学校案内
呪文学の後に待っていたのは、お昼の時間。1時限目と2時限目が実技だったからか、お腹はペコペコだ。特にベルなんて、目が半分あちらの方に行っている。
「お腹すき過ぎて気持ち悪い〜…」
「ベル頑張って。もう食堂だから」
必死にベルをサポートしつつ、向かったキグヌスのテーブル。端の方だからか、1年生が固まっているようにも見える。
「あ、メアリー!」
「リリー、アリス」
そこに居たのは、どうやらリリーとアリスの同室であるメアリーという子らしい。確かに、アリスがメアリーっていうルームメイトがいるって言っていたような気がする。
3人の話についていけずにとりあえずこちらはこちらで着席しようとしていた所、メアリーがこちらを向いて、アリスとリリーの顔を見て、尋ねた。
「えっと…そちらは?」
亜麻色の少しウェーブのかかった髪を肩の下までのばした女の子。アリスの可愛い感じと対照的に、メアリーは綺麗という感じだろうか。リリーは、不思議な雰囲気をまとっている。なんというか…そう、ハウラさんのようだ。
「メアリー、こっちの3人はキグヌスで寮の部屋が隣だったのよ。マリーネと、ベル、それにハンナ」
アリスが私たちを紹介してくれたから、私たち3人は軽く会釈をして挨拶する。
「それで、こっちは同じくキグヌスのジャスパー、ロビン、トム」
「よろしくな!」
何故メアリーだけが別行動をしていたのだろうか…別に喧嘩をしていたわけでもないようだし。
疑問は喉の奥まででかかっていたけれど、とりあえずとにかく空腹に耐えられずお腹を満たすことに専念した。
…と、そこへ背の高い先輩がやって来た。リサさんだ。傍らにはハウラさんたち数人の3年生もいる。
「貴女たち、お昼の後は予定ないわよね?」
リサさんの問いかけに、皆で頷く。するとリサさんは良かった、とだけ呟きハウラさんに続きを促した。
先輩が近くにいるからか、後輩の前だからか、はたまたその両方か。先輩は、少しだけ緊張したような表情で、1歩前に出てきた。
「1年生の皆さん、まだ学校案内はされていないわよね。だから、寮の上級生たちが1年生に学校案内をすることになったの。案内役は私たち3年生。お昼が終わったら、4時限目が始まるチャイムが鳴るまでに寮の入口前に集合してね」
ハウラさんは一気にそこまで喋りきると、ふう、と息を吐いた。
「あとこの話聞いていないここにいない子とかにも言っておいてくれるかな? よろしく!」
私たちが頷いたのをリサさんが確認して1年生の集団から離れると、3年生数人もその他の同学年のグループに戻っていった。
「なんていうか、かっこよくない? リサさん」
ハンナが、誰に向けるでもなく呟いた。ふー…、とミルクを口にしながら6年生の集団を見つめる。
「わかるな、それ。リーダーシップがあって、サバサバしてて」
私も「リサさんがかっこいい」に対して同意見だったから、同意の意見を述べた。…すると、ハンナが私の方を見ながら「分かってくれる!?」と目を輝かせつつ言った。
「なんかハンナのテンションがおかしくないか…?」
ジャスパーが私とハンナをガン見しながらそう言った。それに対してハンナを除く一同は苦笑いを浮かべる。
「ハンナってね、自分の強く思ってくれることに賛同する人がいると何か…アドレナリンじゃ無いけれど、何かが分泌されちゃうみたいなんだよね…」
ハンナの双子の弟であるロビンは、きっと慣れているのだろう。呆れ半分面白さ半分、といったような微妙な表情がそれを物語っていた。きっと彼もハンナの変なスイッチを押してしまったことがあるに違いない。もっとも彼も彼でハンナを_もとい、ルームメイトを困らせる奇行をすることがあるのだけれども。…しかも寝起き限定で。
「まあ何はともあれ学校案内だから…早めに食べちゃった方がいいと思うけどな、俺は」
トムの冷静な発言によってフォークが止まっていたことを思い出した私たちは、少し急ぎ足で昼食を平らげたのだった。
「1年生こっちよ、早くいらっしゃい!」
レイチェルさんが1年生を誘導する。3年生と私たち1年生は、中央塔_金色の塔の2階にいた。どうやら、金色の塔の2階と各塔の1階は連絡通路で繋がっているようだ。
「では、まずは2階からよ。皆さんも呪文学の時間にこの階には来たはずだけれど…あらためて案内させてもらうわ」
ハウラさんの先導で、防衛術、変身術、呪文学の教室と事務室、手洗いの位置を確認し、3階に上がる。ちなみに、校内では“人間のテレポート”は原則禁止…らしい。「階段辛くない? ボクもう足が痛いよ」と、ロビンも呟いた。
「3階には3つの教室があるんだよ。まあ、他にも色々空き教室とかあるけれど、今回は割愛。歴史、生物、地理学の教室があって、地理学の教室は地球室って皆呼んでるんだ。何でだろうね?」
