小木卓夫 -1-
小木卓夫は一人でスマホを眺めていた。
中学校での生活は三年目だが、大して楽しいことも無い、変わらない毎日だ。
(他の奴らはこんな毎日に飽きんのかなぁ......)
クラスの他の人間は"力"を得るために好きでもない人と群れる。
本音を決して曝け出さず、上手に良い人の仮面を被っている。醜い本性を隠して。
本音を表に出す人間は迫害される。そんな人間を何人も見てきた。
本音を上手く隠す人間=人づきあいが上手い人間は"力"を手に入れ上にのし上がる。
人づきあいが上手い人間が複数いれば、その数だけ派閥が生まれる。
そして派閥同士で争いが起こる。表立ってではないが、相手のグループへの軽い悪口などは日常茶飯事だ。
しかし陰ではいくら悪口を言おうが、表面上は友好的に振る舞う。
そんなクラスメイト達の二面性を、政治ごっこを小木は毎日呆れながら見ていた。
ネットには人々の本音が溢れている。
小木はネット中毒と周りから思われる程、それをよく見ていた。
口調もネットの影響を色濃く受けてしまっている。それでも止められなかった。
そこでは、人々は怒りや妬み、蔑みを隠すことなくぶちまける。
その言葉は汚く醜い。普段の生活に溢れている綺麗な言葉からは信じられない程だ。
だが、人間の本性がそこにはある。
(人間は醜いもんやなぁ......)
ネットを見るたびに小木はそう思う。
人は誰しも他人の失敗を望んでいる。
人の不幸は蜜の味という言葉がある。その言葉は人間の真理を突いている。
有名人の失敗に人々は喜ぶ。攻撃する対象を得るからだ。
成功者の挫折に人々は歓喜する。他人が辛い目にあう姿が大好きだからだ。
よく考えてみれば、他人が不幸になろうがそれによって自分が得するわけではない。
それでも人の失敗を望むのだから、人間は腐っている。
そしてその腐った内面を他人に見せないために多くの人間は善意や良心といったもので自分を着飾る。
欺瞞だ。人間の醜さも、その醜い面を隠そうとするところも、小木は大嫌いであった。
(ホンマ下らんなぁ......。一回人間絶滅せんかなぁ)
小木の考えをよそに、五時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
その日も何事もなく一日が終わろうとしていた。
小木は所属している野球部に顔を出すべく席を立つ。
「小木君、ちょっと頼みがあるんだけどいい?」
不意に声を掛けられる。この声は......。
「あぁ......また松山ネキか。今度は何の用なん?」
振り返るとそこにいたのは、隣の席の松山光であった。
松山光はいわゆるおっとり系の人間で、人の頼みは断れない人間だ。
そのため、面倒な仕事をよく押し付けられている。
そしてそれが一人では出来ない程の量であった場合は、こうして小木を頼ることがある。
はっきり言って迷惑だ。これまでも何度も断っていたが、それでめげることは無いようだ。
「高橋さんと緒方さんから、今日の掃除当番変わってくれないかって頼まれたんだけど、一人だとちょっと大変そうで......。小木君も手伝ってくれない?」
予想通りである。小木は呆れながら松山に言う。
「あんなぁ......前から言っとるけど何で出来そうに無い頼みを受けるんや。人に良いように使われてるっ
て分かっとらんのか?」
「ごめん......。でも二人とももうすぐ部活の大会があるとかで忙しいらしくて......」
「だからって松山ネキが変わってやる理由も無いやろ。それに引き受けたからには自分でどうにかせぇや。ワイも忙しいんや」
「そうだよね......。ごめんね」
そう、自分も部活があるのだ。小木は教室を出る。
しかし廊下で立ち止まってしまう。どうにも野球部に顔を出す気分になれなかった。
この世界において、基本的に部活は自由参加である。生徒の自主性に委ねるという趣旨らしい。
つまり、出ても出なくてもいいというわけだ。
部活が面白くない小木は、あまり部活に積極的では無かった
小木は野球部では補欠であった。それは、"力"の不足によるものである。
仮面を被って、自分を偽ってまで人づきあいをする気が無い。
それに、他の人間も心の中には汚い本心を秘めているのだ。時に人はその本心を爆発させ、虐めなどの行為を行う。そんなことをするような人には見えなくても、きっかけさえあれば豹変するのだ。
そんな人間を信頼することなんて、友達になることなんて出来ない。
それゆえに、彼には"力"があまりなかった。
補欠の仕事は球拾いなどの雑用だ。小木は野球は好きだったが、それらの雑用が好きなわけではない。
そのような理由から、小木は部活をつまらないと感じていた。
(松山ネキは今一人で掃除しとんのかな......?)
