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5.一七二九

 学校が死んだようになっている、とラウラは感じていた。いつものように授業が進み、機械を分解する実習も行われている。ただ、先生達は淡々と授業を進めているばかりで、いつも感じる熱意のようなものは、何も感じなかった。ミアの話が本当なら、地下室にいるKがジュディを伴って脱走し、連れ戻そうとしたが失敗したのだ。もう十日ほど経つが、ジュディは姿を見せない。Kをつかまえることができないのだろうか。

 さらにミアもいなくなった。ここ二、三日、姿を見せない。部屋に行ってもいつも、誰もいない。シモーヌ先生に訊いてみたが、分からないので探していると言う。

「あの子は夜に出歩くことが多かったので、何かに巻き込まれたのかもしれない」

 困ったような表情で言うのだが、本当は困っていないように見える。Kのことで、それどころではないのか。ミアなんてどうでもいいのだろうか。何か手がかりはないかと、ミアの部屋に入って、並んでいるノートなどを片端から見ていったが、授業内容以外、何も書かれていない。机の引き出しも一つずつ開けてみたが、文房具が入っているばかり。ラウラはため息をつく。ふと、一つの引き出しの奥の方に何かがあるのに気づいた。紙に包まれているそれを引き出してくる。握りこぶしぐらいのものだ。ラウラは包みを開いてみた。黒い塊だった。重くはない。何か見たことがある感じだ。ミアがKと先生達の戦いを見た時、出現した黒い機械、ワームの破片だ。破片はその後二人で昼の街へ出た時も落ちていたが、指先ほどの、ごく小さい物だった。これはもっと大きい。あの小さい破片はラウラが触ると動いたように感じたが、これはどうだろう。ラウラは手に取ってみる。冷たくはない。手触りからしてやはり木のようだ。確かに、分解の練習をする板金とは違う。

 その時、塊が震えたように感じた。やはり動いていると思った。塊をじっと見つめると、ところどころ、赤い小さな光が、点滅しているのが分かった。決して強い光ではない。光は一定の間隔で点滅を繰り返し。だんだん強くなっていくようだった。この塊はやはり生きている、ラウラは思った。その時、頭の中に何かが流れ込んできた。止めることができない。流れ込んできたその何かを見ようとするが、追いつかない。ラウラは呆然として、されるがままになったいたが、やがて意識が遠くなってきて、その場で倒れてしまった。


 泣いている人が見える。女性だ。誰かを抱きかかえている。子供のようだ。女の子。目を開けたまま。意識はない。傷だらけだ。Kだ。いや、Kが機械なら傷つかない。だから本物の人間。暗転。地下室。機械の山。泣いていた女性がいる。中年の女性。台の上に横たわる人型の機械。精密な白い機械。駆動部ばかりではない。腕に強力なレーザー光の発射装置。腕だけでなく、全身に武器を備えている。暗転。同じ台の上。女の子。今度はKだ。あの全身兵器の人型が、女の子になっている。暗転。死体の山。破壊された建物。廃墟のような街をKが一人で歩いていく。


 夢? ラウラは目覚めた。床に倒れていた。まだミアの部屋にいる。Kを作ったのは女性で、自分の子供を失った憎しみをKに込めた。そして、Kがどれだけの破壊をしてきたのかは分からないが、危険なので閉じこめられていた。しかし止めることも壊すこともできない。そしてKを停止させる方法は一つしかない。周波数一七二九ヘルツの音波を十三秒以上浴びせること。Kの中にある特定の微細な部品が共振して壊れ、Kは機能を停止する。設計者が埋め込んだ安全装置だ。でも、なんでこんなことを思い出したのだろう。誰かに聞いたことも、教わった覚えもない。でも、知っている。いや、全てこの塊を手にした時、どこかから流れ込んできたのかもしれない。あるいは、自分のどこかに閉じ込められていたものが解放されたのか。

