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Re:connect  作者: ひとやま あてる
第7章 帝国編Ⅲ
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第112話 守護

『これは……!?

どうなってしまったんだーーーー!!?』


誰もがオリビアの敗北を確信した。


演習場の地面は石のタイルなので砂埃が舞うこともなく、惨劇の現場はすぐに露わとなる。


『な──む、無傷!?』


しかしそこには、誰もが思い描いた結末とは異なる場面が展開されていた。


オリビアは攻撃を受ける前と同じ姿勢で立ち尽くしているが、彼女の身に損傷は見当たらない。


「おや、耐えましたか。

継続の意思ありと受け取りますね。

ロード、ミラージュダイブ」


マリアは自身の背後に鏡を作り出すと、鏡に向けてステップを踏んだ。


とぷん、とマリアの姿が鏡の中に消える。


それと同時に展開されている全ての鏡にマリアの像が映し出された。


「ロード、フォトンブラスト」


全ての鏡の中から共鳴するようなマリアの声が響き、重なる。


それでも俯いたままのオリビアには、誰もが不信感を抱かざるを得ない。


「ほんと嫌な女なんだよ。

なんでそこまで言われなきゃならないんだよ。

現実を見ろだとか当たり障りのない正論ばっか言いやがって、ふざけんじゃないよ全く。

そもそも、なんでこんな大衆の面前で晒し者にされなきゃならないの。

誰だよ腕試しなんて催しを考えたのは。

見つけ出しってぶっ殺してやりたいんだよ。

これに頼ってたら成長がないと思ってたから渋ってたのに、これでまた変なやつに絡まれちゃうじゃない。

興味とかいう無自覚な悪意はほんと勘弁なんだよ。

マリアも、ゴールドハウトも、あいつも、あいつも、あいつもォ……!」


オリビアからブツブツと漏れ続ける不平は単なる呟きとして誰の耳にも届いてはいない。


ただ下を向いているように見えるだけだ。


吐き出しても吐き出しても収まるところを知らない怒りに、オリビアの全身が震える。


オリビアがこの場でこんなことを続けるメリットはないのだが、もちろん怒りの捌け口は必要なわけで。


その矛先は、攻撃を仕掛けてきているマリアに向けられる。


たった今、多数の光弾が各所の鏡の中から打ち出された。


鏡と同数の光弾は、オリビアを押し潰そうと迫ってくる。


「ロード──」


オリビアは詠唱を始めるが、魔法が完成するよりも攻撃を受ける方が早い。


今度は先程のような広範囲の攻撃ではない。


オリビアのみを狙った点の攻撃。


光弾はオリビアの座標で交わるように射出され──


──それらはオリビアの鎧に触れ、霧散した。


「あれを防ぎ切れるのです……か?」


鏡の中から声が漏れる。


前半は感嘆によるもので、後半は驚きによるもの。


「バレッジ ショット!」


防ぎ切った瞬間、オリビアも魔法を発動させた。


足元に展開された魔法陣は、紛れもなく地属性の色調。


光弾の歩んだ軌跡に沿って、オリビアから同数の岩弾が打ち出された。


岩弾は見事に鏡を捉え、全てを破壊し尽くす。


「──ッ!?」


『これは、どういうことだァアアアア!?

