表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/52

君と僕は、共犯者

 ヨタヨタと寮に戻り、順番にシャワーを浴びて、俺も真琴もバタリと倒れ込んだ。

 体が鉛のように重い。

 ベットが俺を飲み込む……。

 昨夜もギリギリまでリハーサルで睡眠時間は4時間以下。

 プロになったらこれが当たり前とか……無理……。

「打ち上げは7時から食堂! 全員集合!!」

 湊元先輩の叫び声が廊下から聞こえる。

 打ち上げ……無理……ってわけにいかないよね……。

「……目覚ましかけて」

 ベッドの上から真琴が言う。

「真琴がやれよ」

「もう僕、のぼちゃったし」

「もーー……」

 俺はズルズルとベッドから降りてスマホを操作して、目覚ましをセットした。

「6時半でいい?」

「おっけー……」

 今は5時。

 起きられる気がしない……俺は設定ボタンを押して、そのまま眠りに落ちた。


 目覚まし音で目を覚ます。

「……んー……」

 俺はベッドの中で背伸びした。

 一時間半だけど、かなり体はスッキリしていた。

「真琴ー、起きようぜーー」

 上に向かって声をかける。

 だが返答はない。

 まさか、また気絶的な……?

 俺はベットから出て上を覗いた。

 布団はキレイに整えられていて、真琴の姿は見えない。

「……なんだよ、もう起きたのか」

 部屋を見渡しても真琴は居ない。

 いつも着ている灰色のパーカーが見当たらない。

 もう食堂にいったのかな?

 俺は着替えて部屋から出て食堂へ向かった。


 食堂にはまだ誰もいなくて、真ん中にギターを抱えた湊元先輩だけが睨みをきかせて座っていた。

「……おつかれさまです」

 嫌な予感しかしない。

 俺は食堂から出ようと背中を向けた。

「おう、高東。コンビニ行ってこいや」

「えーー……」

 予想通りすぎる。

「だって高東にコンビニの場所教えたし」

 湊元先輩はジャジャーンとギターをかき鳴らす。

「いや、学校でてすぐですよね……」

 ジェンガで負けて行ったコンビニは、学校出て徒歩数分だ。

「はい、買い物リストーー、おつかれさーん!」

 湊元先輩は俺のGパンのポケットに紙をねじ込んだ。

 ああ……真琴、どこに行ったんだよー。



 後輩の俺に買い出しを断る権利なんてない。

 潤に手伝って貰おうかと部屋をノックしたが返事はない。

 廊下に一年生の姿は見えない。

 みんな倒れて眠っている。

 もう仕方ない、ひとりで行くか……。

 リストを見ると2リットルのペットボトル、適当に。お菓子、適当に。

 適当ばっかじゃん! リスト必要?

 俺はメモを睨んだ。

 門を出てコンビニに向かう。

 今日は門が開いていて、そんなことに安心する。

「この公園を通るのが近道なんだぜ、イヤッホー!」

 前の夜。

 湊元先輩は公園の中を通り、滑り台を逆さから駆け上がり、一番上で雄叫びをあげていた。

 正直公園のすぐ外には道があって、どこを通っても近さは全く変わらないと思うけど、わざわざ公園を通りたくなる気持ちは、理解できる。

 俺も公園があったら、中を通る。

 なんだろうな、この気持ち。

 夕方の公園は遊具が夕日に染まってキレイだ。

 夜中は分からなかったけど、入り口にあるのは桜の木。

 ピンクの絨毯に緑の葉。

 桜は今の時期が一番好きだったりする。


「……もう僕にお金はいいよ」


 聞き慣れた声で、俺は足を止めた。

「学費が無料だと言っても、色々必要だろう?」

「今まで貰いすぎだよ。その貯蓄で十分。お母さんには定期で続けてね」

「真琴は、本当にお母さんに似ずに節約家だな……」

 やっぱり真琴だ。

 相手は、さっき会ったお父さん?

