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Re:connect  作者: ひとやま あてる
第7章 帝国編Ⅲ
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第114話 密談

同じクラスの連中は、俺をまるで戦場から帰還した兵士のように迎えてくれた。


いや、不本意な出迎えられ方だったな。


何故なら、俺が生活圏に戻ってからはそりゃもう大変だったからだ。


明日以降の腕試しに向けてあれはどうしたらいいだとか、様々な質問がひっきりなしに飛んできたんだよな。


一戦交えろとか言い出す奴も出てくる始末だ。


そんな対応を受けるのは、なにも俺だけではない。


オリビアもエクスも似たような状態で大変そうだったな。


オリビアに至っては、質問と称して揉みくちゃにされてるだけのようにも見える。


そう思ってないかも知らんが、お前はマスコット的立ち位置だ……オリビア。


まぁ、不安なのは分かるが、こちらの心労も慮って欲しいもんだ。


「もう試験は終わったんだし、ちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃないか」


そんな言葉を何度も聞いた。


まぁ、頼られるのは嬉しい限りなんだが。


それにしても、Aクラスから三人もエキシビジョンマッチをさせられるとは驚いたな。


普通に考えれば、入学して数ヶ月の時点で先生を相手に選出する奴なんていないしな。


AクラスのAは、頭がおかしいの頭文字をとってAなのかもしれん。


そんなことをぼんやり考えていると、次なる客人がやってきた。


俺の休憩時間は今度もまた数分だった。


「クロくん、助けて!」


あぁ……こりゃまた切迫した顔をしている。


なんだかジュリエットの頬が痩けているようにも見える。


この娘は多分、試験が近づくほど考えすぎるタイプっぽいな。


腕試しはテンパるほど何もできなくなるぞ?