オリビア選手が、地属性をーーーー!?』


潜んでいた鏡を砕かれたため、マリアは元いた場所に勢いよく放り出された。


これは潜伏が解除され、魔法が効果を発揮しなくなったのと同じ現象によるものだ。


マリアは着地し、勢いよく迫るオリビアを見る。


「予想外の動きですが、防御の上から叩き潰しましょう」


演習場中の粒子が吸い込まれるようにマリアの元へ殺到。


オリビアを待ち受けるマリアの棍の先端に、身の丈の二倍はありそうな刃が形成された。


大剣にようにも見えるそれを、マリアは重さも感じないような手つきで横薙ぎに振り回した。


槌を形成して上から振り下ろすことも考えたが、あまりに高威力になりすぎるのを躊躇って、今回は控えた。


「ロード……」


武器のリーチから、オリビアが肉薄する前に刃は届くだろう。


そう考えるマリアに、再び予想外の事態が舞い込んだ。


「ロック ピラー!」


石柱が生えて、下から大剣を突き上げたのだ。


これによってオリビアを水平に二分する大剣の軌跡は斜め上に向けられ、当初の目的を果たさぬまま彼女の頭上を通り抜けるに至る。


マリアが不覚を悟った頃には、オリビアはすでにマリアの懐で拳を叩き込む攻撃モーション。


両腕で武器を振り回したことが裏目に出てしまった。


それを後悔している間もなく、無防備なマリアの腹部に問答無用の一撃が叩き込まれる。


「ゔっ……!」


思考を掻き消す痛みがマリアを苛む。


が、即座に冷静さを取り戻して背後に鏡を生成し、勢いのままそこへ飛び込んだ。


そこからコンマ数秒遅れて、鏡を砕く打撃音が響く。


マリアはオリビアの遥か後方に出現させていた鏡へ移動することで、追撃を逃れている。


動きを止めて、後方へ向き直るオリビア。


「今、逃げたよね?」


「ええ、それがどうかしましたか?」


「ううん、ちょっとスッキリしただけ。

気に入らない女に腹パンするのって気分がいいんだよ」


水を得た魚のように、オリビアはすっかり元気になっている。


挑発しているのか、饒舌に言葉が吐き出される。


「そうですか。

それで、気が済みましたか?」


攻撃を受けたはずだが、マリアは余裕の立ち振る舞いを貫いている。


服のシワを直しながら言う様は、彼女にダメージがないことを暗に示唆しているようだ。


「やっぱり、マリアをコテンパンにしないと気が済まないや」


無傷に見えるマリアを前に、オリビアはむしろやる気を燃やす。


「やる気になったというのなら喜ばしいことですね。

オリビアさんが()()を使うのなら、もう少し頑張っていただきましょう」


「ん、これが何か分かってるの?」


「ええ。

コルネオ様と同じ固有魔法だと思いますが、それほど使いこなせてはいないようですね」


「まぁね。

あんまり使いたくない魔法だし、これに頼りっきりなのも成長がないんだよ」


「使用頻度の低さが劣勢の状況を引き起こしているのだと思いますが?