 入り口はいってすぐの所にある自販機の裏側に二人はいるようだ。

 丁度いいから、一緒に買い物に……

「病気は大丈夫なのか?」

 その声に、俺は動けなくなった。

 ダメだ、聞きたくない。

 でも、今から引き返すにも、足音がする。

 でも、きっと聞いちゃいけない。

 心臓が激しく動き出す。

「薬のおかげでなんとか」

「キツイ薬なんだろう? あんな激しいダンスして、大丈夫なのか?」

「治験だからね。その日の体調とか、気分によっても左右される感じ。メンタルにもかなり効いてる感じがするよ」

「メンタルって、女の子の気持ちが分かるってことか?」

「何だよそれ、僕は男だよ」

「性転換病で、女の子だろ」

「薬が効いてるのかな。全くそう思えないんだよ」

「薬が体に合えばいいけどな」

「いつか必ず治すよ」

「お父さんはどっちでもいいよ。息子も娘も沢山いるから」

「お父さんくらいだよ、そんなに気楽なのは」

 あははは……といつもの真琴の笑い声。

 俺は背中に落ちる汗を感じていた。

 遠くでカラスが鳴いている。

 俺の視界に桜の花びらが落ちてきて、ふわりと着地した。

 間違いない、この話は、現実に真琴がしている話なんだ。

 

 性転換病で女。


 いや、うすうす気が付いていた。

 下に着てるものを見てから。

 小早川製薬のサイトを見てから。


 でもそんなことあるはずないって、信じたかった。


 だって、真琴と俺は、少年専門の芸能事務所アーバン所属で、今居るのも、男子寮……だぜ?

 治す? 治せるの?

 Gender-keep。

 Keep。

 保つことしか、出来ないのか?

 真琴は、アーバンをやめるのか……?


「一馬……」


 俺の目の前に真琴が立っている。

 

「……聞いちゃったか」

 真琴の背中に夕日があり、逆光で表情はよく見えない。

 俺は無言で何度も頷いた。

「真琴、ごめん」

 真琴の隣に大きな影。お父さんだろう。

「いや、聞かれたのが一馬で良かった」

 俺はその言葉に顔を上げた。

「一馬なら信用できる」

 逆光の中、目を細めて真琴の表情をみる。

 その目は、まっすぐに俺をみていて、ぶれない。

 俺はその目を見たことがある。

 コンサートの前、難しそうなダンスの動きに直面したとき、真琴はいつもこの目をする。

「一馬」

「……おう」

 俺は小さく口を開いた。

「絶対秘密にしてくれ。僕は龍蘭を卒業して、アーバン所属の振り付け師になりたい。僕の夢なんだ」

 振り付け師になりたい。

 それはずっと真琴の夢で、そんなのは知っている。

 知ってるけど、男子ばかり200人もいる寮で……

「秘密なんて……守りきれるのかよ……」

「僕はほんの少し安心してるんだ。今日から一馬は、僕の仲間。共犯者だ」

 真琴は俺に向かって手を出した。

「共犯って。犯罪者かよ」

 俺は小さく笑うが、真琴の手は俺に向かったまま動かない。

 親指が光に照らされて、まっすぐに俺のほうを向いている。

 顔を上げると、ダンスを踊る前の、まっすぐな瞳で俺を見ている。

 何も変わらない。

 動揺してる自分が恥ずかしくなるほどに。

 なんでこんなに落ち着いてるんだ?