 黒い塊を、手早く元のように包んで、元のように机の奥に押し込んでおく。

 Kを停止させなければ。それだけが使命のようなものとして、心の中に灯った。ソフィアの話では、白い機械は私達の味方ではなかったか。Kは白い機械だ。でも使命感の方が強い。ラウラはミアの部屋を出る。食堂を通り、隣の建物。あいかわらず暗く、静まりかえっている。薄明かりの中で、下へ降りる階段を探した。建物の隅の方に、下へ向かう螺旋階段を見つけ、ラウラは降りてゆく。暗くて長い階段。Kが戻されていれば、下にいるはずだ。でもジュディを食堂で見ていない以上、誰もいないかもしれない。でも、誰もいなくても、どこに行ったかの手がかりぐらいは見つからないものだろうか。

 階段を下りきって、床に降り立つと、何となく人の気配がした。でも、暗くて何も見えない。広い部屋らしいことは空気の感じで分かる。

「誰かいる?」

 しばらく何の反応もない。でも、前方で誰かが動いた。気配と、かすかな音がする。同時に鎖を引きずるような音もする。。

「ラウラ?」

 かすれたような疲れ切った声。それが誰かが分かってラウラは慌てる。

「ミア? ミアなの?」

「ラウラ……ラウラ、助けて」

 ラウラは駆け寄ろうとするが見えない。壁にある照明のスイッチを探し、点灯する。鎖のついた足枷につながれたミアがいた。眩しくて顔を覆っている。ラウラは駆け寄って体を抱く。ミアもしがみついてきた。

「ラウラ……私、死ぬかと思った……」

「どうしたの? なんでこんなことになってるの?」

「それは……私が……」

 その時、地下室に別の声が響いた。

「やっぱり見つけてしまった」

 振り向くと、ソフィアが立っていた。その冷たい口調で、何をしたかが分かる。

「あなたが、ミアを……」

「当然の報い。その子は私に襲いかかってきた」

「ええっ?」

 ラウラはミアの方を見た、ミアはうつむいている。

「どうして……」

「あなたは……大事なことを忘れている。何よりも大事なことを。ソフィアによって。だから私はソフィアを……」

 おとなしいミアが人に襲いかかるなんて。ただ、ミアが直感的に、思い出すべきことの大きさをつかんでいたとも思える。ラウラは再び、ソフィアの方を見る。ソフィアは微笑した。

「その子は誰よりも嫉妬深いの。だから私を憎んでもしかたないけれど、暴力をふるう子には、それなりに教えないといけない。そうでしょ?」

 その時、部屋の外から青い鳥達が飛んできて、ソフィアの周りをぐるぐると回って飛んだ。機械の鳥だ。五羽もいる。

「ラウラ、その悪い子から離れてこっちへ来て。大丈夫、その子を殺したりはしない」

「殺さないで、どうするというの?」

「忘れてもらう。いろいろなことを」

 ミアの震える手が、ラウラをつかんでいた。

「ラウラ……」

 ラウラは立ち上がった。

「ラウラ、行かないで……」

 ミアのか細い声に、ラウラは答える。

「行かないよ。私は思い出したんだから。あなたの言う大事なことを」

「えっ?」

 ラウラはソフィアをまっすぐに見つめている。ソフィアの微笑が消えた。

「その子から離れないと、あなたも全てを忘れることになる」

「もう忘れるつもりはないよ。せっかく思い出したの。私は黒い機械、いいえ、失われた自然界の一人よ」

「何を言っているの? あなたはただの人間よ。黒い機械はこの街を侵略している。学校で教わっているはずだし、あなたなら夜中に外に出て、建物の壁の向こうの異変を知っているはず。その破壊も存在も」

「黒い機械達はみんなKを探していたの。探し回っていた。でも逃げてしまった。あなたが逃がした。Kを利用する気ね?」

 ソフィアは黙ったまま、いきなり五羽の鳥達が襲いかかってきた。ラウラはミアを包むようにしてかばう。二人のすぐ上を鳥達が飛び回る。同時に、ラウラもミアも、頭が割れるように痛くなった。二人とも頭を抱え、うずくまる。

