第118話 光闇
今日一日はガルドとほぼ二人きりだったので、女性陣の帰りがとても望ましい。
どうも俺です。
なんかキモイこと言ってんな。
結局ネイルの試合も含めて最後まで“騎士の部”を観戦してしまった。
ヴァイク先輩の武器の扱いだったりネイルの遠隔攻撃は参考にならなかったが、それ以外の部分や他の学生の動きから良いインスピレーションを得られたと思う。
“騎士の部”まで全ての腕試しを終えてみて、上級生に勝つことのできた下級生は居なかった。
善戦したという点では、やはり“魔法の部”より“騎士の部”出場の一年生の方が多かったように感じる。
六日間全ての試合を見られたわけではないので、これは俺の所感だが。
それでも時間を持て余したので、ダンテとヨハンにも会って身体の動かし方のコツなどを聞いたりして過ごしていた。
そんな感じで過ごして、夕飯に向かおうか考えているタイミングで女性陣と合流を果たした。
「なんか暗いけど、大丈夫か……?」
女子四人を一目見てすぐに浮かんだ感情は、心配だった。
そんな彼女らがテンション下げ下げで帰ってきては、さすがに気になるというものだ。
遊びに行ってたんじゃなかったっけ?
何だその陰鬱な雰囲気は。
「戻ったんだよ……」
「お、おう……おかえり」
「ここで立ち話もなんですから、共用スペースに向かいましょうか」
それもそうか。
とりあえず積もる話があるようだ。
悪いニュースの予感しかしないな。
そういえば、六人が一堂に会するのは久しぶりだ。
試験直前と試験期間は何かと各々のやりたいことを優先していたからな。
遊びに出かけた女性陣と比べて、最後までしっかりと試験を見ていた俺とガルドはガリ勉気質なんだろうな。
友達がいないことの裏返しかもしれん……悲しい。
彼女たちの着替えなどを待って、俺はテーブルを一つを確保した。
今日は試験終わりで学園内の自室に残っているクラスメイトは少数なので、集まっていて会話を聞かれることもないだろう。
程なくして全員が揃ったので、女性陣の今日の出来事を伺うことにした。
要約すると、ジュリエットを追ったが見つけられず、むしろゴロツキに絡まれて危ない目にあったと言うことだった。
その際まともに動くことができなかったことに対して彼女らはショックを受けているようで、随分気落ちしていた。
ジュリエットを追いかけた理由は、先日の一件があったことと、精神状態がぱっと見あまり良くなさそうだったかららしい。
その結果不審者に絡まれることになったのだが、最終的に一番怖いのは人間だったってことでOK?
とりあえずジュリエットの生存確認ができたことだけが収穫か。
あとジュリが一瞬触れていたが、ゴロツキの一人が紅い宝石を所持していたという話。
なんか最近それを目にすることが多いんだよな。
これはあとで話すか。
「まぁ無事でよかったよ」
「ええ……。
魔法が上達してるから勘違いしておりましたが、心の方はどうにも未熟なようです。
あとはジュリエットさんがご無事だと良いのですが……」
「そんなに心配しすぎても良いことはない。
悪い予感は当たるって迷信があるからな。
ジュリエットは今頃実家でのびのびやってるだろうよ」
「分かりましたわ。
そう考えておくことにします」
「おう、そうしとけ。
……ああ、そうそう。
事件関連なんだけど、今日学園内でも事件らしきことがあったんだよ」
「らしき?」
表現が曖昧なのは理由がある。
あれは全試合が終わって戻ってる最中のことだ。
なんか俺たちが試合を見ている間に騒ぎがあったらしくて、その内容に触れてる会話がそこかしこから聞こえてきたんだよ。
よくよく聞いてみると、どうやら学園に侵入者がいたらしい。
侵入者って聞いて思い当たる節があったけど、この時は一旦無視した。
それで俺たちは気になって、野次馬が集まってそうな方面に向かったんだ。
場所は校舎棟から図書館までの連絡通路のあたりだったんだけど、広範囲にすっぽり黒変してたんだよな。