「おう、ジュリエット。

今日見た中で一番切羽詰まってそうだけど、大丈夫か……?」


「そ、そんなこと言わないでよぉ……。

私も明日が本番だから、ここは一つアドバイスをお願いしますぅ……」


泣きそう、というよりはもう泣いている。


ジュリエットは泣いたら不細工になるタイプらしい。


かわいい顔が台無しだ。


「一応聞くけど、筆記試験のことじゃないよな?」


「う、うん、腕試しの方で……」


「だよな……」


みんな俺がもう試験を終えたみたいなことを言っているが、一応筆記試験は全属性受ける予定だ。


とはいえ、本番を明日に控えた子羊たちには自分のことが優先されるのだろう。


試験が終わって気が楽なのは事実だし、俺自身の知識と経験のためにも断る理由はないけどな。


「じゃあ早速見てみるか」


ここは生活圏内の演習場。


俺は壁にもたれかかって休んでいたわけだ。


各所で明日以降の試験のための調整が行われている。


まだ昼過ぎだってのに、今からバチバチにやり合っている奴らもちらほら居るな。


特にあの二人。


「アルベルタちゃんとガルドくんは元気だね……」


あいつら二人は良きライバルって感じだな。


属性的にはガルドが不利なんだけど、それでも食らい付いてよくやってるって感じだ。


空間成分で戦えばガルドの有利がグッと近づくとは思うが、基本成分で戦い続けるところが何ともガルドらしい。


選択授業も含めて、今のところ基本成分だったり空間成分を解説するような授業がないから仕方ないか。


「あいつらは目標が定まってるっぽいからなぁ。

ジュリエットは水属性……でいいんだよな?」


「うん、ネルちゃんとかソフィアラちゃんと同じで水の単属性だよ」


「それならお嬢様に聞いて……って、そうかみんな忙しいもんな」


明日は水属性の試験ということもあって、ソフィアラも外に出てるみたいだしな。


「うん、みんな何か見つけてやってるみたいだから邪魔しちゃいけないかなって。

それにソフィアラちゃんは同じ水属性でも方向性が違うからさ」


「方向性?」


「うん、ソフィアラちゃんは氷と防御が主体なんだよね。

私は何が得意とか分かんないし、状態変化も不得意だからちょっとまずい状況なんだ。

攻撃系統の魔法に気が進まないことも魔法が上手くならない原因かなぁ」


「なるほどな。

とりあえず直接見てみないと分からないな。

ところで、明日の相手はどんな人なんだ?」


「えっと、去年Bクラスで今年Aクラスになってる二年生の先輩なんだよね。

その人も水属性で、あまり攻撃的じゃないところも私と似ててお願いしたんだ」


「じゃあ腕試しは派手な殴り合いになることはなさそうだな。

そうなると、むしろ難しい試験になりそうだ」


「え、どうして?」


「一目でわかりやすい攻撃魔法と違って、防御系とか補助系の魔法は地味になりやすい。

それに、その辺りは攻撃魔法よりも繊細なテクニックが必要になってくるだろ?

だから如実に実力を測られるんじゃないか、ってことだ」


「え……それは非常にまずいんじゃ……?」


「まぁ、今のは俺の直感的な感想だ。

自分が培ったものを見せれば試験も問題ないだろ。

腕試しだけが評価の対象ならまだしも、筆記試験もあるんだしな。

そこまで悲観するもんでもないさ」


「そ、そうだよね!?

じゃあ私頑張る!」


「あ、ちなみに俺は水属性魔法ってそんなに得意じゃないからな?」


「またまたご謙遜をー」


「いやいや、だって腕試しでも水属性は使ってなかったろ?」


「あ、そう言えば確かに」


色々試しちゃいるが、どうにも水属性はピンとこないものがある。


工夫すれば可能性の大きい魔法が水属性ってのはわかってるんだ。


天候操作は憧れるからな。


ソフィアラのマナに触れている影響か、そこまで苦手意識があるわけでもないんだけど、何故なんだろうな。


こればかりは、よく分からん。


「えっと、とりあえず一番自信あるやつをやるから見ててね!」


「了解」


「じゃあいきます……ロード」


ジュリエットの足元には青い魔法陣が展開され、同時に彼女は右手を上空に掲げた。


彼女の手掌のあたりで高密度のマナが存在しているように感じる。


発動のためのルーティーンか?


一応頑張って彼女の魔法を読み取ろうとしてみるも、普段ソフィアラが使っているような魔法じゃなさそうだから理解できなかった。


ちょっとずつ魔法陣の内容が変化してるから、下級魔法ではなさそうだ。


下級なら読み出しと放出だけだからな。


もともと中級まで使えるのか、それとも入学してから中級に上がったのか。


いずれにせよ、悲観するような実力ではないと思うのは俺だけか?


それにしても随分マナの注入時間が長いな。


暇だから自己強化魔法をかけてたけど、それでも時間が余ってしまった。


ソフィアラとかが早すぎるだけか。


普段俺たちは攻撃系の魔法ばかりだから、そうじゃない魔法ってのはこんなものなのかねぇ?


「来た……クラウディ ウェザー!」


「長かったな……って、天候操作か!?」


まじかよこの娘。


魔法発動と同時に天井付近に無数の小さい雲が出現したことに俺は驚いた。


突然の異質な魔法に、演習場がざわつく。


みんなが俺を見るけど、俺は首を横に振って自分じゃないアピールをするしかない。


これをやってんのはジュリエットだ。


「すげぇなジュリエット!

天候操作を扱えるって相当なもんだぞ?

そんなことができて、お前は何を悲観的になってんだよ!」


これこそ俺のやりたい魔法だ。


「えっと、これができるようになったのはつい最近なんだ。

あと付け加えると、ここから何していいか分かんないんだよね……」


「た、確かに……」


ここから雷をドッカンドッカン降らせたりするにはどうすればいいんだっけ。


静電気の発生がどうたら、って何かの教科書に書いてた気がするんだけどな。


「雨を降らせたりしたらいいのかな……?」


「できるのか!?」


「ううん、実はこれが限界なんだよね」


「それだとインパクトに欠けるな。

雲だけなら俺も多分作れるし」。


「ほんと?」


「ああ……だけど、俺の場合はちょっと作り方が違うぞ?」


「クロくんの魔法も見てみたいな!

