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4.K

 突然授業が中止になった。廊下を誰かが走る音がしていたかと思うと、いきなり教室の扉が開いた。授業をしていたダニエラ先生が行き、小声で何か話を聞いた。先生の顔色が変わるのがミアにも分かった。何か異常なことが起きた。監視機械に誰かがつかまったのか、あるいは機械が学校内に侵入したのか。先生は扉を閉めると、教室内に向かって言った。

「今日の授業はおしまいです。寄宿舎に帰って下さい。決して外には出ないこと。危険です」

 生徒の一人が何が起きたのか訊く。

「詳しくは伝えることができません。時間がありません。ただ、機械側の重大な攻撃の一つであると思って下さい」

 教室内がざわめく。

「でも、心配しないで下さい。この施設は大丈夫です。繰り返しますが、決して外に出てはいけません」

 何が起きているのか、外に出てみたい。ミアは思った。ラウラの方を見てみる。きっと好奇心の強いラウラも同じことを考えているはずだ。ただ、ラウラは普段と変わらない様子で帰り支度をしている。ミアは立ち上がり、ラウラの近くまで行った。小声で話しかける。

「外、行ってみない?」

 ラウラは目を見開いてミアを見た。

「何言ってるの? 危ないじゃない」

「でも、ラウラなら行きたがるかと……」

「いくら何でも無理だよ。あなたも行っちゃだめ」

 ミアが何か言葉を返そうとした時、ソフィアが来た。

「ねえ、しかたないから、私の部屋でカードゲームでもしない?」

「ソフィア、外は気にならない?」

 ミアが訊くと、ソフィアは微笑する。

「気になるけど、今は先生達に任せるしかないわ。あとで報告してくれるよ」

「何が起きてるか、分かるの?」

 ラウラも気にはなっているらしい。ソフィアは首を横に振った。

「分からないけど、ラウラは何度か外に出ているでしょう? 何が起きてた?」

「え? 建物の中で、機械の音がしてた……この街が少しずつ機械に変わっていくって」

「そう。いよいよ、この建物が狙われているのかもしれない」

 ラウラは身を固くするが、ソフィアは微笑したままだ。

「この施設は大丈夫だって……」

「絶対大丈夫な場所なんてないわ」

「ねえ、私達にできることはないの?」

「ないと思う。あれば先生は私達に何か指示している。私達はまだネジを外すことすら満足にできないでしょう?」

「うーん、そうね……」

 ラウラは顔をしかめている。

「でも心配ない。この学校の先生方はかなりの実力を持っている。前の学校とは比べものにならない。きっと何とかしてくれる」

 ラウラはそれを聞いて一応納得したようだが、ミアは納得がいかず黙っていた。街の中で、壁から出てきた機械。あの赤い光を見た時、あれは機械だったが、同時に機械ではない何かだと感じた。自分達に近い何かだ。ラウラとソフィアに誘われたが断り、ミアは一人で部屋に戻った。

 ラウラの好奇心が弱くなっている。ソフィアのせいだと思った。ベッドに横になっていると、夜の街で見かけた、ラウラとソフィアが思い出される。ソフィアのことは好きではない。でも、ふとした拍子に、ソフィアが自分に唇を重ねてこようとする姿が浮かび、慌てて意識から追い出している。あの子はいったい何だろう。ただの転校生じゃない。ミアは起きあがった。このまま横になっていると、自分もソフィアを求めてしまいそうだ。ミアは部屋を出た。

 本当はラウラと二人で外に行きたい。危険な時に一人で出る勇気はなかったけれど、一人で横になっているなら思い切って外に出る方がましだ。

 玄関からは多分出られないだろう。寄宿舎の裏口から出た。庭を回って、そして出入口の様子をうかがう。誰もいなかった。ミアは普通に門から外に出た。夜の街はいつものように静まりかえっている。今日も月が出ていて、完全な闇ではなかった。以前、ラウラとソフィアを追いかけた時と同じように、どっちに行けばいいのか分からない。また適当に行こうかと思った時、玄関の方で、数人の誰かの声がした。ミアは慌てて暗がりに身を潜める。先生達が出てきたらしい。

