして肩を上下させながら教えを乞うようにカナンへ視線を向けている。


「色々と聞きたいことがあるようですが、手短に言っていただけると助かります」


さっさと言いたいこと言えよというような気怠げさを含みながら、カナンがガルドを見下ろす。


俺たちの目に映る二人の構図は、強者と弱者のそれだ。


「……と、その前に。

見ていらした皆様は解決法を見出せましたか?」


まだ息荒く発言も困難な状態のガルドを見て、カナンは俺たちに質問を投げかけた。


自然とガルドの視線もこちらへ向かう。


「ガルドは風魔法に拘りすぎだな!

うちなら強化魔法で無理矢理切り抜けるぞ?」


「そんな簡単に言うなよな。

まぁ方向性としては俺も同意見だ。

具体的にってのはすぐに浮かばないけど、アルならどうするんだ?」


アルが言い出したことだから、そのまま責任を持って最後まで答えを出してもらおう。


「ヘビリーボディあたりで浮かせられないように身体を重くして、無理矢理空間を抜けて相手をぶん殴る!

これだな!」


結局お前はそうだよな。


「さっきも言ったけど、そんな脳筋──」


「概ね正解ですね」


「──ぇ!?」


俺の否定を掻き消すようにカナンがそこに被せた。


正解なの?


「空間魔法の第一の対処法は、そこから抜け出すことです。

アル様はわたくしの支配領域をよく見ておられたようですね」


「そ、そうだな……!」


そうだな、じゃないが?


