エピローグ -赤城太一-
目覚めた時、最初に見たのは真っ白な天井であった。
どうやらここは病室らしい。
全身には何かチューブのようなものが取り付けられている。
痛み止めだろうか。
あれだけのケガを負ったはずなのに、心地よい目覚めであった。
「太一が起きたぞ!」
「太一......良かった......」
二つの声が聞こえた。
一つは男のもので、もう一つは女のものだ。
その声に、小木と黒木を連想する。
二つの顔が自分をのぞき込む。
それは、父と母だった。
「あれ......今日って何曜日......?」
「水曜日よ。お前は五日間眠っていたの」
母が答える。
そんなに長い間眠っていたことにも驚きだが、それ以上に気になることがある。
「二人共仕事だろ? 何でここに......」
その続きは言えなかった。
二人が頭を下げてきたからだ。
そんな姿を見るのは始めてだった。
「すまなかった!」
父の声。
父の口からは初めて聞く言葉だ。
「仕事ばかりで、お前には寂しい思いをさせてしまった......。すまない」
太一は動揺する。
予想外の展開だ。予想外すぎる。
太一の焦りをよそに、母が言葉を繋ぐ。
「私達は仕事を頑張って、沢山お金を稼ぐことが太一の幸せになると思っていたの......。でもそれは間違
いだった。もっとたいちの傍にいてあげるべきだった......」
母の声が震える。
父も肩を震わせている。
(二人共......今更そんな......)
今更勝手だ。
親からは愛されていないと思って生きてきた。
最初に"力"が与えられなかったのは二人のせいだと憎んでさえいた。
それなのに今更......。
(けど、この姿は......)
二人の目は、表情は、声色は、どれも自分を本気で心配している人間のものだった。
だからこそ、二人が小木と黒木に重なって見えたのかもしれない。
(間に合うのかな。今からでも......)
今からでも、本当の意味での家族になれるのだろうか。
なれる、と信じられた
「二人共顔をあげてくれよ」
両親が顔をあげる。
二人とも目が潤み、真っ赤になっていた。
「話したいことがあるんだ。長くなるけど聞いてほしい」
太一は父と母に、この一秋の経験と、これまでの思いを、全てを話した。
「本当に君は生徒会長にならないのか?」
目覚めた翌日、城嶋が病室にやってきた。
平日にここに来て大丈夫かと聞いてみたが、生徒会長の権力を持ってすれば、その程度のことは簡単に出来るらしい。
そこには少し憧れる。だが......。
「ああ。俺は生徒会長とか向いてないし。もう"力"だって消えたんだ、なる資格すらないさ」
城嶋の提案を断る。
これで二度目であったが、太一の意思は固かった。
「そうは言ってもあれだけ大々的に生徒会長戦をして、そこで負けたんだ。このまま俺が生徒会長をやり続
けたら皆納得しないだろ」
「いや、あの戦いは俺の負けだよ」
太一は笑いながら言う。
「まず審判突き飛ばしたみたいだし、その他禁止行為を諸々、反則負けだ」
「まあ確かにそうだが......」
城嶋が病室に来てすぐ、太一は城嶋に謝った。
いくら体が暴走して動いていたとはいえ、殺しかけたのだ。
許されざる行いだ。
しかし城嶋はあっさり許しのけた。
そればかりか、太一の体の心配ばかりしてきた。
清水も太一の体がなかなか目覚めず不安であったらしい。
二人揃って呆れる程のお人よしだ。
だがそこが魅力なのだろう。
「それに俺も退院して学校戻ったら色々やりたいことあるしさ。正直生徒会長をやってる暇はないいんだ」
「そうか......」
城嶋は心底残念そうな表情をする。
「くそ......まだしばらくこの面倒な仕事から逃れられないのか」
「その面倒事を増やして申し訳ないんだけど、いくつか頼みたいことがあるんだけど、いいか?」
「更に仕事が増えるのか。まあいい、敗者は勝者のいうことに従うものだ。頼まれよう」
「ありがとう」
太一は城嶋に、二つの頼みごとをした。
内容を話すと、城嶋は真剣な面持ちで何かを考えるが、直ぐに引き受けてくれた。
「なるほど。確かに大変そうだが、引き受けよう」
「感謝する」
太一は安堵する。
この選択が正しいのかは分からないが、これで少しは彼女への借りは返せるかもしれない。
