第116話 軋轢
ソフィアラの試合を見た後の帰り道──
「お嬢様は医務室経由でも戻ってきそうだから、まだ会えそうにないよな?」
「他の方々は戻っておられるでしょう。
それぞれの見た試合の内容も聞きたいですから、戻って待つのがよろしいですわね」
そうして共有スペースまで戻ると、まず目にしたのは人だかりだ。
うめくような声も聞こえ、十人程度が何かを取り囲んでいる。
嫌な予感しかしない。
違和感を感じつつもそちらを覗くと、机に突っ伏して大号泣しているジュリエットの姿があった。
みんな声をかけづらいのか遠巻きに見ているばかりで、その惨状は長く続けられているであろうことは容易に想像できた。
ドン引きした様子のクラスメイトは、俺の顔を見るなり安堵の表情を浮かべる。
「まさか……」
やめろ、救世主登場とか言うな。
俺はクラスの面倒事処理機じゃない。
どうやらみんなの視線もとい民意は、俺の介入を促しているらしい。
冗談じゃないよ、全く。
泣いてる女子とか、一番触れたくないのに。
「はぁー……」
俺は半ば溜息混じりの気合を入れて、ジュリエットに声をかけた。
腫れ物にでも触れるかのように。
「おーい、ジュリエット。
どうしたんだ?」
俺の声を聞いて、ジュリエットがピクリと反応した。
そしてのっそりとこちらを向く。
あらら、こりゃまたひどい顔だ……。
「うっ……」
「う?」
さらに崩れる表情。
良い未来が見えない。
「うわぁあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!」
まぁ、そうなるよな。
また突っ伏してしまった。
こういう時の良い対処法って何ですか?
教えてくれアラマズド!
「おいおい、どうしたんだよ?
何か悲しいことでもあったのか?」
大方腕試し関連だろうけど、このままにしておいても埒があかないから切り込んでいく。
「ゔぅぅ……!」
俺がどうしようもないという様子で両手をひろげると、クラスメイトもやっぱりなという様子で息を吐いた。
そこから色々質問を投げかけるも、一向にまともな返事が返ってこない。
俺らがそうやってアタフタしていると、次なる救世主の姿が。
「あ、お嬢様、良いところに!」
まっすぐ歩いているし、傷をかばうような動きもないことから、負傷は完治させて戻ってきたようだ。
「なに……って、そういうことね」
理解が早くて助かります。
ソフィアラは徐にジュリエットに近づくと、首元を引っ張って無理矢理立ち上がらせた。
「えっ、なんなの……!?」
「ちょっと来て」
「え、え……」
「いいから」
そう言うと、ソフィアラはジュリエットを強引に連れ去ってしまう。
「いいんですの?」
「さぁ……?」
ソフィアラはそのまま共同スペースの端、俺らの声が届かないところまで行ってジュリエットを解放した。
放り出される形で地面に転がるジュリエットの姿は、貧弱な子羊のようだ。
今にもソフィアラに食べられそうな印象さえ受ける。
あとは任せるしかないな。
それから俺たちは彼女らの姿を視界の端に映しながら、椅子に座って談笑に耽っていた。
なぜジュリエットが泣いていたかは誰に聞いても要領を得ず、とにかくこちらに戻るなり泣き始めたんだとか。
そんなに腕試しは上手くいかなかったのだろうか。
試合を見ている連中の話では、そんな悪い印象を受けなかったようなんだがな。
精神的ケアなんて俺の扱える範疇を超えているからな。
大丈夫かねぇ?
そんな俺たちの心配をよそに、
「何を泣いてるの?」
ソフィアラはジュリエットを詰めていた。
「……」
「話さなきゃ分からないでしょ?」
「……話したくない」
「じゃあ何故あんなところで泣いていたの?