持ち合わせた能力を活かせないことの言い訳しか聞こえませんね。

ですが、良い機会です。

嫌でも使い続けないといけない状況にしましょうか。

ロード、ペネトレイト」


身体強化魔法が一つマリアの付与される。


「ロード、ミラージュ ボディ」


続けて、マリアの全身から淡い光が立ち上り始めた。


しかし、これ以上魔法が重ねられる様子はない。


「それで終わり?」


「これで十分すぎるほどです。

因みに帝国勇者も似たような戦いをするようですね」


会話の終わりを表すように拡散される粒子を見て、オリビアは身構えた。


粒子は再び鏡を生成するような振る舞いを見せている。


身体強化を見るに、マリアは近接で戦う腹づもりなのだろう。


オリビアはそう考え、移動手段にも攻撃手段にもなりうる鏡の破壊を最優先目標に設定した。


先手を打ってしまえば、マリアも後手に回って隙を見せてくれるかもしれない。


そうなれば十字架での攻撃や武器での攻撃に頼らざるを得なくなるため、オリビアが付け入る隙も生まれるはずだ。


「作っても作っても全部壊すだけなんだよ。

ロード、バレ──」


鏡が出来上がるタイミングを見計らっての投擲のはずだった。


詠唱の途中、目の前から忽然とマリアの姿が消えたことと、足元に一枚の鏡面が残されていることにはオリビアも気がついた。


気がついたのだが、マリアがどこに消えたのかまでを思考する時間はなかった。


それは、思考を許さない攻撃がオリビアの顔面を捉えたから。


「防御を……!」


脳を揺さぶられ、一旦詠唱すらも中断される。


今までマリアから受けてきたどんな攻撃よりも重い一撃に戸惑いながら宙に浮かされるオリビアの肉体。


オリビアの視界の端で、攻撃後のマリアは足元に設置した鏡に沈む。


「か……っ!」


衝撃はオリビアの進行方向から来た。


防御も間に合わず、今度は地面に叩きつけられるように転がる。


それでもマリアの追撃は終わらない。


「ロードッ!」


「させませんよ」


背後から声と共に肺を突き抜ける衝撃。


両の掌底がオリビアの体内から肺内の空気を全て吐き出させた。


「大抵の人間は魔法で相手を倒そうなどと考えがちですが」


マリアは立ち上がろうとしているオリビアに容赦ない蹴りを叩き込みながら話し始める。


受け身をとって体勢を立て直そうともその頃にはマリアは姿を消しているので、それは意味をなさない。


と言うより、むしろ隙を晒す結果にも繋がる。


「そもそも相手に魔法を発動させなければ良いのです」


オリビアは腹を蹴られ。


「ペネトレイトは相手の防御が高いほど効果を発揮します」


顎を跳ね上げられ。


「肉体技術として発勁というものもありますが、こちらの方が手っ取り早いですね」


無様に地面に転がされる。


その間オリビアは全身の生傷から出血し、血も吐いている。


耐えることなく続けられる懲罰まがいの攻撃に、オリビアは防戦一方だ。


ペネトレイトの貫通ダメージはあるが、防御を解いてもダメージが減るわけでもない。


マリアの攻撃が止むことも期待できない。


だからオリビアは耐える。


耐えて耐えて、解決策を模索する。


いくら『天啓(コーリング)』でも、本来の肉体能力までは強化できない。


『天啓』はあくまで、触れたものに対して最適な操作者を降ろし、一時的にその能力をを借り受けることにある。


オリビアが触れたのは、地属性のマナが封じられた魔石。


一時的とはいえ、オリビアのマナは地属性に強制変換された。


同時に地属性のマナを許容する異常な変革が肉体に起こっており、これによって肉体能力の向上までの効果を得るには至らない。


「息、が」


しかし魔法が発動できない、させてくれない。


オリビアはこのような戦い方があるとは思いもしなかった。


魔法を行使するためには詠唱が必要なわけだが、オリビアは攻撃起点たる詠唱が阻止されている。


魔法をぶつけ合う戦いであれば、防御と回避を続けることで魔法発動の時間も確保できただろう。


それができないのは、マリアがオリビアの追えない速度で移動及び攻撃を繰り返すためだ。


「なんとか──」


──魔法一つでも発動するだけの時間を作らなければ。


そう理解しているが、現状はマリアからの全ての攻撃が命中しているため困難だ。


ここまでのマリアの戦闘手段は、瞬身の如き速度でオリビアの背後へ回ることだ。


原理は分かっている。


鏡に沈んで、オリビアの死角にある別の鏡から出現する。


そして攻撃直後にマリアの姿が忽然と消えることはなく、一度地面に出現させた鏡や付近の鏡への侵入が必要であるということ。


隙があるとすれば攻撃直後だが、いかんせんオリビアも対処しようのない角度から攻撃を受けているため、なかなか反撃に転じられないのだ。


闘争によるアドレナリンの影響で痛みはそれほど強くないが、オリビアの全身は常に鈍い痛みに苛まれ続けている。


これも反撃に遅れを生じさせる原因だ。


恐らく肋骨の数本は砕かれているし、腕のどちらかは折れているだろう。


言えるのは、致命的な一撃を受けていないということだけ。


マナ残量然り体力然り、もうあまり時間がない。


「ゔッ!」


背中に加えられる重撃に耐え、倒れまいと踏ん張る。


その踏ん張りの脚で地を強く蹴り、浅い呼吸を繰り返しながらオリビアは全力で疾駆する。


背後を確認すると、そこに迫るマリアの姿はない。


「ロード!」


案の定、即座にマリアはオリビアの進行方向へ出現する。


マリアはオリビアが背後を確認していて前方不注意だと認識したのだろう。


オリビアは背後を向いたまま宙に全身を投げ出し、膝を抱え込むようにして前面を覆う。


顔面も両腕で覆い隠す。


ガッ──


衝撃が突き抜ける。


マリアは相変わらずオリビアに無慈悲なダメージを突き込んでくるが、呼吸も発語も可能だ。


ここにきて初めて、防御らしい防御に成功したと言っても良い。


虚を突く行為は一度見せてしまうと次回からは成功しづらい。


これが最初で最後のチャンスだった。


とにかく、詠唱妨害の阻止には成功した。


賭けには勝ったようだ。


勝ったということは──


「フォートレス!」


──反撃開始だ。


感心した様な表情を見せるマリアと、満身創痍のオリビアの目が合う。


オリビアはマリアが鏡に沈み込むギリギリまでマナを魔法陣に注入して、魔法を唱えた。


突如、地面が盛り上がる。


それはまずオリビアを覆い隠し、続いて外方に向かって城壁が立ち上がる。


大きさとしては五メートル四方。


鏡に潜んでいたマリアも、これには姿を現す。


「なるほど、これでは手が出せませんね」


オリビアの姿は壁によって完全に隔絶されている。


「さこのような大技を放ってはそろそろマナも枯渇する頃ですね。

さて、どうするのでしょうか」


『オリビア選手、籠城かァ!?

