パンドラの箱
太一は自分のスマホをポケットから出す。
しかし音の発生源はそこでは無かった。
周りを少し見まわしてみる。
隣に小木のスマホが置いてあった。どうやら着信音は小木のスマホからのものであるらしい。
画面にメッセージが表示されていた。それがつい目に入ってしまった。
松山光
今週末はたっくん暇(?_?)
二人で一緒に水族館行きたいな(*'▽')
(何だよこれ......)
表示されていたのは太一の知らない人間からのメッセージ。
名前や文面からして女の子からのものであろう。
そしてその内容は、明らかにデートの誘いであった。
(どういうことだよ......)
この松山光という人物は何者で、小木とどのような関係なのかを気にせずにはいられなかった。
それが例え禁じ手であっても、その衝動を抑えられなかった。
太一は小木のスマホを手に取る。
電源を入れる。パスワードはかかっていなかった。
通話アプリを起動し、そのトップに表示されている、松山光の名をタッチする。
「え......どうして」
そこには遡りきれない程の大量のログが残っていた。
太一は必死でスクロールすると、一枚の写真が見つかった。
それは松山光と思われる少し小柄な可愛い女の子と小木のツーショットであった。
二人共、とても楽しそうで、幸せそうであった。
その一枚の写真が全てを物語っていた。
「何してるんやイッチ?」
気が付くと小木が部室の前に立っていた。
「お前......どういうことだよ!」
太一は手に持っているスマホを見せる。
それを見て、小木は太一の言いたいことを理解した。
「人のスマホ勝手に見たんか、まあええわ。つまりそういうことや」
「いつからだよ!」
小木に詰め寄る。
しかし小木は臆する様子は無い。
「正式に付き合ったんは中学の卒業式の時からやなぁ......」
「そんな昔からって......嘘だろ......?」
「嘘だと思うんやったらイッチが今持ってるそれでトークの履歴を遡ってみればええやろ?」
必死にトークの履歴を遡るが、虚しくなるだけだった。
いくらスクロールしても一年前に遡ることすらできない。それほど彼らは親密にやりとりをしていた。
「どうして......どうやって......まさかカネでも使ったのか?」
その問いにはさすがの小木も怒りを堪えきれなかった。
怒気を含んだ声で太一に反論する。
「あんなぁ、そうじゃないこと位イッチも分かっとるやろ! いい加減にせぇよ」
「だったらなんでなんだよ! お前は俺よりも"力"が無かったんだぞ。そのお前が何でこんな......彼女なんか作って楽しんでだよ!おかしいだろ......」
太一はもう怒りを、嫉妬を止めることが出来ない。
小木はもはや怒りを通り越し、呆れたような表情をしている。その表情が太一の怒りを加速させた。
「てめぇみたいな奴が彼女なんて......そんな青春を送るなんてありえないはずだろ! 俺には居ないのに何でお前みたいな奴がそれを持ってるんだよ! ふざけんな」
「世界はこんなところでも不平等で理不尽なのかよ! 俺は世界に呪われてんのかよ!」
太一はこれまで抱えてきた不満も全てぶちまける。
しかしそれを聞いても小木は怒りすらしない。
怒るどころかその目は......
「なんて目でこっち見てんだよ!!」
その目に宿っていたは間違いなく哀れみだった。
小木がその目をこちらに向けたまま右腕を振りかぶる。
「すまんな、イッチ」
――左の頬に重い衝撃が奔る。
思わず後ろによろめいた。
間違いなくその一撃は小木からによるものであった。
しかし太一はその事実を受け止められない。
それを認めてしまえば、小木は以前の自分より上の"力"を持っていると、自分より充実した人生を送っていると認めることになってしまう。
「何だよお前、どんなトリックだよこれは」
「イッチ、あんま失望させないでくれや。もう一発喰らったほうがええんか」
また小木は右腕を振りかぶり、太一の左の頬を殴る。
痛かった。その痛みがこれが現実だということ、そして自分は小木に劣っていたということを、嫌でも思い知らせることになった。
「騙してたのかよ......今まで......」
太一が辛うじて引っ張り出せた言葉はそれだけであった。
「それはホンマにすまんなイッチ。でも知っていたらイッチはワイに近づかんかったやろ」
「イッチは見下す対象が欲しかったんやから」
見抜かれていた。完全に。
それも一番見抜かれなくなかった相手に、である。
「じゃあ何でお前......」
俺に近づいたんだよ、その言葉は口には出せなかった。
しかし小木はその飲み込んだ言葉すらも見抜いてみせた。
「何で......か。なんでやろな。まぁ何となく気になったんや」
小木の顔を改めて見る。いつものようなお茶らけた表情とは全く違う、真剣な、大人びてすら見える顔だ。
「イッチはいつも世界を憎んどったな。"力"が平等に与えられないこの世界はおかしいって。でも、ほならなんで"力"を手に入れる努力をしないんや?」
「なんで人とつながりを持とうとしないんや? そんなん、完全に逆恨みやんか」
「うるせぇ! てめぇに何が分かるんだよ!」
所詮小木も恵まれている、リア充側の人間だ。
そちら側の人間にはこの世界の真の厳しさが分からないのだ。
――太一は過去の失敗を、裏切りを思い出した。




