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1.青い鳥

 誰もが十分近く無言のままだ。女生徒が持つ道具の先端は、わずかに震えているが、それ以上ネジに近づくことができないでいる。他の女生徒が彼女の周りを取り囲んでいる。その一人であるラウラも息が詰まりそうで、思わずミアの方に目を向ける。ミアはラウラの目線には気がつかない。

 道具の先端の十字を、ネジの頭にある十字のくぼみに合わせ、回すだけだ。女生徒の額に汗の滴が浮き、先端は少しずつ近づいていった。ダニエラ先生はこれが何分かかるのか、砂時計を七つ組み合わせた時間計測器を時々見ている。工場にあるような機械式時計であれば、手のひらに収まるような小ささで、もっと正確な時間が測れるだろう。しかし、この場所に機械は持ち込めない。あらゆる機械には、何かが仕掛けられているので、この場所が発覚してしまうかもしれない。発覚すれば、この学校ごと終わる。

 机の上に乗っているのは、手のひらぐらいの青黒い板金。四隅四ヶ所に同じ色のネジがついている。それを道具で回して外すだけ。ただそれだけが目的だ。誰もがその作業の単純さを分かっているが、実際にその作業を行うことがとても困難だとも分かっている。この世界では、人がこの道具を手にするのは子供を授かる時だけだ。赤子が入った透明の入れ物の、ネジを外すのは母親の最初の仕事だ。だから出産は困難なことだと、ラウラも母から聞いていた。この道具は学校が密かに所有しているものだ。

 道具の先端が、ネジの十字に合わさった。女生徒はうめくような声を上げ、震える手で力を込めるとネジがわずかに回った。それを見た女生徒の何人かが息を飲み、何人かが小さく驚きの声を上げた。ラウラも手を握りしめた。本当はミアの手をつかみたい。でもミアは少し離れたところにいる。

「十四分二十秒」

 ダニエラ先生の声。いつでも落ち着いていて、知性を感じさせる声。あんな女性になりたいと、多くの女生徒は思っている。ミアもそうだ。シモーヌ先生のようになりたいという子は少ない。でもラウラはシモーヌ先生の方が好きだ。

 女生徒は手首を回し、その動きに合わせて、ネジがゆっくり回っていく、板金から浮き上がるネジの頭の下から、らせん状の胴体が現れる。女生徒は顔中に汗を滴らせている。そして最初のネジが抜け、板金の上に転がった。女生徒は喘ぐように大きなため息をつく。

「先生、もう無理です……一つでせいいっぱい」

「十八分……悪くない時間よ」

「でも……これ以上は無理です」

 ダニエラ先生はうなずいた。これ以上は無理であると先生も判断したようだ。


 学校が終わると夜の十時。階段を上がって同じ建物内にある寄宿舎に移動する。工場はいつも午後から稼働するから、明日の昼までは自由時間でもある。ただ、夜の街に出歩く者はいない。危険ではないが、建物以外何もない。人もいないからだ。

 ラウラは早速ミアの部屋を訪れた。いつものことなので、ラウラを見るなり、ミアは立ち上がって迎える。ラウラはすぐに飛びついてミアを抱きしめた。ラウラの手がミアの体をまさぐる。背中や胸に手が這い回る。ミアはラウラを軽く抱いてはいるが、それ以上手などは動かしていない。