「準備はいい? 現在の位置はどこ?」

「西に四百メートルです」

「レーザーケージは」

「準備完了。いつでも使えるわ」

「じゃあ、ワームが出現する前に、行きましょう」

 ダニエラ先生や、シモーヌ先生の声もする。

「ケージが使えなくなったら、Kを破壊してもよい」

 やや野太い声。校長のゴーシャ先生だ。滅多に姿を見せない。ゴーシャ先生の体は、かつて機械に襲われたため、半分近く作りものだという。

 何人かの足音が、ミアの近くを通り過ぎる。気づかれたら困るので、ミアは体を丸めて小さくなっていた。レーザーケージ? ワーム? K? 聞いたことのない言葉ばかりだ。足音が遠ざかっていく。ミアは顔を上げた。道路の方に出る。作業着のようなものを着た一団が去っていくのが見えた。ミアは慌てて追いかける。彼女らは何を追っているのだろう。

 その時、一団が向かう先あたりから、空と地上をつなぐまっすぐな青白い光の筋が走った。鮮やかな光線。同時に、真上あたりでくぐもった爆発音がした。見ると、ほぼ真上で何かが赤い炎を出して燃えながら飛んでいた。それは落ちていく。飛んでいたものがあの光線で撃たれて火を吹いたのだと分かった。炎が落ちていき、やや離れた所に落下して音を立てた。わずかに地面が揺れる。地上に何かがいる。光線を放つ危険な何か。多分機械だろう。でも、機械なら密かに街を侵略しているだけのはずなのに、なんで外に出てあんな攻撃をしているのだろう。それに、攻撃された方も、空を飛んでいて、光線で撃たれたら火を吹くなんて、まるで機械同士の争いじゃないだろうか。ミアは一団を追いかけて走り続ける。

 太い道路、一団の先にいるものが小さく見えてきた。それはミアの予想もしないものだった。二人の少女だ。道路の真ん中を、向こうに歩いていってる。一人はジュディだ。もう一人は見たことがない。一団が止まった。ミアは隠れながら、一団の少し後ろまで進む。あの二人が目標だろうか。これだけ警戒しているので、武器でも持っているのかもしれない。

 一団の中の一人が、何かの機械を構えた。筒のようなものを二人に向けている。筒は大きめのカバンのようなものにつながっている。次の瞬間、筒から光の筋が四本、放たれた。それは二人を囲んだ。同時に、やや離れた別の場所からも同じように四本の光線が放たれたが、それは二人を囲まず外れた。二人がこっちを向いた。ジュディでない方が、腕を前に差し出す。突然、鮮やかな青白い光がミアのすぐ上を走った。背後で何かが熱で溶けて焼ける音がした。ジュディでない方の少女が、あの光線を出した。武器らしいものは持っていない。明らかにあの子の体から出ていた。ミアは恐ろしくてしばらく顔を上げられない。前の方で先生達が騒いでいる。誰か撃たれたのだろうか。

 ふと、地面が細かく揺れているのに気づいた。あの少女の何かだろうか。そう思ったとたん、前方の建物から何かが崩れる音がした。ミアは驚いて顔を上げる。壁を壊して何かが出てきた。黒っぽい機械だ。前もそんなことがあったが、あれとは大きさが違う。ずっと大きい、そして長くつながっている。それが壁の中から吐き出されるようにどんどん出てくる。棘が無数に生えたような先端が、下の体に押されて上の方に向かっている。まるで蛇だ。先生達の中からワームと叫んでいる声。あれがワームだと思った。先端は見上げるほどの高さに持ち上がり、全体の姿は体を起こした蛇のようなもの。無数の黒い機械部品で作られている。