やってみてくれると嬉しいです」


食い気味にジュリエットが言う。


参考になるかは分からんが。


「んじゃ、やってみるか。

ロード……ヒートジェネレーター」


俺とジュリエットを含める形で、熱を振り撒く球体を四方に設置した。


次第にむわっとした嫌な熱気が立ち込める。


「あれれ、火属性なんだね」


「そうそう、温度に関わる部分は水属性と重なってるっぽいんだよ。

あと気温を下げることにおいても、水属性は空気を冷やすけど、火属性は熱を奪うんだ。

だから、温度変化は火属性の方が得意だったりするんだぜ」


「へぇ、それは意外だね。

てっきり火属性は温度を上げるものだけかと思ってたよ」


「まぁなんだ、これは試行錯誤の結果だな。

複数属性を使えるってところが影響してるっぽい」


とは言ったものの、物理学の世界を知ってるかどうかって話なんだけどな。


もう少し厳密に言うと熱力学か。


俺が魔法で可能性を広げられるのは、ひとえに地球での知識が影響している。


自然現象だって、物理的にどのようなことが行われているかということを視覚的に理解できているからこそ再現性が高いと思っている。


今回の雲を発生させる方法だって、以前やった霧の発生の応用だ。


多分こんな低所で明確な雲の密度は形成し得ないが、それに近いものはできそうな感覚がある。


雲の発生は、熱された空気が一気に冷却されることで起こる。


実際には空気が空に舞い上がって気圧が低くなることで一気に膨張する。


すると温度が下がるから、そこに含まれた水蒸気が冷やされて水や氷の粒になるって話だ。


こんなものは中学生ですら知っている知識だ。


だがこの世界では、農作物のためにわざわざ雨を降らせなくても魔法で水を撒けばいいからな。


雨を降らせる方法なんてそこまで重要視されないのだろう。


そこから雷を降らせるには……あ、そうか。


雲の中の粒子に摩擦が起きて静電気が発生するって話だったな。


今思い出したぜ。


そういうことなら、俺にもできそうな気がするな。


ジュリエットがどこまで求めているかは知らんがな。


「そろそろ次だな、ロード……」


汗も滲むほどの熱気が周囲を覆ったので、今度はこれを一気に冷す。


そのためにもまずはマナを空間に充溢させる。


やってみて気が付いたが、火属性は水属性に比べて空間干渉能力がかなり低い。


これが空間成分の違いってやつなのかな。


同じマナ量で魔法を発動しようとしても、火属性は効果が落ちるようだ。


だからどうしても使用するマナが多くなるし、空間干渉は時間がかかる。


一応ヒートボディで周囲の熱を奪うことができているのだが、気温を下げるほどの効果は感じられない。


ただ、これから行う魔法は冷却効果が高い。


「クールダウン!」


これによって一時的に火属性の空間を形成。


空間内外の温度差を利用して熱を空間外へ拡散させる。


普通なら温度差がなくなったところで拡散現象は終了するが、この魔法の真髄は拡散反応を停止させることなく続けさせるところにある。


発動時の温度差が大きいほど冷却速度および効果が出やすくなる。


「クロくん、寒いよ!」


案の定、一瞬で効果が発現した。


同時に設定空間内に霧が立ち込め始め、水蒸気の濃度に比例して視界が白く覆われていく。


周囲からはざわめきが聞こえるが、いちいち俺の魔法に反応するなよな。


お前らは自分の試験に集中してくれ。


「やっぱり発熱だけだと効果が薄いな。

水分も撒き散らしておかないとダメだな」


「クロくーん……?」


「ああ、聞こえてる。

ロード、コンバージェンス」


霧は立ち所に消失し、俺の手元に水球が形成される。


雲を作るといいつつ、発生したのが霧に留まったのは申し訳ないな。


「私より全然早いや。

すごいね、クロくん」


「ジュリエットの作った雲ほどの質ではないけどな。

それに、これ以降の反応は期待できないからな。

天候操作の真似事はできても、それ以降は厳しいってわけだ。