 俺は頭の中が真っ白だ。

 何も受け入れられないよ……。

 差し出された真琴の手を見ると、小さく震えている。



 ……真琴も、不安なんだ。



「……よろしく、犯人」

 俺は手を伸ばして、真琴の手を掴んで、ぎゅっと握った。

「なんだそれ」」

 真琴も俺の手を、ぎゅっと握った。

 その手は震えていない。

「犯人とか言うからさ」

「一馬の手、熱くて気持ち悪い」

「真琴が手をだすから!」

 俺たちは結局蹴り合いを始めた。

 これが俺たちのポジションだ。



「助かりました」

 結局コンビニで山ほど買った買い物は、真琴のお父さんが車に乗せて運んでくれた。

 お金も払ってくれて、なぜか俺にデザートまで買ってくれた。

 大好きな生クリームたっぷりロールケーキだ。

 俺は中身の生クリームを全部食べてから、外のスポンジを縦笛のようにへろへろ食べるのが大好きなんだ。

 真琴はそれをみて気持ち悪いしか言わないけど。

「真琴のことを、よろしくお願いします」

 頭を下げられて、俺も深く頭を下げた。

 まだ俺はよく分かってない。

 でも、何か胸の引っかかりが取れた。

 真琴が頻繁に倒れる理由、真琴が下に着ているモノの正体、薬。

 それだけで、何か安心していた。


「おせえええええええええ!!」

 入り口で湊元先輩が叫んでいた。

「すいません!」

 俺たちは荷物を両手にぶら下げて走る。

「俺はこんなに頼んでねーぞ!」

 叫ぶ湊元先輩に俺は言った。

「スポンサーがつきました!!」

 俺たちアーバン所属の人間に一番うれしい言葉を言ってみる。

「何? 全部タダか?」

 湊元先輩の目がギラリと光る。

「まだ門にあります! 湊元先輩が好きなシュークリームも、蒔田先輩が好きなチョココーティングされたカキの種も!!」

「……お前、やるな。特別に打ち上げで歌わせてやる」

「結構です」

「高東ーーーー!!」

 湊元先輩の叫び声を背中に、俺たちは荷物を食堂にどんどん運んだ。

「……歌っとけよ、恋が叶う歌。僕は好きだけど」

 お菓子を詰め込んだ袋を抱えた真琴が、袋の隙間から言う。

「俺がギターきいて、真琴が歌うなら」

「マジか」

「俺より真琴のほうが上手いんだ。どうしても逃げられなくなったら、そうしよう」

「マジかー」

 食堂に入ると潤が待っていた。

「運ぶよ」

「よろしく!」

 手順良く奥に荷物を運んで、他の一年生が机に並べていく。

 俺はこういう体育会系のテンションは嫌いじゃない。


「……メドレーじゃねーか」

 夜の9時。

 明日も普通に学校なのに、4時間も食堂で大騒ぎ。

 あげく俺と真琴は叶う恋の歌を含めて、夏メロメドレーショーを強要されて、俺はかき鳴らし、湊元先輩がタンバリンで応戦して、真琴は歌った。

 潤くんはもう覚えた第二寮の歌を英語で決めて、二年生は般若心経46の真似してハゲズラで飛んだ。

 最後には女装した蒔田先輩が顔中に目を書いてレディー・ビビのダンスまで決めて、疲れ果てた。

「……分かってるか、来年は俺たちの誰かが、これを仕切るんだ」

 真琴が上のベッドで言う。

「無理ゲー……」

 俺は呟く。

 来年。

 真琴が女だってバレて、退学処分にならなければ。

 一気に思い出して、俺の疲れが少しだけ消える。

 来年、再来年も、ずっと真琴と龍蘭に居られるだろうか。

 真琴の歌は思ったとおり、俺より上手くて、食堂は静まりかえった。

 見に来てたボイトレの先生も真顔だったから、本物だよなあ。

 俺は色々聞きたかった。

 歌った真琴の声は、女の子の声じゃなかった。

 いうなれば、少年の声。

 俺はずっと真琴の前の声を思いだそうとしていた。

 でも思い出せない。

 人の声って、録音とかしてないと忠実に思い出せなくないか?

「……なあ、真琴」

 声をかけるが、返事はない。

 上を覗くと、真琴はベットで大の字になって寝ている。

 その胸元、しっかりとした下着が見える。

 俺は真琴の上に布団を掛けた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] ナツメロって「懐かしのメロディー」の略称なので、漢字当てるなら「懐メロ」だと思います。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