 ワームの先端の方に赤い光が見えた。目のようだが、あれは魂だとミアは思った。棘の生えた全体が頭だろう。その時、頭が二つに割れて、巨大な口のようになった。開け閉めをしながら、地上を向いている。口の縁に並んだ歯が見えるようだが、よく分からない。自分の方には来ないと思うが、今にも襲いかかってきそうなので。身を固くしていた。ワームは口を開閉させ、地上を見回している。そして二人の少女を見つけた時、ワームは頭を震わせ、咆哮を上げて、口をさらに大きく開くと、一気に少女達に襲いかかった。ジュディが震え上がって、隣の少女につかまった。その時、隣の少女の腕から、再びあの青白い光線が放たれ、ワームの体を縦二つに切り裂いた。ワームは暴れながら、部品が飛び散ってバラバラになる。けたたましいワームの吠え声、ミアは頭を抱えてうずくまる。飛び散る部品の一つにでも当たったら、死んでしまうかもしれない。幸いミアの所には、ほとんど飛んでこなかったが、いくつかの破片はあたりに転がっていた。ワームの断末魔の吠え声と、壊れる音が止み、あたりは静まりかえった。

 ミアは顔を上げた。前方に先生達が立っていたが、何人かは立てないようだった。その向こう、二人の少女はまだ立っていたが、光線を出した少女が、ジュディの体に腕を回し抱いた。さらに、背中から何か細い羽のようなものが出現した。次の瞬間、羽の先から音を立てて光が放たれ、少女はジュディを抱えながら上っていった。あの少女は人間じゃない。機械だ。それも精密で、強力な武器を備えている。あの機械の少女はどこから来たのだろうか。どこか他から来て、なぜジュディだけ連れ去ったのか。いや、あの建物にわざわざ外から来て入るとも思えない。ジュディのいる建物にもともといたのかもしれない。二人の少女は消えて、戦いは終わった。先生達に見つかってはいけないので、ミアも慌てて帰ろうとする。ふと地面を見ると、黒い機械部品の一つが落ちていた。片手に収まるほどの小ささだったので、ミアは何気なく拾って、そして驚いた。思ったよりも相当軽い。金属製かと思っていたが、手触りは木だった。すると、以前壁の中から出てきた機械も、今回のワームも、この黒い木のような部品でできているのだろうか。夜中に建物の中で動いているのはみんなこの部品なのだろうか。すると、学校で分解の練習をしているものとはずいぶん違う。分解するのはみんな金属部品だ。それとも先生が知らないだけだろうか。

 ミアは部品を隠し持って部屋に戻った。


 それから二、三日しても、ジュディが戻ってくる様子がなかった。

 学校が休みの日曜日、珍しくラウラに誘われた。今日はソフィアが、元の学校の子と会うため、いないのだと言う。二人で昼の街に出た。

 まるでいつも、何事もないかのような街。賑やかな通り、開いている店、広告、道行く老若男女、走り回る子供達。笑顔で行き交う人。夜ごと密かに学んでいる生徒が外に出ると、誰もが同じ感想を持ってしまう。機械の侵略なんてことは、実はどこにも存在してなくて、自分達が全部、先生とかいう人に騙されているだけなんじゃないだろうか?

 人に紛れてゆっくりと、無数のレンズを備えた監視機械が通る。二人も他の人と同じように歩く。機械に目をつけられてはならない。でも、あの機械も本当に監視機械なのだろうか? 誰がどこで監視しているのだろう。ミアは通り過ぎる機械を横目で見るとはなしに、考えている。ふと、思い出したことがあった。

「ねえラウラ、ちょっと行ってみたいところがあるんだけど」

 そう言って、ラウラを連れて先日の夜、先生達と二人の少女とワームの戦いの現場に行ってみた。しかし、そこには何の跡形もなかった。他と何も変わりない。やや広い道路で、人が行き交い、左右に店があった。ミアは呆然とする。あの光線で、焼けただれるほど破壊された建物の壁は、地面に散乱したワームの残骸はどこに行ったんだろう。