だけどその甲斐もあって、少し思いついたぜ」


「?」


「ジュリエット、上の雲はまだ維持してるのか?」


「う、うん」


「じゃあ細かい水分を送りながら雲の生成を続けるんだ。

それによって雲が厚く大きくなれば、少し変化が起こせると思う」


「ほんと!?」


「まぁ、確証はないけどな……。

俺はその魔法は使えないから、ジュリエット自身にやってもらって確かめるしかない」


「じゃあやってみるね!」


ジュリエットは目を閉じて天井近くの雲塊に意識を集中させている。


雨を降らすにしても何にしても、ある程度の密度が必要なのは予想ができる。


薄い雲が広がっていたところで、そこから雨が降りやしない。


雨でも雷でも、それを降らすのは黒い雲だ。


つまり、光を透過させないほどの密度が必要なのだ。


水蒸気は冷却されることによって細かい氷の粒子へと姿を変える。


そしてそれらの密度が増せば、粒子の摩擦も起きやすくなる。


摩擦を繰り返せば静電気が雲塊の中に溜まり、そして抱えきれなくなった電気エネルギーは外界へ放出されるのだ。


「うーん、そう上手くはいかないか……」


ジュリエットは上空の空気をある程度掌握しているようだが、それでも黒雲が発生することはない。


薄い雲が少しずつ広がる一方だ。


やっぱり雲を形作るイメージが浅いと厳しいかねぇ。


ジュリエットは恐らく、決められた手順通りに魔法を行使しているのだろう。


機械的に、教科書的に。


しばらくすると雲は拡散し、塊を大きくするどころか散り散りになって消滅し始めた。


ジュリエットを見ると、玉のような汗をかいてヒィヒィ言っている。


「大丈夫か?」


「ふぅ……ふぅ……」


何だか大丈夫じゃなさそうだな。


「結構集中力が必要なんだな」


「そ、そだね……。

距離が空くと、集中力がー……」


頭を抱えているのを見ると、魔法が苦手ってのが本当のようだ。


「とにかく、空間成分の魔法が得意なら将来的にジュリエットの可能性は無限大だろうな。

だけど、それ以外の手札も必要だ」


「どうしよう……」


「誰かの真似事よりも、自分の得意分野を伸ばした方が賢明だよな。

他の水属性のみんなを見て、ジュリエットにもできそうなこととか無いのか?」


「んー、ネルちゃんだと水中戦闘がメインだったりとか参考にならないんだよね。

あとはスヴェンくんも攻撃寄りかなぁ。

それ以外の他の人の魔法はそんなに知らないかな」


そういや以前、アルがネルに負けたとか言ってたか。


同じ魔法でも方向性の違いでやれることに大きな差が生まれるんだなぁ。


「じゃあ俺が知ってるかぎりの天候操作の原理を伝えるから、それを試してみてくれ」


「うん、ありがと!」



            ▽



「うぅ……」


項垂れて歩く娘が一人……オリビアだ。


共同スペースの机で少々暇を持て余してる俺の正面に、彼女は倒れ込むように腰を落とした。


「おい……大丈夫か?」


どうやらお疲れのご様子。


「まったく、ひどい目に遭ったんだよ。

試験が終わってすぐなんだから、ちょっとは労ってほしいんだよ」


そう言うオリビアの髪は撫で回されたのがよく分かるほどにボサボサだ。


「そこは大いに同意だな。

水属性の連中は明日が本番だから必死になるのは分かるけどな」


「そこは理解はするけど、相手する元気はないんだよ。

マリアのダメージがまだ残ってるからね」


「そりゃあんだけ殴られてたらな。

それにしても、いつからオリビアは地属性なんて使えたんだ?」


「それは内緒。

クロも色々隠したいことはあるでしょ?

例えばマリアと何があったのか、とかね」


「そ、れは……」


急に核心を突くようなことを言われて、俺は口籠る。


まだ勇者召喚に関わる話は俺の中で燻っている。


試験前ということもあって、仲間たちと共有するかどうかも先送りにしていた内容だしな。


「それってクロの個人的な悩み?」


「そうだ……いや嘘だ、そうじゃない。

そのことはマリアに伝えられたのか?