「ミア、こっち向いて」

 ラウラがそう言って。ミアの頬に手を当てて、自分の方に向ける。そして、唇をミアの唇に寄せようとした。ミアは顔を引く。

「待って、待って、絶対嘘だって」

「嘘じゃない。シモーヌ先生が言ってた」

「唇同士を合わせるなんておかしい。聞いたことない。絶対汚いよ」

「私の唇が汚いって言うの?」

「そうじゃないけど」

「じゃああなたの唇が汚いの?」

「そういうわけじゃないけど、とにかくなんかおかしいよ」

「ダニエラ先生から何か聞いたの?」

「聞いてないけど」

 ラウラは不満そうだったが、それ以上は迫ったりせず、また腕を回し、体を密着させた。

「今日の授業は最悪。見ていて倒れるかと思った」

「出産ではああいうネジが十六本だってね」

「信じられない。あれを女だけにやらせるって言うの?」

「出産は女の仕事だもの。だいたい男は、あの道具を手にすることすらできないって。手にすると血を吐くとか、倒れるとか……」

「本当? 見たことある?」

「ないよ。だいたい男とどこで会うの?」

「あの道具を持ち出してさ、昼間歩いている男に持たせてみようか」

「本気で言ってるの? 監視機械に見つかったらこの工場ごと壊されるよ。私達は全員殺される」

「怖いこと言わないでよ……だから私……」

 ラウラは、ミアの体をより感じるように、体を密着させて動かしている。ラウラの頬に赤みが差し、呼吸が早くなってくる。

「ミア……ミアももっと私に触ってよ。ダニエラ先生だって言ってるでしょう?」

「う……うん……」

 ミアも手を動かし、ラウラの体に沿って撫でる。積極的ではなく、しかたなく手を動かしているだけのようだが、ラウラの呼吸がさらに乱れてくる。

「ミア……体が熱いよう」

「私は、そんなに熱くないけど……」

 それを聞いて、ラウラは体の動きを止めた。ミアが自分の状態とは全く違うのが分かって、これ以上自分がおかしくなるのが嫌だった。しばらくじっとして、気持ちを落ち着ける。自分だけこんな状態になって、恥ずかしくもあり、腹立たしくもある。ミアが小声で言った。

「ごめんね……」

 そう言って、ミアは少し力を込めて抱いた。ラウラはため息をつく。

「ねえラウラ、またシモーヌ先生に呼ばれたの?」

「うん。明日また外に行く」

「気をつけてね」

「夜中は監視機械は動いてないよ」

「そうじゃなくて、シモーヌ先生って、何考えてるか分からない」

「え? いい先生だと思うけどな」 

 ミアはそっと体を離した。


 聞き慣れない音が、ラウラの耳に入った。何かは知っている。鳥のさえずる声。薄目を開けると、もう部屋の中が明るい。朝になっている。このあたりに鳥はいないはずだから、夢の中の鳥の声かもしれない。でも、夢ではなかった、窓のところでまた聞こえた。かわいらしい声。開いている窓に目をやると、レースのカーテンを透かして、見たこともない青い鳥がとまっているのが目に入った。鮮やかな青色。ラウラは鳥を見つめたまま、逃げないようにじっとしていた。鳥がまたさえずる。ラウラは目を閉じた。愛らしい。ずっと聞いていたい。この街にまだ鳥が残っていたなんて奇跡のようだ。しばらくすると、羽ばたく音がして、鳥は行ってしまった。

 工場に行き、学校に行き、そして夜はシモーヌ先生と二人だ。

 

「昔は……そう十年ぐらい前なら、まだ街灯があって、深夜の街も少しは明るかった」

 歩きながらシモーヌ先生は小声でラウラに話しかける。暗い街路には歩いている人は誰もいない。黒い外套をかぶった二人は影のようになって進んでいる。

「人もいたのですか?」

「いた。多くはなかったけどね。こんなに無人じゃなかった」

 石造りの建物が整然と並んでいるが、星明かりだけではただ黒い影が分かるだけで、何の建物かほとんど分からない。物音はしないが、なぜか息苦しいラウラは思う。物音をたてないように歩いているからだろうか。ラウラがシモーヌ先生について夜の街に出るのはこれで二度目だった。前も同じように感じた。

 シモーヌ先生がふと止まって、建物の壁に耳を当てた。

「今日はここか……聞いて」

 ラウラも同じように耳を当てる。機械の音だ。壁の中で何かが動いている。昼間の工場も同じような音がするが、この建物は工場ではない。

「この前音がしたところは、どうなったんですか?」

「何も……見かけは何も変わらない。ただ、そこに人が住んでいた場合、その人はもう存在しない」

「じゃあ、ここにもし人が住んでいたら?」

「明日からは人ではなく、機械として生きる」

 いつも教わっている話だ。この街は少しずつ機械と入れ替わっている。機械を使って便利に生きているように見えるが、それは表向きであり、実際は機械に支配され、それどころか少しずつ機械にされているという。

「人の見かけも変わらないのですね?」

「そういうこと」

 機械と入れ替わった人間がいるのだと言うが、ラウラは見たことがない。見かけは変わらないのだから、見ているのかもしれないが、分からない。機械による支配を昼の街で話題にすると、その夜に機械に変えられてしまうという。だからこの学校は夜に地下で授業を行い、昼は住み込みの従業員がいる工場として偽装している。