泣きたいなら自分の部屋で泣いたら良いじゃない。
それを態々みんなの前で泣くって、構ってほしいってことでしょ?」
「ち、違うもん!」
ジュリエットは涙を振り乱しながら立ち上がり、叫ぶ。
痛いところを突かれて逆上したのだ。
「じゃあ何故?」
「ソフィアラちゃんに言っても分かんないよ……!」
ジュリエットは尻窄みながらも抵抗の言葉を口にする。
「はぁ……。
じゃあ誰なら分かるって言うの?」
ソフィアラは呆れたように息を吐いた。
そんな様子に、ジュリエットは苛立ちが募る。
ジュリエットはこれが間違った感情だと分かっているのに、何故か引き下がることができない。
引き下がることは自身の非を認めることにつながるからだ。
「誰にも分かんない!
ソフィアラちゃんとか恵まれた人たちには、私の気持ちなんて理解できないの!」
腕試しは上手くいかなかった。
せっかくクロに面倒を見てもらったのに、想定の半分も力を出せなかった。
それが悔しかった。
努力が、結果という形で表れなかった。
そこに自らの限界を感じてしまった。
今後も何もかもうまくいかないことを示唆しているような結末に、心底絶望した。
そこへ追い討ちをかけるように、クラスメイトは慰めの言葉を投げかけてきた。
「惜しかったね」だとか「努力をしたと思うよ」だとか、一体私の何を知っているんだという話だ。
腕試しの結果は惜しくもなんともないし、結果を出せるほど努力をできたかと言えばそうでもない。
ジュリエットはそう感じてしまっていた。
自身への評価と、周囲の評価がずれているのだ。
主観的に見ているものと客観的に見ているものの齟齬が生じるのは当たり前で、むしろそれらが一致する方が珍しい。
ジュリエットは、そんなことまで理解が及ばなかった。
今はただ、投げかけられる全ての言葉が憎かった。
お前は努力をしていないんだからそうなるのは当たり前だろう、そう言われた方が自身を理解してもらえている気がして心が軽くもなるものだ。
だが、泣き喚く彼女にそんな辛辣な言葉を投げかけられる人間はいなかったし、頼みのクロでさえ同じ言葉を吐くんじゃないかと怯えて顔を見ることが出来なかった。
そしてこの女──ソフィアラも何の意図をもって近づいてきたかは知らないが、大方目障りだから黙らせたいのだろうとジュリエットは推測した。
こんな時、全ての考えがマイナス方向へシフトしてしまう。
「何が言いたいの?」
「ソフィアラちゃんは何でも上手くいって、クロくんみたいなすごい人に守ってもらえて、折れない心を持ってる。
そんなの、ズルすぎる……眩しすぎるよ……。
だからそんな人に理解して欲しいなんて思わないし、無理して理解しようとしなくていいの!」
「そう。
でも、そうやって他人を拒絶して何になるの?」
あくまで冷静に話し続けるソフィアラに対し、ジュリエットは自分が下に見られている気がして歯噛みする。
「何に、って……そんなの分かんないよ!」
「分からないのに喚いてるの?」
「……ッ!」
パン──
突如乾いた音が響き、これを見守っていた連中はみな驚愕した。
ジンジンとした頬の痛みは、ソフィアラに起こった事実を伝えてくる。
ジュリエットは我慢できなかったのか、思わず手が出たのだ。
しかしそれを行なった本人もびっくりしている様子。
「……満足した?」
「また、そうやって……!」
今のジュリエットは何をやっても毒にしかならない。
それでもなお真っ直ぐ射抜いてくるソフィアラの視線にジュリエットは耐えきれなくなり、
「もういい!」
その場を逃げ出した。
周囲の痛々しい視線を浴びながら、ジュリエットは無様に遁走した。
手まで出してしまっては言い逃れ用のない敗北だ。
ソフィアラはジュリエットの向かった扉を見て軽く一息つくと、クロたちの元へ歩き出した。
英雄の帰還に、一部始終を見ていたクラスメイトがざわめく。
「お嬢様、大丈夫ですか……?」
赤い頬を引っ提げて返ってきたソフィアラには、誰しも同情の視線しかない。
「失敗したわ」
あれは誰が見ても交渉が決裂した有様だった。
しかしその内容に言及する者はいない。
「治癒魔法掛けます?」