今の言葉を聞くに、詳細まではしらないようだが」


「私がマリアに言われたのは、クロから何か聞いてないのかってことだけ。

詳細までは教えてもらってないんだよ。

マリアがわざわざ私に聞いてくるってことは私たちに関係することだと思うし、その内容をクロから直接聞いてないから気になっただけなんだよ。

別に言いたくない内容なら無理に聞くことはないんだよ」


さっきまでの気怠げな雰囲気はどこへやら、真剣な顔つきのオリビア。


そこまで考えさせてしまったのは申し訳ないな。


「いや、まぁ、気を遣わせてるのは悪いと思ってる。

一応これはかなり重要な話でな。

まず俺がその内容を消化しきれていないってのが一つと、試験前ってことでみんなに知らせる内容でもないと思ったんだ」


「そう」


俺の懸念をよそに、オリビアの返答はごくシンプルなものだった。


「聞かないのか?」


聞かれないなら聞かれないで不安になる。


俺って構ってちゃんなのか?


「クロが話したいなら話せばいいと思うんだよ。

聞かせたくないなら別に構わないけど、それはそれで寂しいかな」


そんな風に思わせるのは気がひけるな。


「いや、オリビアには聞いてもらいたい。

ちょうど試験も終わったところだし、ちょっと場所を変えるか」


そうやって俺らがやってきたのは校舎等の屋上。


俺が以前襲撃犯相手に魔法をぶっ放した形跡はここには残っておらず、今や誰でも出入り可能な場所になっている。


夕日も見える時間帯だが、地上の至る所で学生の姿が見える。


みんな試験に向けて取り組んでるんだな。


「いざ試験が終わると気が楽なんだよ。

ここに来てみて、なんだか解放感からそう感じるんだよ」


「筆記試験は残ってるけどな」


「その辺りは大した障害じゃないんだよ。

私たちが抱える問題に比べたらね」


「ま、そうだな。

じゃあそろそろ話していくか。

勇者召喚とは何か……その成り立ちから知ってもらう」


そこからは長い話になった。


なんというか取り留めのない話になっちゃったからな。


俺の感情が各所に混ざってたのも時間がかかった原因だな。


セアドとかマリアみたいに極力感情を交えずに話せたらいいんだけど、それでも俺の伝えたいことは伝えられたとは思う。


「ごめんなさい、これに関して私は適当な言葉が見つからないんだよ」


「そんなことを言わせたいわけじゃないから気にすんな。

召喚魔法の優先度としては世界崩壊よりも低いから、この話は心の片隅に置いてくれればいい。

なんというか、これは俺の個人的な話だからな。

次に行われる召喚は早くても五百年後だし、すぐにどうこうできるものでもない」


「クロの友達……は、このことを知らないんだよね?」


「恐らくな。

勇者を操る国の人間が、勇者の精神を揺さぶるような内容をおいそれと話すわけもないしな。

だからといって、俺があいつらにそれを伝えることもできない。

俺はこれを秘めたまま活動しないといけないけど、あいつらをこの世界で死なせるわけにもいかないんだ。

あいつらをアースに返すこと、それはつまり事実を突きつけることだ。

これがもどかしくて、やるせないんだよ」


「でもさ、勇者召喚という概念をどうにかするって難しくない?