それでは勝ちの目は拾えねぇぞーーーー!?』


オリビアは閉ざされた空間の中で考える。


一撃必殺の、その方法を。



            ▽



あいつ、適正は光属性のみじゃなかったっけ?


まだまだ俺の知らないことがあるってことか。


「オリビアも地属性使えるのかよ、ズリィわ!」


そんな風に俺が叫んでも、それを咎める人間はいない。


皆、同じような感情を抱いているからだろう。


加えて、戦いが最高潮にヒートアップしているからだ。


やはり戦いにおいて地属性は群を抜いている。


その中でも異常なのはやはり防御力。


攻撃面であれば他の属性でいくらでも素晴らしいものが存在しているが、防御面だとそうはいかない。


オリビアが使っているセイントアーマーも同様だろうけど、プロテクションなどの光属性の魔法は物理防御面には特化していない。


ある程度物理にも耐久はあるが、光属性防御魔法の本質は魔法防御にある。


だから地属性の物理攻撃は光属性に対して有利を取れる。


そう考えると、最強なのは地属性じゃないのか?


最初のマリアの攻撃も、地属性を発動したオリビアには効果がなかったしな。


恐らく防御系の地属性魔法を使ったんだろう。


でもそれ以上にマリアの魔法もえげつない性能をしているため、どこまでオリビアが食いつけるかって感じだな。


「しっかし、お前らはどいつもこいつも隠し球をもってやがるな。

末恐ろしい集団なこった」


やはり呆れるようなルー先輩の口調は続いている。


先輩みたいな常識人?からしたら、俺たちは相当変わってるっぽいな。


「みなさん成長が見れますわね……」


「隠し球、か……」


はぁ、とジュリとガルドからため息が漏れる。


お前らは何なの?


なんでそうも落ち込みやすいんだよ。


「マリア先生も容赦ないな。

それにぶつかり続けるオリビアも見事なもんだ。

あんなガッツのある一年はお前らくらいだ、誇っていいぞ」


先輩が言うならそうなのだろう。


でもまぁ、あそこまでボコられて戦える気力は俺にはないな。


これはマリアの本質を知っているからこそやってくる感情だろうけど。


「オリビアはすごいなぁ。

うちよりも地属性を使いこなしてそうだぜ」


こんなのを見せられると、やっぱり地属性は真っ先にマスターしておきたい属性だと思ってしまう。


地属性をベースに他属性と組み合わせるってのが理想的だ。


「この戦い、お嬢様はどう見ます?」


「そうね。

オリビアはああ見えて負けず嫌いだから、最後に何かやるんじゃないかしら。

さっきマナの残量もほとんど無かったしね」


「ソフィアラはマナの残量が見えるのか?」


「ええ、最近目が良くなってるみたいですね。

正確なところまでは把握しきれないのだけれど」


「え、なにそれ」


初耳なんだが。


「ああ、ごく稀にいるんだよ、マナの動きを目で追える奴が。

マナ操作に長けた人間にまま見られる現象だな。

しかし、その分だけ全体的な魔法技能は劣るみたいだけどな」


「なるほど……」


そういえば俺と初めて会った時のソフィアラは水の状態変化の速度は目を見張るものがあったから、ここに関係あるってことか。


ソフィアラの平均的な魔法技能はそれほど高くないしな。


いくら魔法操作に長けてても、マナ総量が少なかったらお話にならないだとか、色々問題を抱えていた。


俺がマナ拡張をして、ようやく魔法を使えるスタートラインに立ったって感じかな。


先輩の説明を聞くに、俺がいなかったらソフィアラはまともに魔法を使えなかったのではないだろうか。


やっぱり俺って偉大。


やってることは変態って言われたけど、結果的に間違ったことはやってない。


しかしいくらマシになったとはいえ、ソフィアラの魔法でそこまで強力なものは見たことがない。


これもマナ操作に長けた代償ってことなのかね?


ソフィアラは俺と似たような感じで、奇襲じみた戦い方が多いしな。


いや、そもそも水属性が攻撃力高くないのか?