「やめて!」

 苦しむ二人を見て、ソフィアはまた微笑した。

「心配ないわ。あなた達が私を殺そうとしても、私はあなた達を殺さない。今や生身の人間は貴重なの。分かるでしょう? 二人とも役に立つ人間になるのよ」

 ラウラは悔しかった。思い出しただけで、攻撃されたら何もできないなんて。どうすればいいか分からないが、でもどうにかなると思った。自分と何か、どこかでつながっている。

 その時、地下室の壁を突き破って入ってきたものがある。飛び回る鳥達が乱れる。黒い機械の塊。長くつながっている。先頭の方に赤い光が灯っている。

「ワームだ……」

 ミアが言った。ラウラは何のことだか分からない。

「ワーム?」

 ソフィアも驚いたようだ。ソフィアはワームを見たことがないらしい。鳥達は二人の頭上を離れ、ワームの回りを飛び回り始めた。その飛び方は二人の頭上の時とは違う。より速く、そしてどこかから光を放っていて、五つの光がワームを囲んで回っているようだった。二人の頭がまた痛くなってくる。ワームも動きが激しくなり、暴れて苦しんでいるかのようだ。火花が何度か散り、部品のかけらがいくつか落ちてくる。

「だめ、ワームがやられる……」

 ミアは半分泣いていた。ラウラも恐ろしいばかりだったが、体の中から何かが沸き上がるのが分かった。喉の奥から。それは一七二九ヘルツの歌。誰に教わるでもなく、様々なことを思い出すと同時に身についていたもの。ラウラは立ち上がり。口を開け、歌声を放った。ソフィアがラウラが突然歌い出した意味が分からないようで、呆然と見ているだけ。十三秒。鳥達の動きが止まった。あるものは床に落ち、あるものはそのまま壁にぶつかった。ソフィアはそれを見て顔色を変え、慌てて部屋から出て行った。残された二人。ミアも立ち上がろうとした。ワームは暴れるのをやめ、部屋の中をゆっくりと動いている。ラウラはミアを抱きしめた。

「ミア、もう大丈夫。心配したよ」

 ミアは泣きじゃくっていたが、自分の足枷を見た。これでは自由に外に行けない。

「これを取りたいよ」

「そうだね」

 足枷は金属の輪だったが、見ると、鍵などではなく、足首にはまった輪がネジで止まっているだけだった。ネジをゆるめれば簡単に取れそうだ。ラウラは部屋の中でネジ回しを探し回る。ワームは壁の中に消えていった。

 Kが住んでいたらしい中央のエリアには生活用具以外何もなかった。部屋の壁際に棚があり、そこには工具箱があって、無数の工具が入っていた。Kは機械だから、メンテナンス用の工具かもしれない。ラウラはネジ回しを探し出し、ミアのところに戻った。そしてネジ回しを手にネジをゆるめようとするが、先端をネジの頭に差すことができない。先端を近づけるとひどい寒気がして手が震える。ラウラは自分が信じられなかったが、自分達は誰も機械を分解できないように生まれついている。

「そんな……ミアを助けなきゃいけないのに」

 ラウラの手は震えたまま、どうにか足枷のネジにたどり着こうとするが近づけない。

「一緒にやろう」

 ミアが言った。ラウラはうなずく。二人で手を重ね、ネジ回しの先端が近づいてゆく。そしてネジの頭に差し込まれた。

「回そう」

「うん」

 力を込めて回すと、ネジがゆるんでいった。ラウラはあいている手でミアを抱いた。ミアも体を寄せる。ゆるんだネジが足枷から外れた。同時に輪が開き、ミアの足が解放された。二人はそのまま体を寄せ合い、座り込んだ。しばらく息を切らせていたが、ラウラがつぶやく。

