第5話 今後
クロが去ってしまった。
「ねぇ、ホントにクロを行かせてよかったの?」
アオはどうしても納得がいかない。
「私たちは選ばれて、クロは選ばれなかった。
逃げられないならやるしかないのよ」
「旅行気分はここまでだ。
命がけってことを考えないとな」
「でも……」
場に沈黙が流れる。
「こほん。
クロ様に関しては追い追い対応していきます。
まず皆さまに勇者の称号をお授けします」
エリザそう言われ、シロはアカとアオに目配せした。
アオも状況を受け入れ、渋々同意を示した。
「では勇者となる前に先に言っておきます。
戦うことは了承しましたが、死ぬくらいなら私たちは命を優先して逃げることを選びます」
シロが王をしっかりと見据えて発言した。
「それで良い。
そなた達には生きて魔王を討伐してもらわねばならんのでな。
今後も希望があれば何でも申すがよい」
アイゼン王は大きく頷いた。
「ではこちらへ」
エリザが手招きし、3人がアイゼン王の前に歩み寄る。
「お父様、よろしくお願いします」
エリザそう言うと、アイゼン王が立ち上がる。
「では、そなた達を今代の勇者に任命する!
無事魔王を討伐し、この世界を平和に導いてくれ!」
アイゼン王は続ける。
「ロード、トランセンド!」
アイゼン王の足元に金色の魔法陣が輝くと、シロ達3人に光が降り注ぎ、3人を包んでいた何かが砕けた音が鳴った。
3人に沸々と力が湧き上がる。
アカは両手のひらを見つめてひしひしと魔法の力を感じている。
「これで皆様は正式に勇者と相成りました。
これから魔王復活の時までたゆまぬ鍛錬を。
共に世界を救いましょう」
シロ達が勇者の称号を授与されている頃──
クロはベッドに潜り込んだはいいが、結局眠れないまま悶々と過ごしていた。
くそ、なんだよホント。
何を期待してたんだ。
情け無くてもう3人の顔を見れねーわ。
これからどうしようかな。
まずクロは何をしようにも言葉がわからない。
たとえこのまま王宮に居させてもらっていたとしても、3人の補助なしには必要最低限の会話すらままならないのが現状だ。
そして最悪の場合、使えない人間ってことで即刻追い出される可能性も十分にあり得る。
だからなるべく早いうちに次の方針を立てなければならない。
放り出されてから考えていては間に合わない。
やべぇ、こんな状況初めてだから何していいか分かんないぞ。
とりあえず今の俺が何をできるか再確認しないとな。
ずっとここに居ることは多分できないし、この世界で食っていくにはどうするべきか考えないと。
日本にいた頃みたいに、望めば何でも得られる世界じゃない筈だ。
何か他人とは違う特技でもあれば良かったんだが、今更になって元の世界でなにもしてこなかったことを後悔してるわ。
うーむ。
「何も出てこないなぁ」
ポツリと言葉を発すると、広い部屋に俺の声だけが響き、消える。
孤独だ。
孤独からのスタートだ。
勇者として頑張っていくシロ達には頼れない。
その後もしばらく考えたが、現状俺が持っているものは何もなかった。
あるのは唯一得た"悪食"というこのギフト。
王女様が見て良い印象を持てなかったコレは、俺が見てもロクな物じゃないことは明白だった。
コレ一本の細い命綱で生きていくなんて到底無理な話だ。
あと俺がシロ達を手伝えるようなことも何も出てこなかった。
迷惑をかけてしまうだけだ。
なら、早く言葉をマスターしてここを去ろう。
あいつらも俺がいると何かと気を遣うだろうしな。
言葉を覚えた後は……そうだな、旅にでも出るか。
今出来ることは少ないけど、魔法なんていう夢の世界も広がってるし、のちのち未知を求めて冒険者なんていうのもアリだな。
MPは5しかないけどな。
そう考えたらさっきまでの陰鬱とした気持ちはどこかへ行って、なんかワクワクしてきたぞ。