うーん、分からん。


水属性には空間成分が多いってことらしいから、攻撃力は二の次なのかもしれん。


それに地属性を見ると、空間成分が少ないほど攻撃力に直結してる気がする。


そう考えると、やっぱり風属性は不遇だな。


硬い相手にはめっぽう弱い。


空間成分使いまくって戦えるなら他を圧倒できそうだけど、例えばガルドの戦い方はそうじゃないよな。


ガルドはアルに全敗してるわけだし。


風属性の基本成分は、あくまで機動力に特化してる印象だ。


そんなことを考えていると、


「ソフィさんまで……」


また始まった。


それはもういいって。


どんだけ他人の才能に絶望しなきゃならねーんだよ。


精神的に安定してそうなメンツに限って、案外そうじゃないんだよな。


「お、フォートレスか。

良い魔法使ってんじゃねぇか」


そうこうしていると、戦いに動きが見られた。


出現した建造物により、完全にオリビアの姿は見えなくなってしまっている。


でもこれでは攻撃ができないんじゃないか?


「あれって防御は高そうですけど、どうやって攻撃するんです?」


籠城で何かできることがあるのか?


「初見だとそう見えるよな。

だが、あれは攻撃要塞だ。

厳密には、攻撃準備段階だけどな」


「……?」


「あれでまだ魔法は完了していない。

絶対防御を敷いて、次の攻撃に備えるのがフォートレスの真骨頂だ。

ま、見てりゃ分かる」



            ▽



オリビアを覆う外壁が一斉に崩れる。


それは自然なものではなく、マナ枯渇による魔法中断の影響でもない。


崩れ落ちる瓦礫──要塞を構成していた数々の要素が不自然な揺らぎをもって落下。


しかしそれらは地面に着くことはなく、屈んだ姿勢のオリビアの頭上一箇所に全てが集約していく。


当然オリビアの姿も顕になる。


しかしその一方で瓦礫の収束は凄まじい速度で進み、何層にも圧縮して固められた泥団子のような成り立ちで岩石塊が形作られていく。


マリアは粒子を使って各所に鏡の構成を急ぐ。


「収束から始まるのは──」


オリビアの目の前で引き起こされている現象にも関わらず、彼女の表情は苦悶に塗られている。


彼女を苛むのは、マナ枯渇を示す眩暈症状と頭痛。


これ以上無駄にマナを放出すれば、意識がもっていかれるだろう。


それが分かって、そしてマリアの対応も見えたことで一気に収束を解いた。


無数の岩石が圧縮を解かれた反動も相まって、演習場全土を蹂躙する。


「──拡散でしょう」


人間が回避できるような隙間すら与えない散弾のような広がりは、各所に浮遊・点在していた全ての鏡を砕いた。


全てを飲み込む岩石の爆発は、到底光属性の防御魔法程度では間に合うはずもない。


それが理解できたマリアは、非常時のために足元に設置していた鏡の中に身を隠した。


その直後、マリアがいた場所を岩石の波が通り抜けた。


時間としてはコンマ数秒ののち、マリアは鏡から浮上する。


出口になりうる鏡は全て壊されているため、唯一使用できるのはこの鏡だけだ。


身を隠すにしては不十分な銀鏡世界に留まるよりも、オリビアを仕留めることが先決だと判断した上での浮上だ。


未だに崩れた体勢のまま息荒く喘ぐオリビアの表情には余裕がない。


これが彼女の精一杯の攻撃だったのだろうとマリアは推測する。


「しかしまぁ、私の予想以上に動けたようですね。

最後の悪あがきとしては十分な攻、撃……?」


あと数歩でオリビアに至るというタイミングでマリアは違和感を覚えた。


拡散して壁面に激突したはずの岩石が未だに浮遊したままなのだ。


それらはマリアに知覚されたことを感じ取ったかのように、再び拡散の同様の速度でもって収束を始めたではないか。


「再収束……それも──」


収束の中心にいるのはマリアだけではない。


──明らかにオリビアごと巻き込む攻撃だ。


「まったく、試験だからといって無茶を……」


時間が逆行するかの如く、大質量が彼女らを包み込むように襲いかかる。


果たしてオリビアを攻撃することで魔法は中断されるだろうか?