 シモーヌ先生は、暗い中でノートに何かを記録していた。見ると、ペンの筆跡が鈍く光っていて、書いてある文字が見える。

「そのペン、機械ですか?」

「違うわ。化学反応よ。インクの調合には苦労した。情報を残すことは大きな武器になる」

 またしばらく歩くと、大きな建物の影の前に来た。見上げると先端が尖っているらしい。来たことがあるとラウラは思った。

「教会?」

「そうね。子供の頃、来たことがあるでしょう?」

「大昔は本当に、人に祈りを捧げていたんですか?」

「ええ。十字架に磔になっていた人。人がまだ人を救うことができた時代。機械はまだ人間の道具に過ぎなかった時代ね」

 日曜日の教会を思い出す。中心にある機械は、ここでしか見られない強い印象を残している。それは無数の、光沢のある金属部品で組み上げられている。歯車と板金が複雑に組み合わさり、それが常に生き物のように動いている。それだけでも注目してしまうが、その機械はさらにしゃべることもできる。同じ言葉を繰り返しているだけだが、妙に心に残る。言葉の内容は人として正しく生きよというようなものだが、機械的な声質に魅了されているのに気づく。どうしてそうなるのか分からない。

「ラウラ、行くよ」

 シモーヌ先生に突っつかれ、我に返る。

「教会のことをあまり思い出しちゃだめ。騙されないで」

「はい」

 自分達は機械と戦う身。教会など特に敵の住処のようなものだ。昼の教会は機能しているので、近づくことも危険だ。

 教会のことを忘れ、二人はまた夜の街を歩く。時々立ち止まり、壁に耳を当てて機械の音がする建物を確認する。一時間ほどで、今日の分の見回りが終わった。壁にもたれて、少し休む。

「私達、人間でいさえすれば、機械に勝てるんですか?」

「それだけではだめね。人間にしかできないことをしなきゃ」

 ラウラは少しためらって、それから思い切って口を開く。

「ミアが、私の思うようにならないんです」

 シモーヌ先生は少し笑った。

「人間にはそれぞれ心があるの。そう思い通りにはならないわ」

「でも、人間にしかできないことを。私しようとしたんです。唇を……近づけて……」

「私達は生まれた時から、機械と共に生き、機械の価値観に支配されている。抜け出せない人は時間がかかるものよ」

「でも私は……私は戦いの意識が強くて……」

 言い終わらないうちに、シモーヌ先生はラウラを抱き寄せ、唇を重ねた。長い時間、じっとしていて、唇だけが生温かくつながっていた。ラウラは唇を感じたが、同じくらいシモーヌ先生の体を感じた。ミアよりもふくよかで、肉が多い。シモーヌ先生がやっと唇を離す。ラウラの体は、ミアを抱いた時と同じように熱を帯びている。

「ラウラ、それは戦いの意志じゃない」

「でも、いつも私達に伝えていることですよね?」

「戦いの意志ではないけれど、戦えるものではある、それだけのもの」

 シモーヌ先生はラウラの胸を撫で、それからふくらみをそっとつかんだ。ラウラが小さく呻いた。ラウラの胸はシモーヌ先生ほど膨らんではいない。

「体は成長しているわ。あなたの体も、今にちゃんと使えるようになる。もちろん、ミアの体も」

 そう言いながら、ふくらみを手でもてあそばれ、その動きに合わせてラウラは小さく声を上げている。

「早く……戦う力になりたい……」

「慌ててはだめ」

 シモーヌ先生はそう言うと、手を離してしまい、体も離してしまった。

「さあ、帰るわよ」

「は、はい……」

 先生はすぐに歩き出し、少し遅れて、ラウラが後を追って歩き出した。


 また、鳥の声がする。最近は毎朝、同じ鳥の声で目が覚めるが、今日はすぐ近くで聞こえた。薄目を開けると、ほぼ目の前の、ベッドの縁に止まっていた。美しい、青い鳥。伝説の空の色だと思った。この街の空はいつでも曇っている。絵本にあるような青い空は見たことがない。強い輝きを放つ太陽も。雲が薄い日、雲を透かして円形の光が見えたこともあるけれど、それもラウラの記憶では数回だ。この鳥は雲の上にあるはずの、青い空の世界からやってきたに違いない。鳥はまるでラウラを起こそうとしているかのように自分を見ていて、そしてさえずっていた。ラウラが目を開けても、鳥は逃げなかった。ラウラは動かないようにして、声をかける。

「おはよう」

 鳥は自分を見ているが、答えるかのように小さく鳴いた。動いたら逃げてしまうだろうか。

「ねえ、いいものあげるよ」

 ラウラはそっと起きあがる。青い鳥は逃げない。戸棚から、夜食用に取っておいたパンの残りを出した。端の方を少しむしって。細かくちぎった。そしてベッドの上に置いてみる。