「何を見てるの?」

 黙って道路や建物を見ているミアに、ラウラが訊く。

「こないだの夜ね、ここで戦いがあったんだ」

「ええ? 外に出たの?」

「ちょっと……大きな声出さない方がいい」

 ミアは間単に、あの夜起こったことを小声で話した。誰に聞かれているか分からない。

「そうか、だからジュディがいないんだ。でも信じられない。その化け物みたいな女の子はジュディと一緒だったの?」

「うん」

 ラウラは何かを考えていた。

「Kだ……ジュディはKを守ってるって言ってた。それが女の子だってことも」

「ええっ?」

 今度はミアが驚いた。確かにKという言葉は聞いた。ラウラはソフィアに言われるまま、ジュディを呼び出したという。そこでKの存在を知った。

「守ってるっていうか、ジュディが守られてたけどね」

「Kがそんな破壊力なら、どうして今まで中に閉じこめられていたんだろう」

 ラウラは考えているが、考えたところで分からない。

「ねえ、さっきした戦いの話、ソフィアには言わないで」

「どうして?」

「言わない方がいいと思う……何となく」

 それでも、今のラウラなら言ってしまうような気がする。ラウラはもう自分よりソフィアの言うことを聞くような気がして、気分が沈んでくる。ミアはつい下を向き、その時、地面の何か目についた。指先ぐらいの小さい、黒いものが落ちている。まさかと思い、ミアは拾い上げた。あの時拾ったものと同じ、黒い木のような部品の一部。除去し切れずに残っていたらしい。

「何? それ?」

「信じられないかもしれないけど、壁から出てきた機械の一部」

 そう言って、ラウラの手のひらに乗せた。ラウラはしばらくそれを見つめていたが、やがて手が震えだし、その後、放り出すように落としてしまった。

「どうしたの?」

 ラウラは恐れるとも戸惑うともつかない表情になっている。

「分からない……なんか……なんか起こりそうで……その破片、勝手に動くよ」

「まさか……」

 ミアはラウラが落とした破片を拾い、手に乗せた。動くとは思えないし、実際動かない。ラウラの顔を見る。

「動いたんだよ」

 その時、遠くからやってくる監視機械が見えた。ミアは反射的に破片を放り出した。持っていてはまずいと思った。監視機械が近づき、目の前を通り過ぎてゆく。通った後、破片が落ちていたはずの所には何もなかった。回収されてしまった。あってはいけないものだからだ。

「そういえば、私も見たいものがあって。来てくれる?」

 ラウラがそう言って、ミアの手を引いていく。連れて行かれた先は教会だった。ミアは慌てる。

「ちょっと……そこに入っちゃダメだよ」

 小声でラウラの耳元に言う。教会は人間の意識を機械のしもべに変える場所だと、学校ですっと聞かされていて、昼に近づくことも禁じられている。

 ラウラはミアの手を引いて入っていくが、ここで抵抗して拒絶したらかえって周囲の人に怪しまれてしまう。ラウラは平気な顔で中に入っていく。ミアはラウラがとうとう頭がおかしくなったのかと思った。おかしくしたとしたらソフィアだ。その時、ラウラがミアにささやいた。

「平気だって。私は確かめたいものがあるの」

「何を」

「祈りを捧げている本体。あなたはなるべく見ないで。三十数えて、私が離れられなくなったら、私をむりやり引っ張っていって」

「そんな……私だって……」

「大丈夫だって」

 どうなるか分からないが、人の列に紛れ、後に引けない。教会の庭に次々と人が入っていく。鋭い屋根の建物があり、その正面が出入り口だ。二人とも子供の頃に連れてこられて以来だ。建物の中にはいると、木のベンチが並んだ大きな空間で、百人近くは入れる。正面のやや上の方、機械があった。ミアは一瞬目にしたが、顔を伏せてしまう。ラウラは機械をじっと見つめている。