たまたま当たっただけだぞ。


でも、困ったら脳筋プレイ……あると思います。


「アル様の仰る通り、相手優位の環境で戦うのは愚者のすることです。

相手の油断を誘うという意味では有効かもしれませんが、多くはメリットを得られませんね。

ではどうすれば良いか。

答えは、相手の魔法の及ばない分野で戦うこと、逃げること、そして……」


カナンが徐に右手を身体の前へ翳した。


「ロード、ディスタブ フォース」


そこから発せられた魔法とともに、彼女の右手を濃密なマナが覆う。


「あ!」


これってさっきアルが言ってたやつじゃん。


「……どうされました?」


「いえ、さっきアルが話していた内容の魔法なので反応しちゃっただけです。

続けてください」


「どうやらご存知のようですね。

これは各属性に存在する掌握系統の魔法の一つ──風属性強化魔法のディスタブフォース。

相手の操作する風を支配の外へ逸脱させる効力を持った魔法で、強化魔法なので空間支配下でも使用が可能です。

これを用いれば、部分的に相手の支配権を取り上げることができます。

厳密には支配権を奪うのではなく、支配権をリセットするというのが正確な効果となりますね」


「そのような魔法があるのか……」


ようやく落ち着きを取り戻したのか、ガルドが言葉を発した。


なに、絶望することはない。


俺だって知らなかったんだから、これを実行することは想定されてないだろ。


「しかし、あくまで掌握魔法は一例です。

ガルド様が視野を狭めていなければ、逃げ出すこと然り様々な方法を考えられたはずです。

狭量な視野は思考を制限し、可能性を著しく低下させます。

なので戦いとは、思考のぶつかり合い。

いかに相手の思考を鈍らせるか、いかに自身の思考を明瞭に保つか、ここに尽きますね」


カナンの発言にあった「頭を使えば勝ちに近づける」とは、そういうことなのだろう。


「カナン殿、感謝する。

どうやらオレは考え違いをしていたようだ。

思考を狭めないようにするだけで多くの可能性に気が付けることを知れて、それだけでもあなたと手合わせした価値があったというものだ」


ガルドは先程までの険しい表情が抜けている。


得られるものがあったらしい。


すっきりとした表情でカナンに語りかけるガルドは、手合わせの前とは別人のようだ。


「ところでカナンさん、先程の魔法はどのようなものだったんですか?」


ちょうど話も区切りが良さそうだったので、俺は質問を飛ばしてみる。


制約とかのことも知りたいしな。


「そうですね……タービュランスは相手の風魔法を妨害し続ける乱流空間を作り出す魔法になります。

本来であればそれだけで完了する魔法ではないのですが、力量に差がある場合はガルド様のように大きな効果を発揮することになります。

空間魔法とは、自分に有利な環境を形成することが主な用途でして、その上で相手を圧倒する魔法を押し続けることが最も一般的な使われ方でしょう」


なるほどな。


空間魔法で相手を圧倒できれば良し、そうでなくても相手に苦難を強いることで隙を生み出させてそこを突く戦いもできるってわけか。


俺に有利な環境ってなんだろうな。


さっぱり思い浮かばん。


「なるほど理解しました。

あと気になったのは、魔法の発動がやけに早かったことですね。

制約云々は知らない領域なのでわからないんですけど、どういった制約でカナンさんは魔法を発動したんです?」


「制約、ですか。

良いところに気がついておられますね。

それを詳しく話すと夜が明けてしまいますので簡単に。

今回わたくしが用いた制約は、発動を早める代わりに魔法を突破された場合の一定時間、自身の魔法使用が制限されるというものです。

タービュランス自体はそれほど高度な魔法ではありませんので、今回であれば五分程度を想定していました。

ですが、実戦において五分の魔法制限は死を意味するも同じです。

安易に制約を定めることは、後に自身の首を絞めることにもつながります。

ですので、上級魔法はあらゆる場面を想定してその時々に応じた幾つかの制約を予め準備した上で用いる魔法となりますね。

そういうこともあって、複数の上級魔法を運用できる魔術師は少なくなっております」


「聞けば聞くほど難しいですね……」


高度ではない上級魔法だけで、あのような効力を発揮するのだ。


つくづく系統魔法や混合魔法がどれだけヤバイってのかが分かるな。


「上級魔法は一朝一夕でどうにかなるようなものでもありません。

下手な上級魔法は、練度の高い中級以下の魔法に劣ることもしばしば。

要は、いかに状況に則した魔法をスムーズに出せるかが勝負の鍵です」


スムーズさ、か。


俺はいつも見てから判断していることが多いし、そう考えると行き当たりばったりなんだよな。


『防陣』が使えるせいで、どうにも反応が遅れる。


遅れてもなんとかできると思い込んでしまっている。


「では最初のマナの拡散も、そういった考えのもとでやっていたのかしら?」


おっと、ソフィアラがやけに積極的だな。


そういやカナンのマナ放出を見て驚いていたしな。


「あれは基本的に供えておくべき技術ですね。

空間魔法に相手を取り込むためには、チンタラやっているようでは間に合いません。

そのためには、素早く広くマナを放出して空間を埋め尽くす必要があります」


「そのためには必要なのは……圧縮と拡散か」


これに関しては、するりと口をついた。


広域に魔法を拡散させるために必要なのは、モモコに教わった魔法圧縮の技術が必須になってくるはずだ。


トラキアまでの旅中でも、リバーに教わって空間魔法の基礎みたいなものを学んだ記憶もある。


あれらの応用が、空間魔法の極地なのだろう。


「知っておられたのですか?」


このカナンの反応は驚いているのだろうか。


表情に出ないから分からないな。


「いえ、感覚的に。

最近特に空間魔法を目にする機会が何度かあったので、そんな感じかなと」


「感覚的な理解は大変重要ですね。

しかし空間魔法については、言うは易し行うは難しというところ。

実際にマナを広げてみれば、その難解さも理解できることでしょう。

ヒントは均質にマナを広げること」


ここまで言うと、カナンはフゥと息をついた。


「ヒントももらったし、じゃあ今から早速試してみるか。

いざ空間魔法を使う時になって練習してても遅いしな」


「そうね。

ちゃんとした練習なんて今までほとんどやってこなかったわけだしね」


「うちは属性的に空間魔法は無理だからな!」


「ルー先輩も言ってたなぁ。

オルエ先輩は例外的にできるっぽいけど、地属性は空間魔法に不利だよな」


「空間魔法さえ身につければ、オレもアルといい勝負ができるかもしれないし、早急に身につけたいところだな」


「ガルドは今でも十分強いだろー。

でもガルドがもっと強くなれば、うちの楽しみも増えるな!」


俺たちがやる気になってやいのやいの言っていると、


「……では、そろそろ喋るのも疲れて参りましたので、わたくしは自室に戻らせていただきます」


そろそろカナンも限界のようだ。


いや、十分にサボり切ったということなのだろう。


「あ、長い間付き合ってもらってすいません」


「オレからも感謝を申し上げる。

また疑問があれば質問をしてもよいだろうか?」


「ええ。

できれば仕事中にお声掛けいただけると幸いです」


「りょ、了解した」


ガルド、お前は気づいていないのか?