「食べるかな、パンだよ」

 鳥はベッドの縁からパンの前に進み出て、パンのかけらをついばんだ。それを見て、ラウラは微笑む。

「おなかがすいてたのか。それでここにきたの? パンの匂いでもしたのかな?」

 鳥はついばんではいるが、慣れていないのか、結構そこらに散らしてしまう。

「ねえ、いつも何食べてるの?」

 答えるわけもない。ラウラは部屋の時計を見た。

「私も朝食べに行かなきゃ」

 ついばんでいる鳥はそのままに、ラウラは工場の作業着に着替えた。そのまま部屋を出て食堂に向かう。廊下の途中でミアに会った。

「ミア、おはよう」

 そう言っても、ミアは不思議そうに自分を見ているだけだった。

「どうしたの?」

「それこっちが訊きたい。どうしたのその鳥? かわいいね」

「え?」

 一瞬何のことか分からなかったが、肩に何かがいて動くのが分かった。見ると部屋に残してきたつもりの青い鳥だった。ラウラは驚く。

「あれ……なついちゃった。パンくずあげただけなのに」

「どこかで飼われていた鳥じゃない? 野生の鳥なんて、この街にはいないはずよ」

「でも、毎朝、窓辺に来るんだよ」

 ラウラは肩に手をやり、鳥を撫でた。確かに警戒心がないので、誰かが飼っている鳥かもしれない。

「どうしよう……」

「とにかく逃がしてきたら? 食堂には連れてけないよ」

「そうだね」

 ラウラは小走りで、建物の外に出た。鳥を逃がそうとするが、飛び去ることもなく、ラウラの肩や腕に乗っている。

「ねえ、どっか行ってよ」

 思い切って鳥をつかんで、空中に投げてみるが、羽ばたいて戻ってきて、そしてラウラの上に乗る。

「やだ……困ったな。しかたない」

 ラウラはまた鳥をつかむと、思い切って作業着のポケットに入れてしまった。

「そこから出てきちゃだめだよ」

 言葉が通じるわけはないが、言うことを聞くと思った。鳥はポケットの中でおとなしくなった。

 ラウラは食堂に戻った。列のところでミアが待っていた。

「鳥は逃げた?」

「う、うん……」

 とりあえず面倒なことにならないように、嘘をついてしまった。ポケットの鳥は、動いている様子がない。ラウラはトレイを取り、朝食をその上に乗せてゆく。それからミアと一緒にテーブルについた。

「珍しいよね鳥なんて。毎日来るの?」

「うん、朝起こしに来る」

「私のところにも来ないかなあ……」

 ラウラは朝食を食べながらも落ち着かない。やはり、いつ鳥が気まぐれにポケットから出てくるか分からない。いつもより食べるペースが早くなっている。ミアはそんなことには気がつかない様子だ。食堂の中ではほとんどが同じ作業着を着て、同じように食事をしている。誰が誰なのかも分からないぐらいだ。工場の中でも同じ。まるで自動的に動いている部品の一部になって、機械に従う。地下の学校の生徒であると、機械に見抜かれてはならない。時々監視機械が外を通り、窓から工場の中を確認していく。

「もう食べ終わったの?」

 ミアが訊くので、ラウラは黙ってうなずいた、すぐに出たいところ、ミアが終わるのを待って、一緒に出る。

 自分の部屋に戻って、慌ててポケットを確認した。羽が手に触れる。動かないので、もしや死んだのかと思って取り出してみると、動きだし、ラウラの手のひらの上で羽を何度か羽ばたかせた。ラウラは思わず微笑んで声をかける。

「よく我慢できたね。偉いよ」

 すると、鳥は答えるようにさえずった。そして手のひらの上から飛び立つと、窓に向かい、カーテンの隙間から外に出て行ってしまった。でも、また明日来るだろうと思った。

 ベッドに目をやると、パンくずの残りが目に入った。片づけなければ。それにしても、食べ散らかしてずいぶん残っている。ほとんど食べていないのではないか。何か気にかかる。


 工場はいつも通り、機械の前での単純作業で、言葉も交わせない。大勢の少女達が無言で働いている。コンベアに乗って機械製品が流れてきて、ある者は部品を加え、ある者はネジを締め、ある者は検査をする。組み上げてゆく行為に抵抗はない。しかし分解する行為は誰もが拒否感を覚える。自分達はそのように生まれついている。

 夕方になり、勤務時間が終わり、部屋に戻った。夕食のあとに学校だ。密かな学校。ここからが本当に、人として生きる時間だと教えられている。機械に支配されない、機械と戦う人間を育てるという。その理念はいいけれども、思うようには進んでいない。相当意志の強い生徒でも、ネジを数本外すのがやっとだった。それが出産と同じ苦痛。機械を破壊するなんて、恐ろしくて先生も含めてまだ誰もできないだろう。