「ゆっくり三十数えて」

 ミアは数え始めた。機械からの声が聞こえる。かすれたような、遠くから聞こえるような声。祈りの言葉の一節だ。ミアはラウラと手をつないでいたが、ラウラの手が汗ばむのが分かった。ラウラが手を握りしめてくる。それは異様に強い力で少し痛い。ミアは三十数え終わり、ラウラを引いて出ようとした。ラウラは少し抵抗したが、ミアに連れられて建物の外に出た。ミアはそこでラウラの顔を見る。ラウラの顔はやや青ざめていた

「大丈夫? 顔色が悪いよ。気分悪いの?」

「ちょっと……いや、かなりね……でも分かった」

「何が?」

「あとで話す」

 二人はそのまま寄宿舎に戻った。ラウラはミアの部屋に行くという。


 ミアの部屋で、二人でベッドの縁に座っている。まだ外出している生徒が多いのか、寄宿舎に人が少ない。

「ソフィアが帰ってきたら、まず私の部屋に来るからね、ここにいたいんだ」

 それを聞いて、ラウラもソフィアを警戒しているのが分かった。

「ねえ、教会で何が分かったの?」

「あれは『白い機械』だった」

「白い機械?」

「ソフィアから口止めされているけど、あなたには言わなきゃ。ソフィアが学校で習った話だというの。機械には白い機械と黒い機械がある。私達は黒い機械と戦っている。分解する板金も黒いでしょ。そして白い機械というのもあって、それは私達の味方だというの」

「白い機械なんて……見たことないけど」

「私になついて、そのあと私に襲いかかってきた鳥が機械だったの。あれは白い機械。精巧で、精密で、まるで生き物のように動く。黒い機械は、いかにも機械よ。あの監視機械みたいに。でもね、さっき分かったんだ。教会にあるのは白い機械。街を侵略しているのもきっと白い機械」

 ミアは思い出す。壁から飛び出てきた赤い光を持つ黒い機械。そしてワーム。あれは黒い機械だ。Kを倒そうとした機械。そしてKは……白い機械だ。精密で、精巧で、恐ろしい光線を撃っていた。翼を生やして、ジュディを連れて飛んでいった。

「待ってラウラ……私達は黒い機械と戦っているって言った?」

「うん、学校はそうしている。でも、街を侵略しているのが白い機械だったら、私達は何をやっているんだろう?」

「分からない……分からなくなってきた。分解する板金は黒いけれど、壁を壊して出てきた機械は金属じゃなかった。違うものだよ……」

「私達が知らないことがある……ありすぎる」

 そして、ミアとラウラは目を見合わせた。今二人は同じことを考えていると思った。ミアは口に出す。

「ねえ、ソフィアって……もしかして」

「まさか……ソフィアは少なくとも機械じゃないよ。青い鳥の体は、触ったら生き物じゃない感じに堅かった」

「ソフィアの体に触ったってこと?」

「いや、それは……」

 ラウラは口ごもる。ミアは知ってて訊いている。ソフィアと何度も抱き合っていること。

「そんな気がするってことで……」

 ラウラは隣に座っているミアの手を握った。

「分からない……分からないんだ」

 そう言うと、ミアの方を見つめる。

「唇、当てていい?」

「何言ってるの。私は嫌だって。そういうのはソフィアとやってよ」

「一回だけでいいよ。ソフィアと違うのかどうか」

 ラウラは真剣なようではある。ミアは嫌だとは思っているが、好奇心がないでもない。それにラウラに対し、ソフィアに負けたくないという気持ちもある。このままラウラを取られたままでは嫌だ。