もしマリアの攻撃が意味を成さなければ、オリビア共々飲み込まれることになるだろう。


冷や汗を流しながらもニヤリと嗤うオリビアを見て、マリアは方針を決定した。


「良いでしょう、全ての思惑を潰して差し上げます」


マリアのうなじの部分、髪に隠れた後頸部にある魔導印が光を放つ。


「おいでなさい、シュヴォド」


声に合わせ、一匹の白く透き通った蛇がマリアの身体に巻きつくように姿を見せた。


その蛇は輪郭が見える程度に全身が透過しており、ほとんど実体を持つようには見えない。


守護霊獣(shvod)


それはライトロード教会の保有する魔導書の一つから得られた力。


教会の守護を預かる霊獣の使役を可能にする刻印魔法。


シュヴォドは一瞬チロッと舌を出すと、霧散するように姿を消した。


その直後、彼女らを覆い隠すように透明な障壁が出現。


ピラミッドのような四角錐の障壁は迫り来る岩石群を受け止め、


「なんだよ、それ……」


オリビアのつぶやきも虚しく、全てを弾き返した。


攻撃が止むと同時に、障壁も姿を消す。


魔法使用の反動でごっそりとマナが失われ、マリアの肉体にかなりの疲労が舞い込む。


シュヴォドは仕事を終えて教会に戻ったようだ。


とりあえず、密な攻撃のおかげでシュヴォドの姿も衆目に晒されていないことにマリアは安心する。


()()の役割は、あくまで教会を守護すること。


魔導刻印とはいえ、一時的にその力を借りるに過ぎない。


それでも、オリビアの最後っ屁をすかすだけの効果はあった。


これには彼女もさぞ悔しがっていることだろう。


攻撃を防がれるばかりか、敵であるマリアに守られてしまったのだから。


そんなことを考えるマリアの耳に突如パンッという軽い音が響いた。


「……?」


マリアの目の前をゆっくりと倒れ込んでいくオリビアの姿が映る。


「ざまあ、みるんだよ……」


オリビアはそのまま地面に倒れ込むと、一才の動きを見せなくなった。


気がつけばマリアの顔は多少向きが変えられており、ジンジンと痛みを発する頬がたった今起こった事実を伝えてくる。


「まさか、このために?」


これには呆れを通り越して感心する。


派手な攻撃を見せたかと思えば、マリアにビンタをして満足げに意識を失ったオリビア。


最後がそんな行動で、試験の評価がどうなるのだとか考えなかったのだろうか。


マリアが負けることなど初めから想定されていない。


どの程度食らいついてくるか、入学してどの程度成長を見せたのか、そしてどこまで伸び代があるのかを判断するのがこの試験。


まさか本気で倒しにかかってくるとは思いもしなかったが、教会秘蔵の魔法まで使わされては評価を上げなければなるまい。


『しょ、勝者、マリア先生!

最後は何が起こったか分かりませんでしたが、迫力のある試合でした!』


大歓声のもと、オリビアの腕試しは幕を閉じた。



            ▽



「はー……マリア先生相手になかなか善戦したんじゃないか?」


俺は素直に感心する。


他の面々もウンウンと頷いている。


「それにしても、フォートレスをあんな風に使う奴をあたいは初めて見たな。

結構際どいことしてやがる」


「……と、言うと?」


「全方位に拡散させた攻撃があっただろ?

一度手元を離れた攻撃を、再び戻すのは至難の業なんだよ。

例えば遠心力で自分から離れようとする物体を引きつけておくのが難しいようにな。

遠距離攻撃ってのは単発使い切りが基本だろ?」


「確かにそうですね」


ストーンバレットを放ったとして、それをどこかで止めることすら困難なのに、それを手元に戻すってんだからな。


「だが、あまりにも技術が高すぎる。

あれには何か裏があるな」


まぁ俺も同じ考えだ。


俺が『防陣』をひた隠しにするように、オリビアも似たようなことをしているのだろう。


最後のマリアだって、どうやって攻撃を防いだかが分からない。


ほとんど岩石で視界を覆われていたのもそうだが、それ以上に全ての攻撃を防ぐだけの魔法詠唱の時間はなかった気がする。


銀の粒子で防御したのだろうか。


あれなら相当な密度にすることで攻撃を防ぐことができるかもしれないな。


さて、そろそろ俺の番か。


「……お?

ようやくクロカワの番か」


「はい、ちょっくら揉まれてきます」


「ああ、せいぜい暴れてこい。

少なくとも、オリビア以上の見せ場を作ってくれ」


「そんな無茶な……。

まぁ、やってはみますが、期待はしないでくださいよ」


「おう、じゃあな」


みんなの応援を受けて、俺は指示されている経路で目的の場所を目指す。


途中、アルメイダルの姿を見かけた。


「ああ、そう言えば次は君の番か。

君の無茶はよく耳にしているから、あまり変なことは考えぬようにな。

身の丈に合った行動こそが、長生きする秘訣だ」


え、そんなに先生方に俺の話が通ってるの?