彼女は単に仕事を放棄して休みたいだけだぞ。


物事に積極的な人間もいれば、そうでない者もいる。


学園では見ないが、カナンはどうやら後者のようだ。


そんな彼女がどうやって学園を卒業したのか気になるところだ。


学園の教員で誰かカナンのことを知っている人間はいないもんかね。


「とりあえず、どうすればいいんですの?」


マナ共有で散々グロッキーに成り果てていたアル、オリビア、ジュリに加えて、さっきまで戦っていたガルドも元気さを取り戻しているようだ。


やる気になってくれて俺は嬉しいよ。


みんなで切磋琢磨していくというのは、気分が良いものがある。


「そうだなぁ……いきなり真似事は難しそうだし、ひとまずどこまでの範囲にマナを充満させられるかを知るところからじゃないか?

お嬢様あたりは以前やってた記憶がありますし、案外すぐにコツを掴むんじゃないですかね」


「そうね、こういうのって久しぶりだけど。

色々見てはいるから、試したいことが多いわ」


そうやって俺たちは思い思いに試行錯誤を重ねる。


しかしカナンの言った通り、行うは難しといったところ。


特にジュリやアルは苦戦している様子だ。


属性的な不利はどうしても拭いきれないようだな。


そもそも慣れないことをしているから仕方ない部分もあるが、体外にマナを放出して維持するということ自体が誰にとっても困難な行為のように見える。


俺だって全然だしな。


「クロ、さっき圧縮だとかなんとか言っていたが、それはどういうことなんだ?」


全員の中でソフィアラを除いて最もなだらかにマナを放出できているガルドが、次のステップを求めてか俺に問うてくる。


やっぱ空間成分の多いマナほど放出しやすいとか流れやすいとか、そういう物理的な影響もあるのだろうか。


魔法はやればやるだけ疑問が尽きないな。


「これに関しては俺もイメージだけだな。

そういうイメージでやればうまくいくだろうという想定で言ってただけで、空間干渉において現状それができる気はしないな。

だけど、俺の持ってるイメージだけは伝えようと思う。

ジュリ、手伝ってくれるか?」


「ええ、何をでしょうか?」


「圧縮と拡散のイメージを共有する。

火属性魔法を使うんだけど、それを防御できるような魔法って持ち合わせているか?

そういうのって、水属性の方が得意だったりするのか?」


「えっと、広域に火属性影響を無効化できる空間を御所望ということでしょうか?」


「ああ、そんな感じのやつ……あ、それこそ空間魔法をやれって言ってるようなものか」


「そうですわね。

今の私では少々難しいかと。

ソフィさんなら可能なのでは?」


名前を呼ばれたソフィアラが小首を傾げてこちらを見ている。


くそう、一挙一動がかわいいな。


って、俺は何を言っている。


「あんまり高威力じゃなければ防げると思うわ」


「じゃあ、お嬢様にお願いしますかね」


「まさか、トラキアでモモと一緒にやってたようなことをしようとしてる?」


ソフィアラはそれだけで何かを察したようだ。


「さすがにそこまでは……。

でも俺が言おうとしてることは伝わるかと。

ま、とりあえず見てもらいます。

ですが、その前に……」


俺は特に魔法などはイメージせず、マナを周囲に拡散させていく。


まずは小さなドーム状の空間を作り上げ、その中に均一にマナを放出する。


そしてそこがある程度満たされたあたりで空間を広げ、空いた隙間にマナを詰めていく。


「うーん、やっぱ時間がかかるし密度も均一にはならないですね」


「そうね、ムラがある感じ」


こういう時、ソフィアラはマナの動きを視覚化して見れているようなので助かる。


「これを高速化させるってことなんだよな。

やればやるほどむずいな……」


「クロさんでもそのような速度で拡散させるのが精一杯ですのね」


「みんな俺に期待しすぎだからな?

俺が優秀に見えるのは属性が複数あって対応策が多いだけで、地力の強いやつには絶対に勝てない。

それこそ先輩連中には、二年生にだって圧倒されて負けるだろうな。

相手が同じ一年生だったり、先生たちが手加減してくれてるからできる男に見えるだけだ」


「できる男なんて思ったことないんだよ」


ボソッとオリビアが言葉を漏らす。


「オリビアうるっせー!

流れ的にそう言っただけで、俺自身そう思っちゃいねぇよ!」


まだ根に持ってんのか?