「行かなきゃ……ソフィアはまだ、何かしようとする」

「私は無理……あなたみたいに元気じゃない」

「私だけで行く」

「気をつけて。ソフィアは恐ろしい子よ」

 ラウラはふいにミアの方に顔を寄せ、唇を重ねた。ミアはよけるひまがなかったが、拒絶するでもなかった。ラウラは唇を離して微笑する。

「やっと受け入れてくれた」

「今だけだよ。助けてくれたお礼に」

 ミアも少し笑っていた。ラウラは立ち上がった。

「早く何か食べた方がいい」

 そう言ってミアと別れ、螺旋階段を上っていく。建物の出口から外に。学校にも寄宿舎にもソフィアはいないだろうと思った。外は夜。月が出ている。道路に出ても誰もいない。外にはいないのだろうか。

 空気が震えている。低い音に気づいた。道の向こうから何かが近づいてくる。月明かりで見える。移動している。それは背の高さの二倍ぐらいある大きなもの。空中に浮いたままこっちに近づいてくる。機械だ。無数の部品で作られていて、動いて月の光を反射している。ラウラはそれに見覚えがあった。忘れるはずはなかった。教会にうごめいていた機械。それが外に出てきた。ラウラの体が震えた。普通の機械の比ではなく、あれは何か異様な力を持っている。まともに相手をすればひとたまりもない。かといって、自分に何があるというわけでもない。寄宿舎に戻ろうと思った。でも、扉が閉まっていて、外からは開かなかった。ラウラは焦った。外から開かなくなるなんて、今まで一度もない。近づいてくる機械の方を見る。白い機械に違いない。無数のうごめく部品が組み合わさって、一つの大きな機械を作っている。そして、移動する機械に合わせて歩いてきている少女がいる。ソフィアだ。いつものように微笑している。あの微笑に惹かれた時もあった。今のラウラは怯えているが、寄宿舎の中に入れないのなら、立ち向かうしかない。ラウラはソフィアと機械の方に体を向けた。

「それは、教会から持ってきたの?」

「あなたが目覚めてしまった以上、一刻も早く、また眠ってもらわないといけない」

「なぜ? あなたには関係ないでしょう?」 

「関係あるわ。あなたはKを破壊しようとする」

「当然よ。あんな恐ろしい兵器、残しておけるわけないよ」

「恐ろしい? 確かに。でも魅力的でもあるの。あの力を利用できれば、この世界を再び人類の手に戻すことができる。制御が利かなくなった機械に立ち向かえるのは、人間が制御できる機械だけよ」

 大きな機械が宙に浮きながら、低い音を立てている。そして構成している部品のいくつかが動いていて、機械の表面にうごめく模様を見せている。機械の前面が、扉のように左右に分かれた。その間からは内蔵のように入り組んだ部品が見えている。

 歌が聞こえた。金属板が鳴る歌。ラウラも負けないように、歌声を出し始める。ソフィアの鳥達を止めた歌。しかし、機械が放つ歌の方が大きく、ラウラの声はかき消されてしまう。何秒歌おうが、機械に変化がない。やがてラウラの声が出なくなった。頭の中に、機械の歌ばかりが響き始める。何も考えられない。ラウラは立っていられなくなり、地面に膝をついた。やがて体も前に倒れ、両手をついてしまう。意識が遠くなってくる中、ソフィアの声が聞こえた。

「おやすみラウラ。今度目が覚めた時は、ほとんどのことを忘れているよ。多分、私のことも」

 忘れるわけにはいかない。そう思ってはいても、意識が途切れそうだ。相手は教会にいる神に等しい機械。戦っても勝ち目はない。ここで終わってしまうなら、ミアに謝らなければ。でもミアのことも忘れてしまうのかもしれない。

「いやだ……私は……」

 力が抜け、ラウラは地面に横たわった。目だけが宙に浮いた機械を見ている。

 その時、まばゆい光線が機械を貫いた。光線は移動し、機械を切り裂いていく。機械の歌が止まった。同時にラウラの意識が戻ってくる。機械はたちまちバラバラにされてしまい、地面に重い音を立てて落ちた。衝撃で地面がわずかに震えた。機械はそのまま動かなくなり、あらゆる点滅が止まった。

 光線はどこから出たのだろう。ラウラは体を起こし、振り向いて道の向こうをみる。Kが腕を機械の方に向けていた。腕の皮膚は割れていて、そこには金属の細い兵器があった。隣にはジュディがいて、Kにそっとしがみついている。Kが機械を壊した。ソフィアが呆然としてKを見ている。