「いい、大丈夫」
「痛そうですけど?」
「いいの」
口調からも表情からも、ソフィアラが憤っているような様子はない。
大丈夫というのなら大丈夫ということにしておこう。
「そう……ですか。
なんか任せちゃってすいません」
「友達付き合いって」
「?」
「難しいわね」
呟くように言葉を漏らしたソフィアラを、クロたちは不思議そうな目で見つめるのだった。
▽
ここは図書館裏のデッドスペース。
裏口が解放されていた頃には人通りがあったこの場所も、裏口が閉鎖されてからは人がわざわざ寄り付くような場所ではなくなっている。
どうにも換気を頻回に行うことで蔵書が痛むとかなんとかいう理由で閉鎖されたらしい。
すぐ側に雑木林が広がっているし、裏口の存在すら知らない者も少なくないだろう。
「どいつもこいつも浮かれてやがる」
ゲイルは嘲るように言うと、側に転がっている死体の一つからナイフを引き抜いた。
ズ……プ……。
額に穴を穿たれたそれは一瞬だけピクリと跳ねたが、それ以降もやはり物言わぬ肉塊らしく動かないままだ。
隣には小柄な死体がもう一つ。
こちらは喉を掻っ捌かれて命を失っている。
目を見開きながら両手で喉を押さえている様は、どうにも痛ましい。
彼らは一年生の腕試しが行われている裏で不純異性交遊にかまけていたところをゲイルに狙われたのだ。
なにもこういったカップルは彼らだけではない。
特に多学年の試験が行われている間は、腕試しの相手に当てられていない上級生にとって絶好のフリータイム。
特に最近では殺人鬼騒ぎのために男女で生活空間を共にしているということもあって、誰もがみなそっち方面の欲求を溜め込んでいるのだ。
付き合っている相手のいない学生ならまだいい。
むしろキツい生活を強いられているのはカップルの方だ。
彼らはすぐそばに愛を確かめる行為が転がっているにもかかわらず、おあずけを食らっている状態だ。
それが長引けば長引くほどに、欲求は天井知らずで膨らみ──
「脱ぎ散らかして無様なもんだ、反吐が出る」
──行為に至らせてしまうというわけだ。
とりわけ十代の後半というのは多感な時期。
危険を冒してでも欲求を満たしたくなるのは自然な流れなのだろう。
「それにしても多すぎるな。
この学園はどうなってやがる……?」
ゲイルは絶望に染まり切った死体の表情を見て呟く。
本来のターゲットは女の方だけだった。
その胸元には妖しく赤い光を湛える宝石が。
男の方はただそこに居合わせたという理由で、逃げられても応戦されても面倒だったので女より先に始末した次第だ。
まずは獣のように腰を振る男の延髄を強打し昏倒させ、続いて異常に気がついた女の首を掻き切って魔法の発動を封じた。
女はこれだけで致命傷だったようで、くぐもったような声を上げながら苦しみのままに息絶えた。
男は意識を失った状態で脳天をかち割られて絶命した。
こちらは一瞬だった分、女のような苦しみはない。
性的快感を得ながら迎えられる最期というものは幸せなものなのではないだろうか。
ゲイルはかぶりを振ってそんな下らない思考を払拭しつつ、二つの死体の首元を掴んで運び出した。
ちょうど都合よく雑木林が隣接しているので、死体の遺棄も容易だ。
そのまま血痕が残ることも気にせずそれらを引き摺っていくと、雑にそれらを放り出した。
ドサリと音を立てて身体が異常にねじ曲がった状態で転がる二遺体。
「面倒だが、まだ時間はあるな」
そう呟くと、魔法で作り出して地面を掘り返す。
「そういえば回収がまだだったな」
ゲイルは途中で何かを思い出したように女の死体に近づくと、胸元の宝石を乱暴に剥ぎ取った。
「チッ……随分と溜まってやがる」
宝石と女に視線を行き来させ、ゲイルは胸糞悪そうに吐き捨てた。
それから半刻ほどの時間をかけて一仕事を終え、嘆息する。
今回は労力も少なく、犯行を行う場所も申し分ないものだった。
先日ネイルがクロカワとやり合った時は、夜間ながら学園側の追手を撒くのに苦慮したと聞いている。
しかし今回は試験や警備のために多くの教員が出払っている最中だ。