なんていうか、そこに球体があったような感じだ。
まぁそれはどうでも良くて、問題はそこに学生が巻き込まれていたことだ。
「学生?」
オリビアが顔を傾ける。
俺とガルド以外は知り得ない話だから疑問は当然だな。
「ああ。
それが誰かまでは言及されてなかったんだけど、ある程度推定はできたんだよな。
今日見てた“騎士の部”の話なんだけど、一人不参加のやつがいてな。
それがゲイル=リヒト。
試験日に参加しないなんて大問題だから、巻き込まれたのはこいつじゃないのかって感じだな。
単に参加しなかっただけで他のやつって可能性もあるけどな」
「侵入者とは物騒ですね……。
ところで、そのゲイルさんはどうなりましたの?」
「ゲイルがどうなったかまでは分からないけど、襲われたやつは重症らしい。
あと目撃談のある侵入者の方が問題でな……」
「……?」
俺もこれを聞いた時は溜息が出た。
「そいつは、ピエロの姿をしていたそうだ」
俺とオリビアがリバーに接触した話はまだしていない。
なのでピエロと聞いてピンとくるのは、あとはソフィアラくらいなものだ。
「不審者以外の何者でもないなー。
それのどこが問題なんだ?」
問題は大アリなんだよな。
「えっと……そのピエロって多分、俺の知り合いなんだよな」
「はぁ?」
ジュリもガルドも驚いていたが、アルが一際素っ頓狂な声を上げていた。
……。
…………。
………………。
リバーが表立って動けない人間なこと。
彼らが護衛についてくれたおかげで俺とソフィアラが帝国やって来れたこと。
俺に殺人鬼退治を依頼したこと。
学園に侵入して俺とオリビアの前に現れたこと。
以上のことを掻い摘んで話した。
「あまり良い人間関係とは思えないな」
ガルドは俺の話を聞いてあまり良い顔をしていない。
変な友達とは連むなって俺もよく親に言われたもんだ。
……親か。
唐突に親のことを考えてみて、すごく懐かしい感じがした。
戻りたい気持ちがあるけど、今はまだ少しだけだ。
結構な期間この世界にてもそのような感情でいられるのは、俺がまだ旅行に来たような気分だからだろうか。
いや、戻れないと確定していないからかもしれない。
いざ戻れないとなった時、果たして俺はどうなってしまうのだろうか。
「まぁまぁ、有益な情報も落として頂いているわけですし、ガルドさんも落ち着いて。
その方がいなければ私たちは出会えていないわけですから」
ジュリがガルドを宥めている。
彼女も恐らく同じ心境だよな。
「そう、だな……。
クロ、偏見で気分を害してしまってすまん」
素直に謝罪できるのはすごいよな。
俺はどうしても逃げに走ってしまう。
「いや、俺も隠してたしな。
こっちこそ悪い」
「元はと言えば私の家のことだから、あなたたちが気負いする事はないわ。
でもクロとの縁を仲介してくれたことには感謝ね」
俺としても、リバーとヒースコート家がどういう経緯で繋がったのか知りたいところだ。
「ソフィさんはその人たちのことを詳しく知らないんですの?」
「多分クロの方が付き合いが深いから、クロの知っていることが全てね。
私はお父様の仕事の関係者という程度しか知らなかったわ」
「そうですか。
ではクロさん、もう少しその方との馴れ初めをお教えいただいてもよろしいですか?」
今更隠し事する仲じゃないし、全て洗いざらい話すとしよう。
試験も一段落して、ようやく話ができる状態だしな。
加えて、魔王崇拝教とも関連していることだ。
ここまでで俺の知り得た情報を確認する意味でも、言語化を進めていこうか。
「了解だ。
俺とリバーの出会いは、彼らが王国で行っている裏競売というものに参加した時だったな。
主に闇物資を王国に流しているという話だったんだが、あの頃の俺は考えなしに彼らの仕事について行ったんだよな。
多分、単なる興味本位でやっちまったんだと思う。
その辺は今になってちょっと後悔してる。