そんな太一を見て、城嶋は何かを思い出したように携帯を取り出した。
「ところで、君と電話したいという人が二名いるんだが、今大丈夫かい?」
相手は大体想像がつく。
答えは決まっている。
「あぁ、是非頼む」
「もしもし......」
「おぉイッチ! ホンマ目覚めて良かったなぁ」
城嶋から電話を受け取るとすぐ、懐かしい声が聞こえた。
「相変わらずだな、小木」
城嶋が病室から出る。気を遣ってくれているらしい。
「それでそっちのケガの具合はどうなんや? 何時学校に戻ってこれそうなんや?」
「悪い。医者からはまだ退院のメドはたってないって言われたから、結構先になるかな」
「そうか......」
小木の声のトーンが下がる。
「まあ心配すんなよ。なるべく早くもどってくるから」
「ああ、待ってるで」
「そんでさ......」
小木には言わなければならないことがある。
一呼吸おいてそれを告げる。
「ごめん、これまでわるかった」
「あの日も、それまでも、俺はずっと......」
そこまで言ったところで、小木が笑い出した。
「いやここ笑うとこじゃないから!」
「すまんな、つい。いや~まさかイッチがそんなこと言うなんて、ワイもびっくりやで」
「俺真剣に言ってるんだけど?」
「そうか。ワイに謝罪したいと。ほなら、退院して学校来たときワイに学食ラーメンを奢ってや。それでチャラにしたるで」
「小木......」
小木はいつも通りだった。
あれだけのことをしたのに、いつも通りのまま許してくれた。
「ありがとう」
「ええんやで。それより、ワイよりイッチを心配してる奴おるから、そっちにかわるで」
小木が誰かを呼び出し、電話を渡しているようだ。
ノイズの後、声が聞こえた。
「もしもし......太一なの?」
「ああ」
誰だか想像はついていた。
しかし、その想像は願望でもあった。
それが現実のものだったことが、嬉しい。
「......良かった......ホントに心配したんだから......」
「ごめん。でも俺は大丈夫だから、ありがとな、黒木」
電話越しに黒木が泣いていることが分かる。
本当に心配をかけてしまった。
でも、それだけ心配をしてもらったことが嬉しくもある。
太一は黒木が泣き止むまで待ち続けた。
「ごめんなさい、みっともないところを見せてしまったわね」
「いいさ。それに、黒木にそれだけ心配してもらって、俺は嬉しいんだ」
「太一......」
お互い沈黙してしまう。
大事なことを言おうか言うまいか迷う。
無言の時間が続く。
先にそれを破ったのは太一だった。
「......黒木、俺は......」
「......何?」
大きく息を吐く。
覚悟を決めて、口にする。
「俺はもう一度、あの言葉の続きを聞きに行くから」
「退院したら、真っ先に黒木のところに行って、あの日聞けなかった言葉も続きを聞きに行く。だから、待っててくれ」
言葉は詰まって上手くは言えなかった。
それでも、最後まで自分の言葉で言えた。
答えを待つ。
もしかしたら黒木が言いたかった言葉と、自分が聞きたい言葉は違うかもしれない。
拒絶されるかもしれない。
それはとても怖いことだ。
だが、それでも踏み出さなければならない一歩だ。
額から汗が流れる。
そして遂に、答えが返ってくる。
「......うん。待ってるから......私はいつまででも待ってるから」
拒絶されなかった。
嬉しい。
まずは一歩進めた。
それじゃあと電話を切る。
「終わったようだね」
少しして城嶋が戻ってくる。
「それじゃあ俺ももう学校に戻らないといけないから」
「あぁ、またな。あとさっきの件だけど、頼むぜ」
「任せろ」
城嶋が病室から出る直前、こちらを振り返る。
「あぁ、言い忘れたことがあった」
「え......生徒会長のことなら悪いけどお断りだぞ」
違うと否定して、城嶋は口を開く。
「さっき君は"力"が無くなったって言ってたけど、最後のあの攻撃は俺が喰らった攻撃の中で一番痛かったよ。それじゃあな」
その言葉を残し、城嶋は病室から去っていった。
「さてと......」
一人残された病室で呟く。
「後はリハビリ生活か......」
相当辛い道になると医者からは言われている。
おそらく相当な覚悟が必要だろう。
だがその覚悟ならできた。
「やってやるさ」
どんな困難だって、乗り越えてみせる。