前回の殺人以降あまり外出する学生もおらず暇を持て余していたネイルとゲイルだったが、今日に至って漸くターゲットを屋外で捕捉できたのだ。
ターゲットとは、魔王崇拝教徒の証である赤い魔石を所持している人物。
タブロ村から始まった厄災を終わらせるのが二人の務め。
ゲイルはそれを憎々しげに眺めると、ナイフを振るって叩き割った。
パキン──
生じた音だけは呆気のないもの。
だが、魔石の中から渦を巻いて放出され始めたドス黒いマナには生命の危機を感じずにはいられない。
触手を持つ生物のように、何かを求めるようにマナは蠢く。
ゲイルは一歩引いて、マナが空中を彷徨う様を見つめる。
これまでゲイルが何度も見てきた光景だが、時を追うごとにその異常性は増してきている。
初めこそ霧散していくだけだったマナも、今では一個の生命のような振る舞いを見せてきている。
そのまま暫く眺めていると、最終的には諦めたように消えていった。
それを見届けて、漸く一息つくことのできたゲイル。
しかしそれも一瞬のこと。
ヒュン──
風を切る異音に気がついたゲイルは身を低くして飛来する物体を回避した。
それは背後の樹木に突き刺さって動きを止める。
よく見ればそれは、薄汚れた鉈のような形状をしている。
「誰だテメェは……!」
ゲイルの視線は、枝を踏み折って歩み寄る人物に向けられている。
「いやはや、何とも酷いことをしてくれますねぇ?
せっかくの信仰が台無しじゃないですか」
ピエロの装束に、不気味な笑み。
どれだけ警戒をしてもし足りない存在がゲイルの目の前に居る。
「こいつの仲間か……ロード」
こいつとは、土の下に埋められた女のこと。
それと同時に、目の前の男のピエロ姿から以前のクロカワの変装を関連づけた。
外部からの侵入は現実的ではないため、この男も学園の関係者だろうと当たりをつける。
「おやおや、物騒ですねぇ」
リバーは黒い魔法陣を見て、思ってもないことを口にする。
「テメェから仕掛けてきたんだろうが……」
ゲイルは苛立ちを隠しもせず、それを言葉に乗せる。
「まずはお話でもしようではありませんか。
私はリバー、以後お見知り置きを。
最近では専ら、魔王崇拝教の広報などを主な活動内容としております」
「ハッ、それは好都合だ。
テメェもここで消してやるよ」
「良いですねぇ、イキのいい輩は嫌いじゃありませんよ。
あなたが件の殺人鬼の片割れで間違いありませんね?」
片割れと聞いて、ゲイルが一瞬ピクリと反応した。
「さぁな」
それでも努めて平静を装う。
恐らくゲイルに関してある程度の情報を握られていることが確認できた。
しかしそれと同時に、このリバーという男が学園、ないしはクロカワ及びその周囲と繋がっているということも薄らと理解できる。
「まぁ良いでしょう。
聞いていた通りであれば、使用する魔法は闇属性のみのはずですね。
その程度では恐るに足りませんね。
さてさて、あなたを殺す前に一つだけお聞きしますが……ラウール=ラミナという人物はご存知で?」
「……話す気はねぇな」
ゲイルはリバーがタブロ村についてどのように理解しているかが疑問だ。
そもそもゲイル本人のことを知り得ているのかどうかも甚だ疑問である。
外套で全身を覆っているから個人識別までには至っていないはずだが、リバーが学園側の人間だった場合には非常に面倒くさいことになる。
ゲイルをゲイルと認識していない上での質問だったのであれば、何かしら探りを入れているのだろうか。
とにかくこの男に情報を渡しても良いことがないことは確かだ。
「いえいえ、その反応だけで十分です。
では殺し合いましょうか」
誰もやってこない林の中で、闇属性の衝突が始まる。
▽
今日は俺とガルドで行動している。
女性陣四名とは別行動だ。
どうにも行きたいところがあるらしい。
一応六日目の腕試しも見学できるけど、まぁ自分の試験が終われば実質休日みたいなもんだしな。
試験後一週間は試験後休みとしてフリータイムとなっている。
各学年の試験が一週間ごとに行われていくため、休みの期間を使って覗けるのは一つ上の先輩の試験だけだ。