「じゃあ一回だけだよ」

 ラウラはうなずいた。そしてミアの方に体を向け、ミアの体を抱き寄せた。顔が向き合うようになるが、ミアは目をそらしている。ラウラはミアの髪を撫でた。

「ミアはかわいいな」

 思わぬことを言われて、少し高揚してくる。

「そういうのはいいから」

「こっち見てよ」

 ミアはラウラと目を合わせた。ラウラの瞳は黒くて美しい。そういえば、唇を重ねられる想像をしたことがあったが、出てくるのはソフィアだった。ラウラの白い機械の話がどれくらい本当かは分からないが、ソフィアが機械側にいて、何か自分達に影響を与えようとしている気はする。元は別の学校にいたと言うが、本当かどうかも分からなくなってきた。

 ラウラはミアにそっと唇を重ねた。柔らかい唇の感触に、ミアは不思議な気持ちがする。思ったほど悪くはない。ラウラは何度も唇を当て、呼吸が乱れてくるのが分かった。これまでならミアは体を引いてしまうが、今回は引かなかった。それどころか、ラウラの体に腕を回し、背中をそっと撫でると、ラウラはさらに興奮して小さな声を上げた。

「ミア……ミア……かわいいよ……」

 何度も名前を呼んでは唇を重ねてくる。ミアは手を前に持ってきて、ラウラの胸を撫でて、膨らみをつかんだ。ソフィアがそうしていたと思う。ラウラは呼吸を乱して喘ぐ。あの夜の街で見た時のままだと思った。ミアは冷静だったが、ラウラの唇が、ミアの唇だけでなく、頬や首筋まで当てられ始めると、体が別の反応をした。体の中に何か熱が生まれて、全身に広がっていこうとする。ミアは慌てた。

「待って……待って、そこは……」

「そこは何なの?」

 ラウラは何かを見つけて面白がっているようだった。唇で首筋の皮膚をそっと挟むと、ミアの体が反応して、考えることもできなくなってくる。ラウラの手がミアの体を撫で回すと、ミアはラウラのように喘ぎたくなくて、唇を噛んで耐えた。

「我慢しなくていいよ」

「だ、だって……誰かに聞かれたら……」

「まだみんな外にいるって」

 ラウラの手が、下からミアの服の中に滑り込んできた。慌ててラウラの腕をつかんでそれ以上入れないようにした。素肌を触られると、どうなってしまうか分からない。

「手を離して」

「でも、そんなとこ入れないでよ」

 ミアはどうにか伝えるが、ラウラは微笑して、また首筋に唇を当てた。

「ああっ……」

 力が緩んでしまい、ラウラの手が素肌を撫で、胸の方まで回ってくる。ミアは正気を失いそうになり、そうならないためにはラウラを同じ状態にするしかないと反射的に思った。そして、ミアはラウラをベッドに押し倒すと、唇を重ねていった。夢中で何度も唇を当てると、ラウラは何もできなくなって。喘ぐばかりになった。ミアは服の中のラウラの手を引き抜いた。そしていきなり体を離すと、ベッドの脇の床に膝を抱えて座り込んだ。もう何もさせる気はない。ラウラが慌てた。

「ミア……ミア、どうしたの? 怒ってるの」

「一回だけって言ったでしょう」

「だって、あなたからだって……」

「もう何も言わないで!」

 ラウラは言葉が出なくなった。しばらく二人は黙っていた。やがて、ラウラがつぶやくように言った。

「ごめん……ごめんなさい……でも、私、ミアのこと、好きなんだよ……」

 ミアは何も答えない。ラウラは力なくベッドから降りて、部屋を出ていこうとした。

「待って……私も……別にラウラを嫌ったんじゃないの。怖いんだよ……それを、分かってほしい。本当は……」

 本当は応えてあげたい、と言おうとして、言葉が出ない。その言葉を出すのが怖い。そしてラウラに見捨てられるのも怖い。

「分かった……」

 そう言って、ラウラは出ていった。ミアは残された。悲しいだけではない。悲しい分、ソフィアに対する憎しみが強くなってくる。絶対に許さない。ラウラを返してほしい。

 ミアは部屋が暗くなるまで、動かずに座っていた。


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