場合によっては、変な事件に巻き込まれて死んでたかもしれないんだからな」
「闇物質というのは?」
「内容までは分からない。
ただ、物資だけじゃなくて人間も多数流れ込んできているという話は聞いたな。
ここからは推測だけど、彼らは王国だけじゃなくて全ての国で暗躍している組織なんじゃないかと思う。
連邦に寄った時も何かしら動いていたみたいだし、彼らの最終目的地が帝国だったというのも、恐らくこっちに本部みたいなものがあるんじゃないかって俺は勝手に予想してる」
王国を発つ時、リバーは王国での仕事が一段落したと言っていたしな。
本部なんてものはないのかもしれないが、露天のおっさんが赤い宝石は東から流れてきてるって話をしていたんだ。
リバーの言う組織っていうのが魔王崇拝教っていうのであれば、色々辻褄が合ってくるんだよな。
これは俺が確証を得るための会話でもある。
「ところで、組織というのは……?」
「まぁそこに引っかかるよな。
先に俺の見解をいう前に確認したいんだが、ゴロツキの一人が宝石を付けてたってジュリが言ってたよな?
多分これと同じようなもののはずだ」
俺は懐から紅い宝石を取り出した。
トラキアで話を聞いて以来、俺が触れて来なかったものだ。
「ええ……形は異なりますが、その不気味な赤い発色は見間違いようがありませんわね。
恐らく同一の宝石かと思われます。
それはクロさんの持ち物でしょうか?」
「ああ、そうだ。
これは王国で手に入れたものなんだけど、俺が入手した時点では東から流れてきたものって情報だけだったんだ。
そんで俺とお嬢様がトラキアの首都に寄った時、これが魔王崇拝教なんていう組織の信者の証だって話を聞いたんだよな。
少なくとも、俺がその教団に属していることはないから安心してくれ」
「それは安心しました。
これ以上新しい情報は勘弁ですわ」
「そう言ってるとこ悪いけど、ここからが本題だ。
俺が帝国に来てから、この宝石を何度か目撃してるんだ。
覚えてるか、最初に俺たちが図書館帰りに死体を見たことがあっただろ?
あそこで殺された学生がこれと同じものを持ってた」
「それは、見ていませんでしたわね……」
「アルはしっかり顔を確認してただろ。
覚えていないか?」
「え、いや、あの時は驚きでそれどころじゃなかったぞ。
表情は今でも脳裏に浮かぶけど、宝石までは確認していないなー」
アルが他の面々に目配せしても、確認していた者はいないらしい。
なんだ、俺だけか。
あの時は衝撃が大きかったし、仕方ないかな。
「そうか……とにかく、その学生は宝石を所持していた。
俺たちの周りだとラウラも同じものを付けていたな。
よくよく確認すれば、これは色んなところに散見できるんだよな」
俺が宝石をぶらぶらさせながら言うと、皆これを見ながら動きを止めている。
今までの記憶を照会してこれと一致したもの探しているのだろうか。
反応を見るに、ヒットする記憶はないようだ。
「その宝石が魔王崇拝教のシンボルで、信者らしき人間が色々な場所にいる……と。
ここまでは分かったんだが、これが今日の事件と関わってくるのか?」
ガルドが知りたいのは、俺がリバーと関わっていることでメリットがあるのかどうか。
下手な関わりならすぐに手を切れと言いたいのも理解できるし、俺がその秘密を吐露したことの真意も計りかねているのだろう。
だから内容を吟味して伝える。
「こじつけかもしれないけど、俺の考えを聞いてくれ。
まずリバーは俺に殺人鬼の退治を依頼してきたことから、彼らの敵対関係が見える。
リバーは先日殺人鬼を始末しに来たと言っていたし、学園内で大々的に戦闘行為に至っていることからも、奴は殺人鬼とやり合っていた可能性が高い。
リバーが魔王崇拝教の所属で、その殺人鬼の片割れはゲイル……結構あり得そうな話じゃないか?」
「まぁ……なくもない話だと思うんだよ」
あれ、あんまりしっくり来てない?
