朝ごはん、コルヴィス寮
少し早めに来たはずなのに、講堂には既にたくさんの人がいた。
「確か一番端だったよね、キグヌスのテーブル」
「ええ。…あ、あそこにいらっしゃるの、ジェイドさんじゃない?」
ハンナの目線の先には、黒髪に黒縁眼鏡の背の高い男の先輩_まさしく、昨日私たちを寮まで連れてきてくださったジェイドさんだ。
「トムのお兄さんもいるね! そういえば二人は仲がいいんだっけ」
「ああ…生物学でジェイドに負けたことがないっていう?」
「生物学………」
生物学、と言えばあの時のリサさんの遠くへ行ってしまっていた目。カメレオンのレオン…
「お腹すいたー! よし、長椅子に座ろ! もうお腹ペコペコで…」
ギュー…その音を鳴らしたのは_
「マリーネ…」
「あ、あはは………いつもご飯も早いから…」
「…マリーネのお腹のためにも早く座ろうか」
私のお腹なのだった…
「わあ…昨日も思ったけど凄い美味しそう!」
ハンナが目を輝かせ、感嘆の声を上げる。
そして、その横ではニヤニヤとしたままのベル。…不気味である。
「よ、お前ら揃ってんなー」
その声に後ろを振り返ると、片手をあげたトーマス_と、大きな口を開けて欠伸をするロバート、そして何故か額を押さえているジャスパー。
「ジャスパー…頭痛いの?」
思わずそう問いかけると、あー、とうめき声。
「え、ちょっと本当に大丈夫なの?」
ハンナも眉間にシワを寄せ…そして、何かに気がついたように、ああ…と呟いた。
「まあ、と、とりあえず座ったら?」
そんな感じで女子組の前に座った男子3人。流れでフランク姉弟とジャスパーが席に残ってくれることになり、私たちは3人の分もまとめて飲み物を入れに向かった。
「あ、ジャスパーだけど、頭痛っつーか…ロバートの蹴りを顔面にくらっちまって…」
「え!?」
「ロバートの?」
あの温和なロバートの、蹴り………? 想像出来ない!
「とは言っても喧嘩とかじゃなくてな、ただ…ロバートの寝起きがすこぶる悪くて」
「あ…」
どこかで似たような話を聞いた気がする。…どこもあるものなのだろう、そんな話は。
「起こそうとしたらジャスパーがケリを食らってクリーンヒット。しかも、アイツ覚えてないときた。…そんで、色々めんどくさいしまだロバート覚醒しきってなかったからなんも言ってないわけ。多分、ハンナはすべてを悟ったと思う」
「へえ~…」
「大変だね、…そっちも」
ぼそりと呟くと、トーマスはこちらを見て同情の視線を送ってきた。まあ、さすがにベルには蹴られなかったけどね。
「皆ミルクでいいかな?」
「良いんじゃね?」
「うん。まあ皆昨日普通に飲んでたから大丈夫だと思う」
アレルギーは確実にないだろう。チーズ入りのサンドイッチも食べていたし。それだとしたら乳製品は全部食べられないはずだ。そう、考えてミルクを入れようとした時だった。
ドンッ、と思い切り誰かにぶつかられた…と思った、のだが。
「すっ、すみませ…っ」
「痛っ! どこ見てんのよ!?」
………いや、貴女ですよね。よそ見してたの。私も思わず反射的に謝ってしまったけれども。
「おいおい。ぶつかってきたのそっちだっただろ」
「そうよ。本来謝るべきなのはそっちでしょ!」
私がフリーズしていると、トーマスとベルが代わりに言い返してくれた。
「何言ってるのかしらあ〜。アリッサにぶつかったのはそっちの黒髪お下げじゃない?」
黒髪お下げ…名前、あるんですけど。
そんなことより、この人、昨日見たな………思い出した。コルヴィスの高飛車な雰囲気の子だ。確か名前は_
「リア、そんな奴に言っても、無駄。理解出来ないんだから」
そうそう、リア・ファネルだ。茶髪ショートでライトブルーの瞳の、なんか私の苦手な雰囲気の人。それから、ファネルよりも落ち着いてるけど毒舌な黒髪ロングにライトグレーの瞳の人は…
「そうね、クロエの言う通りだわ。ごめんなさいねえ、理解出来ないのに捲し立てて?」
「まあ、今回は許してあげる。謝っているしね。…でもあなた達の無礼な態度、忘れないわよ」
クロエ・グレーバーズに、アリッサ・リプソン。アリッサは1年の中でも目立っていたからすぐに分かったのだ。
そして、ファネル、グレーバーズ、リプソンの3人は踵を返して去っていった。
「ぬあー! 何なのアイツら!? 無礼な態度? そっちだろーがーっ!!」
「…あの3人、コルヴィスだろ? 魔法界じゃ有名だ。特にあの金髪のヤツ。リプソン家の一人娘でデロデロに甘やかされて育ったっていうし。あとの2人はリプソン家の分家の娘だったはず。ファネルとグレーバーズ」
冷やかな態度でトーマスは話した。そんなに有名だったのか…あの人。
「あー、リプソン家のヤツか…確かうちのお父様と超仲悪いんだよね。ここの同期でその時から仲悪かったみたいなんだけどさ。お父様のエリートっぷりが面白くないみたいで。まあ、お父様の方がずっと優秀なんだけど!」
ベル…凄い自信だなあ………。きっと家族のことが大好きなんだろう。
「あー、やっぱりお前らも絡まれたかー」
聞き覚えのある声に振り向く…より前に、トーマスが言った。
「兄貴! それにジェイドさん!…っていうかお前らって?」
そう。兄貴、ことトーマスのお兄さんでキグヌスの5年生、アンドリューさんと同じく5年生でヘリオスのジェイドさんだった。
「ジェイドも1年の時コルヴィスの奴に絡まれてたんだよ。…そしたら完璧にぐうの音も出ないレベルで論破しちまってさ………で、」
「おいアンディ。なに4年も前の話を掘り返しているんだ。それより君たち、大丈夫か?」
アンドリューさんの話を容赦なくぶった切って、ジェイドさんさんが声をかけてくれる。
「はい。ベルやトムが言い返してくれたので」
「あれ、マリーネいつの間にオレのことトムって呼ぶように?」
「さ、さあ〜…」
…何となく遠慮してたから、とか、言えない言えない。
「おいおい、ジェイド何オレの話ぶった切っているんだよ!?」
「話が逸れそうだったからだ」
何となくこの2人、コントみたいになっている。…でも、さすがは4年の付き合い。本当に気心が知れている関係なんだなあ………。
「あ、ミルク! ハンナたち待ちくたびれちゃってるよね!」
「あっ」
「あー…」
コルヴィスに絡まれた上、先輩方が現れてすっかり忘れていた!!
「では先輩、私たち、これで失礼します!」
3人揃って頭を下げて、急いでミルクを入れてテーブルに戻った。