「K! ……あなたは自分が何をしたか、分かっているの?」

 そしてソフィアは、ラウラの方に指を突きつける。

「その子は、あなたを破壊する気でいる。その力も持っているんだよ」

 Kは冷たい目でソフィアを見ている。

「余計な神は必要ない。それに私は決して破壊されない」

 そう言って、今度はラウラの方を見た。

「私を壊せると思うなら、試してみる? あなたの命を賭けて」

 Kは笑ったように見えた。一七二九ヘルツの声。確かに出すことはできる。しかしKの停止まで十三秒かかる。その間に自分が破壊されてしまうだろう。Kの破壊力は、今目の当たりにした。ラウラは何もできず、体だけが震えてくる。歌声の機械よりも恐ろしい。

 その時、地面がかすかに揺れ、地鳴りのような音がした。

「おや、また来たようね」

 そして地面が割れて、ワームが出現したが、それは今までと違っていた。長くつながってはいない。一つ一つがバラバラな、機械部品の塊で、それぞれが翼を持っていて、次々と地面から飛び立ち、高く舞い上がり、一気にKの方へ向かってきた。Kは表情は変えなかったが、何か動揺しているようにも見える。ジュディは、Kから手を外し、耳をふさぎ、その場にうずくまった。Kはそのまま腕を上に向ける。まばゆい光線が放たれ、飛ぶワームは次々と落とされていった。しかし、相当の数があり、Kも手こずっていた。今だと思い、ラウラは声を放つ。声はKに聞こえているはずだが、Kはワームに夢中になっていて、声には気づかない、いや、気づいていても、それが自分を壊す声だとは思っていないのかもしれない。

 十秒ほど経過したが、不意に後ろから突き飛ばされた。ソフィアだった。ソフィアが自分を妨害している。ラウラは地面に転倒した。

「そんな声、二度と出せないようにしてやる」

 そう言うなり、ソフィアが飛びかかってきた。横になった体の上にまたがって腕を伸ばし、首を絞めようとする。ラウラは必死に迫ってくる腕を払いのける。しかし、首に両手がかかってしまった。手をどけようとするが、ソフィアの力は強く、どけることができない。叫ぶこともできない。苦しい。涙が出てくる。死にたくない。でも死ぬかもしれない。一瞬、ソフィアと仲がよかったころが思い浮かぶ。絶望的な気分。しかし次の瞬間、ソフィアが何かの衝撃を受けて倒れ、手が首から離れた。ラウラは体を引き離し、荒く呼吸した。

「ラウラ! ラウラ! 大丈夫?」

 ミアの声。ミアが助けてくれた。今度はラウラが、ミアにしがみついた。

「ソフィ……ソフィ、アは……」

 うまく声が出ない。

「分からない……死んだかも。後ろから思い切り殴ったから」

 見ると、ソフィアが倒れていた。ミアが凶器に使ったのは、あの黒い機械の破片だった。重くはないが、凶器には使える。ソフィアはわずかに動いているので、生きてはいるようだ。そして、Kとワームの戦いも終わっていた。Kは何事もなかったかのように立っている。そしてラウラとミアの方に歩いてきた。Kは冷たい目をしている。機械だから当然だ。ラウラはとミアは、支え合ったまま地面に座り込んでいる。Kは黙って、腕を二人の方に向けた。かすかな機械音がして、腕に細長い四角の切れ目が入る。腕の中から、細い管が組み合わさった装置が出現した。きっと光線を放つ装置だ。二人に向けられている。巨大なワームを一瞬にして切り裂いた光線。ミアはその威力を見ていた。ラウラもさっきの戦いで威力は知っている。二人とも声も出せない。