俺としてはこれが一番可能性が高そうなんだけどなぁ。
「殺人鬼の狙いが魔王崇拝教の信者なら、リバーと敵対してるのも納得できる。
殺人鬼が二人組だったことも、ゲイルのパートナーが姉のネイルなら色々辻褄が合うんだよな」
これならどうだ?
「んー……」
オリビアは顎に手を当てて少し考えると、発言を続けた。
「まず、殺人鬼は属性魔法を使ってたんだよね?
ネイルとゲイルが殺人鬼なら、なんでその二人は“騎士の部”に出てるの?」
「うっ……」
確かに。
“騎士の部”に出場しているということは、属性魔法が使えないということだ。
「その結論に至るために、リバーが教団の関係者だということと、ゲイルが殺人鬼だっていう仮定が二つも重なってるんだよ。
一つだけだとまだあり得そうなんだけど、二つとなると厳しいかな。
だいぶクロの願望が混じってると思うのは私だけ?」
「うぅ……」
論破されてしまった……悔しい。
女の方の殺人鬼はネイルと髪色が似てる気がしたんだけどなあ。
ネイルの物を自由に操作できる能力も、今思えば殺人鬼のそれに似ていた気がする。
そんな気がするだけで、オリビアが言うようにこれは願望なのかもしれんな。
そうあって欲しいっていう感情が、記憶を改竄している可能性もゼロではないし。
もう一度リバーと接触できれば更なる情報を掴めるはずだけど、そう言えばこっちから接触する方法ってなかったわ。
以前もらったスクロールを使えば、あるいは……?
いや、やめておこう。
これは何か困った時に使うべきものな気がする。
安直に使っていいわけがないよな。
「なんにせよ、何かしらの組織が学園に入り込もうとしていることは事実だろう。
クロと敵対しない勢力ならオレは歓迎だが、そうじゃない場合は相手を考えないといけないな」
「そうだな。
これからはもう少し考えて行動するよ。
教会に楯突くような勢力だった場合も面倒だしな。
まぁ、俺から言いたかったのはこれくらいかな。
まだ何か付け加えることはあるか?」
あ……。
そういえばロドリゲスは魔人の子供を落札していたな。
あれは今どうなっているんだろう。
話すべき内容だとも思うんだけど、これを話すとソフィアラの立場がおかしなことになりかねん。
今更問題が浮上してきたな。
というより、問題を抱えていたことに気づいたって感じか。
まずいな……。
予想以上にリバーはおかしな組織に身を置いていると見える。
早急にコンタクトを取らないといけないな。
魔人を捕らえるってことは、魔人には与していないと考えていいんだろうか。
頭がこんがらがる。
この世界にはどれくらいの勢力が跋扈しているんだ?
俺たちも新興勢力という立ち位置だろうし、思惑が入り乱れて困るな。
「とにかく、何かしらの事態が進行中なのは分かりましたわ。
対処できるかどうかは別にして、知らないよりも知っているということは武器になります。
なので、どうでしょう。
みなさん一度私の実家へお越しになりませんか?
ここでは話せないこともあるでしょうし、私はまだジュリエットさんのことが気になりますの。
未だに学園内に殺人鬼が潜んでいるということなら、外の方が安全ではありませんか?
ここにいては息も詰まるでしょうし」
「お、それはいいな!」
アルが真っ先に反応した。
反対の意思を示す者はいない。
「ルー先輩の試合はどうするんだ?」
「その日は学園に戻ってきたらいいだけだぞ」
「ああ、それもそうか。
……というか、ジュリの実家にお邪魔してもいいのか?