とりあえず良いことを言ってくれているっぽい。


「先生はこちらで何を?」


アルメイダルは何気なく歩いているようだったので、俺はそう尋ねた。


「私は周辺の警備をな。

皇帝陛下が来られていて試合を観戦しておられるから、その関係だ」


「ああ、そうなんですね」


そう返したものの、皇帝と聞いて俺の身が少し固くなった。


アルメイダルに気づかれていないだろうか。


「どうした、緊張しているようだぞ?」


やはり咎められた。


「あ、いえ……皇帝陛下に見られていると考えると途端に緊張しちゃって……」


「それなら、あまり考え過ぎぬことだ。

咄嗟の判断での行動が案外最良のものだったりすることもあるからな。

考え過ぎて力を出しきれないのも考えものだぞ?」


考えろとか、考えるなとか、結局どっちが正解なのやら。


ひとまず、俺の動きを緊張と捉えてくれたようだ。


俺は内心でほっと胸を撫で下ろした。


「わかりました、心に刻んでおきます。

せいぜいブーイングが起きない程度に頑張ります」


「ああ、その意気だ」


「ところで、皇帝陛下はずっとこちらにおられるのですか?」


「なんだ、気になるのか?」


「あー、えっと、なんというか、宮仕えをしたいって友達が居たので、陛下が見てるって聞いたら試験も頑張れるのかなと思って……」


「そうだな、そういう学生は多いだろうな。

非公式だが、陛下は試験期間は何度か足を運ばれる予定だ。

直接御目通りする機会なぞ訪れないがな。

それでも、毎年学園内の別室で気になる学生をピックアップして観戦しておられる。

君の友達の試験日に陛下が来られていれば、目に留まることもあるだろうな」


「そ、そうですか。

それを聞いたら彼も喜ぶと思います、ありがとうございました」


少し心が痛いな。


思いつきの作り話だったけど、なんとか信じてくれたようだ。


「ああ、気にしないでくれ。

おっと、君はこんなところで立ち話していても大丈夫なのか?」


「あ、そうでした!

お仕事中お邪魔しました。

では、試験頑張ってきます!」


「ああ、くれぐれも無茶はするなよ」


アルメイダルとの会話で多少情報は得られたが、どうにも曖昧だ。


俺自身は直接皇帝を害するとかいう考えはないんだけど、マリアの話を聞いちゃうと良いイメージは湧かないよな。


マリアはどうやって皇帝に近づくんだろうか。


皇帝の来園が後日いつになるか不明としても、今日は確実にやってきている。


ってことは、俺が皇帝の目に留まる活躍をして取り入るってこと?


んな無茶な……。


「そんなことよりも、まずは目先の腕試しだ」


気を入れ直し、そこからまた何人かの先生方を目にしながら進む。


最後に演習場に入る直前では学生証を確認させられた。


その検問から通路を抜けると、晴れて演習場に到着だ。


「うーわ、ここにきたら緊張感半端ないな……」


そんなことを呟きつつ、中央へ進む。


こんな衆人環視の中で戦えた連中はすごいんだな。


その中でもここで座り込んで抗議を始めたアマラ先輩は特に異質だ。


何考えてるか分からん。


うわー、みんなめっちゃ見てるし。


しょんべん漏れそうなんだけど、途中で漏らしても実況で煽らないでよね。


俺の登場を知らせる実況の声が響いているが、緊張で何も頭に入ってこない。


耳鳴りのような空間の中、ゆっくりと近づいてくるセアドはいつもの見慣れたスーツ姿だ。


いつもと違うのは、両手の全ての指に指輪が複数付いていたり、アクセサリーのようなものが目立つところだろうか。


「そろそろ始めるか。

学園からは教育的な一面を見せつつ試験を行えというお達しだ」


「そう、らしいですね」


アマラ先輩もそんなこと言ってたしな。


「だが、本気でやらねば死ぬと思え」


マリアもそうだけど、先生は学生を殺すつもりでやってんの?


こわいんだけど。


でも相手のスタンスがどうであれ、やるべきことは変わらない。


だから気合を入れる意味でも、


「お願いします!」


そう叫んだ。

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