だって魔王は一定周期で復活するわけだし、そこに対抗する手段を消すのは厳しいと思うんだけど」


「犠牲のない手段を模索するしかないな。

少なくとも、そういう手段が確立されるまで死ぬわけにはいかないな。

だから世界崩壊は処理する前提として、重要なのはそこからだ」


「皇帝も殺害するんだよね?」


「それはマリア先生の考えだから、必ずしもそれに従う必要はないかな。

むしろ彼女と動きを別にした方が変な問題を抱え込むこともないだろうな。

俺は召喚魔法をどうにかできて、且つあいつらをアースに帰せれば満足なんだけど、そう上手くはいかないよな。

あいつらが途中で投げ出すとは思えないしな。

だからこれからどうなろうと、あいつら救いはないんだよ」


「……」


「勝手にこちらに呼んでおいて、勇者なんていう命懸けの仕事を強制して、なおかつアースに戻れる確証もない。

正直言えば、俺はこんなクソみたいな世界からさっさとあいつらを戻してやりたいんだよな。

だが今の俺にそんな力はない。

力を得たからといってどうにかできる問題でもない。

でも何とかしなきゃ全員死んじまう。

ほんといかれてるよ、この世界は」


「聞きたいんだけど……クロは、元の世界に戻りたいの?」


「んー、どうだろうな。

向こうには家族がいるし、戻りたい気持ちはある。

この世界の問題は俺に抱え切れる次元を超えてるしな。

逃げ出せるならとうに逃げ出してるけど、逃げたところで死ぬだけだ。

死ぬくらいならやってやるっていう、なんていうかヤケクソって感じかな。

それにみんなで向こうに戻れたとしても、俺だけ家族がいてあいつらに家族がいないっていう状況に耐えれる気がしないな。

まぁ、どっちにしても俺は逃げてるな。

できればあいつらには何も知ってほしくないってのが本音だ」


どうしても俺の話は長くなっちまう。


干渉に浸りすぎ、とマリアには言われそうだ。


「俺の話は終わりだ、そろそろ暗くなってきたし戻るか」


オリビアも俺のくだらない干渉にこれ以上付き合わせるわけにもいかないしな。


「うん……ところで、あの人は誰?」


俺が校庭を見下ろす姿勢から背後を振り返るより先に、オリビアが振り返りそちらを見ていた。


ジリ──


そして警戒するようにその場を動かない。


その怪しいシルエットを俺は見間違うことはない。


「リバー、なんであんたがこんなところにいるんだ……?」


流石の俺も、知り合いとはいえ警戒せざるを得ない。


だってここは、部外者であるこの男が入れるはずのない場所だからだ。


「知り合い?」


オリビアは怪訝な顔をしながらも、警戒を解かずに俺に問うてくる。


「ああ……。

だが、明確な味方ではない」


リバーはやれやれと言った具合に両手を広げている。


「おやおや、これは何とも悲しい反応ですねぇ。

折角ですから、久しぶりの再会を喜ぼうではありませんか?」


「ここで何をしてるって聞いてるんだ!」


「おっと、そう声を荒げずとも良いではありませんか。

仕事ですよ、仕事。

意味もなく私がこんな場所にやってくるわけはないでしょう?」


「そんなことを聞いてるんじゃない」


「クロ、敵ならここで消すからいつでも言って」


オリビアの表情は険しい。


俺がひとこと言えば動いてくれるだろう。


「敵、ですか。

あんなに仲良く旅をしたのに、敵と判断されるのは悲しいですねぇ」


「おい、質問に答えろ。

あんたは……いや、あんたらは何が目的だ!?」


のらくらしたリバーの様子は以前と変わりないな。


「あなたはあれからお変わりないようで安心しました。

手紙だけのやり取りでは詳しい様子までは分かりませんでしたからねぇ。

……まず、私はあなたの敵ではありません。

そして私がここにいる理由は、それは殺人鬼処理のためです。

あなたが手傷を負わせたという話でしたが、それでも殺害には至れておりません。

あれは私たちの敵でもありますので、ここは早急に処理すべきと思って乗り込んできたわけですよ」


「そういうことだと理解しておいてやる。

それで、ここに来たってことは俺に用があるんじゃないのか?」


「その通り、勘が鋭いですねぇ。

少しあなたに警告を、と思いましてね」


「警告?」


「ええ。

近いうちに、学園は外部からの襲撃を受けます」


「はぁ!?」


「その際、お嬢様が傷つかないようにあなたが守ってください」


「どういうことだ?

は? 意味がわからん。

あんたが引き起こすってことか?」


「私ではありませんが、私と組織を同じくする者がそれを行うという情報を得ています。

ですので、ぜひ警戒していただければと思い参上した次第ですね」


こいつの意図が読めん。


何を言ってやがる。


「なんでそれを俺に教えるんだ?

あんたらの組織の人間がことを起こすのなら、あんたが止めればいいだろうが。

まさか、俺にそれを阻止しろとでも言うのか?」


「いえ、私ではどうしようもありません。

私と考えを異にする者が大半なのですから。

あなたの手を借りようと考えているわけでもありませんがね」


「俺が教員に助けを求めるとは考えないのか?