「多くの方がクロさんをそう思っているのは事実ですわよ」


「ジュリのフォローは逆に俺を傷つけるんだが!?」


「ロード……」


「あ」


俺たちのやりとりが長かったのか、ソフィアラは勝手に部屋の中心部まで歩き出し、魔法の準備に入っている。


「そんじゃちょっくら圧縮と拡散について見せるから、参考にしてくれ。

これは普通に魔法を使う時にも応用できる技術だし、知っていて損はないはずだ」


魔法の圧縮。


こういう小技的なことは学園でも学ぶ機会はない。


モモコもどこかで聞いて覚えたんだろうけど、そういうことを誰かから聞く機会ってのは貴重だ。


今回のカナンとの出会いも然り、魔法は個人で完結するものではないということだ。


「ダウス カーテン……一応これで室内全体と周囲のオブジェクトは覆ったわ。

でも無茶しないでね」


ソフィアラ魔法を完結させると、そう言ってオリビアたちの元へ戻っていく。


部屋の中心から魔法を広げるのが効率が良かったのかね。


「ソフィ、これが空間魔法ってやつなのか?」


戻るなり、アルがソフィアラに疑問を投げかけている。


「いいえ。

そう見えるかもしれないけど、これは部屋全体をマナで満たすものではなく部屋の端を覆うイメージだから。

空間魔法とは似ても似つかないわ」


「そういうものかー。

でもさすがソフィ。

魔法の発動速度はうちらの中で一番早いな」


それはそうだ。


ソフィアラは空間成分に軍配が上がるガルドよりも魔法発動がスムーズだ。


こればかりはそれぞれのスタイルに関わってくるところも大きいだろうから一概には言えないけど、それでも参考にすべき技術だろう。


……ということで、準備はできた。


「今から同じマナの量で二回魔法を実行する。

一度目は下級魔法相当で、二回目は中級魔法相当で発動するからな」


モモコに教わった時には気づかなかったけど、圧縮が可能なのは魔法位階が中級に達していたからだ。


知識を得れば、自分が行なっていることに説明がついてくる。


理論で説明できるようになってくると、魔法は楽しいな。


「じゃあいくぞ、ロード……」


今回もトラキアの時と同じく、


「ファイアボール!」


マナの量を調整しつつ直径一メートルほどの火球を頭上に掲げた。


下級魔法は中級魔法ほど何も考えなくても形成・発動が可能だし、即席の攻撃としてはやはり優秀だと実感できる。


そして俺は皆の方を一瞥し、火球を前方に投げつけた。


それは地面に着弾すると、ある程度の熱波と衝撃波を伴って爆発拡散する。


屋内ということもあって熱波自体は気持ちの良いものではないが、ソフィアラの魔法の影響か、すぐに熱は冷めていくのだった。


「今のは二百程度のMPを消費して単純にファイアボールを作った感じだな。

じゃあ次は……ロード」


下級魔法相当とは言ったが、爆発拡散する指向性を無意識に付与していたため、その通りに火球は帰結した。


偉そうに言った手前ちょっと恥ずかしい。


下級魔法相当の火球なら、熱い球体がぶつかる程度の効果しかないわけだしな。


よし、気合を入れ直そう。


次も同じように魔法陣へマナを注入するわけだが、今度は発動の直前にそれ収まる小さな袋をイメージする。


MP二百だと、このくらいか?