ルー先輩の試験だけはみんなで見にいこうという話になっているため、そこだけは予定が埋まっている。
だがその他は自由行動だ。
俺はクラスメイトの試験を見たかったのと、ガルドがどうしても見に行きたいというので彼に帯同している。
六日目に出場しているクラスメイトは二人。
こう見ると、案外属性魔法が使えないやつって多いんだよな。
「属性魔法の試合と違って動きが激しい分、こっちは見応えがあるな」
「ああ、まったくだ。
属性魔法とは違って、剣技や肉体能力だけであれば上級生とも対等に戦えるのが“騎士の部”の特徴だろう。
身体能力ではオレたちよりも彼らに軍配が上がるな。
踏み込みだけを見ても、一歩の重みが桁外れだ」
この六日目の腕試しの存在から、最初の五日間は“魔法の部”、六日目は“騎士の部”と区分されている。
騎士の部では、武器や肉体技術の応酬と、それを補助する強化魔法が特徴的だ。
時折見られるような特殊系統の魔法を使用している試合では、動きが異次元すぎてもはや何が何だか分からなくなる。
これが俗にいう“ヤ○チャ視点”というやつなのだろう。
「だよなぁ。
なんでああいう風に紙一重で攻撃を回避できるか分からん」
「細やかな筋肉の動きが美しかった。
足首の捻りだけでも、それを上半身全体に行き渡らせられるほどのしなやかさは恐れ入る。
オレの場合は魔法そのものよりも肉体技術に重きを置いているから、一度彼らの教えを仰ぎたいと思っている」
「それはいいな。
基礎づくりのトレーニングだけでは俺も飽きを感じていたところなんだ。
魔法部門の試合を見ても、一発で決め切れるような試合は少なかったしな。
それに比べて“騎士の部”は一瞬で勝敗がつくようなピリついた状況が多い。
案外、戦況を左右するのは肉体能力なのかもな」
「そこには激しく同意だ。
オレが風属性を使っていると、魔法に振り回される場面が多々あるんだ。
そういうのは肉体の基礎が不十分なことを意味していたのかもしれん」
「何事も一つの側面だけを見てちゃダメってことか。
……それにしても、さっきのダンテの動きは凄かったな。
なんというか、一発一発の拳が重くて破城槌みたいなイメージを抱いたぜ。
それを軽くあしらう先輩も何者だよって感じだったけどな」
ダンテはその鍛えられて角ばった肉体を使って、拳で戦うタイプだった。
マントを羽織っているのも何事かと思ったが、装備に強化魔法を掛けたりして運用しているのが見てとれた。
武装強化の魔法らしく、戦士の間では結構一般的なんだとか。
翻るマントと武器の組み合わせだと動きにくいかもしれないから、拳を使った戦闘スタイルは理にかなっているのかもしれない。
「魔法とは違って如実に戦い方に差が生まれるのが良いな。
どれを取っても魅力的な戦法がある」
「試合後だけど、ダンテに話を聞きにいくか?
あとはヨハンも暇してそうなら会いたいな」
「ああ……いや、少し待ってくれると助かる」
「まだ見たい試合があるのか?」
俺もそんなに急いでいるわけではない。
試合も冗長にならないし、出場者も多くないから拘束時間は少ない。
だが試験が一時間区切りなところ、これがいただけない。
次の試合までの待ち時間が暇になってしまうからな。
購買部が出張ってきて食事にありつけるから、そこまで不満はないんだけども。
「入試で危険視していたネイルがいただろう?
あとはその弟とされているゲイル。
彼らの動きも見てみたくてな。
予定表を見たら、どうやらその二人は“騎士の部”に出るみたいだからな。
ネイルはちょうど次に登場することになっているようだ」
「入試で殺し屋だとかなんとか言われてたしな。
でもこの間ネイルと会ったけど、そんな感じは全然しなかったぞ?」
あれは確かソフィアラの試合後だったな。
「本当か?」
「ああ、ちょっとぶつかっただけなんだけどな。
俺の印象としては溌剌な美少女って感じだった。
あんな娘が殺人を犯しているなんて考えにくいってのが正直な感想だ」
「それなら考えすぎだったのかもしれないな。
殺しを常としている人間なら盗めるものがあると考えだったんだがな」
「そうそう殺しを生業にしている人間なんていないだろ?