場合によってはあんたらの組織の企みがポシャる可能性もあるんだぞ?」


「それはそれで構いません。

あなたが情報元を聞かれてもそれを明らかにできないのですから」


「なるほど、それもそうか。

俺がそれを知り得た経緯を聞かれた時、俺の関与を疑われるもんな。

それで、あんたは何を望んでいるんだ?」


「私個人の願いは、お嬢様が無事であること。

これはヒースコート卿との取り決めであり、契約です。

私はそれを遂行するまで」


「リバー、あんたは暗に俺の助けを求めているように感じるが?」


「それはありません。

言ったでしょう、これは私ではどうしようもないことなのですよ。

可能であればあなたやお嬢様にはすぐにでも学園を去ってほしいところなのですが、そうもいかないでしょう。

なので折衷案として、あなたに情報を持ち込んだわけです」


「あんたは何者だ?

組織とは一体なんなんだ?

あんたはやけに俺に協力的だから極力考えないようにしていたが、それを聞いちゃまずいのか?」


「あなたの立ち位置は私の協力者というところでしょうか。

少なくとも今のあなたが害される心配はありませんが……あなたが組織について嗅ぎ回ったりすればそうもいかないでしょう。

一応私の言動は上に筒抜けなので、言えるのはここまでです」


「そう、か。

ならこれ以上は聞かない。

お嬢様に危害が及ばないとも限らないからな」


「あなたが利口で助かります。

とりあえず言いたいことは言えましたので、これにて失礼しますよ」


「ああ、あんたも気をつけろよ」


「ご心配には及びません。

おっとそうだ、こちらを渡しておきます」


リバーはそう言って俺に近づく。


オリビアは警戒したままのようで、少し距離を取るように後退した。


そして手渡されたのは三センチほどの小瓶。


中には金色の砂粒らしきものが少量詰められている。


「これは?」


「“オーバークロックの黄金砂”と呼ばれる希少な物質です。

学園には確かクラフトマン工房の人間がいたはず。

私ではとても扱いきれませんので、これはその者に差し上げてください」


それでは。


そうして言いたいことだけ言うと、リバーは影の中に消えていった。


果たしてリバーはオリビアのことを知っていたんだろうか。


あんまり話の内容を隠す気もなさそうだったし、知ってても不思議じゃないか。


「行かせて良かったの?