「ファイアボール!」


今度は腕を頭上に掲げるまでもない。


前へ突き出した俺の手のひらには、十センチほどの火球が作り上げられている。


しかし自分でやってみてびっくり。


ここまで圧縮できるものなんだな。


技術的に向上したのか、はたまた偶然か。


トラキアの時はそもそもの規模が大きすぎたってのもあるけど、今回は自分の成長を少し実感できて内心嬉しくなる。


「クロ、本当同じ量のマナで作ったのか?」


「ああ。

魔法が出現する直前に、それが収まる小さな袋をイメージするんだ。

それだけで、こんな風に見た目の魔法の大きさを調整できる」


「私の魔法に少し似ていますわね」


「ジュリが言ってるのは、夜襲を受けた時のアレか?」


殺人鬼のデュアルマジックに対してジュリが使った系統魔法。


あれも小さな火球を作るような魔法だったが、威力は絶大だった。


系統魔法というからには、最適な発動段階を経て行われる魔法ということは間違いない。


あれは発動までに相当なリソース必要としているようだったので、俺がやってるチャチな圧縮方法ではない機構が組み込まれているのだろう。


「ええ」


「じゃあ魔法の発動様式の中にこういった機構が組み込まれているのかもな。

んじゃさっきと同じように投げるぞ?」


投げてから気づいたが、これって爆発の規模がさっきと段違いなんだよな。


それはつまり、熱波が全員を襲うわけで。


カッ──


火球は地面に着弾すると、やはりというか俺の想像を超える規模で……。


「あっつ!」


体表面を焦がすような熱波が俺を襲う。


加えて、構えていなかったら身体さえも浮きそうな衝撃波だ。


当然それらは俺以外にも有効なわけで。


「な、なにするんだよ!?」


「びっくりしましたわ!」


まぁ、こうなるよな。


「喉が焼けると思ったぞ!」


「アルはズレてるんだよ。

喉が焼けるって……口開けて見てるからなんだよ。

やっぱりアルは馬鹿なんだよ」


「また馬鹿にしやがって!」


「すまん、投げてみてからこうなることに思い至った……」


「しかし流石だな。

同じ魔法であっても、こうも違いが出るとはな。

素直に驚きだ」


「これで分かったろ?

圧縮すれば魔法の見た目を誤魔化せるだけじゃなく、その規模すら相手に誤認させられるってわけだ。

あとはこれを色んな魔法に応用する」


「やれることが増えそうですわね」


「ひとまずはこれを使ってマナを広範囲に広げる方法を模索しようか」


俺たちはやれる限りのことを行なっていく。


今はあまり意味がないとしても、いずれ必要に迫られた時に後悔しないように。


「ソフィ……うちはまずマナを体外に放出する方法がイマイチなんだ。

どうやってるんだ?」


アルは色々やっていっても、やはり広域に影響させる魔法は苦手な様子だ。


「そうね……」


ソフィアラは自然にやってのけていることだけあって、それを言語化して伝えるのは難しいのかもな。


「ウンチを捻り出すようなイメージなのか?」


「……アル、そろそろいい加減にしなさい」


それにしても、温厚なソフィアラがキレそうになってるのは初めて見たな。



            ▽



「ジュリアーナ、あなた先日の腕試しで醜態を晒しておきながら何をやっているのかしら?

出来損ないは出来損ないらしく、家名に泥を塗るような行動は控えるべきだって考えには至らないのが理解できないわ。

そんなあなたが、お友達ごっこ興じている暇なんて無いはずだけど?」


ジュリと同じ紅い髪色の女性が、蔑んだような口調でそう言い放つ。


彼女はジュリ姉であり、名はクレイアーナ=フリアフレアマイナ。


彼女のジュリと違うところは、ジュリよりも少し背が低く、髪は肩口までと短く、そして鋭い目付きをしているところだろう。


そんな彼女の隣には、ジュリの兄であろう男性が伴っている。


彼はスラっとした長身で、髪色は紅いが肌は驚くほど白く、とても健康そうには見えない。


「ねぇお兄様、そうは思いませんこと?」


「……」


声をかけられた男は、フレアマイナ家の長兄ウェアハウズ。


しかし彼の表情は微動だにしないし、目の奥もぽっかりと黒く抜けているようにも見える。


まるでそこに魂がない人形のような印象を受け、俺は心配よりも言い知れない気持ち悪さが勝ってしまう。


「私は友人を紹介したかっただけで……」


クレイアーナの言葉はとても親密な家族に向けられるものではなく、ジュリが家庭内で差別的扱いを受けていることを容易に想像させてくる。


「下賤の民と関わるのはおやめなさい。

フレアマイナ家の家名が汚れるわ」


なんだこの女は。


この湧き上がる感情は、不愉快なんてもので片付けられるものではない。


「オリビア嬢も、あまりジュリアーナを唆さないでくださらない?」


こいつは手当たり次第に不快な言葉を並べ立てやがるな。


いくらジュリの姉だからといっても、我慢の限界というものがある。


しかし俺以外の面々は階級的なところで感情に歯止めがかかるのか、下を向いたまま何も言葉を発そうとはしない。


オリビアですら黙って何も言おうとはしない。


その中でもソフィアラだけは、やめておけという視線を俺に送っている。


階級ってそんなに重要なもんなのか?


戦国時代なら不敬罪でハラキリとかもあったようだが、ここは時代も違うし世界も違う。


そんな不条理が罷り通るほどの世界観でもあるまいに。


俺が階級など関係なしの地球から来たからこう思うだけなのか?