俺みたいなもんは身分差なんか分かんないぞ?」
「お気になさらず。
実家と言っても私が与えられている邸宅ですので、家族と接触する機会はございませんわ。
ゆっくりとおくつろぎいただけるように準備いたしますので、これからでもいかがですか?」
娘に邸宅一つを与えるって、どんな財力だよ。
「別に構わないんじゃない?
急だけど、学園に残ってやりたいこともなかったんだよ。
ちょうど良い息抜きになるかな」
「誘ってくれるって言うなら、お邪魔するか」
俺も彼女らがショッピングに出かけてるのは羨ましかったしな。
そろそろクラスメイトもほとんどが学園を出ているし、危険な学園にいるよりは外の空気を吸ったほうがいいな。
と言うことで、俺たちはいそいそと荷物を纏めることに取り掛かった。
何日滞在するか分からないが、バッグに詰めれるだけの衣類を詰める。
「では参りましょうか」
セアドに外出の旨を告げて、俺たちはジュリの先導で目的地へ。
「あ、手土産考えてなかった」
人の家に行くのだから、途中でどこかの店にでも寄るとしよう。
▽
「こんばんは、マリア=イングリス」
夜警に出ていたマリアの元に、声が届いた。
しかし彼女は驚く素振りもなく、声の聞こえる方へ視線を移す。
月光によってある程度は光が差しているものの、一帯はあまりにも薄暗い。
そんな中で建物の影から声をかけたのは、丸いシルエットの男。
その彼が少し歩み出ると、顔の半分ほどが月光に照らされた。
一度見れば忘れもしない、顔を白く塗ったピエロの出立ちをした男だ。
「確か、リバーと言いましたか。
報復にでも来られたのですか?
こっ酷く撃退されたのが気に入らなかったのでしょうか」
マリアが煽るように言うのは理由がある。
あれは本日の昼間──
マリアは学園内警備の過程で、校舎棟付近に空間の揺らぎを察知した。
それは高度な結界に見られる痕跡のようなもの。
この痕跡を完全に消すのは難しく、どんな高度な結界でも常に発見される危険性を孕んでいる。
しかし発見されたからといって突破されるかどうかは別の次元の問題で、結界の作成者は状況に合わせてどこにリソースを割くかを考えなければならない。
発見されるリスクを低く──外部へのリソースを厚くすれば、結界内の効果は薄くなる。
逆に内部の結界効果を優先する場合は、今回のようにすぐに発見を許してしまうわけだ。
「このような場所で安易に結界を展開している愚か者は誰でしょうか。
それに皇帝がやってきている時期に起こっていることを考えると……」
いくつかの候補がマリアの頭に浮かんだが、この結界だけではどれも可能性は均等だ。
「ひとまず確認しましょう」
マリアは足元に転がっていた小石を拾い上げると、指先で弾いた。
小石は真っ直ぐに飛んでいくと、結界があるであろう地点で姿を消した。
「物理的な侵入は可能ですか。
であれば、やはり内部効果を優先しているパターンですね……ロード」
結界には多数の種類が存在しているが、その中でも特に多いのは敵を閉じ込めるタイプのものだ。
その場合外部からの侵入を制限していないことが多く、また侵入をフリーにしておくことで不特定多数を引き摺り込むことも可能になっている。
内部からの脱出は困難であり、初見で脱出条件を満たすことは難しいとも言われている。
脱出条件をあえて相手に伝えることで、リスクを上げて効果を高める方法がないわけでもないが。
しかしそんな結界にも対抗魔法というものは存在する。
そもそも結界というものは相手を隔絶したり危険な状況に陥れるために使われることが主だ。
だからこそ結界魔法は闇属性由来のものが圧倒的に多い。
闇属性であれば、光属性の対結界魔法は効果が発動しやすい。
他属性の結界であれば優位属性をぶつければ良いし、同属性なら力量の差で押しつぶすことも可能。