ふと、私は思った。…地理学? そんな教科書私は持っていただろうか? 地理学と言うからには、地図を使うだろう。教科書が要らないなんてことは無いはずだけれど…
「あの、すみません!」
思い切って手を挙げてみた。ハウラさんに代わって説明をしていたレイチェルさんが振り向いて、「マリーネ、質問? どうぞ!」と促してくれた。
「はい! えっと、地理学って、教科書を持っていなかった気がするのですが…」
私が言うと、周りの子たちも口々に喋り出す。「私も持ってないわ!」、「僕もだ」と。そんな私たちを落ち着かせると、レイチェルさんは私にむかってニコッと笑った。「いい質問ね!」と、嬉しそうな言葉付きだ。
「地理学はね、2年生から学ぶの。私たちは3年生だけれど、新しく政治学を学んでいるんだ。4年生からは、地理、歴史、政治のどれかから好きなものを選んで3年間みーっちりお勉強するんだよ」
へえー、と感心する私たちに、ハウラさんが更に説明を引き継いだ。
「ちなみに2年生から増える科目は他にもあるのよ。魔法論理学、魔法合成学、魔法応用学ね。論理学は2年生と3年生、合成学は4年生と5年生、応用学は6年生で学習するの」
ということは、ハウラさんやレイチェルさんは3年生だから、論理学を学んでいる、という事か。論理を学び、合成の仕方を学び、それを活用_応用する…みたいな感じだろうか。難しそうだけれど、楽しそうだな…!
そうこうしているうちに3階も終わり、4階へと上がる。
それにしても、アストラ学院ってこんなに広いところだったのか…見取り図だけでは迷子になりそうだ。ただでさえ、移動が多いというのに。
「4階にはさっき話した魔法論理、合成、応用学の共通教室、歴史学、薬草学の教室があるの。あと、多目的室ね。多目的室は、その名の通り“多目的”な用途に使うのよ」
例えば、先生同士の話し合いや生徒少数クラブのミーティング場所など…集まりに使う事が多いわね、とハウラさん。中もかなりの広さらしい。
レイチェルさんの話によると、薬草学の教室はほとんど使われないからとても綺麗に保たれている、とのこと。ただし、1年経つと埃はさすがに溜まるから、掃き掃除が欠かせないのだそうだ。
「5階は、音楽室だけね。…放課後に希望制で魔法音楽という授業を行っているのよ。ただ、あまり人気とは言えないわね…」
どうやらハウラさんは魔法音楽を受けているらしい。校長先生直々に教えてくださることもあって楽しいのに…と。
放課後の特別授業には、飛行授業、魔法生物飼育授業、薬草栽培の授業…などがあるとか。勉強というよりは、文化や芸術に触れたり技術の向上を図るために行っていて、魔法の勉強ばかりしていては将来魔法社会に出た時に、特に非魔法族の家系の子は挫折してしまうだろう…というローレンス校長の考えの下実施されている授業らしい。
「そのうちルベレット先生から希望調査の紙が配られると思うから、その時に詳しい事は聞けるはずよ」
との事だ。それを聞いて、少し疲れ気味だった1年生たちの顔に笑顔が見られた。
その後はさらに上に上がって天文台と天文教室を見て1階に戻り、職員室と校長室の見学をして終了した。
「今日はもう時間だからここまででカンベンしてね。銀の塔は1階に医務室、用具室、来賓室、先生のロッカー、生徒指導室があって、2階と3階は図書室になっているんだよ! 図書室の本は一部を除いて誰でも読めるし借りられるからぜひ利用してみてね!」
「銅の塔には放課後授業のミーティング室兼仮教室があるの。基本的には銅の塔は、生徒の溜まり場って感じかしら。他にも自主創設したクラブの活動場所とかにもなっているわね」
確かに、銅の塔は窓のあちこちから雑然とした部屋の様子が伺える。生徒に管理が任されているなら納得だった。
その後は寮に戻って解散し、各々夕食の時間まで図書室や外などを見て回ることになった…のだが。
「マリーネ、ベル、ジャスパー。少しいいかしら?」
6人で移動をしようとしていたちょうどその時、ハウラさんに呼び止められた。一旦談話室に戻ろうとしていたところだったので、ハンナ、トム、ロビンには先に戻ってもらった。
「ごめんなさいね。実はルーナ、ヘリオスの集まりが夕食の前にあってね…そこに3人も参加してもらいたいの。ほら、まだ顔を合わせていないでしょう?」
その話を聞いて、なるほど…と納得する。確かに私たちは昨日来たばかりでハウラさん以外にどんな人がルーナ、ヘリオスなのか知らなかった。
「だから、急になるのだけれど今付いてきてもらってもいいかしら? 勿論ハンナたちに話してからで大丈夫よ。 2年生ももう授業が終わっているから集合場所にいる………はずなの」
いる、とはず、の間の微妙な間がどうにも気になったがとりあえずスルーして、ベル、ジャスパーと3人で頷いた。