「訊きたいことがある。そっちの歌う女に」

 Kはラウラは見ながら言った。

「何?」

「私はなぜ造られた?」

 そんなこと知っているのかと、ミアはラウラを見るが、ラウラは冷静に答えた。

「あなたのもとになった人間がいる。その人はひどく傷つけられた。母親があなたを造った。世界に復習するため」

「その母親はどこにいる?」

「分からない」

 次の瞬間、腕から光線が放たれ、ラウラとミアの間に光が走った。焼けるように熱く感じたが、焼けてはいなかった。それでも、恐れさせるのには十分だ。二人とも体が震えている。

「知らない……そこまで分からないよ……」

 ラウラが震える声で言う。また光線が走る。でも、ラウラは何も答えられない。

「これからでも思い出せる?」

「……分からない」

「思い出せるなら、歌って」

「え?」

「停止した私を、母親のもとに連れて行って。腕のこの兵器を除去して、そして再起動してほしい」

 いつの間にかジュディがKの隣に来ていた。Kに寄り添う。

「ジュディは私の腕を悲しんでいる。これがあるから黒い機械に狙われ、人間に利用されようとする。なくなれば、ジュディと好きなところで暮らしていける」

 ラウラはじっとKを見ていた。

「思い出せる?」

「多分……いいえ、きっと思い出して探し出す」

 ラウラがそう言うと、Kはうなずいた。そしてジュディの方を見る。

「少しのお別れだよ」

 ジュディは言ったことが分かったのか、Kにしがみついた。Kは構わずラウラの方を見た。

「歌って」

 そしてラウラは歌った、いつの間にか知っていた、一七二九ヘルツの声。その声で、Kの中にある微細な部品が共鳴する。そして十三秒。Kがゆっくりと倒れた。ジュディは涙を流していた。

 倒れていたソフィアがゆっくり起きあがる。そして倒れているKを見た。何も言わなかったが、その表情には怒りと失望が見えた。

「自らこんな結果を選ぶとは……」

 ラウラとミアはソフィアを警戒したが、ソフィアはそのまま黙って去っていった。ミアはラウラに寄り添い、ジュディはKの傍らに座ったまま、長い時間が流れた。やがて、ラウラが口を開いた。

「Kの母親を探さなきゃ……」

「どうやって?」

「分からない。でも何かしなきゃ。Kは機械じゃない。心を持っている。人間にしてあげなきゃ」

 それから、三人がかりでKを運んでいった。


 ソフィアはあれから学校にも、寄宿舎にも帰ってはこなかった。どこかに消えてしまった。でも、あの日以来、学校にたまに青い鳥が来る。ソフィアの使いだとは思うが、何をしに来ているのか分からないし、実はただの、本物の鳥かもしれない。

 ミアとは前よりも親しくはなったが、ラウラが求めても唇を重ねてくれなくなった。そういう関係ではいたくないらしい。でも、二人は別れるでもなかった。互いに近くにはいたいと思っていた。

 学校で、Kのことは口止めされた。そのかわり、先生達はKの母親であるところの博士を探してくれることは約束してくれた。でも、生きているかは分からないと言う。

「生きていても、多分百歳ぐらいね」

 シモーヌ先生が言う。そして、ラウラのことを、どこか眩しそうに見る。

「記憶が生まれたんだって?」

「ええ、Kのことを、いろいろと思い出したんです。でも、どうしてなんでしょうか? どうして私が……」

「何かつながりがあるようね……あなたの出生を調べさせてもらった。あなたは少し特別な受精卵から生まれている」

「特別な、受精卵?」

「約七十年前の。もしかすると、あの博士のかもしれない」

「ええっ? すると……Kの母親というのが、私の母親?」

 この時代、母親といっても、あまり現実味がない。何か昔の、しきたりを聞くような気持ちだ。

「そうかもしれない。でも、だからといって、記憶を埋め込むなんてできない」

「何だろう……」

「全てははまだ、これからよ」

 そう言って、シモーヌ先生は微笑した。


(終わり)

もともとはブラザーズ・クエイの映画「ベンヤメンタ学院(INSTITUTE BENJAMENTA)」みたいな雰囲気のものを書きたいと思って、なかなか進まず、中途半端にも見えますが、これはこれで終わりです。

気が向いたら、続きを書くかもしれません。

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