結界魔法はかなりピーキーな能力を発揮するシロモノなので、使い方を間違えればまともな効果さえ発揮されない。
そんな結界魔法が正しく存在しているということは、ある程度の力量の人間が魔法を発動しているということに他ならない。
マリアは両手を前にして、結界を覆い隠すようにマナを流動させていく。
「ディスペル」
覆い切ったタイミングで、マリアは魔法を発動させた。
結界は卵殻のように砕け、中身が露わになる。
「何者……!?」
それはリバーが今にも敵を──ゲイルを殺そうとしているタイミングでの出来事だった。
血塗れで横たわる生徒と、ピエロ姿の奇人。
マリアがどちらを敵と見做すかといえば、当然後者だ。
そのまま高速で彼らの間に割って入ると、迷うことなくピエロへ。
金属音が響き、マリアの棍とピエロ──リバーの鉈が鍔迫り合う。
「外部の人間がここで何を?」
二人が顔を突き合わせるような距離で言葉を交わす。
「良いところで邪魔を……。
言っておきますが、あなた方にデメリットのある行動をしているわけではありません、よ!」
リバーが勢いよく鉈で弾いて距離を取る。
マリアはそれを受けて軽く仰け反りながらも、ステップを踏む。
そして学生を背後に抱える形でリバー見据える。
「どうやって入り込んだかは分かりませんが、ここで処分させていただきます」
無感情に、そう言い放つ。
「それは困りますねぇ。
私としては是非ともそこの殺人鬼を消し去りたいところなのですがね……」
「この学生が殺人鬼と?」
マリアは学生に目を向けるが、全身は血に濡れており顔面も把握の難しい状態だ。
顔面に損傷があるわけではなく、ただ血みどろなだけだが。
「この状況から逃げ出したい一心での発言ではありませんよ?
実際にそこの学生が殺人を犯して死体を埋める様も目撃しております」
さて、マリアはこのピエロの発言をどこまで信用して良いか迷うところだ。
侵入したからにはその手段があるし、目的があるはずだ。
外部の人間であれば、殺人鬼のことは知らないはず。
いや、隠れ潜むことが可能なのであれば情報収集は可能か。
少なくとも、この男の言葉を信用する根拠はない。
状況証拠だけで言えば、間違いなく敵だ。
しかしマリアは妙な違和感を拭いきれない。
この男を殺してはいけない、そんな気がするのだ。
で、あれば。
「殺さない程度に遊んで差し上げましょう。
早いうちに降参することをお勧めします」
この男が抱えているであろう何かしら重要な情報を聞き出すべきだ。
心を折りさえすれば、記憶を引き出すことができる。
その上で記憶の改竄までできようものなら、手駒として操ることすら可能になってくる。
「それを慢心からではなく純粋に言っているのが恐ろしいところですねぇ。
マリア=イングリス、あなたとここでやりあうつもりはなかったのですが……ここまでマナを拡散されると動くに動けない。
さて、どうしたものやら」
マリアは結界を壊すと同時に、過剰なほどのマナを放出させていた。
リバーにはそれが重くのしかかる形で展開されている。
空間支配さえされていないものの、あまり良い状況とは言えないのがリバーだ。
どうしたもこうしたも、マリアがやる気なので戦わざるを得ない状況は変わりないのだが、それでも相手が悪すぎる。
光と闇でお互いに特攻とはいえ、どう転んでも被害は避けらないのだ。
リバーがマリアのことを知り得ているのは、そもそも彼女が魔人陣営のマークされているからだ。
中央大陸で暴れ回る彼女は、そこそこに魔人たちのヘイトを買っている。
それ以上に、ここ最近リバーがクロの周囲を秘密裏に嗅ぎ回ることで情報を得ている。
そういう経緯もあって、マリアが油断ならない人物だということは明らかだ。
「私の疑問を解消できれば殺さずに返して差し上げることもできるでしょう。
ですが、それはあなたが私に恭順であればこそ」
優しげで、それでいて冷酷な言葉をマリアは投げかける。
