革命部活動報告 合宿 ー3ー
合宿ラスト!
......ラストです......。
「釣れない......」
気づけば一時間が経過していた。
しかしここまでのところヒットは0。誰も釣っていない。
「なぁ、本当にここって魚いるのか?」
「いるはずやで。まあそう焦らず、気長にいこうや。その訓練やで」
小木も全く釣れていないはずだが、全く焦れている様子は無かった。
(こいつ絶対釣れても釣れなくてもどっちでもいいと思ってるだろ......)
黒木の方を見る。
じっと水面を見つめ僅かな変化も見逃すまいという様子が伝わってくる。
圧倒的集中力だ。だが......
「黒木ネキはもっと気楽にやった方がええで。そんなん疲れるやろ」
「ええそうね。少し休むわ。それにしても中々釣れないわね」
そう言うと黒木は釣り竿を手放し、椅子の背もたれに体重を預けた。
そこまで脱力した黒木の姿を見るのは始めてだった。よっぽど疲れたのだろう。
(まぁ一時間も集中してればそうなるわな)
やはり長期戦には程よく力を抜いて臨む位でちょうどいい。
(よし、もうちょい粘るか)
太一は当たりが出る気がしない釣り竿に向き直った。
「来ねぇ......」
当たりが出ないこと数時間、太一の精神は限界を迎えようとしていた。
「もうすぐ来るかも知れないわ。頑張って、太一」
「もう黒木は釣る気ないんだな」
黒木は最初の一時間で疲れ果て、それ以降は太一の応援に回っていた。
「なんやまだいけるやろ」
小木は一応釣竿をセットしてはいるが、ほとんどそちらに気を向けず、太一の様子ばかりを見ている。
「お前は自分の竿に集中しろよ」
「いやこれイッチの訓練なんやからイッチの様子気にすんのは当然やろ」
正論だった。いつの間にか部内での釣り大会のような感覚になっていた。
(いかんいかん。これは訓練だ)
再び釣り竿に集中する。
――その時、太一の釣り竿にヒットが来た。
太一の竿の先が小刻みに揺れ始めた。
「おいなんか来たんだけどどうすればいい!」
思わず小声になる。
「今よ太一!竿を引っ張り上げて!」
「まだや、もうちょい我慢や!」
二人の相反する指示が小声で飛ぶ。
どちらの指示に従うか迷っている間にウキがすっと沈んだ。
「今だ!」
「今よ!」
「今や!」
三人の声が重なる。
迷いなくスッと竿を引き上げると、見事魚がそこにいた
「よっしゃあ!」
思わず喜びが爆発した。ずっと待ち続けていたのだ。例え多少小さくても全く気にならなかった。
「やったじゃない太一!」
黒木が興奮して抱き着いてきた。
(え......まじ?)
予想外のことに動きが止まった。
胸が体に当たるし、なにかいい匂いがした。
(えええええ!)
太一が動揺していると、黒木もさすがに冷静になったのか、慌てて太一のもとから離れた。
「ごめんなさい......」
黒木は真っ赤な顔をしてうつむいていた。
小木はその様子をニコニコしながら眺めている。
「おい小木。お前が上手くまとめろよ!」
「せやな。そんじゃテントに戻るって夕食にしようや。」
小木の一言でようやく事態は収束した。
「何だかんだで今回の合宿で強くなったのかな?」
太一は一人、腹ごなしもかねてテントの周りを散策していた。
夕食は小木が持ってきていた機材と黒木が買ってきていた食材、そして太一が釣り上げた魚でバーベキューであった。
外で食べる肉は店や家で食べるものとはまた違った美味しさがあった。
そして自分で釣りあげた魚は格別の美味しさであった。
この日の夕食が今まで食べてきた中で一番美味しいものとなった。
(たいして豪華なものでもないのになぜだろう)
太一は一人道を歩きながら自問するが、答えは出ない。
考えている内にテント近くの水場に着いた。
「こんなとこあったんだ。ここなら体洗えそうだな」
そこは体を流すためには絶好のスポットであった。
そう、絶好過ぎたのだ。
少しあたりを見渡すと、それが目に入った。
「え......」
「え......」
声が重なる。
視線の先にいたのは黒木だった。
いや、ただの黒木では無い。ありのままの姿の黒木だった。
簡単に言えば、裸である。
お互い目を合わせたまま時を止められたかのように動かない、いや動けなかった。
太一はあまりの驚きに思考がフリーズしていた。
黒木もおそらく同様であろう。それはあまりに突然すぎた。
黒木の体が急速に赤く染まっていく。
(綺麗だなぁ......)
太一の頭は驚きと焦りが一周回って冷静になってきていた。
そして遂に、この状況の異常さに気付き始めた。
(マズイ、何かしないと!)
「よう黒木! 裸でも美人だな!」
何か口にしないとと思って出てきた言葉は最悪のものであった。
言った瞬間にマズイと思ったが、後悔しても時は既に遅かった。
「ッ~~~~!」
言葉にならない声をあげながら黒木が襲いかかってきて、太一は宙を舞った。
「ごめんなさい太一。ケガしたところは無い?」
太一が目を覚ますと、黒木は繰り返し先程の一件を謝った。
「わざとじゃないって分かってはいたけどつい......本当にごめんなさい」
「良いって。俺も悪かったし」
どうやら黒木は太一よりも先にこの場所を見つけ、体を流していた。
そこに運悪く太一が現れてしまった。そういうことらしい。
(とんだ災難だったな)
太一にとっては避けようのない事故であった。しかし......
(最高だったなぁ......)
どこかでそう思う自分も確かにいた。
「それじゃあテントに戻ろうか」
「えぇ」
一人で来た道を、今度は二人で引き返す。
その途中、黒木が何かを見つけた。
「ねぇ太一、あそこ行ってみない?」
黒木は木々の先にある、開けた場所を指さした。
二人で寄り道してそこへ向かう。
そして木々を超えた先に見えたのは......
「綺麗だ......」
――そこでは空と地上、その両方に宇宙が広がっていた。
「本当。綺麗ね......」
黒木の声が聞こえる。
山から見上げる夜空には今までにない程の数の星が瞬いていた。
そして眼下に広がる地上も、幾千の光が輝いている。
「始めてだよ、こんなの見るの......」
地上に乱立するビルも家も、近くで見ても綺麗だなんて思うことは一度もなかった。
しかしこうして上から、遠くから見れば、その一つ一つが美しく見えた。
地平線の果てで、地上と夜空が交わる。
その境界線は曖昧で、目の前に広がる光景全部が宇宙のように思えた。
「良かった......、本当に......」
黒木のその言葉には、太一には分からない様々な思いが込められているようだった。
黒木の顔を見る。その表情は、喜びも悲しみごちゃまぜになっていた。
いつもは強い力を持った眼差しも、今は優しく見える。
その瞳から涙がこぼれた。しかし黒木はそれを拭いもせず、ただ立ち尽くしていた。
太一も黒木にかける言葉は見当たらない。
二人で無言で、同じ景色を眺め続けた。
こうして革命部初の合宿は終わりを告げた。
まともな訓練こそ出来なかったが、それでも太一はなぜか満足であった。
――こんな日々はいつまでも続くことは無い。
それは太一も分かっていたことだ。
革命部は生徒会長戦のために作られた一時の仮初の居場所であり、その戦いが終われば解散する。当然のことだ。
しかしそのことを太一は忘れていた。いや、気づかないでいたかったのかもしれない。
だが、月曜日に届いた一通の紙は、その現実を太一に突きつけた。
革命部での日々の終焉は、思っていたよりも間近に迫っていた。