 教室の中に、ダニエラ先生の声が響いている。今日は実習ではなく座学だ。歯車の構造や役割を聞いているが、ラウラはノートを取りながら眠くなっている。昨日、シモーヌ先生と街を歩いたが、体を触られ、その余韻で夜もなかなか寝つけなかった。朝は朝で、青い鳥の声で早くに目が覚めた。もう眠くてしかたがない。

 ダニエラ先生が歯車の絵を描いている。あれが回って回転運動を伝えていく。ラウラはこの眠気をどうにか覚ましたいと思った。スカートのポケットに、キャンディでも入れていなかったろうか。ラウラはポケットに手を差し入れた。その時、中にある妙な感触に気がつく。手触りが柔らかい。布か何かのようだが、ハンカチではない。それはわずかに温かい。この感触を知っていると思った。そして思わず声を上げそうになる。青い鳥だ。鳥がポケットの中にいる。入れた覚えはないから、いつの間にか自分で入ってきたのだ。ラウラは冷や汗が出始める。学校に鳥を連れてきていいわけはない。でも食堂や工場に連れていくよりはいいかもしれない。休み時間にみんなに見せてみようか。眠気が飛んで、授業も頭に入らなくなった。なぜこんなところに入る気になったのだろう。鳥はずっと動かないが、生きているのだろうか。体温があるのだから、生きているのだろう。寝ているのだろうか。ラウラはポケットの中で、鳥を撫でた。しかし何かが心に引っかかる。羽毛のすぐ下が、ずいぶん堅いように感じる。鳥に触ったことはないのだが、こんなに堅いのだろうか。まるで生き物ではないみたいだ。生き物でないとすると……撫でているラウラの手が止まった。まさか……

 ダニエラ先生が歯車の説明をしている。歯車はどんなにも小さくできる。砂粒のように小さくとも、そこに決まりに従った中心軸があり、決まりに従って歯が並んでいれば、それは歯車として機能する。どんなに小さい機械を作ることも可能である。

 ラウラは手を挙げた。

「ラウラさん、何ですか?」

「すいません、お手洗いに行きたいのですが」

 ダニエラ先生は少しあきれた。

「休み時間に行っておいてほしいわね。早く行ってらっしゃい」

 何人かの笑い声の中、ラウラは慌てて教室を出る。そして階段を上って地上へ。そこは宿舎だ。宿舎の入り口から外に出た。外はもう夜。ラウラはポケットの鳥をつかんで外に出した。そして叫び声を上げそうになる。鳥の目が光っていた。反射ではない。電気的な光だ。そして、恐ろしい力でつかんでいるラウラの手を跳ねのけると、そのまま飛び立った。しかしそのまま飛び去ってはいかなかった。羽ばたく音。戻ってくる。ラウラに向かって。ラウラは恐ろしくなった。思わず頭を抱えうずくまると、すぐ上をかすめた。手の甲に痛みが走る。怖い。戻りたいが動けない。鳥はまた離れて、そしてまた戻ってくる音がする。地面を探る。手でつかめるぐらいの石が落ちていた。それを手にして、羽ばたく音の方に向かって突き出した。その瞬間、手に衝撃が走り、目の前に火花が散った。鳥は地面に落ちて、動かなくなった。

 ラウラはしばらく泣きじゃくっていたが、何とか立ち上がり、動かなくなった鳥を見る。暗い中、羽毛が小さい火で燃えていた。その光で、鳥を動かしていた細かい機械部品が見えた。ラウラは震えている。学校を狙ってきたのだろうか。ポケットに入れたまま教室に入ってしまった。機械を教室の中に持ち込んでしまうと厳罰だ。正直に言うべきだろうか。退学させられるかもしれない。ラウラにその勇気はなかった。鳥だった機械の残骸を手に取ると、工場の廃品箱に投棄した。明日の朝回収される。そして、急いで寄宿舎の建物に入って、教室に戻った。


 数日は何事もなかった。ラウラも鳥のことを忘れかけていた。その日、新しい生徒が来るという。教室で最初に全員揃った時、先生が連れてきた。それは輝くようなブロンドの髪をなびかせた少女だった。長身で顔立ちも美しく、誰もの目を惹くほど。

 それだけはなくラウラが驚いたのは、彼女は鮮やかな青い服を着ていた。あの機械の鳥と同じ色だと思った。でも、いくら何でも人間の姿をした機械のはずがない。そのぐらいの身体検査はしているはずだ。彼女は自己紹介をした。

「ソフィアです。よろしくお願いします」

 そう言って微笑んだが、ラウラは自分に向かって微笑んだように感じた。


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