私には危険な人物としか認識できなかったんだよ」


そう感じるのも当然だな。


あれは誰がどう見たって変態だ。


だってピエロだもの。


「その認識は間違っちゃいないさ。

だがここでリバーをどうにかしても意味はないだろうしな」


「どういう関係?」


「あいつはお嬢様の親父と交流があって、俺とお嬢様を無事に帝国まで送り届けてくれたのもあいつだ。

色々裏家業に通じてるところがあるから、まともな人間じゃないのは確かだ。

俺の人間関係で迷惑をかけて申し訳ない」


いずれ面倒事が舞い込むことは分かっていたんだ。


でもあいつらがいなければ俺はここに生きてはいないし、リバー個人に対しては敵意はないんだよな。


「それでも重要な情報は落としていったんだよ。

学園が襲撃されるって話は俄かに信じ難いけど、備えだけはするべきだよね」


「そうだな。

あいつから貰ったものもあるし、ひとまずセアド先生のところに向かうか」



            ▽



俺とオリビアは連れ立ってセアドの自室へ向かった。


生活圏内で俺らの姿を興味深げに眺めるクラスメイトの目は無視だ。


間違ってもそういう関係じゃないからな。


「あ、クロくん。

良かった、探してたんだ」


「あー……悪いジュリエット。

今からセアド先生と大事な話があってな。

その後だったらいくらでも聞くよ」


「ううん、ごめんね忙しい時に声をかけて。

じゃあまた後でね」


なんか気を遣わせてしまったみたいで申し訳ないな。


「クロ、いい加減ジュリエットに気を持たせるようなことはやめたほうがいいんだよ」


「いや、そんなつもりはない。

俺は好意を無碍にできないだけだ。

多分これは日本人の性ってやつだ」


「ニホンジン……?」


オリビアから疑問が飛んできたあたりでセアドの部屋の扉前にたどり着いた。


「気にすんな。

じゃあ、ノックするぞ?」


ノックから数秒、セアドの声で入室を許された。


室内は思ったほど散らかっていない。


むしろ整然に並べられた資料の方が多い。


「本日試験を終えた二人が揃ってどうした。

評価でも聞きにきたのか?」


「別に私は評価なんて気にしてないんだよ」


「オリビア、ちょっと静かにしててくれ。

えっと、俺たち二人が揃ってるのは特に意図があるわけじゃないです。

少しお耳に入れたいお話があって、ここにやってきました。

その前にこれを……」


俺はリバーから受け取ったものを手渡す。


「これは?」


「“オーバークロックの黄金砂”っていう物質らしく、ある人物からセアド先生にと託されました」


「今なんと言った……?」


「ですから“オーバークロックの黄金砂”と」


今更思い出したが、そういや裏競売のカタログで見た名前だな。


高級品ってことか。


「そうか……。

その人物はどこの誰だ?」


「裏家業の人間です。

彼は自分では扱いきれないからクラフトマン工房の人間に渡せと言ってました」


「君がなぜそのような人物と通じているかは知らんが、今は置いておこう。

私に話があるんだったな?」


「ええ、その人物からの伝言で、近いうちに学園襲撃の計画があると」


「俄かには信じ難いな。

この物質があれば信憑性が増すと?」


「それはついでです。

とにかくそういう話があったので、誰かに伝えないといけないと思ってやってきました」


「その話の真偽は不明だが、そういう噂があるということは私から学園側に伝えておく」


「ありがとうございます」


「それで、この物質は私が管理していて良いものなのか?」


「そのように託されたので、先生のお好きに使っていただければ良いかと。

俺にはそれの価値は分からないですからね」


「ではありがたく使わせてもらう。

他に話したいことはあるか?」


早く俺たちを帰したいのか?


「いえ、これ以外には何もないです」


「そうか、それでは私から少し。

クロカワとオリビア、ともに君たちは本日の試験は我々教員が予想した以上の動きを見せてくれた。

皇帝陛下も見にきていたようで、反応も良かったと聞いている。

あとは試験を控えたクラスメイトの面倒をしっかり見てやってくれ。

私は実践的に何かを教えることに長けていないからな。

クラスのまとまりが良いところほど成長が著しいという話もある。

一任するようで悪いが、ぜひ頼まれてくれ」


なんだそういうことか。


急にセアドが人間味を見せてきたな。


デレ期か?


「それならお任せください。

オリビア、別に構わないよな?」


「気が進まないけど、やれるだけはやるんだよ。

気が進まないけど」


これは本当に気が進まないんだろう。


揉みくちゃにされる未来しか見えないからな。


「ではこれで失礼します」


ついに話すこともなくなったので、そのまま二人で頭を下げてセアドの部屋を後にした。


「先生にも苦手なことがあるんだな。

これにはシンプルに驚いた」


「今までずっと研究で引き籠ってたんだから、当然と言えば当然なんだよ。

適材適所、得意な人間がその能力を発揮すれば良いって話。

その点クロは教えるのが好きなんだから全力でやれば良いんだよ。

だから全部クロに任せて、私はもう疲れたから寝る……」


喋りながら途端にふらつき始めるオリビア。


目も半ば閉じ気味だ。


そんなに限界が近かったのか?


「おい、まだ夕飯にもなってないぞ。

今からどれだけ人間が殺到するか分かってんのか?」


「分かってるなら対処も容易なはず。

じゃあ、おやすみなんだーよー」


そんなオリビアは、俺の話を無視してふらふらと自室へ駆けていく。


「お、おい……!」


俺の静止も虚しく、オリビアは自室の扉を閉じてしまった。


部屋に入られては最早手の出しようがない。


俺は諦めて、約束のあったジュリエットの元へ向かう。


俺がオリビアを連れていないのを見て、ジュリエットがやけに喜ばしい表情をしていたのは何故だろうか。


まぁ……そういうことなんだろうな。


でも今は試験に集中しなさい。


その後も色んなクラスメイトの無茶な注文に踊らされながら目まぐるしく時間は過ぎていった。


この日、俺がまともに睡眠を取れなかったのは言うまでもないよな?

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