しまづきんちゃん
薩摩国に、比類なき戦心を持った女武者がいました。女武者はひえもんとりの血に染まった赤い頭巾をいつも被っていたので、畏怖を込めて「赤ずきんちゃん」と呼ばれるようになりました。
ある朝、赤ずきんちゃんがいつものように木剣を手に猿叫を上げながら立ち木打ちをしていたところ、お母さんがやってきて、
「おばあさぁが病気じゃっで、こん焼酎と米を、森の家まで持ってけ」
と言いつけました。それを聞いた赤ずきんちゃんは刀掛けに置いていた薩摩の名刀、波平行安をむんずと掴んで腰に差し、一言、
「良か」
と言って、米と焼酎を担いで森へと向かっていきました。赤ずきんちゃんは大股にのっしのっしと歩き、あっという間に森に辿り着きました。
森を歩いていると、森の奥から狼が現れました。狼は赤ずきんちゃんを見て、
(美味そうなおなごじゃ、頭からかじって食もってしまいたか)
と思いました。狼は赤ずきんちゃんに、
「おはんはこれからどけ行っとじゃ?」
と問いかけました。赤ずきんちゃんはありのままに、
「おばあさぁの家じゃ。森の中にある」
と答えました。それを聞いた狼は二人まとめて食べてやろうと思いましたが、それは顔に出さず、
「おいもおはんのおばあさぁに会いたか。おいは別ん道を通っていくから、おはんはそっちの道から行き、どちらが先に着くか競争じゃ」
と言って、森を全力で駆けていきました。
赤ずきんちゃんはそれを見送り、のんびりと熊を素手で仕留めたり、拳で巨岩を砕いたりしながらおばあさんの家に向かいました。
狼はおばあさんの家に着くと、
「孫の赤ずきんじゃ。開けたもんせ」
と言って家に上がり込み、おばあさんを丸呑みにしてしまいました。
しばらくすると赤ずきんちゃんがやってきて、おばあさんの家にたどりつきました。赤ずきんが戸を叩くと、おばあさんに化けた狼が、
「おはんは誰じゃ?」
と言いました。おばあさんとは似ても似つかない野太い声でしたが、赤ずきんちゃんは、
(風邪でも引いたんじゃろ)
と特に気にも留めず家に入りました。そこに横になっていたおばあさんは、布団をすっぽりと被っていて、何だか様子が変でした。
不思議に思った赤ずきんちゃんは、おばあさんに訊きました。
「おばあさぁ。ないごて、そげな大きな耳をしとるんじゃ?」
「おはんの声がよく聞こえるようにじゃ」
「おばあさぁ。ないごて、そげな大きな目をしとるんじゃ?」
「おはんがよく見えるようにじゃ」
「おばあさぁ。ないごて、そげな大きな手をしとるんじゃ?」
「おはんをよくつかめるようにじゃ」
随分と様子が変なので、赤ずきんちゃんは首を傾げて――それから、四度目の質問をしました。
「……おばあさぁ。ないごて、そげな大きな口をしとるんじゃ?」
一瞬ばかり間があって。
「――おはんを食べるためじゃ!! チェストオオオォォォオオ!!」
布団の中から飛び上がった狼は、枕元に置いていた自分の刀を掴むと、赤ずきんちゃん目掛けて斬りかかりました。天を衝く蜻蛉の構え――見事な薬丸自顕流でありました。
赤ずきんちゃんの頭目掛けて、鋭く研ぎ澄まされた真剣が、天地を裂く稲妻が如くに振り下ろされます。
しかし、赤ずきんちゃんは狼狽えませんでした。そう――彼女もまた「武家者」なのです。くわあっ、と目を見開いた瞬間、
「――チェエエェエストオォオオオオオォォオオオオッッ!!!!!!!!」
狼に負けぬ大喝を発し、腰に差していた波平行安で、狼に抜き打ちの一刀を浴びせました。その一閃はまさに抜即斬――後の先を極め、薬丸自顕流の頂に達した剣士の鮮烈なる一撃でありました。
凄まじい剣圧で狼の刀が跳ね返り、峰が額に食い込むに至って、狼はよろめいて後ずさりし、ふらふらと力なく尻もちをつきました。
「――死ねい!」
蜻蛉の構えを取り、一刀の下に赤ずきんちゃんが狼を斬ろうとしたそのとき、赤ずきんちゃんはふと、狼の腹が大きく膨れていることに気づき、おばあさんがどこに行ったのかを悟りました。
赤ずきんちゃんは蜻蛉の構えのまま、暫し狼の腹を見つめていましたが、やがて手にしていた波平行安を腰の鞘に収めて、冷たい声で言い放ちました。
「おはんのような外道を殺すのに、行安を使うのはもったいなか。おはんは――」
次の瞬間、鉄槌のような赤ずきんちゃんの拳が、狼の横っ面を殴りつけました。朦朧とする意識の中で、狼は頭蓋骨がひび割れる音とともに、死の宣告を聞きました。
「――えのころ飯にして、喰うてやっ!」
赤ずきんちゃんは万力のような力で狼の首を絞め上げたかと思うと、雄叫びを上げて半回転し、そのまま狼の首を圧し折って即死させました。それは見事な柔術でありました。
一撃で息絶えた狼を見て、赤ずきんちゃんはにっこりと笑い、一言、
「良か」
と行って、持ってきた米と一緒に、川のほうまで引きずっていき、小刀でその腹を裂いて洗いました。
すると驚くべきことに、おばあさんがのっそりとその中から這い出てきました。おばあさんは、
「小刀を持っちょらんじゃったで、出られんかった」
と言って笑い、赤ずきんちゃんと一緒になってえのころ飯の支度を始めました。
おばあさんもまた、古強者の中の古強者――薩摩の武家者なのです。一線を退いた身とはいえ、狼に丸呑みにされた程度で死ぬはずもありません。
狼の腹に白米を入れ、針金で再び縫い合わせて焚き火の中に放り込み、真っ黒焦げになったところで腹を開ければ、美味しいえのころ飯の出来上がりです。
おばあさんはお椀に山盛りにしたえのころ飯をかきこみながら湯呑みに注いだ焼酎を一気飲みし、
「病気んときは、えのころ飯と焼酎がいっばん良う効く!」
と言って豪快に笑いました。赤ずきんちゃんも元気になったおばあさんと一緒に酒を酌み交わし、大いに戦心を養いましたとさ。めでたしめでたし。