この世界の慣習に倣えば、ここは何も言わずに引き下がるのが筋なのだろう。


「しばらく見ない間に少しは成長したかと思えば、そんなことはない堕落した様子で非常に残念だわ。

しかし出来損ないの愚妹とはいえ、ジュリアーナも肩書きはフレアマイナ家を背負っているの。

オリビア嬢以外の他の方々は名前も知らないけれど、今後ジュリアーナと関わるのはやめてちょうだいな」


あー、だめだ。


聞けば聞くほど不快になってくる。


この女は、ジュリを見かけて早々に嫌な言葉を吐きかけてきた。


これがジュリ家庭内での日常なのだろうが、本当に高潔な貴族ならそんな場面を外部の人間に見せようとするか?


こんなもん、ただ腐りきってるだけだろ。


やばい、胃がムカムカしてきた。


「私は……」


「お黙りなさい。

あなたの意見など、誰も聞きたくないわ。

いつまでも子供みたいにくだらない感情で行動して……。

そんなあなただから、スペデイレ家のバカ息子をあてがわれるのよ。

しかし彼はあれでも一応フレアマイナ家と同等の爵位を持つんだから、そこの下賤の民とたちよりは幾分かマシね。

今後は友人を選びなさい……というより、こちらで用意することにするわ。

だから申し訳ないけど、あなたたちとジュリは今日でおしまい。

分かったら、さっさとうちから出て行ってくださいな」


クレイアーナは更に見下すような視線を強め、俺たちに退場を促している。


しかしさすがは貴族といったところか、威圧感が半端ない。


だからどうしたって話だが。


「クロさん、申し訳ありません……」


「それは何に対する謝罪だ?」


「それは……」


自分の姉がこんな態度で、って話か?


それとも、この女の言に従わないといけなくてごめんなさいってか?


「あなた、くだらないやりとりでうちに居座らないでくれるかしら?

下民など見るだけで不快なのに、同じ空間に居座られると吐き気を我慢するので大変ですのよ。

だから──」


「あ? だから何だ?」


「クロ!」


普段声を荒げないソフィアラが珍しく強めに言葉を発した。


まぁ待てよ。


俺の考えはそんなにダメなことなのか?


「俺たちはアラマズドの前で運命共同体になったはずだ。

自分のステータスをもう一回みてみろよ……!」


あまり見せない俺の怒りに、ジュリ怯えたような表情を見せている。


いやまぁ、そんな顔をして欲しくてこうなっているわけじゃないんだよ。


そこだけは分かってくれ。


しかし何故かは知らんが、心がやけに荒れている。


感情的になっているのは確かにそうなのだが、単に気性が荒くなったとかいうわけでもなさそうだ。


ではこの感情は何だ?


いや、自問しなくても分かる。


これは、家族を害された時の感情に似ている。


一緒に召喚された三人に対してもそうだ。


彼らの境遇を憂いてからか、彼らに対する思いは強くなっている。


このにいる仲間たちに対しても、そうなのだ。


運命共同体言ったからには、もう俺たちは友達なんて垣根を超えた関係だ。


だからここで引き下がらないこと、ここで怒ることには正当性があるはずだ。


アカたち三人のためになら、俺は感情を殺して目的を実行できる。


それはジュリたちに対しても同じこと。


「加護を得たってことは、それはもう魂まで繋がってるってことじゃないのか?」


称号は単なる肩書きではない。


アラマズドにより等しく魂に打ち込まれた刻印だ。


俺個人の考えだが、それっていうのは血筋なんかよりも深い関係じゃないのか?


「先程から、何を言っているのかしら……?」


クレイアーナは青筋を立てながら俺を睨みつけてくれちゃってるが、俺の怒りはそんなもんじゃない。


「うるせーよ。

てめぇごときが俺たちのジュリを馬鹿にすんな。

何も知らねぇ、たかが血が繋がってるだけの関係でよぉ!?」


俺は馬鹿だ。


今までは怒りに身を任せる連中を白い目で見てきたが、今の俺はそんなもの比にならないくらい愚かなことをやっている。


俺は大馬鹿だ。


その自覚があっても、これだけは収まりがつかなかった。


後先のこと?


知らないね。


てめぇらが貴族だって威張って好き放題やるんなら、神性を得た俺が好きにやったって構わないよな?


「下民が……!

ただで死ねるとは思わないことね……」


高密度のマナがクレイアーナから渦巻く。


だが周りの静止なんか、今は知ったことか。


火がついちゃったもんは止められないんだよ。

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