そんな奴が入学できるとも考えにくいし。
あー……でもそうか、殺人鬼がまだ潜んでるんだったな」
「先輩の中にはそういう家系に育った人間がいるようだぞ?
犯罪者に特化した機関に所属しているとか何とかという話を聞いたことがある」
犯罪者専門の殺し屋か。
物騒だけど、この世界では普通なのかね。
殺し……嫌な響きだ。
地球なら犯罪者にも人権が云々って話が出そうなもんだけど。
「ところで、犯罪者ってどうやって立件するんだ?」
「ディテクト系の上位互換の魔法があるらしい。
犯罪歴から何から明らかになるそうだ。
あとは闇属性に記憶を読む魔法もあるようだ」
マリアの使ってた記憶改竄魔法とかその系列か。
その辺りの魔法を使われたら俺も犯罪者として捕まってしまうのだろうか。
「ま、まぁ、何にせよ見て盗めるものがあれば良いな」
「オレも武器を使った戦いも会得しておかなければならないからな。
この間の腕試しで痛いほど思い知らされたよ」
ガルドは先日の腕試しで二年生の風属性魔法使いと当たった。
その際、相手が武器投擲と風魔法の組み合わせで攻めてきてガルドは手も足も出なかったのだ。
近接戦闘に重きを置くガルドにとって、遠距離攻撃は分が悪かった。
その上で空間干渉もできないので、風属性お得意の範囲攻撃が封じられてしまっていた。
あとはジリジリと削られてお終いというパターンだった。
ガルドとしても悔しい結果だったが、それよりも学ぶことが多かったようでそこまで残念がってはいなかった。
みんな何かしらの収穫を得ているらしい。
そうやって前を向いていける奴らも多い中で、そうじゃない者も少なくはない。
奇跡的にというか何というか、俺たち六人の中で極端に凹んでいる者はいない。
ジュリの気持ちが少しダウン気味だったが、それはソフィアラや他の女性陣がケアしてくれている。
そんな感じで、俺らのグループはまだ良かったんだ。
問題だったのはジュリエットだな。
ソフィアラとの一件以来、誰も彼女の姿を見ていない。
聞いた話では実家に戻ったということらしいが、試験後休暇明けにはちゃんと戻ってきてくれるのだろうか。
あれは俺がソフィアラに任せた一件だから、俺の責任でもあるんだよな。
不登校になったりしたら心配だ。
そんな不安を抱えつつ、俺たちはネイルの試合を待つ。
▽
「皆さんと外出できて少し心が晴れましたわ」
「ジュリは心配性だなぁ。
この時期の勝ち負けなんて関係ないだろ!」
「そう、ですけど……。
それでも失敗した記憶は強く残るんですわ」
「いちいち感情を揺らしすぎなんだよ」
試験六日目の本日、女性陣四人──ソフィアラ、オリビア、アル、そしてジュリは試験を終えられた解放感からショッピングに出かけていた。
本当のところは、心の折れ掛けていたジュリを元気にするという名目だ。
これには思いの外ジュリも楽しめたようで、腕試し以来翳っていた彼女の表情に若干の明るさが戻っていた。
彼女らが歩いているのは貴族の領地が集まる貴族街方面。
そちらに行くほど高級店が多くなるが、治安も良くなっていく。
「次は衣類を見るんだよ」
そうしてやってきたのは、女性モノの衣類を扱う高級店。
「うちは別に服装に興味ないからな」
「アルはもう少し女の子らしい服装を心がけた方がいいと思うの」
「この制服でさえ股がスースーして気持ち悪いのに、スカートとかはごめんだぜ」
「アル、はしたないわ……」
各自興味のあるゾーンをぶらつく。
こういった高級店は一見さんお断りが多いが、学園の制服だけでパスできる場面も多い。
それ以前にオリビアやジュリだけで顔パスなのだが。
「ソフィさん、どういったものをお探しで?」
「動きやすいものが何着かあればいいわ。
学園にいたらそんなにオシャレする機会もあまりないからね」
「そんなことは仰らずに、こちらは如何ですか?」
ジュリはいくつか見繕って持ってきた。