この世界では今までの自分は捨てて、積極的に行こう。
あいつらが戻ってくるの待つか。
ようやく俺は眠りにつくことができた。
「では今後のことをお話ししていきますので、会議室へ向かいましょう。
クロ様もお呼び致しますので」
そう言ったエリザに連れられて、シロ達3人は彼女と共にクロが到着するまで会議室で待機していた。
「とうとう勇者になっちまったな俺たち」
「そうだね、今のところ不安しかないけど。
あとクロもあんな感じで戻っちゃったし、今からちょっと顔を合わせづらいよね」
「仕方ないわ。
ちょっと立場が変わっちゃったけど、私たちはずっと一緒よ。これは変わらないわ」
しばらく3人が話しながら過ごしていると、扉を開いてクロが入ってきた。
3人がどう声をかけていいか考えていると、
「さっきは悪かった。
考えたんだが、俺は旅に出ることにした。
そうするにあたってまずは言葉を覚えたいと思う」
さっきまでの様子は何だったのかというテンションでクロは声を上げた。
クロの急な変化に反応できなかった3人は、ポカンとしてしばらく反応できなかった。
「え、どういうこと?」
アオが聞き返す。
「これからどうしようか考えた時に、俺が出来ることなんて何も思い浮かばなかったんだ。
それだとここに居ても迷惑なだけだし、3人も勇者になったからにはやることが多いだろ。
俺が居たらみんな気を遣っちゃうから、俺はここを出るよ。
だから俺に構わずやるべきことをやってくれ。
俺にはできないことだからな。
その間に俺は世界を見て回ろうと思う。
そこで俺に出来ることを探すよ。
将来的に勇者のお前達を手伝えるようなこともあるかもしれないしな。
だからここで燻ってちゃダメなんだよ。
まぁまた世界が平和になった頃に戻ってくるよ。
世界を頼むわ」
俺は晴れやかな顔で言い切った。
全部本心だ。
「待ってよ。なんで勝手に決めるんだよ。
4人でずっと一緒でしょ」
アオが怒るってるのなんて初めて見たな。
かわいい。
アカとシロは何も言わずに居てくれているが、アオだけは納得がいってないみたいだな。
「それでいいんだな?」
「ああ、決めたことだ」
「分かった。こっちは任せろ」
アカがすごい頼もしくなってる。
シロも同意見って顔だ。
何か心境の変化でもあったのかな。
あとはアオだけ。
「アカもそんなんでいいの?
別にクロはこのまま居たっていいじゃないか。
今まで通り4人で居ようよ」
「無理だ。ここにいても俺がダメになるし、アオ達もダメになる。もう今まで通りでは居られないんだよ。
分かってくれ」
「………」
まぁアオも俺が居なくなったら、ちゃんとやるべきことをやってくれるだろう。
今がいい機会だ。
「じゃあ、このことをそこに居る王女様に伝えてくれるか?」
彼らの話がまとまったようだ。
どうやってクロを厄介払いすべきか考えていたエリザだったが、クロ自ら出ていくことを言いだしてくれるとは思ってもみなかった。
クロはギフトを得ているとはいえ、魔王との戦いで使えるようなレベルのステータスではない。
クロを残していても足手まといになるばかりか、勇者の成長を妨げる可能性さえあったので、クロの提案は渡りに船だった。
クロは言葉を習いたいということなので、多少のお金を持たせて学校にでも突っ込んでやれば良いだろう。
そんな感じでエリザの中で方針が固まった。
「そうですね、それではクロ様にはこの世界の常識について知っていただいたのち、学校で学んでいただきましょうか。
学校への入学の旨を記した書状を作成いたします。
王宮への出入りも自由にできるようにしておきますので、やりたいことをなさってください」
エリザが言うと、クロから感謝が伝えられた。
そしてエリザは続けた。
「では、この世界のことや魔法の成り立ちから説明させていただきます」
エリザからクロ達への講義が始まった。