先程別れた松山の顔が浮かぶ。
(松山ネキはホンマに何で人の頼みをホイホイと聞くんかな......)
他人の頼みなんて断ってしまえばいい。どうせ頼みを聞いても大して感謝されないのだ。
メリットなんて無いように思える。それなのに何故彼女はいつも人の頼みを聞いてしまうのか。
(ワイもやってみれば分かるんかな......?)
松山が何を思い人の頼みを聞くのか、それを知るためには自分もやってみるしかないのかもしれない。
どうせ野球部に出ても楽しくないのだ、ならば松山の手伝いも悪くないかもしれない。
小木は教室へと引き返した。
「小木君、来てくれたんだ~。でも忙しいんだったら無理しなくても大丈夫だよ?」
教室に戻ると、予想通り松山が一人で掃除をしていた。
額には汗が滲んでいて、息も弾んでいる。やはり一人で教室を掃除するのは大変なようだ。
「ちょっと予定が変わってな。特別手伝ったるわ」
小木がそう言うと、松山の顔はパッと明るくなり、満面の笑みを浮かべた。
「本当にありがとう!」
そこからは二人で掃除をした。
「今日はありがとうね」
掃除が終わり、また松山から感謝される。
ああ、と答え小木は聞きたかった疑問を口にする。
「さっきも聞いたけど、なんで松山ネキは人の頼みを断らんのや? なんも得しないやろ」
松山は小木の問いに、うーんと唸りながら少し考えて答える。
「何でか......。それが好きだからかなぁ」
松山はニッコリ笑いながら続ける。
「困ってる人がいてね、その困りごとを聞いてあげると、その人は笑顔になるんだ。それを見るとね、ちょっと大変だったとしても、それが吹き飛ぶ位良い気分になるんだ」
清々しいまでの綺麗事を、目の前の少女はあっさりと言ってのけた。
(なんやこいつ......やっぱよく分からんわ......)
少女は眩いばかりの笑顔を浮かべている。
その仮面の下に隠している本性を見たいと思った。
だから......。
(しばらくこいつの様子を近くで見たるか)
その日を境に、小木は松山の手伝いをするようになった。
松山の押し付けられる仕事は多岐に渡った。
教室の掃除は勿論、課題の回収や委員会の代理出席など、どれも裏方の目立たない地味な仕事だ。
小木はそれを押し付ける人間が嫌いであった。
「ホントなんやねん、浅野の奴は。自分のやるべき仕事位自分でやれや」
その日もクラスメイトの浅野和樹から、数学の課題を職員室へ持っていくよう頼まれていた。
「まあまあ、浅野君も忙しいんだよ。サッカー部でもうすぐ試合があるらしいし」
松山から諫められる。やはり特に不満は持っていないようだ。
松山が気にしていないならとやかく言う必要性は無いのだが、それでも松山が何も言わないのをいいことに仕事を押し付ける浅野や他のクラスメイト達への不満は収まらなかった。
「松山ネキはホンマにこれでええんか? 別に不満を言ったってええんやで?」
「気を遣ってくれてありがとうね。でも私は好きでやってることだから」
相変わらず、松山は仮面の下の本性を曝け出すことは無かった。
そんな生活が始まって数か月続いた。
だが数か月後に、これまでとは比べ物にならない程大きな仕事が始まることになる。