「黒系統はあまり着ないのだけれど」
「試着だけですから。
さ、ソフィさんこちらへ!」
ソフィアラは言われるがままに試着室へ誘われ、ジュリによる着せ替え人形タイムが始まった。
「あらあら、素敵ですわ」
まず試着したのは黒のパーティドレス。
一気に大人っぽさが増す。
「そ、そう?」
「髪を上げますと、更に映えますわ。
これは良いですね……次、行きましょうか」
「え、ええ……」
ソフィアラはここから起こる事態に不安を覚えつつ、次のものに袖を通す。
それからというもの、着替えるたびに新しいものが現れ、ジュリの目を保養させていく。
「次はこちらでお願いしますわ!」
「いつまでやってるんだよ。
ソフィも疲れてるじゃない。
可哀想でしょ」
「私は今、ソフィさんの可能性を追求しているんですわ。
邪魔しないでくださいまし!」
血走った目でジュリはオリビアに力説している。
オリビアはそんな様子にやや引きつつも言葉を続ける。
「腕試しのことで凹んでたんじゃないの?」
「そんなこと、今はどうでも良いことですわ!」
くわっ、と見開かれた目は正常な人間のそれではない。
「ジュリが元気になったのならよかったわ……」
遠い目で答えるソフィアラと側に山積みになった衣類からは、ジュリの狂気を感じる。
「ソフィ、甘やかしたらダメなんだよ。
こういう輩はすぐつけ上がるんだから、言う時はガツンと言わないと」
「そうだぞジュリ。
うちの買いたいものはあんまりなかったし、小腹が減ったからそろそろ次に行きたいところだ」
「も、もう少しだけ……!」
「ダメ」
「そんなご無体な……。
オリビアさんもアルさんで遊べばよろしいかと!」
「遊ぶとかいってるし、もう精神がまともじゃないんだよ」
「オリビアさんもアルさんも、本当に買いたいものはないんですの?」
ジュリは何としても時間を稼ぎたいらしい。
「あー、オリビアは合うサイズが無いって──」
「アルの馬鹿は何を言い出すんだよ!」
唐突にブチギレたオリビアが両手でアルの顔面をわやくちゃにする。
「なんだよ、事実を言っただけだろ!
さっき自分も言ってたじゃねーか!」
「そうだけど、わざわざ言わなくても良いことなんだよっ!」
アルの顔面を引っ掴むオリビアと、オリビアの顔面を押して払い除けようとする二人の姿は見にくいったらありゃしない。
「こんな場所で暴れないでくださいまし!
出禁にされますわよ!」
「なんでもいいけど、もう制服に戻ってもいい……?」
「ソフィさん、まだノルマが残ってますわよ!」
他の客が遠巻きに彼女らの醜態を見る中で、相変わらず騒ぎは収まらない。
「オリビア、顔は危ないからやめろよな!」
「アルがいらぬ口を叩かなかったら、こうはなってないんだよ」
「だって事実だろ?
こんな大人っぽい店にはオリビアサイズの服はねーっての」
「むっかー!」
「時間がかかるなら別行動にしてもいいぞ?
うちとオリビアは別の店に買い物に……って、あ!
そういえば買いたいものがあったぜ」
「なに? ここで?」
「どこでもいいんだけど、最近胸がキツくなってるから下着が欲しかったんだ」
「は?」
オリビアの時間が止まる。
「聞こえなかったのか?
胸がデカくなってきて下着が合わなくなってるんだって。
こんなものデカくたって重いだけで邪魔なのになー」
「えっと……ちなみにサイズは?」
恐る恐るオリビアは質問を投げかける。
「今の下着はEだから、次はFになるんだろうな」
「しね」
「ひっど!」
「ソフィ、こいつは私たちの敵なんだよ。
こっちはこっちで同盟を組むんだよ」
「そうね」
ソフィアラは起伏の少ない自身の胸を見てオリビアに同意を示す。
「一応聞いておくけど、ジュリは胸のサイズいくつなんだよ」
「D……ですわね」
「しね」
負け戦と分かっていて、どうしてオリビアは戦いを挑むのだろうか。