愚か者であればこれを好意に取るのであろうが、リバーはそうではない。
最後通告とも言うべき選択肢を突きつけられ、彼は覚悟を決める。
「どうせやられるなら、というやつですか。
若者でもない私がこのような蛮勇を振るう機会が訪れるとは、人生とは奇妙なものです」
リバーはやれやれと言った様子で姿勢を低くする。
いつでもどうぞ、といった彼の意思をマリアは受け取る。
「一つ勘違いを正しておきましょう。
先程結界を壊して分かりましたが、あなたは闇属性を使うようですね。
知るか知らぬかは存じ上げないですが、私は光属性」
知っていますよ、とリバーは内心で独りごちる。
会話とは、つまりは情報戦。
リバーは無駄に情報を落とす愚を犯さない。
話したければ話したいようにさせるのが、適切な判断と言えよう。
リバーはマリアがこの時点で何か準備しているような感じは受けないのだが、時折会話すら攻撃手段として用いてくる者もいる。
言葉を用いたスキルを体現している者が良い例だ。
だからリバーは、完全に安心しきって話を聴いているわけでもない。
「私が光属性と理解した上で、あなたは闇属性の攻撃が通りやすいと判断されていると思います。
では私が闇属性においてあなたよりも優れているとすればどうでしょうか……ロード」
マリアの足元には、黒い魔法陣。
「……!」
リバーは可能性として考えなかったわけでもないが、実際にそれを目の当たりにすると少しは動揺してしまう。
「流石にここまでは知りませんか。
あなたがどのような経緯で私の情報を得ているかという部分も気になるところです」
マリアはリバーの反応を目敏く見抜くと、それだけで彼から情報を掬い上げる。
まずいな、とリバーは言葉に出さずに不快感を滲ませる。
状況が非常に悪いことを理解し、リバーは即座に考えを改めた。
やるかやられるかの次元ではなかったのだ。
いかにやられないか。
状況はここまでシフトした。
ふぅ、とリバーは呼吸を整える。
「非常に嫌な気分ですよ、まったく……」
こうして第二部とも言えるリバーの戦いが始まった。
──話は冒頭へ戻る。
「闇属性だけで言えば流石に私の方に軍配が上がりましたからねぇ。
闇が深い今なら、あなたの光属性もそれほど脅威ではないでしょう……。
しかし私はそのような話をするため訪れたわけではありませんよ」
「対話を所望ですか?」
「ええ、そこに偽りはありません。
このような格好で言っても信憑性はないでしょうが」
自覚があったのかとクロからツッコミが入りそうな発言は置いといて。
「そうですか。
では念のため、マナだけは広げさせていただきますね」
「どうぞお好きに。
自ら首を絞める行動をもって、私に敵意がないと判断して頂ければ」
そこまで言うのであればと、マリアは過剰にマナを放出していく。
圧倒的なマナの量は、次は逃すつもりはないと言っているかのようだ。
リバーはこれには動じず、力を抜いた姿勢を保っている。
有利な状況を作り、彼の様を見てようやく、マリアは安心して対話に臨む。
だが、これだけでは足りない。
「あなたの立場、目的、私へ提示できるメリットを述べてください。
そうすれば私もあなたの対話に応じましょう」
「少々あなたに利が大きすぎるとも思いますが、ここまでされては最早私はまな板の上の鯉といったところ。
有益な関係を築けることを期待しましょう」
二人のやりとりに、大して時間はかからなかった。
その後リバーが無事に闇の中に消えていったことは、彼の期待が成就したということを意味しているのだろう。
そしてマリアも、何事もなかったかのように業務に戻っていった。
二人が出会ったからといって、何かが劇的に変わったわけではない。
それで殺人鬼が消えることもなかったし、リバーが学園内から去ることもなかった。
それでも、いずれ起こる事件に向けて状況は着々と変化し続けるのだった。